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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十五章:『無勢』の犯抗

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第652話 『凶星の断片』

side 狂信者


 世界の違い、あるいは世界観の違い。

 それは異世界間の優劣を評価したり差異の存在を否定したりするべきものではなく、選択を迫られる状況で本当の意味で『適切な選択』をするために把握しておくべきもの。


 この世界から見た異世界たる二十一世紀の地球社会……まあ、私たち転生者にとっては『現代社会』と呼ぶべきかもしれませんが、その現代社会とこの世界の社会を比較した時の大きな違いは、情報網の発展度合いと言えるでしょう。


 いわゆる、インターネットや電気通信の普及率。

 あるいは、その手軽さと速効性、あるいは汎用性。


 その違いの背景には『誰がやっても同じ結果になる』という再現性を重視する科学技術に対して、魔法技術が個々のイメージ力などの影響を受けやすいことから『統一規格』を作るのに不向きであることなどが挙げられるかもしれませんが、まあそこは置いておくとして。

 今の問題は『どうして違うのか』や『どうやったら同じように発展させられるか』などという話ではなく、『違うことがどう結果に影響するか』というお話。


 それこそ、もう大衆の認識の変化によって過去の話になってしまった可能性もありますが……新聞が大きな力を持っていた上に一般人が手に入れられる情報量が制限されていたからこそ、権力者が優位な構造が維持されていたように。

 技術と文化、文化と生活には切っても切れない相関性がある。世界が違えばどうしても、『こうするべきだ』と口では言えても実現(再現)できない部分もある。


 まあ、そんなこと当たり前過ぎて今更語るようなことでもないというお話ですが。 


 『この部分がこうだから、この世界の方が上でそっちが下だ』。

 そんな、よくあるスカラー評価的な論調で世界の良し悪しを結論付けるプロパガンダをするつもりもなければ、仄かな優越感以外には大して益のない証明もどきをする気もないとしても、やはり現実として『違い』は確かにある。


 それも、文明力の極限を試される災害時などにはどうしても物理的な問題として世界の差異が表面化するものです。

 それは同じ時代の地球上であっても国単位で見ればよくあるというか、むしろない方が珍しい話にはなりますが。


 早い話、『未曾有の災厄』が何よりも怖いのは、それが『未経験の危機』を確実に内包しているから、それを想定した『防災マニュアル』や『対策ツール』が追いついていないから、という側面。

 日本の建物は震度四や震度五程度までは耐震基準的に余裕で耐えられるように造るのが当たり前だとしても、地震の少ない国の建物はそうでない、というような話にも近いでしょう。


 今回の件に関して言えば、この世界には『新幹線並みの速度で拡大する魔王の縄張り』に対応できる程の情報網がない。

 『別の地方領で起きた事件』が対岸の火事だと思っている間に水上を飛び越えて自分の傍らへ引火するような事態への経験がなかったことで、緊急的な警告が送られてきても即座に対処できるだけの備えがない。


「モグモグ。地域によっては領主の警告よりも先に剛樹の魔王の手が届いてしまっているとか……まあ、中央から緊急の連絡が来たと言われても、『今は忙しいから後で見る』としてしまう地方貴族の方々も多いそうで。平時なら『緊急』と言われても対処が必要になるまで短くとも数日は暇があるというのが普通だったのですから仕方のない話ではありますが」


 今の所、目下進行中の事態に対して最も正確に情報を把握してその拡散と警告や避難勧告に努めているのは『冒険者ギルド』。

 情報力で言えば、冒険者ギルドはこの世界でもトップクラスの組織です。多くの町に設置された支部に通信用のマジックアイテムが配備され、その気になればかなり素早く情報を組織全体で共有できるようにデザインされている。


 けれど……それでも、隣国からミサイルが発射されてから着弾するまでの数分間に警報が発令される現代には敵わない。


「移動速度が速すぎる! 情報が全然間に合わない!」


「声の届かない村や町には矢文でも魔法弾でもなんでも打ち込んで異常事態だけでも認識させろ! 村人が状況を理解できなければモンスターの大移動とでも言っておけ!」


「ガロム正規軍の将官以上の人間は自分の部隊の戦力を把握している限り報告しろ!! 昼間の敵対や裏組織との関係への弁解は全部後だ!! とにかく戦力として計算に加えさせてくれ!!」


 ここはオルーアン近くの町の冒険者ギルド支部。

 オルーアンにはガロム正規軍の戦力も集まっていたこともあって、昼間までは敵対していた二つの軍団が情報網と戦力を可能な限り統合して事態への対処を進めている真っ最中。


 耳をそばだてるまでもなく忙しない喧騒が聞こえてきますが、これも彼らの一分一秒のもたつきが村や町単位での被害拡大に繋がると思えばさもありなんというところでしょう。


「これでもテーレさんの秒を争う迅速な情報共有があったからこそ。逆に言えば、そうでもなければ旧都から一直線に迫る危機の情報なんて得られなかったでしょうね」


 人間の情報網を越える天界を通じた『天啓』による情報共有……忘れそうになる部分ではありますが、テーレさんは一応『天界のディーレ様と連絡が取れる』という転生特典でもあります。

 転生者への不干渉ルールの関係で転生者同士の争いへのアドバイスや明確な指示を受けることはできないので、実質的にはテーレさん経由で活動報告を送るだけの機能みたいになっていますが。


 私としては日々の頑張りを見守ってもらえているというだけでモチベーションになるので不便を感じたことは特にはありませんが、こういう場合に『転生特典としての降臨』という制限を越えて現世で仕事をしている他の天使と同じだけの情報を受け取れるというのは便利なもの。


 幸運にも、冒険者ギルドの最高責任者の元にも天使が派遣されていたらしく、天界を通じた通信で素早く事態への対応が始められたが故のこの慌ただしさ。

 テーレさんの天啓通信がなければギルドへの説得や説明を進めている内に慌てて準備する間もなく夜が明けてしまったでしょう。


 ……それでも、現状『夜明けまで全速力で準備しても勝ち目がほとんど見えない』という状態ですが。


「まあ、大型でも数十メートルの『怪獣』が相手でも軍隊が何日も準備して挑むのが普通だというのに、その何百何千倍というスケールの大蛇のような長城など、とても一夜漬けで対処できるものではないというところでしょうね。天界サイドで戦争の女神様がちゃんとした手続きを進めてくれれば話は違うのでしょうが……それこそ、神頼みというやつですか」


 せめてもの幸運と言えるのは、戦力配置。

 昼間の戦いでオルーアンでの儀式が成功するかどうかが天下分け目の決戦だったというだけあって、戦力がオルーアン周りに集中していたおかげで、可能な限りの迎撃体制は整い始めているそうで。


 防衛側だったガロム正規軍もグラム将軍の『暴走』に関与していないことを示そうと比較的スムーズに味方側戦力として合流。

 指揮系統の調節やらは面倒なのでしょうが、それは私の専門外なので専門の人に頑張ってもらうとして……


「剛樹の魔王……分体とは戦ったことがありますが、本体は桁違いなのですねえ。『地形破壊禁止』の縄張りに『迷宮化』……特に厄介なのは、剛樹の魔王本体も『地形』と一体化しているという所でしょうか」


 交戦経験があるからと意見を求められても基本的な知識がなければアイデアも出せません。

 ということで、行儀が悪いのはわかっていますが、時間がないので今は食事しながらお勉強中です。


「狂信者さん……あのさ、こういうのもなんだけど……」


「なんでしょう?」


 一緒に料理の並ぶテーブルを囲んでいるのは仮眠を終えたアーク嬢。


 たくさん大変な思いをしていっぱい泣いた彼女にはまだ休息が必要なのは言うまでもありませんが、事態が事態なので夜明け前のこの時間ですが早めに起きてもらっています。

 アトリさんが作り置きしておいてくださった回復料理で時短回復してもらっているので短めの仮眠の直後にしては大分調子もいいはずなのですが、どうやら食が進んでいないご様子。


 このシィさん特製『完全食風超滋養強壮きのこスパゲッティ』、かなり美味しいと思うんですがねえ。

 まあ、人体に有益な栄養素を大量に生産するように調整されたキノコが使われているそうなので、遺伝子組み換え食品に抵抗感のあるタイプの方にはちょっと受け入れ難いかもしれませんが。


「えっと……文句をつけるわけじゃないんだけどさ。みんなが慌ただしく動いてる中で私たちだけご飯食べてるってちょっとなんか呑気すぎる感じしない? もっと自分たちのやれることを探さなきゃいけない気もするっていうか……それと狂信者さん、もう既にすごい量食べてない? そんなに食べて大丈夫なの?」


 確かに、食べている量に関してはその通り過食気味と言える量でしょう。

 アトリさんの消化吸収キャラメルも使ってますし。

 意図的とはいえ適量に見えないというのは順当です。


 しかし、もう一つの意見に関しては……


「アーク嬢、ここは一つ常識的に考えてみましょう。第一に、私は魔王化しかけたばかりで、アーク嬢は火炙りにされかけたばかり……どちらも今日の昼間のことです。私たちは本来、絶対安静で回復に努めていて然るべき重傷患者です。呑気かどうか以前に、無理に仕事をしようとするのが間違いというものでしょう。私たちの最優先事項は回復すること、そして回復のために栄養は必要です」


「それはそうだけど……狂信者さんに『常識的に』って言われると微妙な違和感があるというか……いや、確かにその通りだとは思うけど」


「第二に、私は人を動かす采配も軍隊規模の戦術も全くの素人です。魔王と融合した転生者の接近という事態に対して、今の私が雑用係一人分以上にできる仕事はほぼないと言えるでしょう。それなら、とりあえずはこうして書物で剛樹の魔王についての知見を深めつつお腹を満たしておくのが一番合理的な行動かと」


「まあ、それは確かに……狂信者さん、指揮官とかそういうタイプじゃないもんね。私もそうだけど」


「第三に、これでも私は『アーク嬢の護衛』という役割を果たしていますし、戦力をできるだけ増強しておくためにガンガン血を造ってゼットさんへ送っているところです。さすがに格闘戦は体力的に厳しいですし」


 食事を進める私の傍らで、私の血管に繋がった献血用の管から造血した血液を受け取って自ら魔法薬の調合を行って体積を増し続けているのは生きた法具(トーテム)としてのゼリーに宿ったゼットさん。


 血液そのものは他人や家畜からもらったもので大部分を補うことはできますが、最大限の伝達性で一体化して戦えるようにするには私自身の血をある程度の割合で含ませる必要がありますので。

 オルーアンでの戦いのために事前に大量の血液ゼリーをストックしてゼットさんを戦力としてフル活用できるようにしてきたは良いものの、魔王化の際に持ち込み分は変質して全滅。


 緊急治療用に用意していた予備の血液ストックとゼットさんの分体を元に、こうして新たな血液ゼリーを増やしているわけです。

 リジェネ道の基本たる常時回復魔法の応用で造血し続けるにしても、その血液の源となる栄養はこうしてちゃんと食物から取るのが一番ですし、そうなると無理にでも食べるしかありません。


「第四に、ちゃんとした食事を取れるのは下手をすればこれが最後ということもありえますから。『果報は寝て待て、凶報は食って待て』。これから大変なことが起こるとわかっているのなら、無理にでもしっかり食べて非常事態に対応できる力を付けておくべきです」


「最後ということもって、大げさっていうか、縁起でもないというか」


「大げさではありませんよ。有事の際、最初に疎かになるのは睡眠と食事。極論、睡眠は身一つあればどこでもそれなりにできますが、食事に関しては設備と物資がなければどうやっても質が落ちるもの。文明崩壊レベルの有事の前に暇があるのなら『寝溜め』よりも『食い溜め』に注力したほうが合理的でしょう」


「文明崩壊……」


「ええ、迎撃準備は進んでいるようですが、有効打を打てそうかと言えば怪しい様子ですし。場合によっては、私たちだけでも無神領域か異教大陸まで逃亡しなければならない……ということもありえるかもしれません。それも、魔王の猛威に追い立てられ逃げ隠れしながら」


 そうなることも、考慮しなければいけない程度には状況が悪い。


 特に致命的なのは、やはり情報の伝達速度。

 一晩の内に新幹線並みの速度で広がる魔王の縄張りに対して、あまりに心許ない通信網。


 今は旧都からオルーアンへ向けての一直線ですが、オルーアンまで来てアーク嬢を取り込めなければそこからどう動くかわからない……ただ、可能な限り『生長』を続けるのは間違いない。


 敵は、時間と共に強大になる性質を持っている。

 初期段階なら相性次第で速やかな制圧や本体の暗殺が可能な転生者などもいたかもしれませんが、質量がここまで膨らんでしまった今になって情報を受け取っても手遅れという方もいるでしょう。


 純粋に『巨大な質量に護られている』というのは、それだけで攻め手が大いに不利になる要素です。


「せめて、転生者の能力で取り込んだ質量抜きの『剛樹の魔王』本体だけであれば、リジェネ道の修行中に聞いたリザさんやお師匠様の話からすれば、おそらくは……」


 私がスパゲッティを頬張りながら思案を進めている、その最中……


「あら、ゼットさん。どうしました?」


 尺取り虫のように伸縮しながらテーブルに上がってきた血液ゼリーの塊。

 ゼットさんの分体だろうと思って声をかけると……


『隣人、それ違う。そんな分体は出してない』


 体内のゼットさんからのご指摘。

 しかし、見た目はどう見てもゼットさんと同系統というか、ゼットさん以外に見たことのない質感と動きなのですが……



『テステス、マイクテストだ。食事中に割り込んで悪いが、時間がない。応答してくれ』



 眼前で、突如形状を変化させるゼリー虫さん。

 その形は、まるで鈴虫のような姿へと変わり……その翅を震わせて少年の声のような鳴き声を発し始めました。

 というか……


「えー、はい。聞こえていますが、この鈴虫さんは個性的なデザインの『通信機』だと思っていいのでしょうか」


『ああ、ある転生者の能力をベースにして、少しばかり勝手で悪いが遠距離通信のために「ゼット・ネイバー」の技術も参考にさせてもらった。それよりも、そちらの迎撃準備は進んでいるか?』


「……夜明けまでにどうにか可能な限りは、といった所でしょうか。それでも、おそらく必要な火力には到底及ばないのでしょうが」


『それなら計算通りだ……自己紹介がまだだったな。こちらは第九位冒険者「贋作工房(フェイカーズ)」。王都テロの件で疑われているだろうが、俺は味方だ』


「……なるほど、その無実の証明のために、というわけですか。このタイミングでの接触は」


『ああ、理解が早くて助かる』


 汚名返上、名誉挽回。

 テーレさんから実力者の一人として『贋作工房(フェイカーズ)』に関する情報は聞いていましたが、その中でも特に驚異的な部分は神器の機能を再現するほどの技術力……ではなく、『既存の手札』と『望まれる結果の出力』を繋ぐ天才的な発想力。


 どうやっても弁解不能なテロへの関与という罪状を、どうやっても対処不能な災厄の解決で帳消しにする。

 『不可能を可能にすることで、不可能を可能にする』……まさしく、天才的な発想です。


『余分な時間がないから端的に言うぞ。魔王と転生者の融合体に対しては、こちらで独自に破壊工作を進めている。これから、追加戦力が突入するところだ』


 全人類の軍事力を総動員しても対処できる保証のない存在を相手にした一発勝負の大作戦。

 しかし、鈴虫さんを通した少年の声は、迷いのないハッキリとした意志を込めて、言葉を続けました。


『こちらからの要請は、こちらの作戦を進める間、敵を下手につついて妨害をしないこと……そして、こちらの破壊工作で敵が弱体化した直後を狙って全力で攻撃できるように、これから指定するポイントに戦力を集中しておいてほしい』




side レイモンド・フォン・クロヌス


 第八位冒険者『マイケル・ウェルカムズ』。

 金銭や財貨を代償として現象を引き起こす『願いを叶える魔精』を呼び出す能力の転生者()()()男。


 こいつは既に、『人間』ではない。


『もうすぐ時間だよ、王都の隔離を延長するかい?』


「チッ! 答えろ!! この『財貨』ならどれだけ隔離を維持できる!?」


『そうだねぇ……二日間、といったところだろうね。こちらとしても心苦しいが、そういうルールだからねぇ』


 俺の質問にそう応えるのは、宝石の散りばめられた黄金の椅子に腰掛けた老爺のような、あるいは異世界の人間が想像する狡猾な悪魔のような容貌をした『魔精』。


 こいつは、かつては第八位冒険者だった転生者の成れ果て。

 生涯に渡り『財貨を消費して(使って)財貨を増やすこと』に心血を注ぎ続けた末に、天寿を目前にして使い切れない財の山と自らの人生の空虚さから全財産を代償に『自らの存在を世に残すこと』を願い、その結果として転生特典であった魔精そのものに自らを写した『生きた神器』。


 そして、『願いを叶える側』となったことで欲望という欲望を失い、支払った財産によって定まった刻限を迎えるまで他人の財を受け取り願いを叶えるだけの現象(システム)に変じた者。

 今回の計画に際して、俺が用意していた切り札の一つ……コストはかかるが、あらゆる状況に対応できる万能札。


 そのはず、だった。

 だが……


「チィッ!! 無能共が!!」


 俺の手の中に生み出される『宝石』……これまで、この王都の封鎖と内部の最上位冒険者たちの抑え込みの対価として魔精に注いできた『財貨』。

 それが、今日のオルーアンでの軍と神殿勢力の衝突から……その最中、各所にばら撒かれた情報から時間と共に価値を暴落させている。


 これは、『凶星の断片』という名の『結晶化した予言』だ。

 触れた者、見た者に『未来の厄災』を暗示し、確信を生む力を持つ権能の削り屑……これは、社会に不安感が蔓延するほど『財貨』として高い価値を得る物質として扱われる。


 この魔精の力で王都の隔離をここまで継続できたのも、微量な権能の削り出しで効率良く生み出せるこの結晶があったこそ。

 社会の不安を加速させながら『悪い未来』の予言を生成し、それを『財貨』として魔精に与え、さらなる不安の種を生み出す。そうすることで、実質的に無限の財貨を生み出し続けることができた。


 だが、その仕組みが『報道という概念の再認識(エラッタ)』によって大きく変わった。


 この魔精から引き出される現象の出力は、与える『財貨』に対して大衆の無意識的な総意から算出される『価値』から決定される。


 これまで『未来への不安感』と『災厄の予言の持つ経済的影響力(価値)』の上昇は直結していたが、その関係性が『ガロム正規軍の行ってきた不正行為の暴露』と『これまでの捏造行為を認めた報道機関の公式発表』というニュースによって崩壊した。

 不安感に満ちた社会にさらなる未来の厄災を告げる予言に財貨としての信用性が認められなくなった。


 その結果、『凶星の断片』の換金性が急速に低下し、魔精を通じて発揮されていた財貨(リソース)としての万能性が失われつつある。


 昨日までは出せば出すだけ売れたはずの『悪い未来の情報』が、金銭的価値を失いつつある。

 人間の不安から生まれ、さらなる不安を煽る予言が、これまではそれだけで無限の経済効果を生み出すことができたものが、『報道者が意図的に情報操作をする場合がある』という認識が一般化しつつあるせいで『売れないもの』になろうとしている。


 無論、不測の事態に備えて『凶星の断片』ではない通常の財貨も用意はあるが、継続的に価値を生み出し続けることができたサイクルが失われた今、限られたリソースを大量に消費する魔精を気安く万能札扱いするわけにもいかない。

 だが……


「クソッ!! 何故、魔王と融合した転生者が制御を外れて好き勝手に能力を使っている! 派遣した部隊員はどんなヘマをした!!」


 転生者を旧都の外周砦に組み込ませる際、派遣する者へ出した命令は『旧都の再占領』。

 旧都周りの怪獣共を排除するために奥の手の『剛樹の魔王』を使ったが、融合した転生者は怪獣そっちのけで一直線にオルーアンを目指している。


 本来は事前に組み込んだ術式の制御で兵器として運用されるはずの『魔王』が、制御されることなく暴走を続けている。

 よりにもよって、イレギュラーに対応するための万能札が切れなくなったこの状況で。


「無能共が……チッ!! ロバート!!」


「はい、お側に」


 俺の呼び声に即座に応え、陰から姿を現すロバート。

 表向きは変わりないように見せているが、手を尽くしても癒やしきれない深刻なダメージが残る肉体。このダメージさえなければ、重大な魔王の起動もロバートに命じていた。そうしていれば、このような失敗はありえなかったが……こうなっては仕方がない。


「砦の中枢を獲りに行く! 王都の抑えに必要な戦力を再編成、残りは魔精の力で移動するぞ!」


 今は単なる危険因子だが、対処次第でこれは新たな万能札として利用できる。

 事前にあの転生者には、制御のために暗示を仕込んであるのだ。魔王との融合で肉体は巨大化したとしても、行動原理の軸が転生者の精神であれば暗示さえ起動すれば認識を操作して思い通りに動かせる。


 まだ、十分に立て直せるのだ。

 計算外ではあるが、これだけ力を増した魔王の制御を取り戻せば全ての敵を制圧できる。

 残りの財でも短期間であれば王都の隔離は継続できる。その間に新しい万能札を手中に収めてしまえば、計画はいくらでも軌道修正できる……いや、計画の動き出す『タイミング』を考えれば、王都の隔離も短期間で事足りる。


 こうしている間にも、『凶星の断片』の持つ財貨としての価値は時間と共に確実に低下していく。

 下手に王都への攻撃を緩めて封じ込めてるガロム王や最上位冒険者たちを自由にするわけには行かず部隊や戦力の再編は必要となるが、魔精を利用できる内に一刻も早く行動しない手はない。


 漁夫の利を狙ったガロム正規軍が冒険者ギルドに対する防衛線を自ら構築した上でオルーアンの事件で自滅したおかげで、周辺には即座に危機となる軍団は存在しない。

 素早く体勢を切り替え、動き出そうとしたところで……



「わいは、能力使ってるうちに『空気読み』はやたら敏感になっちまってのお……ここ最近隠れて見とったが、おのれらが一番攻められて困るって思ってんのは『ここ』じゃろ?」



 夜空から、月と星の光かき消すような光が……それも、冬場の暖炉のような場違いな温和さを感じさせる戦場には異質な光芒が差し込む。

 思わず見上げれば、遥か上空に見えたのは……


「船団……『宝船』!? それに、そいつらは!!」


 異世界の言葉……日本語で『宝船』という文字の描かれた帆を膨らませた木製の船団。

 そして、その下から吊り下げられた四つの巨大物体は……


「魔精よ!! 今すぐあれらを払い除けろ!! あれを……『終末の騎士』の魔神像を近付けるな!!」


 とっさに、既に生み出していた『凶星の断片』を魔精に押し付け、妨害を命じる。

 『視界内の対象を払い除ける』という命令(願い)の中でも最もシンプルに財貨(リソース)を物理系なエネルギーに変換して放つ、魔精の基本技にして最高効率の攻撃手段(コマンド)


 それは即座に実行される。

 魔精の目が輝き、上空へ向けられた目線を駆け上るような波動が宝船へと迫る。

 だが……それは船団へ届くより先に『結界』に阻まれ、船を揺らしながらも『払い除ける』には至らぬ威力に終わる。


「おお、怖いのぉ。感覚的には『リソース次第でなんでもできるタイプの能力』ってやつじゃな……わいのと似てるのう? なら……こっちの『総意』と比べっこしてわいらが勝ったら、叶うのはこっちの『願い』ってことでいいんじゃろな?」


 王都を包囲している我が軍……それも、編成を動かした直後で陣の崩れた軍団に向かって、急降下し始める船団と魔神像の断片共。

 船団の上には、戦闘態勢の兵士と『幻龍界』の旗を掲げた無法の集団。


「さあ、行くで皆の衆……それに、『盗賊連合』の腕自慢共。今こそ、長く耐え凌いできたダチを助けるんじゃ!!」


 最悪のタイミングで虚を突いて、最凶の伏兵が降りかかった。





転生者紹介『マイケル・ウィリアムズ』


 本名『万来寺マイケル』。

 転生時十六歳、登場時(享年)七十七歳。


 母親は日本人、父親はアメリカ人の有力投資家だが、両親は婚姻関係ではなく母親は愛人の一人。

 妊娠時点から父親によって正式に認知されており、いずれは正妻との子である兄が受け継ぐべき父の遺産を管理する補佐役となるため資産運用の英才教育を受けで育つ。


 しかし、先天性の心疾患により重病を患い、金に物を言わせた父の用意した最高の医療環境と人員による一か八かの心臓手術が失敗に終わりそのまま死亡。


 転生時はその手術結果に納得が行かず、『相応の資産を渡せば必ず結果を出す能力』として『財貨と引き換えに願いを叶える魔精』の転生特典を得る。


 転生後は能力の発動を交換条件に稼いだ『手数料』を元手に資産運用を続け、その資産を魔精に注ぐことで転生者としての名声と安全な環境を確保してそのネームバリューを利用しさらに資金を増やすことをライフワークとしていた。


 第八位冒険者として数えられるだけの活動もしているが、それに関しても依頼を受けて実地に赴くのは能力によって生み出されたアバターであり、本人は常にセーフハウスで生活していた。


 座右の銘は『人生()は金なり』。

 物心ついた頃から一銭の得もないもないことはしたことがないと自認し、晩年までそれを誇りに思っていた。


 ……が、ある日、自分が稼ぎ集めた資産が死ぬまでに贅を尽くしても使い切れない量に達していたことと、それを受け継がせる相手がいないことに気付き懊悩。

 その末に、有り余る資産を自身の転生特典を現世に維持し、『誰でも使える状態』にすることでどんな形であっても自身の生きた意味を世界に残すことを選んだ。


 常に金に困ることなく最上質の衣食を日常にできる一般人から見れば贅沢三昧の人生だったが、最期の瞬間に人生を振り返った時に一番楽しかった記憶は、他の転生者との話題合わせのために能力で手に入れた『剣と魔法の世界で主人公が魔王を倒す冒険をテーマにした有名RPG』を人生初めてのゲームで何度も失敗しながらクリアした時の記憶だった。

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[一言] 衣服の規定は、スーツを買えない貧乏人はスーツの必要な仕事をするなという、差別助長の悪習かもしれず かといって、スーツを経費として認めたとすれば、それは一括購入ということとなり、独占しやすい…
[良い点] 僕の考えた転生特典です。 【転生特典】愛を増幅する魔眼 自身の魔眼で対象の目を見つめることで発動する。視力のない相手には効果がない。女性限定で愛情を増幅させる事が可能。効果としては好印象が…
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