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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』
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第4話 コソ泥ラクタ

side テーレ


 どういうつもりなのだろうか。

 こいつの行動は本当に読めない。


「店主さん、お尋ねしたいのですが、あなたはこれがどのような物品だと思いますか? 価値のあるものならお金にしたいのですが」


「ん? 初めて見る顔だな。どれどれ……なんだいこりゃ? ただの紙、にしちゃ薄っぺらいわりに頑丈そうだな。かなり良質な素材みたいだが、なんだこの模様……いや、絵か?」


「はい、たとえばの話ですが、この街にこれを再現できるような方はいらっしゃるのでしょうか?」


「いや、いないだろう……下手すりゃ国中探してもいねえよ。本当になんだこりゃ? こんなきめ細かい模様初めて見たぞ。魔法で加工した痕跡もない。どうやって作ったんだ?」


「さあ、私も詳しい工程は知らないのですが。しかしそれは様々なものを手にすることに必要な、とても価値のあるものだと聞いたことがあります。そのために、偽造が不可能なようにそのような精密な加工がされているとも」


「まさか、どこかの遺跡の鍵に使われている護符か? 確かに古代文明の中にはこういう技術がある可能性もあるが……それか、これ自体が鍵ってわけじゃなくてもどこかにある宝の位置を示す地図が模様の中に隠されている可能性もあるのか……」


「それはどうでしょう? そういった類のものとして見るには新しすぎるように思いますが。むしろ芸術作品の類では?」


「いや、遺跡の中には保存機能の付いた部屋や容器に入ってる宝もあるから一概に新しすぎるとは言えないが……もしそうだとすると、これは相当上質な保存がされていた重要な物品かもしれない。そもそもとして、こんな微細な細工がされてる時点で特別な作り方をされてるのは間違いないんだ。しかし……あんた、これをどこで手に入れた?」


「どこで、とは……偶然持ち歩いていた、では説明になりませんよね?」


「ああ、それにあんたがこの店に来て堂々とこれを見せてきたのもよく考えりゃおかしい。ここは言ってみりゃ質屋だが、基本的に物の出元を詮索しない。だから客は後ろめたいやつらが多いし、素人が簡単に見つける場所じゃねえ……冒険者から盗んだのか?」


「……いえいえ、滅相もありません。実はそれは、とある低層民の子供が珍妙な格好をした男からスリ盗ったものでして、それ以前の由来というのは判然としないものなのですよ。その子供の名前はええと、ラクタさん、と申しましたかね」


「……スラムの小娘か。確かにここの常連ではある。ここのこともそいつに聞いたか。で、そいつはどうした?」


「どうしたとは、そんなに睨まないでいただきたいですね。少々加減を間違えて痣を作ってしまいましたが、元気に生きてそこら辺にいるはずですよ。巡回の衛兵さんに渡したりもしていません」


「……ふん、こそ泥がしくじってぼろ切れにされるなんざ良くあることだ。いいだろう、その妙な札、買ってやるよ。銀貨3枚でどうだ?」


「こちらには、それを買い戻すつもりは全くございません。そして、もしあなたがそれをうまく使ってどれほどの益を得ても見苦しく再交渉しようとは思いません。互いにどうなっても後悔せず、後腐れもない値で取り引きすることにしましょう」


「……銀貨4枚と銅貨20枚。それ以上は出せん」


「ありがとうございます。では、その値段でお譲りします」




 店の中での会話が終わり、出てきたこいつは笑顔だった。


「テーレさん、ラクタさん。驚くことに日本円が換金できました。銀貨4枚というのはどれくらいの価値なのでしょうか」


 自分にスリを仕掛けてきた子供を捕まえてどうするかと思えば、盗品を売ろうとしていた店を聞き出してこの世界では価値のないはずの日本の紙幣を自分で換金するとかいう意味不明なチャレンジをするこいつの思考パターンは本当によくわからない。

 というか、『珍妙な格好をした男』って自分のことだし。一度スられたのを取り返しただけなのに、意味深な来歴があるみたいに勘違いさせてるし。


「すげえ! オレが珍しい札だって持ち込んでも精々銅貨20枚なのに!」


 『丁度処分したいものがあるから売れたら分け前を渡します』とかいって案内させたスリの子供にはなんか懐かれてるし。詐欺まがいの交渉テクニックのせいで『師匠』とか呼ばれてもおかしくない雰囲気だ。


「さすが日本銀行さんの技術の結晶ですね。一度これを『貨幣』として認識することのない人の目による鑑定でなら芸術品としていくらの価値があるかを調べてみたいと思っていましたが、その反応ならやはりなかなかの品だったようです。しかしラクタさんもただの珍しい盗品として見せるだけでなく商品の良さを売り込まなければいけませんよ。それはともかく、お腹は空いていませんか? これでお昼が食べられるなら、どこか安めで美味しい店を紹介してくださればそこでご馳走しますよ。手首と肩につけてしまった痣のお詫びもかねて」


「よっしゃ! 任せろ! 一度入ってみたい店があったんだ! あと痣に詫びなんていらねえぜ! 捕まる方が悪いってのは常識だからな」


「しかし私も心苦しいのでご馳走はさせてください。この世界の人々は強靭だと聞いていたので力加減を間違えてしまったのは私の失態です」


「ははっ、あんな強く掴まれた時には殺されるって思ったぜ! さ、ねえちゃんの方も一緒に行くんだろ? 置いて行っちまうぜ」


 いやほんと、何やってんのこの人。

 予定では真っ直ぐ冒険者ギルドに行って正道から着実にステータスと名声を上げていくつもりだったのに、いきなり裏社会側に人脈作るのやめてほしいんだけど。第一村人と仲良くなる感覚で第一盗人を仲間にしないでほしいんですけど。

 仮にも転生特典の従者として現世に存在する以上は転生者自身がはっきりと決めた方針に逆らうわけにはいかないし……


「ラクタさん、実は私、この辺というより世情に疎いもので、食事をしながらで構いませんが、この街やこの世界のことを教えてもらえませんか?」


 本当に、何をしたいんだろうか?




 盗みで日々を食いつなぐ低層民には一生縁が無さそうな小料理屋で初めて客として出された様々な料理を見て、目を輝かせるラクタという子供は問われるがままに質問に答えていく。


 と言っても、所詮は低層民。しかもスラム育ちの子供。

 教養のレベルは低くて街から出たこともないから知見も広くはない。得られる情報は私が説明した基本的な事項とそう変わらない。むしろ、私の情報の方が正確だし、情報料としてこんな料理を食べさせるほどの価値があるとも思えない。


 本当に、何のつもりで……


「ふむ、独特な味付けですね。ラクタさんも半分食べますか? あ、代わりにそちらの芋らしきものの煮付けをいただきたいのですが」


「おういいぜ! 交換な!」


「ありがとうございます。それにしても、この味付けは……魚の料理はないのですかね? 肉は比較的安いようですが」


「魚? あるわけないだろこんな店に。一番近くの湖から運んでも腐っちまうし、凍らせて持ってこれるのは金持ちだけだぜ」


「なるほど、ここは海も湖も遠い街なのですね。」


 それくらい、わざわざこんな風に聞き出さなくても私に聞けば答えるし、調べるのも難しくはない。

 なんでわざわざそれを、私じゃなくて正直に話すかもわからない子供なんかに……


「ところでラクタさん。『転生者』または『日本』という言葉に心当たりはありますか?」


「ブフォ!」







side ■■■■


 ふむふむ、なかなか美味しい芋の煮付けです。全く同じではありませんがジャガイモによく似合った食感です。

 そして、柔らかくなるまで煮てあるだけでなく、味付けもいい。いやはや、異世界に来てこんな味を食べられるとは思っていませんでした。


 しかし、違和感がありますね……


 どうして、この世界に、この恐らく日本より高緯度で寒冷な地域に、『味噌』や『醤油』に近い味付けがあるんですかねえ?


 これが海辺の街の魚醤由来だというのなら納得なのですが、大豆由来の発酵製品が異世界にあること、そして日本の出し汁や味噌煮込みに近い日本人好みの味付けが普通に店で出てくるのは流石におかしいと思いますよ。温度管理が難しいはずですし、それが魔法で解決できるなら魚も氷漬けで持って来られそうなものです。


 というか、そもそも文化レベルの割に料理の類が美味しすぎるし、味付けが日本人に丁度良すぎます。同じ世界でも地域が違えば『美味しい味』など千差万別であるはずなのに。

 複数の料理を食べればある程度はこの地域で好まれる味もわかるはずですが、それが『日本』を感じさせるというのもおかしな話。


 まるで、私の前に来た日本人がこの世界の料理に満足できずに好みの味を押し付けて変革を起こしたみたいではないですか。


「ところでラクタさん。『転生者』または『日本』という言葉に心当たりはありますか?」


「ブフォ!」


「テーレさん! 飲み物が気管に入りましたか! 大丈夫ですか!」


「だ、大丈夫、ちょっと、驚いただけ、だから」


 『驚いただけ』ですか。

 それは、私が質問したタイミングで、私が『自分の正体が露顕しかねない発言をしたこと』に驚いたのでしょうか?

 それとも、私が『疑問を持っていないはずのことを質問したこと』に驚いたのでしょうかね。


「え、えっと、『転生者』ってあれだろ? 王様のお抱えだとか、戦争で千人も倒したとか、新しいものを次々発明したとか、そういう神様の加護を得たっていうすげえやつらだろ? 『日本』っていうのは知らないけど、あ、でも『ニホンシュ』って酒は聞いたことあるぞ!」


「なるほどなるほど、やつらということは複数、それぞれ別の逸話ですか。ありがとうございます」


「あ、オレはあんまり詳しく知らないけど、そいつらはみんな冒険者ギルドで登録してるらしいから、そこで聞けばもっと詳しいこともわかるかもしれないぜ」


 ふむ、女神ディーレは『転生処理は初めて』だと言っていましたね。転生したら出現時点がランダムという可能性もなくはありませんが、女神ディーレ以外の神が転生させた方々と見た方が妥当ですか。


「ありがとうございます。お腹は一杯になりましたか? お釣りは差し上げます。当面の食費にするなり、新しい道を開くなり、スラムの方々と分け合うなり、最善の使い方を考えてみてください。結局はつまらないことに使ってしまうとしても、できるかもしれないと思いながら思索するだけでも経験になりますよ。ではまた、善き友でありましょう」


 聞きたいことは聞けました。

 先程換金できたお金はラクタさんに全部渡しておきましょう。ラクタさんを心配しているであろう質屋さんを騙したみたいで心苦しくはありましたし。可能な限り嘘はついていませんが。


 そう……嘘は、ついていませんね。


「テーレさん、私達も冒険者登録をしておきますか? というか冒険者登録というのは身分証代わりになるんですかね?」


「……一応はね。低層民や移民にもモンスター討伐をさせる代わりに正式に人権を与えるシステムでもあるから。身分証として使えるし、持っていれば日雇いの仕事も受けやすいから腕に自信がある人間は大体取ってるよ。私も最初から、冒険者登録はしてもらうつもりだったし」


「では、そうしましょうか。ギルドというのは……あちらですかね」


 テーレさんが街に入る前に下さった情報は、全て正確でした。ラクタさんの話と照合してみても、当事者と管理者の違いはあれ大凡一致していましたし。

 しかし、必要な情報の全てを開示してはいませんでしたね。


 この世界での『転生者』についての認識。

 私が転生者である以上、それが世間から見て受け入れられているのか、それとも忌避されている存在なのかはどちらであれ最初に教えておくべき事項に含まれるはずです。


 あの時は話し終わるまで質問禁止と言われていましたし、すぐに街が見えて話の後の質問の時間は実質ありませんでしたが、テーレさんが話すつもりなら、タイミングはいくらでもありました。


 ラクタさんの反応を見る限り、転生者の方々は派手に活動して神々の宣伝を行っているようですが、戦争への武力介入を行っている方もいるなら敵味方で賛否両論もあるでしょうから軽々に名乗るべきではなさそうですね。


 しかし、それでも何も言わないとなると……私には『この世界に他の転生者がいる』ということを意識させたくなかったと見るべきですか。『転生者と名乗るのは良くない』と言ったとしても、それは私が他の転生者に会いたいと言ったときに引き止める理由になりませんからね。


 つまり、転生者同士は潜在敵……ともすれば、異教の神々の手駒、この世界における神々の代理戦争の主役、だったりするんでしょうかね。ディーレ様の言葉からしても神々が必ずしも仲良く在るわけではないようですし。


「時にテーレさん。先程から機嫌が悪そうですが、一つ、質問に答えてもらってもいいですか?」


「……質問による」


 だとすれば、テーレさんが何故それを黙っているかという問題ですが。

 私の考えが正しければ……


「あなたは私が好きですか? それとも嫌いですか? どちらかと言えばどちらか、答えていただきたいのです」


「……別に、あなたのことは大して……」


「『好き』か『嫌い』か、どちらかで解答してください」


「……『嫌い』。そもそも私は弱くてすぐ死ぬ『人間』が嫌い。これでいい?」


「はい結構です。ありがとうございます。変なことを聞いて申し訳ありません、今の質問についてはお忘れください」


 やはり、ですか。

 テーレさんは私に対して『嘘』を言うことができないんですか。


 衛兵さんをあれほど上手く周到に騙せるテーレさんなら、私の言いくるめくらい容易いはずなのに、『嘘はついていないけれど本当のことも言っていない』という半端な対応しかできないのは、その縛りのせいですか。転生特典というのは、形だけのものにはできないようですね。


 …………素晴らしい。

 つまり、テーレさんの言葉は全て『真実』として信じてもいいということですね?

 テーレさんの言及し、明言した事柄は、少なくともテーレさんの視点では全て確実だと信じても構わないということですね?


「アハ、アッハッハッハ! そうですか。それではテーレさんに好かれるためにも頑張らないといけませんね。女神ディーレの信仰を高めるためにも、何から始めるべきですかねえ」


「え、ちょっ、いきなりなにはしゃいでんの!?」


 ああ、転生してよかった。

 特典がテーレさんで、私を素直に嫌いだと言ってくれる正直者で、本当によかった。


 心から信頼できるパートナーがいるなんて、なんと幸運に恵まれた旅立ちでしょうか!


「さあ、テーレさんのお導きのままに、まずは冒険者ギルドへと行きましょう! とてもお強いテーレさんの足手まといになってしまうかもしれませんが、私も精一杯テーレさんのお役に立ちたいので」


 テーレさんは女神ディーレのために私を利用する。

 それならば、テーレさんのために動くことは、結果として女神ディーレのためになるのですから。


「白昼堂々街中で騒ぐな」

「はい静かにします」


 あと、そうやって雑に扱われるのも嫌いではないので。


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― 新着の感想 ―
お、おおおおおお あの喧嘩の原因ちゃんと言ってた。 2週目の特権だな〜
[良い点] 足舐め発言といい主人公なかなかMっ気があるのかな?天使さんの足ぺろぺr
[良い点] 最初にエタナンさんがことわりを入れてくれたおかげでこの主人公を楽しむことが出来ました あと、この主人公はちょいMですかね?笑
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