雨模様は違う憂鬱をもたらすのかもしれない
あのホラーな出来事から数日経っていた。今ではあれは夢だったのかと思えるほど平穏でいつもと変わりない日常が過ぎていた。
その間に季節も進んで、毎日毎日シトシトと雨が降る雨季になっていた。雨が続けば人々の活動は抑制されて建物の中に閉じ込められる。
「 あああああ! 」
誰もいない侍女用の自室で頭を抱えてしゃがみ込んだ秀鈴は、何度もあの時の自分を思い出して身悶えしていた。最近1人になるといつもこんな感じ。ふとした瞬間に鼻垂らして泣きじゃくって宋先生に抱き着いていた自分を思い出してしまうからだ。
「 めっちゃ恥ずかしい 」
どんな顔をして次に会ったらいいのか? いや、もう会わないように行かないでおこうか? ああでもないこうでもないとグルグル考えるが、そうかといって亮の様子も知りたいし治薬院に行かなくてはいけないと思い直したりする。
今のところ、治薬院からは出勤するように言われていないのでそれをいいことにしてそのまま放置していた。
でも、もう限界だろうと思う。
水晶宮の中で秀鈴が治薬院に手伝いに行っていることはみんな承知のことで、今回のことは 亮が病気で意識をなくして倒れたところを秀鈴が助けたという美談にすり替わってしまっていた。秀鈴の身に起こったホラーな出来事は誰も知らない。もちろん主人の鄭妃も。
侍女でありながら治薬院というエリート集団の一員として活躍する秀鈴はみんなの尊敬を買い、仕事は変わってくれるわ気をつかってくれるわで、いつでも治薬院のお手伝いに行ってください状態になっている。
「 どうしたらいいのよ 」
「 秀鈴さん お客さんです 」
大きな独り言をいうと同時に部屋の外から声を掛けられる。お客さんと聞いてまず思い出したのは、宋先生の顔、いやいやいくらなんでも助手の1人に過ぎない秀鈴を直々に呼びにくるほど彼は暇じゃないだろう。
侍女という立場でわざわざ訪ねて来られる人をお待たせするのはいけないことだ。秀鈴は髪と着物を軽く整えた後に部屋から出て、呼びに来た下っ端宦官について行く。水晶宮の門近くの客用の控室で待っていたのは 杜 光偉だった。
「 よお 」
「 こ・光偉様? 」
光偉は秀鈴と比べれば遥か高い身分であるにも関わらず、いつも気兼ねなく声を掛けてくる。何の用事でここに来たのかその理由を計り知れない秀鈴は、眉を寄せて警戒して彼を見る。
「 そんな顔するなよ 」
ズカズカ近づいてきた光偉は、人差し指で秀鈴の両眉の間に刻まれる皺を触った。
「 な・何を 」
「 まあ、そう怒るなって、いつもお前はそんなんだな・・・ああ、そんなことより、陛下がお呼びだ」
「 陛下が? 」
「 そうだ 」
「 私を? 」
「 おまえを 」
「 なんで? 」
「 それは、理由は陛下が直接述べられるそうだ 早く行くぞ 」
有無も言わせない調子で光偉は、秀鈴の手を握り引っ張る。客間から引きずられるように外に出ると、空模様は雨。
「 傘を持って参りますのでお待ち・・」
「 いやいい 」
光偉は自分が連れてきたお付きの人から傘を受け取るとそれを差し自分の傘に秀鈴を引き入れる。
( これじゃあ )
光偉は自分の傘を秀鈴に貸すとかじゃなく、一緒に一つの傘に入る。いわゆる相合傘だ。
「 光偉様 いけません 」
お付きの人も水晶宮の門番達も目も真ん丸にして秀鈴の腕が光偉の腕に挟まれて、いわゆる腕を組んで歩くのを見ている。そして相合傘・・・
必死にその腕を抜こうと抵抗するが、鍛え抜かれた光偉の太い腕に挟まれればビクともしない。誰も見ていなきゃ、そこに足を引っかけて踏ん張ってでも腕を抜きに掛かりたいがそんな行儀が悪いこともできない。
「 どうかお放し下さい 」
彼の腕を軽く見えるようにしつつ、強めにグー(拳)で叩く。そんなことをしたってこの男に効き目があるわけがない。
「 急ごうか? 陛下がお待ちだからね 」
一つの傘に2人で入り引きずられるように雨模様の中を歩く。日焼けした目鼻立ちがくっきりとした光偉の顔を上げて見れば、空模様と真逆な満面の笑み。それが、秀鈴をとびっきり憂鬱にさせていた。




