第5話 【確定大失敗】
転生もので定番のアレの回です。
side テーレ
こいつはホントになんなんだ。
急に上機嫌になったと思ったら、私の方針にあっさり従い出すなんて。
自分以外の『転生者』について隠していたことは察しているはずなのに、それを責めもしないし。
「ほうほう、興味深いですね。文字が日本語に書き換わるわけでもなく意味が理解できるとは。指で書く感じでは文字の自動翻訳も任意ですか。テーレさん、この国の文字は表音文字ですか? それとも表意文字ですか?」
「基本は表音文字。ただし慣習的な単語の圧縮で文字を組み合わせた形が疑似的な表意文字になってるパターンも少しだけ……で、クエストボードにかじり付いててもまだ受けられないから。さっさと登録済ませるよ。目立ってるし」
「おっとすみません。依頼を受ける方の邪魔になってしまいますね。あ、この依頼書ですか? 高い位置にありますしお取りします。はい、どうぞ。どうかご無事に依頼を達成できるようお祈り申し上げます。おや、パーティー募集の張り紙を探しているけれど公用語は読めないと。ではこちらなどいかがでしょう? 女性歓迎、ただし戦闘職に限るとありますし、お一人からでも大丈夫だと書いてありますから……」
「はいはいはいはい! それギルド員の仕事だから! この人は私の連れなので持って行きますね!」
「おっとテーレさん腕が軽くアームロック気味になっています。動くと痛いです」
勝手に小さな恩を売って友好関係を広げられるのは困る。目指しているのは王道で模範的で英雄的な転生者だ。
『仲間』は厳選したいしその出会いも運命的に演出したい。ただの『いい人』で有名になられたら本気で困る。
そのための第一段階がここ冒険者ギルドでの最初の能力測定。
転生者が大抵やらかし、大きな印象を与える最初の関門。
このギルドの人間には悪いけど……測定用の魔道具の水晶玉。これを割らせてもらう。
この世界の技術で作られた一般向けの『測定水晶』は能力型特典で能力の一部が人外域に届いていると壊れる。日本人から通称『異世界スカウター』と呼ばれる代物。
その基準はスキルレベル500前後。
普通の人間が鍛えてもまず届かないし、能力型チートじゃないこいつの能力を測定しても割れない。
そして、『天使』としてならともかく『人間』の形をとった私でも無理だ。私のスキルレベルは『人間としての能力が最高水準の従者』という特典のせいで全スキルがスキルレベル200まで引き出せる器用貧乏。
一応、人間で言えば普通の人間が人生の大半をつぎ込んで鍛え続けて到達するくらいの錬度で何でもできる擬似権能だけど、特化型の能力チートの威力には遠く及ばない。
過剰検出で割れないなら、バレないように攻撃して叩き割る。
ここで無理矢理にでも『測定水晶』を割って正確な能力値を記録させないのは、他の転生者と接触したときのことを考えれば絶対に必要な条件だ。
こいつが『本人は何の能力もない転生者』だと知られてしまうのはかなりまずい。
『能力不明』というのは実際に能力を持っていなくても攻撃を防げるアドバンテージだけど、『少なくとも本人は大したことがない』とだけでもばれてしまうと攻撃の的になる。この段階でなんとか情報アドバンテージだけは守り通したい。
もちろん、この場にいる誰にもわからないように『測定水晶』を割るのは難しい。飛び道具だろうが直接攻撃だろうが、ここにいる戦闘に長けた『冒険者』の集団から感知されないようにするのは物理的に無理だろう。
だから、物理攻撃ではなく『魔法』を使う。
魔法とは、術者の思い描く理想に合わせて目の前の現実を歪めることで願いを叶える力。『そこに火が在る』というイメージを現実に反映すれば火が生まれ、『肉体が鋼のように強靭になる』というイメージを現実に反映すれば肉体は強靭になる。
この世界の人間が使う魔法攻撃というのは基本的に自身かその近くを起点に対象を変化させるかエネルギーを発射するような形状を取るけど、それは体系化された制御しやすいイメージに従ったものだ。
そのようなイメージに頼らないのなら、遠隔地点の攻撃対象の存在する座標に直接影響を与える魔法というのも十分に可能になる。
さすがに風の刃だろうが光線だろうが、目に見える攻撃をすれば私がやったことは一瞬で発覚するだろうけど、この世界の人間の技術体系になくその上で目視も聞き取りも不可能な魔法を使えば、後々怪しまれても察知されることはまずない。
私が天界で『天使』として開発したオリジナルの魔法。私の生来の性質を極限まで尖らせて修得した固有能力と言えるもの。
現世を生きる人間とは違う視点を持つからこそ可能な、絶対に知覚不可能な魔法攻撃。
「はい、申請に必要な書類は書いておいたから、あとは血判だけ押して出して。代筆とかはこの世界では珍しくないから。後は水晶玉に撫でるように優しく触るだけだから、また力加減間違えて割ったとかはやめてよ」
「…………」
「黙っててとは言ったけど、わざわざ口パクで『了解しました』とか言わなくていいから」
「はい」
今回は測定できないけど、こいつの『知力』のスキルレベルはどんな数値が出るんだろうか。
実のところ知力なんて暗算がどれだけ速くできるか程度の話だから発想の柔軟性とかは測れないんだけど。
何はともあれ、ギルド役員のいる窓口に座って登録料代わりに換金用に用意しておいた貴金属のアクセサリーを渡す。
後は最低限の説明を受けて書類を渡せば勝負所だ。
細かい個人情報はステータスを見てから『才能なし』で諦める人間もいるからステータス確認の後でいい。
冒険者ギルドへの登録は、言わばモンスターが出る危険地帯へのステータスを基準にした通行許可証の発行と日雇いの仕事への斡旋登録、それとモンスターの死体から取れる素材とかの買い取り契約をひとまとめにしたもの。
他にも身分証として使ったときの地位の上昇とか指名の仕事とか大規模依頼への協力義務とかはあるけど、そういうのは新人を抜けた後の話だ。
最初は学のない低層民にもわかるくらいの簡単で単純なシステムの説明。それでギルドに登録させて、実際に平民と同等の人権を認められるようになるまでにほとんどの低層民はまともな装備も買えない内にモンスターに殺される。
口減らしとモンスターの数を少しでも減らすための捨て駒を兼ねた餌。
チート能力を持った転生者は便利な住民登録手段として冒険者ギルドを使うけど、実態はそんなものだ。
「では、あちらの水晶玉に手を当ててみてください」
そうこうしている内に、とうとう来た。
営業スマイルを浮かべるギルド員にバレないように背中を押して、私より先に水晶玉に触れるように促す。『測定水晶』はそれなりに高価な魔道具だから大きな街のギルドでも一つしかない。これが壊れれば私もステータスを測らなくて済む。
私が測ってしまうと、特典としての能力上昇が特殊な能力として表示される危険があるから、私がまともに能力を測定されるのも防ぎたい。次にステータスの提示を求められたときにはレベル200の『魔道具』のスキルで弄った無難な数値の測定結果を使えばいい。
「では、手をここに……」
『測定水晶』は触れた生物の魂に反応して発光する魔道具。その光の強さや波長を解析することでスキルレベルの高さを算出する台座とセットになっている。
内部がかなり繊細なので、魂のエネルギーが強すぎると発熱してヒビが入る。
外からの力で割った場合と違って中から割れるから普通に攻撃して割ったらバレるけど……私の魔法は絶対にバレることはない。
何故ならこれは、幸運を司るディーレ様の眷族たる私の……幸運を司るディーレ様の眷族でありながら、穢れた私の持つ性質に由来する能力だから。
(【確定大失敗】)
対象の運気を瞬間的に下げて、失敗する余地のある行為を確実な大失敗に導く。
私自身にも正確に何が起こるかわかるわけではない、現実世界に存在しながら人間という生物が知覚できない因果律という次元への干渉。
(クッ、胸が苦しい……やっぱり、人間の肉体で使うのは負担が大き過ぎた)
でも、発動は確信できた。
盛者必衰、諸行無常。あらゆるものは壊されなくてもいずれ壊れるようにできている。そして、その確率は時間とともに増大していく。
ならば、その確率を今この場で引き出せばいい。
水晶玉が静置されていても、それが僅かな衝撃で崩壊する可能性はいつでも存在する。
今この時、この判定を大失敗させることで、こいつが触れた瞬間に壊れるようにした。
予定通り、水晶玉は強く発光しながら亀裂を生み出し……
「え、ちょっと、反応激しすぎじゃ……」
普通に割れて崩れるだけのはずなのに……こんなエネルギー、どこから来てるの?
あ、しまった、反動でまだ素早く避けられな……
「テーレさん失礼します」
「え?」
周囲は光に包まれた。
side リックス・ノーツ
このギルドでそれなりに長いこと受付をやってきたけど、こんな反応は初めてだった。
測定水晶がまさか、爆弾みたいに爆発するなんて……まるで、過剰検出を起こした上にそれが運悪く内部で最悪な形でショートしたみたいな壊れ方。ただ過剰検出しただけでは絶対にあり得ない壊れ方だった。
あの新人は助からないだろうと思った。
申請書によると同じ村からの旅人、距離があまりに近くて、きっと恋人か幼なじみだろうと思っていたけれど、こんなことならもっと離れて一人ずつ水晶玉に触れるように言うべきだった。
あれでは二人とも助かってはいまい。
爆弾の火力こそは大したことがないけれど、周囲に鋭利な水晶の欠片が四散している。
過剰検出を起こすほどの才能の持ち主がまさかその検出によって命を落とすなんて笑い話にもならない不幸だけれど、即死していたらそれを治せるような術者はこの街の冒険者にはいない。これは不幸な事故だ。
煙が晴れてくる。
新人の才能の光をギルド全体で遠くから観察するという慣例のために周囲には他の人間は近付いていなかったから重傷者はいないけど、唯一の被害者になったあの二人の無残な亡骸が見えてくる。
不幸な二人の……
「痛つつつ……いやあ、私たちはとても幸運でしたね。女神ディーレに感謝しなくては。そうでしょう? テーレさん?」
「いや、あなた、幸運なんて……それ……」
二人の、声がした。
煙が晴れてくると、姿が見えてきた。
無傷の少女と、彼女を抱きしめた、顔の左半分ほどを火傷をした青年。
「ああこれですか。さすがに光の放射熱は避けられませんし、仕方ないでしょう? こちらには鋭い破片が飛んでこなかった、それにより私たちが元気に生きている。これを幸運と言わずしてどうしますか」
青年はこちらを見ると、今し方死にかけたようには見えない表情で声をかけてくる。
「設備を壊してしまい申し訳ありません。本来はまず弁償するべきかもしれませんが、勝手ながらその前に手当てをしたいのですがよろしいですかな? できれば冷たい水を用意していただけると助かります。あと、テーレさんにはケガはなさそうですが、体調がすぐれないようなのでお医者様がいらしたら……」
いやいやいやいや!
「いやなんで平然としてるんですか! あなたも明らかに医者が必要ですよ! 担架! 担架二つ持ってきて! 火傷に効くポーションも!」
「ありがとうございます。ではついでと言ってはなんですが、打撲の治療もお願いできますか? 鋭い破片こそなかったものの大きな塊がいくつか当たってだんだん痛くなってきたので……コホッ、おっと、口の中を切ったんでしょうか? 血が……」
「それ口の中切った出血量じゃないですって! 内臓にダメージ入ってますって! やせ我慢しちゃだめ! き、緊急搬送! 先生を医務室に呼んで! これプロじゃないとダメなやつだから!」
生きていたけど下手したらこのまま死にそうな二人を手近な冒険者たち(受付に来る前にクエストボードで話をしていた人たちが真っ先に動いていた)が医務室に運んでいく。
才能があるのは間違いないんだけど、いろいろと異例すぎて凄いと思う前に心配になってくるけど、とにかく生きていてよかった。
それにしても……
「なんであんなことが……あれ、データが一部分だけ送られてきてる」
水晶が壊れる直前の発光を台座が読みとって、こちらの水晶玉の端末にデータを送ったらしい。
といっても、あれだけの光だと細かい光に分解して解析する暇はなかっただろうし、突出した波長から読み取れた部分だけだろうけど。それが突出した才能を示すものになるはずだ。
「えっと、職業適性審査結果……神官系特殊分類『狂信者』の適性あり。称号認定可」
特殊分類の職業に適性ありというのは、他の系統の職業を目指すのに致命的なマイナス補正がかかるほど、その方向性に適性があるという証だ。
加えて、称号認定はその才能が使い捨ての捨て駒ではなく、未来に有益なものとして優先して慎重に育むべきものだと認められること。
ギルドが適切なクエストを選び、技能の修得を補助し、そして報酬などを優遇する目印として『異名』を与える価値があるということ。
寡聞にして聞いたことのない『狂信者』という名の職業と、あまり覚えの良くない『女神ディーレ』の名。
「ちょっといろいろ面倒そうな子たちだけど、まあ放っておけないかな……『異名持ち』なら、自動的にギルドから治療費も出るし、壊した設備にも保険下りるし」
死にかけた不幸を生き残った幸運だと言ってのけた新人の未来にもっとストレートな幸運を祈りつつ称号認定を承認。
私も爆発の後処理をしなければいけないことを思い出して同僚と共に各方面への連絡を始めるのだった。
お決まりの『ステータス測定器を破壊』のノルマを達成しました。