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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』
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第3話 把握反射

side テーレ


 最寄りの街に向かう道中だけでも十分に理解できた。こいつは野放しにするとマズい。


「時にテーレ先輩、この世界での0から20までの間にある素数を教えてもらってもよろしいですか?」


「素数? この世界ではあなたのいた世界ほど数学は発達してないけど……2、3、5、7、11、13、17、19。1は素数に含まないはずだし」


「なるほどなるほど、つまりこの世界の数学は私の世界の数学と本質的には同じだと考えて良さそうですね。ちなみに表記は何進法ですか?」


「普通に10進法だから難しく考えなくてもいいよ。文字もこの世界で一番使われている言語、この国の公用語に自動翻訳されるから変に意識する必要もないし」


「なるほど、由来は指の数ですかね。ところで『一番使われている言語』というのは私の前の世界で言う所の中国語ですか?」


「その質問が第一言語としての一番なのか第二言語含めての一番なのかという意図なら、中国語であり英語でもあるってところね。この世界は第二言語を学んでいる人間はあんまりいないから。少なくともこの国の人間と日常会話を交わすくらいなら不自由はないはずよ。他の少数言語は修得したければ自力でなんとかして。自動翻訳は切ろうと思えば任意で切れるから」


「ふむふむ、ありがたい仕様ですね。女神ディーレの慈悲に感謝を」


「これは一応うちの部署の転生処理では基本的なサポートなんだけど……ていうか普通は数学が共通かなんて気にしないし」


 頭は悪くない。

 悪くないけれど、思考の方向性が読み切れない。


「テーレ先輩の言葉は謙遜ですか? 確かに基本的で当たり前に配布されている特典なのかもしれませんが、私は当たり前に贈られる有益なものを当然のように感謝の一つもなく受け取る人間はよくないと思うので。むしろそれなら、その気遣い、その慈愛、その施しを当たり前のこととして普及させた先人たちにより大きな感謝を示すべきだと思うのですよ」


「じゃあ代表として私に精一杯の感謝を示してみて」


「荷物を持ちましょうか? 肩を揉みましょうか? 足を舐めましょうか? あるいは血を捧げましょうか」


「やっぱり言葉だけ受け取っておくから余計なことしないで」


「了解しました」


 これだ。

 最大限譲歩した上で三歩譲ってオブラートに包んでよく言えば、こいつは考え方が柔軟すぎる。

 倫理的にないだろうとか、ニュアンス的に妥当だろうという判断で妥協をしない。


 『コボルトは抹殺する』という言葉を『コボルトを絶滅させる』と解釈したのは『抹殺』という言葉から『皆殺しにする』という意味合いを汲み取ったから。

 実際、私も戦闘経験とか名声のためには遭遇したモンスターをできるだけ全滅させた方がいいと思って強めに表現したけど、それでも普通は種族を滅ぼすのは無理だと考えるし、労力がかかりすぎるからやろうと思わない。


 だけど、こいつは普通じゃない。無理難題を提示されようと、そのためのチート能力なんて与えられていなくてもディーレ様の代行である私がやれと言えばやる。

 多分さっきのも、足を舐めろと言えば舐めたし血を捧げろといえばそうしただろう。冗談でも死ねと言えば多分死ぬ。

 下手に言質を与えると何をするかわからない。


(『転生した→モンスターがいる→自分は戦える力を与えられた→人々を守るために剣を取るしかない』くらいの短絡的勇者思考が一番誘導しやすいけれど、こいつは結果的により多くの人間が救われるように時間をかけてモンスターを絶滅させるなんてことを思いつく。命令を忠実に聞くのに、命令内容を曲解する。扱い難いにもほどがある)


 まあ、荷物運びくらいはさせてもいいかもしれないけれど、この荷物は大事なものが入っているから手放したくはない。

 これには、この転生のために用意した小道具(アイテム)がいくつも入っている。


「時にテーレ先輩。先程のコボルトさんは放置してよかったのですか? まだ息がありましたが」


「仕留めてもよかったけど、これから街に入ることを考えるならあんまり返り血で汚れてるのは良くないでしょ。近くにきれいな水場があるとは限らないし」


「なるほど、テーレ先輩の言うとおりですね。血抜きをしたら冷やすのに水場が必要ですし、寄生虫を防ぐためには加熱の準備が必要ですからね」


「がっつり解体して食べるつもりだったの? 仮にも自分から友好的に話しかけた相手を……まあ、それはともかく、これから街に入るまでに、この世界の基本的なことを教えてあげるからちゃんと聞いて。憶えて。できれば途中で質問はなしで」


「質問は全て一連の話の後でということですね。わかりました」


 何はともあれ、ちゃんと話を聞いてくれるならありがたい。

 最初は与える情報量をできるだけ絞って何もわからないから何もできないという状態にしておくつもりだったけど、さっきまでの振る舞いから私の中でその方針は即刻破棄が決定された。


 こいつは情報量が少ないと自分でわからないことを調べるか、自己解釈で補おうとする。放置しておけば、何もわからないまま何かをしでかす可能性が高い。


 必要な情報、知らないうちに犯罪者になりかねないような振る舞いは先に明言して禁止しておく。

 とりあえずは、こいつの前の世界では馴染みのなかったであろう『階級』の話から。


「コホン。まず始めに、この世界はあなたのいた世界の中世ヨーロッパに近い文明レベルです。そして、この国は貴族制度と王政を採用しています。私たちは平民として街に入るので、貴族に危害を加えると重罪になります。あと、先代の王の時代に廃止されたので『奴隷』という言葉は禁句ですが、未だに差別から抜け出せていない『低層民』と呼ばれる人々がいます。彼らの大部分は困窮した生活を送るか犯罪者として抑圧されていた時代の報復をしているかのどちらかです。特にスラム暮らしの低層民は犯罪者予備軍としても見られているので、一人二人なら殺されていてもさほど騒ぎにはなりません」


 この手の世界の事情を聞くと、『日本人』は大抵眉を顰めるくらいはするらしいけど……予想以上の反応。

 嫌そうっていうか隠しきれない失望みたいなのがありありと見て取れるんだけど。嘆息してるし。ここから先、この世界でやっていけるのか不安になるような反応しないで欲しい。


「基本的に貴族はそうとわかる服やらお供やらが付いているので、偉そうにしている人は望み通りに敬うふりをしてあげれば問題ありません。あと、転生者の中には創作物のせいで貴族に必要以上に悪い偏見を持つ人もいますが、中には善良な人もちゃんといるので変に敵意を見せないでください。カルマ測定値の平均を見る限りでは、少なくともあなたのいた世界の『日本』よりは真面目な政治家が多いはずです。じゃないとモンスターやらテロやらであっけなく国が滅ぶ環境なので」


 そう言うと、今度は安心した表情……いや、悪徳貴族がいないとも言ってないし、人類の生存環境が厳しいって言ってるはずなんだけど、ちゃんと理解してる?


「それと、この世界には魔法がありますし、人間の身体能力も大気中の魔力というリソースのおかげであなたのいた世界よりも強靭ですが、一部の例外を除き一人で軍隊を滅ぼしたり山の形を大きく変えたりできる人間はいません。威力自体はそれなりに高いこともありますが、軍隊に破壊魔法を撃ち込めば防衛魔法に阻まれますし、山に撃ち込めば枯れた禿げ山でもない限りは魔力を持つ植物が形成する天然の結界に受け止められます。あなたの身体も魔力を取り込んで強化されているはずですが、戦闘系の能力も得ていないあなたでは野犬にも勝てないので気をつけてください」


 一応、適性検査では神官系の職業に適性があるらしいけど、これは増長させないためにまだ黙っておく。術を知らない内は大して意味のない、精々信仰する神からの加護に多少の補正がかかる程度のはずだし。

 正確な適性値は報告書に書いてなかったから、小数点以下で他よりは微妙に高い程度だろう。


「あと、この世界では基本的にあなたのいた世界と同じような暴行やら窃盗やらを禁止する法律があります。まあ倫理的に問題のある行為、一般的に迷惑な行為をすると普通に捕まります。神の後ろ盾を持つ転生者だからって何でも許されるわけではないので忘れないでください。ただし、盗賊やモンスターもいるので護身用の帯剣や武装に関する規制は緩めです。もちろん、街中でのケンカに使ったら捕まります。剣を抜くとしても、少なくとも相手が先に抜くまでは待ってください」


 出来れば刃物の一つも持たせたくはないけど。

 でも、コボルトを殺すかどうかの時に『枝や石で十分だ』なんて言うあたり、持たせなかったら持たせなかったでそこらの石でも拾って普通に凶器として使いそうだ。

 敢えて刃を潰した剣でも渡しておくべきかもしれない。


「とりあえず、早急に憶えておくべきは以上です……と、マニュアル終了。わかった?」


「了解しました。確認します。『貴族を無闇に敵視しない』『低層民には注意する』『この世界の生物を相手に油断しない』『刃傷沙汰は可能な限り避ける』。要点はこれで合っていますか?」


「よろしい。他にも説明すべきことはたくさんあるけど、とりあえずはそれを守って。あと、街の入り口には衛兵がいるはずだけど、身分とか出身地とかを聞かれても答えなくていいから。私が話すから、それに合わせて。あとその服は目立つからこれ着といて」


 馬鹿正直に『日本から来ました』なんて言われても困るし、妙な格好をしてると怪しまれるから面倒だ。


「了解しました。おおこれは、旅人風の装いのコートですね。それも日焼けの具合や細かい解れが遠方からの旅路を連想させるユーズド感溢れる一品ですね。ありがたく使わせていただきます」


「一々褒めなくていいから。ちゃんとした服は後で買うから羽織るだけでいいよ。サイズも少し大きめだし」


 渡したコートは転生者の体格がどんなふうでも幅が利くように大きめのを用意しておいたから、ちゃんと着こなそうとすると大きくて不自然になる。

 けれど、今の服の上から羽織って外套代わりにしてると見せれば衛兵くらいはごまかせる。


 見た目さえある程度ごまかせば、身分も設定も既に決めて準備してあるからスムーズに行く。

 それをどうやって本人に容認させるかが問題だけど、とりあえず街に入る時点で先にその設定を適用してしまえば、後は発言が矛盾すると困るから衛兵に話した設定をそのまま演じるように言ってなし崩しでその振る舞いに誘導できる……はずだ。


 自分の設定は自分で決めたいとか言い始めるかと内心身構えてたけど、意外にも反論はなかったし。表情を窺うと、何やら考え事をしているようだ。

 あるいは、これまでの説明について独自の解釈を展開しているのかもしれないけれど、さっき自分で口にした確認事項を守ってくれるならとりあえずは問題ない。


 本当は、もっと時間をかけて念入りに教育しておきたい……欲を言えば、洗脳紛いのことをしてでも思い通りに動くようにしておきたいけど、今回の転生で特典としてついて来た私の肉体は人間並みだ。

 能力の水準は軒並み最高レベルとは言え、睡眠も休憩も必要になる。できるなら野宿より街の宿で安全を確保しておきたい。


 目の前には、高い石壁で囲われた街が見えてきている。街の外と内を区切る高い壁は魔力によって強力になった野獣、この世界で言うところのモンスターの被害を防ぐための標準的な防御施設だ。

 入り口には当然だけど見張りの衛兵がいて街の外から来た人間が盗賊の類ではないかを指名手配書との比較や持ち物の検査で審査する。


 この時、身分証明書になるものを持っていれば話はかなりスムーズに進む。

 証明書というのはこの世界の文化レベルでは出身の村の代表や近くの街で役員が署名したもので、偽物の作成は重罪だ。

 転生者には当然身分証明書なんてないから、最初にここでごまかしたり能力を使ったりする場合が多いけど……


「東のエルの湖の畔、エネの村の者です。二人で旅をしています。これが村長の署名です」


 門の前にいる衛兵にバックパックから出した書面を渡す。

 緊張の必要もない。これは本物だから。


「うむ、確かにあそこの村長の筆跡だ。確かエネの村は成人の儀として旅をさせる風習があったな。そのためか?」


「はい、まだ始まったばかりですが」


「なるほど、彼も儀の途中なのか?」


「はい、彼は事故で……」


 一瞬、事故で頭を打っておかしくなったと言いたくなったけれど我慢。

 一度、事故で大怪我をして足を痛め、旅ができるようになるまで儀式を先延ばしにしたという設定を説明する。そうすれば多少の『世間知らず』についても『療養生活が長かったから』と説明できることも考えての設定だ。


 ちなみに、エネの村は私がこの前現世の視察をしたときに実際に住民登録した村だ。そういった事例があることも確認してあるし、口裏合わせもしてある。こういう身分証明の品は複数用意してあるけど、街の壁の紋章で大体の現在位置がわかったから一番近いところの出身ってことにしておいた。あまり長旅をしてきたってことにすると道中の説明が面倒になる。


「なるほど、それは大変だったな。しかし、同郷とはいえ男女で二人旅となると……」


 衛兵のやや不躾な視線。

 まあ、そう見られるのは仕方ない。本来は一人でいいはずの旅をわざわざ二人で一緒に行うのは不自然だし、男女で二人旅などしていれば何も起きない方がおかしい。

 そのくらいの風評被害は我慢する。こんなやつとそういう関係だと思われるのは心底嫌だけど。全てはディーレ様のために。


「いえいえ、テーレ先輩は私なんぞに興味はありませんし、私もテーレ先輩に触れようなどという大胆不敵なことはしませんよ」


「え、ちょっと!」


 黙って好きに思わせておけばいいものをなんで口出ししたし!

 しかも『先輩』って思いっきりボロ出てるっていうか不自然な!


「先輩? 彼女の方が年下に見えるが」


「確かにテーレ先輩は若くは見えますが、実のところ私などよりもずっと出来がいいのですよ。同じ恩師を仰ぐ者として誇らしく、そして同時にお恥ずかしい話ですが、私は学者の真似事のようなことをしていたせいで世間に疎く一人で旅に出したら何をするかわからないと心配してついて来て下さったのです。彼女に見放された日には私なんぞそこらで野垂れ死にが関の山、尊敬すべき方でこそあれ、手を出すなど恐ろしくて恐ろしくて」


「……クク、ハハハハ! いや、悪かったな。最近は物騒だから軽い気持ちで旅をしている者が痛い目を見ることが多くてな。浮かれた気持ちでいるなら注意すべきかと思ったが、見放されたら野垂れ死にとまで言うなら逆に大丈夫だろう。この世の中、自信過剰な半人前より自分の無力を知る素人の方がまだ生き残りやすいというものだ。さあ、入るがいい、薬草と鉄の街『ラタ市』へようこそ」







「まったく、いきなりアドリブ入れるからビックリした! 何も言わずに頷いてればよかったのに」


 とりあえず門番から十分に離れたから説教。

 こっちが設定用意して上手く誤魔化そうとしてる時に勝手に話すなっての。


「これは申し訳ない。しかし、どうにも誤解されたままというのは良くない気がしたもので」


「だからって『テーレ先輩』なんて呼ぶのがあるかっての。見るからに不自然になるでしょうが」


「しかし呼び捨てにするわけにも行きません」


 変なところで律儀だなこいつ。

 ずっと敬語のままだし。一応私は『従者』だっていうのを理解しているんだろうか。いや、理解してない方が操作しやすいからいいんだろうけど。


「じゃあ、これからは普通に『テーレさん』くらいにして。さすがに呼び捨てにされるのは嫌だけど、あんまり大仰に呼ばれても怪しまれそうだし。あと、一応言っておくけど、私をそういう目で見たらただじゃおかないから」


「承知しています。ところで、これからどうしますか? 先程聞いた話では最近は物騒だと言うことですが、今の私たちには盗られるお金すらないのでは? あ、日本円ならある程度はありますが」


「おもむろに財布を出したところで使えないから。一応、換金できるものは持ってきてるから最低限の資金はあるよ。それより、盗られるものはお金だけとは限らないから注意して。身包みはがされたり、金属品を取られたり、あなたみたいに珍しい格好してるってだけで、珍しいものがある程度の額で売れるからって狙ってくる低層民……強盗やスリもいるから、そんなふうに大事そうにしてるだけで狙われるかも……」


「あの……テーレさん、少々よろしいですか?」


 後ろから声がかけられるけど、さっきより遠い。

 店先の商品でも見て立ち止まってる? 犯罪に注意しろって話をしたばっかりでいきなり離れるとか先が思いやられ……


「こういう場合、どうしたらいいのでしょうか? 急にぶつかってきたのですが……」


 薄汚れた格好の子供が手に財布を持って逃げようとしているけれど、腕と肩を掴まれて逃げられずに暴れている。明らかに『スリに失敗したコソ泥を現行犯で捕まえた図』だ。


「くっそお! 離せよ!」


「こらこら、足を踏まないでください。別に痛いことをしようとは思っていませんから。しかし、いきなり人の内ポケットに手を突っ込んでまさぐってくるのはどうかと思いまして」


「いだだだだ! 痛いことしてる! 掴まれてるとこ超痛い!」


 どうせこの世界で使えない財布を盗まれたところで痛くはない。

 けれど、スリの瞬間を捕まえてしまったなら話が別だ。ただ解放すれば犯罪者を罰しもせず野放しにしたことになるし、かといってこんな目立つ場所であまり手荒なことをすれば噂が立つ。


「ああもう、なんで面倒なことばかりするんだか」


 なかなかこの先も、予定通りには行かなさそうだ。


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