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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十五章:『無勢』の犯抗

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番外編:家出勇者の独り立ち③

side フィフス・ブレイブ


「勘違いしないでくださいね! 今は休眠明けで力が出なかったんです! 万全ならあんな不細工なのに負けませんから、本当に! 一瞬で苗床です!」


 目の前で言い訳のようにそう言って頬を膨らませながら槙島からもらったガリの実をボリボリ食べているのは、さっきまで『羽毛の生えた大蛇』の姿をしていた幼女。


 『ドラゴンは人間の姿にもなれる』というのは、わりと有名な話だが、実際にそれを目にするの初めてだった。

 聞いていた変身方法とは違うらしく、ドラゴン形態での傷は人間形態に引き継がれていないらしいが、それ以前に弱体化していたというのは本当のようで元気な割には不健康なやつれ方をしている。


「シィシィシィちゃん、だったな……いや、ドラゴンなら歳上だったりするか? さっきのは、縄張り争い的なやつ……じゃないよな。ここら辺にドラゴンが住んでるとか聞いたことないし」


「住んでるっていうか、休眠してたんですよ。この辺りに研究所を持ってたんです。秘密の研究所なので知られてないのも無理ないですけど。研究所が襲撃を受けて軽く三十年くらい死んでました。で、最近目覚めたら機材とかほとんど駄目になってたんですよ。ほんっと、獅子王丸のやつ……」


「獅子王丸? それに、三十年くらい前って……もしかして、ガロム王家の相続争いの時か?」


「知りませんよ、いきなりでしたし。私が眠ってる間にあの事件にどんな名前や意味が付いたのかなんて。ていうか、また王様変わったんですか?」


「あ、それも知らないのね……」


 槙島には窮地を助けられたからか、あるいはガリの実をもらったからか。

 シィシィシィを名乗るドラゴン幼女は特に隠し立てする様子もなく情報を吐き出す。


「ていうか、本当に最近目覚めたばっかりにしろ、そんな世情を調べるより先に『怪鳥(あれ)』と戦ってたのは、バッタリ出くわして敵対しちゃったみたいな感じか?」


「……いいえ、違います。戦いになるってわかってたらもっと身体を万全にしてから来てますよ。私はただ、『想願鏡(アナザーズ)』を回収しに来ただけです」


「『想願鏡』を……回収?」


「三十年前は私が持ってたんですよ、あれ。なのに隠し場所から盗まれてるし、その時に付けておいた発信機(トレーサー)を追って行ったらなんか不細工なやつの体内から反応がしてるし。実力行使で取り出してやろうとしたら思ったより強いし」


 『想願鏡』はどこかの好事家の宝物庫から出てきたものかと思っていたが、実際はこのドラゴン幼女のが所有していたものらしい。

 確かにドラゴンが財宝や秘宝の類を蒐集しているというのは絵物語なら定番ではあるが……


「まったく。研究所を立て直すにも、まずあれがないとダメになった機材が補充できないし、あれなしで修理するなら滅茶苦茶手間もお金も必要になるし……ホント、困りものです」


「おい、ちょっと待ってくれ。『想願鏡』って物品を出すのに人間を代償にするんじゃなかったか? つまり……」


「心配されなくても、奴隷を生け贄に……なんて前時代的(アナログ)なことやりませんよ。また大天使に睨まれるのも嫌ですし」


 そう言って、シィシィシィは最後のガリの実を口に放り込んで音を立てながら噛み砕く。


「あれ、一定の観測能力さえあれば人間じゃなくても代用できますし。そこら辺のネズミでもちゃちゃっと弄れば十分です。あなたたちの技術じゃまだ千年くらいは無理でしょうけど」


 自分にとってはなんでもないことのように、簡単に言ってのけるシィシィシィ。


 神器や転生特典でも人間を『生け贄』にして大きな力を発揮する能力は多い。

 大昔には特に強大な力を人間が安易に使わないように神々が力を与える代表として生け贄を求める事があった名残とも言われるが、『人間の命』は擬似権能の類を通して捧げる消費リソースとしては最高品質扱いだ。


 生け贄という意味では邪道なのだろうが、シィシィシィが自前の技術でそれを踏み倒せるのは強い。

 だが……


「なるほど、シィさんにとって『想願鏡』は能力とのシナジーが高くて便利な神器だったわけね。それで、それを拾って悪用してる転生者から取り返そうと奇襲したら返り討ちにされたと」


「くっ、獅子王丸にやられたダメージが完治していれば……でも、治すために機材が必要で、前の機材はほとんど壊されちゃったし機材を直すお金もないから『想願鏡』がないとダメで……」


「で、その『想願鏡』を手に入れようにも持ってるやつが強すぎると」


 つまりは、専用装備系の転生特典を奪われて無力化された転生者と同じようなジレンマに陥っているらしい。

 ドラゴン形態にはなれるのだから全くの無力ではないのだろうが、一番必要なものを持ってる相手に勝てないのでは思うように動けないという状態だろう。


 なまじ、専用装備の在り処が見えてしまっているだけに余計に他へ方針転換するわけにもいかない。


「……はあ、もうこれしかありませんか。転生者さん……槙島さん、でしたっけ。協力しましょう、というか協力してください。なんだったら機材さえ補充できたら『想願鏡』はあげてもいいですし」


「え、いいの? こっちとしてはかなり助かるけど」


「あれ、便利は便利だけどちゃんと使おうとすると神経削るんですよ。変に多用して雑に起動するといきなりとんでもない物が出てきたりするし。対処できる『団員(フリークス)』がいない状態で抱えてると絶対面倒なことになる気しかしないし」


 コストを無視できるこのドラゴン幼女にとっても『想願鏡』の使用がギャンブルであることは変わらないらしい。

 というか……


「『団員(フリークス)』……? シィシィシィ。もしかして、お前は……『擬人化奇術芸団(サーカシーズ)』、元第九位か?」


「あ、まだ言ってませんでしたっけ。そうですよ、あの大天使に脅されてイヤイヤやってただけですけど。さすがにうちの団員(フリークス)たちも三十年経ってたらみんな寿命か現役引退してる頃でしょうし、技術力はともかく戦力はあの頃から程遠いですけど」


 あっけらかんとしてそう言うドラゴン幼女。

 三十年前に獅子王丸に襲撃されて活動が確認できなくなったという当時の第九位冒険者の情報とも合致する。


 人格的に信頼できる……というのは本人が好きで第九位冒険者の位置にいたわけではないから違うかもしれないが、人類を嫌っていたりわざわざ敵対したりという気配が見られないのには納得できる。


 貴重な神器を渡していいというのも、本当に必要になれば交渉で引き出せる場所に預ける程度の意味合いなのだろう。

 同時に、その前に自分が機材を補充するのに使うというのを隠し立てすることもなく宣言したのも、『擬人化奇術芸団(サーカシーズ)』が人類社会に貢献する働きをしていたことを踏まえれば悪用や個人使用というよりも社会貢献再開のための行為だと悪意なく示しているだけ。やましいところがない証明だろう。


「ともかく、協力体制を取るのは悪い話じゃないはずですよ。あの不細工に取り込まれてる人間たちを助けたいんだったら、味方にわたしがいて損はないですよ。『想願鏡』の場所も正確にわかりますし」


「シィさん、その機材やらを出す前に助けられるのか? タイミング次第じゃ……」


「半同化状態で生命力を絞り取られてるだけでしょう? それくらい、別に新開発しなくても体内ストックの医療胞子でこと足りますよ。完全に死んでなければどんなに衰弱しててもなんとかなりますよ」


「そりゃ助かる。つまりこっちは、単純にあれを倒して要救助者を引っ張り出せればいいって話だ。そこはこっちでなんとかするから、その後の処置は全面的に頼んでいいかい?」


「やってあげなきゃマズいってことくらいはわかりますよ。あなた、明らかに前衛戦闘職って感じだし……大天使に目を付けられてるから助けられる時には人助けしておかないとヤバいんですよこっちは。これスルーして休眠中までサボり扱いされたりしたら困るし」


「よし、決定だ。それじゃ、即席パーティーだな。よろしく」


「はい、こちらこそ。ちゃっちゃと済ませちゃいましょう」


 勝手に話を進めていく槙島とシィシィシィ。

 諦めるしかないかもしれないと思っていた村人たちを救うスキルを持った元一桁冒険者がパーティー入りしたことで、敵を前に足踏みする気がなくなった。

 どちらもやることが決まれば行動するのは早いタイプらしい。


 しかし、この流れは……


「わ、私は誰も……」


「そういえば、冒険者ランキングはいくつですか?」


 私の言葉も聞かずにそう問いかけてくるシィシィシィ。

 槙島は特に隠す様子もなくそれに答える。


「一応、最終的には十七位まで行ったっけな。だが、最近は軍都の『守り手』として前線からは離れてるからもう何年も前の話だ。実力の目安としての話ならその分は下方修正して考えてくれ」


「ふーん、あなたで十七位……まあ、そんなところですか。前線から離れてるってわりにはちゃんと鍛えてるタイプですね」


「まあ、周りが軍人ばっかりでだらけてられないからな。俺の戦闘スタイルだと、能力にお任せってわけにもいかないし」


「……今は、十位だ。一応は。冒険者としての籍を持ってるというだけだが」


 一応、流れで私も答えた。

 私は実質的にガロム正規軍の特殊技能兵ではあるが、活動の円滑化のために籍を置いている冒険者ギルドのランキングでは、第十位の上位冒険者ということになっている。

 戦力として数えられたくなかったからあまり言いたくはなかったが。


「……? そうですか。お二人は師弟か何かなんですか?」


「いいや、そういうわけじゃないんだが……」


「まあ、いいです。別にそんな興味もないし。わたしは第九位です。『元第九位』になってるみたいですけど。一番偉いのはやっぱりわたしですね」


「じゃあ、順位が上のシィさんがパーティーのリーダーってことでいいかい?」


「……偉いのはわたしですけど、本来は工房に引きこもる超々後衛型なので。現場の動きは前衛型に任せます。適材適所で」


 つまり……


「はあ、やっぱり私か……」


「じゃ、俺がリーダーってことか」


「ん?」


「はい、槙島リーダー。基本の方針は『命を大事に』でお願いします!」


「了解、元第九位冒険者殿! じゃ、軽く作戦立てたらサクッと解決しちまおうか。あっちが回復して変な自己強化とかしてこない内に」


 おかしい。

 まるで私をいない者のように扱ったまま普通に話が進んでいる。

 聞こえてくる作戦も私の動きを計算に入れていない感じしかしない。

 もしかして、この二人……


「敵が予想以上に強かったり奥の手を持ってたりしたらどうします?」

「そんときゃとにかく逃げの一手だ。囚われてる村人には悪いが一度退いて援軍を要請しよう」


 ……正規勇者()の実力を何か勘違いしてるんじゃないか?




 結局、私には『いざとなったら俺の能力で逃げるから、勇者ちゃんはシィさんの側で待機! 両手で抱えやすいようにね!』 というポジションとも言えないような配置が指示されるだけで、作戦行動は進んだ。


 シィシィシィの改造キノコを寄生させた小動物による索敵と、『想願鏡』の位置情報からの敵の本拠地の確定。

 さらに、槙島の能力による移動補助。

 時折、私が事前に刻んでいた結界について確認されることはあったが、それ以外で私のスキルを頼ってくることもなく、私はまるで護衛対象のように運ばれるだけだった。


 そして……


「あの洞窟だな……なるほど、あんまりにも金塊やらなんやらが奥に詰め込まれてるから入口から輝きが漏れてるぜ。『想願鏡』で出したんだろうが……そのせいで、逆に身動きが取れなくなっちまってるわけだ。今の姿じゃろくに買い物すらできないってのに」


 特に問題なく、私を頼ることもなくコロンブスの潜む洞窟へと到達してしまった。

 どうしてもと頼られた時のことを考えて状況に応じて使えるスキルを考えていたが、結局出番のないまま。肩透かしもいいところだ。


「収納能力の応用でサイズがちょっと縮んでますね。外からでも見えなくはないですけど……」


「ああ、わりかし深いし狭いな。俺が狙撃メインのタイプだったら外からでも攻撃できたが……これは中に入るしかないか。外まで誘い出せたら後は楽なんだが……」


「さっきの『怪獣アタック』を警戒してるんじゃないですか? あのサイズも洞窟の中で戦いやすいようにでしょうし」


「ま、そうだろうな。さすがに怪物みたいな外見になっても知性がないわけじゃないだろうし、安易な誘い出しは難しいか」


「外から洞窟を崩落させようとしたらいつでも飛び出て来られるくらいの深さで陣取ってるのが素人らしい警戒心と臆病さって感じですね。プロなら私たちが来る前に最低限の陣地作成くらいはしてる所を、逃げるでも引っ込むでもなくどっちつかずのまま待ち構えてるってところが特に」


「だが、その臆病さの分だけ無防備からは程遠いな。普通ならあっちが集中力切らすまで待ちたいが……『人質』がいるならそれは悪手か」


 そう言って、改めて戦闘用の仮面を付ける槙島。

 一気に五枚のカードを出現させ、それを靴裏に一体化させたボードに連続でスラッシュする。


「じゃ、打ち合わせ通りに援護頼むぜ。それと、勇者ちゃんもな」


「はい、前衛はお願いします」


「…………」


 シィシィシィの返答にサムズアップを返して茂みを飛び出し、洞窟の中からも見える開けた場所へ立つ槙島。

 敵ははっきりと視認した槙島の姿に怪音を上げる。


『クェェエエエエ!!』


「おいおい、あんたも『人間』だろ? いい加減そんな怪物ごっこやめて言葉使おうぜ! うおっ!?」


 槙島が回避行動を取ると同時に、その手前の地面が大砲を受けたかのように弾け飛ぶ。

 雄叫びに込められた波動の砲弾。

 命中精度は低いが、威力そのものは下手に受けていいものではない。


「やっぱりあるよな、そういう技! 洞窟に引き籠もるにしろ、その深さはそういう技があるからこその位置取りだ! だが、それでも素人臭さが抜けてねえぜあんたは!」


 洞窟へ向かって駆ける槙島。

 その周囲を一緒に疾駆するのは、寄生キノコを生やされた小動物の群れ。

 怪鳥(コロンブス)は接近してくる敵を一掃しようとまた波動を放とうとする。

 だが……


『クェェエエエエ!! クェッ!? ゴホッ、ゲホ!? ガバッ!!」


 咳込み、暴発する。

 目に見える小動物の群れよりも先行した『見えない胞子』の毒が、『見えない砲撃』を抑止する。

 そうなれば、後は接近戦。


「悪いが、あんたが『怪物的に強い』ってのはわかってる。あんまり加減できないぜ」


 目潰し、粘着、潤滑液、菌糸の束縛。

 寄生された小動物の群れがそれぞれに行動阻害(デバフ)の要素を詰め込んだ爆弾として特攻するが、それでも……


『グェェエエエエ!!』


 相手は『魔王の力』を抱え、使役獣と融合した転生者の成れ果て。

 こんな山奥の村人たちだろうと、奪い取った力を合わせて使役獣の器で振るえばドラゴンを殴り倒せる膂力になる。


 相手が普通の人間の兵士くらいであれば、戦闘技術なんて関係なく雑な大振りの一薙で一掃できてしまう怪物の一撃。

 転生者であっても、それは十分に致命傷になり得るものだ。


 だが……


『ソード・スウィング!!』

『ファスト・アロー!!』

『ラックガーン!!』

『フレイム・カノン!!』

『ゲートシールド・バッシュ!!』


「はっ、ほっ、てりゃあっ!!」


 『当たれば負けの素人技』を『掠りもせずかわせる』からこその元十七位冒険者。

 『運動を観測した物体に乗る』という単純な能力を、一発芸ではなく一芸として実用できるレベルまで使い熟す軍都の守り手。


 『達人の振るう剣』の運動に乗った、鋼鉄すらも斬り裂くような蹴り。

 『弩弓から放たれた矢』の運動に乗った、前兆なしの超加速。

 『岩壁からの大落石』の運動に乗った、質量騙しの圧し潰し。

 『魔法使い渾身の火炎弾』の運動に乗った、燃えて爆発する飛び蹴り。

 『勢いよく閉まる瞬間の城門』の運動に乗った、短距離大運動量の城門()バッシュ。


 戦闘の中で秒すら数えず能力が切り替わる。

 単なる『蹴り技』が斬撃になり、瞬間加速になり、破壊的な災害になり、魔法攻撃になり、鉄壁になる。


 能力を使い熟せていない新米転生者なら、最初に見せたような突撃くらいにしか使えない能力。

 身体強化系の転生特典では真似できない戦法の多彩さ。


 『ある一種類の技を放てるだけ』という単純な能力を、自分自身のスキルで活かし、応用技を研究続けたベテラン転生者だからこその戦い方。


 『騎乗戦士(オールライダー)』という異名の由来となった戦闘技術だ。

 怪物的な身体能力を手に入れたからと言って、戦闘慣れしていない生産系転生者が対応できるものじゃない。

 だが……


『グ、グ、グゥェエエエエエッ!!』


 相手は単なる怪物ではなく、仮にも『魔王の力』を取り込んだ転生者。

 自由に使い熟せていないものだとしても、暴発だけで十分な危険物だ。


 発せられる『萎縮』のプレッシャー。

 私の刻んだ結界に妨げられて無視できる強度まで弱められていた対人効果を劣勢の中で強引に励起して、槙島の力を吸い上げる。


「くっ! ぐおっ!?」


 動きが重くなった瞬間を狙って叩きつけられた怪鳥の巨体。

 技術もセンスもないタックルの出来損ないのような打撃だが、膂力は怪物のそれ。


「グフッ」


 洞窟の奥へと吹き飛ばされ、財宝の山へ激突する槙島。

 防御性能自体は低い『騎乗戦士(オールライダー)』の弱点を補う専用防具のおかげで戦闘不能は回避しているが、ダメージは小さくない。


「はあ……ここらが頃合いか」


 ……思わずそう口にしてしまったのは、槙島でもシィシィシィでもなく私。


 自分に呆れながら軽く嘆息して、いつでも装備できるようにしていた槍を手にする。

 加勢のサインなどは出ていないが、そもそも決めていないのだから自己判断でも文句は言われないだろう。


「やはり転生者一人に魔王の力は荷が重い。仕方がないから、ここは私が……」


 私が渋々戦場入りしようと茂みから身を乗り出すと……



「チッ、チッ、チッ。横槍はいらねえさ、正義の味方が負けそうになって乱入したくなっちまうのはわかるが、それじゃヒーローショーは盛り上がらねえからな」



 余裕を示すように立てた指を振って、立ち上がる槙島。

 私から見て、その動作の印象よりもダメージは大きいとわかるのに、彼はそれを隠したまま胸を張り、指に挟んだカードを見せた。


「『ピンチからの逆転劇』なんて、一番盛り上がるところだろ。安心して見てな、お嬢さん」


 靴裏と一体化したボードへのカードスラッシュ。

 狭い『洞窟の奥』から、出口との間にいる怪鳥を見据えたまま、槙島の能力が発動する。


『スゥゥパァアアアー! ツッナァァァミィイイッ!!』


 洞窟の外側から見たそれは『鉄砲水』に見えた。

 銀色のサーフボードに騎乗した槙島を追うように具現化した大量の『海水』。

 天然の筒を利用して指向性を高め、元の自然現象の『再現』を遥かに越える流速で狭い空間を満たして押し流す大技。


『グェエ!? ゴボボボッ!?』


 いくら人間の力を吸い上げる魔王の力でも、大波の力を集束させた鉄砲水には踏み止まれない。

 洞窟の外まで吐き出された怪鳥は森の木々をなぎ倒しながら転げ回り、反撃も逃走な大きな隙を作った。

 そして……


「洞窟の奥の方へ飛ばしてくれて手間が省けたぜ。さっきはシィさんを巻き込むから使えなかったし、洞窟だと崩落が怖いからな。この位置なら、手加減無用だ……使わせてもらうぜ、ヒーローちゃんズ」


 鉄砲水を乗りこなして空へ舞い上がった槙島が見せる、二枚のカードを重ねたダブルスラッシュ。

 サーフボードは二つに分かれ、二人の『ドレスを着てステッキを手にした少女』の姿を朧げに形作る。


『ホワイトォォオ・ブルゥーム!』

『シャドォォオウ・タァーイム!』

『『セットアップ! マキシマァア・ドラァァイイブ!』』


『『ツウィィィン・スタァァアア・ブレイカーッ!!』』


 空中で膝を抱えて一回転し、飛び蹴りの姿勢を作る槙島。

 その背後で、ステッキを振り上げながら輪郭をはっきりさせていく少女の姿。


 青と白、赤と黒。

 対称的なカラーリングの『魔法少女』の再現像。


 転生者の中でも能力出力が頭一つ抜けた『魔法少女への変身』の能力と、それを『強化コピー』の能力で模倣した転生者の攻撃力を『同時』に蹴りに乗せるという、発動系の転生特典が出せる『必殺技』の瞬間火力としては最高レベルのコンボ。

 その光弾を足に纏い『乗る』形で再現する必殺ドロップキックだ。


「チッと痛いが、我慢しな」


『キェェエエエエエ!! グボアッ!?」


 『チュドーン』。

 そんな見事な擬音が付きそうな程に派手な爆発。

 地形が変わってクレーターとなるほどの過剰威力。


 そして……爆心地となってはじけ飛ぶ怪物の体内から飛び出す村人たち。

 本来なら、こんな大威力の攻撃を受ければ怪物ごと死んでいるはずだが、彼らに衰弱以外のダメージはない。気絶はしているが五体満足だ。


 見事にドロップキックの反動を利用した着地を決めた槙島は、計算通りの結果だったことを安堵するように一息ついて顔を上げる。


「『魔法少女は、絶対に人を殺さない』。よく助けられるぜ、この技には」


 槙島は、バラバラに散った村人たちの中、ただ一人だけ爆心地に倒れている男……『怪物』としての肉体を構成していた要素を爆散させられ人間に戻った転生者に目を向ける。


「『合金の卵を生む鵞鳥(コロンブス)』……いや、確か名前は黒峰さんだったな。痛い思いをさせて悪かった。色々としたい話はあるが、とりあえずはあんたも治療を……」


 元々戦闘ができるタイプの転生者でもなく、ましてや大技を受けてボロ布のようになった男に対して、あくまで『要救助者』に接するように配慮の意思を声音に込めながら、そっと手を差し伸べる槙島。


「ん? 黒峰さん、あんた……!」

「…………っ!」


 俯いていた転生者は、差し伸べられた手を乱暴にガシリと掴み返した。


 普通なら、魔王の力も失った非戦闘員のそんな不審な動きなど槙島にとって避けるのは容易かっただろう。

 だが、一瞬の動揺がその反応を遅らせた……俯いていた転生者の顔面が、他の村人とは違って爆発四散で消えた肉面と共に皮膚がまるごとなくなった血濡れの顔貌が、そこに浮かぶ狂気の瞳が、槙島の身体を萎縮させた。


 そして……その手の中には、怪物体が爆発四散しても決して離さなかった神器『想願鏡』があった。


「俺は、もう一度、力を手に入れて全部を取り戻すんだ……家族を、妻を……息子(イラズ)を!! あの日々を、取り戻すんだ!!」


 懐中時計に近い形状。

 神器としての本体である『鏡』に安易に手を触れないための容れ物の厳重さは、その鏡面へ安易に触れることの危険度をそのまま示すもの。


 顔面を失った転生者は、自身の容貌への驚愕と罪悪感で動きを止めた槙島の虚を突いて鏡面を叩きつけるように腕を伸ばす。

 そう……槙島を『生け贄』にするため……


「フッ!」


 『想願鏡』の放つ光が場に満ちた。

 顔面のない転生者の手と共に槍で貫かれた鏡面から。


「あっ……」


 鏡を貫いているのは、私の手から消えた槍だった。

 気付けば、無意識に槍を投げていた。


「え……なんだ、これ……」


 困惑しながら自分の手を見つめる黒峰。

 鏡の放つ光は、染み渡るようにその持ち手から転生者の全身へと広がる。

 手を貫かれた側も何が起きたのかわからないという目をしているが、その身体は光となって、問答無用で鏡の裏側に吸い込まれるように消えていく。


 最後には、持ち主を失って空中に取り残された『割れた鏡』とそれを貫く槍だけが残され、光が消えた途端に重力を思い出したように地面に落ちた。


 危うく『生け贄』にされかけた槙島は、しばしの沈黙の後、こちらへ顔を向ける。


「誰も助けないんじゃなかったっけ?」


「……本当にな」


 本当に、それしか返せる言葉が見つからなかった。





オマケ『魔法少女への取材』


Q、「ホワイト・ブルームさん。転生者との能力の撃ち合いで出力負けしたことがないとのことですが、もしも牧島氏の『ツイン・スターブレイカー』と対決することになったらどうですか?」


A、「え? 普通に連射するだけだけど?」


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― 新着の感想 ―
[一言] グラムさん被害者(になる人も含む)の会 ゲスト、シィシィシィさん 最後鏡が割れたとか重要そうだと思ったらあとがきが…… そうですよね、非殺傷故のスペックですもんね、 連射くらいできますよね…
[良い点] フィースさん助けないって言ってるのにリーダーやろうとしてて協力する気満々なの草 [一言] ユウキさんライダーっぽかったけど父もライダー要素多かった…。
[一言] ダメ人間にも愛はある、だからこそ引っかかる人がいるのである
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