第74話 暴走魔法
side テーレ
『魔法』とは、魔力を使って望んだ形の『奇跡』を引き起こすための技術体系だ。
そして、『術式』とはその『奇跡』が起こる『過程』を誘導し制御するためのものだ。
言い方を変えれば、世界に満ちる魔力によって否応なしに引き起こされる『不可思議な事象』に都合のいい指向性を持たせたもの。
恐ろしく神秘的で不自然な概念の総称である『魔』を制御するために見出された法則とその副産物の総称が『魔法』と呼ばれている。
例えば、『雨が降る』という現象を魔法で引き起こすとする。
この時、空に今にも雨が降り出しそうな雲が広がっていれば、十中八九その雲から滴が落ち始め、自然の降雨とほぼ変わらない形で『雨が降る』という結果が確定されるだろう。
これは、見方によっては『雨雲の下で魔法を発動する』という条件指定の儀式という形で術式が組まれ、安全に魔法が発動したと言うこともできる。
術式とはそういうもの。
そういったわかりやすい因果関係以外にも積み重ねられた経験則や理論から魔法を制御する法則を積み重ねたものだ。
そして、もしもその術式を一切無視して魔法を使おうとした場合。
例えば、『雨が降る』という現象を雲も水気もない荒れ地のど真ん中で行ったとする。
まず、どんな現象が起こるかわからない。
直接真水を出現させることができたり、頭の上に雨雲が発生して雨が降り出すというのならまだしも、竜巻が発生して遠くの水場から水を巻き上げて来たりしたら大惨事。水だって綺麗なものとは限らない。
要するに『水が空から降ってくる』という像が実現するとしても、それが望んだ恩恵をもたらすかはわからないということだ。
次に、効率がすごく悪い。
魔力を使って『奇跡』を起こせると言っても、その影響力は無限ではなく有限だ。
どれだけ望んだ理想像を現実に反映できるか、そのためにどれだけ摂理という抵抗力を押し退けて現実を歪められるかは魔力次第。
魔法発動に十分な魔力を絞り出せなければ、雨は降らず水滴が一粒落ちるだけかもしれない。
竜巻を起こすこともそうだけど、無から水を生み出すのもかなり効率が悪い。
一時的に出して消える物質を作るような、最終的に辻褄の合う錯覚みたいな現象ならまだしも、喉を潤して生き延びるためだと言うのなら錯覚では困る。
マスターは魔法が熱的なエネルギー効率を無視する神秘だって言ってたけど、それ以外の現実としての辻褄はちゃんと合うようになっている。
雨を降らせ易くするために火を焚いて雲を作らせる。
摂理の抵抗を減らすために前もって神々へ捧げ物をして小さな奇跡を許してもらう。
魔法を発生させやすくするために、長い時間魔法で加工されずに状態を維持されていた素材でマジックアイテムを作る。
そういった安全性確実性の上昇と抵抗の軽減のための工夫を重ねたものが人間の使う『魔法』を成立させる『術式』だ。
けれど、魔法には人間がまだ『術式』によって制御しきれていない要素がある。
それは……個々人の適性だ。
例えば、極端な例で言えば私は『極端に運が悪い』。
しかも、それは私自身を傷付けるより、周りの者に被害が及ぶことが多い。
それは私の受けた呪いであり、私自身の性質。
他人から見れば『私を見かけるとよくないことが起こる』という経験則になる。
だからこそ、私の【確定大失敗】と【失敗率証明】は強力な魔法になる。
術者の現象への理解度もあるけど、性質が極まればその術者がそこにいるという要素そのものが一つの発動条件を達成したことになる。
逆に、私が性質と逆の魔法を使おうとすると他の天使よりも難しいからいいことばかりじゃないけど。
ともかく、そういう領域まで極まった性質は『称号』という形で目に見える形になる。
前置きが長くなったけど、要するに魔法に干渉する『称号』を持つということは凡人と同じように魔法を使おうとしてもハッキリと結果に差が出てくるほど適性に偏りがあるということを示している。
大抵は『発熱系の魔法は出力が上昇、冷却系の魔法は出力が減少』みたいな同じ物差しで測ってみてその数値の大小で表現できるものなんだけど……
「テーレ、あなたの予想通り戦士系職業の人が発現する『狂戦士』の称号の神官版かもしれないっていう予想は間違ってなかったわ。特に発現条件……『極端に偏ったスキルレベルがないと発現しない』って部分はね。『信仰』は恩恵がなければ諦めてしまう、恩恵を受けて満たされてしまえばさらに深く祈ることが難しい、極めにくいスキルだから前例がなかったみたいね。称号の効果も対応した部分はいくつかあるわ」
『狂戦士』は極端に攻撃性の高い戦士系職業に発現しやすい称号。
主な効果は、自らの肉体にかかる負荷を無視して人間が普段引き出せないような力を発揮することができるようになることと、痛みやスタミナ消費の無視。
無視しているだけで無効じゃないから、傷は受けるし限界まで暴れれば動けなくなるけど、その代わり動ける限りは怯んだり疲労したりせず全力で動き続けられる。
頼りになる強力な戦士ではあるけど防御を軽視しやすくなるので短命な者が多い称号だ。
そして、デメリットとして戦闘中の理性の低下というのがある。
慣れた者はスイッチを切り替えるように理性と闘争本能をコントロールできるけど、慣れない内は些細なことから暴走することもある。
そして、『狂信者』がそれに対応するとなると……
「まず、ある程度の精神影響と精神疲労の無視。これは称号の効果というより彼自身の性質が先だと思うけど、無意識にストレスを与えて仲違いを誘発する呪いや軽い魅了くらいなら平時でも簡単に弾くと思うわ。後、魔力切れを感じないってことだったけど……」
「精神疲労の無視が発動してるってことね。だったら、いきなり倒れたりしないように気を付けないと」
「いえ、それなんだけど、別に『精神疲労の無視』は集中力を維持できるだけで、疲労が全く認識できなくなるわけじゃないらしいわ。まあ、彼の場合は『疲れた』って感情がすぐ埋もれちゃうから『眠気』として感じ取れるらしいけど、それにしたって『すぐ眠れる』ってだけで『起きていられない』わけじゃないらしいし。多分、限界まで行ったらいきなり眠っちゃうんじゃないかしら」
「じゃあ、魔力切れを感じないっていうのは……」
私の知る限りでは、ラタ市での戦いでは何十人という操られた人間を元に戻すために呪紋を刻むという魔法初心者としてはあり得ないような無茶をしている。
効率のいい魔力の使い方も知らない初心者なら魔力切れになって当然のことをしているはずだけど……
「それは単純な話よ……彼の保持できる魔力の最大値が異様に大きいのよ。そもそも、魔力の最大量は精神力に依存するけど……常人なら壊れかねない膨大な感情を抱えたままそれを『普通』だと思って生きてきた彼の精神力じゃ、今の彼の使える程度の魔法じゃどうやっても魔力切れにはならない。むしろ、呼吸さえちゃんとできるなら回復力の方が上回ってるから『魔力が減った』って感覚がないんじゃないかしら」
「それは……それが本当なら結構デタラメね。一度に出力できる強さはともかく、持久戦なら魔力切れの心配がないなんて」
「逆に言えば、それだけの精神力を持っちゃっていたからこそ、折れず曲がらず、壊れたりせずにここまで来ちゃったってことだけどね。無理はできるけど辛くないわけじゃないんだから、あなたは彼自身の分まで気を付けてあげないとダメよ」
無理はできるけど辛くないわけじゃない。
笑って何でもやるけど、喜んでやるわけじゃない。マスターはたとえ、それが嫌なことでも笑顔でやれてしまう。
コインズの街でのことも、もしかしたら……
いや、それを考えるのは後にしよう。
今の問題は、称号の件だ。
「マスターの精神そのものが強い上に、しかも鈍感だっていうのはわかった。その上で……まだ、肝心の魔法を使った場合の効果を聞いていないわね。『狂戦士』は戦闘時に理性を捨てて、自分自身を傷付けてしまうほどの力を発揮する。でも、そもそも魔法は理性を捨てて扱えるものじゃないだとすると……」
「『狂戦士』が身体の負担を顧みず怪力を発揮するように魔法を発動する……『常に暴走状態で魔法を使う』って言った方が適切かもね。たとえるなら、薬の効能が他の人より強く出る代わりに副作用が必ず出る体質みたいなもの。魔法の出力がはね上がる代わりに、どこかで発動に関してデメリットを負うことになる。ここに来る途中で受けた石化の呪いの進行が速かったのも、それ自体が魔導書に仕込まれた魔法習得の代償として設定されたものだったから、それがさらに悪化した。それに加えて、彼の『契約魔法』との相性がよかったこともあるだろうけどね」
本来『魔法』というのは奇跡に振り回される人間が安全にそれを利用しようとした結果だ。
魔力効率を求めるといっても、それはあくまで安全に運用できる範囲での効率化を目指すもの。
薬の比喩で言うのなら副作用の発生しない分量や飲み合わせを研究して、魔力消費以外の代償やリスクを抑えた処方だ。
それに対して魔法の『暴走』というのは代償やリスクを度外視して求める結果に向かって現実をねじ曲げてしまう現象。
『雨を降らせる魔法』を暴走状態で使えば、周りにない水分を補うために周囲の生物や術者自身が干涸らびるまで水分を空に向かって吸い上げるかもしれないし、無理矢理作られた不安定な雲から雷が降り注ぐかもしれない。
マスターがコインズの街で、自分自身の幻炎で火傷した手を出したとき、『魔法とはこう使うものではないか』と当たり前に言っていたのは、誤魔化しでも何でもなかった。
本当にただ単純に、普通に魔法を使ったらそうなったのだから。
そして、今度は『熱』を抑えようとしたら『浄化』という全く別の性質が付与された幻炎が発生した。
あれはおそらく、本来のデメリットである過剰な熱感を抑えようとした結果、マスターが『火』という概念に対して関連付けて持っている概念が副作用として表出したもの。
おそらく術式を変えても、別の形でデメリットが発生するのだろう。
「暴走による副作用は、彼の精神や修得過程によって変化するみたいね。『火を灯す魔法』は本来、光点を作り出して暗闇の恐怖を和らげる魔法だけど、彼の場合は最初に習得した魔法で加減がわからなかったから全精神を注いだせいで、彼の精神に常に満ちている、普段は表に出さない怒りや憎悪の部分が表出し、本来は不必要な攻撃性が付与された。そういう見方もできそうね」
「……それが真っ先に傷付けるのが自分自身っていうのは、皮肉なものね。まず自分の拳が誰より痛まないと他人を殴る資格なんてないとか思ってんのかしら」
「……そうかもね。でも、その副作用は必ずしも彼に苦痛を強いる必要はない。薬の副作用の中には、その副産物こそが有用な効能になるものものあるわ。『火を灯す魔法』の副作用として発生した『浄化の光』をそのまま浄化に使う分には安全でしょうね。そんなふうに、暴走しても安全なデメリットを選んで術式を組めるといいんだけど……前例がないし、時間がかかるかもね。それに、手当たり次第に試すのは……」
「『暴走』と一口に言っても何が起こるかわからないから危険すぎる、そういうことね。『自滅魔法を教えるな』ってのもそういうことね。元から代償を前提とした魔法の場合はその代償が悪化する可能性がある。しかも、『自分』と『他人』を本質的に同一存在だと認識しているマスターが『自分』を代償にする魔法なんて使えば……」
本当に最悪の場合だけど、代償設定の『発動者』が『全人類』に拡大される可能性もないとは言い切れない。
その他にも、今まで運良く引かなかったというだけで、とんでもないデメリットが発生する可能性も十分にある。
「ココアに称号の詳細を診てもらえば安全に魔法を教えられるかと思ったけど、ちょっと無理かもね。魔力量だけでも抜きん出てるなら、マジックアイテムを戦術の主軸に据えた方がいいか……」
「…………魔法を教えられる当てはあるわ」
「……え、ほんと?」
「ええ、治療院では精神が不安定な子の診察とかもするからね。魔法の才能がありすぎて暴走事故を起こしてしまう子供には、暴走を覚悟してでも魔法を制御できるように訓練させなきゃいけない。そのために、暴走事故の対処に特化した修道院との繋がりがあるのよ。昔はそういうところを探すのは患者さんの方に任せてたんだけど、アフターケアも必要だからね。そこなら、暴走で発生する被害も止められるだろうし、仮に負傷しても治療手段が整ってる。私の紹介なら情報漏洩で他の転生者に襲われるとかもないでしょうし……私の知る限りでは、彼が魔法を覚えるのにそれ以上の環境はないわ」
「だったら、今度の馬車が来たらすぐにそこへ……」
「でも、一つ条件を付けるわ。テーレ……彼が修道院で修行する間、あなたは別行動しなさい」
「…………え?」
なんで?
私が目を離してもしものことがあったら……いや、それはたった今安全だって言われて、でもなんで……
「テーレ。私はあなたを友達だと思ってるから、敢えて言わせてもらうわ。あなたが近くにいると、大丈夫なはずのものも保証できなくなる。あなたが『周りの物事を悪い方向に転がりやすくする』って性質を持ってるのはわかってるわよね」
「それはそうだけど、今更……」
「まだ、彼の暴走のデメリットは『未確定』だからよ。それも、最初の発動の瞬間のイメージで大きく変わる可能性のある、まだ振られていないサイコロのようなもの。そして、その目の中には一回発動すれば取り返しの付かない代償を払うものもないとは言い切れない。だったら……その時だけは、あなたはできる限り離れていた方がいい。物理的な距離だけじゃなくて、因果的な距離も含めて」
理屈はわかる。
正論だ……完全に、私とマスターのことを考えての忠告だ。
確かに、まだ知名度もなくて転生者に襲われる危険はほとんどないし、魔法をちゃんと使えるようにするなら今しかない。
ラタ市、コインズの街での騒動からしばらく経ったけど襲撃がないってことはおそらく今の私たちは他の転生者に位置を捕捉されていない。
むしろ、私が単独で動いてどの程度の情報が出回っているかを確認した方がいい時期だ。
けど……
「う、ぅぅ……あいつを一人にするのは……何をするか……」
「何をするかわからない子の世話はあなたよりむしろ私達の方が本職だって言ってるでしょうが。ちょっと寮生活させるつもりで送り出してみなさいな。私もルビアを学院に行かせたけど、ちゃんと無事に帰ってきたでしょ」
反論できない。
理屈は既に完成している。
ここで反論すれば……私がただ、そうしたいというだけであいつと一緒にいようとしていることになってしまう。
それはなんか……言いたくない。
「とりあえず、次の馬車が来るまでにあと五日あるわ。さっきはああ言ったけど、別に私としては彼が魔法と無縁な人生を送るとしても困らないわけだし。彼を大事にしたいならあなたの望む英雄にはなれない体質だったと思って冒険は諦めるという選択肢もある……あなたは私達よりずっと長生きなんだから、ここで一回休んでおくのもいいんじゃない? きっとまた機会はあるわよ」
「天使であることを忘れて、ただの人間みたいに定住して、畑でも作って、のんびり暮らせってこと?」
「友達として、そして『癒し手』として。あなたにはそういう時間も必要だと思うのよ。今まで、文字通り天使として生まれてからずっと働いてきたんでしょ。そりゃ、時々仕事の合間に遊んだりもしてるだろうけど、まとまったお休みは取ったことないでしょ? それなら、せっかく人間の姿でこの現世にいられるんだし、お休みだと思ってのんびり過ごす時間があってもいいと思うの」
確かに、できないことではない。
そもそも『聖地』の件は私の自主的な計画だし、転生者に神威を示させるというのも裏事情であって転生者が望まなければわざわざ危険なことをさせる必要もない。
もしも、ラタ市でのことが噂にもなってなくて、他の転生者に敵視もされていないのなら、死ぬまで普通の暮らしができるくらいの資金はある。
だけど……
「……友達として、その言葉は重く受け取っておくわ。確かに、私は人間のことをもっと知る必要もある。それは最近身に染みて思った……けど、多分できないわ。だって……」
ドタドタという慌ただしい足音。
体重からして、ティア・ショコラティエ。ココアの診察中は施設管理の仕事を代行していて、よっぽどのことがない限りは集中力を使う『癒し手』の仕事を邪魔するようなことはしないはずだ。
つまり、こんな足音を立てるほど急いで来るということは、それだけのことがあったということ。
「お母さん大変! 妊婦のリノさんが産気付いたって! しかも診療所の先生も出かけてていないみたいで……」
「え、えっ、リノさんが!? 待って、確かまだ臨月まで一ヶ月以上あったはずでしょ? そんな、まさか今いきなりなんて……」
私がのんびり暮らしたいと思ったって、やっぱりこうなる。
少なくとも、定住なんてできない。私は、ただそこにいるだけで周囲に不幸を引き起こすのだから。
「ココア、診察の話は終わりよ。医者がいないなら道具と薬品だけ貸してくれたら私が手伝うわ」
狂信者の『暴走』は簡単に言えば『理性が強いから魔法は好きな強さで発動できるけど、感情が常に臨界点だからどうやっても気合いが入りすぎる』みたいな感じです。
たとえるなら、いつでも怒ってるから指先だけハルクになるとかもできる器用なバーナー博士みたいな(ただし指先自体の手加減はできないのでデコピンの反動で自分が吹っ飛ぶ危険がある)。
某TRPGシステムで言えば、『奥義』には必ず『威力上昇』の長所と『HP消費』『範囲縮小』『次ラウンド自動逆凪』みたいな何らかの弱点を付ける縛り。
どんなに修業してもデメリット自体を克服することは不可能です。




