第661話 女神の真意
ここから何話か、『作者が何年か前から読者の皆様からの反応を楽しみにしていたシーン』が続くので、よろしければお気軽に感想をどうぞ(^^)。
side 女神ディーレ
『量産』を司る『豊穣の女神アルファ』。
『麦穂の髪』と『脱穀機の歯車』を神体の一部に持つ、ある意味では文字通り誰よりも『機械的』な側面を持つ三大女神の一角。
畑に肥料を撒けばそれだけ収穫できる麦が増える。
性能の良い脱穀機を造ればそのたくさんの麦を加工できる。
『豊穣の女神』ではあるけれど、農業専門じゃなくてそうやって手をかければ確実な結果に繋がる……平たい言い方をすれば『かけた努力に結果がついてくる』という概念に深く繋がった工業全般にも縁深い神性。
それは、彼女の女神としての性質にも顕れている部分でもある。
シンプルに、十分な量のリソース使用を許されればそれに見合った出力で確実な仕事をする神性。
機械的に、パワフルに、淡々と。
時には無慈悲とも言えるくらいに。
「クソッ! アルファ! 離せ! 抱き上げるな!」
破壊された封印扉の奥から引っ張り出される女神アービス。
まるで重機みたいに機械的でパワフルな女神アルファに背中から抱きかかえられる形で浮いた足を暴れさせてるけど、拘束が解ける気配はない。
天界規定を執行するで追加リソースをもらってきているだけあって、単純な力比べになるとリソースをパワーに直結できるアルファさんにはさすがに勝てないのは当然といえば当然だけど……それにしたって、ちょっとこの格好は様にならないというかなんというか……
「アービスさん、それだともうまるっきり駄々をこねる子供ですよ? 少し落ち着きましょう?」
「クッ!! ディーレ!!」
ちなみに、今ここにいるのは私こと女神ディーレと女神アービス、女神アルファの三柱だけ。
他の神々は三大女神のぶつかり合いに巻き込まれても困ると退避したというか、女神アービスへの配慮として立ち退いたというか、こういう醜態を目撃して恨まれても嫌だから逃げたというか。
私はなんかもうかなり嫌われてるみたいなので関係ないですけど。
天界規定の後押しを受けてシンプルにパワーの強いアルファさんに拘束されたアービスさんは、暴れるのを諦めながら自由だったら掴みかかってきそうな剣幕で私を睨んで来る。
そして……
「ディーレ……私はお前が嫌いだ!」
叩きつけるようにそう言われた。
殺意さえ感じるレベルの鋭い視線付きだ。
「はあ……やっぱりですか。いえ、知ってますけど。私自身、万人受けするタイプとは思ってませんし」
「本当に……大っ嫌いだ!! 清純派ぶっていながら清濁を区別せず手を選べる所も! 優等生ぶっていながら異常な図太さを恥ずかしげもなく覗かせる所も! 裏で大きな影響力を持ちながら、派閥に属することなく孤立して弱小神を装っている所も!」
「あの、私そんな大物じゃないと思いますよ?」
まあ、『イメージよりも性根が太い』って所は認めますけど。
私としては性根を隠してるというよりも、一応は善神としてのイメージを壊さないように気を付けてるだけなんですけども……。
「そうやって狡猾さと強かさを隠し、弱者のように、ただの小娘のように振る舞って無垢を演じていることがゆるせない!」
文字通り食ってかかって来そうな勢い。
かなり嫌われているのは察していたけれど、ここまで真正面から言われると流石に驚いてしまう。
私が正体不明の敵意に若干引いてると……
「なのに……そんなお前に、そんなお前の幼女のような振る舞いに、主神様が、あの人が誑かされてることが赦せないんだ!」
…………。
………………。
………………はい?
「わかっている……わかっているんだ! お前を貶めても主神様の性癖が変わるわけじゃないことくらい! あからさまに育ち過ぎて成熟した私になんて興味を向けてくれないことくらい!!」
「え、あの、ちょっと、ストップで……」
「それでも、好きなんだ! たとえ、主神様が、あの人が、お前みたいなチンチクリンしか愛せない小児愛者でも!!」
「いや、本当にちょっと、待ってください?」
「本当は! 本当は……私だって理解しているんだ……あの人が主神になる前からの愛人を、わざわざ主神となってからも女神として引き上げて傍に置くほど入れ込んだ女にどれだけ無様を晒させようと、結局はお前がさらなる慰めを求め、夜な夜なあの人の腕の中で愛を受けるだけだと! それでも、ただそれを傍観し続けることに耐えられなかった! だから!!」
「あの……アービスさん。それ以上、超レアな乙女顔でピンクな妄想を垂れ流す前に、一つだけ、ほんとに一つだけ、言わせてください。あなたのためにも、今すぐに」
本当に、お互いのために。
このままだと誰も嬉しくない自爆に巻き込まれるし。
「……なんだ……勝利宣言か?」
「違います。ていうか、ほんとに違います。私と主神様、別にそういう関係じゃないです、ほんとに。というか私、ついでに言っておきますけど、ちゃんと処女神ですから誰ともそういう経験ないです。現世でも、天界でも」
それこそ、主神様に誓って。
ずっとアービスさんにペドフィリアだと思われていたらしい主神様に誓って。
「……………………嘘、だよ、な?」
「…………ちょっと今から主神様を呼んできます。私からの言葉だと信じてもらえないみたいなので。事情を話して証明してもらいますね」
「待て待て待て待て! やめろ!! 本当にやめろ!! お前、マジで言ってるのか!? マジで言ってるのか!?」
「マジで言ってますよそりゃ……だってこの馬鹿みたいな誤解を丁寧に解くのとか面倒くさそうだし……」
「おいこら! そういうところだぞお前!! 他神が真剣に悩んできた問題を『馬鹿みたいな』とかボソリとこぼすな!」
「見るからに真剣そうだからこそ、余計に『馬鹿みたいな誤解』なんですってば! ホント、よくわからないけどやたら嫌われてると思ったら……ペドフィリア扱いされた主神様にも失礼ですけど、あの人とそういう仲だと思われてた私にも失礼なので真剣に謝ってほしいですよ、ホントに」
「それはお前が主神様に失礼じゃないか!? いや、もうそれは失礼通り越して無礼じゃないか!?」
「ハッ、あの人がもっとしっかりしてくれないせいで皺寄せがこっち来てるんです。これくらいのイヤミ言っても神罰は当たりませんよ」
「鼻で笑った!? そんなにも主神様のことが……嫌いなのか? 本当に」
「別に嫌いとは言いませんけど、やれというなら踏み絵くらいは平気でやれますね。なんなら顔が掠れて見えなくなるくらい踏みしめてもいいです。というかアジム様が許可してくれるなら本人の鳩尾に不意打ちで即断即決女神キックしちゃっても特に良心は痛みませんね。サビ残後とか、一発くらい……いや、五発くらいなら」
「それは逆にどんな関係なんだ!? 嫌いじゃないならなんなんだ!?」
まあ、あの人はやたらと不滅なのが一番の取り柄だし、それくらいなら私が本気でやっても大したダメージがないからっていうのもありますけど。
五発なのも、あっちも本来の性質に合わない天界運営で未だに四苦八苦してるのを加味して、百発と言いたいところをおおまけにまけての五発です。
「どんな関係かわかりやすく言えというなら……仮にあの人が何かの間違いで愛を囁いてくるようなことがあったら気軽に『どの面下げてですか?』って返せる程度の関係ですね。もちろん笑顔で」
「むしろそれで『嫌いじゃない』って本当に何なんだ!? 何があったらそうなるんだ!?」
何があったら、と問われたら基本的には神話として知られてる通りの話に『気持ちよく永眠してたら勝手に起こされて起業に巻き込まれた挙げ句、恩返し的なニュアンスで渡されたポジションが目茶苦茶忙しいし、他の女社員からはなんかコネ入社の社長愛人みたいに思われて嫌われてる』って感じの現状が追加されるだけですけど。
可愛い天使たちに囲まれながら仕事をすること自体は楽しくないわけじゃないので悪いことばっかりとは言いませんけど、それでも文句の一つも言いたくはなりますよ……特にこんな時には。
「救えたとか救えなかったとか、赦すとか赦さないとか、そういう面倒な話は千年も前に終わってるんですよ……今はもう、そういうのが腐り落ちるほど一緒に仕事してるってだけで」
『主神様』として敬いはしても、尊敬してるわけじゃない、くらいの関係。
しょうがないから仕事してあげてるっていうか、私が下界にいた頃のあの状態から世界を変えたくて頑張ってきたのはわかってるから『嫌い』とまでは言わないけど、それでも『神様にしてくれてありがとう』とは死んでも言えない、という可能な限り言いたくないくらい苦労かけられてるし。
それに関しては恩を仇で返されてる感すらあるし。
……まあ、仕事の苦労に関しては自業自得な部分もありますけども。
最初の頃に天界の仕事を回しきれてないのを見かねて勝手に管理システムの構築とかデバッグとかに手を付け始めた私自身の自業自得みたいな部分もあるし、それを押し付けられたみたいに言うのは理不尽なのは自覚してますけども?
それにしたってシステム構築が終わっても今度は保守点検まで任されたり書類仕事まで回ってきたりで未だに仕事が減らないどころか、仕事量が増え続けてるのには文句を言ってもいいと思うんですよ。
下手に公的な問題として取り上げたら今のアービスさんみたくこういう変な逃避行動をされたら天界運営が滞って困るって、ずっと我慢させられてる側なんだから。
主神としての顔に免じてあげてる分、ストレス発散に鳩尾くらい蹴飛ばしてもあの人は文句を言わないと思うんです。
なんなら、仮にこういう不敬な態度を咎められていきなりこのポジションをクビになっても、絶対に私よりもあっちが先に困って元に戻されるだろうなって確信があってこんな態度を取れるくらいには仕事してる自覚あるし。
公私は分けるというか、他の神々とか天使の前でこういう態度を見せるとあの人の威厳とか沽券に関わるので普段だとアジム様と二人きりの時くらいしかこういう言い方はしませんけど。
さすがにあの人も、ペドフィリア疑惑がかかりっぱなしになるよりはマシでしょうし。
私の態度を見て、本当に私が口にしてる通りの感情しか持ってないことを察したのか、うなだれて落胆するアービスさん。
いろいろと嫌われてる理由を挙げてましたけど、それらも全部『そんなお前が主神様を誑かしてるからゆるせない』というのが本質だったみたいですね。
「本当に……違うのか。まさか、本当に……」
「というか、どうしてそんな勘違いを……? そんなふうに思われるようなことなんて……」
私がそう返すと、ピクリと動くアービスさんの眉。
それは、理由のない先入観のせいじゃなく、何か思い当たる節があるみたいな反応で……
「アービスさん? そう思うようなことを……誰に、言われてたんですか?」
私がそう問うと、知恵を司る戦争の女神アービスはハッとして顔を上げて、辺りを見回して叫んだ。
「待て、あいつはどこだ……あいつは今、どこにいる!?」
side シィシィシィ
『愛』というのは、一種の錯覚のパターンなのだと思う。
相手の嬉しいことは、自分のことのように嬉しい。
嫌われたら、居場所がなくなるみたいに思って不安になる。
そういう、『群れ』で生きる生物として刷り込まれた快と不快への紐付けの総称。
『群れ』という社会では近縁の存在に有益なことがあれば自分にも有益なことがある場合が多いし、群れを追い出されれば生存率が下がる。
そうやって、共生に適した反応パターンを抱くべき相手に『愛』と呼ばれるフラグを立てることで、生存率を上げるための遺伝子に組み込まれた錯覚。
種の保存に都合の良い脳内物質の分泌パターンに、言語という概念を持った種族が名前をつけただけ。物質として取り出せるものでもなければ、行動からの逆算以外で計測できるものでもない。
だから、遺伝子技士であり異種族でもあるわたしには、人間の『愛』はわからない。
フィはわたしのことを『愛人』だなんて公言して側に置いてくれてるけど、それだって互いの利害が一致してるから。
私があの街で自由に技術を使える環境を整えられるようにするための方便みたいなもの。
フィの方はわたしに恩義とか愛着みたいなものを持ってくれてるかもしれないと思うけど、わたしは都合がいいから合わせてるだけ。
『私のことはいくら詰ってくれていいけど、シィのことはあまり責めないであげて。種族が違う……生態が根本的に、繁殖方法から違うの。女の子……人間の一個体が子供を作れなくなるってことの重大さが共感できないし、理解できない。それだけなの』
……わたしには、きっと一生わからない。
わたしの種族にも、『愛』と呼ぶべきパターンの刷り込みはある。
けど、わたしたちのそれは動物のそれとは少し違って種族全体の繁栄のためにあるもの……人間の感覚で言えば、愛国心とかって表現の方が近い形なのだと思う。
同族同士でも、個体としての愛着が薄い。
私たちにとって、次の世代は『愛の結晶』じゃなく、『デザインの結果』だから。
遺伝子情報の操作ができてしまうから、個としての遺伝子を残すことに固執する必要がない。
だから、絶滅の危機に瀕しているわけでもない種族の一個体が生殖機能を失うことに大きな意味を感じられない。
ただ……さすがに、『人間』にとってはそれが大きな意味を持つ変化だったってことくらいはフィたちの反応でわかった。
感情的な話はわからないし、結局覚醒自体は成功したけれど、フィが計画していた神殿の間での同盟とか政略結婚とか、そういう話は有耶無耶になったらしい。
そのことについて、フィから責められてはいない。
テーレや、狂信者、他の誰からも……フィが何度も頼み込んだみたいで、怒られてない。
当然だと思う。
人間的な表現をすれば『どの面下げて』って話になると思うけど……わたし自身、しょうがないことだったと思う。
知らないものは知らないし、知らないことすら知らない。
この星で百年生きてたって、興味がなければ気付けないことはある。
だから、起こってしまったことはしょうがない……そう思うしかない。
けれど……
「キャッチ! ゲットです!!」
それでフィに嫌われるのは、嫌だと思った。
せめて、これを誰よりも先に掴めば……狂信者にとっては国中を駆け回ってでも手に入れたいこれを、先に掴んでしまえば。
なくなった生殖機能の代わりにはならないけれど……有耶無耶になってしまったフィの計画は、元に戻せるかもしれない。
だから、タイミングを見計らっていた。
そして……掴んだ。
「フィー!! これ……」
意地悪にはなるけど、これを欲しがっている狂信者に直接はパスしない。
それだと、交渉にならない。
私が掴んで、フィに渡して、フィから狂信者に渡してもらうことに意味がある。
だから今は、他の誰にも取られないように気を付けて、これをフィに渡す。
そうすれば……
「シィさん!! グッ!?」
短い悲鳴……狂信者の?
いや、それよりも……さっきまで真下にいたはずなのに見当たらない。
「フィー! あれ、どこに……」
不意に、時間がゆっくりになったように感じた。
不自然な突風。銀の一閃。勇者の飛行法? 正体がバレるからって普段使わない魔法。あ、もう正体隠さなくていいからか。でも、なんでそんな急いで……
「……え?」
気付けば、槍が胸を貫いていた。
フィの姿が目の前にあって……
「こんな時のために……この『器』を作っておいて、よかったわ。本当に」
その顔を見て、わかった。
今、目の前にいる『彼女』は、フィだけど、フィじゃない。
槍で刺されて思わず手から離してしまった『祭壇』を掴んで、心の底から嬉しそうに笑う……きっと、この世の誰よりも、きっと人間からは『化身』の彼女よりもさらに美しいと認識される女神の笑み。
けれど、私からはそうは思えない笑み。
それを見て……思った。
「なんだぁ……」
こんなに嬉しそうなのに、完璧な黄金比を揃えた美しいもののはずなのに、それが『フィの笑顔』じゃないってだけで残念に思ってしまった。
それと同時に……いきなり槍で刺されて、本当はそんなに嫌われてたのかも、本当はすごく怒っていたのかもって不安になったけど、刺したのがフィじゃないってわかってホッとした。
それで、ふと思いつきみたいにだけど……意外にも、しっくり来てしまった。
わたしには人間の持つような、個体への愛なんてきっと永遠にわからないと思ってたのに……フィに『愛人』なんて言われても、表面的な関係を繕うための言葉だと思ってたのに……
「なんだぁ……これ、かぁ……」
槍が大きく動いて、空から地表へと振り捨てられる。
彼女の手の中の『祭壇』が、これまでとは違う色に光っていた。
それに応えるように偽装を解かれて、本来の姿を見せた神器の槍。
女神から本来の性能を吹き込まれた『名無しの槍』の『名槍』。
五年前に調査して、研究したから、知っている。
フィの擬態神性の元として、その遺骨を利用した……フィの祖先に当たる転生者の力。
理論上は、『祭壇』があればフィ自身も発動できる可能性があることはわかっていた……わたしを一撃で完全に殺せる数少ない攻撃手段。
『わたし』の情報体が欠落していくのを感じる。
本来なら作動する非常用の残機からも、情報が消えていく。
落ちながら下を見て、直前で私に『祭壇』を手放すように促そうとしていた狂信者が血を吐きながらこちらを見つめているのに気付いた。
ああ……そうだ、消えるなら……その前に……一言だけでも、謝らなきゃ……
「ごめんね、狂信者……本当に……ごめん……」
オマケ『自分を勘定に入れないタイプの人』
(女神ディーレ)「天界が今の主神様のものになったばっかりの頃は、他に神々も全然いなかったから主神様アジム様だけでほとんど全部の仕事を回してたんですよー。特にあの頃のアジム様は八面六臂の大活躍で本当にすごかったんですから」
(幼い天使たち)「「「アジム様すごーい!!」」」
(女神ディーレ)「だから、みんなアジム様の言うことはちゃんと聞かないとダメですよー?」
(幼い天使たち)「「「はーい!」」」
(女神ディーレ)「ふふっ、みんな素直で良い子たちですね」
(大天使アジム)「また自分のことを数に入れずに話してるな、あいつは……」




