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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十五章:『無勢』の犯抗
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第694話 『ちょっとだけ良いことをしてみたかったから』

side ヒトミ・フュネリア


 『私の夢は──』。

 そんな、中途半端な文言が書かれた紙が、私の手の中にある。


 『進路調査の紙』だ。

 あの荒野の中の賭博都市『ノギアス』で、ねねと一緒にトイレ掃除とかをしていた頃、狂信者から受け取った一枚の紙。


 私の方はねねと違って罰ってわけでもなかったから出さなくてもいいと言われていたから、結局出さなかった宿題。

 提出期限とかは特に言われてなかったけど、ノギアスから離れてしばらく経っているし普通に期限切れだろうと思う。


 つまりは、使い道のない紙切れ……ゴミといってもいい。


 持ってても仕方ないし煮炊きのための燃料にしてもよかったけど、自分でも何故かわからないけど今日までずっと持っているもの。

 それを何故か、時々見返している自分がいる。


「もうすぐ……なん、だよね……」


 儀式はもう始まっている。

 本当はこの大事な時に休んでる場合じゃないけれど、私は気付いたらこの寝床に寝かされていた。

 枕元にはセンさん……カラクサさんからの書き置きがあった。

 私は昨日から警戒のために長城の防衛戦を見続けていたのは憶えているけど、いつの間にか魔眼の使いすぎで過労になって倒れてしまったらしい。


「『後はわたしとイカロさんに任せて、あなたは無理しないで』なんて……そんなこと言われたって、無理しないわけにはいかないじゃない」


 大姉様に見つけてもらってから今日までずっと用意していた儀式。私たちの長年の悲願の瞬間だ。


 そのために、どんなことでもやった。

 貴族たちのコレクションから儀式のための祭具を取り返して、教団のみんなを養うための食糧や金品も奪って、時には仲間を狩ろうとする人間を撃って。


 そうして迎えたのが今日の星空だ。

 『進路調査』の紙を懐にしまう。

 過労のせいでまだふらつくけど、どうにか動ける。


「大姉様とコットン様は、『お母様』を降ろすための舞いで動けない。私も、儀式を守らないと……」


 私たちの最大戦力である大姉様は今、儀式の構成要素の一つになっている。

 いわゆるトランス状態……何が起きても儀式の終わりまで対応できない。


 神殿の結界で祭壇の周りに敵が立ち入るようなことはないだろうけど、儀式の邪魔ができないわけじゃない。

 私はこの魔眼を使えるってだけでも重要戦力だ……こんなところで休んでる場合じゃない。


 それに……


「なにか、嫌な感じがする……防衛ラインが抜かれた? いや、それどころじゃない……?」


 いつものルーティンで進路の紙を見ている間に回復してきた意識が、空気に漂う異常を認識し始める。

 空気の震え、騒がしい音……血の匂い……?


「攻め込まれてる……? なんで!?」


 起きて最初に、魔眼で防衛ラインの方は確認した。

 敵に『怪獣』と匹敵する巨大戦力が出現して衝突していたのは見えたけど、防衛ラインそのものが決壊したわけじゃない。

 少なくとも、前線の防衛ラインを突破されて敵が雪崩込んで来ているなら無事じゃないはずの長城方面の最終バリケードは無傷だった。


 なのに、この神殿の中で戦闘の気配がする。

 つまりは……


「別ルートからの奇襲……? まさか!」


 それこそ、魔眼を使える私が警戒すべきものだった。

 なのに、その私が勝手に過労で倒れてしまっている間に、敵がすり抜けて来た……こんなの、『不幸』では済まない。


 ふらつきながら、黒衣を纏う手間も省いて部屋の外に出る。

 そして、より明瞭になってくる緊急事態の気配。

 何より……


「カラクサさんとリーナが戦ってる!? いや、それどころか……」


 刺すような頭痛に耐えながら、魔眼で神殿の周りを透視して状況を確認する。

 私とイカロさんを除いた最大戦力であるカラクサさんが直接敵と戦わなければいけない事態。


 それだけでも、ありえてはいけないのに……押されている。


 透視した先では、カラクサさんがリーナに乗って飛んでいる。

 転生者の瞳を移植した私が『魔眼』を使えるのと同じように『収納』の能力を使えるカラクサさんにとってのベストポジション、リーナの飛行力を利用して敵の上を取って収納空間から大質量を雪崩みたいに放出することで圧殺する戦法。


 並大抵の転生者くらいなら、高所のカラクサさんに反撃すらできずに圧殺されるしかない。相手が軍隊の中隊規模だろうと一方的に蹂躙してしまえる、そんな文字通りの必殺技。


 それを、正面から切り裂いて、空中の落下物を足場にリーナへ駆け上がる黒外套の敵。


 『フェイレス・ファウスト』。

 魔眼で敵を最初に視認するべき私が記憶している要警戒対象だった人間の一人……皮膚がないはずの顔面に貼り付けられた『凶面の仮面』は記憶と違っても、その鍛え抜かれた肉体は見間違いようがなかった。


 『並大抵の転生者』なんてレベルの脅威じゃない。

 カラクサさんの『必殺』ですら、遊ばれているのがわかる。わかってしまう。それだけの実力差。


 それが、空中で追い込まれて、追い詰められて……


「だめっ!! くっ!」


 激しい頭痛と立ち眩みを無視して、透視した視線(ルート)をそのまま射線として放った超遠距離の熱視線。

 壁を貫き、空中を線引いて、カラクサさんとリーナを一刀両断しようとする敵の脳天を貫こうとした狙撃の魔眼は……


『チッ、チッ』


 首の動き一つで熱線を躱した凶面が、透視越しにこちらを見返していた。

 カラクサさんとリーナに致命的な一刀を振り下ろしながら、私の視線になんて最初から気付いていたと言うように嗤っていた。


 そして……その枯れ枝のような指先が、こちらを刺した。

 透視の先から、熱視線を貫通させた壁に穴をそのまま遡るように私へ向けられた指に光が宿って……


「はっ! ッッ!!」


 生命の危機を告げる本能が叫んだ。

 咄嗟に、熱線を最大出力で放つ。頭痛を無視して、ふらつきながら、それでもとにかく撃った。


 そして……その熱線を逆に貫いて、壁に穴を遡って飛んできた魔弾が、私の顔面を穿った。


「あっ……」


 衝撃で後ろに吹っ飛んで倒れる。

 辛うじて、生きてる……たぶん、直前で直感的に最大出力の魔眼を撃ってなかったらこんなダメージじゃ済まなかった。


 けど、動けない。

 脳が揺れてる……魔眼が潰れた? 脳を貫かれたわけじゃないけど、右眼からこめかみにかけて抉れてる……? 出力じゃなくて、密度と貫通力で突破された?


『………………』


「うっ……あっ……」

 

 気付けば、目の前に黒い外套が舞い降りて来ていた。

 その顔面で、嗤う凶面で私を見下ろして、無言のままに萎縮させる。

 まるで、圧倒的な力量差に絶望する相手を見下すのが何よりも楽しいと告げるかのように、歪んだ視線が私を舐る。


 勝てない……私が万全だったとしても、絶対に。

 こんなのが攻め込んで来てるんじゃ、私たちの儀式は……


「あと、もう少しなのに、こんなところで……」


 倒れた私の目尻から溢れるように涙が流れ落ちるのを感じた……その時……



 一つの小石が、凶面の頭に当たった。

 ダメージなんてないけど、避けられもせずに。



「ヒトミお姉ちゃんをいじめるな!」

「おねえちゃん逃げて!」

「僕たちが気を引いてるから! はやく!」


 子供たち。

 儀式が終わるまで隠れてなきゃいけないはずの、私よりもさらに小さな子たち。

 彼らが、この相手にはなんの障害にもならない通路の角を盾にして、懸命に石を投げていた。


「どうして、こんなところへ……」


 いや、そんなこと聞くまでもない。

 私みたいな透視能力がなくたって、ここまで派手に戦ってたらわかる。

 なんなら、私がさっきガムシャラに放った熱線なんて気にしない方が無理だ。あの光線を見た子供たちは、過労で倒れているはずの私が襲われていると考えて助けに来たのかもしれない。


 なんの痛手にもならない石がまた当たる。

 剣を手にした凶面の怪人が、それこそ路傍の石のように意識を向ける必要すら感じていなかったらしい子供たちへ、顔を向ける。


 その凶面に『萎縮』して膝をつきそうになりながら、それでも気力を振り絞って石を投げようとする子供たち。

 その石が手を離れれば、その瞬間にこの敵は『戦闘』を始める。そう直感した。


「ま、待って! その子たちは儀式に関係ない! キミたちもやめて! 逃げて!」


 一秒後に始まる虐殺の光景が頭に浮かび上がって必死に叫んだ。

 けれど、時間は止まることなんてなく……



「フェイレス先生。お久しぶり、でいいのかしら?」



 その瞬間、子供たちと怪人、そして倒れた私を区切る闇の帳。

 『不明』の守護者が、場を制していた。

 それを行ったのは、この場にいないはずの一人の転生者。


「夜神夕子……どうして? あなたは、儀式の防衛側へ行ったんじゃ……」


 カラクサさんが戦ってる時点で、既にやられてると思っていた。

 非常事態の時には子供たちのお守りじゃなくて『儀式』を守るように命令していたはずだから。あっちで戦っている姿が見えないなら、もう死んだのだろうと。


「……ごめんなさいね。でも、楽しかったわ。あなたたちとの催眠術ごっこ? お友達とそういう倒錯的な遊びとか、したことなかったから」


 そう言って、和服の少女は扇子で口元を隠した。

 そして、彼女はそのまま凶面を前に、萎縮することなく向き直る。


「フェイレス先生、あなたが一度だけ部屋に来た時のことを憶えているわ。学校に一度だけでも来てみないかって……美味しいカップケーキもあるから、それを食べに来るだけでもって」


 『不明』の触手が、柵のように転生者の少女と怪人を囲う。

 子供たちが私のところへ駆け寄ってきて、自分で動けない私を担ぎ上げる。


 敵がそれを邪魔しないのは、目の前の転生者を集中して対処すべき存在と認めたからなのか……『並大抵の転生者』では収まらない力を感じたのか、それとも転生して日の浅い転生者の慢心と傲慢を圧し折る楽しさに期待しているのか。


 どちらにしても……彼女は自ら、どうやっても目の前の怪人から逃げられない位置に、割り込んできてしまった。


「何も感じなくなってしまった今でも、少しだけ考えることがあるの。もしも、ああなってしまう前に言われたようにしていたらって。あの聖女さんやレイさんと一緒に、教室へ通ってみていたら……何か、違っていたのかもって。あなたはどう思います?」


『………………』


「そう……やっぱり、人違いだったみたいね。フェイレス先生はとても個性的なお顔をしていましたけれど、今のあなたなんかよりもずっと素敵な殿方でしたわ」


 そこが、私の限界だった。

 思ったよりも脳に入ったダメージが大きかったらしくて、だんだんと意識が落ちていく。


「夜神……夕子……あなたは……」


 子供たちに担がれて離れていく私に背を向けて、巨大な守護者を呼び出す夜神夕子。


 守護者に向けて振るわれる怪人の剣。

 血のように闇を噴き出させながら、凶面の額を裂く返しの黒刃。


 操られていなかったなら、私も、子供たちも、何も守る必要なんてないのに。

 まるで、身を挺して私たちを庇うように。


「操られてなかったなら……本当のことも、知ってるはず、なのに……なんで……私たちのために……?」


 そこで私の意識は完全に闇に落ちた。


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