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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十一章:『堰』破りし『超越者』

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番外編:愚者の馬車旅①

 おそらく前回との温度差が酷い回。




side ルビア


 最近はよく、自分が世界で一番かっこ悪い人間なんじゃないかと思うことがある。

 とくに、今向かっている『目的地』に近付いていることを実感するような景色を見たときは強くそう思う。


「ハァァ……とうとうここまで来ちゃったよ、レーシャ……」


「またそれ言ってる。学院を出たあの日のアグレッシブなルビアはなんだったのよ」


「いやほんと、なんだったんだろうねあの日の私……徹夜しすぎてハイになってたかな……」


「今からでも引き返す?」


「……ううん、行けるところまで行く。レーシャは無理についてこなくても……」


「そうはいかないよ、ルビアの一人旅だと心配だし……」


「場所が場所だもんね……」


 今、乗合馬車に乗って私たちが向かっているのは『旧都』。

 もっと言えば、方向的には『旧都』で合ってるけど、正確にはその近くの小さな町。

 一般人が立ち入れる範囲では一番『旧都』に近い場所だ。


 世間で『旧都クーデター』と呼ばれる大事件……『森の民』の聖地である旧都を占領した貴族集団の大胆な独立宣言を受けて、鎮圧に向かった中央政府の正規軍が返り討ちにされて『全滅』したという前代未聞の異常事態。


 集まった貴族集団が私も関わりのある『研究施設』の関係で犯罪行為を追及されていた人たちだけあって、最初は独立とかも裁判から逃れるためのはったりとしか思われてなかったけれど、正規軍を返り討ちにしたという『聖女の奇蹟』が流れを変えた。


 その逆転劇の広まりをきっかけに『旧都』に集まる人は増えて遺跡を中心にした武装勢力の野営地だったはずのものは、この数ヶ月の間に『街』と呼べる規模になったらしい。


 私たちが向かっているのは、最寄りの町までとはいえそんなところ。

 『自称独立軍』の拠点は中央政府の軍が動向を見張ってはいるけれど『聖女の加護』があって攻め込めず、軍団に合流する『独立希望者』や転生者を含めた『傭兵』を通行規制でなんとか減らそうと必死。

 だけど、やっぱり周囲が見通しの悪い『森』なだけあって完全な封鎖はできていないらしくて、規制を抜けた侵入者の合流で軍団は着実に拡大している。

 今では王都ガロムにも引けを取らない巨大な城壁が旧都を囲っているって噂もある。


 私たちが向かう町にも、そんな成長中の旧都の軍団に合流しようと画策している無法者がいたりするかもしれない。

 あるいは……この馬車の中にも、いないとは言い切れない。

 無法者でなくても、『ガロム中央会議連盟』という国に不満を抱いた亡命者だったりとか。


 馬車の中を見回す。

 護衛依頼を受けた冒険者らしき若いコートの男の人、親子連れっぽい男性と小さな女の子、大きなリュックサックを背負って座席の上で退屈そうに足をぶらつかせる男の子、新聞を読んでいる大人しそうなおねえさん。

 この時期にこの馬車に乗るくらいだから、どうしても町まで行かなきゃならない理由があるのだろうけど……


「今のご時世じゃ、どこが安全なのかもわからないかもね……」


 おねえさんの読んでる『新聞』。

 中央にいたときにはよく見かけたけど、地方ではほとんど見ない広報ギルドの一般向け社会情報誌。

 基本的に簡単に手に入るのは中央の都市とかだけで、地方では特別に広報ギルドと契約して仕入れるか中央からの転売品でも買わなければ読むことのできないものだ。


 まあ、地方の人間からしてみればわざわざそんなものを購読しなくても、新しい法律とかは現地の領主からのお触れを読めばいいし、中央貴族の間での施策とかスキャンダルとか興味もないって話だけど。

 今の時勢に限っては、いつも新聞なんて読まない人も読みたくなるのかもしれない。


 丁度、今の読まれている新聞の見出し記事。

 地方まで噂が伝わってくるほどの大事件。

 数週間前から『中央政府』の中核と言える『王都ガロム』を襲い続けているテロ攻撃と、その影響で引き起こされる社会への波紋。


 この世界の中心、社会を『ガロム中央会議連盟』という括りで見た場合のこの国の首都にあたる『王都』がたった一晩の内に包囲されて壊滅状態に追いやられたという知らせは衝撃的すぎて、地方ではほとんどの人間が理解を拒絶した。


 けれど、『研究施設』にいた私は……その知らせに、ある意味納得してしまった。

 『研究施設』はノーラン地方領の起こすクーデターを手伝う形でスポンサー契約を取り付けていた。そして、ノーランは『クーデターを起こせば他の地方領の戦力も取り込める』と見込んでいた。


 社会の裏を知ってる、なんて偉そうなことをいえるほど賢くはないけど、それでも一見平和な日常が続くように見えるこの世界がたくさんの火種を抱えているのは知っていた。

 それを爆発させるのがノーランや『研究施設』でなかっただけで、予期されていた流れが始まったのだと。


 今の私たち庶民に知らされることはほんの一部、王都へのテロの実行者すら判然としない。

 噂では、冒険者ギルドの反乱だと言われたり、旧都クーデターの賛同者や別働隊だと言われたり、強力な転生者の乱心だと言われたり。


 中央政府の最高責任者と言えるガロム王陛下の安否についても、広報ギルドの発表では陛下が王都の中でまだ生きていて、籠城しながら外部に命令を下して政治の代行権限を持つ臨時政府立ち上げを指示したって言われている。

 けど、それに反してガロム王陛下はもう亡くなっていて臨時政府云々は権限を王家から盗もうとするギルドや貴族たちの情報操作だって噂も流れている。


 何が真実で何が嘘なのか。

 社会の主体はどこにあって誰の指示に従えばいいのか。

 世界はどう変わろうとしているのか、何もしない内に解決してくれるものなのか、今の内に何かをしなければいけないのか。


 誰も何もわからないから、却ってパニックが起こらずに困惑しながらもいつも通りの生活を続けている。

 私も、ある程度考えはしたけど結局予定通りにフィールドワーク続行を選んだ。

 さすがに、レーシャには『他はともかく旧都はヤバい』って散々言われたけど。まあ、中央政府が大変なことになってて旧都の軍団を見張ってる正規軍もどう動くかわからないわけだし。


 けど……


「この仮説が本当だとすれば、『旧都』を直接知ってる人に話を聞かないと……遺跡が占拠される前に逃げた人たちもいたはずだし、近くの町なら話が聞けるはず……」


「ルビアのそういう研究者としての頑固さってすごいと思うよ。でも、そこまで命懸けで、しかも本当に今の内に調べなきゃいけないの?」


「あー、うーん……研究の価値って意味では、どうなんだろ……でも、戦闘で遺跡がなくなったりしたら歴史に永遠の謎が残っちゃうかもだし……」


 正直言って、それがわかったからってみんなの生活が楽になったり技術が発展したりってことはほとんどないと思う。

 だからこそ、ヒトシさんも問題提起自体はしていても優先度が低いからって放置していた分野だし。私自身、データと向き合って実験してってタイプの研究者だから考古学とか専門外と言えばそれまでだ。


 けど……やっぱり、目の前で永遠の謎になりそうなものは見逃せない。

 私自身の一生の謎になるのも嫌だけど、これが真実に掠りでもしてるならただ『忘れてしまう』のは人類全体としてもよくないと思う。

 はっきりとしない返答をこねくり回す私に、レーシャは焦れたように具体的な質問をしてくる。


「仮にルビアの仮説が合ってたとして、何がわかるの? それくらいそろそろ教えてもらってもいいよね」


「そうだね、まだ証拠もなしに下手なことは言えないけど……もしかしたら、来年からの歴史の教科書を大幅に修正しなきゃいけないかも。本当に、仮説が間違ってなかったらだけど……」


「え、それって本当に歴史を変えるような発見ってことじゃない?」


 確かに、そうとも言うだろう。

 さすがに、それくらいじゃなきゃ友達を巻き込んでまでこんな所まで来ない。

 それに、根拠の仮説が『研究施設』の機密の部分にも関わるから専門の研究者に投げることもできなかった案件だ。


 ヒトシさんは実利主義というか、『生活を変える技術』に専念していて歴史にはあんまり興味がなかったみたいだし、アオザクラさんも下手に触れれば『森の民』の独立とかの話がややこしくなる大昔の真実とかを追求する気はなかったのだろう。

 けど、そういうのを除いた単なる『知の探求者』として見ればとんでもない案件だったりする。


 だからせめて、遺跡には行っておきたい。

 引き継ぎになるとしても、案件が案件だけに真剣に調べるべき価値と証拠がある発見だということは確定しておきたい。

 この旅はそのためのもの、遺跡そのものに入れないとしても遺跡の中を直接見たことのある人たちから証言だけでも得ておきたい。


「まあ、さすがに命は大事だから無理はしないつもりだけど……」


 危険な地域とは言っても、向かっているのはあくまで一般人が進入できる範囲のギリギリ。

 何か特別なことがない限りは大事件に巻き込まれたりはしない、治安の保たれている場所だ。

 警戒し過ぎて挙動不審になっていたらこっちが職質されちゃうかもしれないし、少し気楽になろう。


 この馬車には護衛の冒険者さんもいるわけだし。


「話してるところ悪い、ちょっといいか?」


「あ、はい」


 突然話しかけられてびっくりしたけど、目の前にいたのは今思い浮かべた護衛の冒険者さんだった。いつの間にか席を立っていたらしい。

 彼は、手の上の小さな何かをこちらに見せる。


「もしかして、これを落としたのはあんたらのどっちかかな?」


 手の上に乗っていたのは、小さな飾りボタン。

 洋服についているような感じのやつだ。一瞬自分の服から外れたものかと思って服を見てみるけど、似たような意匠のボタンはついていないし欠けたボタンもない。私の隣のレーシャも反応は同じようなものだった。


「いいえ、違います。私のじゃないっぽいです」


「私も違うみたいです」


「そうか。じゃあ他の人に聞くよ」


 そう言って、今度は隣で新聞を読んでいる女の人にボタンを見せて同じ質問をする冒険者さん。

 どうやら馬車に落ちていたボタンを見つけて持ち主を探しているらしい。


 けれど誰も心当たりがないのかボタンを受け取る客は一人もいなくて、最終的に御者さんにまで声をかけている。


「うーん、落ちてたものが誰のか気になるのはわかるけど、御者さんにはあんまり話しかけない方がいいんじゃないのかな……」


「あれ、珍しいねルビア。いつもは思っててもあんまりそういうこと言わないのに」


「あ、ホントだ。聞こえてたらどうしよ」


 私は赤の他人との距離感なんて慣れてないし、些細なことからケンカが始まるのは怖いから他人のマナー違反とかにはあんまり口を出さないタイプだ。

 なのに、今は何故かポロッと言ってしまった。

 自分でも不思議だ。


「なんでだろ? 疲れてるから?」


「そうかもね。ルビア最近、ちょっとイビキとか聞こえてくることあるし。やっぱり長旅あんまり慣れてないから疲れ溜まってるかもね」


「ちょっと、イビキかいてるとかこんなところで言わないでよ恥ずかしい! ていうかホントに!?」


「あ、うん。こっちも寝られないって程じゃないしルビアは恥ずかしがりそうだから黙っててあげようと思ってたんだけど……あれ、じゃあなんで言っちゃってるんだろ?」


 何かがおかしい気がするけど、何がおかしいのかわからない。

 お互いに見つめ合って首を傾げていた、その時……



「はい! 注目だ! 全員大人しくオレの話を聞け!」



 パンッと、乾いた破裂音が馬車の中に響いて、反射的にそちらを見た。

 そして、その破裂音と声の主の手に握られた黒い物体から、『研究施設』で見てきたあるものを想起させられた。


 『拳銃』だ……さっき話しかけてきた冒険者さんが手にした拳銃を天井に向けて撃って、注目を集めていた。

 小さな穴の空いた天井と彼の態度を見て、車両の中の空気が一気に緊張する。


「この馬車はオレがジャックした! あんたらにはこのまま人質としてアジトまで来てもらう! 逆らったらこのピストルが火を噴くぜ! そして、もしオレに何かしようものなら……」


 冒険者さんが外套を開くと、身体には派手な色の『爆弾』がこれでもかというほどに巻き付けられていた。

 『研究施設』にいた私だからわかる……あのパッケージは本物、それも『研究施設』で生産された高性能爆弾だ。組織が潰れる前に売り出されていた違法兵器の一部。

 セットの起爆装置は、銃を持つのと反対の手の中にあった。もしもあれが、こんな近距離で押されたら……


「ここにいる全員! この爆弾で『ドカン』だぞ! だから絶対に変な真似はするな! いいな!」


 押されたら……


「……あの、それって真っ先にあなたが死にませんか? それ、人間一人くらい簡単に木っ端微塵になるやつなんですけど……」


「そうだ! だから絶対に、絶対に変な真似しようとするなよ! 頼むぞマジで!」


「……あっ、ルビア! あれ『こっちは死ぬ覚悟でやってる』って意味じゃない? 捕まるくらいなら死んでやるとか、最悪お前らを道連れにして死んでやるみたいな」


「……あ、そっか。そうだね、うん。なんで自分が死んじゃうようなことしてるんだろって思っちゃった」


 馬車の中の全員が『あー、なるほどー』という得心の行った反応を見せる。

 ……あれ、今のもなんかおかしかったというか、レーシャが言うまであっちの行動とか言葉の意図がわからなかった?

 考えてみれば簡単なはずなのに。


「と、とにかく! これは時間までにアジトに着かなくても自動で爆発するからな! 時間を引き延ばそうとか考えずにこのまま大人しく……」


「別にあいつボコって爆発する前に捨てておけばいいんじゃない?」


 新聞を読んでいた大人のおねえさんの大胆発言。

 大人しそうに見えてポロッと物騒なことを言う彼女に爆弾を巻き付けた馬車ジャック犯もドン引き顔を見せるけど、スイッチを見せつけながら大声で威嚇するように返す。


「オ、オレに何かあったらこのスイッチを押すぞ! そしたら爆弾がドカンだからな! いきなり襲ってきたりすんなよ! うっかり押しちゃうかもしれないからな!」


「そ、そうだよ! みんな、とりあえず今は言うことを聞くふりをしてあのスイッチを奪う隙を見つけないと!」


 私の言葉にみんなから注目が集まる。

 私が『あれっ?』って思ってると、隣のレーシャから呆れ声が。


「ルビア……それ、大きな声で言っちゃダメなやつ」


「あっ、しまった。言っちゃダメなのにどうして……」


 やっぱり何かがおかしい気がする。

 会話がおかしいというか、私自身がおかしいというか……

 そんな私の様子を見て、馬車ジャック犯は得意げに声を上げる。


「ようやく気付いたか! オレをただの馬車ジャック犯だなんて思うなよ! しっかり聞け! オレは神から能力を与えられた『転生者』だ! それも転生してきてから、じゅ、十年の大ベテランなんだぞ! だから隙を突いて出し抜けるとか変な気を起こすんじゃない! いいな!」


「て、転生者……? じゃあ、さっきから私たちがつい言わない方がいいことを言っちゃうのも……」


「そうだ! オレの『他人(ひと)馬鹿(バカ)にする能力』は、会話した相手を自分よりバカにできる! さっきオレと話した時点でお前らはオレの術中、どうやってもオレを論破したり出し抜いたり、騙したり隠し事をしたりすることはできないんだよ! そして、オレにはこの銃と爆弾がある! だから逆らうことなんて……」


 そこで……親子連れに見えた男の人が、声を荒げる。


「ちょっと待て! 隠し事ができない? それじゃあまさか、私が旧都から抜け出してきている『森の民』だってこともばれてしまうのか! そんなことになったら捕まっている村のみんなが……あっ」


「「「えっ……」」」


 ……なんと、あの男の人は旧都で捕まっているはずの『森の民』だったらしい。

 確かに一人でも抜け出していることが旧都の軍団にばれたら、仲間が逃げたのをを隠している捕虜の人たちに危険が及ぶだろうし、絶対にばれたらいけないことだろうけど……そんなことでも言ってしまうのがあの転生者の能力らしい。


 全員の視線が男の人へ向き、転生者もその身の上に驚いたのか複雑な表情をしながら答える。


「そ、そうだ。オレの能力はすごいのがわかっただろ! その、なんだ、あんたに関しては……なんか、悪かった。そんな秘密があるとは思わなかったんだ」


「なんかグダグダだねー……ねえ、ところで馬車ジャック犯さん。気の毒だと思うなら私とアオザクラおじさんだけでも見逃してくれない? これから大事な取引があるからどうしても町に行かないといけないし」


 そう言ったのは、男の人の隣の小さな女の子。

 見た目の感じよりも理性的な話し方だ。親子連れっぽい感じだったし、あの子も『森の民』……なのかな?

 でも、なんかそういう感じじゃないっていうか……


「だ、だめに決まってるだろ! 大事な人質だぞ! あんたらの家族とかから身代金を受け取るまでは……」


「でも、私たちだと身代金とかどこに請求するのってなるしさ。私の能力が相手だと爆弾はともかく銃はあんまり脅しになってないし……爆弾だって効果薄いっていうか、私が消えたところで本体が痛がってくれるわけじゃないし」


「の、能力? 銃が脅しにならないとかって何を……」


「そりゃまあ、これでも一応は旧都クーデターの主犯格扱いされてる転生者の一人だし。そっちも転生者だからってそれほど怖くは……あっ」


「「「……えっ」」」


 みんなの視線が今度は『森の民』の男の人の横の女の子に集まる。

 唯一、男の人だけは『やってしまった』みたいに顔を手で覆ってるけど。

 つい数十秒前にわかったことよりも衝撃的な情報にみんな驚きを隠せない。馬車ジャックの転生者さんも『格上犯罪者』の登場に明らかに動揺している。


「旧都クーデターの主犯格、転生者……テ、テロリスト……凶悪犯罪者……」


「現行犯で犯罪者の人にそんな怯えられたくないんだけど……そんなに予定外なら一度日を改めてとかさ」


「だ、だめだ! 大人しくアジトまで来い! じゃないと……」


 彼は一番無力そうだからか、リュックサックを背負った男の子をスイッチを持った方の腕で抱え上げて盾のようにした。

 もしも男の子が暴れたりしたらうっかりスイッチを押してしまいそうな危険な態勢だ。


「こ、この子供の頭に風穴が空くぞ! いくら凶悪犯だろうと、無関係の子供が傷付くのはいやだろ! いや、だよな……?」


「スイッチスイッチ! 力むな力むな! わかった、もうちょい付き合ってあげるから指の力抜いて!」


「よ、よし! 大人しくしてくれるんだな!」


 拳銃と爆弾に加えて人質まで取ってようやく優位を確信できたのか、安心の気配を見せる転生者。

 こっちも勢いで指に押し込まれそうだったスイッチから力が抜けたのが見えてホッとする。

 けれど……


「悪いね少年。悪いけど、カタギを人質にするような屑には屈しないことに決めてるんだ。こっちにもメンツがある」


 今度は、さっきまで新聞を読んでいたおねえさんが立ち上がって髪をかきあげる仕草をする。

 髪の下から現れた鋭い眼光が、大人しそうに見えた印象ががらりと変えて空気を冷たくする。人質を抱えた転生者も思わず銃を向けてたじろぐ威圧感だ。


「な、なんだお前はいきなり! こ、この武器が見えないのか! お、お前は知らないかもしれないが、これはピストルと言ってだな!」


拳銃(チャカ)くらい見飽きてる。お前みたいな素人じゃこの距離でも当てられないオモチャだよ」


「な、何者だお前は!」


 転生者が問いかけると、おねえさんはふんっと、軽く嘲るような息を吐いて答えた。


「てめえみたいなやつに名乗る名前なんて、『幻龍界』首領(ドン)リオンの娘たるこの『ウー・リーシェン』には持ち合わせがない……あっ」


「「「…………ええっ!」」」


 これまでよりも一際大きいリアクションに車内の空気が大きく揺れる。

 なにせ、今の名乗りが本当なら……


「レーシャ……『幻龍界』って、あの中央最大級の犯罪組織(マフィア)だよね……?」


「うん、しかもその首領の娘って、下手すると大貴族の身内に手を出すよりヤバいんじゃ……」


 あまりのビッグネームの関係者でザワザワとする車内。

 私たちの会話を聞いた転生者の手が震え出して、お守りのように人質の子を強く抱きしめる。

 またしても爆弾のスイッチが危ない状態だ。


「マ、マフィアのボスの娘……いやでも、こっちに人質がいるのは変わらない……」


「少年、幼くとも男なら覚悟を決めてくれ。今の私には妙案が思いつかない……もしもの時には少年のご家族にはちゃんと私自ら謝りに行く。なに、うまく行けば拳銃(チャカ)と爆弾くらいどうにかなるよ。最悪でもそんな爆弾程度なら私は死なんし、他も生きていれば幻龍界(ファミリー)でどうにかして治療するさ」


 リーシェンさんが構えを取って踏み込んだ足下の床がバキッと音を立てて靴の形にめり込む。

 大人しそうな雰囲気で覆い隠していたけど、並みの護身術なんて域じゃない一目でわかる一線級の戦闘力の持ち主だ。

 口が軽くなっていても身体に染み付いた技が使えないわけじゃないらしい。


 というかリーシェンさん、完全に一か八かでやる気だ。

 どういう方法で助かるのかはわからないけど、自分が自爆に巻き込まれても大丈夫だからって真正面から転生者を張り倒す気だ。

 命懸けになったとしても脅しなんかには屈しないっていうマフィアの意地みたいなものがすごい感じられる。


「ちょ、ちょっと待ってください! もう少しだけ様子を見てから……」


「そうだよ! その人にルビアが触れる隙さえ作ってくれればどうにかなるから危ない賭けなんてやめて!」


「さ、触る隙さえ作ればってどういうことだ!? まさか、そいつも転生者……」


「ルビアは転生者じゃないけどすごいんだよ! 何せあの『研究施設』での活躍で偉業認定までもらってて、本人は活躍できたのなんて偶然だとか適当言ってるけど、実は触るだけで記憶を弄ったり技術をマネできたりって一流スパイもびっくりのハイスペックなんだから! 今は敵に油断しててほしいから目立たない地味でどんくさいモードのままだけどやるときはすごいやる私の自慢の……あっ」


「「「…………」」」


 レーシャの言葉に、場の全員の視線が無言で私に集中する。

 確かに私の『狂気の癒し手』なら一瞬でも触れれば意識を奪ったりするくらいわけないし自慢の(『友達』かな?)って言ってくれるのは嬉しいけど、状況が状況だ。


 爆弾のスイッチを押させずに人質も傷つけないように転生者を無力化できてしまう手段を持った私の存在に彼は顔を青くして、リーシェンさんと私を交互に威嚇するように銃口を左右に彷徨わせる。


「て、転生者じゃないのにそんな能力を持った人間がいるのかよ! ぜ、絶対近づくなよ! 絶対だぞ!」


「レーシャ、いくらなんでも今のはちょっと……」


「うわーん! ごめんなさーい! お願いだから嫌いにならないでー!」


 転生者の能力で隠し事ができなくなってるのはわかってるけども、自分のことじゃなくて私のことをこんな公衆の面前で声高に言うとか勘弁してほしい。

 大体、偉業認定とかも本当に立場的に受け取らないとまずいから受け取っただけだし、私は一流スパイとかそんなキャラじゃなくて単なる研究者であって、むしろキャラ的には……


「はあ……スパイとかってキャラ的なこと言ったら『兎粥(ラビット・ポリッジ)』と学院生の二面生活とかしてるレーシャの方がずっとすごいでしょ? 本当にずっと昔から何年も周りに気付かせずに……あっ」


「「「えええええっ!?」」」


 転生者以外の視線がレーシャに集まる。

 特にリーシェンさんの反応が顕著に引き気味だ。

 彼女はレーシャを刺激しないように慎重な面持ちで質問してきた。


「『兎粥(ラビット・ポリッジ)』ってディーレ教徒の中でも自爆テロで有名な、あの宗派の……? え、もしかして『兎爆弾』使える? 悪人はこの辺一帯諸共消し飛ばそうと思ってたりする?」


「つ、使えるけど、そんな気軽に使いませんから! ていうかルビア知ってたの!?」


「あ、うん。お母さんから、学院でルームメイトになったレーシャの名前出したときに『ご家族とは知り合いだから悪い子じゃないのは知ってるし、毛嫌いせず仲良くしてあげてね』って……別にわざわざ話題にするようなことじゃないし、レーシャも実家のこととかはあんまり話したくないみたいだったし……」


 なんかこう、知っていても互いに触れない暗黙の了解的なものがあると思っていた。

 レーシャも私が長女なのに家業継げなかったこととかに触れてこなかったし。人の記憶をちょっと覗けばもっとすごい秘密が見えたりすることもあるから、レーシャが自分の宗派を隠してるくらいそんなに特別なことって感じはしなかったし。


 そうやって、私たちの間にあったすれ違いが発覚して微妙な空気が流れる中……


「自爆テロ……しかもヤバい宗教のやつ……そ、そんないかれたやつが、なんでこんなところに……」


「た、確かに『兎粥(ラビットポリッジ)』が世間的に見てちょっとヤバいのは認めるけど! 別にテロばっかりしてるわけじゃなくて普段は普通にお祈りとかしてるだけだし! 馬車を乗っ取るために爆弾巻き付けてくる人にそんな目で見られるほどじゃないから!」


 ドン引きの馬車ジャック転生者。

 『森の民』、旧都クーデターの主犯格、マフィアの首領の娘、(仮にも)第三の偉業の称号保持者、『兎粥(ラビット・ポリッジ)』……これだけのメンバーが揃ってしまった乗合馬車を犯行に選んでしまったのは完全に予定外、予備プランとかの許容範囲も超えているだろう。


 レーシャを爆発寸前の爆弾でも見るかのように見つめて、思い出したように私とリーシェンさんを銃口で威嚇して、もう一人の転生者を視界の端にとらえて言葉が見つからず口をぱくつかせる。

 なんか見てるこっちが可哀相になってきた……その時。


「ヒヒーンッ!!」


 突然、馬車が大きく揺れた。

 馬の嘶きが大きく響く。急加速の慣性で車両全体が揺れてみんなぐらつく。

 危うく爆弾のスイッチを押しそうになった転生者はなんとか倒れないように壁に寄りかかりながら、御者席に向かって怒鳴る。


「おいこら御者! さっきのメモの場所まで大人しく連れて行けって言っただろうが! 変なこと……」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 旧都クーデターの転生者とか『幻龍界』とか『兎粥(ラビットポリッジ)』とか聞こえてきてパニクっちゃって! 実は私、本当はプロじゃないんです! 生活に困ってて経歴とか年齢とかごまかして他の人がやりたがらない旧都方面の仕事をもらっただけなんです! 至らない御者で本当にごめんなさい!」


 御者席から届く、若い女の子のパニックに染まった謝罪の声。

 たぶん転生者の能力を受けていて、どうやったら暴走した馬を落ち着かせられるかとかも思い出せない状態になってる。このままだと……


「うわわっ! みんな耐ショック! ルートはずれて林に入るよ!」


「こ、このままだとこの先は崖だぞ!」


「おい! とりあえずその子と銃を離せ! 引き金に指をかけるな! 暴発する!」


「ちょっ、爆弾のスイッチも気を付けて! 押しちゃう! それ以上力入れると爆発しちゃうから!」


「みんな同時に喋るのやめて! 誰が何言ってるかわかんない!」


「うわぁぁああああああああ!! 誰か助けてー!」


 舗装されていない道の上でガタガタと揺れる馬車の中の阿鼻叫喚の大パニック。

 普段ならどうしたらいいのか思いつく人もいるのかもしれないけど、みんな転生者の能力でお馬鹿になってるから状況に全く対応できない。

 そして、その転生者自身も混乱しながら助けを求めて叫ぶ始末。


 これは終わった……。

 そう思った私の目に映ったのは……転生者の腕の中、一人だけ静かに状況を見ていた人質の男の子の呆れ顔だった。



「あのさぁ……少しは落ち着けよ」



 男の子の背負っているリュックサックから、彼自身のものとは違う二本の『腕』がニョキリと飛び出す。

 その手には、白と黒の小さなハンマーが握られていた。


「『吸熱の金槌の贋作ドレインハンマー・レプリカ』」


 黒のハンマーが馬車の壁に叩きつけられると、馬車全体の速度が突然消えてしまったみたいに慣性力を無視し私たちごと急停止する。


 一人だけなんの支えもなく立っていたせいか、本来はあるはずの急停止の慣性を錯覚した転生者の身体が大きく揺らぐと同時に、男の子は白の方のハンマーで拳銃を軽く叩いた。

 すると、拳銃はその打撃の軽さからは想像もできないような破壊力で粉々に粉砕された。


 そして、ハンマーがリュックのポケットに素早く収められて、無手になった義手がキリキリと指を動かした。


「『神の手の贋作(オリジン・レプリカ)』」


 パニックで押されかけていた爆弾のスイッチが巧妙な指技で押し込まれることなく奪い取られる。

 転生者が背負い投げの要領でひっくり返って床に叩きつけられる。

 そして、男の子はひっくり返った転生者の鳩尾を踏みつけた。


「こんな能力を使いこなせてないやつが十年も転生者やってるわけないだろ。てか、年齢合ってないだろ。その付け髭は変装のつもりか、やるならちゃんと変装しろ。できないなら無理のある嘘はやめておけって」


「うぐっ、やめっ、ごめんなさい」


 ゲシゲシと何度も踏みつけられる鳩尾のダメージに降参して謝り出す転生者。

 それを見て少年は一つ大きく嘆息して、独り言のように。


「はあ……能力は『馬鹿には見えない(エアドレス・)服の贋作(レプリカ)』で防いでたからいいものの、こんなアホな事件でぼくが指名手配中の第九位冒険者だなんてばれたらどう責任を……あっ」


 そう呟いて、場が一瞬静まり返った後。

 彼は私たちの方を見て……冷や汗と共に目を泳がせた。


「えっと……ごめん、みんな。今の聞いてた?」


「「「……ええええええええええええっ!?」」」


 馬車の中で、今日一番の驚愕が響き渡った。


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[良い点] ピエロへのヘイトが吹き飛ぶ温度差
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