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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
最終章:『転生者たち』の物語

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第711話 セットアップ・プロセス②

side ルビア・ショコラティエ


 ここは『レグザル治療院』。

 観光都市から少し離れた場所にひっそりと佇む小規模な村でもあるけど、同時に心や身体を病んで普通に生活できない人が治療を受けながら平穏に暮らすための施設でもある。


 そして、当然そういう人は避難だって普通の人と比べれば簡単じゃない。

 けど、それを助けるのも職員の人たちや癒し手の仕事だ。その義務があるのは、研究者の道に進むと決めた私だって例外じゃない。


「みなさーん! 慌てないでー! 向こう側に行ったら神殿の人が避難所に案内してくれるので従ってー! 持ち物は大事なものだけ持って、忘れ物があっても取りに戻らないようにしてくださーい!」


 村に娯楽用として一個だけあった、『アビスの箱庭』。

 それが世界を覆う転生者の結界が張られたことで、馬車も使わずに危険地帯から安全地帯へと逃げられる転移装置(ポータル)として機能し始めた。


 この村の『アビスの箱庭』は中央の集会場に固定してあって転移施設みたいになっている。


 そして今、その集会場には、屋根の中心を突き抜けて一本の樹が聳え立っている。


 天井を突き抜けて枝葉を伸ばしているのは、建物の柱に使われた木材という領分を越えて一気に伸び上がった『ガリの樹』だ。

 柱から集会場全体に広がった細くて丈夫な根の網は集会場の壁や天井、家具に至るまで全部を補強して繰り返す地震の中でも建物を守ってくれている。


 そして、そんな神秘的な成長を遂げながら淡く光を放つガリの樹に向かって、村の人たちは自然と集まってきた。

 私たちはみんなが我先にと逃げ出そうとしてパニックが起きたりしないように気をつけながら、一人一人転移を見届けていく。


 こういう行動が取れるのも、『アビスの箱庭』から投影されるいくつもの映像で世界の状況がわかったからだ。


「『ガリの樹の周りが簡易な安全地帯になる』って……本当みたい」


 箱庭から投影されている画面の一つに映し出されている『女神ディーレ神殿からの災害対策マニュアル』。

 教養のない人や文字の読めない人が見ることも考えてイラスト付きで描かれたそれには、主に『ガリの実』と『アビスの箱庭』の使い方が説明されている。


 マニュアル曰く、今はあの巨大な女神様から植物を急成長させる力が発されているらしいけれど、『ガリの樹』はその力を特に強く受けて急成長する性質があるらしい。

 しかも、そうやって急成長したガリの樹は人の痛みや疲労を癒す力やモンスターを遠ざける力を放っている……さすがに完璧ってわけではないけれど、簡易な安全地帯になる上に怪我人の治療とかにも猶予ができる。


 『アビスの箱庭』からの投影が始まって助かってるのは、それだけじゃない。


「まだ大丈夫……文明が崩壊するようなダメージまでは行ってない。まだ、未来はある」


 この世界の状況がリアルタイムでわかる。

 無知の恐怖とパニックに振り回されるんじゃなくて、状況をわかった上で冷静さを保ててる人がマニュアルに従って他の人たちを誘導できている。


 何時間も突然の天変地異に混乱させられた後だとこれだけでも全然違って感じられる。

 たとえ、世界の状況が楽観視できないような……人類の危機と呼べるようなものだとしても、何もわからないよりは動きやすい。


「とりあえずは、みんなを安全なところへ避難させて……避難所にはものすごい数の怪我人もいるだろうし、『ゼット・ネイバー』での治療ができるように……どさくさ紛れにガロムの王様にお願いして狂信者さんの付けた分体数制限の解除してもらったりできるかな……」


 避難誘導しながら投影を読んで、世界の状況はだいたい理解できてきた。


 この村は、『長城』の西側。

 あの女神様のいる側で、『文明退化』と『モンスターの大移動』の波が西から東へガロム全域を蹂躙してる。


 ここは地理的に恵まれてたみたいでモンスターの群れはまだ来ていないけれど危険域。

 長城の東側に女神ディーレ神殿の人たちが用意した避難所があって、まだ危険域にいる人は『アビスの箱庭』の投影映像の指示に沿って、東側の避難所に人を分配するための集合地点を指定して転移するように指示されている。


 そして……『長城』という防衛ラインを護るために戦える人や怪我人の治療ができる人は別の指定地点へ集まるように指示が出ている。


 報酬の提示はあるけど不参加への罰則は提示されてないし強制ではない……というよりも、強制的に転移先を振り分けるようなことができないからこちらの意思に委ねるしかないのだろうけど、私はきっと『戦場』へ行かなきゃならない側だ。


 『戦闘の前線』じゃなくて、『医療の前線』という戦場へ『ゼット・ネイバー』という希望を連れて行く。

 それが、私の『新しい時代を作る』という行動の第一歩になるのだと思う。


 けど、それはここの避難が終わってから。

 これは個人的なワガママではあるけど、ちゃんとこの村の癒し手一族に生まれた娘としての仕事をしてから医療の前線へ向かって、心置きなく全力を尽くしたい。


 だから……


「あっ、リノさん! なにかありましたか!」


 避難中、立ち止まった人がいた。

 彼女は、リノさん……狂信者さんがこの村に来たあの時、あの倉の中で子供を産んで一児の母になった人。

 彼女はもう一歳と数ヶ月かになるあの時の子を勝手にどこかに行かないようにと腕に抱いて、投影される映像を静かに見上げている。


「リノさん……」


 リノさんが見ているものを一緒に見る。

 それは、『戦闘の前線』からのリアルタイム中継……『災害の竜』たちと、山よりもずっと大きい『女神様』。


「あっ……」


 理屈抜きで直感的に分かった。

 あれは、私たちみんなの『お母さん』だ。


 私と妹のティアを産んでくれたのは、私のお母さん……この治療院の癒し手『ココア・ショコラティエ』。

 それはちゃんと認識できている。

 記憶を上書きされたりすり替わってるわけじゃない。


 けど、あの女神様は『私のお母さん』とは別に存在する『私たちのお母さん』という概念を内包してるのが心でわかる。

 初めて知った感覚のはずなのに、今まで同じ感慨を抱かなかったことが不思議な『人類(わたしたち)を見守る母性』への畏怖。


 そして……その全身から溢れる『怒り』への申し訳なさ。


 今ならわかる。

 本人が眠っているのをいいことに広められた『邪神』だなんて呼び方が、どれだけ自分勝手で酷いものだったか。


 今ならわかる。

 戦乱の幕を閉じさせたその力を子供たちに聞かせられなかった理由が……この『脅威』を誰もが知るものにしてしまえば、誰もがより安全な場所を取り合っていた。

 きっと、いつか必ず訪れる崩壊の時に怯えて、私たちが育ってきたこの社会がそもそも成り立たなかっただろうってことが。


 きっと、私たち……人類は大きな間違いを見過ごしてきた。

 これはその皺寄せなんだと、あの『お母さん』の怒りは正当なもので叱りつけられるのも仕方ないのだとわかる。


 けれど……


「あっ、誰かが……」


 映し出される三つ画面の中。

 三種九頭の首を持つ災害の竜の前に立つ人たちの……いや、人間(ヒト)じゃないものもある、誰かの後ろ姿。


 それは、世界を揺るがす力の塊であるはずの竜たちを前にして、揺らぎもせず力強く立っている。


 リノさんは、腕の中の我が子が映像を真剣に見つめているのを見て、そっと頭を撫でる。

 その姿もまた揺るぎなく……抱えた我が子に不安を抱かせない『お母さん』そのものとして、安心させるように囁きかける。


「大丈夫、あなたがこれから生きていく世界はあの人たちが……私たちが、必ず護るからね」


 映像越しに、まだ幼い子供の不安と安心を巡って見えない力が押し合っている。

 それは、『怒れる母性』と、『護る母性』が目の前でせめぎ合っているように見えた。


 人類には確かに大きな罪があるとしても。

 あの大きな力を持った『お母さん(女神様)』の怒りが正当なものだとしても。

 ……それでも、まだ幼いこの子に罪はないと信じる『お母さん(リノさん)』の想いも同じだけの重みを持つのだと証明するように。




side ライエル・フォン・クロヌス


 荒野の能力を通じて映し出される前線の光景。

 街一つを一瞬で粉々にすることなど容易い災竜たち……ガロム全域に天変地異を振り撒くのを防がれ、力の密度を高めて直接攻撃の姿勢へと移行した『災害の権能』の具現。


 その敵意の視線の真正面。

 第一位冒険者……『武神』と呼ばれる男は、山脈の竜頭を前に拳を構える。


『まったく……このような老骨に、連戦など勘弁して欲しいのですが……』


 動き出す山脈竜の三頭。

 その狙いは、『文明退化』の波を阻む長城の寸断。

 その破壊と防衛ラインの狭間に立つ武神は、ただ一つ息を吸い……神拳を放つ。


『女神よ、ここは通せぬ。この老骨が折れるまでお相手願おう』


 世界を揺るがす波動。

 三頭が順番に大打撃を受けたように仰け反る山脈竜。


 衝撃波なのか他のエネルギーなのかわからないが、映像ではなく体感で遥か遠く離れているはずのここまで広がってきた力を感じる。


 そして、その波動の発信源は山脈竜に向かい合う『武神』だけでなく……


『エリック……聞いて、私の歌を』


共演者(アクターズ)総力戦(オールスターズ)なの』


 第四位冒険者『歌姫クリスティーヌ』。

 その絶唱は荒れ狂う激流を鎮め、その渦によって形を得た大水竜を溶解させる。


 第二位冒険者『虎井祢子』。

 かの転生者と共に在る『共演者』たちは、様々な御伽噺の秘宝で武装した魔人(ジン)を中心に光を纏って空を舞い、不可思議な魔法の力で暴風竜を捻じ狂わせる。


 大地、大河、大気。

 『災害の権能』という人の身にはどうしようもない猛威に向かい合う最上位冒険者たち。

 まさしく『神そのもの』である女神の権能を分け与えられた巨竜と衝突した力の余波が俺の全身までもを揺さぶっている。


「ま、まさか本当に、あの災竜を食い止めるとは……これが『神域』か……」


 最上位冒険者。

 『要石』とも表現される人類の守護者。

 これまでも王都で共に戦ってきた相手ではあるが、その全力がこれほどとは……


「いいえ、これは神域というだけでは不可能な芸当ですわ」


「ソ、ソニア……」


 まだ力の衝突の余波に慣れず震えを抑えようとしている俺に横から話しかけてきたのは、ガロム第四王女ことソニア・ビィ・ガロム。

 『神の視点』を知っているであろう少女は波動に動揺することなく、あくまで『小さな親切』とばかりに語る。


「これは『総意』の力を上手く利用していますのね」


「それは……荒野の能力を、ということか?」


「少し違いますわ。だって、確かにこの結界は力を見やすくするものではあるけれど、『総意』そのものは能力なんて関係なくどこにでもありますもの」


 口元を隠してクスクスと笑いながら、ソニアは語る。


「シュラおじさまたちのやっているあれは、いわゆる『演武』……ある意味、『奉納演武』ということになるのかしら? 決して臆さず、押し負ける姿なんて想像すらさせない『神業』の演武。こうしてその姿を見たガロムの人たちが、『災竜の頭をはね返せる』と確信して、『総意』に力の流れが生まれるの」


 『まあ、普通の人には難しいことには違いありませんけど』と、ソニアはいたずらっぽく笑う。


「『魔法』として練り上げられる前の原始的な『奇跡』の体現……あの影の子たちと理屈は似たようなものですわね。あちらは『危惧の具現』として、こちらは『希望の具現』として、大きな力の流れを利用していますのよ」


 転生者の転生特典は、手間や難度さえクリアすれば転生者でなくても再現できる。

 荒野の能力が『総意』から汲み出したエネルギーを物質化できるように、荒野の能力がなくとも神域に至った者たちは『総意』のエネルギーを利用することができる。


 それはおそらく、土に溝を掘って泉の水を通すようなものなのだろう。

 このガロムという地に生きる全ての人間から湧き出る『災竜を退けなければならない』という意志が溜まった総意の泉から、演武という形で水路を引いて方向性を束ねている。


 つまり、今あの災害を食い止めているのは人類の意志力そのものだ。


「願いを受け、祈りを背負い、希望を叶える……神域であろうと、人の身には重い仕事ですわ。戦い詰めでお疲れのシュラおじさまたちには、特に」


 災竜と神域が激突し、世界が揺れる。

 だが、災害の権能の源たる大地の女神は背後に控えて、怪獣とモンスターたちの東進は続く。


 それを止められるのは人類の意思の力と行動だけ。

 世界を守る戦いは、まだ始まったばかりだ。


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