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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十五章:『無勢』の犯抗

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第675話 『邪神崇拝者』

side ドレイク


 俺は『邪神崇拝者』というものについて詳しく知らない。

 言うまでもなく、一般教養レベルの話は当然としてテロ対策に必要な情報群……これまでに引き起こされた事件の被害やそこに絡んだ能力なんかは把握しているが、言ってしまえばそれは『戦闘データ』に重きを置いて偏った情報だ。


 そもそも俺は『転生者殺し』であって、『邪神崇拝者殺し』じゃない。

 任務に必要になれば必要なだけの情報は受け取って頭に入れるが、そうでないものを……ましてや機密に関わりかねないような情報を自発的に知ろうとすることは、『ガロム王室直属の武装工作員』という立場からすれば興味本位では済まない立派な『翻意』になる。


 身も蓋もない言い方をしてしまえば、リスク管理の問題だ。

 アオザクラにも言ったことではあるが、俺は現場の実働部隊。それも、好き勝手に生きたいという願望を抱える転生者たちへの抑止力としての見せ札。


 どれだけ対策をしていても、逆恨みした転生者に狙われて捕まる可能性もある。

 そこで拷問される可能性もあれば、中央政府の弱みを知ってる限り吐かせようとしてくる者もいるだろう。


 そんな立場の俺に必要以上の情報を持たせておくということは、戦場で敵に放つ鏃に自分の弱点を刻み込んであるに等しい。

 ともすれば、そんな俺が『何を知らされていないか』という情報ですら中央政府にとっての秘部を浮き彫りにしかねない。


 そんな、『知りすぎない』を意図的に維持してきた俺が知っている邪神崇拝者についての情報。

 迷信やプロパガンダに翻弄される群衆のように煽動やパニックに踊らされず対処できる程度の事実、事例としての認識。


 それは……特徴的なものを挙げれば、『血抜き殺人』、『貴族邸からの金品強奪』、そして『子供誘拐や、その子供を用いた特殊な身体改造の人体実験』。

 怪獣のけしかけを加えれば被害は何倍にも増えるが、『徘徊魔王』独自の性質的なものと考えれるそれを除けばその活動にはある程度の法則性が見られる。


 『血を集める』。

 『資金を集める』。

 そして、『適性を持つ子供を集める』。


 最後に関して言えば、最近の邪神崇拝者の事件の多くに関わっているとされる『魔眼姫』が元は貴族の娘として生活していたものが後天的に『魔眼』を植え付けられて教団の一員となっていると思われることから、消費というよりも勧誘と言った方が正しいかもしれない。


 それらの事件例の羅列から俺が持った印象は『単なる犯罪組織ではなく、独自の目的を持った集団』だ。


 俺自身の経験から言えば、リソース強化型の転生者が自分の能力や戦力を発展させるために独自の共同体(コミュニティ)を作ってリソースを貢がせているのに近い状態。

 転生者の能力が根本的には神々の権能から派生したものであることを考えれば順当ではあるが、転生特典の行使にはある種の儀式的な行程が含まれることがある。


 『邪神崇拝者』が信奉するのが邪神という『神』である以上、類似の流れが生まれるのは必然かもしれない。


 単なる無法の集団ではなく、一応は自分たちのルールに従って生きている信奉者。

 政府や社会秩序に反抗して無軌道にルールを破っているのではなく、邪神への奉仕活動がどうしても社会秩序や中央政府の定める法にそぐわないが故の事件群。


 転生者の作ったコミュニティであれば、それは転生者への奉仕によって転生特典の恩恵を受けるという利害関係によるもの。

 それに倣えば……『邪神崇拝者』もまた、転生者よりもさらに上位存在である神、それも人類に多大な被害を与えた実績を持つ邪神への奉仕によって恩恵を受けようとしているのだろう。


 ……少なくとも、俺はこれまでそう考えてきた。

 『転生者殺し』として、互換性のある組織構造を知っているからこそ、さほど変わらない情報量からでもそこらの一般人よりも鮮明に、正確に『邪神崇拝者』という概念を理解しているのだと。


 だが……



「ドレイクさん、『聖典』のここについて質問があるのですが、お尋ねしていいですか?」


「なんだよ、狂信者。歴史の勉強してる暇があったら少しでも回復に……」


「すみません、どうしても気になってしまって。ドレイクさんは……いえ、一般人の教養レベルでは、という話でもいいのですが、皆さんは戦乱末期の『邪神復活』という記述についてどう認識しているのですか?」


「どうって、そりゃ『邪神が復活した』って意味だろうが。それ以外に何があるんだよ?」


「いえ、それ以前を探しても『邪神封印』という記述がどこにもないので……『いつの時代から封印されていた』という話もなかったのに、どうして『出現』を『復活』と表現していて……どうして、それを誰も訂正しないのかと思いましてね。いえ、些細な表現のことでわざわざ直す気にならないのかもしれませんが」


「そんなの……『聖典』に書かれてる歴史よりもさらに前の歴史の話だからだろ?」


「『世界を滅ぼせる力を持つ神様』の名前も忘れてしまうほどに昔の歴史ですか?」


「…………そう、なるな。俺は専門外だ、そんなに気になるならアオザクラにでも質問しろよ」



 俺は『転生者』を知っている。

 リソース次第で自分を強化できるタイプの転生者が、自己強化を究めるために周囲の人間を従えてリソースを集めさせる事例を知っていて、それが『邪神崇拝者』の動きと似ていると感じている。


 だから、『転生者』を知っているのと同じように『邪神』というものを知っているように思ってきた。

 自分の力をより確固とするために信奉者やその儀式を求め、その見返りとして力を振るう、そういう厄介な転生者をよりスケールアップさせた存在だとなんとなしに認識してきた。


 だが……それに気付いたのは、言語化できるまでに認識を自覚したのは、狂信者に『聖典』に刻まれた歴史についての質問を受けたつい先刻のこと。

 なんとなしに『もうわかっていること』だと思っていた概念を、改めて考えてみて……その時、確かに意外に思ったことを憶えている。



『俺は、「邪神」について何も知らない。顔も名前も、そもそもそれが「()の神なのか」すら、知らない』



 もしかしたら、本当に子供の頃は純粋に大人に質問したことがあるかもしれない。

 主神は『秩序と混沌の神』、三大女神は『美の女神』と『戦争の女神』と『豊穣の女神』……そして、それ以外の力の弱い神々であっても『風の女神』や『幸運の女神』という名前(司る概念)がある。


 なら……『邪神』にはどんな名前があるのか。

 きっと、子供心に大人に聞いてみても、誰もちゃんとした答えを口にすることはなくて、『邪神』は『邪神』というそれだけの言葉でしか表現できないのだといつしか納得していたのだろう。


 不思議なくらい……改めて、それに世間知らずの子供がするような根本的な質問をされた時に答えに詰まるほど、意外なくらいに。


 感覚的に例えるなら、戦乱の英雄……たとえば『伝説の魔法使い』について、子供が『この人は今どうしてるの?』と問いかけてきたとき。

 『さすがに大昔の人だからもう生きてはいないよ』と答えて……その上で、『じゃあこの人はいつどこで、どうして死んじゃったの?』と尋ねられたら、自分はその英雄の人生を詳しく知っているつもりでいたのに、知っている人間のことなら知っていて当然の死に様(それ)を知らないと気付かされることがあるように。


 誰もが、自分で知ってる以上のことを知らないまま、無知を想像で埋めて、『そういうものだ』と思って、知ったつもりになって歴史を語っている。


 俺ですら……自分が『何も知らないこと』を自覚しているつもりでいた俺自身ですら、意外なほどに。




 ミダスとの会話からしばらくして到着した、次のポイント。

 今度はミダスもうっかりティータイムと到着時間を被らせることもなく迎えた次の『影兵』との戦場。


 だが……そこは予想外に、想像以上に『戦場』だった。


「今だ!! 攻め込め!!」

「ぐあああっ!!」

「衛生兵! 衛生兵!!」


 『影兵』じゃない、『人間』のガロム兵がいた。

 俺たちがこれまでのように迎撃を受けると考えていた『影兵』の軍団と戦う部隊がいた。


 兵数はおそらく互いにそれほど変わらないが、人間のガロム兵は見る限り劣勢だ。

 おそらく、このポイントでの戦闘はかなり前から続いている。ガロム兵の負傷や疲弊を見ればそれは明らかだった。


「おっと、なるほど。そういう構図ですか」


「……狂信者」


 そういう構図。

 事前の情報から示唆されてはいたが、連れて行かれたガロム兵は旧都の防衛戦力として動かされている。

 おそらくは、湧き出しから出現し続けて尽きることのない影兵に対処するために湧き出しを個別に攻めて潰そうとしているらしいが、こちらのように上手くはいっていないらしい。


 狂信者は、劣勢ながらに士気をほとんど下げずに戦いを続けるガロム兵を見て少しだけ考えるような仕草をしてから、安楽椅子ごと前へ出る。


「助けてみましょう。やってみたいことがあります」


 どちらにせよ、湧き出しを潰して通路を開通させなければ先には進めない。

 潰し合いの決着が付くのを待つ、両陣営と敵対する。

 それらよりも『とりあえず弱っていて会話ができる可能性もあるガロム兵を助ける』というのは合理的で反論の余地のない答えだった。


「…………影兵を掃討しながら、ガロム兵を保護する。だが、敵対の可能性を忘れて背中を刺されるなよ」


 


 十分後。

 ガロム兵との戦闘でこれまでのような万全の防御態勢が取られていなかったこと、『外周砦の四天王』や無徴留が現れなかったこと、そして狂信者が速攻をかけたことで戦闘はかなり手早く終了した。


 湧き出しを潰すと、戦闘態勢を解いて大人しくなるガロム兵たち。

 一応は武装解除をさせながら、生きている負傷者に簡単な手当てをしていく。

 その中で……


「おや、ターレさん。もしやそれ、治癒魔法ですか?」


「あ、はい。そうですけど、なにか?」


「テーレさんが魔法で治すのが苦手でいつも医術でどうにかする感じだったので」


「ああ、たしかにそうでしたね。二人での仕事で治癒が必要になるといつも押し付けられてた憶えがあります」


「魔法で気軽に高度な治療ができるというのは楽ですねえ。と、治療ついでに……」


 狂信者は、ターレの治療を見学するようにしながら近付き、負傷した兵士の腕に幻炎で呪紋を刻む。

 あれは確か、『浮気封じの呪紋(ルーン)』だ。

 すると……


「うっ、ぐうっ、俺はまだ戦え……はっ! へ……痛たたたっ!?」


「あっ、急に動かないでください! まだ治してる途中なんですから」


 負傷兵は傷で動けないながらも、すぐさま戦線復帰しようとする戦意を見せていたのが一変して気が抜けたような顔付きになり、痛みに初めて気付いたように悶え始める。


「狂信者、お前、今のは……」


 と、そこで……



「連絡を受けて来たが……なるほど、『浮気封じの呪紋(ルーン)』か。それも、その強度。確かにこれは困るな」



 空中を駆ける炎の帯。

 一纏まりになり、立体となり、一人の竜人(ドラゴニュート)の血肉となるそれを、俺は報告から知っていた。

 それは、このガロム兵たちをオルーアンの戦場から掻っ攫っていた張本人。


「『蝋翼のイカロ』……」


「待て、今ここで戦う気はない」


 臨戦態勢を取ろうとする俺に対して、制止するように手の平を向けるイカロ。

 突然やってきた竜人は、言葉通り敵意なく、しかしこちらが動かうものならすぐに対応できる間合いと緊張感を保ったまま言葉を続ける。


「少し、キミたちと話し合いをしたい。そちらにとっても悪い話ではないはずだ。もしも、どうしても聞く耳を持たないというのなら、私はこの兵士たちに……」


「あ、もしかして小柳宗太さんの能力ですか?」


 竜人の言葉を遮る狂信者の言葉。

 だが……俺は見た。その瞳が、狂信者の口が発した『転生者の名前』に反応してピクリと動いたことを。


「…………」


「おや、半分以上は揺さぶりのつもりでしたが、当たっちゃいましたかね……ドレイクさん。ちょっと失礼。ちょーっとだけ熱いですよー」


「あ、おい! うっ!」


 幻炎の熱に思わず呻いた。

 有無を言わせず、俺の腕にサラサラと刻まれた『浮気封じの呪紋(ルーン)』。

 『森の民』が魅了系能力への対抗手段として開発したものだ。


「みなさんも……あ、ライラさんとミダスさんはなしでも大丈夫ですか? アオザクラさんも自分でてきると。さすがは特別編成パーティー。ではターレさんだけ……っと。お待たせしましたイカロさん。お話、でしたか。これでもいいですか?」


「……ああ、元より警戒されている『能力者』はここにはいないがな」


 呆れたような意表を突かれたような表情をする竜人。

 狂信者はそれに優位を感じるふうでもなく、平素な態度のまま小首を傾げる。


「みたいですね。というか、小柳さんは元気ですか? なんか前に夢枕に立たれたような気もするというか、噂も聞かないので何かあったのではと思っていたのですが。これだけ多くの人の名前を呼べるのならお元気そうで……」


「……それはない」


「ドレイクさん?」


「そいつは……その転生者は、俺が、殺した。発動系の能力者としての隙を、能力発動の直前を狙って能力自体を使わせず、確実に仕留めた。だから、あり得ない」


「……なるほど。ちなみに、ご遺体は?」


「その場で回収して、中央政府の施設で処理したはずだ」


 転生者の死体は、仮に単なる死霊術なんかで操られただけだとしても扇動役としてテロに利用される可能性がある。

 それこそ、あの『小柳宗太』という転生者の場合、一度能力を使った相手の前に『小柳宗太』と認識される存在が現れれば命令できてしまう可能性があった。


 そういった事態、あるいは能力が本人認証の発生しないものであっても社会的な影響を引き起こすものとして悪用される可能性があるために中央政府で殺した転生者の死体はそうやって確実に処理する。

 そういうマニュアルだ……少なくとも、俺はそう思っている。


「本当にちゃんと『処理』しましたか? たとえば……大量の血とか、もげた四肢とか、そういったものを現場に残していませんでしたか?」


 あの時を思い返す。

 あのラタ市という街で、大火事の鉱山から這い出てきた転生者が能力を使おうとしたのを気配から感じ取って、起点となる喉を斬り裂いて能力を封じ、その心臓にナイフを突き立ててとどめを刺した。


 それから……人間を操る能力だったこともあって、手駒にされた人間が集まってきたら報復の危険もあると考えてそのまま死体を持ってその場を離れた。

 その時に残っていたものがあるとすれば、狂信者の言うような『大量の血』と……


「ナイフで抉り取った『喉の肉』が……だが……」


「なるほど、『魅了の声』を発していた『喉の肉』が残っていたと。ではやはり、彼の能力ですかね。『能力者』はここにいないとのことですが」


「…………」


「話をしたいというのなら、話をしてみましょう。『小柳さんの能力』を持つ方が最大限に悪意を持って活動すればどれだけのことができるかは、ドレイクさんもわかっているでしょう? それが問答無用での闇討ちではなく話し合いを望んでくださっているというだけでもありがたい話です」


 平たく言ってしまえば、転生者の力を盾にした圧力外交の構図。

 だが、そう言う狂信者に返す言葉が見つからなかった。


 確かに、『テロリストとの話し合いなんてありえない』という言葉で突っぱねるという選択肢もある。

 この『長城』の中での短期的な戦況で言えば、このパーティーに対策を行き届かせておけばいいかもしれない。

 だが、『名前を呼ぶだけで人間を手駒にできてしまう能力』はテロリストに握らせて放置するにはあまりに危険すぎる。


 それこそ、中央政府の判断を仰ぐまでもなく殺せるタイミングで殺す以外の選択肢がなかったほどに。


 個人単位での対策はできる。

 本体の自己強化に向いた能力でもない。

 だが、誰が操られているかもわからず人数制限もない……下手をすれば、冗談抜きで世界を支配できてしまいかねない能力。


 その能力者が目の前にいるのなら即座に暗殺すべきだとしても、今の状況はそうじゃない。

 交渉の中でその行使を制限するような契約が結べるなら……そうでなくとも、ほんの僅かにでも能力者の情報を得られる可能性があるのなら、それだけでも十分すぎる交渉材料になる。


 そして……


「イカロさん。私も個人的にいくらかお話したいことがあります……構いませんね?」


「……無論、言いたいことはあるだろうと思っていた。あのような手を選んだ以上、その希望に否とは言えまいよ」


 その『小柳宗太の能力』という反則技を持つあちら側の陣営にとって、狂信者の存在は無視できない大きなものになる。

 あのラタ市での事件からしばらくして知った真相……小柳宗太の能力に対する狂信者の『耐性』と『浮気封じの呪紋』による解呪、そしてそれによる寝返り工作。


 『小柳宗太の能力』は、操られている人間がそうでない人間と区別できないという強みを持つが、同時に能力者自身にも操られている人間が本当に今も操られ続けているのかを判別できないという弱みもある。


 直接的に能力が効かず、駒の洗脳を解いて知らない内に寝返り要員を送り込んで来る可能性がある狂信者は相性最悪……『小柳宗太の能力』を利用してガロム兵を動かしているあちらから見ても、『交渉』せざるを得ないだけの理由がある。


 『小柳宗太の能力』と『狂信者』。

 互いに禁じ手を持つからこそ成り立つ対等の交渉。

 少なくとも、敵味方の立場だからと一蹴していいものじゃない。


「……警戒は解かない。怪しい動きをすれば、その場で交渉は打ち切る。それでいいな?」




 十分後。

 長城の中の開けたスペースに置かれた長テーブル。

 城の構築に巻き込まれたであろうそれは、対面の席につけば近すぎず、遠すぎず、『警戒の解けない相手』との交渉に臨むには丁度いい距離を生むものだった。


 テーブルに付いているのは、俺とイカロ。

 他は元から安楽椅子に座っている狂信者以外、あちら側のガロム兵たちも揃っていつでも動けるように構えながら互いの後ろに立って控えている。


「交渉に応じてくれてありがとう。その誠実さに感謝する」


「社交辞令はいい。時間が無限にある場面じゃない。したい話があるなら早くしろ」


 一番嫌なのは、この『交渉』の目的が『時間稼ぎ』のパターン。

 無駄な引き伸ばしをするようなら交渉は即打ち切る。それを態度で示すと、竜人は小さく頷いて話を進める。


「では、本題から入るとしよう。見ての通りあの影のような戦士たちとは敵対している。それはそちらも同じだろう? であれば、一旦協力体制を取ることはできるのではないか? こちらが望むのはそういう交渉だ」


 『王弟派』と『邪神崇拝者』、そして俺たちという『長城』内部の勢力による三つ巴の構図。


 それをより細かに分析すれば、それぞれの姿勢は次の三つ。


 既に旧都に入り込んで籠城の態勢に入りながら儀式の準備を進めている『邪神崇拝者』。


 湧き出しを設置することで『影兵』を量産してその防衛線を突破して祭壇を、あるいは儀式を横取りしようと企む『王弟派』。


 そして、その『王弟派』を追撃して湧き出しを潰しながら旧都を目指し、最終的には『邪神崇拝者』も止めようとしている俺たち。


 互いに敵対関係ではあるが、現状ではまだ俺たちと『邪神崇拝者』は直接的にぶつかってはいない……構図的には『王弟派』を挟み撃ちにできる位置取りにあるとも言える。


「そっちが守りに徹してる間にそっちの言う『影のような戦士』……こっちは『影兵』と読んでるが、それをこっちで潰してほしいって話か?」


「無論、こちらからもできる限り支援をしよう。我々もあの尽きない軍勢には苦戦している。こうしてその湧き出しを止めようとしても上手くは行っていない……だが、相性の問題かもしれないがキミたちには私たちよりも確実に湧き出しを潰せるらしい。であれば、我々はそれをより円滑に行えるように動く。キミたちがより円滑に攻略を進められるようにあれらの……『影兵』の築いた防衛陣地の破壊や戦闘に役立つ情報の収集に集中しよう」


「なるほど……確かに、理に適ってはいるな。そのための兵力として洗脳したガロム兵を使っていることに目を瞑れば、だが」


「…………無論、湧き出しを潰してくれれば防衛に必要な兵力も減る。現地の兵員は先程の呪紋で解放してもらって構わない。こちらとしては、キミたちが無用な警戒で二の足を踏まず湧き出しを素早く潰してくれるだけで十分利益になる。協力体制というのも、単純にこちらが勝手に協力するのを受け入れてほしいというだけだ」


 『王弟派』の目的を考えれば、『影兵』の量産目的は自分への追撃を妨害することであると同時に旧都の防衛線を突破する駒を生み出すこと……そして、その比重は後者が大きいはずだ。

 俺たちがこれまで湧き出し地点以外で戦闘をする必要がなかったのも、生産されて『浮き駒』になった影兵の群れがコントロールできずに長城から溢れているもの以外は旧都側へ移動していっているからだろう。


 その戦力不足を補うための『外周砦の四天王』や、湧き出し周辺の剛樹を敢えて破壊することで誘発された『迷宮化』による要塞。

 俺たちの追撃があちらに感知されてから進行するごとに……つまり時間と共に各ポイントの要塞化は手の込んだものになってきている。


 このまま進んでいけば、今のように短時間での突破は難しくなる可能性が高い。

 アオザクラの剛樹操作や狂信者の掃射のような有効打がなく、尽きない影兵との戦闘では押しきれなくとも持続的に要塞の構築を妨害し続けられる通常のガロム兵にその抑えをさせるというのは悪くない提案ではある。


 だが……


「……それだけじゃ、根本的な部分で折り合えないな。そうやってこちらが影兵を潰していって、その結果としてそっちが儀式成功で邪神復活からの人類滅亡じゃ意味がない。それならむしろ、レイモンドが旧都に到達して儀式を邪魔してくれた方がマシってくらいだ」


 局所的な戦闘で有利になる停戦協定だとしても、その結果が人類の滅亡に繋がる儀式の成功じゃ本末転倒だ。

 それならまだ、社会の実権が危ういとしても祭壇の力で支配者になろうとしているレイモンドが勝つ方がマシとも言える。

 言うまでもなく、それもやらせるわけには行かないが。


 だが、テーブルを挟んだ向こう側の竜人は落胆する様子もなく言葉を返す。


「まず、そこの認識から訂正するべきか。我々の目的は『儀式を完遂する』ことだ。そのためにガロム人から見れば違法な行為や損害を発生させることがあるのは否定できないが、我々は社会に混乱や破滅をもたらしたいわけではない」


「それは詭弁だろう。お前たちのやろうとしている儀式……『邪神復活』が成功すれば、戦乱末期のような歴史的な災厄が引き起こされる」


「そうならないために、入念な準備をしてきた。何十年という時間をかけて、各地に散った神器を集め、キミたちの言うところの『邪神』……我々にとっての『母』の力が不要な災厄を引き起こすことのないように」


 それは、俺にとって予想外の回答だった。


 『世界に災厄を引き起こす邪神』を復活させようとしている邪神崇拝者が、災厄を望まない……純粋に『邪神の復活』だけを求めているという考えは可能性としてあまり考えてはいなかった。


 それは、リソース強化型転生者の作るコミュニティで言えば転生者の望む貢ぎ物を集めながら転生者の力を弱めることを計画しているようなものだ。

 反乱のための裏切り行為でもなければ、矛盾している。それならそもそも、貢ぐ必要が、利益がない。


「このまま儀式を妨害されるようなことさえなければ……予定通りに儀式を進められれば、それが安全に終わる可能性が最も高い道だ。『母』が目覚め、『古き契約』を結び直せるのなら災厄は必要ではない」


「……そこまでして何故『邪神』を復活させようとする? 何が目的で、そんな『危険な神』を呼び起こそうとする?」


 矛盾している。

 強力な転生者を崇めながら、その転生者が力を振るうことを望まないような矛盾。

 俺の思い描いていた『邪神崇拝者』の行動原理からは導き出せない動きだ。


「……まず、そこからだな。我々とキミたちとでは、『母』について大きな認識の齟齬があるのだろう」


 竜人イカロは老年の教育者が若者に諭すように余裕を持った態度で話を続ける。


「『転生者殺し』のドレイク……転生者の世界に詳しい立場ならば、一度くらい『祖霊崇拝』という言葉を聞いたことはあるだろう?」


「……こっちじゃあまり馴染みはないが、『血統の根本(ルーツ)に当たる一族の先祖を祀り立てる文化』ってやつか?」


「ああ、その認識で合っている。そして……平たく言ってしまえば、キミたちが『邪神』と呼ぶ神性は、我々にとっての『祖霊崇拝』に近い文化に根付く存在だ。力を求めて崇めるものではないし、厄災を望んで呼び起こすものでもない」


「だが、戦乱末期の記録から『邪神』が復活と同時に人類全体へ壊滅的な被害を、それも無差別に振りまいたことは確実だ。それは『祖霊崇拝』の性質に合わないだろうが」


 俺の追究に対して、イカロは小さく目を伏せてから答える。


「『人類全体へ無差別に』……というのは、キミたちの主観的な記録によるものだ。実際にはそうではない……確かに、キミたちが圧倒的に『多数派』となっている以上はそう見えても仕方はないが」


 竜人イカロは、小さく嘆息してどう表現するべきかと悩むように逡巡してから、顔を上げて言葉を続ける。


「こういう言い方は反感を招くのはわかって敢えて言わせてもらえば、我々の先祖はキミたちの先祖よりも早くからこの土地に……キミたちが『ガロム』と呼ぶ土地の各地に暮らしていた。我々の先祖から見れば、キミたちは『侵略者』に当たる」


「…………」


「生まれたときから当たり前に生活している土地についてこう表現されるのも理不尽に感じるかもしれないが、長い視点を持つ神々の感覚で言えば、キミたちは『少し目を離した隙に森に入り込んできて我が物顔で家を建てていた(きこり)の群れ』ということになる。それはまあ……相手が大人だろうと子供だろうと、追い出したくなるだろう?」


 理屈はわかる。

 それこそ、オルーアンで『主神殺し』という企みを語った美の女神のように、神々にとっては数千年ですら根本的な考え方を変えるには短い時間だ。


 『邪神崇拝者』が『竜人』の集まりであるというような話は聞いたことがない。

 竜人イカロが口にする『我々』というのがどの程度の範囲を示すかはわからないが、特殊な血筋を受け継ぐ子孫がこのガロム全域での隆盛から少数派へと転落していれば神視点では『他の血族から侵略を受けて滅ぼされかけている』と認識してもおかしくはない。


 だが……


「それで『邪神』を復活させて勢力図を今度こそ逆転させようってことならこっちにとっての滅亡の危機は変わらない。いくら正当化できる理屈があろうが、『じゃあ滅ぼされても構わない』なんて言えるわけがないからな」


「それはもちろん、こちらもわかっている。言うまでもなく、我々の数は少ない。『隣人』としてであっても、今の発展した文明の存在を前提とした生活にも慣れてしまっていて今更遠く過ぎし時代のような生活にも戻れまい。我々が進めているのは、その調節をするための儀式でもある」


 そう言って、イカロはしばし言葉を止める。

 その先を語るべきか否かをやや迷うように。

 だが、短い逡巡の後、イカロは話す決意は固めてきていたのか、言葉を続ける。


「そして……これは、そちらにとっても利がある話だ。というよりも、この機会を逃すリスクはキミが思っているよりもかなり高い」


「……どういう意味だ?」


「ドレイク。キミは……『封印』がいつまで続くと思っている?」


「…………」


 質問されて、狂信者に『邪神』のことを質問された時と同じように気付く、自覚する。

 俺は知らない……『邪神が戦乱末期に封印された』という歴史は知っていても、『いつまで続く保証のある封印なのか』は知らない。


 ただ漠然と、誰も『あと何年で封印が解けそうだ』という話をしないことから、自分たちの世代で考えるまでもないくらいには長いと……少なくとも、俺たちの生きている内には解けないのだろうと思っていた。

 なにせ、これまでの百四十年、封印が解けたことはないのだから。この先も、同じくらいの時間は大丈夫なのだろうと無根拠に思っていた。

 自分でも不思議なくらい、疑うことなく。


「ドレイク。キミは見たところ二十代、三十代までは行っていないようだが……おそらく、キミにとっては『現役中』の話になるだろう。我々はともかく」


「……なっ」


「長くとも数十年。どうやっても残り半世紀はない、我々はそう見ている」


 イカロは視線を上げ、瓦礫の天井の先にあるであろう一番星を見つめるようにしながら、言葉を続ける。


「儀式には正しい星の並びが必要になる……我々は、もう待てない。最大限に星が揃い、万全の状態で儀式ができるとしたら、今だけだ。キミの恐れる形での、大厄災としての『邪神復活』を防げるとしたら、今しかないのだ。キミたち自身のためにも協力してほしい」


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― 新着の感想 ―
[一言] 邪神の存在だけを伝えて その詳細や関連する情報が忘れられていくようななにか がありそうですね当事者は別としても 月の民という呼び方も死都というある種の結界の中にいた シアンさんくらいしか覚え…
[良い点] あえてあいまいにされていた謎が一枚、一枚とほどけていくターンですね [一言] しかし邪神=母の依り代がテーレさんである限り「テーレさんの人格が返ってくる」保証がないと狂信者も譲れない! …
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