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お日様な彼  作者: 植木枝森
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二話

 今さら言うことでもないけど、私は人と関わるのがあまり好きではない。それゆえに私はいつも一人でいる。私だけの時間だ。でもその時間をつくるためには、私一人では成し得ないということに最近気づいた。

 まずは、私から一人になろうとすること。これは当然だ。一人の時間をつくりたいのに、自分から誰かに接しようとしては元も子もない。問題はここからだ。もう一つの条件は、向こうから私に近づいてこないということ。これも少し考えてみれば当然だろう。いくら私が他人を遠ざけても、向こうから近づいてこられてしまえば、それだけで条件が崩れてしまう。でも普通は、そんな人に進んで話しかけてくる人なんていないから、今まで気にならなかっただけだ。

 つまり、私の時間はある意味相互関係の上で成り立っているということになる。一人の時間をつくるために、その周りの気遣いがないと成り立たないとは、何とも皮肉な話だ。因みに何故、今そんなことに気づかされたかというと、

「いずみー、おはよー」

 気遣いのできない人が現れてしまったからだ。

 彼、守谷君は朝教室に入ってくるなり、私に声をかけてきた。大きく手を振りながら。

「お、おはよう、ございます」

「何だよ、もうちょっと笑うことはできないのか? せっかく可愛いのにもったいないぞ」

「かっ、からかわないでっ!」

「からかってないって、それより今日の放課後、カラオケとか行かない? クラスの奴ら誘って」

「行かない、今日は用があるから」

「またか、いっつもそう言って行かないよな」

 それはこっちが言いたい。いつもいつも誘ってきて、勘弁して欲しい。

「あと、私のこと気安く名前で呼ばないでください」

「いいじゃん。友達になるにはまず名前で呼び合う。そうすれば打ち解け合って、自然と親しくなれるよ。それに可愛いと思うよ、いずみって名前」

 数日前、放課後に二人で作業をした次の日から、守谷君は何かと私に話しかけてくるようになった。今まではろくに挨拶もしたことなかったのに。

 朝、教室で顔を合わせると必ず声をかけてくるし、休み時間になればわざわざ私の席まで来きて雑談を持ちかけてくる。昼休みも一緒にお昼ご飯を食べようと私のことを探して、放課後もどこかに遊びに行かないかと毎日誘ってくる。

 気づけば私の時間はなくなっていた。どこにいても何をしていても彼がついてきて、ここしばらくはずっとこんなやりとりが続いている。いつも一人で過ごしていたから、一気に慌ただしくなって、正直言って疲れる。

「じゃあ、また明日誘うから」

 だけど彼は私の気苦労なんて気にしている様子もなく、今日も爽やかな笑顔を浮かべている。それがまた無性に気に障る。本当に何なんだろう。


 鐘の音を合図に午前最後の授業が終わると、数学の教師が教室を出て行った。それをきっかけに教室内も一気に賑やかになり、喧騒に包まれる。昼休みを楽しむため、それぞれが教室を後にする。私もお昼のパンを買ってこようと購買部に足を運ぼうとしたとき、

「いずみ、これから一緒に昼飯食べよう」

 また、守谷君に絡まれてしまった。

「と言うか、いつも昼休みになると直ぐに消えて、五時間目まで帰ってこないけど、どこで食べてるんだよ?」

「……秘密です」

この人だけには絶対に知られたくない。これ以上私の生活を乱さないで欲しい。

「ちょっとー、守谷君。今日は私たちと一緒にお昼食べる約束でしょー」

そんな甘えるような、間延びした声が聞こえてきたかと思ったら、数人の女の子達が私と守谷君の間に割って入って来た。

「ああ、そうだったな。それとさ、今日はいずみも混ぜていいかな?」

「え、佐奈さんも……私はいいけど、ねえ?」

「う、うん、私もいいよ」

 口ではそう言っているけど、彼女たちの表情はどう見ても私を歓迎しているようには思えない。明らかに空気を読めと言わんばかりの視線を、守谷くんを挟んで向けてきている。そんな顔を見せられると、何もしていなくてもこっちが悪いことした気分になる。大丈夫、そんな顔しなくても邪魔者は消えるから。私だってあなたたちと一緒に食べる気ないし。

「ごめん、私一人で食べるのが好きだから」

「えっ、ちょっといずみっ」

 彼が呼び止めようとしてきたが、私はそれを無視して当初の予定通り、購買部へと向かった。

 人が少なくなってきた時間を見計らって、売れ残っていたコロッケパンとあんパンを買って私が向かった先は、校舎と視聴覚棟の間にできた不自然な空間。ほとんど人が近寄ることがなくて、校舎の壁が死角となって誰からも見られない。教室は騒がしいから、いつもここで静かに昼休みを過ごしている、私だけが知っている私だけの場所。私だけの拠り所。

 隅の方に置いてあるペンキの禿げたベンチに腰掛け、コロッケパンの包みを破り一口かじる。いくら購買部のパンは安くて美味しいと言っても、この衣が湿気ってサクサク感の失われたコロッケは、他のパンと比べると幾分劣っているように感じて、売れ残っても仕方がないと思う。それでも私はこのふにゃっとしたコロッケが意外と気に入っているし、あんパンも何故かいつも売れ残っているけど、私は好きだ。

 背中を壁に預けて空を見上げた。昨日までは灰色の雲に覆われていて雪がちらついていたけど、今は雲一つなくて空がずっと高く感じる。だけど、この季節に外で過ごすのはなかなか厳しい。紺色のカーデガンの袖を伸ばして、パンを握っている手を覆う。刺すような冷たい風が吹きつけて、結んでいる髪が小さく揺れた。

 この何もしないで、ただ時の流れに身を任せているだけがとても心地よく、懐かしく感じた。ここには私だけの時間が流れている。この時間だけは、誰にも邪魔されたくない。

「やっと見つけた」

 突然声が聞こえて驚いて声の方を見ると、そこには今一番会いたくなかった人が立っていた。

「な、なんで……」

「なんでって、そりゃいずみのこと探してたんじゃん。結構走り回ったけど、ここじゃ見つからないわけだ。こんな場所があったんだな。と言うか、よく見つけたな」

 終わった、終わってしまった。私だけの時間が。今まで誰にも気づかれなかったのに、とうとう見つかってしまった。しかもよりによって、一番知られたくない人に。

「帰って」

「そう邪険にするなよ。だけどここ結構いいな。ちょっと寒いけど」

 だけど守谷君は私の言葉なんてまったく聞いてなくて、なんの断りもなしに隣に座ってきた。

「あの子達はどうしたの? 一緒に食べるんじゃなかったの?」

「ああ、さっき断ってきた。今日はいずみと一緒に食べたかったから」

「それでいいの? あの子たち、あなたと食べるの楽しみにしていたみたいじゃない?」

「確かに、あいつら悪いことしたなって思っている。でも、今日の俺はいずみと一緒がよかったから。それとも、いずみは俺のこと迷惑か?」

「それは……」

 別に迷惑とかではない。嫌いなわけではないし。それじゃあ楽しいかと聞かれると、それも違う。毎日こうして話しかけてきて、私だけの時間がどんどんなくなって、気の休まることがない。でもだからといって、いなくなれとまでは思わない。ただ、なんと言うか、落ち着かない。

「……よくわからない」

「そっか。でもそれはきっと、いずみが誰かと一緒に過ごすことに慣れていないだけだよ。そのうち楽しいって思うようになるから」

 そんな適当なことを言いながら、彼は手に持っていたパンの袋を破って中身にかじりついた。

「あ、それって」

「ああ、これ? これいつも売れ残っているよな。でも俺結構これ好きなんだ。このふにゃってしたところがさ」

 やっぱりこの人は変な人だ。自分勝手で人の話なんて聞きやしない。よく言えば気さくで、悪く言えば図々しいその性格で、私の中に土足で踏み込んで来る。あのとき猫の前で初めて会ったときも、関わるべきではなかった。

 でも、そう判断するのもまだ早いのかも知れない。

 だって私は彼のことを、まだなにも知らないのだから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

続きもお楽しみください。

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