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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十一章:『堰』破りし『超越者』
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番外編:賢者の石と愚者の町②

 新年あけましておめでとうございます!

 特別回でも切り回でもありませんが、今年もできるだけこのペースで投稿したいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。





side 天儀愛理


 宿に引きこもっていた私は知らなかったけれど、私たちの宿泊しているシスナ市では最近、行方不明事件が多発しているらしい。

 外に出てみれば確かにみんな警戒しあっているというか空気も悪くて、ちょっと治安の悪い町って感じがする。


「町では少し前から落書きとか窓を石で割ったりとかって悪戯みたいな事件も増えてたんだけど、最近は人がいなくなったり、ものが盗まれたり、悪戯じゃ済まない事件も出てきてる。けど、町の衛兵さんは少ないしこういう事件では何をしたらいいかもわからないらしくて」


 町の各所を巡っての聞き込み。

 冒険者登録のカードを見せて『調査中の事件と関係がある』って言えば、多少渋られはしても記録や現場は見せてもらえた。

 田舎町では『冒険者』という存在自体がちょっとした畏怖の対象、無闇に煙たがるべきではない相手として認識されてるらしい。


「犯人はほぼ間違いなく『転生者』だと思う。私がこの町に来たのは、お世話になった人のお店から商品がたくさん盗まれたって事件を調べてて、その転売とかの痕跡を追ってきたの。普通の方法じゃ絶対に盗めないような状況だったらしくて、たぶん『気付かれずにものを盗む』ってことが得意な能力の転生者だと思う。あの人は、生産系能力の転生者として有名になり始めてるところだし、その商品なら高く売れるから」


 この世界では、命懸けで生活していれば身体能力は普通のアスリートの限界を超えてぐんぐん伸びる。

 『冒険者』は、リスクの程度に差はあれ命懸けの仕事を専門とする生業。その力は普通の人間とは別種の生き物みたいな差が生まれるらしい。


 けれど、そんな『冒険者』から見ても規格外なのが転生特典を使う『転生者』。

 能力の種類にもよるけど、一般的なセキュリティじゃ基本的にどうにもならない相手だ。悪用しようと思えば犯罪くらいは簡単だろう。


「こうやって聞き込みをしていても、目撃証言とか証拠とかが全然出てこないのが逆に相手の能力の裏付けになってるっていうか、他人ごと隠れられる透明人間みたいな能力だとすれば誘拐とかも簡単かなって……あのさ、アイリちゃん」


「は、はい!」


「気のせいかもしれないけど、私が『こっち』になってから、なんか緊張してる?」


「いや、あの、ごめんなさい……思ったよりしっかりしてるっていうか、なんというか……」


「ミモリ。アイリは素のあなたが思ったよりも高齢で、さらにその年相応に振る舞うので驚いているのです。そのくらいわかりませんか?」


「こ、高齢って言わないで! まだ十八歳だし! 魔法少女なのも未成年ってことで行けるから!」


「こちらでは十五でも実家を出ていれば大人と同じ扱いです」


「こ、心はまだ日本人だから!」


 リーテンにこっちの世界の常識を突きつけられて言い訳じみた言葉を返す魔法少女さん……改め、吉岡美森さん。

 年齢十八歳、十五の私よりも三つ上……そう、年上なのだ。


 魔法少女の姿の時は高めに見積もっても十三歳くらいで年下と思っていたのだけど、『聞き込みの時は魔法少女だと上手くいかない』って言って変身を解いたら、私よりも全然年上だった。


 しかも、雰囲気も振る舞いも打って変わってこの世界に慣れた大人っぽい感じに……頼れる先輩転生者になってしまった。

 なんかもう、変身後の『ホワイト・ブルーム』との差に頭がバグりそう。


「はあ……ごめんね、『あっちの私』が早とちりしちゃって。いや本当に、もうちょっと理性的にやってほしいんだけどさ……」


「別人格……みたいな感じなんですか?」


「人格っていうか性格が違うのかな……一応、記憶はどっちも連続してるし、目的意識とかも変わらないんだけどやり方とかスタンスが違うっていうか……能力の副作用みたいなものらしくてどうにもならないのよ」


 一通り、役所や衛兵の屯所なんかで資料を見せてもらったり事件現場の聞き込みを済ませて、人気のない廃屋の多い区画を調べてみながらの会話だから『転生者』としての話もできる。

 行方不明が誘拐なら一応、人のあんまり来ない辺りは調べておくべきだけど、さすがに怪しすぎるからここにいたらすぐに町の人も気付くだろうし、まずいないだろうという目算だ。


「転生者自身の精神に影響を与える転生特典というのはあまりないはずですが……まあ、個別設定(カスタム)次第ではなくはありませんか。人間の心理というのは事象に対して不規則な相互作用を持つものですし」


 人間の繊細な心の動きを『不規則』の一言で済ませるリーテン。

 きっとそういうところが私たちの上手くいかないところなのだろうと思うんだけど、『知識』の大天使にとっては一般化できない人間の心理現象は深く考察するようなものじゃないらしい。

 私は……私の心なんて理解してほしいとは思ってないから、これでいいのかもしれないけど。


「まあ、思考過程がこれでも最終的な行動があれではやはり浅慮と言わざるを得ませんが」


「ちょっとリーテン!」


「あはは、冷静になってもIQが高まるってわけじゃないから……こういう聞き込みとかも探偵ドラマとかで見たからやってみてるけど、それで犯人を推理できる知恵があるわけじゃないし……事件の関連性とか、本当にあるのかな?」


「わ、私はそういうのあんまり詳しくなくて……」


「あはは、ごめんごめん。現実はドラマみたいにうまくいかないんじゃないかって思っちゃって……あー、変身してるときはこういうこと考えずにいられるけど、こういうのっていつか依存症みたいな感じになるのかな……」


 ちょっとネガティブになり始める美森さん。

 魔法少女の時は迷いがなくて行動力がすごいけど猪突猛進、変身してないときは冷静に物事を考えられるけどちょっとネガティブになりやすい……一長一短、なのかな。

 これは確かにフォローが必要そうだ。リーテンにはそういうの期待できないし。


「とりあえず、こういうのは事件の整理とかから始めて見たらどうでしょう?」


「そうね、アイリちゃん……ちゃんと時期とか整理しておけば間違えもしなかったんだし。えっと話を書き留めたメモがあるから……」


「じゃあ、まずは最初の事件……確か、二ヶ月前の満月の夜で、町のお医者さんとそのお孫さんが一人、名前はお医者さんがリガリオ・ヴァーハンさんで元は『学院』にもいた人でお孫さんはバロンくん、町から引っ越したリガリオさんの息子夫婦の忘れ形見で……」


「え、あれ、ちょっと待ってアイリちゃん。市役所で確かに資料は見せてもらったけど……そこまで詳しい話、聞いてなかったわよね? もしかして……全部、憶えてるの?」


「あ……はい。資料を見たので、そこに書いてあったことは」


 あ、そうだった。

 そういえばこの話、まだしてなかったっけ。

 普通の人は初めてだと結構驚くよねこれ。


「ミモリ。アイリは写真記憶能力の持ち主です。一度読んだ資料は記憶を見返せば何度でも即座に読み返せます」


「え! それすごい! 超天才じゃん!」


「いやあの、天才とかじゃなくてただの体質で……憶えられてもその場で理解できてるわけじゃないし……それに、あんまりいいことばっかりじゃないし」


 『完全に憶えている』ということは、『忘れられない』ということでもある。

 記憶のアルバムのようなものが頭の中にあって常時全てが開かれているわけじゃないとしても、ふとしたことでページがめくれて開いてしまうこともある。

 特に、嫌なことの方が感情まではっきりと蘇ってしまうものだ。


「そもそもこんな記憶力なんてなかった方が、これさえなければ私の人生はもっと……」


「愛理ちゃん?」


「そもそもこんなの役に立つ場面なんて他の人が思ってるほどないし暗記問題とかならともかく条件が全く同じ状態なんて実際はほとんどないから理解ができてないことは何にもできないしむしろ間違ったことを憶えちゃった後どっちが正しいのかとかわからないまま使っちゃったりするし本当に私なんてどうしようもないのにこれがあるだけですごく人生楽だねみたいなこと言われたときに否定すると嫌味みたいになっちゃっていつも困るし前に失敗を繰り返さないようにって昔の失敗ノート作ってみた時なんて量が多すぎて凹んだし一つの失敗を思い出そうとしたら同じページの失敗全部思い出しちゃってますます憂鬱になるし失敗したときのイメージが消えなくてこれがあってるはずって思ったときも私なんかの確信が本当にあってるわけがないって思っちゃっていつも最後は別の方を選んじゃって結局失敗してわざと失敗してるのかって怒られてその顔が頭に染みついちゃって離れないからまた失敗のイメージが強くなって悪循環しちゃったりとかよくあるし……」


「愛理ちゃん! 気軽に勝手なこと言って悪かったから! 戻ってきて!」


 強く呼びかけられてハッとする。

 つい、自分の内側の思考にはまり込んでまた他人に迷惑をかけてしまった。


 けれど、私の苦労を溢れた呟きからある程度は察してくれたのだろうか。

 私の独り言に驚いていた美森さんは、優しげな顔をして、私の頭に手を伸ばしてきた。

 けれど、それは……


「そっか……うん、考えずに反応しちゃってごめんね。何か嫌なこととかあったら遠慮せずに言って。これでもあなたより年上だし、頼れるおねえさんのつもりだからね」


 それは、お騒がせ魔法少女とか言われていても、この世界に来てから何年も活動を続けていていろんなものを見ている美森さんの人生経験から出た配慮、私の心情を慮ったものなのだろう。

 それは、理屈ではわかる。

 その、私の頭を撫でながら安心させようとする微笑みに他意がないことも。

 けど……


「うっ……」


「え、どうしたの? 具合悪い?」


「その……ごめん、なさい!」


 口を押さえて物陰に走り、声を抑えて嘔吐(えづ)く。

 目の前からいきなり逃げて失礼だとは思うけど、どうしても我慢できなかった。

 身体が冷えていく、目眩がして、倒れそう。

 油断してた……美森さんはまだ『大人』じゃないから大丈夫かと思って、気を抜いてた。


「アイリちゃん、大丈夫……」


「ミモリ、止まりなさい。あなたが近付くと悪化します」


 私を心配して追ってこようとした美森さんを引き止めたのはリーテン。

 余計なことを話すなって命令したいけど、今の私にはその声を上げるだけの余裕もない。


「アイリは『警察官恐怖症』なのです。厳密に警察官という職業でなくとも、無闇に『相手を安心させるための笑顔』を振り撒く人間とのコミュニケーションがストレスになる」


「警察官……恐怖症? それって、人を安心させる仕事……『人を守る職業』の人が恐いってこと? どうして……」


 リーテンは、人間の心がわからない。

 美森さんが不用意に私に接するのがよくないと判断すれば、それをやめさせるために私の個人情報を話すのも躊躇わない。

 リーテンにとっては私の前世の、『もう気にしても意味のない話』でしかないから。


「アイリの父親はジャーナリストをしていて汚職警官に撃ち殺されました。そして、その汚職の情報を掴むきっかけになったのがアイリの記憶力です。また、アイリは父親の死の瞬間を目撃しています」


 忘れたくても、忘れられない。

 だから、せめて思い出したくはないのに……きっかけがあれば、連想してしまう。

 記憶のアルバムが、勝手に癖のついたページを開いてしまう。


「汚職警官は殺害の際、アイリの父親を油断させるために笑顔を浮かべていました。『おまわりさん』として作り慣れた笑顔のまま、引き金を弾いたそうです。アイリはそれ以来、それを連想させる笑顔に大きなストレスを感じるようになったようです」


「そんな……そんな話を、淡々と……あなたは……」


「表情に関して言えば、私はアイリに『この顔でアイリに笑顔を見せること』を禁止されておりますので、基本的にこの表情で固定しています。この顔だけは笑顔を見せても大丈夫なはずだったのですが、人間の心理現象というのはよくわかりませんね」


「どういう……こと?」


「この顔はアイリが慕っていた隣人の顔を再現したものです。アイリの人生の中で、肉親以外では最高の好感度を得た人物であるため、アイリの好みの容姿として選出しました。ちなみに、職業は刑事。アイリの隣宅へ越してきたのはアイリの信用を得て汚職グループの証拠を得るため。そして、アイリの死因は彼女が警察関係者であることを知ってしまった際のパニックによる逃走中の転落死です」


「アイリちゃんの『死因』になった人の顔を……あなた、何を考えてそんな……好かれるわけないでしょ! むしろ、その顔で一緒にいるあなたの方が……」


「そうでしょうか? 誤解はちゃんと転生処理の際に訂正しましたし、汚職グループとは無関係だったとわかれば警戒する必要はなくなるはずでした。それにアイリの死後、この顔の女性は辞職して『警察官』ではなくなっています。しかし、現在までの反応を見る限りではまだアイリは訂正された情報を正しく理解できていないようです。しかし、いずれはこの問題も解決されるでしょう」


「解決『される』……? あなたは、あの子が今みたいに苦しんでるのを見てて、すぐに治してあげたいとか思わないの?」


「……? 治安のいい『日本』ならともかく、この世界では命を狙うために油断を誘う人間や隙を窺うための好意というのは珍しくありません。むしろ、これから活躍を重ねて自ずと敵対者が増えていくことを考えれば無闇な好意への警戒心が高いことはいいことだと思われますが」


 ……そうだ。

 これが『大天使リーテン』という存在の持つ価値観だ。

 私だって、最初の頃はもっとわかり合おうと話をしてみた。もう少し、私の心情とかを考えてみてくれないかと訴えてみた。けど、リーテンは何も変わらなかった。

 だから……しょうがない、どうしようもないことだと、もうとっくに諦めたことだ。


「心配せずとも、現状におけるアイリの精神不安定に関しては転生直後の転生者に見られる一種の混乱期だと考えられます。慣れを待つ分だけトレーニングの開始が遅れるのは問題ですが……」


 リーテンの中では『私を英雄に育て上げる』というのは決定事項。

 彼女の中で確定した未来の前では、トレーニングを拒む『今の私』はその『過程』でしかない。

 私が何を言っても、彼女はその姿勢を変えなかった。


「まあ、時間の問題です。人間というのはたった数年の内に何度も性格や価値観を変える移り気なものです。今の状態を見ただけで短絡的に治療が必要な人間と判断して過保護に扱えば、トレーニングを始めてからも傷病を訴えてサボタージュをする癖がつくと……」


 パンッ、と……炸裂音のようなものが響いてリーテンの言葉が止まった。

 物陰から覗いてみれば、美森さんが腕を振りぬいていて、リーテンの顔が不自然に横を向いている。


 頬を叩かれた。

 仮にも転生特典であるリーテンが反応できず、行為が終わった後から頬に触れて何が起こったのかを理解しようとしている。

 それくらいに、予備動作も躊躇いもない、本気の平手打ちだった。


「あんた……それが下手な冗談で言ってるんじゃないなら、ぶん殴るわよ」


「……もう、既に一発殴られたように思いますが。変身型の自己強化転生者でありながら、能力抜きでここまで動けるとは意外でした」


「リーテン、あんたは……目の前の人間が『怒ってる』ってことすらわからないのね。なんであの子がそれほどインドア派ってわけでもないのに引きこもってたかわからなかったけど、今わかったわ。あの子は誰よりも、あんたに会いたくなかったのよ。外に出れば必ずトレーナー面してついてくる、部屋の中ならなんとか追い出せる……そりゃ、引きこもりたくもなるわ」


「それがわからない部分です。これはアイリの『好みの顔』であるはずなのに、オリジナルと同じように好感度が上がらない。私はアイリに懐いてもらうために様々な方策を取っていますが……強化メニューを最大限持ち込むため天界に残してきた知識があれば解決できたかもしれませんが、知識量重視の『博識従者』の容量でも私の本来の情報量には遠く及びませんので」


「『どうして嫌われるのかもわからない』って言いたいのね……なら」


 美森さんが我慢の限界というようにリーテンの胸倉を掴む。

 リーテンは参考にしようとでもしているのか、抵抗のそぶりも見せない。


「まずはその顔! 別人みたいになるまであたしがギッタンギッタンにして……」


「ま、待って! やめてください美森さん!」


 さすがに見ているばかりではいられなかった。

 美森さんが怒るのも、私が怒ってこなかったリーテンに言わなきゃいけないことを言ってくれているのもわかる。

 でも……その手に縋り付いてでも、止めずにはいられなかった。


「お願い、リーテンを……その顔を、ぶたないで……悪いのは、私だから……」


「アイリちゃん……」


「私が変なこと憶えてなければ、何も言わなければ、お父さんは撃たれたりしなかった……あの人だって、私が勝手に逃げて、勝手に階段から落ちただけで……罪の意識なんて感じる必要はなかったのに……全部、私のせいだから……」


 グッと、胸倉を掴まれた。

 突然のことでビックリして見開いた目に、美森さんの……憐れみや同情とは全く違う、苛烈な眼光が至近距離から映り込む。

 そして、怒鳴りつけるように。


「加害者面するな! 被害者は『自分のせいだ』なんて言っちゃだめなの! 悪いやつが悪いに決まってるのに、勝手に責任者をすり替えようとするな!」


「え、ええ!?」


「あなたのお父さんが撃たれたっていうならそんなの撃ったやつが悪いに決まってるでしょ! あなたが転げ落ちたのもお隣さんが傷付いたのもどう考えてもそいつが悪い! それを自分のせいにして加害者面するのは悪をゆるせってことになるのよ! どんな理屈をこねても悪いやつが悪い、それを曲げたら『正義』が始まらないでしょうが!」


「正義……?」


「そう! 魔法少女の最強の武器、愛と正義の『正義』! 警察官だからって悪いことをしてるのはもう本物の『正義の味方』なんかじゃない! 正義のふりして悪いことしてるやつなんか何があってもぶっ潰さなきゃいけない! だって……『正義』は人間の、『人類(ひと)の夢』だから。完璧になんてできなくても、絶対に諦めたりしちゃいけないの」


 私の警察官恐怖症は、お母さん以外誰にも相談したことはない。相談したところで、理由を説明できない。

 犯罪について頼るべき『警察』の誰が犯人の仲間かもわからないんだから。


 だから、私の症状は不規則に訪れる突発的な吐き気ってことで通していた。

 クラスのみんなにも、それなりに仲のよかった友達にも、本当の理由を話したことはない。大変だと同情されることはあったけど、真実を話したとしても誰もそれ以上は何も言えないだろうと思っていたから。


 全て、自己完結しなきゃいけないと思って生きてきた。誰かに話したら、きっと私やお母さんも殺されてしまうから。

 恨んだり怒ったりしていいと、思っていなかった。


 けど……それで、相手を責めずに『私が悪い』と思っていることを怒られるなんて、想像もしなかった。

 美森さんの見せる感情は、大人が子供を安心させるようなものとは違う……聞き分けのない子供のような『正義』への頑なさだった。


 さっきの笑顔で美森さんに対して生まれた恐怖はいつの間にかかき消えていた。

 いきなり胸倉を掴まれて、ちょっと別の怖さはあるけど……


「あの、美森さん……」


「っ! 避けなさい!」


 突然、美森さんごと突き飛ばされる。

 視界の端でそれをやったのはリーテン、いきなり何かと思って態勢を立て直しながら質問しようとすると……


「っ……騒ぎすぎ、ましたか」


 リーテンの肩に、ボウガンの矢が刺さっていた。

 私と美森さんに向けられたものを、私たちを突き飛ばして身代わりに受けた。

 驚きに固まる私の隣で、美森さんが叫ぶ。


「『ホワイト・ブルーム』!」


 光に包まれて姿を変える美森さん。

 その二秒に満たない変身が終わるや否や、魔法少女『ホワイト・ブルーム』はステッキを振るって空中を薙ぐ。すると、弾かれた二発目の矢が回転しながら廃屋の壁に刺さった。


「透明人間の転生者!」


「くっ……違います、探知魔法は事前に仕掛けてあったのに『探知魔法に反応していること』を重要視するのが遅れた……光学迷彩ではなく、認識操作や精神影響の系統です」


 捜査中の事件を起こしている転生者……それが、私たちの動きに勘付いて奇襲をかけてきたのだ。

 リーテンの指摘のすぐ後、どこからともなく声が響く。

 そんなに音が反響するような場所でもないのに、どこからの声なのかよくわからない。そして、何故か心の中に直接語りかけてくるように頭の中に強く響く。



『キミたち、人が遊んでるところで水を差すようなことをしちゃだめだヨー。せっかく町の空気が面白くなってきてるのに、いい子ちゃんごっこなんてしちゃってサー』



 幼稚な子供のような口調。

 だけど、声音は不自然な抑揚と低音……大人の裏声、声から歳や体型を推測させないようにしているらしいけど、それ以上にこちらを混乱させようとしているように感じられる。

 不気味だけど、二本の矢は別方向から飛んできてる。あっちがこちらからか見えないように移動できるなら、どこから矢が飛んでくるかわからないし下手に動けない。


 周りを警戒しながら一方的に狙われるしかない状況で神経質になっている頭に、さらに声が響く。


『ボクもちょっと聞いてたけど、そこの魔法少女ちゃんの正義って傲慢だと思うナー。世界が違って価値観が違うのは当然なのに押しつけはよくないヨー?』


 まるで耳元で囁きかけられているみたいに、どうしても無視できない言葉が流れ込んでくる。

 聞かないようにしようにも、周りを警戒して意識が尖ってしまっている私の耳をリーテンが手で柔らかく覆った。


「アイリ、あなたは警戒よりも意識を保つことに集中してください。あの声には明らかに発言内容以上の精神影響が含まれています。おそらく洗脳にも使えるタイプの能力です」


 リーテンが耳を覆っても、構うことなく言葉が投げかけられる。

 どれだけ大きな声なのか、耳は覆っているはずなのにちゃんと理解できるほど聞こえてしまっている。


『苦しんでる人を助けるのが正義? 悪い人をゆるさないのが正義? それは違うヨ! この世界の正義は「ちゃんと人を殺せること」サ! ここでは簡単に人が人を殺すんダ! それをちゃんと理解して、ちゃんと人を殺せたことを褒めてあげるのが正義なのさ! 勝てば正義って言うなら、ちゃんと殺してちゃんと勝てた人と仲良くするのが正しい「正義の味方」だよネ?』


 メチャクチャな理屈のはずだ。

 けれど、無理やりその言葉を『感銘を受けてしまっている』ように印象付けられる。

 勝手に『確かにそうなのかもしれない』と思わされそうになっている自分がいる。心に干渉されている不快感と恐怖に鳥肌が立つ。


『ねえ、まやかしの正義なんてやめてボクと一緒に楽しいこといっぱいしようヨ? ボクはトモダチがほしいんダ。せっかく強く生まれ変わったんだから、自由に生きるのを邪魔する人がいるなら……もっと自由に、やっつけちゃえばいいんだヨ』


 言葉の一つ一つに揺れる自分の心が怖い。

 けれど、それ以上に……『見えない矢』に警戒して耳を塞ぐこともできないホワイト・ブルームさんの、こちらからは見えない表情が怖い。

 リーテンは大天使だから元々精神構造が違うし洗脳される心配はないとしても、彼女は変身しているだけで『人間』だ。

 見えない敵の言葉に、私以上に心を揺られているとしたら……


「アイリ、リーテン……そのまま、じっとして」


 魔法少女がこちらを振り向き、真っ直ぐにステッキを向ける。

 その目には、攻撃的な光が宿っている。

 私は、目をそらさないように魔法少女の瞳を見つめ返した。ここで目を逸らすのはいけないような気がしたから。

 そして、覚悟と共に目を瞑って……



 直前の視覚情報の名残りが焼き付いた瞼の裏側。

 私は記憶の中で、彼女の瞳の中に映り込んだ『私の真後ろにいる男の人』の影を見た。



「リーテン伏せて!」


 リーテンに『命令』して、二人で同時に伏せる。

 その直後、射線が通った瞬間に聞こえたのは不意に漏れたような裏声の疑問符。


「アレレ……?」


 魔法少女はその隙を見逃さなかった。


「『シューティングスターロッド!』」


「ぎゃふっ!」


 背後にいた男が後ろにふっとんでいく。

 耳を塞いでも聞こえるわけだ、こんなに近くにいたなんて。

 場合によっては矢なんて使わずに私やリーテンを盾にできる立ち位置、その気になれば後ろから直接刺せる間合いだった。ホワイト・ブルームさんもその位置にいる気付いても下手に動けなかった。

 けど、おかげで安全地帯にいると思っていた敵の転生者にはもろに入った。これで事件は……


『ヒホホホホホホッ!』


 笑い声と共に地面に叩き付けられた何かから噴き上がる白煙。

 後ろでふっとばされたはずの男が走り去るような気配。今のは軽傷じゃ済まないような衝撃だったはずなのに、すぐに立ち直って逃げた?

 いや、違う!


「矢が!」


「くっ、ショックで気絶しないなんて! やっぱりドーピングしてる!」


 ホワイト・ブルームさんがステッキで次々に飛来する矢を弾き落とすけど、その間に煙幕が視界を覆う。

 それに、目がショボショボするし喉もおかしい……違う! これはただの煙幕じゃない、催涙ガスだ。


「ゴホッ、グッ……風を……」


「リーテン! 無理に吸っちゃダメ!」


 魔法を使うには呼吸が必要だ。

 催涙ガスをただの煙幕だと油断して魔法で吹き飛ばそうとしたリーテンが……いや、転生者の能力に『油断させられて』魔法のために深く呼吸をしようとしたリーテンが喉をやられた。


 ガスが目に染みて視界が悪い。

 これじゃあ、さっきみたいに集中して能力を見破るなんてできない。けど、だからって煙から飛び出したらきっとそこを矢で撃たれる。

 今ホワイト・ブルームさんが矢を何とかできているのは動かずに守りに徹しているからだ。


 こっちが苦しんでるのを面白がるように、また白煙の向こうから声が響く。


『キミ! いきなり撃ってくるなんて危ないヨ! でも、ビックリはしたけど一瞬すごく痛いだけでケガはしなかったネ。もしかして、「人を殺せない能力」なのカナ? それはよくないヨ! 相手を痛めつけるだけなんてとっても正義の味方の戦いじゃないヨ! キミはもしかして、正義って言いながら悪役をいじめたいだけじゃないのカナ?』


 今もどこかから、私たちを狙っている。

 こっちが逃げようとしても、姿の見えない能力者なんてどこで背中を撃たれるかわからない。

 ホワイト・ブルームさんの攻撃は牽制にはなっても根本的に敵に通じない。

 こんなの、どうすれば……


「二人とも、苦しいところ悪いけど……わたしのコスチュームの端、握ってて。絶対離さないように」


「……え?」


「はやく!」


「は、はい!」


 意図はわからないけど、言われたとおりにスカートの端を掴む。

 それを確認した魔法少女は小さく頷いて……ガスなんて効いていないのか、声を張り上げる。


「あなた、能力で『()いこと』しようとして失敗したタイプでしょ!」


『…………』


「あんたみたいなタイプの転生者は何人も見てきてるけど、みんな自分がもらった能力で偉くなった気分になって、ちょっと『救ってやる』とか『施してやる』みたいな軽い気持ちで深く考えもせずにやったことで収拾つかなくなって逃げ出して……その末に、『この世界は何も上手くいかないクソみたいな世界なんだ』とか責任転嫁したんでしょ! 言っとくけど、それ悪いのは世界じゃなくてあんたの頭だから!」


『…………ヒホォ?』


「一度や二度失敗したくらいで『生き直す』ことを諦めた根性なし! それは能力の選び方を間違えたんでも来る世界を間違えたんでもない! あなたが『そのくらいのこと』で諦めちゃう程度にしかちゃんと生きようとしてなかっただけ! そんなやつには……」


 ガチンッと、金属音が魔法少女の顔面から聞こえた。

 明らかな挑発だった……矢を撃たせることで位置を探ろうとしていたのは、私にもわかった。けど、反撃なんてさせるつもりもない致命傷じゃどうしようもない。

 その、はずだった。


「ぺっ、そんなやつには、教えてあげる」


 『歯で捕まえたボウガンの矢』を吐き捨て、魔法少女は笑う。

 空に浮かび上がり、コスチュームを握っている私たちまで重力から解放されたように浮遊する。


「悪がどんなに強くても『勝てば正義』になんかならない。『悪』は損得のための手段で、結局それだけだから。真の正義は……正義だから諦めない、諦めないから必ず勝つ。だからこそ、『正義は必ず勝つ』って言えるのよ」


 振り上げられるステッキから放たれる眩い光。

 それが照らし出すの方向は、矢が放たれた直後の廃屋。

 地上なら私たちが狙われて反撃の暇はなかったかもしれないけど、空からなら屋根に隠れて撃ってきていたあちらの射線は通らない。


「世界が変わろうが『正義』はいつも一つ! 『弱きを助け強きを挫く』! そして、弱者を踏みつけにするために力を使う悪者を倒すのが正義の魔法少女だ!」


 杖が振り下ろされる。

 光が爆発して、無数の光弾として降り注ぐ。


「『スターダストレイン』!!」


 廃屋へ降り注ぐ細かな光の雨。

 まるで紙細工の家が雨粒に溶かされていくように支えを失い、屋根を支えられずに圧壊する。

 それでも、光弾の雨は降り止まない。


 そして……魔法少女は私たちを浮かせたまま地面に降り立ち、潰れた廃屋の中で光弾に襲われ続ける男の人影を見据えて、背を向けた。


「魔法少女の攻撃は人を傷付けない。それで壊れたものに潰されたって、重くて動けなくはなっても怪我はしない。今のあなたには、痛いだけの攻撃なんてたいしたことないんでしょうね。でもね……」


 光弾の雨が止むと同時に、魔法少女の変身が解けた。

 ホワイト・ブルームから美森さんに、十三歳の魔法少女から十八歳の転生者に。

 敵ですらも傷付けない優しい魔法少女から、厳しさを持った大人に。


「魔法少女が優しいのは変身してる間だけ。憶えておきなさい」


 廃屋の中で、瓦礫が崩れる音がした。

 まるで、重圧で潰れないくらい丈夫な何かに支えられてバランスが保たれていたものが、急にその支えの強度を失ったみたいに。

 『魔法少女の攻撃で人間は傷付かない』というルールが解除されて、物理法則に従って圧力が襲いかかったんだ。


「ふぐぉっ……ガクッ……」


 瓦礫の隙間から、男の苦しげな声が洩れた。

 一瞬の悲鳴と共に、瓦礫の隙間からはみ出た、壊れたボウガンを握る手の力が抜ける。


「すごい……」


「愛理ちゃん! リーテン! 大丈夫? ケガしてない? 気分は悪くない?」


 元に戻るや否や、私たちの心配に意識を戻してくれる美森さん。

 けど……私の視線は、瓦礫の隙間の手から離せなかった。

 だって、それは……


「美森さん……あれ……」


「大丈夫、ほとんど落下速度なしで圧力がかかっただけだから死にはしないし。あの転生者は後で……」


「違う……あの人、『転生者』じゃない」


「……え?」


 隙間から見えている腕には、見覚えがあった。

 服の袖、肌の色、爪の形、皺の形。


 瓦礫に埋もれていたのは、聞き取り調査の途中で役所で話した人……間違いなく、この町の人間だった。


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