番外編:愚者の馬車旅➁
side ルビア
第九位冒険者『贋作工房』。
書類上の資格を得るための講習を受けただけのなんちゃって冒険者な私はランキングとかには無縁で、上位ランカーの冒険者なんて、よっぽどの有名人じゃなければ名前や異名すら知らない。
けれど、『第九位冒険者』は知っている。
これは彼が特別市民への認知度が高いから……というよりも、今の話題性が高いから。
リーシェンさんも読んでいた新聞に大きく載っている『王都襲撃事件』の数少ない確定情報の一つ……それが、第九位冒険者『贋作工房』しか作れない兵器が襲撃に多数用いられているという事実。
つまりは、王都襲撃の協力者。
事件の黒幕が何者であれ、彼は『中央政府』への敵対に関与した人間、当然のように指名手配を受けた『犯罪者』ということになるわけなんだけど……
「違うんだって。王都で使われたのはぼくのじゃない、ぼくの偽者……うちのアホ弟子が勝手に受注して作ったやつだよ。ぼくの作ったやつの方がもっと再現度が高いのに誰も見分けがつかないんだから困ったもんだよ」
そう言いながら、義肢と合わせて四本の腕で馬車ジャック犯の手足を縛り上げる第九位さん。
十歳いくかどうかの男の子にしか見えないけど、態度とかはもっと大人びているし上位ランカーに関しては外見年齢は当てにならないのかもしれない。
「本当に、あの乳デカアホ娘……まだ『贋作工房』を襲名してないのに勝手に胡散臭い仕事受けやがって。ぼくは別に技術や納期の話じゃなくて依頼人が信用できないから突っぱねただけなのに、なんか勘違いしたみたいなんだよあいつ。できるからって何でも作ろうとすんなって言ってんのに、やたら仕事のスピードだけは速いんだから困ったやつだ……ルビア、馬と一般人のみんなは落ち着いた?」
「あ、はい。もう大丈夫です。御者さんもパニックは収まりましたし、他の人は結構冷静っていうか……強い人、ばっかりで」
本来の道から外れて林の中の獣道を突き進んでしまった私たちの乗合馬車。
運良く樹に激突するとか横転するとかはなかったけど、それも第九位様の『贋作神器』のおかげだ。
その後、私はこうして仮にも冒険者なら手伝えと上位ランカーとしてのお達しで事態の収拾を手伝わされてるわけだけども。
一般人よりも冒険者を使うというのはわかるけど、そもそもこの馬車に乗ってる人間はレーシャと御者さん以外『一般人』かちょっと疑わしいメンツだったし、することは馬を鎮める以外にはほとんどなかった。
私の働きを確認した第九位様はテキパキと話を進め、縛られて馬車の席に座らされた転生者を見遣る。
「そっか、面倒がなくて結構。じゃあ落ち着いたところで……おいこら、素人転生者。名前を言え、それと転生してきた本当の時期も、ついでに年齢も」
「し、素人転生者? オ、オレのこと……?」
「他に誰がいるんだってんだ。本当にベテランなら御者まで弱体化させて馬を暴れさせるようなことしないんだよ。ベテランを名乗った方が威圧できると思ったか? 演技下手過ぎるんだよ、それこそ能力を受けて馬鹿になってなきゃ信じないぞあんなん」
冒険者として大ベテランの第九位様から辛辣な指摘を受けてしょんぼりとした馬車ジャック犯の転生者さんは、元気のない声で質問に答える。
「『住村直正』……転生してきたのは一週間前、十六歳……です」
「こんなアホなことやった目的は? その銃や爆弾どっから手に入れた?」
自分をあっという間に床の上にひっくり返して足蹴にしてしまった強者を相手にたじろいだ転生者……村住くんは、躊躇いがちに目を伏せながら答える。
「すぐにお金が必要で……ピストルとかは、こうすれば身代金が手に入るって言ってた人たちから……」
「なんで転生してきて一週間でそんなに金が必要になった」
「…………言わなきゃ、だめ?」
第九位様の義肢がパキンと指を折るように鳴らすと、住村くんは震え上がって背筋を伸ばす。
ちなみに、あの義肢はリュックサックに入っていたように見えたけど本当は背中に直接繋がっていて思い通りに動くらしい。
やろうと思えばすぐにでも『痛いこと』ができるという威圧だろうけど、やっぱり上位ランカーだけあってベテラン冒険者というべきか尋問もやり慣れてる感がある。
「言え、今すぐに」
「は、はい! 言います! て、転生してすぐ! 知り合った女の子がいて……オレが転生者だってことで、能力を見てみたいっていうから見せたら、後で怖い人たちに『お前の能力のせいで秘密が漏洩して損害が出た』って……転生者の能力だろうと人権侵害は犯罪だし、むしろ強い力を持った転生者だからこそ普通より罪は重いから、出るところに出ればお前は一生牢屋行きだって」
「…………それで?」
「……示談にしてやってもいいけど、損害賠償はしてもらわなきゃいけないって。そんな払えるお金なんてなくて困ってたら、上手い儲け話があるって人が来て、その話を聞いてたらいつの間にかこの馬車をアジトに連れてくる役になってて……」
「で、犯罪者になりたくなくて示談金を稼ごうとしてる内に、馬車ジャックの共犯にされてた?」
「…………途中からなんかおかしいと思ったけど、怖い人たちに囲まれてて……」
横から聞いていてもわかる。
これは、典型的な……
「えっと、それ……詐欺、ですよね……? 確かに転生者でも能力を使って悪いことをすれば犯罪者ですけど、そんな意図せず出した損害で一生牢屋行きとか聞いたことないし」
「……はあ、そうだな。このアホは……そんなもん神殿に相談すれば一発で解決する話だってのに、ズルズルと事態を悪化させやがって。そもそも転生者ならまず神殿を頼れとか町の衛兵とかに聞けば真っ先に言われるはずだろうに」
住村くんは『贋作工房』に呆れ顔を向けられてさらにシュンとしながら、口ごもりつつ……
「だって……神殿って、宗教とか陰謀とかなんか怖いし……衛兵だって、きっと異世界の定番的に貴族との癒着とかで真面目に取り合ってくれないだろうし……」
と、そう答えた。
それを聞いた第九位様は、大きく息を吸って……深く、深く、嘆息する。
「はあぁぁぁぁ……こんの、底なしの阿呆は……お前みたいな素人転生者が犯罪に利用されたら困るから、そうならないようにわかりやすく『こっちが安全な社会順応ルートです』ってのが整備されてるんだよ! それを自分で無視してわかりやすい美人局に引っかかってんじゃねえよ!」
「うひっ!」
「どうせあれだろ、神殿にも衛兵にも頼りたくないとか意地張って野垂れ死にかけてる時に都合よく若い女が来て『あなたに一目惚れした』とか言ってすり寄ってきた。それでモテ期だとかヒロインだとか浮かれて、能力も調子乗って自慢げに見せびらかしたんだろ」
「い、命の恩人だし……ひもじくて動けなくなってたオレに話しかけてくれた優しい人だったし……」
「はあぁぁ……多いんだよ、そういう新人転生者。特に最近は王都で転生者が一気に死んだから『補欠待ち』が一気に降りてきて、それを捕まえようとしてるやつらが網張ってるんだ。大体な、何も知らない異世界で自立生活できる自信がないなら既存のシステム頼れよ自分から」
「だ、だって! 助けを求めてるなんて弱みを自分から見せたら騙され……」
「助けを求めなかった結果どん詰まって騙されてるのに『だって』もなんもないだろが! ああもう、これで能力が『自分が馬鹿なほど相手をより深刻な馬鹿にできる』なんて逆に天才じゃないかって思えてくるな……」
まだ年端もいかない少年にしか見えない第九位冒険者は涙目の転生者に義肢の指先を向けて、額をツンと小突く。
しっかりと頭に入れておけというように。
「いいか、騙す側からすれば自分から助けてもらう相手を求めて動く人間よりも、ギリギリまで何もせず運命やら都合のいい助け船やらを待ってる人間の方がはるかに騙しやすいんだ。勘違いしてるやつ多いけどな」
「そ、そうなの……?」
「当たり前だ、阿呆が。前者は『選択権』を持って真贋を見分けようと思える余裕があるが、後者は『これが偽物ならもう自分は破滅だ』って思ってるからな。縋った藁を救いの手だと思い込んで流されていくんだよ、『疑うのは失礼だ』とか言いながら思考停止して」
突きつけられた言葉に思い当たる記憶があるのか、転生者は『うっ』と小さく呻く。
「いいか、『掘り出し物』を見つけなきゃツケが払えない商人は、差し出された品がたとえ粗悪な贋作だろうと自分の中で勝手に『これは本物じゃなきゃいけない』って辻褄を合わせようとする。一番あくどいやつらは、そこまで落ちた人間の匂いを嗅ぎつけて上辺だけ綺麗に繕った運命を売りつけに来るんだよ。客に見る目がなきゃ真に迫ることに命かけてるこっちも商売あがったりだ、こんちきしょう」
半ば八つ当たりのような説教を終えた小さな贋作家は、自分の手で頭をガリガリとかいてまた小さく嘆息する。
「チッ、熱くなりすぎたな。昔アホ弟子を囲って金貨彫らせてたロクでなしのクソ親共を思い出した……まあいい、それよりも今は目の前のことだ。おい、さっさと爆弾の止め方と外し方を教えろ。もう隠す意味もないだろ」
「……え? ああ、いや、大丈夫だ……あ、大丈夫、です」
「……は?」
「これ、脅しのために持って行けって付けられただけで、本当は偽物だから爆発なんて……」
そこで……『贋作工房』の顔が一瞬にして青くなって、すぐに赤くなった。
世界最高の『贋作家』が、『偽物の爆弾』なんかにそんな感情を見せるとは思えない。その感情の動きから目の前の爆弾の『真贋』を察してしまった私の顔からも血の気が引く。
「このド阿呆! それ本物だぞ! やたら余裕あると思ってたらそこまで馬鹿だったか! 外し方も止め方も全く知らないんだな!?」
「え、本物!? いや、だって馬車をアジトまで持っていけばそこで外してやるって……」
「くっそ! 怖じ気付いて逃げたり捕まったりしたときに口封じするためか! 時間ほとんど残ってないぞ!」
今まで終始余裕のある態度だった第九位冒険者の表情が一気に焦燥で染まる。
そして、義肢で身体に付けられた爆弾を調べながら早口で私に言う。
「おい、小僧! あいつは!?」
「こ、小僧!? いや、あの、私は女ですけど……」
「そんなこと知って……ああ! あのちっこい方の転生者はどこにいる!? いたら呼んでこい! それと他のやつらは離れさせろ!」
「は、はい!」
指示を受けて馬車の外を見る。
けれど……
「あ、あの! あの転生者のちゃっちゃい女の子とリーシェンさん、すごい爆走してどっかに……他のみんなも物陰に……」
「判断が速いなあいつら! チッ、しょうがない! 手伝えルビア! 爆発する前に時限装置だけでも解体する! ぼく一人だと『腕』が足りない!」
「え、ええっ!? さ、さっきみたいに何か爆発を抑え込んだりする技とかないんですか!?」
「爆発を抑え込むだけならいくらでも! だが、爆心地になるこいつの命を守れる贋作には持ち合わせがない! ぼくは本来拠点に籠もるタイプなんだよ! 今は『腕』を増やす暇も『工房』を造る暇もない! 無理に外そうとすればその瞬間に爆発する構造だ、今は『神の手の贋作』の精密作業で解体するしかない」
私の手に小さな布袋が押しつけられる。
彼が首に下げていたものを私にくれたらしい。
「『ヤスミ印のお守り』……例のごとく贋作だけど、これでぼくがとちって途中で爆発しても、それ持ってれば死にはしないさ。転生者じゃなくても『研究施設』の関係者だったなら機械は素人よりわかるだろ」
本気だ……自分の身を守るためのアイテムを私に持たせてまで、全力で住村くんを助けようとしている。
自業自得だと逃げることもできるのに、こんなに必死になって。
「ほ、本物の爆弾……? それじゃあ、オレ……死ぬの?」
唖然としていた住村くんは段々と状況が理解できてきたのか、顔面蒼白で震え始める。
このままじゃパニックになりかねないと、私が『狂気の癒やし手』を使おうとしたとき。
それより早く、『贋作工房』が震えも止まるほどに鋭く強い瞳で住村くんを睨み付けて、彼をピシリと硬直させた。
「死なない、だから動くな。ぼくの仕事の邪魔をするなら殺すぞ」
助けようとしている相手に向けるものとは思えない殺気。
直接睨まれてない私まで呼吸が止まりそうになった。
「いいか、お前は今から『作業台』だ。お前の仕事は不必要に動かないこと、それだけだ。そんなこともできないならお前の方をバラバラに解体して捨ててやる」
「…………」
「……言いたいことがあるなら言え。今のうちだ」
第九位冒険者の殺気が解かれたことで、住村くんはなんとか思い出したように呼吸を再開させた。
パニックになりつつあった彼の精神はショック療法みたいな形で一周回って安定したらしい。これなら、私の手で鎮静する必要もなさそうだ。
彼は何を言うべきなのかを一瞬だけ迷った後、涙を堪えながら質問した。
「どうして……こんな、オレを……こんな、自業自得で、迷惑かけて、こんなかっこ悪いオレを……」
「ふんっ、そんなことか。簡単だ、ぼくは『贋作工房』だぞ。殺し屋でも武器商人でもなく、『職人』なんだよ」
贋作家は、政府に仇なす犯罪者として指名手配されながらも、依然として変わらない誇りを持って断言する。
「禁止兵器だろうが神器だろうがちゃんと仕事を受けたなら何でも作るし、それで殺し合いが起きようがそれはぼくの手から離れた責任、買い手の問題だ。だけど、ぼく自身は『死の商人』でもなければ『殺し屋』でもない。気に入らない仕事は受けないし、本気でやると決めたら誰に邪魔されようとやってみせる。ましてや、この指先で助けられそうな人間を見捨ててこんな爆弾ごときから逃げ出すほど腐っちゃいない、それだけだ」
そう言って、彼は技師の指をキリキリと慣らし、懐から巻物のように展開されたホルスターに備わった作業道具を自分自身の手で構える。
「これでもプロだ、納期ギリギリの仕事くらい慣れてる。急な飛び込み仕事の料金は後でちゃんと払ってもらうけどな」
表示されている残り時間は残り九分もない。
『研究施設』で職員の記憶を覗き見してきた私だから知っているけど、この爆弾は『魔法を使っても簡単に解除されないように』ってコンセプトで設計されたものだ。
中の小さな装置同士が複雑に繋がっていて、全体を理解せず無理に一部を止めたりすればその場で爆発する。
安全に止めるには構造を理解した人間が正しい順番で装置を止めていくか、ヒトシさんみたいな物体の機能を概念的に操作できる転生者でもないと不可能。
それを……
「真の『贋作』は、創造者よりも深く『真作』を理解し尽くした者にしか作れない」
空気が変わる。
子供だなんて思えない、まるで機械か神様みたいな無駄も揺らぎもない全細胞の集中が雰囲気だけでわかる。
非転生者のはずなのに『技術』だけで転生特典以上の神域に到達する人間。
これが、第九位冒険者『贋作工房』。
異世界の技術で造られた時限爆弾の解体という未知の領域への『冒険』を躊躇わないプロの中のプロ。
「【準備完了】……【作業開始】」
手品のように、撫でるような初動で起爆装置の内部回路が露出する。
あまりに滑らか過ぎる動作で、いつの間に作業が始まったのか、装置部分の蓋が外されたのにすら、後から気付くことしかできなかった。
「凄過ぎる……」
完璧な手順と淀みない速度で精密機械の塊を解体していく職人の指先。
まるで設計図を飽きるほどに暗記しているみたいに、同じ作業を日課のように繰り返しているみたいに。
『初見』のはずのトラップ迷路を、足の踏み場を間違えただけで死にかねない悪意の巣窟を、見知った庭先みたいに歩みを止めずに抜けていく。
「ルビア、これは何の部品?」
「え、あ、EMP対策装置だと思います」
「これは?」
「冷却感知センサー」
「これ」
「予備の発火装置」
私に飛んでくる質問の間も手が止まることはない。
その作業で詰まって質問しているのではなく、その部品に触れるまでに答えが得られるように解体までのタイムスケジュールをほぼ完成させた上で手を動かしている。
これは『手先が器用』なんてレベルじゃない。
見たことのないはずの部品や構造、異世界の技術体系を掌握してしまっている。
これは単なる異世界からの輸入品じゃない……あのヒトシさんが、絶対に解体されないことを売りに設計した特別製だ。
当然、爆弾処理の知識を持った転生者から伝授された技術なら解除できるなんて生易しい基準で作ってない。
仮に元から異世界の技術体系に触れた経験があったとしても、並の転生者以上に『純粋な科学』に精通していたって……元の異世界の技術者にだって絶対にこんなことできない。
「……うん、これなら行けそうだ」
「えっ、もうそんなに……」
「これを設計したやつはなかなかの腕だ……けど、本当は作りたくなくて無理に作らされたのかな? 止めたくなったとき、遠隔で指示して付けられた本人に解体させることもできるようになってる。これを付けられる『人質』への良心の呵責ってやつか、そういう人間臭さ嫌いじゃないぜ」
次々と取り外されていく部品とトラップ、それと同時に解き明かされていく設計者の構想と意図。
私は人に触れることで記憶や感情を読み取ることができる……けど、ここまですんなりと理解することはできない。客観的に『そうなのだろう』と思うことはできても、本人のように振る舞うことはできない。
記憶から技術を真似できるといっても、他人に言わないようなコツや重要なポイントを本人の視点から盗むだけで同じものを作ることなんて不可能だ。
けれど、目の前で行われているのはそういうこと。
この機械を設計したその時のヒトシさんそのものになりきるように構造を理解して、構想に共感して、まだ見えていない部分まで読んでいる。
物体と人間の違いってだけじゃない、むしろ物体を通じてだからこそ直接より難しいかもしれないのに、私よりもずっと鮮明に『心の形』を掴んでいる。
そして……
「まあ、退屈な仕事ではなかったな」
パチリと、最後のコードが危なげなく切断されてタイマーが止まった。
その手の動きに魅入られていて時間を忘れていたけれど、残り時間は三十秒もない……逆に言えば、八分半もかけずに、あのヒトシさんの設計した爆弾を止めてしまった。
これが、第九位冒険者……『贋作工房』。
数秒待ってもタイマーが動かないことを確認して、忘れていた呼吸を再開した。
そこで……外からドタバタと近付いてくる音。
何事かと思うと……
「外し方吐かせて来た!」
「アジトから鍵盗ってきたよ!」
拳を血で濡らしたリーシェンさんと、背中からトンボのような長い翅を生やした小さな転生者の女の子。
二人は解体された爆弾とそれを目線で示す第九位冒険者を見て……二人仲良く溜め息をついた。
「「なんだぁ、焦って損した……」」
爆弾解体の裏話、というかその間のみんなの話。
住村くんの爆弾が『本物』だということがわかった直後から、みんなが自分のやるべきことを見つけて動き始めていた。
リーシェンさんと小さな転生者さんは、御者さんから目的地のメモを受け取って爆弾を仕掛けた人たちのアジトへ強襲。
『森の民』のアオザクラおじさん(『研究施設』のヒムロさんの親戚かな?)は爆発しても人目を引かないように人払いの結界を用意していた。
ここが『旧都』の近くであることを考えれば必要なことだ。
御者さんはいつの間にか馬車から馬を外して避難させていたし、レーシャは爆発が起きた時のために怪我人を手当てするための準備を整えていた。
最初は転生者の能力でみんなちょっと思考力が下がっていたけど、改めて見れば中々にとんでもなメンツだ。
レーシャにしても『近くで人が爆発したときのための対処法』とかに関してはある意味専門みたいなものだし、みんな総じてパニックにはならなかったらしい。
「はあ……それに比べて、私ときたら指示されて動くばっかりで……」
「何を役に立たなかったみたいに言ってんだ。十分に役に立ってくれただろ」
そう言って仕事終わりの一杯(魔法で冷やした氷水)を飲みながら、馬車の外で座る私の隣に来る『贋作工房』さん。
現在、馬車は色々と騒動の中で傷付いた床とか天井とか、後は林に突っ込んで傷付いた外側とかを応急処置で修復している最中。
みんなで話し合った結果、今回のことはみんなの身の上のこともあって『何もなかった』ということにすると決めたから、修繕はその隠蔽工作とも言える。
何せ、ここで『事件』が起きたことが公になればそれを処理するのはガロム正規軍、指名手配犯の第九位様もクーデター軍の転生者も捕まっているはずの『森の民』も見つかりたい相手じゃない。
『研究施設』の関係者だった私だって情勢が不安定な中で旧都の軍団に合流しようとしていたとか思われたら面倒なことになるのは請け合いだ。
ちなみに、住村くんに馬車ジャックをさせたアジトの黒幕たちと住村くんの身元はリーシェンさん……つまり『幻龍界』の預かりということになった。
まあ、これだけ尖ったメンバーが揃ったこの馬車を狙っての犯行だ。
住村くんには何も知らされていなかったけど、この内の誰かを狙ったどこかの組織の回し者って線が濃厚らしいし、その背後を『吐かせる』のはプロの仕事ということだろう。
マフィア首領の娘に手を出して捕まった誘拐未遂犯がどんな目に遭うかはさすがに想像したくもないけど……
『じゃ、殺したい人いないなら、こいつはうちでもらっていくよ。本人が馬鹿なのはともかく、裏切者に吐かせるにはいい能力だし、大人しくするなら大事にする。ちゃんと鍛えて頭のいい相方でも付ければそれなりに使えそうだし』
相手に痛い思いをさせずに隠してることを喋らせる能力だと考えれば、『幻龍界』でも一定以上の需要があるだろう。
転生して一週間で裏社会入りというのはかなり散々なスタートになってしまった感はあるけれど、できれば気を取り直して第二の人生を歩み直してほしいと思う。
騙されやすかったりテンパりやすかったりはしても悪い人じゃなかったというか……爆弾を解除してから聞いた話だと、爆弾が偽物だと思っていたように拳銃も二発目から威嚇用の空砲だと言われていたらしいし。
あんな能力を選んだのも根本的には『騙されたり丸め込まれたりするのが怖い』という気持ちからだったみたいだし。結局、それが『能力を使うのが犯罪になる』と言われて素で話して騙されてしまったわけだけど。
彼は今、爆弾を外されて安心したのか心労で寝込んでしまっている。
けど、その前に泣きながら感謝の言葉を何度も言ってくれた時の泣きぬれてグショグショの顔は、やっぱり根っからの悪人なんかじゃないんだろうと思わされた。
彼はそんな顔、かっこ悪くて忘れてほしいと思っているかもしれないけど……私の方からすれば、下手な嘘をついてベテラン転生者を名乗りながら能力でマウントを取っていた時よりも、そっちの素顔の方がずっと好感が持てた。
「あいつだって、ぼくだけじゃなくてお前にも感謝してただろ。あいつからすれば、逃げずに爆弾解体を傍で手伝ってたルビアも立派な救世主だったんだよ」
「救世主って、私なんてそんなかっこいいものじゃ……さっきはお守りをもらってましたし、質問に答えてただけですし……本当の私なんて、かび臭い根暗女ですし……」
「別にアイテムを渡されたからって安全に済むとは限らないし逃げてもよかったんだぞ。それなのに逃げなかった、お前は自分で思ってるよりもかっこよかったよ」
「そう……でしょうか?」
「ああ、間違いない。第一、人間なんて大体が自分のことを本当はかっこ悪いやつだって思ってんだよ。それを認めたくなくて、あいつみたいに虚勢を張ったり相手の粗探しをして見下そうとしてみたり、名声や装備で着飾って価値を水増ししようとするもんだ。ルビアみたいに目立たないように退屈で地味な人間の振りをしてるのも、自分の瑕を隠そうとしてるって点では大差ない。どいつもこいつも、『余所行きの他人』と『丸腰の自分』を見比べて妬んだり卑屈になったり、バッカみてえ」
贋作家の少年は、贋作家らしく世に蔓延る『虚飾』を睥睨するように呆れ笑いを見せる。
『本当の姿』なんてどこにもない世界で、『偽物の出来映え』を競い合う人々を高みから眺めているみたいに。
「外見なんていつだって本質の偽物、どれだけ似せるかじゃなくてどれだけ似せないか、どれだけ元より見栄えよくできるかって低レベルな贋作みたいなもんだよ。贋作の見栄えじゃ真作の値踏みはできない。一皮剝いただけで、表面からは思いもよらなかったものが出てくるのは今日見たばっかりだろ?」
「そう、ですね……嘘がつけなくなった途端……でも、みんな正体はすごかったと思います」
「ま、他人から見て『すごい正体』だったとしても、隠してたってことは本人が見せびらかしたくなかったってことさ。本人とっては地位や名誉だって手を汚したり失敗の結果だったりする不名誉だったってことはざらにある。ルビアの『偉業認定』だってそうだろ?」
言われてみれば、確かにその通りかもしれない。
他人から見れば『偉業の称号』なんて一生手に入らないものだったりするかもしれないし、それがあるだけで人生勝ち組じゃないかって羨まれたりするのかもしれない。
けど、私から見ればこれは優柔不断の結果、成り行きに流された末にそういうことになってしまった、間違った功績で見せびらかすようなものじゃない。けど、それは私の主観だけの話だ。
訊かれても他人に話すようなことじゃない、『なんで隠してたのか』なんて言いたくない話だ。
「人間はいつだって何かを取り繕って生きてる。意識してだったり無意識だったりはするけど、『自分』は他人に見せないような『自分の欠点』を全部知ってんだからそれを隠してる他人の表面と見比べたらそりゃ『周りに比べたら自分なんて本当はかっこ悪いやつだ』ってことになるさ。誰だってな」
「それって……『第九位冒険者様』でも、自分ってかっこ悪いなーって思ったりするんですか?」
「今だって思ってるところだよ。これがうちのアホ弟子なら爆弾なんてもっと早く解体できてたし、ぼく自身だって変な癖を出さなきゃ後二十秒は縮められた。ぼくは要領が悪いからな、余計なところに集中しすぎる……王都で使われてる贋作神器の仕事だって、ぼくじゃあの数は仕上げられない」
「そう、なんですか?」
「ああ、そうさ。最低限必要な性能や表面の再現度を求めるならアホ弟子に依頼して正解だったんだよやつらは。ぼくは実用には余計なところまで完璧に仕上げようとするからさ。質が悪くても客に求められるものを作れるあいつを見ると、こだわりを捨てられない自分が嫌になったりもするさ」
「お弟子さんのこと……嫌い、なんですか?」
「嫌ってたらわざわざ代わりに指名手配されたりしないさ。ただ、アホっぽいと思ってた弟子に自分が五年かけて修めたところを半年でものにされたらコンプレックスにもなるさ。その上、ずっと年上だって言ってんのに子供みたいな扱いしてくんだからあいつは……下手すりゃ親子くらいの歳だってのに」
「あ、やっぱり大人だったんだ……」
「やっぱり子供だと思ってたか……まあ、このなりだし仕方ないか。昔、先代の作った『不老薬の贋作』をうっかり飲んだからな。こう見えてもそれなりに生きてる」
望んでのことではなく、過失での不老。
それも若々しいなんて表現はできないくらいの幼いままの容姿は、本人には隠しきれない一生の恥として感じられるのかもしれない。
他人によっては嫉妬せずにはいられないものだとしても、本人にとっては譲れるなら譲りたいようなもの……そうだとしても、現実には譲ることも捨てることもできないのだから、その自分と向き合って生きていくしかない。
彼も、私も、きっと誰でも。
「まあ、先代と同じでいつか急にころっと天寿が来て死ぬんだろうけどさ……その頃には、あのアホ弟子も一人前になってるだろうさ。『贋作工房』はそうやって技術を守ってきたんだ。体を張って次代を守り育てるのも今代の大事な仕事さ」
彼は立ち上がり、森の方へ歩いていく。
どうやら、馬車で町まで一緒に行くつもりではないらしい。
「ぼくが来たのは、アホ弟子を騙して汚れ仕事に加担させたやつらが最終的にしようとしてることを確かめるためだ。一度道を外れた馬車で近付いて警戒されるのも困るし、『作っておくべきもの』を見極めるには町からさらに先へ行く必要がある。敵意はないみたいだが、クーデター軍の転生者と一緒に行くものでもない」
そう言って、森の中に消えていく小さな後ろ姿。
私はみんなへの説明役ということだろう。第九位冒険者が一人でいなくなったからって心配する人はこの場にいない気もするけど、変に心配させたりしないようにという気遣いのできる大人だ。
なんとなく、もっと話ができないのが惜しくも感じる。
彼は自分が格好悪かろうが、汚名を被ろうが、うじうじせず自分のやるべきことを見据えて動いている。
それは、経験とか自分の力への自信とか、そういうものからだけ来るものじゃない……生き様のかっこよさみたいなものに由来するのだろう。
「さてと……」
私も……すると決めたことは、うじうじせずにやってしまおうかな。
立ち上がって、背伸びをする。私も要領が悪いなりに、できることができるときに済ませてしまおう。
馬車を直し終わって一息ついている『森の民』のアオザクラさんに声をかける。
「すいません、あの……ちょっといいですか? 『旧都』の方から来たって……」
「あ、ああ……頼むから、他言無用でお願いしたい。遺跡の軍のやつらに見つかると本当に大変なことになるんだ」
「あ、はい。わかりました。ただ、その遺跡のことで聞きたいことがあって……遺跡の中に、こんな壁画があるって、本当ですか? この模様と同じようなものが、ずっと昔から?」
学院で『研究施設』の資料の中から見つけて写してきた壁画の絵を見せる。
ヒムロさんの覚え書き、それも古い記憶からのかなりアバウトな図形だ。
けれど、それを見て目の前のアオザクラさんは目を丸くする。
「こ、これは隠し部屋の……どうして、きみがこんなものを?」
「あ、えっと……知り合いの『森の民』の人が昔見たものらしくて……本当に、これが遺跡に刻まれてるんですか?」
「ああ……ずっと昔、『森の都』が建てられた頃からだ。『歴史の間』と呼ばれ、保存のために入室が制限されている大事な部屋だが……もう、この言葉を読める者はいない。もう何千年も前の言語だ。大まかな意味を伝え聞いてきた神官たちも戦乱の時代に死んだ」
「つまり……この模様みたいな『文字』は、本当にそのままの形で、何千年も前からそこに刻まれている……? 本当に?」
「ああ……それがどうしたんだい?」
得られた情報に考えを整理しようとしている私に、後ろから声がかかる。
クーデター軍の小さな転生者さんだ。
「あ、ルビアちゃん。それ、なに持ってるの?」
「あ、はい! これは、ちょっと今研究してるものに関する資料で……」
「これ……珍しいね。こっちに来てるのって日本人の転生者ばっかりって聞いてたけど。外国の人も少しはいるのかな?」
「……え?」
「……? だって、これ筆記体だけどアルファベットでしょ? 数字はデジタル時計みたいな書き方だけど、普通にアラビア数字でこれは『23』に……こっちは『9』? 時計なら深夜かな? 文章の方は何語だろ、ちょっと見ていい? 見せて」
「あ、はい」
半ば強引に資料をひったくられて、興味深そうに見つめられる。
そして、独り言のように呟きながら……
「うーん、英語……いや、英語にイタリア語の混ざったスラングかな? ダメだよー、ゲルマン言語とロマンス言語で文法全然違うのにこんな混ぜちゃー、単語は所々わかるけど全体的にグチャグチャで全然読めない。単語もたぶん意味が変化してるみたいだし、むしろ暗号?」
「英語、イタリア語……それって、やっぱりその『文字』のことですか?」
「『文字』っていうか『言語』だけど……あれ、こっちだと『外国語』って概念もしかしてなかったりする?」
「あ、いえ、一応は昔の地方同士での言葉の違いとか、それを統一するために戦乱の後にできた『公用語』ってものもありますし……でも、転生者の人たちが来る世界の言葉って、『日本語』……ですよね?」
「ヨーロッパの『外国語』って地方の方言みたいな感じだし、統一できるくらいならその程度の違いなのかな? 転生者の『異世界語=日本語』っていうのは、この世界に来る転生者のほとんどは今は日本人だって神様も言ってたから、まあ間違ってはないけど……別に、『日本語』以外にもいろいろあるよ? 『中国語』『スペイン語』『ラテン語』、それにこれみたいな『英語』とか『イタリア語』、地球全体だと百以上はあるだろうけど、使う人が多いのは十種類くらいかな?」
「ヒトシさんが計算式とかに使ってた文字に似てたからもしかしてと思ったけど……つまり、これは『異世界の言語』なんですね?」
「まあ、たぶんね。一応、私は英語はある程度読めるよ。それに第二外国語イタリア語だったし、まあ本場のファッション誌とか読みたくて選んだだけだったけど……でも、これはダメだね。表現が崩れすぎっていうか、オリジナルスラングの多用が酷すぎるっていうか、もうここまで行くとピジン言語とかクレオール言語みたいな混合言語? こんなの言語学者の転生者にでも見せないと読めないと思う。これがどうしたの?」
『日本語』ではないけど、確実に『異世界由来』の太鼓判を押された言語。
『旧都』の遺跡の隠し部屋、数千年前から存在する『歴史の間』に刻まれたそれは……ヒトシさんが『祭壇』を精密検査したときに見つけた、破壊不能の神器に刻まれた紋様と共通する形を調べて出てきたものの一つ。
そして、類似するものは他にもあった。
「『旧都』の隠し部屋に、『黒い祭壇』と『異教大陸の石碑』……どれも、何千年も前に作られたものが、同じ『異世界の言語』を彫られてる?」
この世界に『転生者』が現れるようになったのは、『王朝』が崩壊した約二百年前からという定説。
それまでのこの世界の歴史は、異世界と関係なくこの世界に生まれた私たちのご先祖様が独自に作り上げてきたものであるという常識。
この世界の『人類史』の根底が揺らぎかねないような、歴史的大発見だった。
転生者紹介『住村直正』
転生時十六歳、登場時同年。
転生特典は『他人を馬鹿にする能力』。
その名の通り、自分を基準として相手の思考力をそれ以下に低下させることができる能力。
条件は『対象と会話すること』で、これは彼が転生時に『相手に論破されない自分』をイメージしていたため。
能力を受けた人間は読み書きや計算などに困難を感じる(個人差はあるが活字を見ると睡魔に襲われる、誤字や誤読が大幅に増えるなどの症状を発生させる)ことになり、さらに思ったことを深く思考せず言葉にしてしまうので嘘や隠し事ができなくなってしまう。
しかし、あくまでそれは言語として思考している部分に関しての影響であり、直感や身体の癖として作用するほどに使い熟された技術に対しての影響はさほどない。
むしろ、手加減や後先への配慮が失われることで危険度が増す場合もある。
生前は学校で落ちこぼれた不良……というわけではなく、成績は低めだったがそれなりに社交性はあり、問題児というわけでもない平凡な学生。
成績の低さは彼の趣味に打ち込みすぎる性格のせいもあったが、その趣味の一つであるサブカルチャー好きが功を奏して動画投稿サイトで人気漫画の考察動画を上げ、熱意と綿密な読み込みから多くのチャンネル登録を獲得。
広告料でそれなりの収益も得ていた。
しかし、ある日の考察動画での内容に対して、一人の視聴者からSNSを通じて考察の過程に関するこじつけの多さや編集の稚拙さ、誤字や日本語としての間違いの多さなどを心折れるまで送られたことで挫折。
他人を不快にさせるほどの自分の馬鹿さに嫌気がさして投稿者をやめた……と思っているが、実はSNSを通じての批判者の正体は考察していた人気漫画の編集者であり、その攻撃理由は『想定外の部分から作品の核心に関わる部分をネタバレされそうになったから』。
焦りからの攻撃であったが、編集者の行為により愛読者が心に傷を受けたことを後で知った原作者は精神的ショックから体調を崩して二週間休載した。
死因は『爆死』。
ある日の帰宅途中、利用したバスがバスジャックに遭い、爆弾を身に付けた脱獄犯の立て籠もりに巻き込まれる。
その最中、つい思ったこと(「いや、バスジャックなんてしても逃げきれないだろ。目立つし」)をポロリと口にしてしまい、目を付けられて一番近くの席へ移されて人質にされる。
その後、犯人はスマホを通じてテレビ報道から機動部隊の強行突入が準備されていることを知り錯乱。そして、そのまま起爆装置の扱いを誤って自爆。
彼もそれに巻き込まれる形で死亡した。
なお、結果的に即死の要因にはなったが、彼が錯乱した犯人を説得しようと立ち上がり近付いていたことで爆弾の破片は後ろの席へ届くことなく、他の人質に重傷者はいなかった。




