秦陽国
ここは秦陽国
この世界の中心であり、巨大権力が結集された国でもある。
大陸の面積のほぼすべてがこの秦陽国であり、海を隔てた島々や砂漠地帯・山岳地帯などに少数民族の国が存在する程度だった。
なぜ秦陽国がこんなに巨大国家になったかというと、400年ほど前に全生物・全世界を巻き込んだ大戦がありその戦いに秦陽国の国王 王 青陽が軍を統括し勝利したからだ。
青龍の力を持っていたと伝説の残る青陽王は、雨風を味方につけて幾多の戦に勝利したと言われている。
「秀鈴」
「・・・」
「秀鈴・・・胡 秀鈴」
「あ?はいはい」
秀鈴は主人である、鄭 凌雪に何度も名前を呼ばれてやっと返事をする。
考え事をしていたわけではなく、ただ自分の名前を呼ばれることにまだ慣れていないだけだ。
「本当に秀鈴はぼんやりさんね」
「すみません 鄭妃様」
鄭 凌雪は秦陽国第8代国王である現在の国王 王 照陽の10番目の妃になる。
まだ15歳と年若く、幼さの残るおっとりとした妃だ。
「どうしたの?体調でも良くないのかしら?」
鄭妃はちょっと涙目になり、侍女である秀鈴のことを案じている。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。私は元気一杯ですから」
秀鈴は大げさにその場で変な恰好のジャンプをして見せ、元気アピールで鄭妃を笑わせる。昔見たギャグ漫画でこんなジャンプしてた気がするなと思いつつ、幼い主人を笑わせるため秀鈴は何度も飛んでみせるのだった。
秀鈴が仕えるこの鄭妃が暮らしているのは、いわゆるハーレム?大奥?みたいなところ。秦陽国の後宮だ。
ちょうど1年前にこの世界に転生して胡 秀鈴となった日に、鄭 凌雪に奉公することになっていて照陽王の妃になる際一緒にここに着いてくることになった。
深くは考えたくはないため考えないようにしているが、よく物語の中にある肉体ごと異世界に飛ばされたのとは違って意識だけが飛ばされているみたいだ。いわゆる胡 秀鈴という人物がもともと生きていて生活していて、その人の中に乗り移ってしまったってことだ。
(もともとの人格はいったいどこにいったのだろうか・・・)
そんな怖い思考を振り払いつつ、甲斐甲斐しくこの幼い主人のお世話をして今に至る。ここにきて戸惑うことだらけだったが、後宮という新しい環境に入ったからという言いわけが利いて1年経った今では侍女としての生活をなんとかこなせるようになっていた。
「秀鈴は面白いわね」
涙目になりながら鄭妃はいう。
「ありがとうございます。鄭妃様」
うやうやしく大げさにお辞儀して見せたあと、秀鈴は鄭妃と目を合わせて笑い合う。2人は主人と侍女という関係を通り越して、姉妹のような仲の良さだ。肉体的には20歳の秀鈴だが、精神年齢は26歳で普通の20歳の侍女よりも図々しく違う意味で世間ずれもしている。
「陛下がお越しになります」
そんな中、先駆けの御触れがあった。照陽王がこの後宮の最奥にある水晶宮に足を運ばれているのは3カ月ぶりくらいだった。
鄭妃が後宮に上がった1年前と3カ月前そして今日の3回目の来訪になる。確かなところは分からないが照陽王は40歳半ばくらいの年齢でなかなかのナイスミドルのイケオジだ。
政略結婚である年若い鄭妃のことを気遣ってか?どうなのか?結婚は形式的で実際は初夜もまだ行われていない。
「陛下 ご挨拶いたします」
「鄭妃、久しいな。変わりはないか?」
太監を伴い照陽王が水晶宮に入ってくる。ススっと後方へ下がりながら主人と共に礼を取る。
「顔を上げよ」
「はい。陛下」
鄭妃が顔を上げ照陽王が腰掛けるのを待って、王に近づき促された後に隣に座る。秀鈴はそこまで見届けた後、お茶を入れるため一旦その場から離れる。
その途中ついつい・・・
(おお、やっぱイケオジだね。元の歳(26歳)なら射程範囲内なんだけどね・・・)
チラリと照陽王を盗み見る。程良く鍛え抜かれた肉体を保持していて、まだ白髪の混じらない黒髪を結わえ、瞳は王家特有のエメラルドグリーン色だ。王の血筋を持つ人は何かしら特殊な能力を持っていると聞く。
(超能力者ってことかな?)
秀鈴もこの世界に来てからあれこれ自分に何か能力があるのか試したりしてみたが、見事に期待を裏切り普通の人間ができることしかできなかった。
短時間盗み見したつもりだったが・・・
(やっば)
太監と目が合う。ドラマで見る太監は年寄りかちょっと太っているとかあんまりパッとしないキャラが多かったように記憶していたが、この太監はそんなキャラと正反対だ。
細く背の高い体型の彼は、眼光鋭い切れ長の眼に高い鼻、薄い唇は弧を描いて薄笑いをしたようになっているが、この人もアクションのできる某俳優さんに似たイケメンだ。
彼の視線を無視しつつ秀鈴は侍女として粗相のない振る舞いをして主人の影となり後方に控える。
幼いながら主人の鄭妃は照陽王をもてなし楽しい時間を作り、1時間ほどで王は水晶宮を後にした。