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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十五章:『無勢』の犯抗
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第674話 誰かのための『共演者』

side ドレイク


『義賊はいいことなんかじゃあない。好んで真似するような生き方じゃあないんだ』


 ある日、俺の生まれ育った屋敷の中の隠し部屋。

 そこで変装のやり方を教えてくれていた『血の繋がらないの育て親』は、よく言い聞かせるように言った。


『ろくに教育も受けてなくて、他にやれることが見つからなかっただけなんだ。今と同じだけの知恵があれば、きっと別の方法を選んでいたよ』


 きっと別の方法を選んでいた。

 『法を無視して悪者から、奪われたものを奪い返す』。

 それが、『単に知恵がなかったからだ』と、彼は苦笑しながら語っていた。


 少なくとも、彼にとっての『義賊』とはそういう生き方の結果だった。


 子供にもわかりやすい、主観の正義に従って善悪を定める無法の実行者。

 そこに欲しいものがあって、倒すべき悪者がいる……それ以外の要素を顧みず、『なら悪者から奪ってしまえばいい』という結論。


『あの時は、それで全部話が済むと思っていた。あっちが悪いんだから他の理屈なんて関係ない、こんな簡単なこともわからない大人は馬鹿の意気地なしなだけだって思ったなぁ……だが、その結果として、私は村のみんなを不幸にして故郷から出ていくことになった』


 それが、『義賊』の始まりだった。

 大領主への訴えかけや力を合わせた抗議という方法を知らず、現地の領主が盾に取っていた正当性や理屈のことも詭弁としか思わず、ただ『自分たちの物を理不尽に持っていく悪者』と認識していた相手から金目のものを盗み返して村にばらまいたのが始まりだった。


『お前はあの時の私とは違って学ぶべきことを学べる環境と時間があるんだ。どうせ憧れるなら、「義賊」としてじゃなく、「正しい何かをしようとした誰か」としての「俺」に憧れてほしいな』


 若気の至りを恥じるようにはにかみながら、彼の手は小さな俺の頭を少しだけ荒っぽく、けれど優しさに感じられる手で撫でた。

 その荒っぽさも、なんだか好きだった。


『俺はお前の本物の父親じゃないが、お前が俺よりもかっこいい大人になってくれたら誰よりも嬉しいよ。ま、俺よりもかっこ悪い大人になる方が難しいかもしれないけどな』


 悪徳貴族に負けて、その生き方に加担させられている現状を皮肉るように言葉を付け加える。


 『義賊』としての仕事に失敗し、捕まった仲間を救う条件として自らを差し出し、多くの恨みを買う父の影武者をさせられている彼は、どこか恥ずかしそうに笑いながら頭を掻いていた。


 真面目に約束を守り続け、ほとんどいつも変装を解かず貴族らしい振る舞いをしている彼が稀に見せる『素の顔』が漏れ出る仕草。

 俺にとっては、『血の繋がりのない父親』の本当の顔が見えるその瞬間が何よりの宝物だった。



 

 第八ポイント攻略完了。

 アオザクラとの会話のあった休憩ポイントから、さらに三回の戦闘を終えた。


 『長城』への突入から、およそ六時間。

 急造チームと言っても、同じ部隊で戦闘を重ねれば、自然とそれぞれの得意な戦闘スタイルや動きも見えてくる。


『ええ、魔法の行使はゼットさんですが魔力を動かしてるのは私なので。まあ消耗がないというわけではありませんよ。だからこうして適度に休ませていただいていますが、可能なら敵は一掃しやすい配置に誘導してもらえると助かります』


 ここまでのスムーズな進行を支えているのは、言うまでもなく銀の安楽椅子からの弾幕で敵を一掃する狂信者だ。

 あいつは一発で勝負を決められる強力な鬼札だが……この長城攻略は連戦が前提になる。

 戦闘は一回で終わらないし、途中の移動で休めると言っても長くて一時間程度の間隔。消耗を完全回復するには足りない。


 だからこそ、あいつはなるだけ温存すべきカードだ。

 切れば戦闘が終わる、それで他のメンバーの消耗は抑えられるとしても、切るタイミングで可能な限りあいつが消耗せずに敵を処理できるように立ち回らなければ、どこかで反動が来る。


 だから、狂信者が最小限の消耗で敵を掃討できるようにするための戦術を組んで攻略を進めている。

 敵の情報に関しての態度から考えると意外なことに、その戦術に関しての作戦会議では狂信者も真面目に自分のポジションを確認していた。


 基本的には、狂信者にとって楽な掃射範囲を罠に見立てた追い込み戦法。

 一掃しにくいように散開した敵のはぐれたものを各個撃破、集合させる立ち回り。


 個としての白兵戦性能で飛び抜けたライラックは、遊撃ポジションとしてのこちらにとって嫌な動きをしている個体の各個撃破。


 俺とターレは下がって敵全体への妨害工作と味方へのフォローをしながら全体指揮。

 視界の開けた野戦なら指揮は後方に置いた方がいいが、『迷宮化』の地形変動も踏まえて戦場を多角的に把握するための配置だ。


 後衛のメインはアオザクラ。

 剛樹操作で地の利を大きく得られるあいつは、狂信者ほどピンポイントでの殲滅弾幕は放てないが、十分に戦場全体を動かせる力がある。

 万単位の軍団を一人で止められるだけあって『外周砦の四天王』の戦力投入や干渉力に合わせられるだけの柔軟性と判断力もある、実質的にこのパーティーのサブリーダーのような立ち回りだ。


 そして、残りは……


「皆様、お疲れ様でした。少し移動したら休憩にしましょうか」


 戦闘の場面では『最低限』しか働かないミダス。

 そもそもが戦闘外での移動の要としてパーティーに組み込んだメンバーであることを考えれば、狂信者以上に力を温存すべき立場なのは最もなのだが……


「おや、ミダスさん。このお茶菓子、美味しそうですね。一つもらってもいいですか?」


「構いませんわ。ただ、これだけだと甘過ぎるので紅茶と一緒に味わうのをおすすめしますわ」


 戦闘が終わって椅子ごと戻ってきた狂信者とお茶会をしているミダス。

 黄金のテーブルセットに、黄金の食器……それらが自前の能力で用意されたものなのはわかってるから、それに関しては言うことはないが……


「あ、ドレイクさんも飲みますか?」


「いや待てや。ていうか狂信者、お前もつっこんだらどうなんだ。戦闘中からずっと御茶会(その状態)なのはおかしいだろ」


「ドレイクさん、正確には戦闘前からです。ミダスさんが紅茶を入れ終えて一服を始めた辺りでこのポイントへ到着してましたから」


「いやフォローになってないだろそれ! 結局、戦闘中ずっと一服してたってことだよな!?」


 俺のツッコミに反論するでもなく狂信者用の紅茶を淹れるミダス。


 この『共演者』は能力的に周囲を『黄金』で囲んだ状態であればそれがどんな形をしていようが『臨戦態勢』として機能する。それはわかっている。

 もし仮に今ここで奇襲を受けようと、ミダスは立ち上がることすらなく対応できるはずだ。


 だが、それはそれとして戦場でティータイムに興じているというのは図太いというか信じられないというか……


「……ドレイクさん。もしや、私のことを勘違いしておりませんか? もしそうなら心外ですわ」


「…………」


「私が戦闘に不真面目で退屈だから、こうして暇潰しにティータイムに興じていると。もしそう思っているのなら、大きな誤解ですわ」


「じゃあ、なんなんだよ?」


 俺の問いかけに、ティーカップを置いたミダスは一呼吸置いて、目をカッと開いてこちらを見返した。


「私はただ! これから一服しようと思ったタイミングで戦闘が始まってしまって参戦のタイミングを逃してしまっただけです! 正直言って気まずいしかなり申し訳なく思っています、今現在!」


 清々しいくらいに真っ直ぐな言葉だった。

 というか、よく見れば若干冷や汗までかいていた。


「いやそれなら始める時間を調節しろや! 移動のペースを決めてるのもお前だし湧き出しのポイントは大体わかってるんだからできるだろ!?」


「あっ!」


「ガチのうっかりって反応やめろや! というか紅茶なんて一回置いとけばいいだろうが!」


「一度始めたティータイムを中断するのはなんか嫌なんです! というか、私別にいなくても勝てそうだったし、とっておきのハーブティーなのに一番美味しいタイミングを逃したくなかったんです!!」


「うーむ、私は紅茶の良し悪しとかよくわからないのですが、このお菓子は美味しいですね。後でテーレさんにも教えてあげたいのでどこで買ったものか教えてもらっても?」


「こいつはこいつでお茶会楽しんでんな!?」


 狂信者と、ミダスの女王。

 このパーティーの中でもマイペース過ぎるというか、ナチュラルに我が強い。

 緊張感がないというか、戦場で落ち着きすぎている……それでいて、それが許されるだけの実力を示しているから文句が言いにくいんだが……


「ドレイクさんも飲みます? 疲れが取れそうな味ですよ?」


 言われて、ティーポットの側に置かれた茶葉の袋を見る。

 それは見たことのある転生者の名前が生産者として書かれているもの……疲労回復・消耗低下のための薬草入りハーブティー、『トラナ』の名産品だった。


 定住している転生者の数が飛び抜けて多いので有名なのは美の女神の第二聖地『ピークドット』だが、第二位冒険者の特別自治区である『トラナ』も転生者や引退したベテラン冒険者の数はかなり多い。


 この茶葉も、転生者の能力を利用して造られた効用の高い特製品。

 こういった強力なアイテムを支給できるのも多数の転生者を抱え込んでる都市の強みだ。


 言うまでもなく、狂信者とミダスは消耗を抑えるべきこの攻略作戦の要。

 その二人がこうしてハーブティーを分け合って回復に徹するのは合理的といえば合理的だ。絵面は気が抜けるものになっているが。

 そう考えれば、強く注意するのも気が引けてくる。


「ふむ……まあ、なにはともあれもうすぐ次の休憩ポイントでしょう? ドレイクさん、ミダスさん。お二人は王都で一緒の戦場を戦っていたようですが、意外と交流はなかった様子。であれば、ここで一つ改めてお話してみるのはいかがですか? 丁度、紅茶も後一杯分はありそうですし」


 狂信者は俺とミダスの間の微妙な空気を感じ取ったのか、最後に茶菓子をもう一つ取って椅子ごと浮遊するように踵を返す。


「『知っているつもりになっている』というのは『知らないことを知っている』という状態よりも無知であり、知るべきものをより深く知る機会を失いがちになるもの。ドレイクさんはパーティーリーダーなのですから、采配のためにも味方のことは知っておいて損はないでしょう? 私も、ターレさんとはそろそろちゃんと話しておきましょうかね」


 そう言って、通路開通のための儀式を進めるアオザクラを手伝うターレの方へと移動していく狂信者。

 やつは、途中で軽く振り返りながら俺たちに向けて言った。


「『話し合える』というのは、それだけで得難い経験です。自分を変えられるものは存外、自分の外にしかなかったりするのですから」




 残された俺たちの間に短い沈黙が流れる。

 狂信者に言われてというわけじゃないが……俺自身も、戦闘での消耗を回復する機会を逃すよりは希少な回復アイテムを共有するべきだと判断して、ティーポットに残ったハーブティーを口にする。


 貴族なんかに変装するときのために紅茶の良し悪しも多少は分かる程度の教養は身につけているが……確かに、いい茶葉だ。


「……というか、よくこんなの持ってたな。王都での戦いで使わなかったのか?」


「……当然、使っていましたよ。元々、虎井様から『共演者』全員へ支給されている茶葉ですが、これは王都の仲間たちが残り僅かな支給品を分けてくれたものです。私は燃費が悪い……というよりも、小技が少々苦手なので。いつでも大技が使えるように回復手段は優先したほうがいいと」


 とっておきのハーブティー……貴重な茶葉。

 本拠地のトラナには大量の在庫があるとしても、戦地に携帯していける物資は限られている。

 王都の『共演者(アクターズ)』にとっては重要な物資配分、それも長期の籠城戦を経た上での再配分の結果と考えれば、その価値は重いものだろう。


「小技が苦手? 確かに、王都じゃデカい黄金像になったり投石機に変身したり大技をよく使ってたが……液体になって回避したり触れた相手を一瞬で黄金にしたりとかもできただろ? あれは『小技が得意』にはならないのか?」


 少なくとも、似た能力の転生者の基準で言えばかなりの練度が要求されるはずだ。

 普通の人間には不可能な変形回避、『触れれば即死』の接触技。

 普通の転生者なら、その二つだけでも十分に『小技が得意』の部類に入る。それ加えて、こうしてティーセットみたいな小物やバリケードも即座に作り出せるのはなかなかに多芸だ。


「まだまだですわ。元々、私の能力は『黄金像であること』だけですから。父上であれば戦場内の敵だけを黄金化させることもできたと思いますが」


「父上?」


 『共演者』は第二位冒険者『虎井祢子』の従者、それもリソース消費で追加生成されて増えるタイプだ。


 言うまでもなく、元がこの世界で男女から生まれた子供ってわけじゃない。その『共演者』が『父親』の話をするのは違和感があった。

 だが、『ミダスの女王』はもったいぶることもなく、俺の疑問に答える。


「『ロバの耳の王』にも登場する『黄金のミダス王』。私の父上ですわ。私は本来、その添え物……『絵本』の中で、父上が誤って黄金に変えてしまった姫の黄金像でしたから。本来の『共演者』は父上ですわ」


「黄金像……じゃあ……」


「父上は、私を黄金に変えてしまったことを悔やみ続けていました。そして、この世界で『共演者』としての生を、物語の続きの時間を得てからも私を元に戻す手段を虎井様と探し続け……見つけたのです。『手で触れたあらゆるものを黄金に変える』という能力を持つ父上自身が内包する『自分自身は黄金にしない』という能力(呪い)を私に譲り渡すという方法を」


「…………親から子への『継承』か?」


「ええ。親の因果が子に報い……とも言いますか。父上は虎井様に嘆願して儀式を行い、私を『ミダスの姫』から『ミダスの女王』へと即位させることで自らの能力(呪い)まで含めた全てを引き継ぎ、消滅しました。この耳も、この手も、その時に受け継いだ要素です」


 『ロバの耳』を『金糸の手袋』に覆われた手で撫でるミダス。

 小さな異形、無闇に黄金化を振り撒かないようにするため直接物に触れられない手。

 それらは、確かに『呪い』でもあった。


「しかし、私の本質はやはり『触れたものを黄金化させる』よりも『自らが黄金像である』という側面が強いらしく、父上と同じように戦うことはできませんでした。なので、『黄金像』としての形態を拡張する方向性で能力を鍛えました。未だに、小細工が多少上手くなったところで父上の強さには届きませんが」


 『触れたものを黄金化させる能力』で増やした黄金を自分自身と一体化させることで自由に形状を変化させる応用性の高さは、十分にミダスの強みだ。

 だが、本人の感覚としては自身の能力を『父親を超えた』と思える域にはないらしい。


 使える能力の種類が『黄金に変えるだけ』の父親よりも多いとしても、上位互換とは呼べない……転生者の能力には練度や出力次第で単一効果の使い手が上位互換のはずの複合能力者を圧倒する場合もある。

 それは『共演者』でも同じことが言えるのだろう。


 だが……


「その父上……一応は、先代ってことでいいのか? 先代の『ミダス王』はそんなに強かったのか? 王都でも何度も戦いを見たが、お前だって『共演者』の中でも強い方だろ?」


「私は『大雑把』ですので、味方のサポートあってこそです。けれど、父上は……力場(エネルギー)や空気ですらも黄金化させられた父上は、『終末の騎士(エンダーイヤー)』との戦いでも、『黒鐘の魔神像』を相手にした決戦において大いに活躍したと聞いています」


 『終末の騎士』。

 俺自身の手首を、ヨハネの腕環を見る。


 『黒鐘の魔神像』……こいつの真体。

 異世界の未来から流れてきたという、人の手に余る『科学の神域』に触れた結果。


 近代で最大の殺人数を誇る転生者『終末の騎士』にそれを実現できてしまう力を与えたのは、今も王都で戦っているこいつの本体だ。


「そういえば、『終末の騎士』を倒したのは虎井祢子だったな。認定はかなり後になってからだったが」


「はい、一応は……当時の『共演者』全てが参戦した総力戦です。虎井様にとっての切り札である『煙の魔人(ジン)』の限られた奥の手たる『三つの願い』を切った戦いでもある」


 虎井祢子の転生特典は従者使役型であると同時にリソース蓄積型……人生経験の積み重ねによって強くなる転生者でもある。

 それを考えれば、三十年以上前にもなる『終末の騎士』との戦いでは今ほどの、第二位冒険者の強さそのままではないだろう。


 だが……『転生特典が時間と共に強くなる転生者』であっても、その過去が『弱い転生者』だったとは限らない。


 実際、狂信者みたく転生特典関係なく戦って強い転生者もいる。

 あいつも、まだ転生してきてから数年と経っていないのに並みの転生者を圧倒できる異常な実力者だが、それが歴史上で唯一の例外というわけでもない。。


 後に大物になるやつは、最初から光るものがある。

 たとえ、降臨からたった数年の時点だろうと、自分のスタイルや能力の扱いを完成させることはできる。


 今の虎井祢子は中央政府の要所を守るために多数の『共演者』を派遣しているが、それだけの『数』に至る前だとしても、個々の『質』は十分に高かったのだろう。


 少なくとも、当時の『共演者』の中には今俺の目の前にいる『ミダスの女王』よりも強い『ミダス王』や、それと一緒に戦うレベルの『共演者』がいたのは間違いない。

 何せ、虎井祢子は当時の転生者たちですらほとんどが討伐に失敗して返り討ちにされた『終末の騎士』を最終的に仕留めた転生者なのだから。


「『終末の騎士』に『黒鐘の魔神像』か……」


 ヨハネは未だに俺との契約を諦めてはいない。

 こいつは、同胞と共に戦場を舞うこと……つまりは、その力を開放して戦うことだけが望みだとは言うが……


「……ミダス、もしも、もう一度『終末の騎士』と『黒鐘の魔神像』が暴れ出したら止められるか?」


 リスクが大きすぎる。

 負の実績がありすぎる。

 この社会崩壊寸前の状態で、第二の『終末の騎士』の出現なんてリスクはそう簡単に冒せない。


 だが、もしも一度はその討伐を成功させた『共演者(アクターズ)』が……その攻略法を確立させているのなら、保険にはなるかもしれない。

 そう思ったが……


「……当時は、何よりも『竹取の大翁』がいたからこそなんとかなりましたが、翁はもういません。私自身が直接戦ったことはありませんが、例えば『今、ここで』という話ならおそらくライラック様や他のみなさんの力を合わせても、打倒は難しいでしょうね」


「そうか……まあ、そうだろうな。『終末の騎士』に、これさえわかれば誰でも倒せるなんて強さのタネが見つかった記録なんてない。わかってたよ」


「しかし……そうですね。『終末の騎士』と呼ばれた彼は、実のところ『黒鐘の魔神像』に釣り合っていなかった。いえ、認められていなかったとも聞きます。あなたの求める『活路』があるとすれば、そこでしょうね」


「それは……」


「当時を知る帽子屋(マッドハッター)曰く、彼は能力を用いて無理やり魔神像の力を使っていただけだったと。もしも……その魔神像の側から既に素質を認められているあなたであれば、話は別かもしれません」


「より大きな脅威になる、って意味か?」


「あるいは……『魔神像の力に呑まれずに、正しく扱うことができる』という可能性も、十分にあるかと」


 それは、俺自身があまり考えなかった可能性だ。

 籠城戦の中、リスクの高い希望的観測に思考を巡らせすぎるのは極限状態が続いた時に魔が差す危険があるからだ。


 力に呑まれずに、正しく扱うことができる……歴史に刻まれるほど大きな力を『脅威』ではなく、頼れる『戦力』として有効活用できる。

 もし、それが本当であれば、今まさに一番欲しいものだ。


「それから、帽子屋は言っていました。あの魔神像は、本来『転生者』とは相容れない……『世界の外から現れた存在』に対して反発するものだと」


 ミダスは、続けて語る。


「あれは、私たち『共演者』と同じ『物語』を持つ者……それも、純粋で強力で普遍的な、『世界を守ろうとする願いの物語』そのものであると。だからこそ、転生者であり、世界を壊そうとする願いを持った『終末の騎士』はその力の表層しか扱うことができなかった」


「…………」


「物語は、読み手によって意味を変えるものです」


 また一口、ハーブティーを口にするミダス。

 茶菓子を一つ摘み取り、口に運ぶ前に小さく指先で弄ぶ。


「『台座に刺さった聖剣』は、読み手によって兵器になり、権力になり、使命になり、理想になり、誇りになる。それを抜くことから始まる物語は、その読み手の語りによって戦争の物語になり、政争の物語になり、奇跡の物語になり、英雄の物語になり、騎士道の物語になる」


「…………」


「無理に聖剣を抜いた『終末の騎士』が語ったのは、『破壊の物語』だったかもしれない。けれど、あなたが剣を抜くのなら、その意味はあなたが決めるべきものになる。その物語が何を語るものなのかは、あなたが決めるべきものとなる」


 ミダスは、茶菓子を口に入れた。

 その甘さをゆっくりと味わいながら、俺を見据える。


「物語はそこにあるだけでは意味がないのです。誰かに読まれ、想われ、憧れられ、回想され……その人生を振り返った時に語るべき『共演者』となることで、私たちは現世の人と同じ存在価値を持つ。だからこそ、それが錯覚のようなものだとしても、『共演者(私たち)』は産声を上げて生まれたあなたたちと同じように愛され、力を得る」


「愛されて得た力……こいつも、ヨハネもそうだと?」


「おそらくは……長く、確かな力を持って語り継がれる物語は、決して悪意や憎しみだけで織りなされてはいない。だからこそ、世代を越えて人と共に在れるのです」


「…………」


「私も、大切な人を先の戦いで失い、目の前の敵に怒りをぶつけていました。しかし……散々八つ当たりしてみて思ったことは、やはり『自分には合わない』ということだけ。長い時間の中で『ミダス王』の物語に何かを感じてきた人々、虎井様、そして父上……その誰も、私にそんな怨讐に染まった姿は望まなかった」


「…………」


「『実在』したかもわからない、『己の手で娘を黄金に変えてしまったミダスの王』も、いつかの世で、どこか別の世界で、愛娘が幸せになる未来を願っていた。だからこそ、『共演者』としての父上は私に全てを渡した……そして、私はその愛を無視して歪むことはできなかった」


 マイペースな、黄金の女王。

 戦場であってもティータイムを続けられる程に、憎しみや敵意に傾かない『共演者』。

 その振る舞いは、ある意味では『お伽噺の中の女王』にふさわしいものにも見えた。


「結局のところ、『物語』から生まれた存在は『原典』の受けた願いを捨てることなどできないのですよ。きっと、それこそが年月の中で先達たちが私たちを『次の世代』へ託そうと思った理由なのですから……それは、あなたも一緒ではないですか? 『私掠怪盗』……『転生者殺しの義賊』、ドレイクさん」


「…………俺は、違うだろ。俺は復讐のために『転生者殺し』になったんだ」


「違いませんよ。あなたも、本当は『自分には合わない』とわかっていたから、『無軌道な殺戮者』ではなく『ガロム王室直属の武装工作員(ヒーロー)』としての戦いを選んだのでしょう? たとえ、血に塗れた勲章だとしても、『無法な転生者』に脅える人々に少しでも安心を与えられるように」


 ヒーロー……ありふれた言葉のはずなのに、それは初めて聞いたかのように感じた。

 そして……一度だって、誰だって、本人だってそんなふうに表現したことはないはずなのに。

 俺の脳裏に浮かんだのは、血の繋がらない父の笑顔だった。


「『転生者』から見れば『転生者殺し』とは直視するのも恐ろしい、血濡れの表紙で飾られた禁書のようなもの。それは、かつて多くの血を浴びた『黒鐘の魔神像』も同じことかもしれません」


 ミダスは残りの……二つの茶菓子が乗った皿を俺の前に押し出す。

 俺と、そして、『もう一人』の分だというように。


「願わくば、その腕環(ブレスレット)に秘められた物語を読んであげてください。物語として、どんな視線を向けられていようが、表面(表紙)しか見てもらえないのは……物言わず、語りかけることもできず、見ていることしかできない事ほど歯痒いことは他にありませんから」


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[一言] 最強クラスの人の能力が明らかになってきたり、底見せてるようで見えない展開ワクワクする。
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