番外編:無い物ねだりの変身願望①
珍しくちょっと日和った作者。
side 小野倉ねね
世の中には『恥の多い人生でした』なんて言葉で名作を書き始めた小説家がいる。
それはすごいことだと思うっす。
だって、まだ名作を書けるうちに、それなりに生きられてる内にそんなことを書けた。つまり、死ぬ前に気付けたんすから。
少なくともそこらへん、自分とは大違い。
いや、少なくともというかそもそも名作を書ける作家と自分を比べてる時点で烏滸がましい話なんだけども。
まあ要するに、恥の多い人生を振り返るのは、人生の恥ずべき所を直視するのは自分のような凡人には難しいって話で。
一回死んで転生者になって、その上もっかい死にかけて、養生のためにって長めのお休みがもらえて、ようやく自分のダメダメさに向き合う覚悟……とは呼べないまでも、気構えができたというか……。
「はわわっ! それじゃあ、ねねさんは女の子なのに女の子とお付き合いしてたことがあるですか?」
「いやまあ、お付き合いしてたというか、あっちからしたらお遊び感覚で付き合わされてたっていうか……はあ、まあ一週間くらい……」
「すごいです! 本物の百合の花が咲いちゃったですね!」
まだカジノがほとんど開いていない昼間のノギアス。
大通りに面した、ちょっと小洒落たオープンカフェ。
百歩どころか千歩譲ってもジブンには全っ然似合わないのはわかっているんすけど、この街で最近できた『友達』に誘われれば強く拒否するほどでもなくて……というか毅然として断るなんてのがそもそもできなくって、流れで入店しちゃったわけなんだけども。
自分で言うのもなんなんすけど、自分が自発的に新しいことに挑戦するのが得意な人間じゃないのはわかってるっす。
だから、こういうグイグイ引っ張ってくれる子に振り回してもらえるのは、それはそれでありがたいことかもしれない……そうやって、できるだけポジティブシンキングに努めて『この世界でできた友達との何気ない雑談』っていう、自分にとってはある種の社会復帰のリハビリみたいなことをしてるわけで。
社会復帰っていうより、社会順応っすかね……。
メメちゃんがいた時もそうだったけど、こうしてちゃんと『他人』と向き合ってみると新発見が多すぎるというか、自分の視野とか認識の狭さを思い知らされるっすよ。
相手が自分と違うタイプの人だと、特にそう思わされるっす。
「それにしても、ニアちゃんはよくジブンの昔の話聞きたがるっすね……そんな面白い話あんまないっすよ?」
「そんなこと全然ないです! だって普通は噂でしか聞けない『異世界』の話を転生者さんから直接聞けるんですよ? 面白くないわけないです!」
この子……ニアちゃんは、ダイアナちゃんのところで働いてるパティシエさんらしいっす。
友達になったのも、異世界の話をどうしても転生者から聞いてみたかったからとかで、この子の方から話しかけてくれたのがきっかけっす。
ちなみに歳は十七歳で二つ下なんすけど、むっちゃ可愛くて、あと自分よりもかなり豊満な感じで、ちょっと深夜アニメのヒロインみたいな子っすね……もちろん、いい意味で。個性がよく立ってるっす。
「それにしてもニアちゃんは本当に日本の話好きっすねえ……そんなに憧れられても、魔法も冒険も何もないところっすよ?」
「何もないなんてことないです! 転生者が持ってくる服とか、再現するものとか、どれもすごいものばっかりです! ただ……日用品とか兵器を出せる人はたくさんいるのに、芸術品とか美術品を出してくれる人が全然いないのは、ちょっとがっかりです……写真や本じゃなくて、実物を見てみたいです」
「確かに転生もので『芸術品とか美術品を出す能力』みたいなのって見たことないっすもんね……なるお系だと科学技術無双とか現代兵器チートはよくあるっすけど、芸術チートで成り上がりとかって、ちょっとイメージしにくいんすよね……」
『転生者は異世界人』。
こっちから見たら今いるこの世界こそが『異世界』だとしても、あっちから見たら地球とか日本とかの方が『異世界』。
考えてみれば当たり前のことっす。
こっちにはこっちの歴史があって、常識があって、社会があって、芸術や美術の歴史だって違う道を辿ってきたはず。
地球でも古代の壁画とか石像に価値があるみたいに、芸術品や美術品だって……それこそ、自分らにとっては見慣れすぎて特別ともなんとも思えない千円札だって、芸術品としての価値が付くかもしれない。
少なくとも、ニアちゃんみたいに『全くの異文化に生まれた芸術』に興味を持つような人にとっては下手な科学技術とか兵器よりもよっぽど価値があるはずっす。
けど、それを持ち込む転生者はほとんどいない。
それは……ネット小説とかの影響もあるかもしれないけど、『世界を変えるようなもの』ってイメージしにくいから。
この世界にはない芸術品を売ってお金にしても、裕福になろうと思えば裕福になれる。
ニアちゃんみたいに異世界の芸術とかに興味のある人もたくさんいるだろうし、やりようによっては兵器とかよりも簡単にお金持ちになれる。
けど……兵器とか違って、相手と対等に向き合って『交渉』しないといけない。問答無用の力尽くで『優位』に立つことができない。
『侵略』じゃない『商売』なら、相手の都合も考えないといけないから。それだと、相手の言葉に耳を傾けなきゃいけない。
……要するに優越感の問題っすね。
せっかく転生者になったなら、転がり込んだ先の世界を自分の手で大きく変えてやろう……なんて、そんな考え方が転生者の中にはわりと『当たり前』の思想として馴染んでいる。
それを前提として、そうしやすくなる能力を選んでいて……そして、その能力を活かして楽に生きていこうとすれば、世界に大きな影響を与えずには生きられない。
自分の能力に踊らされて、影響を受けて、驚いたり動揺したりする『現地人』の姿を見て、自分が能力を使って生きてる実感と安心、そして優越感を得る。
自分も、あのオスカーって転生者も、きっと根本的な所というか始まりは同じ、そこら辺だったんだろうなと、最近はよく思うようになって来たっす。
能力が使えない時期に、こうしてメメちゃんやニアちゃんみたいなこの世界の友達ができて……『驚くほど楽しんでくれて嬉しい』のと『驚く相手を見て悦に浸る』のはなんか違うって。
根本的に『異世界人』の自分らには、話すだけで楽しんでもらえる異世界の価値観や常識って武器があるけど、同時にちゃんと『この世界の人』の言葉や話に耳を傾けて自分自身を調節していかないと、オスカーって人みたいに周りの他人を見下した『常識のない人』になっちゃうっす。
ていうか、それこそ能力でのイカサマに慣れ始めてたあの頃の自分が一番ヤバかったっすよね……。
『生まれ持った特権』でいい気になって、自分の安易な悪意に振り回される人たちを見て、世界が自分を中心に回ってるみたいに感じて楽しんで……悪役令嬢転生っていうか、捻りのない悪役貴族ムーブそのものだったっす。
『行動を周りが勝手に好意的に解釈してくれる能力』。
そんなものを常に使ってたら、自分がこの世界の常識では明らかに間違ったことをしていても注意すらしてもらえない。
それに早めに気付けたのは、本当にあの人に感謝っすよね……
「ほんと、恥の多い人生っすね。今世でも、前世でも」
自制心の根本的な欠如。
これに関しては自分が認識操作なしじゃ目も当てられないイキリ転生女郎になる前から、前世からの問題っす。
本当に、他の転生者はどうかはわからないけど、自分にとっては前世からの根深い問題……ちょっと何かで気が大きくなると、自分のしたいことばっかりで相手の気持ちも考えずにやっちゃうのは、ダメだってわかってるんすけどね……。
「あ、『人間失格』ですね! 知ってます!」
「うぐっ!? 唐突な罵倒! しかもジブンのダメさを既に認知されていたとかかなりショックっす! 出会ってまだそこまで経ってないと思ってた相手に!」
「あれ? あ、いや、違うです! そういう語り始めのお話があるって読んだことがあるだけで、ねねさんが人間として低能とかって意味で言ったわけじゃないです!」
「た、たはは……いきなり嫌われたんじゃなくて良かった……でも唐突に失格とかって言われるとビックリするっすよ……ダメージがちょっといいとこ入って足プルプルしちゃうっす……」
「ご、ごめんなさい、です……」
「いや……ニアちゃんはホントにすごいっすね……異世界の芸術とか文化にまで興味を持って……ちゃんと、自分から調べて。それに比べてジブンと来たら……」
きっと、一番はそこなんだろうと、なんとなく昔から思ってるんすよ。
受動的で待ってばっかり、流れ込んでくる情報ばっかり鵜呑みにして自分で深く知ろうとしない。たまに気紛れで発信しても自分勝手な愚痴とか自己満足ばっかりで、本質を知ろうとか自分を高めようとかって意志がない。
そんなんだから……『強い人にも傷付く場所がある』ってことにも気付かないで、あんなことやっちゃったんすよね……。
今となっては後の祭、謝ろうにも謝れない、償おうにも償えない。
だって、あの人は……死んだんだから。
ある日、自分にとってはなんの伏線もない唐突な事件で。
あれも、もっと深くあの人について知ろうとしていれば違ったのかもしれないけど、今更そんなことを思ったって……
「こらこら、ねね。そうやって息するように自分を卑下するのは悪い癖だって教えなかった?」
「ごめんなさいっす……でもちょっと、死んじゃった先輩のこと思い出してネガっちゃったっす……もしジブンが何かできてたなら、違う結果もあったかなって……」
「ふーん……私のこと、思い出してくれてるんだ。なんだかネガティブ思考と紐付けされてるのは心底心外なんだけど」
「ははっ、ちゃんと楽しい思い出がいっぱいあったのも忘れたわけじゃ………………ひぃぃいいいっ! オバケっす! やっぱり怨まれてたっすか!? 異世界まで怨念が届くほど根に持ってたっすか!?」
「そうだぞー、うらめしやー」
「ひぎゃぁあああっ!」
ドンガラガッシャーン!
びっくりして椅子ごと引っくり返るとか古典的なことやっちゃったけど、それどころじゃないっす!
だって、さっき背中から聞こえた声って……!
「ロ、ロロッ、ロリ先輩! し、死んだんじゃ! ト、トリックすか!?」
震え上がりながら声の方を見ると、やっぱりいた。
なんか髪伸ばしてるし(変装?)服装もこっちの世界に合わせてるみたいだけど、紛うことなきロリ先輩こと、蝶野先輩。
自分の大学での先輩っす……死んだはずの。
「ちゃんと死んだから転生してこっちにいるんだっつーの。そんくらいわかれー。てか前髪切った?」
「う……うっす……」
「ていうか、こっちからしたらねねがこっちにいることの方が結構ショックなんだけど。なに、死んだの? まさか私の後追い自殺したとか言わないよね?」
「いやその、ジブンは洗剤の詰替えで……」
「……塩素と酸化系?」
「…………はいっす」
「……このバカ。目をかけてあげてた後輩がそんな凡ミスで死んでたとか、こっちはすごいやるせない気分になるわ」
「ふぐっ!」
一切反論の余地がない。
かの狂信者先生は転生者同士で死因の不幸自慢とか無益だって言ってたし実際自分もそう思うんすけど、これはさすがに恥ずかしすぎるというか人間としての迂闊さを晒してるみたいで精神ダメージでかいっす。
こっちが凡ミスなのに比べて、ロリ先輩の場合は完全に不可抗力……殺されて死んだわけっすし。
あっちからしてみれば日本にいるはずの自分を何故か『死後の世界』で見つけちゃったんだから、そりゃやるせないっすよ。
「あの……ねねさん、その人ってお知り合いです? もしかして、転生者の……」
ニアちゃんが尋ねて来たロリ先輩の素性。
けど、自分がそれに答えようとすると、被せるように……
「はい、大学の先輩で」
「元カノ」
ロリ先輩がこっちを指さして、強く端的な言葉で自分が遠回りしようとした部分にストレートかましたっすよ。
ニアちゃんも目を丸くしたっす。
「元カ……恋人です!? はわわっ! 世界を越えての運命的な再会です! ドラマチックです!」
「運命的なことは否定しないけど『元』がついてるんだよねー……なんでだろうねー、ねーねー?」
「そ、それは……いろいろとありまして……」
自分が口ごもると、事情を知らないニアちゃんは小首を傾げて質問する。
短い付き合いだけど、ほんとに純粋な子なんすよねこの子。
今は突っ込まないでほしいんすけど。
「何があったんです?」
「こいつが酔って性的に襲われかけたから顔面蹴って別れた」
「ひぎゃぁあああ! そういうのはぼかすものっていうか、事実だとしても表現が端的過ぎるのはどうかと思うっす! ロリ先輩の鬼! 悪魔! 天然年齢詐称娘!」
「はわわっ……わ、わたしは食べても美味しくないですよ……?」
「あーもうっ! 自分の貴重な友達がドン引きして今にも縁切られそうな顔してるっすよ! 違うんすニアちゃん! ジュースが、間違って、お酒で、未遂っていうか……」
「うん、パンツの中触られたくらいだし、痴漢……っていうか痴女くらいの未遂だったね」
「ふぐわっ!?」
ニアちゃんも若干引きながらスカート抑えて警戒しちゃってるっすよ!
被害が具体化したことで逆に警戒度増しちゃってるっす!
「…………はーあ、まあいいや。ねねがあんまり変わってないみたいで安心できたし。ほら、転生者って能力渡された途端に気が大きくなって自分勝手になるやつ多いみたいだし、ねねもそうなってたらって思って心配してたんだ。今度はちゃんと自制できたみたいね、偉い偉い」
「うぐぅ……自制……」
褒められても最初は本当に自分勝手になり始めてたから嬉しくないというか逆に責められてるような気分がしてくる。
本当にロリ先輩にはなんか勝てるイメージがわかないって人っすよね……
「あの……さっきの話って……本当なんですか?」
「あはは、ごめんねー。さっきは大げさに言っただけ。あれはこっちが悪かったんだよ。いい歳して『そっち方面の知識』が全然なかったからさー。恋人って言ったら『そういうこと』までやるってことだもんね。こっちはお遊びみたいな気でいたけど、ねねの方が真剣にお付き合いを考えてくれてたってことだし。むしろ、あの時はいきなり蹴っちゃってごめんねー」
「あ、いえ……ジブンは、ただ……」
「……いい、歳……?」
また小首を傾げるニアちゃん。
まあ、初見だとそういう反応っすよね……。
「相変わらずロリロリしい見た目っすよね……これでジブンの一個上なんすけど」
二十歳でこの見た目、下手をすれば中学校……もしかしたら小学校にだって簡単に潜入できちゃう外見すけど、ちゃんと飛び級とかそういうのなしで普通に先輩なんすよね……。
この容姿だから飲んでるのもただのジュースだと思って、つい飲んじゃったんすよ……だからって、その後のことに言い訳なんてできないっすけど。
ただ、自分は……あの時、本当は……
「あの時は、傷付けたかったわけじゃなくて……」
「ところで、私はちょっちこの街に人探しに来たんだけどさ。ニアちゃんって、言ってたけど。もしかして『ニアリィ・ダミーズ』? 御本人様?」
「え、あ、え? なんで名前を……」
「ちょっとお届け物が……ん?」
ロリ先輩がそう口にしたところで、パラパラと落ちてくる小さな鉄屑みたいなもの。
それから、ギギギッって……なーんか、すんごい嫌な音が……
「か、看板の金具が……」
「んー、先に済ませた方がいい案件が別にありそうかな?」
突然、臨界を越えて弾け飛んだ看板の金具。
両端を支えていた一方が壊れたことで、巨大な振り子のギロチンみたいに、自分たち三人が集まった席を横薙ぎに……!
「あ! あぶなっ」
「よいしょっと」
ガキンと。
看板が『止まる』。
小細工なんてなく、魔法なんかでもなく……ロリ先輩が突き出した、まるで特撮の怪人みたいな、甲殻の鎧で覆われた腕で。
まともに当たれば人が死ぬような重さと速さの振り子を、自分たちに届く前に、まともに受け止めている。
そうだった……ロリ先輩もこの世界にいるってことは、そういうことだった。
「さて、場所を変えよっか。騒ぎになると面倒だし」
今のロリ先輩は、前世とは少し違う。
心が強くても殺されれば普通に死んでしまう、ただの人間とは少し違う。
きっと、もう誰にも殺されない強さを持った……『戦える転生者』っす。
(合意でさえあれば合法)ロリ先輩。
※2022/09/25
しれっと一部の表現をマイルドにしました。
まあ、その時の『真相』は数話先ですが、実際の内容も言葉の割にマイルドなので(アダルティではあるし完全な誤解とは言わない)。




