第8話 魔法講座
この異世界の『魔法』についての基本的説明回。
小難しければ説明部分は読み飛ばして『そういうもの』と思ってもらっても構いません。
side 狂信者
さて、夜の勉強会(魔法講座)の始まりです。
さすがは能力が不明な転生者に対して『自分に強化魔法をかけて敵を殴り殺す』というある種の行きつくところまで行きついた戦闘スタイルを実践しようとした冒険者と言うべきか。
よく鍛え上げられた肉体を持ちながら魔法も人並み以上だという文武両道なドルイドのアーリンさん。彼女の魔法講座は大変わかりやすいものでした。
アーリンさんは『ドルイド』という職業だと聞きましたが、そもそもこの世界では『職業』という概念は単なる生業とは明確に区別される概念なのだそうです。
例えばアーリンさんは冒険者としてクエストを成功させることで得た報酬をギルドから受け取って生活費としています。アーリンさんの場合は職業は『ドルイド』でありながら、生業は『冒険者』ということになるそうです。
では、『職業』とは何か。
それは、魂の形状や性質による技術への習得適性を分類するための指標、そしてその方向性へ向けて魂を矯正するための鋳型なのだそうで。
才能に近い概念と言えるでしょうが、この世界では魔法により魂への多少の改変を加えることができるために、日本におけるの『才能』という言葉より融通が利く概念として『職業』という意味合いに翻訳されているのでしょう。
「『職業』は変更できるけど、近い方向性じゃないと同じくらいの働きはできないわ。たとえば、私はこうやって魂に関わる霊能系の魔法が得意だから神官系の職業に適性があって、森司祭以外にも僧兵や聖職者の適性も高いけど、魔術師関連はダメね。方向性が逆だから霊能系と魔術系の両方に適性があるなんて天才はなかなかいないわ。大抵は片方の適性が高いほどもう片方が低い」
「なるほど。しかし、イメージとしては神官系が得意だという回復魔法も『魔法』の範疇ならば魔術の得意な方も使えそうですが」
アーリンさんは私の傷を現在進行形で癒して下さっていますが、これは練習次第で私も使えるようになる基本的なものだとか。
適性の差があったとしても魔法の原理が同じなら『不可能』ではないと考えたのですが、アーリンさんの解答はシンプルなもの。
いわゆる、持久走と短距離走のような『走る』という行為に対しても存在するような、個々人の性格の違いなのだそうです。
「魔術系も魔力の使い方が上手いのは間違いないけど、コツっていうか、使い方の方向性が違うのよ。簡単に言うと、霊能系は魂を傷つけずに触れるような繊細さが必要で、魔術系は自分の中のイメージを外の世界に押しつけるような強引さが必要なの」
要約すれば、『魔法』とは『都合のいい奇跡』によって『現実をねじ曲げる』という行為。
しかし、現実とは得てして思い通りにはならないものでしょう。
頭の中に鮮明なイメージがあったとしても、それを表現するのに言葉を使うか絵を使うか、はたまた歌や踊りといった動作を用いるかというのに適性があるのと同じように、イメージの出力が『魔法』という手段に置き換わっても方向性の得意不得意が出るというもの。
あるいは、同じ道具が手許にあっても何かを実現するためにはそれを扱う知識や技術が必要なように、誰でも自分に都合良く万物をねじ曲げられるというものではないということです。
「たとえば、『指先に小さな火を灯す』って魔法は魔法の一番の基礎として最初にやる、とても簡単な魔法だけど、その段階から適性によって違いが出てくるわ。魔術師は枯れ葉を燃やせるような本物の熱を持った火を作れるし、才能があれば軽く飛ばすこともできる。けど、神官は生き物が触ると少し熱く感じるけど物体が燃えない幻みたいな火が指先にちょっとだけできるわ」
「なるほど、同じ結果を求めても物理現象と心霊現象に分かれると。そして、それぞれが得意な方向に対して実用的な現象を起こすイメージを体系化したものが『魔法』であると」
大別すると、この世界における『魔法』とは、主に心霊的な影響力に長けた霊能系の魔法と物理的干渉力に長けた魔術系の魔法に分かれるようです。
しかも、おそらく魔法の制御にはイメージ力が重要なようですが、その対象範囲に違いがあります。
基本的には魔術系は自身の体外に起点を設定してその周囲に影響を与え、霊能系は自身の体内を起点としているそうです。
間合いの点では魔術系の使い手の方がかなり有利に思えますが、逆に発動の即時性の面では座標の認識が必要なく肉体を動かすイメージの延長で魔法が使える霊能系の方が優れていることが多いとか。
「先程は身体能力を上げる魔法を使っていたように見えましたが、あれも魂に干渉するイメージですか?」
「そんな感じ。でも、魂だけに干渉するわけじゃなくて肉体と魂の形とか動きを一致させるのが一番大事。普段なら骨が曲がるくらいの力を受けても、精神がそれに負けずにいれば魂の骨は歪まない。魂の骨の形を肉体に投影していれば肉体の骨も歪まない。ただ、肉体と魂の干渉は双方向だから、あんまりにも激しい攻撃を受けたら魂の形まで歪んでしまうこともあるけど」
魔力というエネルギーをガソリンのように熱量に変えて特殊現象を引き起こすというわけではなく、強くイメージした『現象』が成立するように現実の辻褄を合わせる。
それは、魔力を注げばそれだけ強くなるというわけではなく、魔力を使う人間のイメージの強固さが鍵となるものであるようです。
たとえば、必要なエネルギー量で言えば何かの温度を上げて発火させるのと質量を生み出し壁を作るのでは質量を生みだす方が遙かに上です。
周囲の物質を集めるのではなく純粋に質量が生まれるのなら、それこそ核融合や核分裂に必要なエネルギーと同等のエネルギーを消費するか量子単位での干渉操作が必要だということになりますから。
しかし、それはあくまで通常の物理法則が適用される空間での話。
『魔法』というのはその物理法則を支える現実そのものを術者の望む結果、希望的観測へと合わせて改変する、現実改変能力とでも呼ぶべきものを引き起こすもの。
術者の心の中にある理想像に現実を合わせるのですから、術者が何を世界の本質だと思っているか、理想像の中で特に鮮明に拘りを持って想像できる要素は『拘り』は何かという『世界観』が才能の方向性に繋がるのは当然と言えば当然でしょう。
アーリンさんの言っている『身体強化』の場合は、もっとも鮮明にイメージしやすいものが『無傷な自分』という要素。
普通は拳が無事に済まないほどの勢いで岩を殴りつけたとして、自分の腕がひしゃげないのであれば場所を譲るように岩の方が割れてくれるという理屈です。
そして、現実をねじ曲げる程に固められたイメージを強引に破壊されたら心も折れるというものです。
「つまり霊能系の肉体強化は『自己認識』の優先度を上げて、肉体を通して物理的な干渉力を与えるということですか。強化というより現実改変能力の媒体として肉体を利用していると認識した方が攻撃面では効率的かもしれませんね。ん? ということは、魔術系では身体強化を行おうとしても全く違う理屈になるのでは?」
「正解。魔術師は自分の身体の表面に障壁を張ったり、物を動かしたい方向に『押し出す力』を与える。その分、素早い動きに対応するのが苦手だし、体内へのダメージにはかなり弱いわ。もし敵になったら距離を詰めて素早くて重い一撃を入れると楽よ。あっちはあっちで得意な遠距離を保とうとしてくるけど」
霊能系の魔法が『自分は攻撃を無傷で耐えきれる』という理想像によるものであるのに対して、魔術師の場合は『攻撃は自分まで届かない』という理想像で身を護るわけですね。
やはり、アーリンさんは根っからの冒険者。そして戦士であるようです。
戦闘経験から来る注釈というのはとても貴重でためになりますね。
「参考になります。ところで、魔力というのはやはり消耗すると魔法が使えなくなるというような『有限資源』と考えるべきですか?」
「そこは体力と同じよ。ただ、魔力は大気中に漂ってるから呼吸で取り込んで溜めておけるけど、使えばまた世界に散っていく。魂に留めておける量は精神力に依存するから万全に魔法を使いたかったら精神状態を良好に保っておくことは大事。動揺していたりするとイメージ力も落ちて精度も下がるし、精神も筋肉と同じで激しく魔力を押し出したり吸い込んだりしてると疲労して効率が悪くなるから、自分のコンディションと精神力の限界を知っておくのも大事」
まあ、HPやMPといったゲージが表示されるゲームの世界ではありませんし、限界の判断は自分で行うというのは当たり前のことです。
あの水晶玉で計測する『スキルレベル』というのもあくまで目安らしいですしね。
医務室で事故の原因として説明を受けましたが、あれは言わば『歌の上手さを測定する装置』に声を吹き込もうとして『肺活量が大きすぎて』装置が破裂したようなものなので、才能があると持てはやされたとしても調子に乗って無茶をするなと言われました。
ちゃんと鍛えれば素晴らしい歌声に変わるとしても今のままではただの爆音。
魔法の適性に関する話だけでなく、たとえば『筋力』でも握力と腕力、腹筋と背筋というような違いはあるでしょう。腕相撲で勝てる相手だからと言って相撲で勝てるとは限らないのと同じように。
しかし、なるほどなるほど。魔力は自然に満ちているエネルギーでありながら、魂と精神を持つ生物を通さなければ物理的干渉力を持たないということですか。
テーレさんはコボルトさんを魔力によって生態が変化した生物と言っていましたが、大気中の魔力を取り込んだ野生の動物が魔力によって自身の肉体を願望に近い自己認識に改変することで姿形を変えたと見れば人間の姿に近い二足歩行も納得です。
となると、この魔力に満ちた世界では生物がより強い姿となり生存しようと願い、その願望がかなえられる形で元の世界の動植物より総じて強靭になっているというのも自然な流れかもしれません。
「ふむ、魔力が精神に強く関わるが故に、魔法は原理的に物体を『思い通り』の状態にできるとして、人体のような完全に構造を把握できない複雑なものを修復するにはその原型が必要ですね。イメージが関わる以上、個々人の想像だけで構造を復元しようとすればどこかに不具合が発生してもおかしくありません」
「ああ、何を言いたいかはわかるわ。『素人が女を治して股間から余計なものが生えた』って話もあるしね……その後、しばらくしたら腐って取れたらしいけど。今でも冗談で『女冒険者は鍛えすぎると間違って男にされる』とかって言われることがあるわ。そこら辺の話でしょ?」
「はい、それです。魔法を発動している間はよくとも、癒着に失敗してただの『肉』を張り付けただけではすぐに腐りますし。それを防ぐのなら……『回復魔法』というのは、傷を想像通りの形をしているかわからない『元の形』に戻しているというより本来の肉体の形を保った『魂』を参照して肉体の状態を『修正』していると見るべきですね。万が一全身の血流が逆流したりすれば死ぬかもしれませんし、『時間を戻す』というイメージは危険すぎます」
「昔あったらしいわ、それ系の死亡事故。おかげで『物体の時間を進めたり戻したりする』みたいな魔法は禁止されてるわ。保存のために『ゆっくりにする』とか『止める』はなくはないけど」
どこの世界も人体は複雑怪奇、医学の道は試行錯誤。
私が受けた【治癒】が安全な魔法になるまでに散っていった方々に心の中で敬礼です。
とまあ、それはともかく……『魂』の存在を前提とした技術体系であり、その『魂』が一定不変画一的なものでないとするのなら……
「しかし、先ほどの話では身体的ダメージを受けると肉体だけでなく魂まで歪んでしまう危険もある。となると、その状態で自身や他人の回復を試みるのは危ないのでは? 自身の魂まで響いたダメージは悪化しそうなものですし、回復者が魂的に負傷した部分の治癒を他人に行おうとした場合、同じ傷を与えてしまいそうです」
「よく気付いたわね。そう、だから神官系の職業の人はあまり自分自身を回復するのに魔法を使うのは推奨されてない。まあ、私みたいに修行を積んで正確で健康な魂の形をイメージを維持できる人は別だけど。そうじゃなければ、回復魔法で一人だけの魂を元にするのは危険よ。だから、他人に回復魔法をかけるときには、私達は自分の魂と相手の魂の両方を元に肉体を修復する。傷付いて魂も破損してしまっている部分があったら、神官の魂を元にしてその部分を治すの」
なるほど、電化製品を修理するときに、二つの同型機種を一つにして、同じパーツの破損がない限りは無事なパーツで補い合うという手法を『ニコイチ』と呼ぶことがあると聞いたことがありますが、それと似ていますね。
確かにそれならば互いを補完し合うように回復を続けることで人間としての正しい形を保つことができそうです。
しかし、これはたとえばの話ですが、その理屈ならば仮に腕を魂ごと切断された人間を回復魔法で治そうとした場合などは、完全に腕を修復すると魔法を行使した人間の腕と同じ手相や指紋になりそうですね。拒絶反応などは心配ですが、応用すれば面白い現象が見られそうです。
それと、これは思い付きですが……
「なるほど、とすると人間以外の生物を治療する場合は同じ感覚で魔法を発動すると大変なことになりそうですね」
「コボルトとかの獣人型モンスターの中にはそういう生まれ方をしたものがいるって説もあるわね。異種族を治療する場合は対象の魂だけがモデルになるから難易度が上がる。大体の場合は専用の術式とか詠唱が必要になるわね」
「術式とは?」
「こういう感じのやつ」
アーリンさんが服を捲って足首を見せてくださいました。袴のような長い裾の服なので踝までしか見えない健全な動作ですが。
そして、そこには顔料のようなもので描かれた簡単な紋様が綴られています。
「これは呪紋っていう、私達ドルイドがよく使うタイプの魔法術式で少し例外なんだけど、一般的には魔力を動かす手順とかコツとかのメモみたいな? これは対精神干渉の呪紋だけど、他の生き物を治すための術式とか詠唱ではその生き物の魂の形を詳しく説明した図とか文章をなぞりながら魔力を流すの。こうやって無意識で魔法を発動し続けるために刻むタイプ以外は発動を補助するだけだから、そんなのに頼ってる内は戦士としては二流ってことになるわ。杖一振りで奇襲にも咄嗟に対応できてようやく一流だもの」
おそらく、先程私の前で自身に強化魔法をかけていたアーリンさんですが、その気になれば杖を振るだけで魔法の名前すら宣言せず自身を強化できるのでしょうね。アーリンさんの口振りはどう聞いても彼女自身が『一流以上』という感じですから。
「なるほど、つまり外付けの術式に頼るということは、複雑な操作をマニュアルを読みながら行うようなものですか。ということは、本気になれば全く予兆を見せずに発動することも可能ですか? 敵意も見せず、笑顔で近付いて、不意を突いて極大の一撃をという戦法も」
「できなくはないけど、暴発防止のために杖を振るとか床を蹴るとかの合図を決めておくべきかな。少なくとも自由自在に使えるようになるまでは、発動の瞬間はイメージを固めないといけないから。法具とかがあっても、完全に暴発を防げるわけじゃないし」
「イメージの連想、パブロフの犬のようなことですね。ありがとうございます。場合によっては無言で不意打ちの最大威力魔法を打ち込まれることもあると」
「慣れればできるかもしれないけど、実戦でそんな大威力の魔法をいきなりぶっ放せるやついないと思うわ。出力が高ければ暴発とか暴走の危険もあるからイメージを制御しようとしてれば集中力が必要になって不自然になる。それに魔法を使おうとすると溜め込んだ魔力が周りに散るから感じ取れるし」
「『自分の行動に違和感や不自然さを感じさせない』というような能力を授かった転生者ならできるでしょう?」
それならばいっそのこと魔法攻撃でなくともナイフなどで暗殺でもいいですが。
この世界では相手が見た目通りにナイフくらいで死ぬ生物かどうかはわかりませんし、最大限に特典を活かそうと普段からそういった攻撃の練習していてもおかしくはありません。
「……あー、なるほど。そういう転生者もいるかもしれないのか……ありがとう。その発想はなかった。そうだね、もし相手がそういうタイプだったら先手を譲ったら負けてたかも」
アーリンさんは正々堂々とした対決がお好きなようですが、相手もそれを好むタイプとは限りませんからね。
まあ、『生還者』の称号を持つというアーリンさんが不意討ちで殺せるような冒険者なのかどうかはわかりませんが、私が彼女を殺したければ正面から決闘に応じるふりをして全力で不意を打ちます。なんとなく、普段の方が不意討ち耐性が高そうですし。
「さて、この世界の魔法体系については大変勉強になりました。その上で、最後に聞いておきたいのですが、私は魔法を使えるのでしょうか?」
おそらく、テーレさんは魔法を使えるでしょう。女神ディーレは人間として最高水準と表現していましたが、この世界の人間にとって魔力の利用が一般的であるならその能力がないとは思えませんし。
しかし、テーレさんはどうにも私に魔法を教えてくれる気がないように見えるのですよね……。
私に危ないことをさせたくないと考えているのかもしれませんが、今回のような場合にテーレさんを治療できないのは今後困ります。
「できると思う。長老の話だと、転生者は教えれば魔力をすぐに意識できるようになるから魔法の修得は普通の人より速いらしいし」
「意識しやすいのは前世の世界にないエネルギーだからでしょうか。それは助かります」
「でも、いきなりなんでも出来るようにはならないよ。いくつも同時に修得しようとするとイメージが混乱して危険だし、まずは簡単な魔法から一つ一つ憶えていかないといけない。測定結晶を割るほどの才能があったとしても、むしろだからこそ、失敗して暴発した時は危ないから」
そうですね。
欲張りはいけないことです。
過ぎた力、慢心、傲慢、過信、そして……飽和。
これらが人を堕落させるのは、きっとこの世界でも同じことでしょう。
「この街にいる間に簡単なの一つくらいなら教えてあげてもいいけど、最初に習得する魔法は一番大事な魔法だと思って、よく考えてね」
魔法講座終了後、数十分。
火傷の治療に思いの外時間がかかってしまいましたが、無事完治しました。アーリンさんの技量と彼女との出会いという幸運に感謝です。
はてさて、そうしてギルドの医務室に帰ってきましたが……夜明けが近くなっていましたね。
ベッドの脇に置いていった携帯電話を回収しておきましょう。
ちなみに、携帯電話の本体は私の肉体や服と一緒に作り直していただいたようですが、電波は流石に圏外でした。基地局がありませんし当然です。
そういえば、転生者を題材とした小説ではよく有効活用される携帯電話ですが、私は使うつもりがあまりなかったので扱いをテーレさんに相談し損ねましたね。最終的にはこのオーパーツをどこで処分したらいいのでしょう? 下手に技術を悪用されるのも嫌なのですが。
それはさておき、一応アラームはオフにしておきましょう。
目覚まし代わりに毎朝鳴る設定にしてありましたが、助けにきていただく必要がなくなったのですしテーレさんを起こしてしまうのはよくありません。
まだ電池はありますし、何かで使う可能性を考えて電源もオフに……
「おや……? まだ十分にゲージがあったのに、急に電池切れになりましたね。まあ、長いこと使ってましたし寿命でしたかね。しかもこのタイミングとは……」
まるで、私の帰りを待っていてくれたようですね。
ええ、そうですね。テーレさんの寝所を見守ってくださったのです。
最後の仕事はただの待機になってしまいましたが、結局的に予防策の必要もなかったので、これでいいのです。御守り代わりとなってテーレさんの安眠を守ったと考えましょう。
「ご苦労様でした。そうですね、いい供養の方法が見つかるまでまだ持ち歩くこととしましょうか」
ちなみに、道中で置いてきた包帯の千切った切れ端も回収しておきました。目印にと思いましたが、今となってはただのゴミのポイ捨てになってしまいましたから。
それにしても……
「テーレさんの寝顔は可愛らしいですね。まるで天使のよう……いえ、天使そのものですかね」
アーリンさんには私には神から授かった特典がないかのように言いましたが、テーレさんが私の特典としてこの地上についてきてくださったことは理解しています。
ディーレ様のために。
嫌いな私に……大嫌いな『人間』に仕えることを是としてここにいることも、よく理解しているつもりです。
たった一日、一緒に過ごしただけですが、テーレさんがこの世界の人間、少なくともこの街の住人や私には誰一人として気を許していないのはさすがにわかりました。
この地上におそらくただ一人の天使として、潔白とは程遠い人間の中で、同族もなくたった一人。
しかも、過去の転生者の行いにより新たに現れた転生者が敵視されることもあるこの世界で、おそらく世界で最も非力な転生者を護らなければならない日々が始まったのです。
眠っている間に、心が弛んで涙が零れてしまうのも、仕方がありません。
テーレさんからすれば、私にはただ守られるだけの無力な駒であって欲しいのかもしれませんが……
「テーレさん、それはできません。それをするには、あまりにも……ディーレ様を想うあなたは、好ましい」
それが私が持つべき信仰心とは違う形だとしても。テーレさんは狂おしいほどに、ディーレ様を想っています。それも、無感情な『天使』という機構としてではなく、無理をして倒れ、眠りながら枕を濡らすようなか弱い心を持つ者として。
その姿は……何もせずに見ていることなどできないほど、狂おしいほどに好ましい。
当のテーレさんが嫌がるとしても、何もせず見ているということなどできないほどに。
「さすがに、安眠を邪魔するようなことはしませんがね。ただ、軽く眠る前にもう少しだけその寝顔を観察させて頂きたい」
願わくば、その孤独に苦しむ姿をも好ましく思ってしまう私を、もうしばらくの間だけお許しください。
この世界の魔法の説明の要約。
『魔力は大気中に遍在(あるいは偏在)』
『魔力は呼吸で回復(精神力によって上限あり)』
『溜め込んだ魔力を消費(体外に放出)して現実改変(イメージを現実に反映)』
『適性により起こす現象の難易度変化』
現実改変については、作中で語られているように『希望的観測』を現実に反映するという、言わば『あんなこといいな、できたらいいな』を『みんなみんなみんな、叶えてくれる』ということです。
原理的には術式がなくても発動しますが、術式なしに『結果』だけを求めて発動してしまうと『過程』が想定外の被害をもたらしたりするので術式という形で体系化されています。
たとえば『焚き火を消す』という『結果』を実現するには『水をかける』以外にも『周囲を真空にする』『温度を下げる』『薪を不燃物に変える』『燃えている物を爆発させて燃焼を終わらせる』というような様々な過程があり得るので、『水を出現』『火元へ移動』というような安全な過程を辿るようにイメージを固定するのが『術式』の役目です。
原理的には理解しきれていない概念への干渉は難しく、逆によく理解している概念への干渉は精度が増すのでその差が『適性』となります。
テーレの【確定大失敗】の場合は、幸運の女神の眷族であるテーレが『幸運』や『不運』と実際の現象の関係性を人間には不可能なレベルで理解しているために『運気を下げる』という特殊な現象を起こせますが、『測定結晶』の構造を完全に理解しているわけではないので『運気低下』という過程と『壊れる』という結果が確定できてもその壊れ方が想定外のものになった模様。欠陥術式にも見えますが、逆に言えば対象の構造や強度を把握していなくても確実に『壊れる』という結果を確信できるので汎用性が高い魔法です。
もちろん、魔法も万能ではなく、対象によっては発動者の押し付けた現実を撥ね除けて魔法に抵抗してきます。また、術式で指定した『過程』がどうしても『結果』に繋がらない場合は発動自体が失敗する場合もあります。
(例。太陽は酸化反応ではなく核融合なのでいくら水をかけて消そうとしても絶対に消えない)
要約と言いながら長々と説明してしまいましたが、大体は普通にファンタジー世界の結構何でもありな魔法バトルができる世界だと思ってもらえば大丈夫です。
主人公(頭おかしい方)が魔法を見せるのはまだ少し先の予定ですが、どうぞお楽しみに。