第727話 心強き援軍
side 夢川さくら
知る者は少ないが、私の『演算視』には裏技がある。
まず前提として、私の能力での未来視で視認できるのは現実の未来そのものではなく『私以外の者は意思を持って行動しない』という前提で想定される現実にはあり得ない未来の世界だ。
戦闘の中のコンマ数秒に限れば、相手が思考すら挟まない条件反射での動きを正確に予想したりはできる。
しかし、数分後に相手が何をするかを予測するようなことはできない。
数秒後ですら絶対に現実と乖離するのが確定している未来視。
おそらく、単純な未来予知としてはかなり使いにくいタイプの能力だろう。
だが、その代わりに現実と乖離している分の利点もある。
それは、未来視の世界の中では『私の情報収集を邪魔しようとする人間がいない』ということ……そして、同時に『私の情報収集への協力を拒む意思を持つ人間がいない』ということだ。
前者に関して言えば、どれだけの数の警備や仕事中の人員がいようが場所がわかっていて物理的に侵入可能な場所にあるのであれば機密文書だろうと好きに盗み見ることができると表現すればわかりやすいだろう。
そして、後者に関しては裏技の領分だが……私は、事前に現実世界の協力者と『私の指示を拒否する理由がなければ指示に従う』という旨の契約を結んでいれば、未来視の世界の中でその協力者を擬似的に『使役』することができるようになる。
早い話、私の『未来での行動』に仲間の戦力や能力を加えることができるようになる。
私では壊せないような金庫や壁でも、それを壊せる味方の力があればこじ開けてその向こう側を視ることができる。
私を連れて飛ぶことができる味方の力があれば、空からしか得られない視覚情報を得ることができる。
会話は読唇術が必要になって遠距離での交信は難しいが、視覚的なサインを事前に決めておけば人海戦術のような遠隔探査などもできる。
私の能力は性質的に機密情報を持つ組織や権力者から強く警戒されている。
だからこその裏技であり奥の手だ。
基本的には、『夢川さくらの技術で進入困難な場所に保管しておけば機密情報を奪われることはない』と思われている方が都合がいいから多用することのないやり方だ。
とは言っても、さすがに万能ではない。
未来視の中での意思のない協力者では、本物が発揮できるような推理力や思考力は期待できず、単純に指定した物品や人間を見つけたら報告するという程度のことしかできない。
感覚的に言えば、ゲームの中で味方として行動してくれるNPCを連れ歩いているのに近いだろう。
大まかなコマンドは与えることができても、キャラクターとしての性格や知力までは行動に反映されない、その程度のサポートAIだ。
だが、逆に言えば指示を聞いてくれるNPCでいいのなら、使役するのは人間でなくてもいい。
その点、本能とプログラムだけで動くレイの『蟲産み』の能力で生み出される蟲は、私の能力とすこぶる相性がいい。蟲の大群を使った広域探査も私の能力の中でなら時間をかけて徹底探査した結果を一瞬で得ることができる。
そして、物理的に侵入困難な場所があったとしても、物理特化の魔法少女のサポートがあれば容易く突破できる。
しかも、どちらも現実では人目を避ける必要のある調べ方だが、私の能力の中ではそんな周囲の迷惑も考える必要がない。
正直に言って、調べものをされる側からしたら反則としか言えないだろう。
とは言ってもだ……
「くぅ〜……きっつい。さすがに、この広いガロム全土からたった一つの施設を見つけ出すのは死ぬほどキツイぞ……絶対に、二度とやりたくない」
大仕事を終えて、背中から床に倒れる。
魔力消費の類もない転生特典としての能力を使っているとはいえ、私自身が視たものを認識して判断する必要があるという前提は変わらない。
書類に判子を押すだけの仕事でも書類がかさめば過労になることがあるように、情報を処理する私の脳は疲労する。
ここまで何度も現実に戻って休み休みやってきたが、さすがにもう限界だった。
未来視の中での時間経過をそのまま感じるわけでは無いが、それでも主観的には調査に何年かけたことになるのやら……
「お疲れ様でした、夢川さん。この座標で間違いありませんね?」
「ああ……ご丁寧に激レアな見たら終わり系のトラップまで用意してあった。『贋作工房』の作ってくれた『大願成就の御守り』がなかったら脳をやられていたな」
セシリア・カットゥール。
間接的な仲介役とはいえ、私にこの仕事を依頼してきた人間に調査結果を伝えながら、渡された濡れ布巾を目の上に乗せる。
眼精疲労は錯覚かもしれないが、程よく絞られたお湯の熱と湿度が目の疲労に染み渡る気がする。
「あ、終わったー? お疲れー。じゃあもう本格的に戦いに行っていい?」
「前線は結構ヤバいっぽいわね。すぐに加勢しなきゃ」
テラスで私の調査終了を待っていたレイと魔法少女が席を立つ。
私の裏技の都合上、私が能力を使うタイミングで二人は私の指示を受けられる状態で待機していなければいけなかった。
マサくんを……『長城』を止めてから私たちが戦闘に参加しなかったのも、このタイミングでしか調べられないことがあったから。
「少しでも戦力が欲しい前線には本当に悪いが……『戦後』のことを考えれば、誰かがやっておかなければいけない仕事なのは私もわかるからな」
「さくらちゃんはどうする? 長城の方に飛び入り参戦してモンスター斬りまくるっていうのもありだけど」
「そうしたいのは山々だが……しばらく、寝させてくれ。というか、既にぶっ倒れてる。なんなら気絶寸前というやつだ……できることなら丸一日くらい寝たい」
「そっか。まあ、それならそれでいいけど。『お仕事』の時には一応起こすから、手伝ってくれるなら頑張って起きてねー。探偵さん、さくらちゃんのことはお願いしまーす」
「はい、お二人もどうぞお気をつけて」
セシリアに深く頭を下げられながらテラスに置かれた『アビスの箱庭』の方へ歩き出す二人。
レイは昆虫の翅を広げて、魔法少女はステッキを手に大きく伸びをして……二人して、テラスの先の大空で加速し、転移装置となっている『アビスの箱庭』へ飛び込んでいく。
「相性的に……私は、あの『花』の方に行くよ。先生は?」
「そんなの、あの鳥の怪獣しかいないでしょ。他の人だとまず追いつくことすらできないんだから」
side ライエル・フォン・クロヌス
戦況が逼迫している。
防衛ラインではなく、それを支えるべき内地側で。
戦力が抜け落ちた民のど真ん中に解き放たれた巨大戦力が、『総意』を乱そうとしている。
「どうだ!? 視認対象の転生者でも捉えられないか!?」
「だ、駄目みたいよ、愚弟……速すぎるし、遠すぎる。能力の焦点が合う前にターゲットが外れるわ」
天空の脅威。
防衛ラインの上空を一度縦断しただけで前線の戦力を大きく削いだ『青銅の怪鳥』。
「報告します! 『夜闇』の範囲拡大がさらに加速! 周辺地域の人間に避難を呼びかけていますが、完全には間に合いません!」
「くっ! それでも少しでも効果があるなら避難を呼びかけ続けろ! 敵に与える恐怖の力を可能な限り減らせ!」
旧都からの脅威。
範囲内の人間から陽光への認識力を奪うと同時に闇への恐怖心を増幅する『夜闇』の領域を拡大し続ける『恐怖の大王』。
「ほ、報告! 各地の『巨大花』が芽生えた時の地割れが拡大し……至近地点の町で、新たな蕾が出現。現地の市民が急遽避難を開始しましたが、おそらく開花に間に合うのは半数以下に……」
「っ!? 他の花に近い町や村に緊急通達! その場にいる人間を全て地割れから遠い避難所へと移せ!」
百以上の市街へ同時に芽生えた脅威。
人間を魅了の力と多幸感で惑わし、溶かし、溺れさせ、生きたまま自らの一部として取り込む『堕落の花園』。
「報告!! 『怪獣王』と『土蜘蛛』の戦闘地点がまた移動しました!! 今度はアルミナ地方……いえ、ガロムの……あ、また!」
「くっ……一瞬でも戦闘地点になった場所は全て記録しろ! ケガ人がいなくとも、突然の戦闘に巻き込まれて混乱した市民を安心させる人員を送るようにディーレ神殿へ要請を続けろ!」
ガロム全域を跳躍し、徘徊する脅威。
『土蜘蛛』という怪物に人的被害を防がれながらも、各地を転移しながら破壊を繰り返し内地の無力な民の全てに安心を許さない『怪獣王』。
そのどれもが、精神影響や無差別破壊によって『総意』を乱している。
『総意』の力によって機能する荒野の結界は、この防衛戦における生命線だ。
このままこれが続けば、大地の女神の権能を防ぐ術がなくなる。そうなれば、この文明は崩壊し、人類は金属器の発明以前まで後退するだろう。
既に、嵐や地揺れを防ぐ力も陰りを見せ始め、状況の悪化がガロムの民にも否応なく伝わり始めている。
「くっ……戦力を回そうにも、防衛ラインの維持だけで既に必要戦力の最低値を割っている……巨大戦力に対応できる予備戦力などないというのに」
精神攻撃を振りまきながら大空を音速で自在に移動する怪鳥。
領域拡大と共に加速度的に力を増す闇と恐怖の化身。
百以上の場所で同時に発生し、捉えた人間に死すら許さず精神を蕩かして『女神への戦意』に逆行する総意を増やし続ける人喰いの妖花。
その気になれば百を数えずたったの数十秒で街を消滅させることができるという神威をあたり構わず見せつけ続ける怪獣の王。
『恐怖の大王』と『怪獣王』に対しては、優勢とは言えないまでも対抗可能な巨大戦力と言える『ベンヌ・ブレイカー』と『土蜘蛛』が相対している。
だが、それでも総意を乱すほどの脅威であることは変わらない。
こちらの指揮下にある戦力ではもう……
「ほ、報告!! ライエル様、報告です!! 近い内容のものが、四つの連絡網から……」
「ならばその内容を教えろ!! それでは朗報か悪報かもわからんだろうが!!」
「は、はい!! 申し訳ありません!! な、内容は……」
思わず怒鳴りつけてしまった俺にたじろぎながら言葉を続ける通信役の一人。
自分の怒声から感じた絶対に似たくなどない父親の面影を頭から追い出しながら聞いた報告の続きは……
「内容は……それぞれが『この敵の相手は自分がするから邪魔な味方は下がらせろ』と……内地の、各巨大戦力の現在位置近くから」
「…………なんだと? 『この敵の相手は自分がする』……?」
「は、はい! それから、その一つからは『手柄は全部魔法少女さんの方にあげるから、協力する代わりに私の情報は一切公開も記録もしないでね』とのことで……」
受けた文言をそのまま報告したらしい通信役の困惑。
無理もない、情報の発信源を考えれば、その言葉が意味するのは『巨大戦力を相手取って戦おうとしている味方がいる』ということだ。
それも、支援を求めるのではなく邪魔な味方を下げろというのは……
「荒野! 映し出せ!」
「おう! 内地の戦場じゃな。こりゃあ……」
空間を越えて跳び回る『土蜘蛛』と『怪獣王』の戦闘には変化は見られない。
だが、他の三つの巨大戦力を映し出した画面の中に入り込む新たな要素……それは……
「なんと……」
赤き装甲の魔神像を追い詰める『恐怖の大王』の背後。
夜闇の領域を紅く染めながら歩み寄る『火焔の巨人』……俺もよく知る転生者の纏う守護者の新たな姿。
人間を堕落に溶かし尽くす妖花の支配域。
その色香など知らないとばかりに地を埋め尽くす花と蜜を貪りながら巨大花と同等のスケールまで伸び上がる『巨大昆虫の群体』。
雲の線を引きながら動き続ける空の戦場。
本の頁のような装飾の加わったドレスを纏い、音速の怪鳥を超音速で追随しながら光弾の弾幕を浴びせかける『魔法少女ホワイト・ブルーム』。
そして……空の戦場にもう一騎。
魔法少女と共に超音速で怪鳥を追う、木組みの模型のような外観をした『銀樹のドラゴン』に乗った魔法使い……『研究施設』での戦闘で俺自身も面識のある『森の民』の戦士『アーリン』。
荒野の能力に映し出された戦場のイレギュラー。
それは……俺の指揮下にいなかった外部からの追加戦力が、一斉に戦場に躍り出る姿だった。




