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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
最終章:『転生者たち』の物語

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第702話 ※アドミナンテさんは黒幕ではなく善良な医療従事者です。

side フローレンス・アドミナンテ


 『森の民』には伝統として、二年に一度の間隔で開かれる『揺らぎの日』という祭事がある。


 決められた日取りで、決められた造りの建物の中へ集まり、影絵芝居や料理を楽しむ日……そして、先祖からの物語として教訓などを伝授する日。


 その祭事が何故『揺らぎの日』と呼ばれているのか、それは……


「元々は、『決められた日』に大地が揺れるというのがわかっていたのでしょうね。だから、丈夫な建物の中で安全を確保しながら古い非常食の処理をしつつ、子供たちに災害時の対応を実演する……この世界には珍しい文化ではありますが、『防災訓練』という習慣を祭事として保存していたと」


 まあ、そんなことを今の『ガロム人』が丁寧に説明されたところで地面は動かないもの、『安全な場所』とは人災や獣害(モンスター)を退ける強い軍隊や守り手に守護された場所という常識が邪魔をして理解するのは難しいものでしょうが……



「冒険者ギルドの通信を傍受! 『城塞都市メギガ』、暴風竜の攻撃により消滅……街を囲む城壁ごと、丸呑みに……粉々に、されました……」


「ガロム各地で地揺れによる建造物の倒壊、火災が多発中! 特に被害が大きいのは異世界技術由来のコンクリート建築! パニックになって地下室や宝物庫へ逃げ込んだ貴族層が次々と崩落に巻き込まれています」


「沿岸部各地で急激な引き潮が報告されています! 近隣住民が海の異変を見に行こうと家を出て海岸へ移動中!」



 ここは女神ディーレ神殿、特別対策室。

 前もって補強工事のついでの改装で設置しておいた各支部との通信設備から次々と舞い込んでくる情報に、一つ嘆息する。


「はあ……『備えあれば憂いなし』とは言いますが、ここまで周りが無用心な中だとまるで悪事の黒幕にでもなったような気分になりますね」


 百年単位で災害というものに縁のなかったこの世界において、『防災』の概念を伝統行事に紐付けることで保存し続けてきた森の民は賢明と言えるのでしょうね。特に、この状況では。


「この世界の人間でも、転生者の知識から『地震』や『自然災害』という概念そのものは知っているという人間はそこそこいたのでしょうが……実際のところ、文字通り『別の世界の話』だと思っていたそれが実際に降りかかった時に適切な対処ができる人間がどれほどいるのやら。中には、その自然災害を知る転生者のもたらした『異世界由来の建築方式』への信頼から転生者の設計した家屋に逃げ込んでいる者もいるのでしょうが……果たして、実際に『異世界(日本)の耐震基準』を満たせる家屋がどれだけあるのか」


 転生者が異世界の知識を持っていると言っても、その中で『建築士』として本当に十分な耐久性を持った建物を造れる転生者なんてほとんどいないでしょう。

 けれど、『異世界建築』に拘るような貴族や富裕層は実際の耐震基準よりも転生者の知識由来というブランド性を求めて自身の箔付けに利用するために転生者の知識を取り込むことも少なくない。


 たとえそれが、建築士の資格も何も持っていない素人の知識だろうと、それこそコンクリート建築に鉄筋さえ入れずに形さえ整えば完成としてしまうような杜撰なものだろうと、構わない。

 たとえば、そう……建築士でもない転生者が自分の知っている知識を話せば報酬が貰えるというだけで詳しくもないのに披露した『異世界の知識』で造られた屋敷を持っているというだけで満足していた者は、今頃手痛いしっぺ返しを受けている頃でしょうね。


 『生兵法は大怪我のもと』。

 医術者としては絶対に避けるべきパターンです。

 だからこそ……


「虹色さん。この場合、海岸に集合しようとしている人々は早急に高台へ避難させるべき。そうですね?」


「は、はい! 潮が引いてるのは津波の予兆の可能性が高いので、すぐにでも避難させないと危険です!」


 そう答えるのは、つい先日からこの神殿組織に所属している転生者……オレンジの制服の『レスキュー隊員』に変身した雨宮虹色さん。


 『憧れたことのある職業の姿に変身し、それに伴って人生経験(スキル)再編(リビルド)できる』という彼女の能力の他にはない利点……それは、その職業の経験者がその人生の中で身に付けているべき『知識』をも手にすることができるという点。


 無人島で遭難して死んだという話ですが、その中で無人島脱出の希望として友人と語り合った救命活動(レスキュー)の専門家が『変身できる姿』の一つとしてストックされていたのは本当に幸運ですね。

 そして……


「揺らぎの日だ!」


 叫びながら駆け込んで来たのは、『森の民』であるという理由で仕事を失いこの神殿で受け入れた新顔と呼べる職員たち。

 彼らが、真剣な表情で口を開くと……


「フローレンス、信じられないかもしれないが聞いてほしい、これから……」


 緊張の色を重ねながら言葉として出力されたのは、驚きもしない予想通りの話題のための前置き。

 私も、わざわざ時間を浪費してまで驚いたふりをするほど暇ではありません。


「『森の民』に伝わる言い伝えが正しければ、これはまだ『予震』、本当の災厄と呼べることが起こるのはこれから。そうですね?」


「ああ、そうなんだ、信じられないだろうが……え?」


「信じる信じない以前に、想定の範囲内です。これを予期して多角的に『森の民の言い伝え』を蒐集していましたし、金庫を空にするつもりで人員(あなたたち)と非常用の物資を準備していたのですよ?」


 狂信者(ルールマン)……『黒い祭壇』に関わる騒動の中心にいる彼から、その騒動に関わる陣容と目的を予想できる材料は確保済み。

 最悪のパターンとして、『邪神復活の儀式』が実行されてしまう可能性を考えればこの程度の備えは必然。


 まあ、世間一般の『常識的な人間』であれば大地が揺れ、天地や海が牙を剥くなどいくらなんでも現実にはなり得ないと備えにまで踏み切れないのかもしれませんが……医療の先端を歩む者として、『対岸で起きた症例(火事)』がこちら側では起こり得ないなどと根拠のない安寧を過信するなどありえませんから。


 異国や遠い時代で猛威をふるった見知らぬ病についての文献があれば、それが目の前で起きた時に最善の対処が行えるように情報の整理と対策を整える。

 異世界の事例であろうと、部族の古い伝承であろうと、大量の死傷者が発生し得る現象の情報があれば、その兆候を見逃さないためのマニュアルを、そして現象が起きてしまった時のための備えを整える。


 医療従事者としては当然の姿勢です。


 信じられないような古い言い伝えだろうと、信じられないような悲惨な未来の予言だろうと、それが『異世界では自然に発生する現象』に類するものであるという情報があれば、この世界だけが例外的にそれが起こり得ない安全な世界だと断じることなどありえないでしょう。


「現在の状況は『森の民』に伝承されてきた非常事態の事例に酷似している……そして、『森の民』にはこの事態への対応策が言い伝えられている、そうですね?」


「あ、ああ……だから、それを伝えないといけないと思って……」


「私一人に説明するのに割く時間が惜しい。直ちに対応マニュアルの作成と公布を。異世界のレスキュー知識と事前に蒐集した伝承を基にした草案は既に作り終えていますが、そこに現状観測されている実際の災害規模に即した調整と『森の民の知識』による修正を加えたより効果的なものを作成してください。それと……シスター・シエスタ! 寝ている場合ではありませんよ!」


「ふぁ〜い……なんですか〜?」


「これまでさんざん見逃して差し上げてきたあなたの『副業』でのスキルと経験を最大限に活かす時です。というか……あなた、新聞社(あちら)の方はいいのですか? てっきりそちらが忙しくなってまた目を離した隙に消えているものかと思っていましたが」


「あはは〜。嘘の記事ばっかり書くなーって、クビになっちゃいました〜……みんな酷いですよね〜、捏造も誇張もノリノリでやってた癖に、いざとなったら責任全部押し付けてくるんだから〜」


「そうですか。神殿としても、もう軍のご機嫌取りをする必要はありませんし構いませんが。一応、冒険者ギルドの方には新聞を使った暗号は当面使えなくなったと連絡をいれなければなりませんね」


 使えるものは親でも使えと言いますし、この非常事態に手段は選びませんが。


「シスター・シエスタ。女神ディーレ神殿としての正式な仕事です。虹色さんたちと一緒に早急に対応マニュアルの作成に入ってください。可能ならば刷ったものをそのまま各支部へ配布できるように、事前訓練なしでも適切な行動が取れるチャートとして利用できるデザインで完成させてください。制限時間は一時間とします」


「ふぁ〜ぃ……一時間だったら、あと三十分くらい寝てから始めよっかぁ〜……」


「できるだけ早く完成した方がいいので今すぐにとりかかりなさい。虹色さん、彼女を連れて会議室へ」


「はい! シエスタさん、行きますよー! よっこらせっと!」


 レスキュー隊員の姿のままシスター・シエスタの手を引っ張り、ファイアーマンズキャリーの方式で会議室へ連れて行く虹色さんと、それについていく『森の民』の職員たち。


 執務室に残るのは、私が『長城』の出現時点からこの事態に備えて各支部へ指示を出せるように待機させておいた災害対策チームの面々。

 おそらく、今この世界で最も落ち着いて動いている人員でしょうね。


「さて、逆に言えば他の神殿や組織はどこもパニックを避けられない状況に陥っているでしょう。これこそが……『濡れ手に粟』というのですかね」


 神殿として仰ぎ見る『善意と幸運の女神』への信奉の姿勢としては、他人の不幸を待って助けるような形になるのは褒められたものではないかもしれませんが、そもそも被害も何も出る前に手や口を出しても誰も信じられないような『災害(未知の概念)』の話です。


 女神ディーレ神殿に、嫌がる相手に無理やり不確定な惨事への備えをさせられるだけの強権があるわけでもなし。

 事前に拒絶を受けて差し出す手を取りにくくするよりも、こうして事が起こり始めてから最速で対応するのが最も合理的かつ効率的なのですから、女神ディーレもわかってくださるでしょう。


「さあ、皆さん。荒稼ぎ(お仕事)の時間です! 救護救命救済復興、そして医療医療医療医療! 今こそ片っ端から命を救い、恩を売りつけ、絶対に踏み倒せない巨大な貸しを作って作って作りまくりますよ!」





 ……アドミナンテさんは多分百年後くらい先の未来で誰かにとっての章ボス的なポジションになるタイプの人ですが、今は見ての通りただの善良な医療従事者です、はい。

 災害の悲惨さに蹲って嘆き悲しむよりも即座にこういうムーブができた方が結果的にはたくさん救えるのでちょっとばかり人でなしみたいに見えるのは仕方ないですね、はい。


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― 新着の感想 ―
やらない善よりやる偽善ですね…アドミナンテさんが暴走してもディーレ様親バカだからやんちゃだなーくらいですませそうと思ったけどそこまでやれとは言ってませんって胃を痛めてるかもしれない
報酬なき善行に先はあらじ 無償奉仕が破綻することは、看護の祖も主張していたことですが、実行すると欲深く見えるのは、奉仕を受ける側に都合が悪いからですね、ホント……。 人は人のためにより善く生きる。…
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