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死にたい少女と、死ねない兵隊  作者: さるとる
1/1

邂逅

二人称小説です。完結はナオキです。



人生の禍福とは又、人知の測り得ぬところの一つである。


あなたは先程まで道すがら【500E硬貨】を拾い、自らの幸運を嘆じていたが、今はその不幸を嘆いていた。


全く、500Eと己の命が等価とは皮肉なものだと。



ーー



「死ねっ!蝙蝠がっ!」


言われのない罵倒に、思考を巡らせる暇もなくあなたの視界は大きく揺れる。


視線を落せば、足元に組み付く男が一人。

偉丈夫であり、鈍色の鎧を身に纏っている。

兵士だろうか。少なくとも、その手の輩に恨みを買うような謂れはない。

しかし、不意打ちで仕掛けてくるような相手だ。人違いだ、と話に応じることはないだろう。


仕方ない。あなたは腰の得物に手を掛けようとするが、瞬時に腕を弾かれる。


上手い。あなたはそう確信した。

少なくとも手加減して敵う相手ではない。

弾かれた剣を拾う為に視線を後ろに投…


刹那、男は視線が逸れたその一瞬を逃さない。

左手で胴体を地面に押し付け、自然な流れで馬乗りに移行すると同時に、抜き身の短剣をあなたの首に突き立てる。

完全に隙を突かれた形だ。

あなたは男の手際の良さに惚々させられる。


「死ねっ!死に晒せっ!」


語彙の少なさに注意が惹かれるが、それどころの騒ぎではない。

男の両腕を掴み、何とか刃先の侵攻を止めにかかるが力及ばず徐々に押し込まれていく。

ギリギリと鋭い刃先が首元ににじり寄る。間違いなく、あなたは数秒後に死ぬことになるだろう。


「っ……なに笑ってんだ、コイツ……」


男はあなたの不敵な笑みに動揺しながらも、力を緩めることなく短剣を力強く押し込んだ。


グサり、否。そんな耳良い音ではない。抵抗の末、少しづつ刃物が皮膚に沈みこんでいくゆっくりと粘り気のあるものだった。


鮮血が溢れでる。


デッドライン。純粋な生存への欲求はあなたに邪な枷を捨てさせ、全力を発揮することを誓う。


血管を浮き上がられるほど力む両腕。

鋼の如く硬直する首筋の筋肉。

脳が発する止めどない危険信号は、瞬きのほどの脱力すらも許容しない。

之ぞ、火事場の馬鹿力だ。


「くっ……!」


あまりの熱量に男が躊躇ぐ。

押しも押されもせぬ攻防。

あなたはまるで永遠にコレが続くかの如き感覚に陥った。

それは奇妙な友情にも似たものだ。


やり取りは続く、両者の攻防に凄まじい情報量が飛び交っている。

ふと、男に目をやればその口元が歪にゆがんでいることに気付く。


ああ、この瞬間が永遠に続けばいいのに。

お互いが奇妙な充足感に充たされていく。


だが、永遠とは儚くとも短く、ロマンスで現実は変えられない。数秒のやり取りのうちに残ったのは、息の根が止まった一つの肉塊ただ一つのみであった。


「……っ……ぁ……はぁ……はぁ………」


死闘を生き抜いた男はようやく呼吸を取り戻し、顔を上げる。絶対的優位をとっておきながら、ここまで苦戦することになるとは思いもよらなかったのだろう。その顔は苦悶に歪んでいる。


乱雑に短剣を引き抜くと、その血を払う。

払うと同時にばたり。とその場に男は倒れ込んだ。

恐らくは疲労が祟ったのだろう、完全に意識を手放している。

霞む意識の中で、男はその最期に、ある言葉を耳にした。


「|メメント・モリ《汝、死を忘れることなかれ》」


残念。あなたの冒険はこれで終わってしまった。



ーー



港町【マーレ】に佇む一件の喫茶店。ラクリモサは、市場の喧騒に辟易する地元民にとっての憩いの場所だ。


マスターの提供する珈琲は、そのほどよい酸味と豊かな香りで知られる定番のメニュー。

他に取り揃える軽食もまた何れもが、喫茶らしく洒落ており味もいい。


いかにも通好みの、しかし万人受けもする調和のとれた雰囲気は都会的とでも言うべきか、洗練された美しさがある。


カランっ…


控えめな鐘の音が、来客を告げる。


現れたのは、可憐な一人の少女であった。

琥珀の瞳に鶴髪を肩まで垂らし、腰丈ほどの黒のガウンを纏っている。

美しい。少女を形容するには、片秀であるように思われるがそれ以外に言葉が浮かばない。

微かに残るそのあどけなさは、一層とその気品を引き立てている。


店内の客の何れもが、今彼女に目を奪われていた。

駆けつけた店員も、思いもよらぬ来客にたじろぎ言葉に詰まる。


「こ、此方へどうぞ。」


少女が通されるのは窓際のカウンターテーブル。

日差しに目を瞑るその横顔ですら絵になる。


「今、注文しても?」


首を傾げる動作に、店員は急いで前掛けのポケットから伝票を取り出す。


「はい、構いません。如何なさいますか?」


「では、珈琲を二つ。それと日替わりのサンドウィッチを。」


手馴れ様子で注文を頼むと少女は、窓際へと向き直る。

紺碧に思いを馳せているだろうか、その顔には少しばかりの憂いが見える。


そんな様子の少女を尻目に、注文を終えた店員はあることを思う。

本来ならば、注文は無言のうちに遂行してこそのプロフェッショナル。

不躾に質問などすべきではないが、少女の不安げな表情に老婆心が勝り、その疑問を口にしてしまう。


「失礼と存じますが、お客様はおひとりのご様子で……」


語尾を濁しながら様子を伺う。

人とは他人に少しでもよく思われたいものである。それが美女であるなら、尚更だろう。


「あぁ。」


少女は合点がいったようだ。

微笑を浮かべ言を返す。


「これは、お気遣い頂きありがとうございます。」


「いえ。そんな……」


「実は今、待ち合わせの最中でして。酷いと思いませんか?女性を独り待たせるだなんて。」


共感を求めるように少女はそう口にする。


「ですので、ちょっとした仕返しです。尤も、お宅の珈琲は冷めても美味しいでしょうが。」


嗜虐的な視線が店員に向けられる。

ドきりと鼓動が脈打つのが感じられた。


「お気遣いを無下にするようで、ごめんなさい。」


悪戯っぽく笑う彼女の顔に、その毅然とした優雅さに、店員は暫く心奪われ見惚れていた。

これが年端もいかなぬ少女の成す笑みだろうか。


「で、ではそのようにさせて頂きます。それと、差し出がましい真似をしてしまい…」


「いえいえ、構いませんよ。美味しい珈琲、期待してますね。」


店員はそそくさと少女の前から消える。

その足取りはどこか力強いものであった。


「おい、インベル。どうしたんだ?」


「マスター。豆を挽き直しましょう。」


インベル青年は分かりやすい人間であった。



ーー



カランっ…


ラクリモサに次の来客が訪れたのは、暫く経ってのことだった。


現れたのは、何の特徴もない平凡な男。

客の注意は一瞬だけ、集まったように思えたが直ぐに散ってしまう。

先程との落差を考えれば仕方ないことだろう。


「いらっしゃいませ!」


妙に喜色に満ちた様子の店員に迎えられる。

喫茶店にあるまじき接客だが、別に悪い気はしない。


「此方へどうぞ!」


奥の席に通されるが、店員に断りを入れる。

ここへは待ち合わせに来た。その旨を伝える。


すると、店員は数秒の沈黙の後にゆっくりと窓際を指さす。

そこには美しい少女が座っていた。

軽く礼を告げ、歩を進める。

店員の顔が妙に青ざめているのは気のせいだろう。


少女の横に座ると、彼女は言葉もなくカップを差し出した。


「ねぇ、【あなた】また死んだの?」


少女は辺りを憚る声でそう口にした。


冷めきった珈琲は、まるで味が感じられない。



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