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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十一章:『堰』破りし『超越者』

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番外編:賢者の石と愚者の町③

side 天儀愛理


 謎の転生者からの襲撃から数時間後。

 私たちは町の人から事情聴取を受けた上で、半ば強制的に宿部屋に戻されていた。

 理由は簡単、いきなり町の中で暴れて廃屋とはいえ建物を一つ倒壊させたから。


 危うく『いきなり理由もなく暴れ出して重傷者を出した無法転生者』なんてレッテルを貼られかけたけれど、建物に潰されていた人がボウガンを手にしていたことと泥酔してるみたいに意識が混濁していたこと、そしてリーテンがボウガンの矢でケガをしていたことから『酔っ払いに攻撃されて過剰防衛した』くらいの認識にどうにか収まった。


 そうなった原因は、『敵』のすり替わり。

 美森さん……ホワイト・ブルームさんが転生者だと思って攻撃した、この町の役場の人。

 かっこよく決めたと思ったら仕留めたのが狙っていた相手と違ったと知って『また早とちりしてしまった』と凹んでいる美森さんはともかく、リーテンは冷静に状況を分析する。


「敵の転生者はこちらの考えていた以上に頭が回るようですね。ミモリの挑発に対して迎撃を警戒し、最後の矢を撃つ前には用意しておいた人間に射手を任せていたのでしょう。その人間の様子から考えて、アルコールか何かで判断力を失わせた上で能力を利用して暗示のようなものをかけていたのだと思われます」


 冷静に語るリーテンは負傷している。

 腕に受けたボウガンの傷に痛みこそ感じているらしいけど、私たちみたいに苦痛を大袈裟に訴えたりはしない。

 天使のリーテンにとっては今の肉体はあくまで私の従者という立場のための『仕事着』みたいなものでそれが傷付いたとこで存在の本質的な部分の危険信号、私たちで言うところの『命の危機』みたいな感覚には繋がらないのだろう。


 腕のいい医師が行方不明になって医術を囓っただけの代役が治療をしているこの町の診療所に行くよりも宿部屋の方が防衛的にも技術的にも都合がいいと、リーテンは自分で魔法を使って治療をしている。


「狂気を帯びているように見えて戦術的な視点がある。自分の能力に合った武器や退路を用意して状況に応じた戦い方に切り替える。かなり能力を使い慣れた転生者です、おそらく転生して十年ほどの『ベテラン』でしょう。迂闊に外に出れば暗殺されかねません」


「私が変身すれば正面からやって負けることはないと思うけど、今のこの町で下手に変身すると怒られそうね。みんな、すごいピリピリしてるし」


 美森さんが嘆息しながら項垂れる。

 私も、ざわめきや人の表情からこの町の異様な雰囲気……言い過ぎかもしれないけど、『殺気』みたいなものを感じた。

 まるで戦争でもしてるみたいに……私たちを、敵じゃないかと疑ってるみたいに。


 嫌がらせや行方不明事件が多発していて緊張が高まるのはわかるけど、だからってあそこまで攻撃的な空気にはならないと思う。

 むしろ……


「……『賢者の石』」


「美森さん?」


 目を閉じて考え込んだ後、ボソリと呟いた美森さん。

 私が問い返すと、自分でも考えを整理するために言葉にしているみたいに、声を抑えたまま説明を始める。


「事件のことを調べてるときに何度か聞いたの。事件と関係ないかと思ってたというか、いくら噂になっててもあんまり信じられなくて真面目に調べるつもりがなかったんだけど……この町の鉱山からは、『賢者の石』が取れるって話があるの。精製前の原石って噂だけどね」


「『賢者の石』って、ファンタジーとか錬金術とかの……あれ、ですか? 金を作ったり不老不死になったりとかってのに使う……」


「そう、信じられないでしょ? 私ももう転生してきて五年になるわ。この世界がどのくらいファンタジーじみてて、どのくらいファンタジーじゃないかはそれなりに感覚で掴んでるつもり。原石だとしても『賢者の石』なんて超すごいものがそんな天然素材として山から掘れるとか嘘くさいって本気にしてなかった。けど……噂では、それをめぐってこの町ではちょっとした『対立』が生まれてるらしいのよ」


 美森さんは額に手を当てて、改めて考える。

 転生してきて五年という、一流のベテランと呼ばれるほどじゃないにしろ経験豊富な転生者として。


「人と人が集団で争っていれば、転生者が『傭兵』として雇われることもある……対人に特化した精神系の能力だと特に。それも、冒険者としての正式な依頼とは違う、アウトローで非合法な犯罪者として。もしかしたら、私たちはその手の転生者だと思われて睨まれたのかも」


「じゃあ、行方不明事件はその仕事を邪魔されたくなくて私たちを……でも、そこまで事件を起こしたり血を流したりするほどの対立って、なんなんですか?」


「それを目的に調べてたわけじゃないから曖昧だったけど、この町は元々あの鉱山からの採掘のために作られた町なの。けど、町の規模も大きくなって採掘以外での利益も出てきて、産業ごとに役割分担が生まれた……そのおかげで、採掘物の利権が『町のもの』か『鉱山で働く人たちのもの』か、曖昧になってたらしいの。前は町ができたときからの慣例で適度に利益分配してたらしいんだけど……」


「……鉱物の価値が上がって、お互いにはっきりと所有権を主張するようになった」


「そう、見込みの利益が急に今までみたいになあなあで済ませられない額になっちゃったのよね。最近は町長派と鉱山労働者側で揉めてるって噂は聞いてたの……でも、まさか転生者を雇うところまで激化してるとは思わなかった。だって、『賢者の石』なんて存在そのものが眉唾だもん」


「……本当に、『賢者の石』なんてあるんでしょうか?」


「さあ、どうかしら。話では、昔から屑石だと思ってたものにすごい産業価値があることがわかったばっかりだって言ってたけど……転生者が現代日本の技術や知識を持ち込んでくるから、今まで見向きもされてなかった資源にそういう新しい価値が見つかることはたまにあるの。もしかしたら、『賢者の石』っていうのはその暗喩なのかもしれない。レアメタルとかでも下手に価値を知ってる転生者に通じる名前を使うと横取りされるかもしれないし」


 この世界は魔法があるけど、科学の通じない世界じゃない。

 魔法には才能や練度に個人差があって『呪文を唱えるだけで全ての科学技術の代用になる』みたいな便利なものじゃないし、科学技術を使う上で必須の資源類には相応の価値がある。

 そして、転生者の知識はこの世界に文明レベル以上の技術を持ち込んでいる。加工法や利用法がわかるまでは屑石でしかなかったものが黄金以上の価値を持つこともあるだろう。


 けれど……引っかかるのは、あの転生者とこの町の状況。

 確かに町はピリピリしていて対立しているように見える。実際、利権争いみたいなことは本当に起こっているのだろう。

 けれど……


「リーテン、あなたは今の話……」


 私が黙々と自分の治療を進めていたリーテンに声をかけようとしたとき、コンコンとノックのような音がした。

 けれど、それはドアではなく窓からだ。

 美森さんが警戒心を高めて、小声で『ホワイト・ブルーム』と唱えて姿を変える。


「ねえ、愛理ちゃん。ここ、二階だよね?」


「はい……そのはずです」


「石とかを投げた音じゃなかった。窓のすぐ外側にいるよね」


 安い宿、外にはベランダとか人が立てるような屋根とか登りやすい樹とかもない。私の記憶力がそれを保証している。

 今はもう夜のはずだ。手元も暗くて危ないし、一般人が気軽に窓からノックしてくるなんてまずあり得ないだろう。

 そして、何より『屋根の上を歩いたり壁を登ったりする音』なんて、私たちは聞いていない。


 ホワイト・ブルームさんはジェスチャーで後ろにいてと指示して、窓に近付く。

 そして、ステッキを片手にゆっくりと雨戸を開いて……


「ご、ごめんなさい! 話を、聞いて、もらい……たくて……」


 窓の外のほんの僅かな屋根に曲芸師のように足をかけて逆さまにぶら下がっていたのは、小学生高学年くらいの男の子だった。目の前の魔法少女よりの外見よりもほんの僅かに若い年齢に見える。

 けれど、その服装はボロボロで、まるでしばらく浮浪者生活でもしていたみたいに見える。


 彼は、その顔にも極度の疲労を浮かべながら、丸腰を訴えるように逆さまにバンザイしながら、身体をふらりと揺らす。

 もう、ぶら下がっているのも限界みたいに。


「どうしても……お願い……」


 足から力が抜ける前に最後の力というように、身体を振り子にして部屋の中へ落ちてくる。

 弱きを助ける魔法少女もそれを拒絶することはできず、少年を受け止めて素早く窓を閉めた。


 そして……その腕の中で、彼の身体は『変化』した。

 丸腰を訴えるために確かに見せていた肌色の両腕は真っ黒に変化して、その形を変えていく。

 まるで……蝙蝠の翼のように薄く、広く。

 ぶら下がるのに使っていた足も、よく見れば人間の足の形と違う……ものを掴みやすい関節と長い指を持つ形。


 変化の完了した彼の姿は、まるで半分蝙蝠に変身した映画の吸血鬼のようだった。

 そして、牙も伸びるのかとついその顔を注視した私は……彼の顔が、人相書きで見たことのある子供の顔だと思い当たった。


「この子……行方不明の、お医者さんのお孫さんだ」




 それから、しばらくして。

 リーテンの診断で彼の状態が極度の疲労と栄養失調だとわかった私たちは部屋にあった食べ物を彼に与えて、どうにか喋れるところまで回復させることができた。

 ちゃんと事情が聞けたのは、朝になった頃。

 聞き出せた彼の名前は『バロン・ヴァーハン』。名前は役場で見た資料と同じだった。


「じゃあ、バロンくんは魔法とか誰かの能力でそういう姿になったんじゃなくて……生まれつき、そういう『体質』なの?」


「うん……お父さんとお母さんは、ご先祖様が洞窟に住んでて蝙蝠をいっぱい食べてたからって言ってた。ぼくたちの一族はみんな生まれたときからこういう形なんだって」


「お父さんとお母さん……確か、お医者さんはお爺ちゃん、だったんだよね? なら、お医者さんも……」


「ううん。おじいさんは、血は繋がってない。行く場所がなかったぼくを自分の孫だってことにしてくれて……本当は、ぼくのことを調べてこんな町から『学院』に帰りたいって言ってた。でも、最近は迷ってて……ぼくのことを発表したら、もう一緒に暮らせないからって、悩んでたんだ」


 彼は私が連想したような『吸血鬼』って種族ではなかった。

 リーテンの話では、そもそも映画に出てくるようなファンタジーな吸血鬼はそういう能力を選んだ転生者や特別な理由で変異した生き物でもなければ生物としてはこの世界にいないらしい。

 けれど、彼は一族に遺伝する『体質』として、蝙蝠のような形質を受け継いでいる。


「さっきまで、私たちと同じような手だったわよね? 自由に変えられるの?」


「今は……自由には、変えられないよ。おじいさんに……『人間になれるお薬』をいつももらってて、それが少しだけあったから。怖がられるといけないと思ったんだ。でも、ほんの少しだったからすぐなくなっちゃった」


「……おじいさんとキミが『行方不明』になったのは、二ヶ月くらい前だったよね? もしかして、それからずっと……おじいさんは、どこにいるかわかる?」


 美森さんの質問は、答えが半ば予想できているものだった。

 これまではおじいさんに養ってもらっていて、人間になれる薬をもらっていて生活できていたのに、ここに現れたときにはボロボロで衰弱していた。

 彼の表情は、予想通りの暗くて険しいものだった。


「……あいつに、殺された。ぼくは耳がいいから、音で部屋の外から視えたんだ……だから、見つかる前に逃げた。逃げて、ずっと隠れてた。おねえちゃんたちが、あいつを追っ払ったって聞くまで」


 どのくらいの間隔で薬が必要になるのかわからないけど、『人間になれる薬』がないということは『人間になれない』ということだ。

 住民の一人として何年も生活してきた町の中であっても、人に姿を見せられないならまともな生活はできない。

 まして、姿の見えない転生者の殺人の目撃者になってしまったというのなら一か八か誰かに正体を明かして話を聞いてもらうわけにもいかない。そんなことをすれば、その相手ごと暗殺されてしまう。


 だから、転生者に殺されないだけの力を持った私たちが現れるまでずっと隠れていた。

 こんなにボロボロになるまで、きっと盗みとかを働いたりもせずに浮浪生活を耐え忍んで。


「リーテン、この町のお医者さんが作れたなら『人間になれる薬』ってリーテンも作れたりしない? というか、『知識』の大天使なら彼みたいな体質のこと……リーテン?」


「………………なんでしょう? 良く聞き取れませんでした」


「いや、だからね……今、ぼーとしてなかった?」


「いいえ、私が思考停止することなどありえません。アイリの勘違いでしょう。彼の『体質』に関しては今の私の知識の中にはありません。一応は邪神崇拝者の扱う術に他の人間や生き物の一部を自分に移植するというようなものもありますが……遺伝性ならばおそらく無関係なのでしょう」


「つまり、リーテンも知らないくらい珍しい体質なのね。同じような人がいるところを知ってればそこに連れて行ってあげたいんだけど」


「しかし、その医師が用意できる程度の薬品ならば配合さえわかれば再現は可能でしょう。彼にその対価が支払えるかどうかは別ですが」


「ちょっと! まさかバロンくんからお金なんて取るつもり?」


「これから継続的にその薬が必要になるというのなら何らかの利害関係は不可欠です。いっそ、新発見の事例として発表した方が知名度的にも優位に……」


「あ、あの! 薬のことは……おねえさんにも、無理かもしれないけど……ぼく、お金はちゃんと返します! なんでもして、あ、悪いことはできないけど……お手伝いとか、できることなら! だから……どうか、お願いします」


 私たち三人に向けて。

 バロンくんは土下座に近い形で床に頭をつけて請願する。

 心からの願いを込めて、声を振り絞るように。


「あいつから、この町を守ってください……おじいさんは、あいつの企みを知ったから殺されたんです。あいつはきっと、みんなを騙して、殺し合わせようとしてるんだ」




 彼から転生者の『企み』を聞いた私たちだったけど、実際に事態が動き出したのはそれから数日後のことだった。

 理由はいくつかあるけど、一つはリーテンが『リスクとリターンが見合わない』と、かなり消極的な態度を動かさなかったこと。

 そして、動き出すにしても情報が不足していたということが大きかった。


 何せ、相手は認識に干渉できるベテラン転生者。

 現場で見つからないだけじゃなく、証拠や痕跡を消すのも慣れているらしく、どこにいるかもなかなか見当がつかない。

 それに……


「おじいさんは転生者が用意したシナリオに気付いてしまった。そして、それを問い糾した結果、家に訪れた彼に暗殺されてしまった……そのシナリオの内容自体は、わからないのですね?」


「うん……おじいさんは、ぼくが耳いいの知ってるから。あんまり独り言はしないし、大事なことは家で言わなかったんだ。ただ、何かを調べててすごく驚いてたのはわかった。それで、このままだとみんな騙されて町が大変になるってことも」


「話になりませんね。そのことについての日記などがあれば証拠になるかもしれませんが、転生者が隠滅していないとは思えません」


 彼の言葉だけじゃ、証拠としての力が弱すぎる。

 ただの『お医者さんの孫』として証言できるならまだしも、彼が持つ特殊な体質はどうしても見る者に偏見を与える。

 それに、彼は……この町に来る前、迫害を受けた経験があった。


「ぼくたちは、あんまり人里から離れたところだと生きられないんだ。だけど、正体がばれちゃうとみんなが怖がって追い出そうとしてくる……おじいさんも、最初は怖がって檻から出してくれなかったんだ」


 三日の間、下手に外を出歩けない私たちはいろんな話をした。

 リーテンは離れて聞いているだけが多かったけど、私は彼を放っておけなかった。

 彼は姿こそ少し違うけど……常に何かに怯えて、怖がって生きてるのは私と一緒だったから。


 美森さんは弱い者を助けるって魔法少女の立場、保護者みたいな感じはあったけど……私は、彼が私の『警察官恐怖症』と同じように日常の中で向けられる大人たちの表情に内心で震えながら生きてきたのを知って似た痛みを持つ者同士で心が慰められたんだと思う。


 彼も、私の昔の話を聞いて、泣いてくれた。

 美森さんにはリーテンが勝手に話してしまったけど、自分の意思で打ち明けられたのは人生で初めてだった。

 ある意味、今までできた『友達』の誰よりも心の距離を縮められたのだと感じられた。


 そして、いつしか私たちは『未来』の話をするようになり、この町にいられなくなったなら一緒に旅をしないかと真面目に話し合うようになった。

 そんな頃……


「すまないが、部屋を調べさせてもらう!」


 突然、宿に町の衛兵の人たちが現れて部屋を調べられた。

 その時はリーテンに魔法を使ってバロンくんを窓の外に隠れられるようにしてもらったけど、彼らの目は血走っていてとんでもない何かが起きているのは一目瞭然だった。

 そして……


「いないか……すまなかった。ここではなかったようだ」


「ちょっと。もう説明してもらってもいい?」


 強引で乱暴な家宅捜索を終えて、ようやく話ができる空気になった衛兵さんたちに、美森さんが声をかけた。

 本気で疑ってかかってきていたのか、ばつの悪そうな顔をした後……衛兵さんの中でも一番偉いらしい人が、前に出る。

 そして、険しい顔で説明してくれた。


「町長の子供が、誘拐された。まだ八歳の女の子だ。この町では前から……ちょっとしたいざこざが起きていて、それに関係しているかもしれない。これまでも行方不明が多発していたが、今回は現場も荒らされていて誘拐の証拠もある。早く見つけなければ……張り詰めていた緊張の糸が切れるかもしれない」


「……町長側が犯人と決めてかかって、『いざこざ』の相手に殴りかかるかもしれないってことね。娘を返せって」


「……我々は、町の治安を守るのが仕事だ。外から来た犯罪者や無法者であれば見つけ次第全力でなんとかしよう。だが……町の人間同士が殺し合うのは抑えきれない」


「……それで、『転生者』の私たちが犯人だったら。そう思って来たわけね」


「……すまない、数日前の騒ぎから宿の者にはキミたちの出入りを監視するように言ってあった。今回の事件と無関係だろうということもわかってはいたのだ」


 深々と頭を下げる衛兵さん。

 それに倣うように後ろの部下の人たちも頭を下げるけど、先頭の人と違って彼らはまだ本心では疑いを解いていないように見えた。

 私たちは『転生者』として……少なからず、事件の犯人かどうかを別としても化け物扱いをされている。


 けれど、おそらくは先頭の彼もその意識はありながらも、私たちに真剣に頭を下げている。


「我々は行方不明者の捜索に戻らなければならない。これまでも捜索は続けていたが手がかり一つ見つけられていない以上、望みは薄いが……このままでは、多くの血が流れる。もしも、できたら……唯一、敵を退けたあなた方なら」


「……はいはい、『何か見つけたら』こっちで勝手にいろいろやっちゃうかもね。変な疑いかけられて迷惑したんだから、その時は多少のことは大目に見てね」


「……感謝する。さあ! 次の場所を調べるぞ!」


 号令に従って部屋を出て行く衛兵さんたち。

 『警察官恐怖症』の私に代わって彼らとの会話を引き受けてくれていた美森さんはその背中を見送って……ふと、ベッドの上に目を向けた。

 そして……短く嘆息する。


「はあ……衛兵の中にも操られてる人間がいるんじゃ、見つけられやしないわね」


 ベッドの上に置かれていたのは、一枚の紙。元々私たちの持ち物としてあったものじゃない、彼らのうちの誰かが調べた物を戻す時にこっそり置いたのだろう。

 その裏側には、簡素な町の地図と赤黒い何か……おそらくは血で描かれた印が付けられていた。

 リーテンがそれを見て、場所を言い当てる。


「鉱山の一部、既に廃坑道となっている区画の入り口ですね。誘拐した人間を隠すには悪くない場所かと」


「わざわざこのタイミングで置かせたってことは、『町長の娘を取り返したければおいで』って意味でしょうね。絶対罠だわ」


 険しい顔をする美森さん。

 だけど、状況が差し迫っている以上彼女に『行かない』という選択はない。それは、この三日間で彼女と話してきた私がよく知っている。

 そして、彼女も……


「一緒に行く? ……って、聞くまでもないか」


 役立たずだとしても、何もせずにいて最悪のことが起きたら、私は自分を赦せない。

 私が危険へ飛び込む美森さんを見送って『ただ待っているだけ』なんて選択肢を選べないことは、言うまでもなくわかっていた。

 バロンくんも、それに驚きはせず一緒に行くと視線で訴えていた。


 私たちの選択に声もなく驚いていたのは、リーテンだけだった。




 町を出歩く人はほとんどいなくて、みんなが外の様子を窺いながら緊張の気配を放っていた。

 いつ暴動が勃発するかわからない、小さなケンカでも始まればそれが大きな殺し合いにでも発展しかねない、そんな冷戦みたいな緊張感だ。


 そんな中、私たちはなるべく大通りや目立つ場所を避けて、目的の場所へと到着した。


「うーん、だめね。他の入り口があったらこっそり忍び込んでやろうと思ったけど、入り口はここだけって感じ……これなら飛んできてもよかったか」


 既に魔法少女に変身している美森さん。

 たとえ地雷とか崩落があっても大丈夫だって話だけど、それでも油断はしていない。

 転生者同士の戦闘はどちらも反則前提、ある意味『単純に強い』ってタイプの美森さんは一番頭を使って戦わなきゃいけないらしい。


「仮に中に入った後でここを封鎖されると厄介です。今のうちに爆発物などの確認と補強をしておきましょう」


 対して私は……というか、一応は私の『従者』であるリーテンは知識特化の万能型魔法使い。

 真っ向勝負で魔法少女に圧倒されて伸びていたけれど、『頭を使う』ことに関してはたぶん最高レベルの転生特典。

 コンビとしての相性は悪くないはずだ……ただ……


「アイリが、本当に一緒に行くというのならですが。ミモリに任せて待機するべきだと進言します」


「リーテンだけでも行ってくれる、って話じゃないでしょ?」


「はい、アイリを放置する危険は冒せません」


 リーテンは、私がどうしても行くというから私を護りに来ただけ。

 彼女は、この町がどうなろうが興味はないというスタンスを保っている。事件解決が名声に繋がるとしてもリスクが大きすぎる、まだ他の転生者と争うには時期尚早だと何度も私を説き伏せようとしてきた。

 それでも、私がここに来たのは……


「……中に、人のいる音。それに……血の匂いもするよ」


 私の傍らで、獣のように敏感な聴覚と嗅覚を使って洞窟の中を調べるバロンくん。

 彼といろんな話をして、彼が止めてもここに来るっていうのはわかったから。

 『仇を取りたい』なんて口には出さなくても、他人に全てを任せて結果を待つなんてことはできないタイプだ。


 だから、私が来たのは彼を護るためでもある……その私が弱いからリーテンに二重の護衛をさせている形になっているけれど。


「中に人質がいるんじゃ洞窟が崩れるようなことはできないわね。しかも血の匂いがするなら……悠長に待ってはいられない。リーテン、殿(しんがり)は頼むわ」


「……はい、アイリは私が必ず守ります」


「バロンくん、私から離れないでね。絶対に」


「うん、アイリおねえちゃんはぼくが守るよ」


 何か言いたげなリーテンは放置して、進行を開始する。

 前からホワイト・ブルームさん、私とバロンくん、そして最後方にリーテンという陣形で廃坑道に入る。

 入り口の外から見えるような浅いところには何もない……けど、少し奥に進んで人の気配と血の匂いのするという方へ曲がると、そこは廃坑道なんて場所じゃなかった。


 そこは真新しい……『殺戮現場』だった。

 血の鉄臭さが充満して、吐き気がする。むしろ、逆に酷すぎて現実感がないおかげで吐かずに済んだ。

 それくらいの惨状に、ホワイト・ブルームさんも顔をしかめる。


「これは……酷いわね……完全にサイコのやり口だわ」


 ただ殺しただけじゃない、苦しめて殺した現場。

 大量の血で地面を泥濘みにするほどの、何体もの惨殺死体。おそらくは、これまでの行方不明者たち。


 その奥の壁に一人だけ生きている人間が……女の子がいた。

 壁の金具に鎖で繋がれて、猿轡もされて、一方的に殺戮現場を見せつけられたであろう場違いに綺麗な服の少女。私たちの探していた町長の娘。


「見つけた! 助けてくる! リーテンは周囲を警戒してて!」


 ホワイト・ブルームさんが人質のところに文字通り飛んでいって、鎖をステッキで断ち切る。

 そして、怯えている少女の口から猿轡を外して抱きしめた。


「もう大丈夫、正義の味方が助けに来たから。心配しないで……」


「おねえ……ちゃん……?」


「とにかく、すぐにこんなところから……逃がしてあげる!」


 と、そこで。

 タイミングを半ば予想していたように振るわれた彼女のステッキに弾かれて矢が壁に刺さる。

 防いでいなければ、確実に女の子に当たっていた。



『ヒホホホホッ! やっぱり来てくれたネ! キミにはとっておきを用意しておいたヨ、魔法少女ちゃん!』



 闇に響く転生者の声。

 来る途中で予想していたとおり、あっちの狙いは『人質の救出を防ぐこと』じゃなくて『人質を護らせることでこっちを動きにくくすること』。

 ホワイト・ブルームは一人なら無敵の魔法少女だけど、他人まで無敵にはできない。


 私たちの入ってきたのとは別の横道から、巨漢の男が現れる。

 転生者本人……? いや、違う。

 姿も気配もはっきり認識できるけど……


「うがぁぁああああ!」


 まるで猛獣のように理性がないまま、ホワイト・ブルームさんに襲いかかる。

 あの役場の人と同じ、操られた人間だ。

 しかも、様子がおかしい。


「冒険者か! こんなもの……お酒臭っ! それに……こいつ……」


 人質に襲いかかる巨漢をステッキを盾にして押し止めるホワイト・ブルームさん。

 けど、転生特典で自己強化している魔法少女が、力で押されている。理性なく暴走しているからというだけでは説明がつかない筋力だ。


「やっぱり……あんたが、坂居さんの店からお酒盗みまくってた犯人ね! それも、一人にこんなムチャクチャ飲ませて……一滴も、返す気はないってことね……!」


『ヒホホッ、彼に構っていていいのカナ?』


 またも飛んでくる矢に反応してコスチュームで女の子を守ったせいで、力尽くで押し込まれて地面に押さえつけられるホワイト・ブルームさん。

 けれど、彼女はコスチュームを光らせながら叫んだ。


「その子を守って! こっちはすぐに片付けるから!」


 私たちにも使った、触れている人間と一緒に飛行する能力。

 それを使って巨漢と一緒に天井に突撃して跳ね回る。けど、ドーピングしているのと『魔法少女は人間を傷つけない』という能力の制限でダメージは与えられず、揉み合いの泥仕合のような形になる。

 簡単に拘束できるようなパワーでもないし、決着には決め手に欠ける。


 つまりは時間稼ぎが精一杯。

 私はリーテンとバロンくんと一緒に女の子のところに駆け寄って、残された彼女を確保した。


「アイリたちは先に、坑道の外へ!」


「はい!」


 女の子の手を引いて来た道を引き返す。

 またボウガンの矢が飛んできてもリーテンが対策の魔法を用意しているから不意打ちでやられることはない。

 けど……


「っ! アイリ伏せて!」


 ここは敵の本拠地、万全に整えられた罠の中。

 リーテンが叫ぶと同時に出現させた黄金の光の結晶……『天使の剣』が空中で何かを切ると、それは左右の壁にぶつかって鋭い線を刻んだ。


 暗い中では見えないような細い鋼線……元々床まで引き延ばされていて、天井に仕掛けられた何かの装置に巻き上げられたものが空中を高速で走っていたのを、リーテンが切った。

 切られても触れた壁に深い傷が入るような代物だ……まともに受けていたら、首が飛んでいた。その事実にゾッとする。


「っ! 何か来るよ!」


 バロンくんが叫んだことで、私たちに向かって鉱石を満載したトロッコがつっこんで来ていることに気付く。

 本来ならあんな大きい物、こんな近くにまで来るのまでに気付かないはずはない。なのに、敵の能力で直前まで気付けなかった。


 リーテンがそちらに剣を向けると同時に、トロッコが爆発して爆炎と鉱石の断片が降りかかる。

 けど……


「甘いですね。『天使の剣』は散弾程度で突破できないというのに」


 リーテンは爆炎も、無数の石片も、その全てを切り払った。

 『概念的に指定した対象を斬る』という天使の武器、魔法の切り替えの必要なく散弾も鎧も霊体も一瞬で対応して一切両断できる万能魔法。

 それを、人間の姿のまま、大天使としての知識量で『普段使いの魔法』として再現するのが他の『従者』にはないリーテンの特殊技術。


 トロッコに続いて毒蜂の巣や強酸らしきものが入った瓶も飛んでくるけど、リーテンはすぐ側まで迫るまで気付くことのできないそれらにも即座に剣を振るって一定以上の距離に近付かせない。

 投擲物が割れて飛び出した無数の蜂も水滴も、見えない壁があるみたいに一定距離で地面に切り落として爪先すらも汚させない。

 これなら後は、ホワイト・ブルームさんが来るまで守りきればいい……そう思った時だった。


「……うっ、これは……」


 突然、リーテンが喉を押さえて苦しみ出す。

 そして、すぐに何かに気付いたように剣を振って『何か』を切った。

 けれど、その後すぐに剣の光は散って消えてしまう。


『ヒホホホホッ、やっぱり痛みに鈍感なんだネー。ダメだヨ、違和感があったらそのままにしちゃネ。特に魔法使いさんはたくさん呼吸しなきゃいけないんだからネ』


「この石は、まさか賢者の……さっきの薬品と、反応して……毒ガスを……」


 次の瞬間、リーテンがどたりと倒れる。

 その脇腹には、ナイフで刺されたような傷ができていて、たくさん血が流れていた。


 リーテンが、やられてしまったら……あとは、戦えない私たちだけしかいない。


『ヒホホホホッ! お嬢さん、遊びまショ!』


 洞窟の薄闇の中、姿の見えない殺人鬼は上機嫌に笑い声を響かせた。


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― 新着の感想 ―
[一言] リザさんやルカさんと同じ体質の方ですかね
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