第695話 『奇跡の一手』×10②
side ターレ
『転生特典』というものは、基本的に人間の技術で再現できるようにできている。
コストや習得難易度を抜きにすれば、人類の頑張り次第で転生特典によって引き起こされるのとほとんど同じ現象を引き起こせる。
空から降りかかる『落雷』と、魔法や科学の生み出す『電流』が、最終的に解き放たれるエネルギーとしては区別する必要がないように。
神々が転生者を通して現世に与える『奇跡』を分析して、再現して、技術として確立する。
そういう、いわゆるリバースエンジニアリングは、人類に与えられた権利であり、天界が転生者を送り込む上で本当に期待している部分でもある。
けれど、それはあくまで『技術的に再現することは不可能ではない』ってだけであって、決して簡単なことじゃない。
転生特典を見て『現実にそういう現象が起こり得る』ってことを知ったって、誰もが転生特典と同じことができるようになんてならない。
そこまで簡単に陳腐化するようなものは、転生特典として現世に示す見本に値しない。
大抵は、転生特典の再現には長い年月をかけた研究と現象そのもののメリットに見合わないコストが必要になる。
それこそ、オルーアンという町を一つまるごと改造してようやく儀式場として成立した『総意を汲み取る結界』が、それを能力として与えられた転生者になら気分次第でいつでもどこでも展開できてしまうものであるように。
スキルが転生特典を与える側の神々と同じ『権能』の領域に踏み込んだ神域の存在は別として、神々ならぬ『ただの人間』が知識や研究を元に転生特典と同等の結果を出せる魔法を発動しようとすれば、最低でも『大儀式』と呼ばれるレベルの手間が必要になる。
だからこそ、『転生者』は降臨してそのままの形で戦術兵器として扱われるし、その能力を再現可能だからってお払い箱になったりしない。
理論上は量産できない転生者を重用するよりも、たくさんの転生者の能力を研究して複数の転生特典を再現できる『ただの人間の兵士』を量産した方が『たった一つの転生特典』だけを振り回す転生者より強い。
それはみんなわかっていても、やろうとはしない。
……強いて言えば、転生特典に匹敵する秘奥義を英才教育で幼少期から叩き込まれた『正規勇者』がそれだったけれど、逆に言えばそれは勇者の資質でもなければ一生かかっても不可能なくらいに難しいということに他ならない。
だからこそ……第六位冒険者『天儀愛理』は異常な転生者だった。
たとえ、その転生特典が『知識』を司る大天使のリーテン様で、最高効率で魔法や技術を修得できる条件が揃っていたとしても、特殊な記憶力が修得の助けになったとしても。
従者使役型の転生者として、本体としては『ただの人間』そのものでしかないはずの彼女が……ほとんどの転生者を差し置いて、自分自身の転生特典であるはずのリーテン様をも『第七位』として戦力の計算から外して、その上で第六位に上り詰めた。
その裏にどんな努力やモチベーションがあったのかは誰も知らない。
ただ……そこまで大出世した彼女の異名。
誰も面と向かって口にすることなく、むしろ口を噤む禁句のような通り名がある。
『違法能力者』。
何かしら反則的な転生特典を持っていることが前提の転生者の間ですら、『ルール違反』と揶揄される最強格の転生者。
そして、今この戦場で、それに対するのは……
「ふむ。ライラさん、戦闘の『軸』を頼めますか!」
「それでいい! 敵の勢いは私が抑える! アオザクラは遠距離、ミダスは中距離、狂信者は適宜の状況に合わせた対応に集中しろ! 相手は全距離対応型だ! 『安全圏な間合い』はないと考えろ!」
狂信者さんの敢えて粗雑に発動した『浄化の光』でダメージを受けた敵……『天儀愛理の影兵』は、大きく距離を取って戦闘を仕切り直す。
そして……その中で、跳び下がりながら『ワンアクション』。
五本の指を広げて、その指先に灯した魔法の炎を瞬く間に巨大化させた。
『──【対軍儀式炎弾】』
転生者じゃないただの人間の軍隊でも使うことができるシンプルな炎弾の魔法。
ただ、本来はただの人間の『個人』じゃなくて『軍隊』の中で部隊単位で時間をかけて発動するべき出力で生成された儀式規模の魔法弾幕の即時発動。
最低でも攻城戦で使うような人間大の業火の玉が五つ。
私たち一人に一つ。
普通のパーティーなら、一発でまるごと壊滅しておかしくない破壊力の魔法が牽制感覚で放たれる。
「【浄化の光を】。シアンさんの通常攻撃と同等の魔法を通常攻撃として撃ってきますか、油断ならない」
業火の玉が敵から離れる前に暴発させようと放たれる狂信者さんの『浄化の光』。
正面からバランスよく打ち消すんじゃなく、敢えて打ち消し方に偏りを作ることで回転してる独楽を歪に削って暴れさせるように自滅を誘う一手。
けれど、その光が業火を乱すより先に、敵のワンアクションが俊敏に差し挟まれる。
『──【あらゆる物体を鳥に変える奇跡】』
腕を翼に見立てたパントマイムのような『羽ばたき』の動作。
幻想の翼の一部が散ったみたいに舞いながら現出する『光る羽根』。
その羽根が触れた瞬間、業火が姿を変えて『浄化の光』を避ける。
「炎が鳥になった!?」
思わず、手品でも見せられたような気分で声を上げてしまった。
本当に鳥そのものだ。
燃えながら飛ぶ炎の鳥だ。
五羽の鳥が、編隊を組んで戦場を舞う。
「羽根に触れたものは与えられた命令通りに飛ぶ、一度避けても油断するな!」
ライラックさんの指示にハッとする。
あれは、鳥になっても『業火』そのものであることは変わらない。あれに自爆特攻されたら常人よりは多少頑丈な私でもひとたまりもないのは間違いない。
必殺威力の魔法攻撃に『追尾効果』の付与。
それだけで十分に『必殺技』だ。
「慌てるな! これは俺が止める!」
アオザクラさんが言うと同時に杖で床を叩く。
『剛樹の魔王』の罠を誘発する技だ。
たちまち周囲の壁から伸びた蔦に捕らえられ、絞め落とされて自爆する業火の鳥たち。
そして、それと同時に黒鎧へ殺到する銀色の枝槍。
それは敵を全方位から串刺しにするかに見えたけれど……
『──【特殊な効能を持つガスを生成する奇跡】』
ワンアクション。
口元で指の輪を作って吐息を吹き込むような動作。
それを受けた途端、まるで時間を巻き戻すみたいに壁に戻っていく枝槍の群れ。
その上、敵がさっきの『肉体の雷光化』で受けたダメージの痕跡も見る間に回復していく。
「チッ、『逆成長ガス』で回復したか! 狂信者!」
「はい、遅延や回復行動はご遠慮願いましょうか。急いでいるので」
差し向けられるマーブルな『浄化の光』。
それを受けて、『逆成長の効能』で時間を戻すように変化していた枝槍が歪に曲がりくねる。
光が自分に向けられようとしているのを察知した敵は、治りかけの自分自身の傷も同じように歪むのを警戒して回避行動を取る。
だけど、その動きがまるで……
「空中を走っている!?」
いや、多分違う。
空中を移動しながら、ガスを生成する時のアクションである口元の指の輪を解いていない。
見えない障壁みたいなもの……『空中で足場や壁になるガス』を生成している。
そして、その見えない足場が天井までつながった所で、また別のワンアクション。
ペン回しか何かのように、高速で指が動く。
その手にはいつの間にか歪んだ枝槍の一本が握られていた。
『──【武器変身の奇跡】』
回転した枝槍が、その形がぶれた瞬間に再構築されて別の武器に『変身』する。
黒鎧の身長よりも長い砲身を持った、明らかに人間が手持ちで使うことを想定していない大砲。異世界に比べて銃火器が脅威になりにくいこの世界でも、迂闊に受けることはできないと一目でわかる破壊兵器。
それを手にしたまま、流れるようなワンアクション。
『──【極小世界を操る奇跡】』
手をすり合わせるそれは、最初に見た『摩擦操作』のアクション。
敵は摩擦を増した天井に着地して、天地逆転のまま貼り付いた足場に対して腰を沈めて重心を寄せながら、砲身を私たちに向ける。
「異世界の武器で不意を打てると思ったか? そういう武器の火力は『研究施設』で見てたからよく知ってるんだよ!」
この世界では馴染のない形状の武器にも動揺することなく杖を振るうアオザクラさん。
展開されるのは分厚い剛樹の壁。
その直後に乱射された大砲の弾をしっかりと受け止めて、破片を散らしながらも貫通は阻止する。
けれど……その傷ついた壁の向こう側。
衝撃で歪んだ剛樹の隙間から見えるあちら側では、巨大なボールのように丸まった『鉛の大蜘蛛』が空中で静止していた。
『──【時止め呪符の奇跡】』
「チッ、次は突き抜ける! 中距離戦に入るぞ! アオザクラは何があっても自己防衛に専念だ! 全力で自分自身を守れ!」
遠距離主体のアオザクラさんへの自衛指示。
それと時を同じくして、大蜘蛛の背後から味方のはずの鉛蜘蛛へ大砲を連射する黒鎧。
『ドンッ、ドンッドンッ、ドンドンドンッ!!』
それは砲弾が撃ち尽くされるまで続いた。
なのに、とんでもない衝撃を受け続けたはずなのに時間が止まっているように動かない蜘蛛玉。
その『静止』が、唐突に終わりを告げる。
『──【時間停止解除】』
鉛蜘蛛の止まった時間が動き出す。
溜め込まれた衝撃を一気に受けて、大砲の弾の速度を超える豪速球として射出される。
とても、目で追えない速度だ。
辛うじて剛樹の壁を完全に貫通したのがどうにか見えた。それだって、鉛蜘蛛そのものというよりも突き破られた壁の破れ方で認識できただけ。
避けられない。
そう思った瞬間に、ライラックさんが前に立っていた。
「『無限傀儡殺法』、『絶対的に無敵の鎧!』」
あまりに鮮やかな対応で、時間がスローになったかと思った。
床から生え出た巨大な鎧の腕が鉛の大蜘蛛を正面から掴み取る。
受け止めた衝撃が地面に流れたらしく、足下に揺れを感じた。
けれど……
「『私』なら、ここで距離を詰める」
『必殺技』ですら一秒の隙を作るための牽制。
ライラックさんが防御に力を割いたタイミングを狙って剛樹の壁に空いた穴から飛び込んでくる黒鎧。
そこに……
「軌道がわかっていれば対処は可能です」
無数の『黄金の矢』の集中砲火。
ミダスさんが黄金の変形で作った数百の弩弓からの弾幕だ。きっと、アオザクラさんが遠距離での戦闘に徹している間に弓矢とそれを引く力を溜めて準備していたもの。
威力も数も過剰と呼べるレベル。一人の敵を攻めるには十分過ぎるそれに対して、黒鎧の敵は……
『──【絶対防御の奇跡】』
ワンアクション。
見えない暗幕を自分に巻きつけるような動作をした途端、矢の軌道がキレイに歪曲する。
そして、敵はそのまま矢の軌道を曲げて正面突破で壁のこちら側に飛び込んで来た。
「見えない壁!?」
「違う! 力場の渦で周囲の力のベクトルを曲げて攻撃を逸らしている。物体で壁を作る『絶対防御』よりも自身の動きを阻害しないタイプだが、無敵じゃない……『転生者キラー』!」
『転生者キラー』。
今日のここまでの戦いの中でも見たライラさんの技。
無数の群体型ゴーレムの一つ一つが極小の刃として振動しながら川のように流れて触れるものを削り取っていく。敵の防御を文字通り削りきって殺す技だ、
けれど、黒鎧に襲いかかった極小刃の川もまた、見えない力の渦に歪曲されていく。
互いを削り合ってすり減っていく『転生者キラー』。けれど、その犠牲の中で、明確に敵の周りを覆う球場の力場の形が可視化されていく。
「『渦の中心』が見えれば絶対性は消える。そして、『塗料』はさっき既に触れさせた……『反射光狙撃』」
『転生者キラー』の一部を集合させて形成した反射板に向けて、指先から鋭い光の魔弾を放つライラックさん。
いくつもの反射板を経由した光線狙撃は『転生者キラー』の浮き彫りにした力場の渦の中心を貫いて、その内側で炸裂した。
さらに、その炸裂した光が極小刃の『転生者キラー』に反射することで『絶対防御』の内側が光に満たされて……。
その結末は、『大爆発』と呼ぶにふさわしい光景だった。
「や、やった!?」
「いいえ、ダメージが足りません。『連射式種電磁砲』」
爆炎から敵が出てくるのも待たずに追撃する狂信者さん。
こちらも『必殺』と呼べるだけの威力を持った連射弾幕が爆炎の中の敵へ降り注ぐ。
けれど……
「っ! 来るぞ!」
「【浄化の光を】! くっ!」
狂信者さんが弾幕から浄化の光へ切り替えた直後、周辺一帯を横薙ぎにした風の刃……いや、違う。
瓦礫や剛樹の壁の断面が溶けてる。
断面だけじゃなく、丈夫な剛樹の壁は断面周りもボロボロになっている。
これは『特殊な効能を持つガスを生成する能力』の、高速腐食ガスの高圧カッターだ。
狂信者さんがとっさに『浄化の光』で腐食ガスを打ち消したから助かったけど、普通に風の刃として対処しようとしていたら腐食ガスをそのまま浴びていた。
これもまた、油断できない必殺の一撃。
単純な強度ならただの斬撃ではそうそう切断されないはずの剛樹の壁が次々と倒れていく。
そこに……
「あっ、あの羽根は……」
『触れたものを鳥に変える能力』の生み出す羽根。
切られたばかりの剛樹の丸太たちが、その大きさに見合った巨大な鳥に変わっていく。
『──【生命力を熱に変換する奇跡】』
さらに、もう一手。
黒鎧が戦場を駆け抜けながらその鳥たちに触れていくと、その全身が熱を発するように赤熱し始めた。
「剛樹の生命力に火を付けたな、気を付けろ! この鳥たちは導火線に火のついた爆弾になった! 至近距離で爆発したら死ぬと思え!」
大威力の爆弾になった巨鳥が数十羽。
自爆特攻の命令を与えられてこっちに迫ってくる巨鳥の群れに紛れて接近してくる黒鎧。
自分も爆発に巻き込まれるのを恐れないというように、鳥に触れながら、またワンアクション。
それは、鳥の大きさに合わない指先のペン回しに見える動作……『武器変身』で、巨鳥がその体躯に見合わない大回転をして姿をブレさせたと思えば、その姿はあっという間に変わっていて……
「ミ、ミサイル!?」
翼じゃなくジェット噴射で加速する鳥ミサイル。
きっと爆発力と追尾性はそのままで、速度を数段上げて直進してくるそれに対して……
「『呪怨偶囮』」
ライラックさんが、前に出て自分自身の身体で爆炎ごとミサイルを受け止めるのが見えた。
そして、その爆炎を受けた緑の鎧が変形して形作られる巨大な物体……それは、植物で編まれた守護者人形だった。
ミサイルから受けるべきダメージを人形のパワーに変換したのか、ライラックさんにダメージは見られない。
代わりに急激に巨大化した守護者人形は無造作に巨鳥たちに襲いかかる。
「す、すごい……」
爆発、連鎖、また爆発。
そのダメージで弱るどころか逆に強化されていく守護者人形が、巨鳥たちをあっという間に壊滅へと追いやる。
そこで……ワンアクション。
黒鎧の、足で力強く地面にリズムを叩き込む動作で地中から染み出すように現れたのは、これまでよりも数段巨大な『鉛の大蜘蛛』。
大蜘蛛は巨鳥たちを壊滅から全滅へ向かわせようとする守護者人形へ飛びかかると、液体のように変形しながら生成した鉛の糸で植物人形を縛り上げる。
液体みたいに掴みどころがないのに貼り付いて離れない上に、とんでもなく重い枷……巨鳥の連鎖爆発のダメージを吸収して強化された守護者人形の動きが止まる。
そこで……
「どうやら、この蜘蛛は物理破壊が難しいタイプのようですね」
いつのまにか流動状態で大蜘蛛の脚へ接近していたミダスさんが、その手で鉛に触れる。
『黄金化』の能力。
単純な物理攻撃では壊れないらしい鉛蜘蛛も、物質そのものとしての改変能力には弱いのか動きが止まっていく。
「狂信者さん、敵が雷光化したら対処をお願いします」
鉛を変化させた黄金を自分自身と一体化させて変形させるミダスさん。
作り出す武器は……ある意味、ミダスさんにとって最強の武器とも言える『手』だ。
『触れたものを黄金にする手』……それは、『二つ』が最大数とは限らない。
鉛蜘蛛の体積をそのままに、金塊を規格外に巨大な腕に変えて、その黄金の腕からもさらに無数の『手』が生えていく。
敵にとって、『触れれば終わり』の危険域が戦場を覆う。
生き残っている巨鳥爆弾たちも次々に黄金化して無効化していくミダスさん。その巨鳥たちもまた新たな『黄金化の手』の材料に変えて、力を増していく。
戦場を覆い、逃げ場を奪いながら黒鎧に迫るたくさんの手。
『追い込み』の操作を終えたミダスさんが、表情を変える。
「これで──」
『これで終わりです』。
そういいかけた中途半端な所で、……ミダスさんの動きがピタリと止まった。
手も、声も、表情の変化も。
ハッとして、追い詰められたはずの敵を見る。
敵は迫る『手』の中の一つ、黄金化の効果が発揮されない手首のギリギリの位置に、先んじて触れていた。
『──【時止め呪符の奇跡】』
また、ワンアクション。
両手で枠を作り出す動作。
あれは……『遠隔収納』!
「『不死斬り』!」
ライラックさんが、枝分かれした部分へ繋がるミダスさんの腕を切り落とした瞬間、ミダスさんが黄金の壁を作り出しながら回避行動を取る。
『──【景色を切り取る奇跡】』
黄金の壁を抉る『遠隔収納』の乱射。
ミダスさんの広げた黄金の危険域が、直接触れることなく穴だらけにされる。
そこから、ミダスさんが黄金を集めて態勢を整えようとしたところで、敵のワンアクション。
『──【特殊な効能を持つガスを生成する奇跡】』
口元に指の輪を作って『ガス生成』の動作。
吐き出された見えない気体の効能はすぐに現れた。
「くっ……これは、『結晶』……?」
『結晶化ガス』。
触れたものの表面で粒状に固まって物体をコーティングする、敵の動きを阻害するガス攻撃。
黄金の動きに巻き込んでしまった結晶化ガスのせいか、流動を阻害されて動きを封じられるミダスさん。
黄金を覆う結晶を『黄金』にしようとしているけれど、何百もの粒の層に分かれているのか変化が遅い。
ミダスさんがすぐには動けなくなったところで、またワンアクション。
幻想の翼を羽ばたかせるような動作。
『──【あらゆる物体を鳥に変える奇跡】』
パントマイムの翼から舞った羽根は、目に見えない結晶化ガスに降り注いで、それをそのまま『鳥』に変える。
人間より二周りは大きい鶏にも似たそれは……
「『結晶化ガス』の鳥……」
鳥の群れが、列をなして胸を膨らませる。
間違いなく、ガス放射での面制圧。
それによって地面から広がる結晶体が全てを覆いながら巨大な棘や杭のような形を得ていく。
戦場を染め上げる結晶化の領域。
見えないガス攻撃、それも自分自身の動きを阻害してしまいかねない効能のガスを『鳥化』させることで命令通りに動くようにしている。
これもまた、敵が軍隊だろうと制圧できてしまうような『必殺』の一手。
けれど……
「その『ガス』は具現化物としての密度が薄いせいか、どうやら他よりもかなり打ち消しやすいようですね」
『浄化の光』。
狂信者さんの照らす光が、結晶化ガスの怪鳥たちを文字通り煙のように掻き消していく。
地面を覆う結晶も完全に実体ではなく空気中の成分を具現化した物質で繋ぎ止めたような構造なのか、光に照らされるとそのまま空気に溶けるように消えていく。
だけど、その裏側で……また、ワンアクション。
『消しやすい』鳥化ガスの残り煙を突き抜けて、浄化の光に向かって飛び込んでくるのは……
「鉛の大蜘蛛!? いや、鉛の鳥!?」
たぶん、『鳥化』した『鉛の大蜘蛛』。
『浄化の光』で形が崩れるけど、二重の魔法変化を保護膜のように作用させているのか動きが止まりきらない。
それは、戦場における『中距離』と呼ぶべき領域からさらに距離を詰めて『近距離』に差し掛かる位置まで突入して……
「させるか!」
ライラックさんの緑の剣での一閃。
鉛の蜘蛛と鳥の中間の怪物のお腹の中から飛び出した黒鎧。
その手が、鉛の断片をいつくも指に挟んで、ペン回しのワンアクションを取った。
『──【武器変身の奇跡】』
『鉛の断片』が『たくさんのナイフ』に変わる。
同時に手に保持することに拘らずに、まるでジャグリングみたいに空中へ投げ出したナイフまで全てを同時に『装備』している。
そう思わせるのに十分な迷いのない洗練された巧緻さ。
それを目の前にして、ライラックさんは緑の剣を捨てて……『加速』した。
「『瞬速剣舞』」
風が吹き荒れる。
斬撃の残す煌めきの線だけが空間に残る。
私の目だともう何が起きているかわからない超音速のやり取り。
その中では空中のナイフもあまりに遅すぎる落下を考慮する必要なく空中に『置いて』いる扱いになるのか、空中装備のナイフすら頻繁に位置が変わり続ける。
そんな中、やり取りの中でライラックさんが攻撃に成功したのかナイフの一本が弾き飛ばされて地面に突き刺さる。
すると、剛樹の根がその部分だけ煙を上げて腐っていった。
「も、猛毒……」
ただのナイフじゃなく、『猛毒ナイフ』への変身。
それに対して断片的に見えるライラックさんの武器は素手の手刀。いや、異様に鋭い風の吹き荒れ方からみれば、風の刃で戦っているのだろう。
風を纏った手刀と毒ナイフ。
超高速での剣戟が短時間の間に無数に繰り広げられる。
その中で……空中と黒鎧の手の中のナイフの全てが飛び散ったと思ったら『チカッ』っと、一瞬だけ光が走り、ライラックさんの体が弾かれた。
『浄化の光』だ。
敵側が『浄化の光』を使った。
やり取りの中で駆け引きや狙うべきタイミングがあったのか、毒ナイフを全て捨てることで作り出された隙があったのか。
音速を超えるために魔法で無視してきた『音の壁』の存在を強制的に思い出させられる形で弾かれて飛び退くライラックさんへ、蹴りでの追撃が入った。
「ぐっ!」
マズい。
そう思ったところで、背後からの弾幕が空中を走った。
敵が蹴り飛ばされたライラックさんをさらに追撃しようとした所での、狂信者さんからの砲撃。
一瞬前まではライラックさんを巻き込むから撃てなかった、タイミングとしてはこれ以上ないところでの援護射撃。
ライラックさんに集中していた敵の切り替えは間に合わないはず……そう思った。
けど……
『──【絶対防御の奇跡】』
「……へ?」
ワンアクション。
電磁砲の射撃を受け流される。
最初から読んでいた、いや、この動きを待っていたというように、的確なタイミングと角度で力場の渦を生み出して、弾道を一回転させて『剛樹の種』を撃ち返してくる。
「っ、ゼットさん!」
とっさに追加の弾幕で撃ち返された種弾を相殺する狂信者さん。
けれど、それは本来想定していなかった連射直後の速射。
辛うじて返された種弾は防いだけれど、無理な連写で銀の安楽椅子から飛び出した砲身が焼け付いたように変形する。
そこで、間髪入れずに飛んでくる追撃。
それは、『絶対防御』で展開した『力場の渦』を自壊させることで発生する爆発的な斥力の嵐。
それが地面に刺さっていた毒ナイフを巻き上げて、こちらへ向かって高速で飛来してくる。
「危ない!」
とっさに魔法で防御しようとした。
けれど、その前に毒ナイフが鉛の断片に変わった。
変身時間がギリギリで切れたのか、毒ナイフとしての危険性がなくなったかと思ったそこで、目にしたのは……。
「あっ!」
ナイフから変化した『鉛の断片』の中に板状のものが紛れていた。
同じようなもので、『黄金』のものなら見覚えがある……『遠隔収納』で生み出された圧縮板だ。
それが、空中で『解放』される。
『三匹の鉛蜘蛛』として、解放されて、さらに過剰に膨張し続けて、まるで膨らみすぎた風船みたいに……
「はっ……きゃあっ!?」
逃げる暇なんてなかった。
三匹の鉛蜘蛛が、自ら大爆発した。
無数に飛び出す鉛の槍。
それを壁や床への足がかりにして、戦場に広がる鉛の蜘蛛の巣。
私が直前に展開した魔法の障壁も、衝突してきた鉛の槍を四散させて分岐点を増やしただけ。
そして……
『──【人体を雷光に変える奇跡】』
ワンアクション。
額に指先を当てる動作。
黒鎧の敵の姿が雷光に変わって、鉛の蜘蛛の巣の中へと消える。
そこからは一瞬だった。
『浄化の光と電磁砲は同時に使えない。電磁砲を撃った直後は余波から身を守るために浄化の光は使わない。そうだろう?』
鉛の蜘蛛糸を介した瞬間移動。
無数の分岐点で立体的に張り巡らされた鉛糸の結界の中、移動中の迎撃を許さない能力移動で敵が現れるのは……私の時と同じなら、私と狂信者さんの背後。
「ゼットさん!」
銀椅子の急回転。
急な動きで狂信者さんの膝の上から振り落とされた。
転がり落ちるように地面に飛ばされながら、その急激な動きの正体を知る。
『剛樹の魔王』の怪物体だ。
銀の椅子が変形して、背後に現れた敵に『枯死の影兵』を粉砕した拳を振るう。
けれど……
『──【極小世界を操作する奇跡】』
ワンアクション。
両手をすり合わせる『摩擦操作』の動作を取って、その手が巨腕に触れた。
その瞬間、剛樹の安楽椅子が怪物体としての動きの勢いで自壊する。
『結合力が消えれば、機械も、組み木も、単なる部品の山に変わる』
ここまで狂信者さんの快進撃を支えてきた銀の安楽椅子が、固定砲台であり怪物体の護衛でもあったものが、戦闘装備としての機能を失う。
そして……絶対的に危険な間合い。
結果的に振り返ることはできて背後を取られた状態は脱したけれど、身動きが取れない。
今の立てない狂信者さんだと敵の初動にまず間違いなく対処できない絶妙的な位置取り。
敵は、振り落とされた私なんて眼中にもないらしく視線すら向けずただひたすら確実に、壊れた椅子に背中を預ける狂信者さんを仕留めることだけを考えていた。
そう……
「『知識の更新』が足りないのでは?」
ワンアクション──。
安楽椅子を壊されて反撃手段を失った狂信者さんを一方的に、決定的に仕留めようとする一手の起こり。
それを……『ガシリ』と、狂信者さんの手が掴んで止めていた。
壊れた椅子から立ち上がった狂信者さんが、自分の足で立って、ほんの数歩分、自ら間合いを詰めていた。
「【歩けない人を歩けるようにする発明】」
身体強化の光と、二重の『光輪』。
漏れ出るほどの生命力と、狂信者さんの背中に展開される現実性の揺らぎが描く真円。
神々しさすら感じさせるそれを背負って、『違法能力者』を前にした狂信者は薄く笑った。
「全ての距離で強いオールラウンダー、総合力ではあまり勝てる気はしませんが……こちらの一番得意な『この距離』でなら、どうにかなりそうですかね?」
ギルドマスターには秒殺されたけど、実は別に楽勝されたわけではなかった第六位さん。
自由にさせると無法なレベルの高速展開でフィールド制圧してくるので真面目に正面戦闘で倒すなら起点で阻止して展開前にワンキルかハメ殺しにするのが最適解な人です。




