表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十章:残酷なる『巫女姫』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

388/827

第359話 VS 軽田&奥田➁

 今回の紹介は二人分です。




side 軽田りりこ


 そこそこ裕福な家に生まれたせいか、昔からどうしても浪費癖が治らなかった。


 小遣いやお年玉をもらっても、貯金というのができなくて何日かで使い切ってしまうし、買ってしばらくしてから本当に必要なものでもなかったような気がして使わなくなる。

 それの繰り返しだった。


 そんなあたしが転生特典として『使ったものが減らなくなる』という能力を選んだのも、ある意味では必然だった。

 どんなに強い能力で金持ちになったとしても自分がそれを管理できる気がしなかったし、そもそも生きるのに困らなければ大金持ちになりたいとも思わなかった。


 けれど、そうして手に入れた能力でいくらでも好きなだけ浪費できる生活を得て、あたしが本当に手に入れたのは……無味乾燥で退屈な日々。

 金も、食べ物や酒も、手許に元からある量より増やすようなことはできないが、ある程度の元手さえあれば何度でも減った分を補充できる能力。


 さすがに不審がられるのも嫌だから人の少ない土地を選んで一人でひっそりと暮らしていたけど、生きるために必要な仕事もなく独立した完全な自給自足ができてしまう……極端なことを言えば、食事や呼吸すらしなくても生きていけてしまうような状態は、あたしの心を廃れさせた。

 どんなに高いものを食べてみても美味くない、タダじゃ見られないような芸術や劇なんかを見ても何故だか感動しない。そうやって、あたしは何をやっても刺激を感じなくなっていった。


 そんなある日、あたしの住処にやってきたのは、どこからかあたしが能力を使って好き勝手していたときのことを知り、実は隠し財産でも持ってるんじゃないかと考えた盗賊団。

 そんな不確かな噂に縋るくらいに食いつめたやつらに詰め寄られて、反抗心を起こすだけの精神力もなかったあたしは、正直に能力のことを教えて、順当に連れ去られて盗賊団の中で飼われることになった。


 飼われるといっても抵抗もしなかったし、言うことを聞かせるために暴力を振るわれるようなこともなかった。

 女だからそっち方面の何かをされる可能性も考えたが、盗賊団の中には女のメンバーもいてそこで不自由はしていなかったらしい。あたしがチンチクリンで手を出す気にならなかったってのもあるだろが。


 結果として、あたしはただ繋がれるだけでよかった。

 無気力な期間が長すぎて逃げ出そうとも思わないあたしを使って酒や食べ物を増やして困窮とはほど遠くなったやつらは、最初持っていた荒っぽさを忘れてあたしのことを大事に……といっても、ペットみたいな感覚でだが、大切に扱った。


 強いられたのは不自由だけ。

 そこで学んだことは、失って理解できるようになった『自由』の価値。

 考える時間のあったあたしは、自分が勘違いしていたことを学んだ。


 自分にとっての『価値』の本質は、存在することではなく失うことにあるらしい。

 不自由になって自由の価値を知ったように、持っているだけのものに価値は感じられない。

 何かを手に入れた時にそれに価値を感じられるのは、それが便利かどうかではなく、それを手に入れるのに何を支払い、失ったかが元になるのだと。


 そして……それ故に、努力もせず何も消費せずに生きられるようになってしまったあたしは、あたし自身にとっての価値を失ったのだと。

 人間は、何もしなくていい状態が続くだけで自分の存在意義を失って、死にたくなるのだと。そんな生活をしてみて初めて学んだ。


 それに気付いたところで、もう無気力に過ぎてどうにかしようとも思えない日々を過ごしていたある日のことだった……盗賊団のアジトに、鋼鉄の転生者が現れたのは。


『おまえ、だいじょうぶかあ!?』


 図体はやたらでかいのに、中身がガキで頭の弱いウドの大木。

 けど、素直で優しくて頼りになる、あたしのヒーロー。


 あたしは憶えていなかったけど、町での買い出しで能力のために連れ出されていたときに軽くぶつかって倒れたあたしが死人みたいな顔してたからってだけで、近くの盗賊団の噂を聞いて乗り込んできた単純なやつ。

 本当に計算も何もできない、転生したばっかりで能力も使いこなせてなくて、すぐに体力を使い果たして生身に戻った部分に受けた傷から血を流しながらあたしの鎖を外していた姿を今でもよく憶えている。


 後で聞いた話で、奥田が見た目よりも年下で、逆に歳のわりにチンチクリン過ぎるあたしのことを同い年くらいの『女の子』だと思っていたと知ったときには笑ったけど、その時は縁もゆかりもない女にどうしてそんなにと思うほどに下心なしに真剣で必死な姿が、本当に印象強く見えたのだ。


 別に、繋がれていたからって生きるのに困ってはいなかった。

 あたしの顔を見て、あたしが酷いことされてるに違いないと思ったのは奥田の完全な早とちりだ。

 奥田が何もしなくても、あたしはきっと次の日もその先も、変わらずに生きていた……死にたいほど空虚な日々を、死ぬ理由もないというだけで延々と続けていたはずだ。


 けど、あいつが流してくれた血が、あたしの心に喝を入れてくれた。

 そこまでして助けられた自分が空虚なままでいるのは申し訳ないと、せめてそれだけの血を流して助けたのに見合うだけの価値があると思えるような気丈で面白みのある女として振る舞おうと。


『……ああ、大丈夫だよ。まったくさ、あたしは別に逃げようと思えばいつでも逃げられたんだってのに』


『おぅ!?』


『せっかくのお気楽ペットライフもぶっ壊されちゃったし、あんた。強そうだし、責任取ってあたしと一緒に冒険者とかやんない? 今度は刺激のある生活してみたいしさ……あたしとあんたの能力、相性よさそうじゃん? あんたと一緒にドンパチしながら戦ったらきっと派手で楽しいよ』


『お、おう……よくわからないけど、一緒に、楽しくやる。わかった』


 『価値』とはきっと、失うときに定まるものだ。

 だからこそ、あたしは奥田と出会ってから、改めてこの世界を楽しみ直した。

 一緒に旅して、飲んで食べて寝て戦って、その全てを楽しんできた。


 それらを失ったときに、『いい時間だった』と思えるように。

 あたしたちの人生が価値あるものだったと思えるように。

 少しずつ、時間と共にいろんなものを支払って、楽しみを積み重ねてきた。


 そう……いつかは、こうやって終わりが来るとわかっているから。

 もしここでなくても、冒険者を続ける限り、この世界で生きる限り、きっとどこかで失う時が来るから。

 せめて、その時に残るのが後悔ではなく自分の時間を楽しく使い果たした充実感であるように、そう願ってきたのだ。







 重量のある金属が倒れる音。

 ここまで耐え抜いてきた奥田が、ついに倒れた音。


 既にあたしは自分の足で地に立つしかなくなっていて、全身から血を流して気怠さに耐えている。戦闘前に飲んでおいた坂居の酒がなかったら痛みと毒のせいで立っていられなかっただろう。


「本当に、まさかここまで減らされるなんて思ってなかったよ……ゆーこちゃんに手伝ってもらってできるだけ餌をあげて増やしたのに。軍隊一つくらい簡単に食い散らせるって言われてたんだよ?」


「やっぱり……辺りのモンスターが全くいなかったのは、蟲の餌にするためか……そりゃ、馬鹿に多いわけだ……」


 おそらくは、周囲の森中に配備していた蟲をここに集めたのだろう。

 蟲使いの転生者は、周囲に降り積もった蟲たちの死骸を眺めてその犠牲に驚きながらも、依然無傷のまま、まともに立っているのも厳しいあたしたちの前に真っ直ぐ立っている。


「『熱殺蜂球』──動画とかで見たことないかな、ミツバチの群れがスズメバチを囲んで体温上げて蒸し殺すやつ。あれと一緒だよ。転生特典で変身したロボットがどんな技術で動いているかはわからないけど、人間だって機械だって運動で熱が出るし、それが過ぎれば熱中症にもなるんだから。『減ったもの』は元に戻せても、『溜まりすぎた熱』は元に戻せないだろうし」


 奥田の鋼の身体には、蟲の攻撃は通らなかった。

 突撃も、噛みつきも、毒針も、通るような隙間なんてどこにもない。

 だが、それでも完全無敵ではなかった。


「多分、関節の金属板とかに排熱機能付いてたんだろうね。排気口みたいなところから体内に入ることもできなかったけど、そこから熱が出ていくなら、蟲で蓋をしちゃえば熱がこもっていっていつかは機械として動かなくなる。押し付けられた蟲は焼け死ぬとしても、その上からさらに覆っていけばいい……送り込むそばからやられちゃうからすり抜けてそこまでくっつけるのには苦労したけどね」


 一番の敗因はやっぱり、馬鹿みたいな物量差だった。

 決して、相性の悪い能力の相手ということはなかった。むしろ、蟲の攻撃が一切通らず効率的に範囲攻撃で蟲を削る奥田とあたしの能力コンボは最適に近かっただろう。

 だが、誤算でもなんでもない事実として……状況が悪かった。

 蟲使いの能力は、おそらく『動物の死体を与えることで蟲を増やせる』という特性を含んでいる。


 軍の兵力も利用してのこの森のモンスターの駆逐、そして下手をすれば、さっきの戦闘でやられた兵士たちの死体まで。

 準備しておけば際限なく強くなるタイプの能力に、大量の材料を確保できる環境と時間があった。敗因はそれだけだ。


「軽田さん、だっけ。あなたもなかなか厄介だったと思うよ。拳銃で無限に撃ちまくって来るし、魔法使うし、毒もそうやって耐えられちゃうし……でも、もう無理なのはわかってるでしょ?」


 あたしの身体の傷のほとんどは、あたし自身が付けたものだ。

 奥田の熱暴走で不安定になったバリアを抜けてきた蟲に毒を打ちこまれて、動けなくなる前に出血が激しくなるように自分で血管を切った。そうやって毒と血を一緒に身体の外に流しながら、能力で流した分の血を補充して擬似的な瀉血をしている。


 けど、それでも毒が完全に排出できるわけじゃない。

 血の中には外に流れなかった分が残っているし、それは蟲にやられる度に蓄積してきている。

 それでもどうにか抵抗し続けてきたのは、奥田が倒れるギリギリまであたしを守るバリアを維持してくれていたから。けど、それもとうとう消えた。


 まだ、敵の蟲は十分に残っている。

 バリアを失ったあたしを一斉に襲って食い尽くすことができるくらいは。


「そっちのロボットさんは動けないし意識もなさそうだね。重度の熱中症みたいな感じかな? 今も生きてるかどうかわかんない状態だけど、この状態を続ければ確実に死んじゃうかな? まあ、それは置いとこうか……とりあえず、軽田さん。どうかな? 気は変わった?」


「気は変わったって……何がだよ?」


「忘れちゃった? 私のものにならないかって話。さすがにもう勝ち目がないのは大人な軽田さんにはわかるでしょ? 時間稼ぎもできたし、そろそろゴールしちゃってもいいんじゃないかな?」


「それ……まだ、本気で言ってんのか?」


「もちろん! むしろ、最初よりさらに本気なくらいだよ? その能力、ロボットさんにも適用できるってことは他人にも有効なんだよね? だったら、私の能力とすごく相性いい気がするもん。やられてもやられてもすぐに元の数まで復活する実質無限の蟲々軍団とか世界取れそうじゃない? ヒッチコックもビックリだよ!」


 確かに、能力の相性は悪くないだろう。

 あたしの能力は別の個体と識別できないものになら使えるし、能力で生み出した蟲ならほぼ完全に同一な存在に近いはずだ。元手の数さえ大きければ殺して喰って一方的に増え続ける無敵の蟲軍団の完成だ。冗談抜きで世界を取れるかもしれない。

 だが……


「嫌だね。生憎と、あたしの相棒は奥田だけと決めてんだ。あんたなんかのために能力使ってやるくらいなら、死んだ方がマシだよ」


「『死んだ方がマシ』とか、気軽に言っちゃダメなんだよ? そんな悪い子には……『うん』って言いたくなるようなことをしなきゃいけなくなっちゃうかも。どんなに使えそうな能力でも、反抗的なままだと黒雄くんに『殺せ』って言われそうだし……できれば、あんまり酷いことさせてほしくないかなーって」


 蜂に百足に蜘蛛に蟻。

 あたしの逃げ場を奪うように周囲を包囲している蟲たちが距離を狭めてプレッシャーをかけてくる。

 こいつが一つ合図を出せば、蟲は一斉にあたしに襲いかかってくるだろう。利用価値を認められているにしても、五体満足じゃなくてもいい。

 能力を使うのに必要な部分だけ無事ならいい話だ。


「今の内にこっちに着いてくれれば、本当に酷いことしなくて済むんだよ? そりゃ、もちろん黒雄くんは裏切られるの嫌がってるし、ちょっと色々させてもらうかもしれないけど、痛いことはあんまりしなくていいかも」


「随分と、あたしを生け捕りにしたがるんだな。あたしの能力はそんなに魅力的かい?」


「うーん……そう言われると、あったらあったで強そうだけど、なくても困らないかな? でも、ただ殺しちゃうよりここで考え直してくれれば軽田さんは生きられるし、こっちはその能力が活用できる。どっちにとってもその方が悪くないんじゃないかな?」


 なるほど……そういう理屈か。

 この蟲使いがどんな人生を歩んできたかは知らないけど……そういうことなら、その勘違いの根本を教えてやる必要があるか。


「あんたの言うことにも一理ある、それは間違いないさ……けどね、忘れてないか? あたしは『冒険者』だ。生きていられりゃ満足なんて思えるんだったら、こんなところにいないんだよ」


 拳銃を……自分のこめかみに向ける。

 蟲使いの少女の目が驚いたように見開かれ、あたしを注視する。


「……やめて。そういうの、ほんとによくない」


「捕まったら手足もがれて繭だかなんだかにされて能力のためだけの道具にされるかもしれないってんだ。こういう選択も、そんなおかしくねえだろ?」


 引き金に指をかけると同時に、蟲使いが手を振る。

 あたしの行動を邪魔しようと、蟲が高速で襲ってくる。

 だけど、それよりも速くあたしの指は引き金を引き……


 カチッという、弾切れの音だけが響いた。


「えっ……」


「驚いた? あたしの能力は自分で出した分ならいつでも消せるんだよ」


 困惑で動きが止まった蟲使いの細い胴体を、意識の外から伸ばされた鋼の腕が蟲の盾をも押し通ってガッチリと掴み、機械の剛力で引き寄せる。

 その腕の持ち主である、奥田の所へと。


「う、腕が伸びるの!? ていうかロボットさん起きてた!?」


「ほとんど動けなくても……意識はある……軽田……いいんだな?」


 たった一言の確認。

 あたしたちの間で、ずっと前から取り決めていた合図。

 弾が出るか否かに関わらず、あたしが自分の頭に向けて銃の引き金を引いたら奥田の『最後の機能』を……奥田がそれでよければ、使っていい。そういう合図だ。


「ああ、それしかない。楽しかったぜ、奥田」


「ああ……おれもだ」


 ピー、という電子音が連続して鳴り始める。

 それは初めは長く、段々と短くなっていく。熱暴走で熱くなっていた奥田の身体が、さらに赤熱していく。


「なっ、まさか……自爆する気!? あなたも巻き込まれるよ!?」


「時間をかけすぎたしな。どの道あたしらは追っ手から逃げきれない……せめて、坂居たちが逃げきれるようにあんたの能力は潰す」


「くっ! 追い詰められたからって、そんなことを……」


 蟲使いが手を振ると、奥田を熱攻めにしている蟲以外の周囲の蟲が集合して、人間よりも巨大な蟷螂(カマキリ)に変身する。

 カマキリは振り上げた鎌を一心不乱に奥田に向かって振り下ろし、そのパワーで穴を穿つ。


「てめえ! 先に奥田を殺して自爆を止める気か! やめろ!」


「うっ、ぐっ……ガッ……!」


 普段なら防御ができる奥田も、今は蟲使いを離さないようにするので精一杯だ。巨大蟷螂の自傷も厭わない全力攻撃は一方的に嬲られるだけの装甲を貫いて致命的なダメージを与えていく。

 奥田のアイカメラから光が消えていく……だが、電子音は止まらない。


「壊しきれない? それとも、壊しても止まらない能力? こうなったら……」


「やめろって言ってんだろうが!」


 隠していたナイフを出し、奥田に掴まれたままで身動きの取れない蟲使いの腹に刃を突き立てる。蟲を全て攻撃に使っているせいか、これまでのような蟲の盾に阻まれることはなかった。


 そして、刃の突き立った腹が、内側から破裂する。


「ごふっ! これは……『空気』……?」


 あたし専用の改造ナイフ。

 注射器みたいに刃の先に空いた小さな穴から、柄の中に仕込んだ小型ガスボンベの圧縮空気を瞬間的な高圧力で押し込む、それだけの細工。だが、あたしの能力でその『ほんの少しの空気』を補充し続けることで、相手を内側から破裂させる奥の手。


 普通の人間なら致命傷の一撃だ。

 だが……


「この身体はもう……ダメ……緊急……脱出……」


 奥田に攻撃し続けていた大蟷螂が、こちらに向かって鎌を横薙ぎに振るったのを視認してとっさに屈む。

 けど、それはあたしを狙った一撃じゃなくて……蟲使いの首をはるか彼方へと跳ね飛ばすものだった。


 残された胴体からは、血が流れる気配がない。

 本来は命を失い脱力するはずのそれは……まるで、頭を失っても動き続ける昆虫みたいに、不気味に動いてみせる。


 その表皮を昆虫の外殻みたいに変化させて、その指を刃のように尖らせて、昔読んだマンガの昆虫人間が首なしになったみたいな姿になって。

 失った首の代わりを求めるように、あたしに掴みかかる。


「そうか、そういうことかよ、こいつ……『蟲を使う能力』じゃない、こいつの能力は──」


 異形の手があたしに迫った瞬間、閃光が視界を包んだ。







side 夜神(やがみ)夕子(ゆうこ)


 視界の中、遠い位置で起きた巨大な爆発。


 敵が来るはずだからと言われた場所にいつまでも誰も来ないので高いところから周りを見ていたら、突然見たこともないような規模の爆発が起こって、大気が揺れたのです。

 あんなもの自然に起こるようなものでもないはずですし、あそこで戦闘が起こったのでしょう。


「硲田さんのヤマが外れたということでしょう。あちらに移動した方がいいのでしょうか?」


 待っていても誰かが来る気配はありませんし……あら?


「あれ、なんでしょう……? 生首?」


「あ! ゆーこちゃん! キャッチ!」


「あ、はい……おっと、意外と重い」


 人の生首ってボーリング球くらいの重さだと言いますしね、そりゃ重いですよね。わたくし、ボーリングやったことがないんですけども。

 というか、知っている声に知っている生首、文字通り知っている顔ですねこれ。


「レイさん、どうして首だけに? あの爆発の方から飛んできたようにみえましたけど、自爆でもしたんですの?」


「自爆したっていうか、されたね。いやあ、手持ちの蟲のほとんどに身体の九割持っていかれるとか思わなかったよー」


 今際の際の言葉、という感じではないご様子。

 白鳥さんに話していた時には『召喚した蟲を遠隔操作する能力』とか言っていましたけど、それだと首だけでこんな元気でいられる理由になりませんよね。まあ、個人情報なので隠していることを咎めるつもりはありませんけども。


「断面、お包みしましょうか? というか、この状態って大丈夫なんですか?」


「うーん、できれば新鮮な死体がどっかに一つ転がってたら修復が楽かなーって感じだけど、しばらくこのままでも大丈夫だよ。よーこちゃんにストックから蟲を少し出してもらうか、ここら辺にまだ残ってる分の蟲を集めるかすればいい話だし」


 首だけでもさほど困っていないようですね。

 レイさんは普段からどこか掴み所がないというか飄々とした所のある人だとは思っていますけど、生首状態でこの余裕を見せられると同じ人間かどうかも少し疑わしく思えてくるというもの。痛みがないにしても、自分の身体を失ったり離れたりしたら不安になりそうなものでしょうに。


 逆に言えば、その余裕をいつも崩さないレイさんが、首一つで逃げ出さなければならないくらいの戦いだったわけですか。


「やっぱり、転生者の先輩方は強敵でしたか?」


「うん、私たちの能力もすごいんだろうけど、ベテランの人ともなると使い方の幅とか専用の武器とかで全然違うんだろうね。私たちももっと練習しないと簡単にやられちゃうかもね。手も足も出ずに」


 現状首だけの人が言うと説得力が違いますね。

 レイさんにしても、前世の感覚で言えば剣や盾を構えた中世の戦士の軍団くらい、下手をすれば銃火器を装備した近代の軍隊であっても一方的に蹂躙できる無敵の能力と言えるくらいの戦力を蓄えていたはずなのに、それが数人の敵に首だけになるまで追い詰められるという現実。


 転生者同士なら誰もが反則級の能力を持っていて当たり前の世界。

 そして、それと戦う非転生者にしても、反則を相手にするのに慣れている世界。

 そのレギュレーションの変化に気付かずに降って湧いた力に舞い上がって自分を磨くことを怠れば、呆気なく散るであろう厳しい世界。


「ふふっ……ゾクゾクしますね。レイさん、先程の爆発で敵の転生者の方は全滅……などということはありませんよね?」


「あと二人、片方は転生者っぽくない男の子だけど、もう片方はパーティーのリーダーさんらしい男の人がいたよ。おじさんだけど、多分一番強い人」


「それは上々、ではわたくしも得難い実戦経験というものを賜ることにしましょうか。レイさん、案内をお願いできますか?」


「私は見ての通りだから、この子についていって。こっちも動けるようになったらすぐに蟲を送るからさ」


 どこからか現れた一匹の蝶がヒラヒラと、わたくしを誘うように目の前に。

 なるほど、道案内に蝶の導きとは、なかなかに風情がありますこと。


「では、この夜神(やがみ)夕子(ゆうこ)……心して参りますわ」

 



転生者紹介『軽田りりこ』


 転生時十七歳、登場時二十五歳。

 冒険者ランキング49位(奥田と同列)。


 中学生時から身長が伸びておらず小中学生に見間違われることが多いが、精神的には年相応である。


 昔から浪費癖があるため転生特典に『消費したものを補充する能力』を選んだが、それにより一時は何もしなくても生きられる日々に無気力になって犯罪者に利用されていた時期がある。

 しかし、奥田と出会ってからは転生者としての人生をやり直し冒険者として活躍。


 今の趣味は『お金を稼ぐこと』。

 貯蓄や使う目的のためではなく、純粋に仕事をして稼ぐという行為自体を楽しんでおり、冒険者としての活動で得た多額の報酬は生活や冒険者活動に必要な分以外を孤児院や商店の経営資金として出資している。


 本人としては出資は営利目的ではなく角を立てずに手持ちの資産を程よく消費するつもりで行っているのだが、経営を丸投げされている経営者たち(主にりりこが冒険者として出会った被災者や復興責任者)が潤沢な元手から成功させた事業の利益を還元してくるので知らない内に資産が増えていることがよくある。


 しかし、その場合大抵は身内を集めての大宴会などを開いて使ってしまうので本人は自分の立場を『宴会担当』のように思っている部分がある。

 能力を使えば最小限のコストで運営や宴会を行うことも可能ではあるが、『あたしの能力に頼ってたらダメ人間になるぞ』を口癖としていて稀少な食材や酒を分け合う時くらいしか私生活で能力を使わない。


 冒険者としてのスタイルはサポート特化。

 能力を使用した体力や食料の補充や増血での失血防止による医療補助でも活躍するが、最も大きな役割はコンビの奥田のサポート。

 冒険者としての活動は奥田とセットが基本であり、二人での行動が前提であることからランキングは低めに留まっているが能力のシナジー効果から純粋火力ではハイランカーに匹敵する。

 

 死因は脱水症による衰弱死。

 身代金目的で誘拐、監禁されたがその後犯人が監禁場所に現れることなく放置されたことで死亡した。

 本人はそれを家族に見捨てられたと思い込みながら死んだが、実際は犯人が事故死しており彼女が誘拐されたこと自体知る者がいなかったためそのまま衰弱死に繋がった。


 転生の担当神から一応の説明はあったので、誤解は解けているが、一人でいると不安になりネガティブになる。



転生者紹介『奥田軽大』


 転生時十二歳、登場時十八歳。

 冒険者ランキング49位(軽田と同列)。


 体格が並外れて大きく、小学生の時から成人と間違われることがままあるが、精神的には年相応である。


 能力は『ロボットになる』というシンプルなもの。デザインは小学生当時の彼自身の描いていたノートの落書きを元にしている。

 破壊力を設定通りにした代わりに燃費が悪くなっており、燃料代わりの体力の消費が激しいために単独での継戦能力は低い。だが、瞬間火力では自己強化型転生者の中でもかなり上位。その物理破壊力から軽田と共に怪獣退治などの依頼を受けることが多い。


 前世では実家がペットの預かり屋をしていたため、動物の世話を見るのが趣味。

 転生してからは冒険者としての収入でいくつかの牧場を経営しており、主に軽田の持つ孤児院の出身者たちが働いている。


 死因は病死。

 本人は夏風邪を拗らせたせいと思っているが、実際は季節外れのインフルエンザ(直接的には熱中症)。

 体格は大きいが周りの思うような強健な体質ではなく、症状が表出しにくいだけの体質だったため症状の重さを家族も認識しておらず、軽い風邪だと思った両親が外出した留守番中にクーラーが故障。眠ったまま昏倒し、そのまま熱中症で死亡した。


 十歳の時に従兄弟がいじめを苦に自殺しており、『いじめっ子』が大の嫌い。

 それが転じて犯罪者相手になら能力を加減なく全力運用できるが、それ以外ではそもそも争いが得意ではないのでブレインを軽田に任せている。

 軽田の指示を全面的に信じるからこそ躊躇いなく全力で放たれる全弾発射(フルバースト)は軍から『転生者の戦力は戦術兵器並み』という印象を決定付ける代表例として知られている。


 時折、無意識に身体を寄せてくる軽田を癖で動物のように撫でてしまい文句を言われるが、素直じゃない性格であることはわかっているので普通に小動物のようで可愛いと思っている。


 しかし、それと同時に軽田を女性としてもある程度は意識しており、小学生の頃と同じ感覚でスキンシップをとってくる彼女に距離感の見直しを言い出せないのが個人的な悩み。

 決して迷惑なわけではなく、ちゃんと年相応の男女の感情の意味で軽田のことが好きなので、二十歳になったら勇気を出して正式にプロポーズしようと思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です。 なるほどなぁ。自分の状況込みで降伏勧告がだるまと…… そりゃ自分が不満に思ってなきゃそうなるわなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ