ネージュとヘイレン
炎のような影をまとった怪物に見えたのは、女騎士ネージュだった。
影が消え、意識を失っている彼女。その彼女と出くわし、襲われたと思われる冒険者らしき男が瀕死だったので、治癒魔法をかけておく。
老戦士ヘイレンは、ネージュに必死に呼びかけているが……正直、俺にはどうなっているのかさっぱりわからない。
「カゲビト……」
セアがポツリと呟いた。俺は、口数の少ない相棒に聞いてみる。
「何だい、カゲビトって?」
「魔界の瘴気に汚染された人間。体を闇に蝕まれて、最後には闇に操られた影人間になる……」
「どうしてそれを!?」
ヘイレンが驚いた。俺もセアの口からそんな話が出てビックリ。
試しに、改めてネージュを鑑定すると、『闇汚染――カゲビト化進行中』の文字が見えた。
「あぁ、姫様……何故、何故に!」
老戦士がネージュを抱きかかえながら嘆く。
「あれほど、闇の宝玉は使わぬようにと申したのに!」
闇の宝玉……? 何だろうと思った時、デビルドラゴンを倒した時に、彼女に渡した額の魔石のようなものが脳裏に浮かんだ。ああ、あれか。たぶんそうだ。
「誘惑に……勝てなかったのです……」
「姫様!?」
意識を取り戻したらしいネージュが、か細い声で言った。弱々しいそれは、明らかに衰弱している。
「ごめんなさい、ヘイレン……。わたし……父さまと、母さまの、かた、き……」
「姫様っ!」
「ツグ、また……」
ネージュの体をうっすらと黒い影が包むように浸食していく。とりあえず、あの宝玉とやらを摘出すればいいだろうか。
俺は、彼女のそばに膝をつくと、その体、鎧の胸元に手を当てた。
「ツグ殿……?」
「そのまま……」
俺は意識を集中する。ネージュの体の中に、黒い球体が三つ。……まずひとつ!
「おおっ!?」
ヘイレンが目を見開く。胸から出てきた球体は、邪竜の額についていたそれであり、毒々しい闇のオーラをまとっている。
「……二つ目」
ふっと、闇の宝玉がネージュの体から出てくる。最後の……ひとつ。
三つ目の球体が抜けた時、ネージュの体を蝕んでいた影は消えた。衰弱しているので、回復の魔法をかけておく。……やばい、けっこう疲れた。
「ツグ殿……私は夢を、見ているのですか?」
「寝るにはまだ早いですよ、ヘイレンさん」
俺は闇の宝玉とやらを、異空間収納に放り込んだ。これは他と隔離だな。何か物騒な品のようだから。
「姫様は、助かったのですか……?」
「おそらく。見たところ、異常はなさそうだ」
「そうですか……!」
心底安堵するヘイレン。
「よかった、本当に……」
老戦士は涙を流した。それまで抱えていた重荷がすべて消えたかのように。
「何とお礼を言えばいいのやら。姫様の命を救っていただき、深く感謝いたします……!」
「無事でよかった」
まだ何がどうなっているのかわからないままだけどね。
「あなた様は、高位の神官でしょうか? このような高度な回復魔法と、瘴気をはらう術が使えるとは……。ただ者ではございますまい!」
「いや、ただの冒険者ですよ。ちょっと魔法が使える、ね」
俺は苦笑する。索敵には周囲に他の反応はないが、長居する場所でもない。
「ここから移動しましょう。そこで、聞かせてもらえませんか? いったい彼女に何があったのか。……闇の宝玉とは何なのか」
「……そうですな」
少しためらったが、ヘイレンは頭を下げた。
「ツグ殿は恩人。その方を無碍にはできません。わかりました、お話します……」
・ ・ ・
ビランジャ王国は、魔界の悪魔によって滅ぼされた。
ヘイレンの言うにはそうらしい。
悪魔たちは、魔界からこの世界の侵略を企んでいて、その尖兵がこちらの世界で暗躍しているらしい。
ビランジャ王国は、複数のデビルドラゴンと悪魔の使った極大魔法によって、滅ぼされた。
ネージュは、王国の姫であり、国を滅ぼした悪魔への復讐のために、ヘイレンと共に旅をしていたという。
「姫様は、ここアルトズーハに、デビルドラゴンの気配を感じ、ダンジョンに向かいました。それが、ツグ殿が倒されたあのドラゴンなのです」
「なるほど……。ちなみに、デビルドラゴンの気配とおっしゃいましたが、場所がわかるのですか?」
「そのようです。先ほど、ツグ殿が姫様の体内から取り出してくださった闇の宝玉、あれが同じ宝玉の存在を感知するようなのです」
「……それは、体に取り込まないとわからないのですか?」
「そのようです。それ以外の方法は存じておりません」
じゃあ、今のところ、他の宝玉持ち邪竜の所在を突き止める手段はないということか。
「ですが、あの宝玉は、人を瘴気で蝕む危険な代物……」
ヘイレンは目を伏せた。
「姫様の体から取り出されて、むしろホッとしております。完全なカゲビトとなってしまえば、二度と助けることができなかったでしょうから」
カゲビト。闇の瘴気に取り憑かれた人間の末路。死人のように彷徨い、生者を喰らう化け物となる……ゾッとする最期だ。
「本当に、ツグ殿には感謝しかございません。ありがとうございます!! ありがとうございます――!」
まるで拝むような勢いで頭を下げるヘイレン。いや、落ち着きましょうよ、ね。
「私からも、お礼を言わせてください……」
「姫様!」
再び意識を取り戻したらしいネージュが、体を起こした。
「ツグ様、一度ならず二度も助けていただき、ありがとうございます。このご恩、必ずやお返しいたします」
ネージュは腰を上げると、膝をついて、俺に土下座のように頭を下げた。いやいや、滅びたとはいえ、一国のお姫様がするような仕草ではありませんよー!
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