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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十二章:暇乞う『魔王』

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第482話 二正面開戦

side ユーキ・マキシマ


 文字通り自分自身の身体のように動く、僕本来のものではない転生者の能力と……神器と一体化した肉体。

 今までの僕とは全く違うレベルの身体能力だけど、それを過信して全能感に浸るような余裕のない桁違いの戦場。


 むしろ、うっかりすると力み過ぎて壁に激突したり必要以上に高く跳んでしまって身動きが取れなくなってしまうかもしれない不安感すらある。

 けれど、どうにかそうならずに動けるのは、やっぱり彼の細胞が僕の脳を補っているからだろう。


 過信するな、けれど怖がるな。

 使い熟せ、彼の感覚と僕自身の経験で。

 軍の訓練を思い出せ、そして幼い頃に夢想した『転生者のような力を手に入れた自分』のイメージを今の自分に擦り合わせろ。


 僕には、『自分にできないこと』なんてできない。

 だからこそ、『自分にできること』だけはちゃんとやれ。


「シアンさん! 『守護者』は任せてもらえますか!」


 屋上から飛び降りて無事に着地できる身体能力を確認しながら、守護者からの攻撃を回避しているシアンさんに叫ぶ。


 僕が『突破口』に思い至ったのは闇の守護者の使い手だけ。『魔王ヒイラギナツメ』の攻略法はわからない。

 けれど、地下で彼女の情報を見つけたシアンさんたちが勝負をかけたということは、きっとそっちの攻略法にへ目処が立ったということだ。

 仮に違うとしても、守護者の猛攻に困っているのは明らかだ。


「大丈夫ですの!? 物理攻撃はほとんど効きませんわよ!」


「あの『不明』の性質はわかってます! 僕に……この『インセクター』に、任せてください!」


「っ……魔法光に反応して激しく攻撃してきます! お気を付けて!」


 そう言って、魔法を使うのをやめて身体能力だけで守護者の触手から距離を取るシアンさん。

 これまでの立ち回りも、トーリーさんや空山さんに攻撃が行かないように気を引くために魔法を派手に使っていたのだろうけど、それをやめた……僕のやろうとしていることを邪魔しないように。


 責任が大きくて不安はある。

 策はあっても、本当に上手くいくかどうかって確信もない。

 けど……できると信じてやらなきゃ、絶対にできない!


「ありがとうございます! インセクター、行きます!」


 感覚で今のこの身に備わった『能力』を発動する。

 それはある種の変身能力に近いタイプの能力……彼が地下で蜘蛛糸を放っていたように、細胞単位の変身で蟲の持つ能力を身体能力の一部として発揮する。


 今、僕が使うべきは……ホタルの『発光能力』だ。


「はあっ! 『不明』の守護者! その中の夕子ちゃん! こっちを見てくれ!」


 僕が知らないはずの名前が口をついて出たけど、それを深く考える余裕はない。

 あの『不明』は魔法光に反応していたけど、魔法光だけに反応するんじゃない……『光る物』に反応するんだ。

 強い光を放つものを……『求める』性質があるんだ。


 そして……覚悟を決めろ!

 この確信を、彼の与えてくれたものを信じろ!


「たあっ!」


 迫って来た『不明』の触手に向かってジャンプして……飛び乗った。

 怖くはあったけど、触れた足は呑まれない……成功だ。


「やっぱり、『不明』は『光』を呑み込まない」


 『不明』は光のない領域、だからこそ『光を放つ物体』とは反発する。

 それが反射光だったら、光を通さない『不明』に接触すれば光を発することができなくなって呑まれてしまう。けど、それそのものが絶え間なく発光し続けている物体なら呑み込まれずに触れることができる。


 とは言っても……


「うわっとと!?」


 全身を発光させているおかげで触れた部分から呑まれることはないけど、代わりに強い光に反応した『不明』の触手が鞭のように殺到してきて、慌てて跳び退いて回避。

 『不明』の上から一度離脱することになってしまったけど、避けないときっと潰されて死んでいた。


 『不明』に振れる物体そのものが発光していれば、そのまま呑み込まれることはない。

 けど、代わりに触れることができるようになった『不明』はその見た目からイメージする以上の重量感を持つ実体として、呑み込めない『光』を包み込んで押し潰してしまう。


 電球とか機械、そして魔法の光でも包囲されて膨大な圧力で押し潰されれば結局は壊れて光が消えてしまう。

 火炎だろうと火元が削られて消えればすぐに燃え尽きて『不明』に呑まれてしまうだろう。


 全身から強い光を放って『不明』に触れられるようにすることができても、それは防御策としてはむしろ逆効果。反応されないように光源を手放して闇の中に逃げていた方が安全かもしれない。

 けど、僕がやらなきゃいけないのは隠れたり逃げたりすることじゃない。


「やっぱり人間の、女の子の形だ……生物の形なら、『守護者』の本体は心臓の位置。あの『頭』の下の辺りだ」


 近くで動きながら視点を変えてみて、ようやく形が見えてきた『不明』の守護者。

 高さはそこらの建物以上、周囲の足場もない。

 今の僕の身体能力でも、地表からの跳躍じゃとても届かない位置……あそこの『本体』の位置まで行くには、『不明』を足場にするしかない。


 この身体能力と、僕自身が積み重ねてきた戦闘訓練で染み付いた経験値を信じて。

 一撃でもまともに受ければ死ぬかもしれない攻撃を掻い潜りながら。


「インセクターさん……力をお借りします!」




side シアン・カットゥール


 跳ね回る光点に誘導されるようにこちらから注意を離して反対方向へ移動していく闇の守護者。

 どうやら、ユーキさんは上手くやってくれているみたいですわね。


「守護者の注意があちらに集中していれば、こちらもそれなりに本気で魔法を使っても問題なさそうですわ。トーリーさん! 空山さん! お待たせしました、作戦開始ですわ!」


「はい! こっちは準備バッチリです!」


「おう! こっちもいつでも行ける! やってくれ、マドモアゼル!」


 私が守護者に追いかけられている間に配置に着いていたお二方も作戦を開始。

 闇の守護者と違いルール違反をしない限りは能動的に干渉してこない『ヒイラギナツメ』の性質上、ここまでは問題ありませんでしたけど、この先は引き返せませんわ。


 まず最初は、トーリーさん。

 半壊した鐘楼に登った彼女は、この街で一番大きな鐘に手を当てて……彼女が壁や床を流動化させるのにも使っている震動の魔法を流し込み始めます。


 街に響く大音波。

 初めはブーンという単なる共振のノイズにしか聞こえない音でしたけど……次第にそれは調律されていき、一つのハッキリとしたイメージを連想させる音色になる。

 そう、それはまさしく、『泣き声』そのもの。


『うぁぁああああんっ! びぇぇえええええっ!』


 その鐘の音色はまるで、盛大に泣き喚く赤ん坊の泣き声。

 本来は荘厳に鳴り響くはずの鐘楼の鐘をあんなふうに鳴らせるのはトーリーさんくらいなものでしょう。


 そして、その『戦闘』でも『攻撃』でもないはずのアクションに対して起こる氷の巨塔の変化。

 ピシリと、塔の全体から細かな氷の欠片がほんの僅かな断片ではありますが、本来はありえないような巨躯の自重で圧壊したように飛び散りました。


 やはり、この方法で間違いはありませんわね。


「外界を拒絶する封印の氷……その封を解くには、『ヒイラギナツメ』に外の世界への『興味』を呼び起こすしかない。実験記録の通りですわ」


 地下の機密資料室で見つけた実験記録。

 そこには『ヒイラギナツメ』の封印を解けないまでも、その絶対性の揺らぎが発生する法則性についての考察と実験結果が記されていました。


 それに曰く、『被験体の封印強度は、被験体への呼びかけや被験体の過去に関わる五感情報の刺激によって僅かに低下した』とありました。


 そもそも、『ヒイラギナツメ』の自己封印が本当の意味で完璧であれば、今日この場で活性化した事自体がおかしなこと。

 今こうして彼女が外界に干渉するようになっている以上は、それだけ外界との隔絶を維持する封印を揺るがす要素があったということに他なりませんわ。


 実験では見られなかった活性化、そして今日の活性化直前の出来事と、彼女が自らを封印した事件。


 トーリーさんが現場の記録を読み返して見つけたのは、封印された彼女のすぐ傍らに赤ん坊を抱えた母親の遺体があったという記述。

 『人造魔王計画』において捏造された討伐隊との激戦の末の自己封印という筋書きには存在しなかった要素であり、実験の上でも単なる『回収記録』の中の情報の一部として特に考慮されなかった部分。


 そして、今日の活性化の直前にも響いていた赤ん坊の泣き声。


 この反応は、予想が当たっていたということでしょうね。

 僅かずつですが、表面から氷塊の封印が弱まって神秘的な強度の絶対性を失いつつある。


「あなたの止まった時間を動かすには、まず『現在』と『最後の瞬間』を繋げなければならないのですね……ヒイラギさん」


 もはや百年以上も前のこと。

 当時の状況なんて、記録から想像するしかないのですけど。

 要は彼女が無視できない刺激を与えて揺り起こしてあげればいいのですわ。


「空山さん! お願いしますわ! 危なくなったら縄張りの外に退避を!」


「おっしゃ! 行くぜ、みんな!」


 合図と共に始まるのは『剣舞』のリズム。

 空山さんと、剣の少女たちが打ち鳴らす剣の音。

 単なる金属音ではなく、演武として示し合わせているが故に力も速度も申し分ない迫力を放つ『戦闘音』の偽装。


 偽装とはいえ、それはルール違反そのものですわ。


 剣戟の音に反応して氷鎧が湧き始めると、空山さんたちは即座に相手を変更して氷鎧との戦闘を開始。

 地形と足場さえ良ければ戦闘要員の頭数を多量に確保できる空山さんだからこそ即座に展開できる『派手な戦闘』の構図。

 そして、氷の巨塔はそれに耳を傾けるように身を捩らせはじめましたわ。


「あなたがこれまでに反応してきたのは『赤ん坊の泣き声』に『戦闘音』……そして、転生者の攻撃ですわ!」


 二人の生み出す音に気を取られる氷の巨塔。

 もう、魔力は十分に高め終えていますわ。


「叩き起こしてあげますのっ! はあっ!」


 『初速』ごと具現化する岩の砲弾。

 私の魔力を惜しげなく込めた巨岩弾の乱れ撃ち。

 巨塔に直撃したそれらは、普通の氷の塊であれば容易に粉砕してしまうはずの威力とは裏腹に破壊不能の物体への衝突の反動で自ら砕けていきますけど……それと、同時に塔全体からまた舞い散る氷の小片。


「起きるまで、何度でもノックしてあげますの!」


 塔に魔法攻撃の衝撃が響いて封印が壊れつつあるというわけではありませんわ。

 『魔王ヒイラギナツメ』の権能としての氷の封印は単なる物理攻撃では突破不可能なもの。けれど、無意味ではない。


 眠っていても、激しく揺さぶられれば寝苦しくはなるもの。

 そして、『外部に興味を持つ』ということ自体が封印の完全性を削いでいく要因になる。

 この分厚い氷の壁の向こうに響くような衝撃なんて、手加減した小技ではとても生み出せませんけども。


「手応えあり……は、いいのですけど! やっぱり来ますわよね!」


 闇の守護者に向けられていたのと同じ。

 氷の巨塔からの氷柱砲撃を全力で回避。

 いくらなんでも、相手が起きるまでこちらから一方的にタコ殴りにはできませんわ。


 『封印を緩める』ということは『ヒイラギナツメの意識が目覚めに向かう』ということ。

 まだ完全覚醒していない、寝ぼけた微睡みの中にあるような状態でしょうけど、寝起きの悪い人間が起こしにきた人に抵抗することがあるように、目覚めに近付くほど、より精度が高く本格的な反撃が返って来るでしょう。


 その反撃がこちらの許容できる範囲を超えるのが先か、それとも彼女の微睡みが覚めて認識が現代に追いつき、現実を認識するのが先か。

 それが勝負ですわ。


「あなたの『戦争』を、終わらせてあげますわ」


 同じ時代遅れの戦士として。

 寝坊助な同期を根気強く揺り起こしてあげますわよ。


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[一言] その光は眩しくて優しくて暖かくて羨ましくて妬ましくて愛おしくて
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