第1章 リベリア
リベリアの首都、モンロビアのは西アフリカ特有の乾燥した砂風であるハルマッタンが吹き荒れる。この風は12月から数ヶ月は吹き続け、熱帯地域特有の蒸し暑さの不快感から日本人ビジネスマン達を多少救ったがその代償に吹き荒れる塵と砂から彼らのスーツを守るために観光客用のボッタクリカフェに閉じ込めていた。
「まだこの砂嵐続くんすんかね、佐竹さん。」
そう言いながら京都大学出身の若きエース、黒田は大学時代からの先輩にエスプレッソを喉に流し込みながら問いかけた。
「ああ、まったく空も真っ黄色で本当に観光地とは思えねえな。」
日本の産業機械メーカー最大手である玉井技術工業の企業戦士達は現在リベリアで進行中の大規模発電所更新計画で新たに導入される火力発電所のタービンやその周辺機材、さらにはアフターケアサービスをめぐってドイツ、スペインといった欧州勢や中国、ブラジル企業と熾烈な入札争いを繰り広げていた。成功すれば340億円以上にもなる契約となり、これは彼らの出世だけでなく玉井技巧そのものの生存にも関わる企業戦争であった。
もちろん、彼らは自分の会社の製品の品質そのものに対して何の疑いもなかったが、この国ではそれ以上に政府の交換の懐にどれだけ分厚い札束が入るかどうかで風向きがどうとでも変わる。あるイギリス人ビジネスマンは、この国では賄賂は神より絶対的であり、賄賂の額によってはマルハッタンの進路すら変えてしまうとまで放言したとされている。
「まあ、スペイン人どもはそこまでチャンスがないと思うけどな。今の政権を見るととてもじゃないけど白人国家から機械を導入できるとは思えない」
「社会党の議席がさらに10席伸びましたもんね、最近は白人というだけで警察に職務質問されるらしいですし。」
「70年代のアメリカの人種政策が逆転してるよな、リベリアってのが皮肉だな。」
リベリアの歴史はまさに欧米諸国からの圧力と貧しさからの”独立”への道筋そのものであった。今日のように国民一人当たりのGDPが1万ドルを超え、高級ブティックや観光客で溢れかえる現在では想像しづらいが、数十年前までは内戦と民族浄化が繰り返されていた血なまぐさい歴史を持つのがこの国だ。
それはルーサー政権による強権的な独裁政権が始まるまで続いた。
かつての黒人権運動の先鋒に立っていた彼がアメリカの消えぬ差別と憎悪に絶望して亡命先のリベリアで豹変し、最終的にはヒトラーにも劣らぬ悪魔とよく言われていたが、民主革命が起きた後でも国を安定させたとして今でも人気はある。
その後も幾多の内戦や諸外国からの介入によるクーデター未遂を乗り越え、今日に至るまでリベリア社会党はその権力の根をこの国の地中深くまで伸ばしている。
彼らの権力と富の厳選はもちろん独裁国家にありがちな暴力と秘密警察の努力によって維持されているが、それ以上に黒人社会そのものに根付いている深い白人に対する不振と憎悪によって支えられている。