第7話 『森の民』アーリン
side 狂信者
いやはや、魔法というものは便利なものですね。
「不可視化、ではなく保護色ですか。それも自身の身体だけでなく服や持ち物にも適用できるとは」
「私から離れると見えちゃうからマントから出ないでね。あと、そこらへんの金属に触れないように気をつけて。色が乱れちゃうから」
「ご心配なく。持っていた金属品も置いてきましたので」
透明になる魔法ではなく色を変える魔法。それも、周囲の景色に紛れ込むように順応する変色とは、まるでカメレオンのような擬態能力です。
まあ、実はカメレオンはそこまで自由に色を変えてはいませんが。
そして、あくまで保護色なのでよく見ればわかってしまったり、速く動くと色の順応が間に合わずに見つかりやすくなってしまうことなどの欠点はあっても、透過はしていないのでマントで隠したものは周囲から見えなくなるというのは大きな利点でしょう。
「しかしさすがにマントの内側に外の風景が写り込むことはないようですね。あだっ、小指が建物の角に」
「夜だから顔くらい出しても大丈夫だよ」
周囲はほとんど灯りもなく顔を出したとしてもかなり暗いのですが、アーリンさんは大した苦もなく歩いていこうとします。保護色では灯りは隠せませんし、こういった魔法を十全に使うために普段から灯りなしで歩くことができるようにしているようです。
ちなみに、この世界の夜の灯りの主流は地球と同じように可燃性の燃料を用いたランプや炎ですが、冒険者が移動時に用いるものは『蛍光岩』と呼ばれる蓄光性を持つ鉱石を割った破片を組み込んだもので、日中に十分な日光に曝しておけば夜も淡く光り続けるのだとか。
地球の照明器具と比較するとかなり弱い光ですが、この世界の人間の暗視能力ならそれで事足りるそうです。
逆に言えば、ある程度は光源がなければこの世界の人間でも夜の闇は危険なはずですが、アーリンさんはそれを自らの五感で総合的に感知しているようです。
『ドルイド』を名乗った彼女は意識せずとも自然と同化するような動きを身に染み込ませている、自然と共に生きている冒険者なのかもしれません。
たしか、元の世界ではドルイドとは北欧はケルト神話における神官であり、魔術師にも近い存在です。
この世界にケルト神話があるのかわかりません、もしかしたら神様が実在する以上、北欧やケルトの神々がこちらの世界に移り住んでいるという可能性もありますがね。
あるいは、ドルイドという名乗りが翻訳機能による意訳であるのなら、最近のゲームなどでのイメージの強い自然の中で生きる賢者の意味合いが強い職業なのかもしれません。装備に金属を使っていないことなども、その可能性が高いことを示唆しているように見えます。
しかし、少々困りましたね。
完全にペースを握られています。
あとアーリンさん、力強いです。見えないからと手を引いてくれるのはありがたいですが、痣になりそうなんですが。あ、痣になっても治せるから問題なしですね。なるほど、合理的です。
まあ、それはともかく『お誘い』の末、たどり着いたのは冒険者ギルドから少々離れた宿屋。時間は携帯電話も持ち合わせていないので正確にはわかりませんが、深夜近くでしょう。受付にも誰もいませんし止められることもなく部屋へと導かれてしまいました。
アーリンさんがドアを開けてくださり……
「ほら、入って」
結構強引に部屋の奥へ押し込まれて……後ろ手でドアを閉じました。
さて……ここからが本番ですか。
「アーリンさん、お部屋に招待していただいてありがとうございます。しかし、女性の部屋に入った感想としては失礼にあたるかもしれませんが、どこか殺伐とした雰囲気があるように思います。特に窓が開かないように打ち付けられているあたりがなんというか……閉じ込められたかのような気分にさせられますね」
「そうだね。ついでに言うと『静粛の森』の木材を使ってるから中で騒いでも外には迷惑がかからないようになってるよ」
なるほどなるほど、防音部屋ですか。
打ち付けられた窓もその一環かもしれませんが、なにやら特殊な目的のために作られた部屋なのかもしれませんね。
「これで、気兼ねなく話ができるね。狂信者……いや、『転生者』さん?」
おや、空気が変わりましたね。
これが噂に聞く敵意……いや、殺気と呼ばれる感覚ですか。動物的な生存本能を直接くすぐられるような感覚ですね。日本ではついぞハッキリと感じ取ることのなかった感覚なのでなかなかに興味深いですが、検証している場合ではなさそうです。
「これはこれは、アーリンさん。私は何かあなたを怒らせるようなことをしてしまったのでしょうか。失礼ながらこの世界での礼節に詳しくないもので何か失礼があったなら指摘していただけると助かります」
「転生者だってことを隠すつもりもないのね……ま、『測定結晶』をあんなに派手に割っておいて今更言い逃れはないか。初めての測定であれを割れるのなんて転生者くらいなものだし」
「どうやら、私が転生者、つまり異世界からの渡来人であることが原因のご様子。もしや、過去に転生者によって何か不利益を被られたのですか? 念のために先に主張させていただきますが、私がこの世界に来たのは昨日今日のことです。足跡を辿れば証明も可能かと。もし転生者の内の特定の誰かを探しているのであれば……」
「察しはいいみたいだけど、最後の方は的外れだよ。ずっと昔のことだしあなたが直接何かしたわけじゃないことはわかってる……その上で、別人であっても『転生者』は赦せないだけ」
おやおや、これはあてが外れましたか。
これが別の因縁を持つ転生者との勘違いなら穏便にことが済むと思ったのですが。
「では、お聞かせいただいてもよろしいですか? その『転生者』があなたにどんな失礼をしてしまったのか」
できるだけ軽い罪であってくれると助かります。
ディーレ様に第二の命を大切にするように言われた以上、ここで道を絶たれるのはとても困るのですが……
「知らないか。じゃあ教えてあげる……お前ら『転生者』は、我らの先祖が守ってきた祭壇を奪い取り、我らの古き神を辱めた。勝手に新たな神体を置き、古い教えを邪教と呼び焚き尽くした。これを赦せると思う?」
なるほど、そういう意味でも『ドルイド』でしたか。
元の世界では、ドルイドが語り継いでいた古い教えはローマ文化の侵略によって禁止され、その大半が失われたとされています。
それ故に、現代では資料が少なく謎めいた森の賢者として扱われることが多いらしいですが……神々の信仰獲得の手段として『転生者』が送り込まれているならば、この世界でこういったことが起こるのも十分にありえるでしょう。
神への信仰を広げるため、古い信仰を持つ人々の信仰対象を破壊し、教えを知るものや文献を破壊して信じるべき神を忘れさせ、自身の神に置き換える。
そして、そうやって信仰体系を破壊されて邪教扱いされ、隠者のように暮らす神官を神々が転生者に与える翻訳機能においては『ドルイド』と訳したのだとしたら、かなりの皮肉です。
「【怪力】【頑強】【加速】【鋭敏】」
おっと、杖とアーリンさんの身体がガンガン輝いていますね。翻訳機能が意訳だとすると、強化魔法を重ねがけしているように感じます。まるでゲームでのボス部屋前みたいですね。
「さあ、覚悟はいい?」
「……そうですね。事情はわかりました。ならば、私がすべきことはただ一つです」
逃げ場はなく、目の前には怒りに打ち震える異教の信徒。ディーレ様の信徒として、すべきことなど他にありません。
勝負は一度きり。
この防音部屋で、他の部屋への迷惑を心配する必要はないので、全力で。
「『生還者』の称号に選ばれし冒険者。『万力』のアーリン。いざ……」
ズバリ『DOGEZA!』
ということで、誠意全開で嘘偽りなく心から叫びましょう。
「同郷の馬鹿者がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした!!!」
「……いざ……いざ? え?」
「その怒りは正当なものです!! どうかその者に代わり私が謝罪することをお許しください!!」
「え……ええ? いや、なにこれ、ここは戦闘開始する場面じゃない?」
「言っておきますが、私は転生者と言ってもなんの能力もないただの人間なので抵抗は無意味です。なので戦闘に入る前に降伏します」
「えぇぇ……いや、でも神官でしょ? 狂信者でしょ? 異教徒に頭を下げていいの?」
「何をおっしゃいますか。自分自身がやったことでなくとも近しい者が迷惑をかけたら代わりに頭を下げるのは当たり前のことです。私が無関係だと主張し謝罪を拒んだところで、アーリンさんの怒りは鎮まりません。ならば、私が代わりに全力で謝罪し、その怒りを引き受けることこそが最善の行動、つまり最大の善行でしょう。善意を司るディーレ様なら、きっとこうして頭を下げることを叱りはしません」
「で、でも殺されちゃうかもしれないよ? 本当にただの人間なら、私が頭を思いっきり踏んだだけで死んじゃうよ? グチャッてなるよ? やったことあるけどグロいよ?」
「できればそれは勘弁していただきたい! 第二の命は大切にするよう女神に命じられたのです! 代わりになるなら足を舐めることも厭わないので、死なない範囲ならば踏みつけていただいても構いません! どうぞ好きに要求を!」
異教徒に頭を下げるのが恥?
そんなことよりも、直々に言い渡された命を果たせない方がずっと恥でしょう。
謝ることが恥だというのなら、謝るべきことを謝らずに済まそうとすることもまた大きな恥でしょうし。
「うわぁ……」
完全に地面に伏せているので床しか見えませんが、何やら困惑しているご様子。
おかしいですね。てっきり謝罪を求められていると思ったのですが。しかし、わざわざ全力で謝罪しても私の不名誉にならないように防音部屋を選んでくださるあたり、根はお優しい方なのかもしれません。
「えっと……うん、とりあえず、それやめようか。足も舐めなくていいから。ちょっと椅子出すから、座って話そう。うん、私もいきなり驚かせちゃって悪かったよ。あと、火傷も治すんだったね。それから話そうか」
「お気遣いはいりません。私はこのまま話しましょう」
「私が気にするからさ! というか実は百年以上も前の話でお爺ちゃん達の愚痴でしか知らないし! それにまあ、ディーレ教徒なら昔、一族がお世話になったこともあるからさ。転生者であることは特別にゆるしてあげる。あと、その態勢なんか変な圧力があって怖いからやめて」
「では土下座はここまでにしておきましょう」
「うわぉ!」
おっと、急に立ち上がって驚かせてしまいましたか。これは失礼。怖いそうなのでなるべく早く立つことを優先したのですが、失敗でしたか。
「では改めまして、謝罪の機会をくださり、心から感謝します。アーリンさん」
さて、少々状況を確認すると、どうやら両者に認識の齟齬があったようなので、その修正をしておきましょう。
「じゃあ、私が何か企んでるっていうのに気付いてて、ノコノコついて来たの?」
「ええ、それはまあ、私のような者にいきなり身体を許す女性がいるとは思いませんし、美人局か誘い込み強盗の類かもしれないとは」
「そこまで想定してて、なんで言われるがままついて来たわけ?」
「プロの冒険者に抵抗して勝てる保証がありませんでしたし……隣の個室には、まだ体調の優れないテーレさんがいたので。私自身は文無しですし、取られるものはほとんどありません」
人目をあてにして医務室に留まろうとする手もあるにはありましたが、他の冒険者の方々に気付かれることなく部屋の中に隠れていたアーリンさんが相手ではあまり意味の無い手でしょう。
毒を盛るなり事故に見せかけるなりして暗殺することも、誰にも姿を見られず部屋を出て処罰を逃れることも難しくないでしょう。
もし交戦が避けられないとしても、私一人の方がまだましだと判断しました。
「あー……人質にされるかもしれないって思ったわけか。私の女としての魅力に引っかかったわけじゃなくて」
「申し訳ありません。決して、アーリンさんが魅力的ではないわけではないのですが……まだこの世界に慣れていなくて、警戒してしまう部分があったのかもしれません」
完全に認識が一致したとは言えない状態ですが、さすがに全てを事細かに説明する必要はないでしょう。
人質にされることを警戒していたのは、テーレさんを人質にされるパターンだけではありません。
私が目の前で人質にされた場合、テーレさんは転生特典としての性質上攻撃できなくなってしまう可能性がありました。それなら、テーレさんからは一度離れて自由に動いてもらった方がいいかと考えた部分もあります。
一応、何かあったら時間差で助けにきてもらえるように仕掛けはしておきましたが、無駄になってしまいましたね。
「でも、こんな助けを呼べない部屋に連れてこられて、あんなこと言われて問答無用で殺されると思わなかったの? てっきり、部屋から出ようとするなり私を倒そうとするなり全力で抵抗してくると思ったけど」
「はは、ご冗談を。アーリンさんは怒りは見せていましたが、私を殺害するような素振りは何一つなかったではないですか。なので、八つ当たりによる怒りの発散より謝罪を求めていると判断したのです」
「そっか……え? 殺害するような素振りって、強化魔法をあんなにガンガン目の前でかけてたのに? 名乗りまであげたのに?」
「だからこそです。問答無用で殺したいなら、強化魔法なんて相見える前にかけ終えておくべきです」
アーリンさんが本気で私を殺したいのなら、そうですね……
「敵対の意図を気付かせる前に致命打を与えるべきです。
保護色で隠れたまま首を掻き切るべきです。
毒の杯で自由を奪うべきです。
部屋に閉じ込めて外から火をつけるべきです。
大勢で囲んで石を投げるべきです。
殺し屋を雇って差し向けるべきです。
建物の支柱を切って押し潰すべきです。
濡れ衣を着せて信用を奪うべきです。
踵の腱を絶って足を奪うべきです。
喉を潰して助けを呼べなくするべきです。
目を潰して抵抗力を奪うべきです。
笑顔で近付いて背中を刺すべきです。
手段など選ばず生命活動を停止させることだけを考えるべきです」
本当に殺したいなら、その過程で拷問するにしろ罪を突きつけるにしろ、先に絶対的な優位を確保するべきです。
その段階でどんな手段を使おうとも、最終的に殺すならば手段が外部に知られることを気にせず殺すべきです。
「そういった類のことが何一つなく、真正面から名乗りをあげられたので決定的な殺意はない、謝罪で誠意を見せれば交渉の余地がありそうだと……どうかされましたか、アーリンさん? 私の顔に何か付いていますか?」
「いや、うん。どこが『狂信者』なのかわからなかったけど、ようやく理解できた気がする。これは最初から見当違いだったとわかった」
「見当違い、とは?」
「いやさ、その時代の当事者じゃないから怒ってるわけじゃないのは本当だけど、まあ何も感じてないわけじゃないからさ。転生者を見つけたら、一度戦ってみたいとは思ってたんだよね。どいつもこいつもヤバい能力を持ってるとは聞いてるけど、どのくらい強いかは戦ってみないとわからないじゃない?」
「確かにその通りです。また襲ってくる転生者がいないとも限らない以上、敵対することになったときのためにも実際の強さを確かめておくことは必要です。お役に立てず申し訳ありません」
「それは別にいいんだけど……確認しておきたいんだけど、あの子とはどういう関係なの? 私はもしかしたら、転生者の能力とか力とかで操って無理やり連れ回してるのかもしれないと思ってたんだけど。だから精神操作も警戒して先に呪紋を刻んであったけど全く反応しなかったし」
なるほど、私はテーレさんを人質に取られることを想定していましたが、アーリンさんは私がテーレさんを人質に取ることを警戒していたのですか。
それで互いにすんなりと場所を移す流れになったと。
「テーレさんは私のお目付役ですよ。彼女の個人情報なので詳しく話すことはできませんが、彼女は私なんかより遥かに強いです。私が無理やり彼女を従わせるということはない……と、思います。少なくとも、そうならないように気をつけているつもりです」
「ふーん、まあ、自分より強いはずなのに身を挺して爆発から守るような関係ならそういう心配は余計かな。あーあ、ああいう子が好みだと難しいかもしれないと思って頑張って誘惑してみたのに、最初から女としては眼中になかったのか……ちょっとショック。もし負けちゃったら純潔を捧げて赦してもらう作戦だったのに」
「もっと自分の貞操を大事にしてください」
「だってもう結構行き遅れなんだもん。でもまあ、そんなに弱いって言うんならダメだろうしね。今度こそ私より強い男と会えたかもしれないと思ったのにさー」
「誘い込むための演技かと思えば割と本気でしたか。アーリンさんの肉体美なら言い寄ってくる男性は少なくないと思いますが」
「ふん、有象無象の男が貫けるほど『万力』は柔じゃないのよ。で、どうする? 声を上げても外に響かない暗くて狭い部屋に女と男が二人きり。こんなおいしい状況を約束通りに火傷を治すだけで済ませていいの? 騙したのは悪かったし、お詫びに何かしてあげようか?」
ふむふむ、どうやらアーリンさんは直接の加害者ではない私に謝罪を強要したことにいくらかの罪悪感を抱いているようですね。確かに、恨みの連鎖はよくないですが、罪悪感も残しておくべきではないでしょう。
それに、私も気になることがあります。
病室の仕掛けが起動するまでは時間がまだありますし、同じ神官系のアーリンさんなら最適かもしれませんね。
「では、お詫びにと言ってはなんですが、この世界の『魔法』という技術について御教示していただけませんか?」
この主人公は異教徒殺すべし系狂信者ではありません(神様からの指令がない限りは)。
しかし、もしも必要があれば徹底的にやる模様。




