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協会からの帰り道、すっかり夜となった街の中心の大通りを歩く。
所々良い匂いのさせている屋台に入り、何点か美味しそうなものを購入し、泊まっている宿の方へ向かっていく。
「ドード鳥の串肉はビールに合うからな!!」と言って大量購入する父は、教会で一瞬見せたような表情は一切見せず、
バカ丸出しのいつも通りの父親だ。
道中、俺は屋台で買ったミルクパンを口に頬張りながら、色々考えていた。
そもそも俺は、父がこの国に来た本当の理由を知らない。
ただただ観光でこの国に何週間もかけて来る程、俺たちは裕福で暇人でもない。
「何だよイーノア。もう眠たいのか?」
無言で考え事しながらミルクパンを口に含んでモゴモゴさせている俺に父が心配そうに言う。
色々心配している俺に対し父は能天気な顔をしているのが少しムカついた。
「だったらこの街をもっと楽しめ!明日は【光の巫女】のお披露目会だぞ!
辛気臭い顔をしていると、何か企んでるんじゃないかって疑われるぞ」
そう言って父はヘラヘラしながら串肉を口に頬張った。
観光地から少しはずれたところに、小さな宿がある。
とても綺麗とは言えないが、夫婦で経営していてすごくアットホームの宿だった。
パワフルなおばちゃんがフロントで受付をしていて、細身の優しそうなおじさんが身の回りの清掃をしている。
俺と同じ年くらいの娘がいるらしいく、おじさんもおばさんも俺に過剰にサービスしてくれる人だ。
夜ももう遅い時間になっていることもあるが、長旅の疲れがどっと出てしまったらしい。
俺は父に聞きたいこともあったが、部屋に入りベッドに触れた途端、睡魔に襲われ泥のように眠ってしまった。
聞きたいことは明日の朝、ご飯を食べながらでも聞こう。
そう思ったが最後、俺の意識は遠のいていき
また夢を見るのだった
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———・・・
「それで今日も片方の頬パンパンに腫らしてるの?!」
待ち合わせのカフェでコーヒーを飲みながら今日の出来事を話すと、
彼女は大きく口を開けて笑う。
「これも家庭内暴力の一種じゃない?
刑事さん、あのゴリラを逮捕してくれませんかね?」
はぁ・・と態とらしい溜息を吐きながら、あたかも悩んでますという表情を見せ彼女に言う。
「ごめんなさい。家庭の事情は私の管轄外だわ。
それに話を聞く限り、そのゴリラさんにも情状の余地がありそう」
彼女は警察官だった。それも結構やり手のようで、若くしてトップの検挙率を誇るらしい。
一般会社員の俺にはよくわからないけど
ドラマでいうところの、アンフェア的なポジションだろうか?BOSS的なポジションだろうか?
なんであれ彼女はいつも忙しく、今日は数週間ぶりに休みが合い、なんとかデートに有り付けたというのに
俺の頬はパンパンなのである。
「全く、どうして同じ血が通っているのに、俺は姉のようにゴリラ並みの力がないのだろう」
筋肉質な姉に比べて俺は細身で、いくらジム行って鍛えても何にも変化がない残念な体質だ。
そこに若干のコンプレックスを持っている。どんなに頑張っても力ですら姉には敵わないのだ。
「別に力技じゃなくても、相手を倒すことは簡単にできるわよ」
そういう彼女はなんだか楽しそうだ。
「何?警察の技?」
「いいえ、誰でもできる護身術。その技ならお姉さんも撃退できるわ。」
もっとも、君がお姉さんに勝てるとは思わないけどね。
そう呟くと彼女は席から立ち上がり。
「行きましょ。ちょうど良い場所を知ってるの」
そう言う彼女は、とても凛々しく逞しかった。
その日のデートは、護身術道場へ変貌するのだった。
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あまりにも静かすぎて目を覚ました。
「・・・・世界で一番くだらない夢を見た気がする・・」
この夢が本当に何かを知らせている夢、もしくは呪いの類なのだろうか・・?
ただ単に普通の生活を覗き見している気分でしかない。
そう思うとなんだか気分が悪くなり、窓を開けようとベッドから抜け出そうとモゾモゾと動いていると気づく。
いつもなら聞こえる、あの煩いイビキが聞こえないのだ。
あの部屋中響き渡らせる、夜中に起きようもんなら、騒音で朝まで寝れず頭を抱える事となる
あの父親の煩いイビキが聞こえない。
俺は隣のベッドをそっと覗くと案の定もぬけの殻だった。
俺は父のベッドのシーツに触れてみる。ひんやりと冷えたベッドは
父が俺が寝た直後からいなかった可能性を指し示していた。
「また俺に内緒の仕事ですか」
子供扱いしやがって・・まぁ子供なんだけどさ
別にこんなことは今日が初めてじゃない。時々こうやって俺に内緒でこっそり出て行くことがある。
明日の朝まとめて聞きたかったことと、どこに行ってたのか聞き出そう。
はぁ・・とため息を吐き、父用のベッドに座る。
外は、もう直ぐ日が昇りそうだ、真っ暗では無いがまだ薄暗い。
空気の入れ替えとともに気分も入れ替えようと部屋の窓を開けた。
宿の2階の部屋から少しだけ外を覗く。誰の声も聞こえず心地よい風が吹いた。
しばらく見ていると再び眠気が少しだけ復活してきた。
(一度1階に降りてホットミルクでも作って寝よう)そう思い窓を閉めようと手を伸ばすと
静かだった外の通りから、足音がした。ちょうどこの宿の前のあたりで足音が止み
今度はぼそぼそとした話し声が聞こえてきた。
「見つかったか・・・?」
「いや・・・。大通りの方は?」
聞かれた方は首を横に振る
「くそ・・・日が昇るまでに見つけ出さないと大変なことになるぞ。なんとしても探し出さないと」
声は小さいが切羽詰まった感情が声と態度に出ていた。
真っ白の制服を着た男2人。ロージアンの兵士だ。
魔法で作られたランタンを持ち、あたりを探るように町中を見回りしているらしい。
男2人は真上の部屋から覗いている俺の存在には気づいていないようだ。
「それにしても・・どうしてバレたんだ」
「ああ・・・【光の巫女】のお披露目は明日だろ。今日まで隠し通してきたのに」
そう呟きながら2人はあたりの捜索に戻っていった。
俺は足音のが聞こえなくなった事を確認すると、もう一度窓を少しだけ開いた。
今の2人の言ったことを整理するため。所謂、頭を冷やすということだ。
「見つかったか・・・光の巫女・・・隠し通してきた・・・」
2人が言っていたことを呟く。
頭によぎったのは父の【鑑定スキル】だ。
あのスキルなら、誰が光の巫女かなんて一目瞭然だろう。
「いやいやいや・・・いくらなんでもそんな・・・」
都合よくいなくなった父、失踪前に【光の巫女】について何か考え込む姿とか・・
物語的にはミスリード的展開だろ?
そんなことを考えながらも俺は身支度を整えていた。
いつもの服装に加え顔を隠すためにローブをかぶり、小さなバッグには最低限必要なものだけを詰めた。
何もなければ戻ってくる。しかし最悪の事態を考えないと。
「・・・予知夢であってほしいな・・」
何てったって世界一くだらない夢を見たんだ。
予知夢であればこの現実が世界一くだらない事で終わるってことだろ。
そんなことを考えながら、俺は部屋の窓から外へ飛び降り、
静かで暗い道のりを、2人の行った方向へ走り出すのだった。