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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十二章:暇乞う『魔王』

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第442話 『子供』からの譴責

 普段の三倍くらいの文字数の会話回。

 夜会話的なシーンだといつも何だかんだで文字数が増えちゃいますね(汗)。




side 狂信者


 一晩にして三つの店が潰された、その当日の真夜中。

 賭場が立て続けに潰れるという異常事態への対処と後処理に追われ、話し合える時間も空気もなく、数時間が過ぎて一定の落ち着きが戻った頃合いのこと。


 私が呼び出されたのは、とある賭場(ハウス)の屋上。

 一般客の立ち入ることのない、カジノスタッフ用の休憩スペースとしても利用されているスペースでした。

 そして、そこで私を待っていたのは、私を呼び出した人物……ゴルディオさん。


 彼は片手に小さなグラスを持ち、その中身を軽く呷りながら私の気配に気づいたように振り返ります。


「あら、来てくれたのね。ワインとか、少しくらいは飲むかしら。それほど上等なものじゃないけど、夜は冷えるし酔わないくらいならいいんじゃない?」


 そう言う彼が屋上の縁石から持ち上げたのは、確かにワインらしきボトル。

 上等ではないと言ってはいますが、それでも一般的に見ればかなりの質のものでしょう。

 確かに夜は冷えますし、酔うためではなく体を温めるために飲むというのはよくあることでしょう。


「……私について、ダイアナさんとあまり情報共有などはなされていないようですね」


「あら、もしかしてお酒は全くダメ?」


「まあ、遠からず。お酒としてはダメにしてしまっていいというのなら飲めないことはないのですがね。身体を温める手段としては使えます」


「よくわからないけど、それならそれでいいわ。呼んでおいてアタシだけ飲んでるってのも変な話だもの」


「では、少しだけいただきますよ」


 ワイングラスに注がれる白色の液体。

 ほのかに香る葡萄の芳香……まあ、これ自体は悪いものではないでしょう。

 私が個人的に酒精(アルコール)という概念をあまり好いていないというだけで。


 グラスを傾け、液体が唾液に触れると、繋がった液全体が熱を持って湯気を立てます。

 ふむ、やはりホットなブドウジュースといった感じですかね。


「あら、それ魔法?」


「【是般若湯也(ネガブラッド)】……酒精を白湯(さゆ)に変え、ワインをただの温かいブドウジュースにしてしまう。まあ、赤ワインであればその気になれば血液なんかにもできてしまったりしますが、そういう気分でもありませんし普通に白湯にさせていただきました」


「まあ、酔わずに身体だけを温められる魔法ってこと? 確かに冒険には便利そうね」


「ええ、まあ……これも魔法ではありますが、私が私にかけた呪いみたいなものですかね。お酒をお酒として美味しく作っている職人さんには申し訳ないのですが、どうにも『簡単に気持ちよくなるもの』は苦手で。実は美味しい料理とかも少しだけ、遠ざけたくなることがあります。ガリの実というのはそういう時に便利ですが」


「ふふっ、それなら魔法を使ってでも飲んでくれるってだけでも誠意だと思っておくわ。ええ、そういう生き方もアタシは好きよ。それなりに、いろんな人間を見てきたつもりだけど……人は、気を付けていないと自分で嫌だと思っている方向にも流れてしまうものですものね」


 そう言って、自分自身もグラスを呷るゴルディオさん。

 特別にお酒に弱いということもなく、酔っている様子なくむしろ深く考え込むような表情をしながら……世間話のように、切り出しました。


「ねえ、ダイアナちゃんとの作戦は順調なのかしら? あとどのくらいで出来そうとか目算はついた?」


「複製品に関してのことなら……テーレさんによればゼロさんの協力を踏まえ万全を期して三か月、工程を最大限縮めても二か月は必要だそうです。なにぶん、制作時期も分からないほど太古の神器なので。むしろ再現可能かもしれないという時点で驚きの技術、職人さんの腕はどこを探そうがこれ以上を期待できないのだとか」


「そう……まあ、さすがに都合よく数日でポンとできるものじゃないわよね。ところで……その作戦って、この街の外でこっそり続けられちゃったりする? 一応、セーフハウスの一つや二つはいつでも用意できるけど」


「それは……まあ、現実的ではない。残念ながらそう言うしかありませんね。そもそも、複製計画そのものがこの街のルールに護られた状況を前提としたもの。どこに隠れようと『王弟派』が追ってくると考えれば、行動にも制限がかかる」


「そうね……まあ、わかってたけど。一応、言ってみただけよ」


 また、しばしの沈黙。

 小さくグラスを傾けつつもほとんど中身を飲むことなく、唇を湿らせる程度に留めながら間を持たせるためだけの動作としてワインを飲みつつ……ゴルディオさんは、口を開きました。


「狂信者ちゃん。あなたは、ダイアナちゃんを連れて一緒に旅立ったりとかは……できないわよね」


「……ええ、残念ながら。それなら一人旅の方が安全なレベルですよ。私たちとゼロさんが仲良くなってしまったことも『王弟派』に知られるでしょうし、これからは危険因子として狙われる可能性も高い。そして……ゼロさんを連れてというのも、かなり難しいでしょう。聞けば、ゼロさんの転移は天界と繋がる神器の問題でガロム文化圏外への移動は難しい。現在の神器が繋がっている『無色のエネルギー』が引き出せる天界領域からチャンネルがずれるとエネルギーが変質しますから。そして、その範囲ではたとえ転移しようと、彼らはどこにでも追って来る」


「そうね……わかってたわ、正直に言ってくれてありがとう。はあ……こんなことなら、もっと早くこの街から出しておくべきだったかしらねえ」


 大きく嘆息したゴルディオさん。

 私を呼んだ一番の理由はやはりダイアナさんを連れていけないかという案を話すことだったのか、落胆を隠せないように俯きます。

 そして、気を取り直したようにというべきか。顔を上げ、屋上の縁によりかかって愚痴をこぼすように言葉をこぼします。


「あの子には、カタギとして育つ道もあったのよ。少なくとも、生まれた時には。けど、今はもう……アタシがマニスくんに蹴落とされたら、やっぱりあの子もタダじゃ済まないかしらね。街から追い出しさえすれば、暗殺だってなんだってし放題。また舞い戻ってくるかもしれない不安の種なんて、彼が残すとは思えないもの」


「カタギとしてというのは……『ノギアス・マフィア』とは無関係な人間として、ということで間違いありませんか?」


「そう。だって、あの子とアタシ、血は繋がってないもの。ダイアナちゃんと大親分(ボス)は赤の他人、アタシは『ボスの息子の成り損ない』。商人から転向して頑張って地位を上げてきたマニスくんから見れば、血が繋がってるだけで若頭になれちゃったアタシなんて卑怯者もいいところだし、ましてやその養子ってだけのダイアナちゃんの地位が繰り上がるのも許せない。まあ、いつかはこうなるのっていうことだけは、わかってたのよ」


「ダイアナさんは……いえ、知っているんでしょうね。なんとなくですが、それくらいは察せられます」


「ええ、何せアタシがこんなで人生の伴侶なんてもの一度だって持ったことはないんだから。アハッ、誤魔化すにもどうやって生まれたって言えばいいのよ。あの子には全部、正直に話してあるわ」


 そう言って、またワインを一口。

 グラスを傾けつつも味わう気分ではないのか、ほとんど飲まずに傾きを元に戻します。


「あの子は、アタシの親友の子よ。こんなアタシにも距離を置かず、好きに生きればいいって言ってくれた男勝りな子。ダイアナちゃんとそっくりの美女で、ダイアナちゃん以上のギャンブルフリーク。とっても強いディーラーで、この街の賭場(ハウス)でも人気で……あの子を身籠ったのも、ギャンブルの結果。強いって評判のギャンブラーと貞操を賭けて勝負して、負けちゃったから一夜を共にした、その結果。けど、それも後悔はしてなかった」


「……そうですか」


「ええ、ちっとも。別に、賭けの代償は『一夜を共にする』ってことだけで、子供を産むことまでは強制されてなかったし、(おろ)すことができなかったわけでもないのに、勝手に産んだくらいだもの。『あの夜は楽しかったから。この子があの勝負の結果として産まれる子なら、ギャンブルしか愛せない自分にも愛せる気がする』なんて言ってね……元から、お産のしやすい家系じゃなかったのに」


「……亡くなられたのですね」


「ええ、皮肉よね。カードの賭けはあんなに強かったのに、負ける人の少ない人生の一大ギャンブルで敗退なんて。でも、ダイアナちゃんが元気に生まれたことを考えたら、それも一つの勝ち、なのかしら……アタシは、もしもの時のことを任されてたから生まれたばかりのダイアナちゃんを預かったわ。けど、ずっと育てるつもりはなかった」


 ゴルディオさんは、痛恨の失敗を思い出すように表情を暗くします。


「知らない内に子供ができてる馬鹿な父親を見つけ出して、首根っこ引っ掴んででも責任取って育てさせるつもりだった……けど、見つけた時にはもう死んでたわ。違う街で勝ち過ぎて、不興を買った現地の賭場だか勝ち取った大金を狙った強盗だかに刺されてね……お馬鹿なやつ、この街のルールに慣れ過ぎて、外でのルールを忘れたのね」


 この街では、『ノギアス・マフィア』が目を光らせている。

 『魔王の力』によって制定されたルールで、人目につかない裏路地ですら『ギャンブルの勝者から力尽くでお金を奪い返す』ということすらできないし、賭場も潰されようが復讐なんてできない、純粋なマネーゲームとしてのギャンブルが成立する。

 けれど、そうではない他の街では……そういうことも、起こるでしょう。


「結局、なし崩しにアタシが面倒を見続けることになったわ。まあ、子供一人養うくらいのお金には困らない立場だし、変なところに預けて不幸にするわけにはいかないから。それに、あの子にはこの街の空気が合ってた……ギャンブルで死んだ男と女の間から生まれただけあって、教えてもないのに四歳の頃にはブラックジャックしてたわ。21までの足し算なんて、四歳児にはまだ全然早いはずなのにね」


「そうですね、二桁の足し引きは小学一年生……六歳くらいで習うことでしたかね。楽しめることに関わることに対しては、人間は並外れた学習力を発揮するものです」


「この街じゃ、どうしても賭け事に触れさせずに育てることなんてできなかったもの……何度か、街の外に養子に出そうかと思ったこともあるわ。父親みたいな最期を迎えてほしくはないし、『マフィアの子』なんて苦労ばっかりだから。でも……それを決めるのが遅すぎたのかしらね。うまく行かなかったの、この街と違うルールのある外の街に馴染めなかったのかしらね」


「…………」


「昔、ちょっと信頼できるところに預けてみたことがあったの。『お泊り会』みたいな感じで、お試しのつもりでね。でも飛び出して自分で戻ってきちゃった……泣きじゃくりながらうちの玄関の前にいた時には、そりゃもう驚いたわ」


「ダイアナさんを手放したいと?」


「まっさかあ! あの子を産湯にまで漬けたのよアタシ。死んだ親友の子としての義理もあるけど、今じゃそれ以上に親としての情もあるわ。けどね……アタシはこんなだから。マフィアで半端者で筋肉馬鹿、親が子の人生を狂わせる要素の役満よ。友達関係にも負担になっただろうし……ゼロくんが来てくれるまで、寂しい思いばかりさせてしまったから」


 ゴルディオさんは、私の方を見てはたと気付いたように困り顔を浮かべます。


「あら、不快なことを言っちゃったかしら。ごめんなさいね、アタシみたいな『ファッション』でやってるみたいなのが、こんな勝手なことを言ってるとあなたみたいな人はやっぱり嫌でしょうね」


「はて、なんのことやら……人生は人それぞれ、悩みも、それに対する向き合い方も人それぞれでしょう。聞いていて心地よい話ではないのは確かですが、ゴルディオさんに怒る権利があるとすれば、それは私ではない。それだけのことです」


「ほんとに、ごめんなさいね。立場上、部下にはこういう愚痴はなかなか言えなくて……まして、今はアタシより不安なはずだもの。ずっと前から諦めのついてたあたしより」


 そう言って、ゴルディオさんは大きくグラスを呷り、空になったそこに新しいワインを注ぎます。

 素面ではなかなか語れない、というやつですかね。さほど酔えているようにも見えませんが。


「アタシなんて、生きていて何一つ向き合えた気はしないわ。全部、行き当たりばったりに迷走した結果。一度はボス……いいえ、『父親』と向き合うのから逃げて、街の外に飛び出して冒険者なんてやってみたこともある。けど、結局戻ってきちゃった、そこらへんも半端者よね」


「……ゴルディオさんは、標準的な冒険者から見てもかなり強い部類だと思いますよ。才能があったとしても、相応に努力しなければそこまでには至らないだろうと思うくらいには」


「まあ、そうね……その時は、そうすれば街の外でも生きていけると思ったから頑張ったの。でも、強さの問題じゃなかったわ……この街は、外部の人間から見れば『魔王の力』と『ノギアス・マフィア』に支配された恐ろしい場所かもしれない。けど、アタシから見たら外の方が怖い場所だった……か弱い女子供が安心して夜の裏路地を歩ける街なんて、外にはなかった。それが『当たり前』な世界は、どうしても怖かったの」


 屋上から見下ろすノギアスの街には、真夜中だというのに出歩く人影がちらほら。

 それも、巡回の衛兵や身を護る術を持つ者ばかりでなく、無警戒な女性や、こっそり家を飛び出してきたと見える子供まで。

 誰一人、『無法者の暴力』に怯えることなくすれ違い、挨拶すら交わしている。

 これが、この街の『当たり前』の夜です。


「『マフィアの子供なんて真っ平ごめんだ』なんて反抗して飛び出した癖に、どの面下げて戻ってきたんだか。マニスくんがアタシを嫌うのも当然よ。オマケにこんな性格だし……慕ってくれるのは、はぐれ者ばっかり。トップがこれだから、逆に安心できるんでしょうね。アタシの下なら『みんなと同じ』じゃなくてもいいって。マフィアなんて言っても、暴力と血が好きな連中ばかりってわけでもないから。この立場だけは、結構好きなのよアタシ。でも、ダイアナちゃんは違うでしょ」


「だから、できるなら私たちに連れて行ってほしかったと?」


「まあね……できることなら、今の内にあの子をカタギの世界に送ってあげたい。けど、それはゼロくんと離れ離れになるってことでしょうね。そして、アタシとも……きっと、恨まれるでしょうね。汚名返上も名誉挽回の機会もなく、ずっと親失格のままあの子の心に残り続けるっていうのは、さすがに来るものがあるわ」


 そう言って、ゴルディオさんは冗談めかした笑みを見せます。


「ねえ、何かアドバイスとかないかしら? もうどうしようもないって、あの子にどう打ち明けようかと思っちゃって、相談したかったの。それとも、こういう人生相談は専門外だったかしら」


 半分本気、半分冗談……くらいですかね。

 相談してどうなるものだとも思っていない、自分が悔悟と懊悩を持っていることだけは他人に知ってほしい。

 しかし、立場があって部下に洩らすこともできないから、部外者で仮にも聖職者もどきの私にと……まあ、そういった『懺悔』を当たり障りのない言葉で受け止めるのも、本職の聖職者ならばできるのかもしれませんがね。

 生憎と、私は似非者なので。そんなことはできませんよ。


「悪いと思ってるなら、必要なことは一つ。まずは親として、お子さんに謝ることです。『ごめんなさい、私が悪かった』『あなた心に深い傷を付けてしまったのは私です、あなたは悪くない』、そう言って非が自分にあることを潔く認めることです。思ってるだけじゃなくて、言葉にして」


「あら……思ったよりシンプルで大胆な意見ね。そういう時って、『はっきりと言わなくたって親の想いはいつか必ず伝わる』みたいなことを言われるものだと思ってたわ」


「ハッ、どんなファンタジー世界の話ですかそれ。もしそんなことを言う人がいたら、その方は『人間がその前に死ぬ可能性』を考慮していない。少なくとも私は『人が満足いくまで絶対に死なない世界』なんてものは階級の貴賤を問わず聞いたことがありませんよ。人は死ぬのです、未練があろうと報いを受けるべきことがあろうと、親を残してだろうと死ぬときには問答無用で死ぬのです。『転生者』の私が保証しますよ」


「そう、だったわね。転生者って、そういうものなのよね」


「ええ、そういうものです。いい歳なのは自覚しているつもりなんですが、ちゃんと大人になるタイミングを逃してしまったので、私の言葉は子供の言葉です。しかし、だからこそ、ためになることがあれば……まあ、私としては人間が『大人』になったくらいでこの感情を忘れ去ってしまう、自分の子供が悩み苦しんでいる時にその心に無理解になってしまう、なんてのが未だに信じられないんですがね。人間は誰しも、昔は子供だったはずなのに」


「それは……言われると辛いところね。『親子だろうと同じように育ったわけじゃない』、というのは言い訳かしら?」


「少なくとも、私からすれば甘えですかね。枝葉末節に多少の差はあれど、苦悩の根幹に大差なし。少なくとも、『親が子供に謝らなくていい理由』にはならないと思います。たとえ、子供が反抗的であったりこれ見よがしに悪の道へ進もうとしてもそれは変わらず……そもそも、よく言う『グレた』だの『非行』だなんだのというのは、大方はそれを求めているのですよ。大人はよく『我が子の自立のために』なんて言いながら手を離しますが、子供に自分で立ち続けられなくなるような『呪い』をかけた憶えが少しでもあるのなら、それを解かずに突き放すことのどこが『自立のために』などと言える行いでしょうか」


「『呪い』ね……それは、どんな親にも言えることなのかしらね……」


「……ええ、そうですよ。子供がわざと親を困らせるように自分の人生を損なうようなことをするのなんて、意識的か無意識的にかの違いはあれ、根本的には『お前が育て方を間違ったから子供の私はこんなに歪んで育ちました』というのを見せつけて、理解させて、自分から謝ってほしいだけなのです。それがわからずに抑えつけようとしたり『そんな人間に育てた憶えはない』とか自己弁解を繰り返したりするからお互いに後に引けなくなって拗れるのですよ。断言します」


「断言しちゃうの?」


「ええ、十中八九……とまではいわずとも、歪みの元は大抵そこ。逆に言えばそこさえちゃんとすれば子供の悩みの八割は解決すると思いますよ。ちゃんとした言葉と態度で、間違いを認めること。簡単なことですが、本人にはできないこと……背中に受けた刺し傷のようなものです。どんなに器用でも、どんなによく効く薬があっても、自分自身では十全な治療などできない」


「ふふっ、それはわかるわ。冒険者やってた頃、そういうこともあったし……背中の傷は治しにくいし、心にも来るわよね……でも、ちゃんとした謝り方なんてあるのかしら? 親の育て方のせいで歪んだなんて、言葉一つで赦せるものじゃないんじゃない?」


「ええ、赦されませんね。当然です……しかし、赦されなくても、相手のためを想うのなら、しなくてはならない。自分が楽になりたいなんて利己的な理由のためではなく、自分の中に間違いを探して苦しみ続ける相手(我が子)のために。大事なのは、それが『自分が赦されたい』という意識の見え透いた言い訳がましい謝罪ではなく、相手を慮るが故の恥を呑んだものであること。反省の必要はあっても罪悪を自分のものとして抱え込む必要はないのだと、責任を負っての言葉だと理解してもらえるようにすることです」


「赦されなくても……子供の人生を歪めてしまった大人に、『ゆるしてほしい』なんて言う資格はないってことね。それは厳しい意見ね」


「それでも、赦してはもらえなくても子供の救いにはなるのですよ……誰しも、『親の教え』『最初に与えられた世界観』というのは自分では完全に否定しきることは困難極まりないものなのです。自我の始まりにある前提(そこ)に間違いがあると疑えば、今の自分が持つ世界観まで亀裂が走ります。何が信じていいもので何が間違いだったとするべきかわからなくなる。だから、それを刻んだ親自身が『どこが間違いだったか』を明言しなければならない。こればかりは、それを教えた『親』当人にしかできないこと……そして、子供に迫られて言わされるのではなく自分から言わなければならないのです。そうでなければ、意味がない」


「そうね……言えって迫って言わせたって、そんな形で謝られたってなんにもならない。確かにその通りね……でも、さすがにちょっと厳しくないかしら。もしかして狂信者ちゃん、意外と『親』ってものには強く当たるタイプ?」


「さあ、そうかもしれませんね。けれど、私はどちらかと言えば『子供の味方』であるべきだと思っているだけですよ。自分が人の親になれる人間だとは思っていませんが、せめて……どう助けを求めればいいかもわからない子供が目の前にいるのなら、歳ばかり経た先人として状況を変えるきっかけくらいは与えてあげたい。まあ、それも本物の親がちゃんと子供に向き合うのには敵いやしませんがね」


 生みの親より育ての親。

 親の擦り込む『(そだ)て』という影響力(ことば)に比べれば、たとえ肉親であっても後から干渉することは難しいでしょう。

 きっと、そこに育て方の善悪そのものに大差はなく、歪んだ型の中で伸ばした若木は歪んだまま伸び固まるのと同じこと。途中からでも真っ直ぐ育て直したければ、まずは根元の型をどうにかしなければならない。


 たとえ、幼い頃より刻まれたそれが明らかな間違いだったとしても。

 親が『ずる賢く生きられる悪い人間であることこそが善いことである』と言い聞かせて育てれば、子供は自分の中の罪悪感に苦しみを覚えてしまう善性を『よくないもの』だと思って育つしかない。たとえ、それが世間一般の常識と食い違うものであっても、それを前提に生きてきたそれまでの人生を否定しなければ修正できない。


 理屈や理性で間違っているとわかっていても改められない、子供側に『訂正の権限』がないそれを正すには、その観念を植え付けた張本人が自ら否定してあげなければならない。

 そうでなければ、よっぽどのことがない限り、生き方の前提など変えられません。


 『馬鹿は死ななきゃ治らない』というやつです。

 私は幸運にも転生できましたが、大抵の人間は普通にそのまま死ぬんでしょうがね。

 九死に一生の体験なんて十人いたら九人死ぬわけですし、それくらいの『よっぽどのこと』を体験しなければ自分で変われないのであれば九割の人間は死ぬまで変われないでしょう。


 それが言外の教え、与えられた環境であっても同じこと。

 『お前は他の人間とは違う』という環境で育てられれば、誰とどう過ごしていても他人と同じことをしていると認識するだけで違和感が積り、他人と仲良くするにもぎこちなさが生まれ、うまく行かなかった記憶ばかりが目立つ。

 そうして、いつしか自分は他人を遠ざけて孤独に生きなければいけない人間だという結論に至るのです。


 全く同じ人生を歩むものなど、他人に迷惑をかけぬ人間も迷惑をかけられぬ人間もいないというのに。

 自分の世界が壊れるくらいの体験をしてみなければそんな当たり前のことにすら気付けない、人間とは難儀なものです。


 ……。

 …………。

 ………………あー、ふむ、なるほど。

 そういえば、もしかしてあの時の現象って『そういうこと』ですか?

 いえまあ、この思いつきについては後で検証しましょう。今は関係のない話ですし。


「ふふっ、赦してもらえず、言い訳もできない。本当に真正面から『自分が間違っていた』っていうのを認めなきゃいけない……大人の威厳もくそもないわね」


「ええ、親の威厳なんてありませんよ。きっと、一生赦してはもらえません。けど、威厳や赦しなんかよりお子さんの未来が大事なら、痛みを負ってもやらなければならないことだと思います。ついでに言えば、どんなに威厳があっても自分の間違いを認めることもできない『みみっちぃ大人』なんて実の親でも尊敬できるものではありません。むしろ本当は偉くないのに頑固で偉そうなだけで身内として恥ずかしいだけです」


「やっぱりかなり辛辣に聞こえるわ。一応訊くけど、本当にお酒入ってないのよね? …………けど、ま、そうね。そもそも、我が子の心を歪ませて素知らぬ顔で外面を繕ってる時点で威厳もなにもありゃしないっての……言われてみればその通りよ」


「ええ、しかし互いに生きている内ならば、まだ取れる『最善手』はある……それができればお子さんの心の中のモヤモヤの八割は解決しますよ。ちょっと怒って、ちょっと泣いて、不貞寝して……それからお腹が空いて、少し気まずくても新鮮な朝食にありつくのです。残りの二割はその後の対応次第、間違いを元に重ねてきた荷物を片付ける手伝いをちゃんとしてあげられるか、新しい世界観を創るのをどれだけ支えてあげられるかですかね」


「あら、赦されなくても……そのまま、そばにいてもいいの?」


「ええ、もちろんですよ……そもそも、人間など元から不完全なもの。子育てなんて難しい仕事(タスク)、誰でも何かしら失敗はしていますし、だからこそ修正が必要なんですよ。勘違いしてはいけないのは、『子育て』が親から子への一方的な行為ではなく『親』と『子』の共同作業であるということ。子供は自分の心を語るだけの言葉をまだ持ち合わせないだけで、自分の携わっている『子育て』の間違いや歪みを感じて訴える役目を担っている、管制塔に報告をして指示を仰ぐパイロットみたいなものなのですよ。悪い報告をするたびに怒鳴りつけてくる上司には指示を仰ぎたくないでしょう?」


「『パイロット』っていうのは異世界の仕事よね……でも、言いたいことはわかるわ。賭場(ハウス)でも、やたらと部下を怒鳴りつける子が管理する店ほどミスが多いし悪いところが直らないものね。ちゃんと意見を聞いてあげれば、店の子たちには何も悪いところなんてなかったりするし、仕切る人が変われば一気に良くなったり。ダイアナちゃんの店もそうだったわ……」


「ええ、それと同じですよ。訴えを受け止めてもらえないのなら間違った方向だろうとそのまま進むしかなくなってしまう。子供なんて、補給線を握られた孤軍と同じ、親に養ってもらえなかったら飢える、社会的弱者ですからね。たとえ、その『飢え』が肉体的なひもじさでなくとも、自由に娯楽、自分の在り方への承認に愛情表現……親というのは、そんな『心の豊かさ』をいつでも奪える権限を持ってしまっている。子供というのは、親の気分次第でそれらの補給を断たれかもしれない……本当は『親子の愛』なんてものは自分の思い上がりなのかもしれない、常にそんな不安を抱えて生きているのですよ」


 もしかしたら、それは一般論とは言えないのかもしれませんが、少なくともそうやって不安と共に日々を生きている子供がいることは誰にも否定できません。

 もし、否定なんてされてしまったら……本当にそう生きてる子供は、そう生きてきた人間は、どうしたらいいのですか。


 子供は親の愛を受けて育つべきもの……しかし、現実は、人類の『善』の技術がその理想に至っていないのなら。

 改善すべき実例を見なかったことにして、そんな現実なんて実在しないと都合のいい部分(データ)だけを真実のように認識して、その外側から来た者を例外(イレギュラー)として考慮から除外して、何が善くなるというのですか。


 綺麗事を言う権利があるのは、世界を少しでも綺麗にするために自ら行動する義務を認識している者だけですよ。

 『きっといつか善くなると信じているだけで善くなる』では、あまりにファンタジーが過ぎる。


「子供というのは、親をどんなに心から慕っているとしても、やはり同時に拭えない恐怖心(コンプレックス)を持っているのです。下手をすれば何かの誤解や解釈違いだけでも……あるいは、単に虫の居所が悪かっただけでも大事な何かを奪われるかもしれない。そもそも、ある程度物心が付けば人間一人養うことがどれだけ大変なことで、それすら知らなかった自分がどれだけ身の程知らずな迷惑をかけてきたか……少なくとも、子供の時分では想像も付かない労力だということくらいは察するものですから。本当は疎まれているのではないかと考える根拠などいくらでも思い浮かぶのです。現状の関係性に思うところがあったとしても、そんな相手に面と向かって『謝れ』なんて言えませんよ」


 人がなかなか謝れないのは、それが自分の間違いを認めることになるから。

 確かに、人間は完璧でいたいものです。威厳とか積み上げたものもある。

 しかし、それでも、どんなに綺麗ごとを言っても根本的な性能的に考えて、完璧に生きられないのは『事実』なのです。

 人間がいつ、どこにいようと何らかの要因で死ぬ可能性がゼロにならないのと同じように、親子の心が通じる前に死別する可能性が消えないように。


 だからこそ、間違いは認識して修正していかなければならない。それが『改善』というものです。

 子育ても、何事も。たとえ、信仰の道であっても。私だって日進月歩を心掛けているつもりです。


「大仰な表現をしましたが、どこにでもある話、どんな家庭にだって必ず関係のある話です……子は親に迷惑をかけるもの、されど親は子に苦労をさせているものです。多くの人はそれが当たり前と思って忘れてしまうのかもしれませんが。隠そうが誤魔化そうが、育て方の歪みは確実にその子供の人生の中で無数の苦労を生んでいます。どんな家庭であっても、子供が大人になるまでの長い時間、全ての選択肢をノーミスでクリアできるわけもないんですから」


 たとえば、育て方を間違うのを嫌って養育のプロに我が子の生活の全てを任せた大人がいたとして。

 それはもはや、始まりの一手から、『実の親が自分で育てることを放棄した』という時点で歪むのです。

 こればかりは減点方式みたいなもの、総合的に及第点が取れたとしてもどこかにケチは付くのです。身内だからこそ、肉親だからこそ、他人なら赦せても一生赦せないことはいくらでもある。


「たとえば、自分や我が子の身近に『辛い環境に育ったけれど真っ直ぐ立派な人間に育った』……そういう人がいるとしても、それを当たり前のように思ってはいけないのです。それは、その人が自分で自分の歪みを正すために苦労をし続けてきただけ。尊敬すべきことでこそあれ、我が子に求めれば虐待と同じですよ。『我が子を千尋の谷から突き落とす獅子』なんてものは、単に弱い仔を間引いて生き残る個体に(リソース)を集中させているに過ぎないんですから。甲斐性のなさを美談にされたら堪らない」


「あはは、狂信者ちゃんの前じゃ有名な諺も形無しね。言葉に力があり過ぎて怖いわ。勢いでダイアナちゃんに謝りに行っちゃいそう」


 そう言って笑うゴルディオさん。

 血は繋がっていないと言っていますが……こんな『子供の意見』でしかない私の言葉をちゃんと受け止めてくれている時点で、ちゃんと親としての自覚は立派にあると思いますよ。


「いいじゃないですか。お酒だろうが月夜だろうが、ほろ酔いでもなんでも言えそうなら勢いで言っちゃえばいいんですよ、言葉と態度さえ間違えなければ。どうせ『絶好の機会』なんて一生ないんですから。心配せずとも、威厳なんてなくても子供はちゃんと親として見てくれますよ。赦してくれなくても、時折思い出したように愚痴を言われる程度で捨てられたりはしません……一人の人間として普通に殺したくなるほどに恨まれない程度にはちゃんとやっていればという前提ではありますが。子供にとっては、嫌っていようが疎ましかろうが親は親ですから。そんなに簡単に捨てられるものですか」


 死が互いを分かつまで、嫌いだろうが憎かろうが恨もうが『赤の他人』には絶対になれない。

 それが親子のつながりというものなんですから。もっと大胆に動けばいいんですよ、命があるうちに。


「迷っているというのなら、『他人(ひと)の子』としてこれだけは言わせてください。子供は親の振る舞いから生き方を学び、親の背中を見て育つもの。その親が我が子にかけられぬ言葉が、どうして子から親にかけられるものでしょうか。親が頑なに生き方を改めないのに、どうして子供が生き方を変えられるものでしょうか。ダイアナさんの人生を変えてあげたいのなら、ゴルディオさんが親であるつもりなら、自分から変わって見せることを躊躇う必要がどこにあるのやら」


「お互いに後悔は……やっぱり、少しはするでしょうね。もしかしたら、また傷付けるかもしれない」


「だとしても……少なくとも、私は死ぬ前に言ってほしかった。どんなプレゼントよりも、お金よりも、たった一つの、心からの言葉がほしかった。『間違ったことを教えてしまってごめんなさい』『お前が他の子と違っていても強く生きる姿を誇りに思う』……一生待ち続けた言葉、本当に待ち続けただけで終わってしまった、こちらから求めて言わせるのではなくあちらに自分から言ってほしかった言葉です。赦しを乞うためでなく、私が自分自身の歪みを赦せるように。そうすれば……きっと、私からも謝れた気がするのですよ。『つまらない意地を張っていてごめんなさい』と。墓前で言われたって、こっちにはもう聞き入れる耳も、謝り返す舌もありゃしないんですよ」


 親の心子知らず、されど子の心親慮らず。

 孝行したいときに親はなし、謝罪したいときに子はあらじ。

 墓前で泣こうが猫に小判、届いたとして死者に口なし。

 『後の祭り』なんてものはお葬式だけで十分です。


「もしもその気があるのならお早めに。機を覗っている間にどちらか死んで手遅れに……なんてことも、今日明日にだってない話ではないのですから……っと、いつの間にやらグラスが冷めきってしまいましたか。まあ、この赤き液体にどんな値段や思い入れが込められていようと現世にある限りは神の血ならぬただの水。白湯も人の血も、気付けばいつの間にか冷たくなっているかもしれない。そういうオチとしておきましょう」


 アルコールは取り込んでいないはずですが、元がお酒だったものの香りを嗅いでいたせいか、ちょっと場酔いしてしまいましたかね。

 ちょっと次から気をつけなくてはいけませんね。


「相談を聞くということだったのに、愚痴のような話が長々と続いてしまったことは私の反省としまして。私はダイアナさんのことを大人と子供ではなく、対等な一人の人間として友達と思っていますし。ゼロさんに見初められるだけの人格にも、若くして経済的に自立できる才覚にも、単なる好意を越えて尊敬の念すら抱いています。彼女にはそれらに見合う幸福があってほしいと思っていますし、そのための判断を間違える方ではないと思いますよ。もし賭けをするのなら、勝つつもりで賭け金を出せるくらいには」


 夜闇に熱を放射しきってしまって冷めてしまったグラス。

 ほんの僅かに温もりを残していたそれを一気に飲み込み、寄りかかっていた縁石から身を持ち上げます。


「では、少々思案すべき議題を思い立ちましたのでお先に失礼を。私は今から打てる最善の手を考えますが……ゴルディオさん。あなたは、どうします?」


 グラスを置き、屋上からの階段を下ります。

 質問を投げておいて答えを待たないというのは不作法でしょうが、すぐに答えられるものでもないでしょう。

 答えを焦らせるべきものでもない、大人は大人でじっくり考えて覚悟を固めてもらいましょう。


 私は、ダイアナさんを信じられるようにゴルディオさんだって信じられる人だと思いますから。

 信じられるからこそ期待もしますし負荷も発破もかけられるんですよ、子供が安心して親に迷惑をかけられるように。


 あなたも、ゼロさんを前にして願いよりも仁義を重んじた人ですから。

 願望機を前にしても、無限の財ではなく目の前の娘の笑顔を当たり前に選べた人ですから。


 ご自身ではそう思っていなくても、家族(ファミリー)の親の器がある人物だと、たった一人の我が子とくらいちゃんとできるお方だとそう思うのです……そう願っているのですよ、私は。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こういう会話オンリーのパートも色々考えさせられることが多くて面白いですね [一言] 続きを楽しみにしています
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