第680話 再討伐
side ドレイク
『枯死』。
かつては冒険者として、他に四人の同期転生者たちとパーティーを組んで活動していた男。
そう……こともあろうに、『転生者の五人組』だ。
『五種類の転生特典』という一つの冒険者パーティーが持つには過剰な戦力を振るい、そして、お互いを肯定し合うことでこの世界の常識ではなく『転生者としての常識』をこそ確固としたものと信じ込んで、この世界に『馴染む』ことなく我が物顔で振る舞っていた集団。
『転生者でなければ人間じゃない』。
口ではそうは言わないが、明らかに『この世界の人間』を一つ下の生物として軽んじていたことが活動の記録からもありありとわかる、そんなパーティーだった。
普通は『転生者』であっても、この社会に生きていれば否応なしにこの世界の人間と関わりを持つ。
宿であれ、商店であれ、ギルドの受付であれ、なんからの世話になり、言葉を交わし、人間として通じるものを感じる。
だが、やつらは自分たちだけで完結していた。
衣食も、安全も、戦闘力も、与えられた転生特典だけで足りていた。
だからこそ、冒険者としての活動も何もかもがお遊びで、そこに関わるこの世界の人間もその施設の一部くらいにしか思っていなかった。
そして……だからこそ、やつらはある日、あっさりと壊滅した。
俺がまだ子供の時に。
俺以外にもやつらを恨んでいる人間は何人もいて、その内の一勢力がかけた策にかかって、自分たちが対等と思っていなかったこの世界の人間に、転生者でもなんでもない普通の人間の集団に襲撃され、殺された。
『枯死』はその生き残り。
他にもパーティーメンバーだった転生者はもう一人生き残ってはいるが、そちらはもう再起不能の半植物人間として中央政府に保護されていて、もはや復讐対象とは見なせなかった……だから、『枯死』は俺が長年の憎悪を向け、殺し方を考え続けていた唯一の男ということになる。
当然、その能力は把握している。
奇襲を受け、他のメンバーと同じように致命傷を食らいながらもその場を離脱し、再起不能も回避したその能力は簡単に言ってしまえば『生命力の操作』。
触れた相手と自分の間で生命力を自由に移動させ、さらには過剰な生命力を消費することで身体能力や再生力に変換することができる。
シンプルだが、それ故に応用の幅が広い……そして、『他人の生命力を奪うことに躊躇いのない人間』が使えばとてつもない脅威と惨劇を生み出す能力。
五人組が壊滅した後、社会の裏側へ潜ったやつに生命力を奪われた人々の酷たらしい姿から広まった二つ名が『枯死』だ。
生命力を奪うこと……人間を殺すことを躊躇わず、そして、その命を徹底的に搾り取ることを当然のこととして裏社会で殺しを請け負っていた男。
転生特典の中には『獣火機』のように人間の命を贄にすることで戦力強化に繋がるものは他にもあるが、『枯死』が特別だったのはその行為への節操と分別のなさ。
殺しの依頼を受け、命を吸い殺す。
その目撃者だから、殺しの邪魔になる可能性があるからと理由を付けて手近な人間も吸い殺す。
さらには、生命力の回復が早い子供は拉致してアジトへ監禁し、生命力を搾取し続けるためだけに飼殺す。
そうして、生命力を奪えば奪うほどに強くなる。
強くなるほどに無法が許され、より多くの命を節操なく奪い続ける。
冒険者としての活動をやめてから冒険者ランキングからは除外されていたが、間違いなく上位ランカー相当の戦闘能力を持つ転生者。
それも、戦闘向きなだけでなく長年好き放題に能力を振るい続け、他人が躊躇うような『人体実験』を積み重ねることで練度を高め切ったベテラン転生者。
俺はずっと、そいつを殺すことを考えてきた。
裏社会で、目撃者すらも徹底して抹殺する『枯死』の痕跡から洩れる情報を集め、どうやったら殺せるかを考えてきた……そして、同時にその時にどんな動きを警戒するべきか、敵にはどんな動きができるかも分析と想定を重ねてきた。
そして……目の前の『そいつ』の動きは、その想定と全く違わない。
『ただの影兵』だと、『偽者』だと判断するには、あまりに真に迫り過ぎていた。
「チッ! 斬るなら『不死殺し』でなければ痛手にならないか!」
奇襲の最中、ライラックに一閃され切断された脚をものともせず高速移動を続けた『枯死』。
その機動力は、ミダスが地面の黄金化で作った沼の罠にはまっても、決定打にならなかった。
『────ハハッ!!』
自らの両脚を躊躇いなく切断しての脱出。
重い黄金の沼から足を抜くよりも、捕らえられた部分を捨てて再生させ直す方が早いという驚異的な再生力があるからこその無法。
そして、『枯死』の脅威は不死身の防御力だけじゃない。
「ドレイク! 怪物化した影兵だ! 数十体、一斉に出てくるぞ!」
「ッ! 全員、強襲に備えろ!! これまでの影兵とは身体能力が違うと思え!!」
アオザクラの感知報告に対して、反射で指示を出す。
『枯死』が下がりながら、闘技場の裏手から飛び出してくる影兵たちに触れていく。
すると、元から怪物化で強化状態の影兵の体格が、動きが変わり、その動きが爆発的に加速する。
これが、『枯死』の応用能力の一つ。
他人から奪い取った生命力を味方に注入することで、回復力や身体強化のエネルギーとして出力させることができる、部隊規模の超強化能力。
能力のメインではないだけあって、乱暴な用法ではある。当然ながら、その強化状態の身体能力を完全に扱いきれる人間は少ない。
ましてや元から怪物化状態の兵士にそんなことをすれば自らの肉体の動きに耐えられず自壊するのは目に見えているが、それでも扱いきれない程の力でぶつかって来る敵兵の集団は大きな脅威だ。
シンプルな身体強化……『速さ』と『パワー』は、数を覆す脅威だ。
たとえこちらがしっかりとした軍の中隊規模であったとしても、この奇襲一つで壊滅しかねない。
だが……
「速いな……対策なしなら対応できないレベルだ」
後衛のアオザクラは、その場を動くことなく対応した。
『剛樹の魔王』の迷宮に接続した杖に仕込まれた感応式の迎撃術式。
アオザクラには身体強化を受けて無法な速さを手に入れた前衛の動きを捌けるだけの反射神経や近接線能力はないが、後衛の術士には術士の対処法がある。
『自分の反射神経で反応できない速度の攻撃』に対して無思考で発動される防御コマンド。
それでも並みの魔法使いが使う程度の半端な迎撃や障壁では『枯死』の強化を受けた敵兵に食い破られて終わりだろうが……
「だが、地の利はこちらにある」
敵が中隊規模の軍隊を壊滅させる戦力であったとしても、アオザクラは万の軍団を食い止めた魔法使い。
即座に展開された剛樹のトラップは、自分の力を制御できず直線的な強襲以外の道を持たない影兵たちを正面から受け止め、見るも無残に玉砕させていく。
だが、そんな壁に投げつけられた果実のような惨状の中で、そこに紛れ込んだ影の一つは違う動きをした。
「ッ! 二時の方向! 生垣の隙間だ!!」
最初の死体の山に紛れた登場と同じ、自己強化を行っても身体的に特殊な変化も巨大化もしない性質を利用して雑兵に紛れ込む『枯死』の奇襲攻撃。
他の玉砕以外の道なく潰れていく影兵たちと違い、自分の身体能力をコントロールしきっている『枯死』は剛樹への正面衝突を避けながら、その樹皮に触れる。
『枯死』の基本能力たる、生命力の吸収。
アオザクラ自身の魔法出力ではなく、動きを誘導している『剛樹の魔王』の生命に依存した物理的な障壁を文字通り局所的に『枯らせる』ことで脆弱化させ、突破口を作った。
そして、まだ玉砕しきっていない影兵も多くいる。
過剰な生命力によって活動を保っている怪物兵たちを引き連れて、アオザクラの引いた境界を突破して来ようとする。
『枯死』の能力との相性が悪いアオザクラの防壁では、それを防ぎきれない。
「先ほどは足を捨てて逃げられましたが……今度はそうは行きませんよ?」
そう、アオザクラ一人では防ぎきれない。
だが、『枯死』が空けた穴から飛び出す影兵たちの前に立ちふさがるのは、巨大な『黄金の手』。
『黄金の船』の形態を解除して流動状態で持ち歩いていた黄金を自らの『腕』と一体化させたミダスの女王は、『触れたものを黄金化させる手の平』で壁を抜けた敵兵集団を鷲掴みにして、液状の黄金として握り潰す。
「黄金に変化してしまえば、生命力だろうが再生力だろうが関係ないでしょう?」
触れられても生命力を奪われず、逆に触れた相手を問答無用で無力化する『黄金の手』。
『枯死』との相性で言えば最適の能力での一掃。
それによって、敵は全滅したかに見えたが……
「まだだ! 『枯死』は後ろに下がった!」
ミダスに一掃された強化影兵の集団は囮。
それを目隠しに一度後方に跳んでいた『枯死』は、瞬間的な身体能力のさらなる強化で壁を跳ね、壁の穴を抜ける影兵軍団に気を取られた俺たちの視界の端から剛樹の障壁をすり抜ける。
率いる軍団を失おうと、『枯死』は単体でも十分過ぎる脅威だ。
それが、超高速で俺に向かってくる。
俺も反射的に刃を走らせ迎え撃つが……その最中で、対応しきれないことを直感した。
自分より速い相手に対応するための技術として軌道上に『置いた』俺の刃は確実に俺の方が速く入る。
相手が普通の自己強化転生者なら、単なる高速移動だけの相手ならそれで勝てる。ダメージに反応する動作の乱れに合わせて動けばあちらの攻撃も回避できる。
だが、相手は不死身の再生力と膨大な生命力、そして『触れたら即死』の能力者である『枯死』。
『迎撃』に必要な攻撃力が足りない。
殺しきれず、怯ませられず、完全に回避することもできない。
俺の刃だけでは……
「【祝福】!」
交錯の刹那、『枯死』を貫く幾本もの氷の槍。
ともすれば俺ごと蜂の巣にしかねない際どい射線で放たれたが『幸運』にも敵だけに直撃し、さらにはその関節を凍結させて動きを鈍らせたそれの出所は……息を切らせながらもマジックアイテムの小光輪をこちらに向けるターレ。
完璧なタイミングと狙いでの全弾的中。
魔法で増幅されてはいるが、天使として生まれ持った『幸運の女神』の祝福……おそらくは素の反射速度では『枯死』の動きに反応しきれないターレだが、その『まぐれ当たり』は本人の意図して発揮できる射撃精度以上の効力を発揮した。
俺の刃が、『不死殺しの刃』が、動きを鈍らせた『枯死』の首へ一方的に食い込む。
一瞬前に相打ちにも至らず負けると直感した刃が、その首を断とうとする。
だが……『こいつが、この一撃で本当に殺せるのか?』。
俺の脳裏にその思考がよぎった瞬間だった。
ギュルッ!
「ッ!」
『枯死』の首が、高速回転して『捩じ切れた』。
まるで見えない誰かに怪力で首を捩じられたかのようにも見える、普通の人間には絶対に自発的にできないししようとも思わない動き。
だが、それによって……『不死殺しの刃』に断ち切られるよりも先に、頭が、それに引っ張られた脊椎が両断の運命から逃げ出した。
「【不死斬り】」
空中に飛んだ『枯死』の脊椎付き生首。
それが高速で肉を纏い始めるのに誰もが咄嗟に対応できない中、緑の剣が真っ直ぐに伸び、生首の脳天を貫通する。
ライラックの攻撃だ。
再生力の高い転生者が相手であっても、その再生に必要な『設計図』に当たる情報体にダメージを通す剣技で脳を貫かれた『枯死』の頭は驚愕の表情を浮かべ、高速で進んでいた肉体の再生も乱れに乱れて不格好な異形へと暴走気味に崩れていく。
「やったか……」
さすがにこれでもう動かなくなるかもしれない。
そう思ったが……そこで、異音。
それは敵側ではなく……後方の、クジラ爆弾の方から。
『メギメギ』と、分厚い装甲版を力尽くでひしゃげさせてこじ開けようとする音。
「狂信者、無事だったか……」
一瞬、そちらに意識が向いた瞬間、視界の端の『枯死』の表情が動いたのを感じてハッとする。
そして、脳天に『不死斬り』で穴をあけられたはずの男が、異形に再生した肉体を跳ねさせてクジラ爆弾の方へと躍りかかるのを目撃する。
「狂信者!!」
油断した。
そう感じた瞬間に外の状況を把握していないであろう狂信者へ叫んだ。
転生者の中でも『枯死』の持つ異常性で最も危険なのは、再生力でも身体能力でもない。
最も注意すべきは、その攻撃性。不死身であることを自覚して、攻撃を受けようが痛みを受けようが自分の身を守ることよりも相手を殺すことを優先するセオリーから外れた行動パターン。
『反撃を受けようが敵の生命力を奪えば元が取れる』、そして、『他人を殺すことで自分はより強くなれる』という歪んだ戦闘スタイルによって全身の細胞に刷り込まれた捨て身の攻撃性。
脳天を貫かれ思考を阻害されようが、敵の気配を察知すれば迷わず命を奪おうと襲い掛かる異常な『獰猛さ』こそが最大の──
ゴシャッ──パァン!
「……えーっと。ドレイクさん、呼ばれた気がしましたが何かご用でしょうか?」
クジラ爆弾の装甲をこじ開けたそのままの手で『枯死』を迎え撃ち、大質量の衝突で五体を四散させたのは『剛樹の魔王』の怪物体……狂信者が『安楽椅子』の形に押し込めていた素材の、本来の形。
襲い来る転生者の影を呆気なく粉砕し、ボトリボトリと落下しながら霧散していく四肢や肉片の雨の中、『反射的に殴っちゃったけど、殺して大丈夫な相手だったのだろうか?』と困惑するように顔を見せるのは、さながら『守護者』のように反射防御を当然のものとして行った剛樹の怪物体の胸元に抱えられて頬をかく狂信者。
狂信者はこの数十秒の間に周囲で展開された『戦闘の痕跡』と俺たちの様子を見て、バツが悪そうに言った。
「あー、なんというか……脱出に手間取ってる間に一戦分サボっちゃったみたいですね。最後の一体しか処理できなかったみたいで申し訳ございません……次からは気を付けます」




