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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十二章:暇乞う『魔王』

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第439話 『たった一つの願い事』

side 狂信者


 昼食は『日本の食事』ということで、こちらでは珍しいお米中心の和食再現料理。

 こちらで手に入る材料を元に創意工夫で再現できるものを可能な限り揃えた、品数多く少し豪勢な昼食です。

 品数が多ければ食事の時間も長めになり、その間に話も弾むというもの。


 やはり冒険者の冒険譚というのは有名どころでなくとも一定の需要があるそうで、私とテーレさんの旅の道中のこぼれ話は私たちのことを事前に調べていたダイアナさんたちにもけっこうな好評を受けました。


「……という話を小耳に挟んだもので、私たちが駆け付けるとシンシアさんとゼムコルさんは床に沈められていくところで、あわやというところでお引き留めしたら生首のような有様に。もちろん説教させていただきましたとも、そのままの状態で目の前に正座して」


「あははっ! なにそれおかしい! 情報屋の話よりずっとおかしい事件だったのね!」


「あいつらが隠そうとしてもマスターはこうやって普通に話すからねー。『自首するか私に通報されるかの違いだけです』って言われたときのあいつらの慌てようって来たら、まだ内密にできると思ってたみたいでホントにおかしかったわ」


「テーレと、狂信者。面白い話、たくさんある」


 生まれてからほとんどの時間をノギアスで過ごしてきたというダイアナさんと、そもそもこういった談笑に経験があまりなかったゼロさん。

 お二人には私たちの何気ない冒険談も面白いようで、テーレさんとのお話の後は少しテンションが定まらない様子だったダイアナさんも緊張感が抜けて来たように思えます。ゼロさんも口調や表情の変化はあまりありませんが、楽しんでくださっている様子でよかった。


 まあ、そんなこんなで昼食は粗方食べ終わり、少し満足ムードになってきたところで、ダイアナさんが雑談から連想したように、笑い話の余韻からか感慨深そうに口を開きました。


「あははっ……はあ。それにしても狂信者ってなんか……世間の噂と結構違うのね。情報を買い集めた時も思ったけど、実際に話してみるともっとそう思う」


「そうですか? 具体的には特にどの辺でしょう? 何か期待を外してしまうようなことをしていましたかな?」


「ううん。むしろ逆かな……安い情報、確度の低いデマだと、なんていうかもっと自分勝手な非人間って感じの話が多いから」


「自分勝手で人間性に難があることに関しては多少の自覚はありますが、どんな感じで語られているのでしょう?」


 私の質問に正直に答えるべきかどうかを悩むように視線を逸らすダイアナさん。

 それを見て、横から答えたのはテーレさんでした。


「よくある根も葉もない誹謗中傷よ。他の転生者がよくやってるみたいに『パーティーメンバーの手柄を自分名義にして名声を稼いでる』とか『ネームバリューをいいことに六股くらいかけてる』とか。あと、『能力と関係なしにやたら強いのは他者強化系の転生者に大枚はたいてずるしてるからだ』とか。クロヌスにいた辺りでは大領主のお抱えって立場もあったからそういうのはあんまりなかったけど、『研究施設』の後からやたらと増えたわね。やっぱりやっかみかしら?」


「クックッ、私が六股ですか? 私、そんなに甲斐性のある男に見えるんですかね?」


「あははっ、転生者の世界には十股くらい平気な文化があるとかって言われたりもするくらいだから、完全に先入観で言ってるだけのやつだね。まあ、『能力関係なしに強すぎる』ってところは私もちょっとそう思うけど」


「まあ、転生者の能力ではないにしても、本気で戦う時の『恩師の加護』に関してはお師匠様から秘伝の奥義を受け取ったからこその力なので『ずるい』のは否定できませんが。一応、それを受け止めて支える基礎となる部分はお山で修行を積んでそれなりに頑張って得たものですよ。二ヶ月程度の短期入門でしたがね」


 私の情報を前もって買い集めていたとは言っても全てを把握できたわけではないというダイアナさんは、どこか呆れたような驚き顔で私を見返します。


「ほとんど戦闘経験のない転生者が二ヶ月でそれだけ強くなれるってすごい才能だと思うんだけどさ……それとも、修行のやり方が特別だったり? そうじゃなきゃ、みんな同じことして同じくらい強くなりそうだし」


「修行のやり方は……まあ、あまり広まっていない流派なので特別と言えば特別だったかもしれませんね。基本的には『筋肉が言うことを聞かなくなるまで筋トレする』『再生魔法を常時発動して超回復を加速させる』、そしてある程度そのサイクルに慣れたら『鍛え上げた肉体で野生の魔猪や魔熊と戦う』という……」


「え、待って? 『魔猪』とか『魔熊』って、冒険者でもたまに死人が出る魔獣だよね? それと戦うの? 素手で?」


「あ、いえ。さすがに魔法も使いましたよ? 実戦においても『魔法格闘』がスムーズにできなければ意味がありませんし。おかげで何度も死ぬかと思いましたが、魔法の発動速度も上がって筋肉にしっかり力を籠めるくらいの感覚で『石化』を使えるようになりましたし」


「マスター、一応言っておくけど魔法が一つ使えれば魔熊にも勝てるっていうのは、『日本』で言ったら『鉈が一つあれば熊に襲われても平気』って言ってる感じだからね? 素人だと武器振り回してても下手すれば死ぬシチュエーションってわかってる?」


「ええ、その修行を一通り達成した後、お師匠様に報告したら『新しい弟子が死んだらどうする!』と師範代として私の修業を監修していた姉弟子様が思いっきり拳骨をもらってましたから。姉弟子様の感覚だと山の獣は大抵が『狩りやすい獲物』だったそうなので悪気はなかったとは思いますが」


「あっ、なるほど。本人が努力したことを威張ったりとかそういう素振りを見せないだけで、実はしっかり命懸けの修業をしてたってだけなんだね、この話」


「人間、本気で生きていれば毎日が命懸けみたいなものですよ。殊更に威張ることでもないでしょう」


「本気で、生きる。毎日が、命懸け……」


 私の言葉に何か思うところがあるのか、言葉を反芻するように呟くゼロさん。

 一方、テーレさんとダイアナさんは私の話にやはり呆れたというようなご様子。

 いえまあ、私も修行してて『本格的な修業とはこういうものなのだろう』と死にかけながら普通に思っていたことに関してはかなり呑気だったと思いますが。


「はあ……もったいないなあ。狂信者のこと、変な噂でしか知らない人がたくさんいると思うと。もっと最初から人格者キャラで売り出して有名になっておけばよかったのに」


「そういうわけにはいかなかったのよ。少なくともある程度の力がつくまでは……ほら、『兎粥(ラビットポリッジ)』のこともあったし」


「あー、そっかー。狂信者が『幸運の女神の転生者』って有名になる前は、『幸運の女神の転生者が現れたら同時多発テロが起きて社会が崩壊する』とかって言われてたもんねー。今では見当違いな予想だったって誰も気にしてないけど」


「根本的には三大女神からのネガティブキャンペーンでしかないけど、実際にそうなる可能性もあったのは間違いないでしょうね。転生者本人がどんな人間だろうと構わないって、ずっと抑圧されてきた人間たちが反逆の旗印に利用しようとする動きはあったし。ディーレ様もそれを予期して転生者の担当には極力ならないようにしてたし。マスター自身が簡単には拉致とか監禁とかができないくらいの力を持つまでは下手打てなかったのよ」


「まあ、実際ディーレ教徒にもシンシアさんやゼムコルさんみたいな人もいますしね。そういった動きが起こる危険だけでなく、そういった動きを危惧した実力者や転生者も脅威となりますし。道が途絶えるかもしれなかった場面などはいくらでもあったでしょう」


 ちょうど、最後の品も食べ終わりましたし。

 そろそろ、次のデートスポットへ赴く頃合いとしましょうか。


「今日まで生きてこられたこと、今ここに生きていられること自体が数多の幸運の積み重ねによるものです。そして、こうして美味しい食事を余すことなく味わうことができたこともまた一つの幸運……ごちそうさまです。命に、料理を作ってくださった方々に、そして幸運の女神に。心よりの感謝を」


「あははっ、そうやって最終的に『自分がすごい』じゃなくて『女神様に感謝』ってところに帰結するのが本当にすごいんだと思う」




 日本食風レストランを後にして、『フードコート』の区画を抜けて次なる目的地へ。

 防音結界で隔離された区画には、ショッピングセンターにはお決まりの娯楽施設群、騒がしい機械音が鳴り響くコーナー……いわゆる『ゲームセンター』が用意されていました。

 ピンボールやUFOキャッチャー、パンチングマシーンやモグラ叩きなど、メジャーの中で映像や高度なCPUが必須ではない部類のものは一通り揃っているようです。


「荒野さんの結界の中で再現品を見た記憶はありますが、こちらは仮初めの実体ではなく物質的なもののようですね。よく再現できましたね」


「マンガと一緒よ。物体を創造できる転生者の出したやつを分析して再現したの。技術と政府の規制の関係で実装できなかったやつもいくつかあるけど、ここにあるのはちゃんと運用維持できるやつだから。中の構造は秘密だけどね」


「さすがはノギアス、この精度で異世界の再現技術とか、かなり黒寄りのグレーだと思うけど。その違法性と背徳感も売りってわけね。あ、この景品って落としたらもらっちゃっていいの?」


「うん、ただしプレイするコインは自前で。お客さんはどれくらいハマるのかのテストも兼ねてるからね。専用コインへの両替はそちらの受け付けでー」


 ダイアナさんが手で促した先には、恥ずかしそうに俯き気味で係員の制服を着た小野倉さん。

 テーレさんがその姿を見て、首を傾げます。


「あれ、なんか雰囲気変わってる。あ、前髪切った? イメチェン?」


「ううっ、あのカニが……カニが悪いんす……根本的に悪いのはカニを逃がしたジブンなんすけど」


「あー、テーレさん、ダイアナさん。小野倉さんのイメチェンについては不慮の事故によるものなのであまり突っこまない方針で。私としては眼球が無事だった分幸運だったと思いますが。それにおでこキャラの小野倉さんも悪くないと思いますよ?」


「今のジブンはただの両替マシンだと思っていてほしいっす……」


「ではそのように。テーレさんも追い打ちはなしの方向で」


「チェッ、ばれてた」


 持参したお小遣いからコインを両替して、ゲームマシンへ。

 今回はテスターのお仕事でもありますし、一通り遊んでみて再現度を評価してみますかね。まあ、そもそも私はゲームセンターとか馴染みがなかったのでやったことのないゲームもありますが。

 景品は……特に考える必要なありませんかね。取れるも八卦、取れぬも八卦ということで。


「マスター、このマシンの中の掴むやつってこんな弱いのがデフォルト? ちょっと転生者として見本を……ああ、そうだったわね」


「わあ、狂信者さん……なんていうか」


「ダイアナさん、なんで今だけ呼び捨てではないので? ええ、まあセンスの問題なのはわかっていますが。力の真理はある程度掴んだつもりなのですが、自分の力が直接伝わらないものはどうにも……」


「蓬とゲーム作戦やってたときにも戦力外だったしね……」


 いくつか軽く遊んではみましたが……まあ、そういうことです。

 レバーやボタンを通した微調節というのは人間を投げたり掴んだりするのとは別の難しさがありますねぇ。

 日暮さんならこんなゲームコーナーを見たら制覇するまで離れないかもしれませんが、私はなかなかそこまでの気概は持てませんし。程々にしておきましょう。


「ふーむ、少しくらいは見栄も張りたいですし、モグラ叩きなら案外上手くやれたりしますかね……」


「わっ! すごい!」

「ゼロ、ハイスコア!」


 次のゲームを探している最中、声がしてそちらを見るとピンボールのマシンで鉄球を次々とゴールへと入れていくゼロさんと、その超絶技巧に興奮する女子お二人の姿。

 『奇跡』による反則はなし、純然たるセンスと手先の器用さによるプレイングです。

 ルカさんから聞いていた言語の学習速度やダイアナさんとのゲームでもそうでしたが、基本性能が高い。潤沢なエネルギーから形成された人間体に宿った先天的な才能とも呼べるかもしれません。


 その大柄な体躯にしてはかなりの器用さと俊敏さでレバーを操作し、供給された全ての球をゴールへと落としたゼロさんにダイアナさんが自分のことのように喜びの声を上げます。


「すごい! ねえ、他のゲームもやってみてよ! ゼロならすごい記録出るよ!」


「……わかった。次のゲーム、頑張る」


 女子陣からの期待を受けて次々とゲームに挑戦するゼロさん。

 その手はどのゲームでもすぐにコツを掴み、テーレさんが苦戦していたUFOキャッチャーも難なくクリアしてテーレさんを驚愕させます。

 見ているこちらも自分のゲームを忘れてしまいそうなくらいの鮮やかな手際です。


「おっとと。見蕩れていてはいけませんね。コインを入れたからにはゲームを開始しませんと」


 ゼロさんがこちらまで到達する前に自分でいれたコインの分のゲームは終わらせてしまおうと、『もぐらたたき』のハンマーを手に起動のボタンを押そうとして、ふと……


「おっと、このハンマーは……」


 ハンマーを握った感じに違和感が。

 いえ、ハンマー自体は何の変哲もない『もぐらたたきのハンマー』です。高い精度で日本のゲームセンターのものを再現した、再現品としてはとても質の高いもの。

 問題はそれを手にした私の方……前世ならいざ知らず、今の私にとっては『軽すぎる』。

 これが再現度の高さによるものだとすると……


「あの、ゼロさん、次のゲームに入る前にちょっとお話が……」


 ドゴッ……という、重すぎる衝撃音。

 プスプスと音を立てるマシンと、はじけ飛んだクッションの破片。

 そして、そのマシンの前で拳を突き出しながら硬直するゼロさんと、『あっ……』という表情で口を開いて固まるテーレさんダイアナさんコンビ。


「あー、間に合いませんでしたか」


 その目の前では、設計の想定をはるかに超えた衝撃を受けたパンチングマシンが大きく歪んだフレームの隙間から煙を吹き出していました。




 数十分後、ゲームセンターを後にして訪れた洋服屋にて。

 販売用の衣服の他にも、異世界で人気のファッションを体験できるといういわゆるコスプレ用の貸し出し衣装も扱っているお店の中では、テーレさんとダイアナさんが衣装を試着しながらキャッキャウフフと女子トークをお楽しみ中。

 その間、男子組の私とゼロさんは店の外で待機と言うことになりましたが……


「ゼロさん、そんなに落ち込まなくともいいのですよ。あれは事故、むしろああいった事態を事前に防ぐための試運転です。ダイアナさんもテーレさんも怒っていませんよ」


「でも、ゼロは、やりすぎた。調子乗った、もの壊す、悪いこと」


「元々、人間の基本的な膂力が違うことを計算に入れずそのまま再現してしまったらしいですし、仕方ありませんよあれは。非戦闘職の方々が試しても高得点が出やすいというだけで壊れるほどではなかったとのことですが、私やテーレさんでも本気で殴ったらきっと程度の違いはあれ故障は免れなかったでしょう。まあ……ゼロさんの悩んでいるところは、そことは違うのかもしれませんが」


 大きな体に新品のカッターシャツを着崩したゼロさんは大人びた風にも見えますが、それは表面的な話。

 ゼロさんが先程の事故に関して思ったことは、単なるマシンを破壊してしまった責任とか弁償とかそういった大人みたいなことではないでしょう。


「……やろうと思えば、ちょうどいいの、できた。けど、ゼロは……あんまり加減しない、選んだ」


「ええ、そうでしょうね。私もハンマーを持った時にそれが少し脆すぎると感じましたし、ゼロさんも目の前の機械があまり強く殴られることを想定していないことはなんとなく感じたかもしれませんね。けれど、手を止めるのでもいい得点が出る範囲に加減するのでもなく、ちょっと強すぎるくらいに力を込めてしまった。なんででしょうね?」


「……応援、された。ダイアナ、見てた」


「……ええ、そうですね。女の子の視線を受けて、つい格好を付けたくなって力み過ぎてしまう。クックッ……ゼロさんも男の子ですねえ、大変好ましい」


「……この前の、答え。今、いい?」


「この前の……ああ、『生まれ持った能力をどうしたいか』、『どんな大人になりたいか』の話ですか? どうぞ、内容がどうあれ批判するつもりはありませんので」


 『祭壇』の複製は『願いを叶える力』を持ったまま生きるか、それとも力を手放して生きるか、そのどちらを選んだとしても無駄にはならないので計画自体は進んでいましたが、ゼロさん自身からの返答はまだでしたね。

 私が先を促すと、ゼロさんは少しだけ沈黙して、それから小さく答えます。


「『能力を手放す』……は、怖い。さっきみたいに、失敗したとき、戻せない。すごく、怖い。でも、ルカ、ダイアナ、みんな、怖いまま生きてる。直さなくてもいい、失敗のまま、優しく言ってくれる。すごく……強くて、キラキラで、やわらかくて、壊れるのが怖い……でも、良いもの。今日、この時間、全部そう」


「……『儚い』。ゼロさんの抱いた印象は、そういう表現もできるかもしれませんね。簡単に壊れてしまいそうに脆く、だからこそ不壊の宝石にはない美徳がある。有終の美、未完成や不完全の魅力、命の輝きに大きなものを占める色の一つです」


「そう……ゼロ、ニライ村にいた時、もっと、なんでもできた。きっと……この街、ダイアナ、ルカ、すぐ壊せた。でも、もうできない。これからも……知らないだけで、きっと、全部、儚い。知りたい、知る、見る、感じる、壊せなくなる。ゼロ、もっと、弱くなる」


「確かに弱さ……なのかもしれませんね、それも。何も感じずになんでもできてしまう、それも一つの強さかもしれません。しかし、私は以前よりも今のゼロさんの方が好ましく思いますよ。こうして、共に一日を遊びながら楽しめるまでに心を育ててくれた、それはきっと……」


「……けど、『人間』になったら、きっと、闇を見る。振り返ると、大きな闇がある。まだ、それをちゃんと見る、覚悟……ゼロには、ない。戻せない、取り返しがつかない、そのまま見る、すごく怖い」


「……」


「だから……まだ、もう少し、『人間』にはなれない。たった一つ、『ゼロの願い』を叶える。それまで、力は手放せない」


 生まれながらに『願いを叶える能力』を持つ者の、たった一つの『自分の願い』。

 他人のためではなく、たった一度の『自分のための願い』。

 なんとも慎ましく、同時になんと人間らしい我が儘でしょう。

 ああ、本当に……


「狂おしや、愛おしや。私も祈りましょう、あなたの叶える『願い』の先に、より善き世界と……ゼロ、あなた自身の幸福があらんことを」


 と、そこで。

 店内からカーテンを引く音。

 そして、姿を現すダイアナさんと、彼女に手を引っ張られて若干の抵抗感を見せながら現れるテーレさん。

 そのお姿は……


「ねえねえ、見てこれ! 『ダイアナちゃん冒険者モード』と!」


「『テーレちゃんプリンセスモード』です……って、もうやめやめっ! 絶対こんなの似合わないしすぐ脱ぐ!」


「こらー! ジャンケン三連敗したら大人しく見せるって約束でしょ! ほら、隠れちゃだーめ!」


 盗賊スタイルの冒険者、というか露出の多い探検家のような衣装でメイクアップしたダイアナさん。

 それも実用性があまり重視されていない、低防御力のヘソ出しスタイルに武装は鞭というコスプレ装備。


 そして、引っ張られて棚の向こうから姿を見せたのは……どこかの国のお姫様といった、ふわりとしたシルエットに煌びやかな装飾が施されたキラキラドレス衣装のテーレさん。

 いつも機能性重視の服装を選ぶテーレさんが、会話からするとジャンケンに負けて着せられたのかティアラに口紅とちょっと気合の入った小道具とメイクまで付けての完全装備で、頬を赤くしてこちらを睨んでいます。

 いやはや……これはなんと申しますか。


「ダイアナさん、一言、いえ二言だけ」


「はい、狂信者さんどうぞ!」


「ベリーグッジョブです! その恥じらいまで含めて」


「うがああああああああああっ!! こっちが恥ずかしいのわかっててガン見してんじゃないわよ! もう怒った! 男用もあるからあんたも来なさい! テカテカのゴールドスーツとだっさいサングラスでメチャクチャ悪趣味な成金男にしてやる!」


「あ、それならゼロはこっちの戦士装備ですんごい歴戦の猛者みたいな感じにしちゃお! ほら、筋肉すごいんだしこの鉄板みたいな剣とか絶対似合うって!」


 テンションの上がったお二人に引っ張り込まれ、逆らう余地もなく強制されるコスプレ。

 写真代わりにと店員さんに魔法で紙に投射してもらった私たちの集合絵は、お姫様に成金男、少女探検家に張りぼての剣を担いだ大男という混沌具合。


 その後の展望レストランでの夕食をもってダブルデートは完遂となりましたが、記念にもらった魔法絵のあまりのおかしさに見るたびみんなで笑いっぱなしになってしまったのは余談ということにしておきましょう。




side ???


 荒野の中、場違いに煌びやかな光を放つ街。

 中央政府の法による制御を完全には受け付けず、本来は違法な技術の利用や商品の売買で栄える治外法権。

 遠くに見える光源の群れを見て、静かに歯噛みする。


「待っていろ……必要以上に時間はかけない。必ず手に入れる」


 あちらからは見えないであろう圧倒的長距離。

 展望台の役割を持つ建物の一つ、その窓から見えるのは……テーブルを囲みながら談笑する、知った顔の男女と知らない女、そして、以前見た時よりも文明的な服装をした大男。いや、大男のようにも見える別のもの。


 既に視認はできている。

 あの街が『魔王の力』に護られていなければ、文字通りここから一直線に飛び込むことができるだろうが、『不運』という不確定要素に襲われるリスクは冒せない。

 迂闊に手を出して失敗すれば『祭壇』はまた別の地方へと転移してしまう。


 手に入れるなら戦場に合った方法で、正攻法で攻める。

 それが、オレにとっては最も確実で効率的な方法だ。


「逃げずに待っていろ……っ!」


 常人には絶対に視認などできない距離の壁を越え、オレの視線に感づいたかのように大男の視線が窓の向こうからこちらへ向けられる。

 そして、それに反応したか対面に座る男もこちらを見て目を凝らす。


 成長しているのか、あるいは学習しているのか。

 もはや強引な手段では奪取できないのか、それともリスクを容認すれば可能性はあるのか。


 それでも逃げようとする気配を見せないのは、ただの追う側と追われる側という関係性以外のものを期待しているのだろうか。

 いずれにせよ……


「オレは必ず任務を達成する……もう、手を止めている暇なんてない」


 王都は燃え上がり、軍都は凍り付いた。

 国家の剣でありながら『その場にいなかった』という罪を贖うには、迷っている暇なんてないんだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] いい感じにみんな打ち解けてきてますね みんな楽しそうで嬉しい [一言] 不穏な影はやっぱりあるんですね…
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