第728話 『大地の使徒』
side 吉岡美森
『あれは、伝承にある「大地の使徒」ってやつでしょうね』
頭の中に、声が響く。
念話の魔法を通じた通信だ。
『ガロム人側の神話でわかりすい概念で言えば、神様から特別な役割とその力を与えられた「大天使」に相当するものだと思っていいわ。まだ、二種類だけだけど、女神様の神体が起きてる限り時間が経てばいくらでも「新種」が産まれ続ける。次が出てくる前に目の前の使徒を片付けなきゃいけないけど……だからって焦って攻めると危険ね。そっちも気を付けて、「単なる怪獣」だと思ってると痛い目見るわよ、魔法少女さん』
ここは、上空……そして、同時に超音速の世界。
普通の『声』なんて届かないような世界で頭に直接伝わってくる念話の主は、私と一緒に青銅の怪鳥の後ろを飛ぶもう一人の追走者。
言うまでもなく、あっちも超音速だ。
『知は刃なり』を使わなきゃ魔法少女でもこんな速度帯で安定飛行なんてできない、転生者でもそう簡単に参戦できない領域であることは間違いない。
他には誰もいないかと思っていたこの超音速の世界に、もう一人の追走者がいた。
それも、相手はひと目で『転生者』じゃないとわかる風貌をしている。
「『助言をしてくれてるし味方だって前提で動くけど、大丈夫?』」
こちらも念話の魔法で言葉を返す。
本来なら戦闘中の調節とかができるほど得意な魔法じゃないけど、『知は刃なり』の補助機能のおかげで精度は十分だ。
『ハァイ、オーケー。念話もちゃんと聞こえてるわね。改めまして、私は森の民のアーリン、ちょっと苦戦してるみたいだから助太刀しに来てあげたわ』
念話で返ってくるのは、そんな軽い口調の返事。
相手をよく観察する。
金属を一切使わない民族衣装的な装備を身に着けた『森の民』のアーリン。
彼女は、知育玩具のパズルで組み立てた模型を巨大化させたみたいな木製ドラゴンの背中に乗って、鮮やかな羽根で彩られた巨大な扇を肩に担いでいる。
……普通に考えれば、超音速の機体の上に立つなんて普通の魔法使いでもやっていいことじゃないし、どう見ても一瞬で空中に飛んでいくような格好だ。
けど、彼女の様子を見る限りは多少風が強いくらいの影響しか受けていない。
「ドラゴンライダー系の使役獣と同じで、乗り手を保護する機能がついてるわけね」
私たち転生者の使う転生特典由来のものとは違う、森の民独自の神器。
『森の民の遺産』には時々転生特典に匹敵する効果のあるものがあるっていうのは知っていたけど、こんな超音速戦闘機みたいな神器があるとは知らなかった。
そう考えながら飛んでいると……
『おっとと、魔法少女さん。使徒さんが高度を下げようとしてるわよ』
「『えっ! ヤバっ! 止めないと!』」
精神影響を振りまく能力を持った怪鳥が高度を下げれば、それだけ地上の人たちへ影響が出る。
長城の防衛ラインは最初の縦断でかなりの痛手を負った。もう一度同じことをされたら本当に戦線が崩壊しかねないはずだ。
「『アーリン! 下に行かせちゃダメ! 全力で妨害するわ!』」
『オッケー! じゃあ……【イタカの雲繰り】っと!!』
私が敵の下に回り込もうとしたところで、アーリンが羽根扇を大きく振り回す。
その途端…
『キョイッ!?』
一瞬で置き去りにされたけど確かに発生した、激しい炸裂音。
首を下げ始めていた怪鳥は水切りの石が水面で跳ね返るように見えない層に弾かれて、青銅の羽根を撒き散らしながら錐揉みするように高度を戻した。
「『アーリン! 今のなに!?』」
『低空の気圧を少し弄って「音の壁」にぶつかりやすくしただけよ。見えない障害物みたいなもの』
「『なるほどね、そういえば帝気圧くんも似たようなことできたわね。その扇もなかなかの神器ってわけ』」
『そゆこと。ところで、そっちの精神耐性は大丈夫? 見た感じ平気そうには見えるけど、無理してない?』
「『なんとかなってるから心配しないで』」
一応私自身にも精神耐性はあるはずだけど、たぶんここまで影響がないのは『知は刃なり』のおかげだ。
『魔法少女』という転生特典の出力を加速や特殊防御に必要な術式に自動で振り分けてくれるらしい。
それに対して、あっちは全身の呪紋が精神攻撃への対策として機能しているのだろう。
『森の民』の冒険者が、こういう社会とか人同士の争いとかに深く関わる戦いに参加してくることは少ないけど、こんな戦場に立てている時点で実力は十分に信用できる。
『あ、ちなみにだけど。私が手伝ったとかって話題になるといろいろと後が面倒だから、みんなには秘密ってことでよろしくねー』
「『それ、本来は魔法少女のセリフ! というか昔はメチャクチャ言ってみたかったやつ!』」
転生前の前世で学校に通ってた頃とかは、日常の影で魔法少女として活躍しながら正体バレしたクラスの友達とかに『みんなには内緒だよ?』とかやりたいって思っていたものだけども。
実年齢がギリギリ二十代を名乗れる数字になってしまった今となっては、『そういうこと』を言うときはわりと切実に、懇願するような気持ちで言うことが多い……大人になるというのはいろいろと残酷だ。
いや、見た感じアーリンは『大人の方の私』とそんなに年齢は違わなさそうだし、大人と子供とかっていうよりは純粋に生き方の変化の話なのかもしれないけども。
「『って、そんな場合じゃなくて……あっ!!』」
空中に衝撃波が広がる。
青銅の怪鳥の加速が、突き破られた大気を震わせる。
精神影響を発生させる呪歌は消えたけど、その代わりに距離が開き始める。
『私たちを振り切らないと地上へ攻撃できないって判断して、呪歌をやめて速度を出す方に舵を切ったみたいね。それに……おおっと!』
こっちも速度を上げて距離を詰めようとした瞬間に弾ける衝撃波と、同時に弾幕として飛来する青銅の羽根の一群。
怪鳥の後ろから伸びた鎖みたいな七本の尻尾が、鞭みたいに空中を叩いて衝撃波を放ちながら青銅の羽根をばら撒いてる。
『精神攻撃での爆撃姿勢だった空対地モードから空中戦モードに入ったみたいね。けど……これだって、精神攻撃とかなしでも低空飛行させたら町の一つや二つは普通にぶっ壊れるわ』
普通、一番破壊力の高い衝撃波が出るのは音速を超える瞬間だ。
けど、この怪鳥は本体を超音速の世界に置いたまま、鞭のような尻尾を部分的に音速前後へ行き来させることで散発的な衝撃波を放ち続けている。
言ってしまえば、『爆発し続ける超音速のミサイル』。
そんなものが一定以下の高度まで降りれば、それだけで建物は粉砕するし一般人は致命的なダメージを受ける。
当然、接近する町に計画しようと避難なんて絶対に間に合わない。
「『絶対にこのまま空で仕留めるわ、力を貸して!』」
『オッケー。サポートは任せて』
side ドレイク
炎の守護者を操る少女『日暮蓬』。
俺の知る転生者の中でも頭一つ抜けた物理性能の持ち主。
新人転生者としては無法な強さのわりに、ちゃんと倫理的な思考で身勝手な行動を自重できる人間性の持ち主で戦力として信用できる珍しい人材。
狂信者とも特に親しい転生者でもある。
その戦力は、味方であれば誇張抜きで百人力以上の働きを期待できるレベルだ。
実際、俺は『研究施設』での戦いでは味方として戦っている姿を見たこともある。
文字通りの高火力に怪力、そして転生者の扱う守護者の中でも一級の防御力。突破力に長け、罠や不意打ちへの耐性も高く、軍団の援護抜きでも活躍できる自己完結した強さを持っている。
だが……
「出力が足りてない……サイズが大きすぎるんだ」
『ベンヌ・ブレイカー』の損傷が蓄積しすぎてまともに戦えず、観戦する以外の選択肢がない俺たちの前で行われる巨大な守護者同士の激突。
だが、対等なのは背丈だけだ。
『恐怖の大王』を相手にして、明らかに防戦一方になっている『火焔の巨人』はほとんど骨格しか形成できていない。
あまりに細い火焔の巨人は相手に釣り合っていないが……無理もない。
一人の転生者の使う守護者としての出力は最高レベルだとしても、日暮蓬が普段が操っているサイズは最大で十五メートル。
それが安定して操作できる限界であり、能力の出力的に維持しやすいスケールだからだ。
なのに、今の『火焔の巨人』はその安定値を明らかに大きく超えたサイズ。
『恐怖の大王』は大実在と同じで五十メートル前後のスケールだが、それと相対するために同等のサイズまで火焔の躯体を拡大した結果だ。
そもそも、守護者使い同士としての対等な勝負じゃない。
『恐怖の大王』の強さは、アンゴルモアの力で強化されているからこそ維持できている反則の結果だ。
『出力』を支える『供給』の規格が違う。
たとえ守護者使いとしての力量が同等だとしても、外部からの供給のある者とない者では勝負の結果なんて火を見るより明らかだ。
「ボス! このままだと……」
「わかってる! 『フェニックス! 修復状況は!』」
『緊急修復機能により各部の応急処置を進めています! 出力完全回復までの所要時間は……』
「完全回復を待たなくても良い! 日暮蓬が敵を引き受けてくれている内にできる限りの回復を急げ!」
完全回復を持ってはいられない。
既にかなりの力を取り戻しているらしいアンゴルモアを相手にすることを考えれば、ベンヌ・ブレイカーが万全でも勝てる保証はない。
なにせ、異世界では追放はできても撃破自体は叶わなかったのだから、そのことも踏まえれば希望的観測はできない。
それなら、不完全であろうと日暮蓬が戦闘可能な内に戦線復帰して挟撃に持ち込む方がまだ勝ち目があるはずだ。
「『日暮蓬がどれだけ持ち堪えられるかわからない! 復旧に時間のかかる兵装は捨てて構わない! 挟撃に必要な機能さえ回復したらすぐに……』」
俺がそこまで指示を口にしたところで……火焔の巨人から、少女の声が発された。
『邪魔しないで……やっと、見えてきたところだから』
『この声は! 日暮蓬……か?』
思わず疑問形になってしまったのは、その口調があまりに静かなものだったから。
日暮蓬の性格から、今この戦闘中に声を発してくるのなら激昂しているかもっと興奮した怒鳴り声のような形だと思っていた。そのイメージと声から感じられる冷静さが一致しなかったからだ。
だが、その声は確かに『日暮蓬』のもので間違いなかった。
『もう一度、怒る前にちゃんと相手のことを確かめたい……そう思って、来たんだ。私はもう、夜神夕子を単純な「悪」だなんて思えない……ならせめて、夜神夕子のどこについて怒るべきか、それを知りたかった……それが、やっと見えてきたから』
火焔の骨格。
その頭蓋の眼窩に、他とは違う色合いの炎が灯る。
一つの色ではなく、虹のように幾多の色彩を揺らめかせ変じさせる、光の混色からのみ生じる形容し難い七色の白炎。
その神秘の眼光は確かに……闇色の守護者に寄生するアンゴルモアではなく、守護者の『不明』の奥を照らし出そうとする真夜中の灯台のような照光を放っていた。




