プロローグ
ここ最近のアニメや小説の流行りは異世界ものらしい
みんな現代社会に疲れてんだなぁ
異世界にでも行きたいという欲求が流行りにで出るな
リビングのソファーの肘掛に頬杖つきながら座り
夕方のTVのニュースの小さな特集に小声で小さくツッコミを入れた俺の真横で
携帯ゲームを両手に持ち、良い声と良い音色を音量最大にして流しながら
「現代じゃなくても異世界モノというのは昔から存在するわ。
・不思議の国のアリス
・ナルニア国物語
・果てしない物語
そういうものだって異世界ものでしょ?
最近の流行りとかじゃなく昔から人気なのよ。
それがネットとかで分かりやすくなっただけ」
姉はゲームから目を離すことなく、俺の小さな呟きにしっかり応えてくる。
どうやらゲームは物語のクライマックスらしい
感動的な音楽に合わせて、キラッキラなイラストが目に入ってきた
画面下のセリフに合わせて、低音ボイスが甘いセリフを吐いている。
姉のやるゲームは全部乙女ゲームだ
「乙女ゲームにも異世界ものはないの?」
「もちろん有るわ。昔は古井戸から平安時代に恋愛しに行ってたものよ」
聞いといてなんだけど、ちょっと何言ってるかわからない。
「今やってるこのゲームも異世界ものよ。
主人公がひょんなことから異世界に転生してね———・・・」
俺と姉は割と仲が良い姉弟だと持っている。
世の中に何人くらい、姉の語る乙女ゲームの良さを最後まで聞いてあげる弟が存在するのだろうか。
・・・まぁ正直、ちゃんと聞いてはいないんだけど。
(結局、なんとか様はカッコ良い、なんとか様の声は、あのアニメのあの人と同じ、とかそんなのだからな)
俺はいつも通り、適当に相槌を打ちながら、話を聞き流す。
この人は聞いても聞かなくても話をしたいだけなのだ。
俺はテレビの番組をザッピングしながら、姉の熱い語りをBGMに浅くかけていたソファーに深くもたれ
軽くため息を吐いた。
まぁ・・何気ないというか、なんともない日常だ。
こんな毎日が未来永劫続くのだろう。
個人的にはそれで良いと思う。
乙女ゲームのなんとか様みたいなキラキラした人生も良いかもしれないけど、
平々凡々な人間の、平々凡々な人生もそこまで悪くはないはずだ。
そんなことを姉に言ったら
「・・・なんか年寄りくさいわね」
と、小馬鹿にしたような呟きがかえってきた。
「俺が年寄りなら、10歳も離れたあんたもクソババアだな。」
俺の左頬に向かって、姉の強烈な右ストレートが飛んできた。
歯が数本無くなったんじゃないかってくらいの激痛に悶え苦しんでいる横で
姉がクスクスと笑う。
楽しそうで何より・・
「ほら・・・あんたもう時間じゃないの?」
うずくまる俺に姉がゲーム機の時間の部分を指差しながら教えてくる。
時間はもう18時を示していた。
俺は慌てて立ち上がり、あらかじめ準備していた物を手に、一度鏡を見て、顔が腫れていないか確認した。
「そんな強く叩いてないわよ!」
と笑いながら何か言ってる。
「人間とゴリラじゃ手加減されてもダメージが違うだろ」
「じゃあ、もう片方に同じくらいのパンチ喰らわせたらプラマイ0よね」
とゴリラ(姉)が両手をパシパシさせながら何か言ってる。ゴリラ語は俺には分からない。
俺はゴリラ(姉)から逃げるように玄関の方へ急いだ。
普段は両方パンパンに腫らそうが、片方だけ腫れてようがなんでも良い
しかし、今日だけはダメだ。絶対に・・。
「行ってきまーす!!」
靴を履き玄関のドアノブを握る。
「行ってらっしゃい!
・・・頑張って来なよ!」
リビングの方から姉の声がした。
俺はしっかりとその言葉を聞き、小さく頷いて外へ出て行ったのだ。
その日は俺にとって、一世一代のクライマックスの日に違いなかった。
平々凡々で、この物語にはタイトルなんて存在しないけど、
それでも・・
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「——・・イーノア」
ガタゴトとした揺れと、馬の足音が子守唄のように気持ち良く、
気温も今日は何日ぶりかの晴天で、湿度も低く、少し暖かい日向には、北のほうから柔らかな風が吹く。
うたた寝してくださいと言わんばかりの最高の環境に、お言葉に甘えしっかりとうたた寝していると、
低音の声が遠くから自分の名前を呼んでいるように聞こえた。
実際には遠くにいるわけではなく、自分の意識が覚醒していない為に遠くにいるように感じただけだった。
「・・はよ。父さん」
「おはよ。じゃないぞイーノア。
お父さんは、手綱を握ってて前しか見えないから、
野盗やモンスターが来ないように周りを見ててって言ったじゃないか。
こんな心地良い時だからといって、気持ちよさそうに寝るなんてずるい」
見張り云々は建前、ずるいというのがが本音だ。
大きくあくびをしながら両手を空へ上げ、体を伸ばす。
自分自身の手足、体の大きさを確認し、少しホッとした。
「また変な夢見た・・」
環境も施設も何もかも見たことの無い物ばかりなのに、やけにリアルで不気味な夢で不安になる。
年齢も夢の自分は、現実の自分よりも10歳以上年上で、顔も全然違う。
それなのに現実なのでは無いかと錯覚してしまうような夢だ。
「また同じ夢か、ゴリラのような姉がいるんだっけ?俺はお前しか作ってねぇぞ」
「・・・」
父は知力の少ない方の行商人だ、少々下品なのは仕方ない。
もう年寄りの馬2頭と、ボロボロの馬車1つで世界を渡り歩き、珍しいアイテムを見つけては
その辺の貴族に高値で売りつける仕事をしている父と俺は、
10年ぶりに俺の生まれた故郷【ロージアン王国】に行くべく、
通り道である【世界樹の森】に入り、かれこれ2週間ほど彷徨っていた。
「お前にも早く見せてやりたいよ。ロージアンは良いぞ。 建物美しいし、飯もうまい」
父はどこか遠くに目をやり、その国に思いを寄せる
「その話聞き飽きたよ。」
なんせこの世界樹の森に入ってから毎日同じ話をするからな。
「もう直ぐ着くさ。
・・・そうだ。一度国に入ったら、神父様にお前の夢の話を相談しよう。
ほぼ毎日同じ夢を見るんだ。きっと何かある」
何かの予言かもしれんし、呪いかもしれん。
10歳にも満たない自分の息子に対し、容赦なく怖いことをさらっと言いのけた父を
軽く睨む。母がこの人を捨てたのは、こういう無神経な性格だからだろう。
「・・そんな顔するなって。悪かったよ。
ほら見てみろイーノア」
父が指をさす方向を見る。
目を凝らしてよく見ると、木々の間に本当に小さくだが、人工的な何かが見えた。
遠くからでもわかる程、それはそれは美しく立派にそびえ立ったお城が見えた
真っ白な外壁に青い屋根は大昔に母に読んでもらった絵本の挿絵にそっくりだ
「あれがロージアン城だ」
どうだ美しいだろう。
まるで自分のことのように堂々と自慢する父を横目に
さぞや美しい街なんだろうと思う一方で
たどり着くまで、まだ何日もかかりそうだな
と、現実を噛みしめるのだった。