権力には屈して 無難に生きます
後宮は女の園 優雅で華美でいい匂いが漂う・・・だけではない。
実情は女同士の知と美と策が表面的にも水面下でもビシビシ・・・ドロドロ・・・渦巻いている。
(ああ、恐ろしや)
今日は皇后・皇太后(皇帝の母)・大皇太后(皇帝の祖母)が勢揃いする会食会だった。
もちろん側妃達も全員出席のため秀鈴が仕える鄭妃もこれに参加しなければならない。大皇太后の御年齢(80歳くらい?)を考慮し会食会はまだ日の明るいお昼間に開催された。
鄭妃は側妃の中で一番の末尾になるため、一番端の方に座して目立たないように静かにしている。
秀鈴も鄭妃の背後で会食がスムーズに進むように、この会を取り仕切っている皇后の女官達の補足程度の手伝いをする。
こういう場合はやり過ぎは厳禁だ。目立つように手を出すと、やり過ぎの見返りが主人の鄭妃への害となって帰ってきてしまうからだ。
大広間の前列に左から皇后・大皇太后・皇太后と並ぶ。そして、左右に分かれて皇帝からの寵愛が高い順(側妃の権力順)に側妃たちが並んでいる。
皇后の反対サイドの最前列に位置するのは、艶のある黒髪を今の流行りの最前線の盛り頭に結い上げ、キラキラの装飾を着けている 高 玉紅・・・高貴妃だ。
楊貴妃が代表的だった気がするが貴妃と名がつく地位は、皇后の次くらいに高い。だから、妃たちは必然的に皇后派と貴妃派とどちらでもない派に分かれる。
秀鈴が感じた見立てでは、今のところそれぞれの派閥は穏やかに牽制し合っているだけでドロドロ状態にはなっていない。
鄭妃はもちろん、どっちでもない派だ。
まあ、何といってもまだ寵愛を受けていないという点でどちらの派閥からも相手にされていないというのが正直なところだと思う。
(それにしても・・・皇后さま・・・奮発したよね)
出てくる料理はどれも高級そうでおいしそうな料理が次から次へと出てくる出てくる。
前菜から蒸し物、魚料理、肉料理・・・
美を意識する妃たちが食べきれるような量ではない。
(ステーキじゃん 牛肉? ラム肉か?)
今運ばれているのは肉料理でミディアムに焼かれたかたまり肉がお皿に乗せられて運ばれてくる。この世界にナイフとフォークなんてものは存在しない。
銀の箸を差し入れれば容易に肉は切り分けられるほど柔らかく処理されて焼かれているみたいだ。
幼い鄭妃は食欲旺盛であるため他の側妃とは違って箸をつけてその肉を味わっている。自分の主人は育ちがいいのか本当に箸使いの所作が綺麗だ。
秀鈴はそんなことを自慢に思いながら他の妃たちの所作を眺めて見渡す。
その中で・・・見てはいけないものを、見逃すことはできなかった。
(あああ!!!危ない!!!)
それはまさにこの会場の中心で今まさに、起こっては絶対にいけないことが起ころうとしている。
スローモーションのように場の中心に鎮座する大皇太后が、大きな肉を口に運んでいるところを見てしまった。
つ・ま・る~~~
叫ぶことができれば叫んでいただろう。この場でそんなことをすれば、打ち首だ。
見る見るうちに大皇太后が目を白黒し始める。
そして、苦しそうに両手を首に持っていく。絵に描いたような「チョークサイン」・・・窒息のサインを呈する。
その頃には左右にいる皇后も皇太后も大皇太后の異変に気が付き始めたが、どうしていいのか分からず呆然と見ているだけだ。
「肉が! 肉が詰まっています!」
秀鈴はここで暮らすための信条など考えている暇はなかった。
もともと備わっている危機管理能力がこの現状で『見ているだけ』なんてできません。
身分などお構いしている暇などなく走り寄り、大皇太后の傍らに駆け付け
「大皇太后様 咳は?咳はできますか?」
と叫ぶ。難聴だと思われる大皇太后の耳にも秀鈴の声は聞こえるのか、顔面を真っ赤にして目を白黒させたまま首を振る。
「ご無礼をお許しください。命の危機ですので!」
怒鳴る様に彼女に言いながら、背後から左右の肩甲骨の間を手のひらの手首に近い固い部分(手掌基部)で叩く。
「うッッ」
もう一度背中を叩くか、ハイムリッヒ法(腹部突き上げ法)に切り替えるかほんの数秒考えている間に、大皇太后は涙目になりながら口から肉を吐き出した。口から出てきた肉は卵大の大きな物だった。
秀鈴はホッと胸を撫でおろしたのもつかの間、両腕を拘束され警備兵に連行されるのだった。




