「例」だの「あの」だのいうもの
あんなにしとしと降っていた雨も夕方になるとすっかり上がって、夕日が目に痛いほど綺麗だった。
秀鈴は放心状態で無言で歩く。その横を行きに迎えに来て一緒に来た光偉が同じく黙って歩いている。
白陽宮から何事もなく無事に出られたのはホッとしたものの、ただのバイプレーヤーの自分の立ち位置が揺るがされる事態になってしまっていることに焦っていた。何もない普通と言われながらも照陽王にも目を付けられていた。
( 宋先生も宋先生だ )
おしゃべりめ・・・と心の中で宋先生をなじってみる。こんなことならあのとき適当に誤魔化して本当のことをいわなければよかったと思った。
そんなことを考えながら歩いていたので、気が付くと自分がどこを歩いているのか分からなくなっていた。
「 ここどこ? 」
見たこともない回廊だった。もともと宮殿の中は一個一個の住居が連なっているため、それを繋ぐ道は回廊や塀に囲まれ同じような風景になる。でも、ここはいつもと違い建物が込み合って暗く石畳の廊下が続いている。
宮仕えをして数年経っても城の中は広く、それに秀鈴には入れないところも数多くある。光偉は秀鈴の質問には答えずに先へ先へと進んで行ってしまう。誰も通ることのないこの薄暗い廊下に1人残されては自力で水晶宮に帰れる保証はどこにもないからただついて行くしかなかった。
廊下の突き当りその奥にある階段を2階分上がると、そこは朝陽城を見渡すことのできる見張り台のようになっている。ちょっと広めのベランダみたいになっている空間が広がり、ちょうど夕日の光が差し込みサンセットが見られる絶景スポットになっている。
( 私をここに連れてきてくれたの? )
まるで恋人同士のデート?逢引?みたいなシチュエーションに、秀鈴は不覚にもドキドキさせられていた。元の世界でもこんな経験はほとんどないし、例え相手に好意を全く持ってなくてもこの状況・・・
( 好きになってまうやん )
漫画や映画をこよなく愛し、夢見る20代を生きた証がこれだ。秀鈴の眼には完全にハートマークができあがっていたのに・・・
「 うお!! 」
夕日を背に振り返る光偉は、ホラーの再来のような無表情に白目が黒くなっていた。また、何かに取り憑かれている真っ最中に違いなかった。
秀鈴は考えなしにまたおでこチョップを繰り出そうとして思い止まる。亮の時のようにもし呼吸停止・心停止が来たら誰もいないこの現場では緊急コールできないし助けも来ないだろう。それに亮とは違い鍛え抜かれた大胸筋に自分の心臓マッサージが通用するのか自信もない。
「 ・・・・ 」
何も話さず異様な顔でこちらを見る光偉に対して、秀鈴が今考えられることは2つ。
1つ目は光偉を見捨てて自分だけ走って逃げる
2つ目はなんとかして光偉を元に戻して一緒に逃げる
秀鈴が決断したのは、
「 ちょっと、しっかりしてよ 」
一か八か彼の手を取り揺さぶってみるという。とんでもないような愚案しか頭に浮かばなかった。
「 ああ! 」「 うう 」
彼の手に触れた瞬間、バチっという大きな音を立てて痛みが半端ないすさまじい静電気が起こった。乾燥した冬の扉や車に触った時に起こる静電気の10倍くらい痛い。秀鈴が痛みで右手を振り動かしている間に、奇跡が起きて彼が元に戻っている。
「 いた 」
「 もどった~ 」
彼の白目は黒から白に戻っている。彼もかなり痛かったみたいで大げさに腕を振っている。
「 なんで? 」
「 なんでじゃないわ 勝手に取り憑かれないでよ 」
「 はあ? 」
「 あんた完全に誰かに取り憑かれてた。目が真っ黒だったし、変だったし 怖かったし 」
そんないつものやり取りをしている2人の前に、風もないのに白い紙切れが舞い落ちてきた。それは、以前くちなしの花の匂いにむせ返ったときに見た『式神』と同じもの。それが生き物のようにヒラヒラと宙をまって、まるで取ってくださいと言っているようだ。
「 秀鈴、それに触るな 」
「 え? 」
今度は立場が逆になって光偉が秀鈴を制したが、一歩遅くて『式神』は秀鈴の手のひらの上に乗って触れてしまった。
『 フフフ・・・ 』
その『式神』が生き物のようにもう一度秀鈴の手のひらから浮かび上がると、ゆっくりと回り始めて驚くことにそれが“3D”の立体映像を映し出した。小人大の大きさで現れた人型は長い髪で顔の半分を前髪で覆われて顔なしになって姿は黒いような長い着物を羽織っている。
『 捕まえた 』
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