第352話 ホワイト・ブルーム先生
十章後半とばしていきます。
side 吉岡美森
アニメで見た魔法少女が、私の将来の理想だった。
親に買ってもらった魔法少女の人形を部屋で眺めて、自分がそんな姿に変身するのをずっと妄想しているくらいに。
綺麗なドレスを着て、空を飛んで、眩い光の攻撃で敵を倒す。
それがアニメの中の世界でのことだとわかっていても、私の憧れは同世代の他の女の子たちよりも強く、長く続いていた。
そして……
「魔法少女ホワイトブルーム参上☆ さっそく行くよ! サンライトスターボンバー!」
「「「ぐぁああ!!」」」
その夢は、転生者という第二の生で見事に叶えられた。
森の中、敵の本隊に先んじてこちらの陣を探りに来ていた斥候兵の小隊をステッキから放射された星型の光弾が弾き飛ばして昏倒させる。
この攻撃は人に当たって死ぬことはないものだけど、ショックで戦闘不能にさせるには十分な威力がある。
あちらから見れば隠れ潜んでいたところを空から覗き見られての奇襲。一溜まりもなかっただろう。
「お掃除完了☆」
身体に染み付いた勝利の決めポーズを反射的に取り、星を散らす。飛行能力はデフォルトだけど、技がうまく決まったときにはついキラキラと星屑のような光を撒き散らしながらアクロバットに旋回してからポーズを決めてしまう。
けど、さすがに今日はこれで何度目かわからないくらいだし、いい加減勝利演出に飽きも来る。
「そろそろ敵さんの斥候もいないだろうし帰ろっかなっと……じゃ、お大事にー☆」
ふよふよと水中浮遊に近い感覚で戻るのは、転生前にテレビで見たマヤのピラミッドに植物が派手に侵蝕したみたいな遺跡こと『旧都』。
その遺跡の傍らにある、真新しい大きめの砦。
そのテラスになっているところに舞い降りると、見張りの兵士の人たちが敬うように頭を下げてくる。
ここは正規軍ではないけど、転生者が将官扱いになっているのは変わらないらしい。
「「ホワイトブルーム様! 偵察お疲れ様です!」」
「はーい、お疲れ様☆ じゃ、私は控え室戻りますねー☆」
見張りの二人を尻目に砦の中に入って、廊下の物陰に入る。
ここは私たち一部の人間専用の施設だから人はあんまりいない。周りの警備は厳重だけど、中はプライベートが守られるようになっている。
物陰で呼吸を整えて、『変身』を解く。
光が身体を包み、服装だけじゃなく身体付きや髪色まで変化していく。
そして……
「はぁぁ……終わったぁー! いい大人が『お掃除完了☆』はキツいわよ……」
精神的な反動に膝をつく。
変身中は精神耐性の副作用で自動的にハイになってるからあんまり気にならないけど、変身を解いて我に帰ると別人みたいなハイテンションの自分がやってきた振る舞いに目眩がする。
確かに、あの頃の将来の夢はこんな魔法少女だった。
その理想は過不足なく本当に文句なしのイメージ通りに叶えてもらった。
強くて可愛くていつでも元気なキラキラ魔法少女、嘘偽りなく満足のいく姿に変身できる能力をもらえて感激したのは間違いない。
けど、キャラデザ不変で十六年はさすがにキツい!
変身した姿はあの頃の私を元にした姿のままだから大人ボディに子供ドレスで衣装がピッチリとかってことにはならなかったけど、中身が二十九の生き遅れ女子で語尾に星が付きそうなあのテンション固定は精神的に無理がある!
確かに『成人したら変身できなくなる』とかはやめてって頼んだけど!
魔法少女に変身したら演技なしでそれらしい振る舞いができるようにしてほしいとは思っていたけども!
完璧に叶えすぎるのもどうなんですかね! 豊穣の女神様!
「不満ってわけじゃないの。むしろ強いし若返ると気分がいいし今でも可愛い服や女の子は嫌いじゃないの……でも我に帰った瞬間のこの感じだけは年々厳しくなるの!」
さすがに、この世界で生きていく基盤を作る上で頼りきったこの転生特典を悪く言うほど恩知らずじゃない。
けど、若気の至りというか子供らしい未来を見据えない選択の結果を毎度突きつけられるのは結構キツい。ついでに言えば、通常モードでのルックスとか体型とかもそれなりに気を使って整えてはいるけど、頑張っても敵わない全盛期の自分と今の自分を行ったり来たりするのもかなり辛い。
そして、これで転生してからの期間が長いおかげでそれなりにベテラン扱いされてるんだからたまらない。人気がないなら仕事もなくて変身することもないのに。
「はぁ……うん、よし。何もよくないけど、よしっ。気を取り直そう、あの子たちも待ってるだろうし」
気を取り直して立ち上がって、服の皺を伸ばして表情を整える。
そうして向かうのは、転生者用の控え室。泊まる場所はまた別にあるけど、中央政府の軍隊が近くまで来ていて出番が近いってことで重要戦力の転生者はこちらに集まっている。
部屋は男女で分かれているけど、私が入るのはもちろん女子側だ。
「ただいまー」
「あ、美森さん。お帰りなさい」
「先生おかえり!」
「お疲れ様ー」
私が顔を見せると各々やっていたことをやめてこちらに顔を向けてくれるのは、和服を着たお嬢様みたいな子と、緩いシャツにパーカーという普通な感じの子と、ちょっと高そうな服で身を包んだオシャレな感じの子。みんな見た感じ十五か十六ってところで、日本人的な顔付きをしている。
私と同じようにこの『旧都軍』に雇われた転生者の女の子たちだ。
みんな転生してからあまり日が経っていない子で、私のことを転生者の先輩として見てくれている。
「はーい、ごめんね遅くなって。今日のお茶会は仕事で遅れちゃった分、お菓子おまけするからね」
女子側の大人は私一人ということもあり、私はここに来たときから彼女たちと積極的に交遊して世話を焼いている。
この世界のことについての質問に答えたり、魔法の練習を見てあげたり、ちょっとしたお茶会なんかをしたり。
今日も、もうすぐ敵が来て忙しくなりそうだから、最後のお茶会として少し手の込んだものを作ってあげることになっていた。
三人に控え室の方で待っておくように言って、隣接するキッチンでエプロンを身につけ、下準備を済ませてあったお菓子を作っていく。
こっちのキッチンは魔法技術とかがあってリアルな中世時代の厨房よりは便利なのだろうけど、それでも前世の日本みたいなガスコンロとかまではないから慣れない内は危ないということで、あの子たちにはまだ触らないように言ってあるのだ。
「隠し味をちょっと入れて、よし完成っと」
さすがにプロってわけじゃないけど、この世界で前世みたいなお菓子が食べたいって思って色々工夫してきたし、今ではお菓子作りが趣味のお姉さんとしてなら自信を持って他人に出せるくらいのものは作れる。
転生してきたばかりでこちらの食事にまだあまり慣れていない子たちには余計に美味しいだろう。
「はーい、お待たせー。今日はチーズケーキでーす」
「わーい! 先生のチーズケーキ大好きでーす!」
「いい匂い、お待ちしておりましたわ」
「うおぉ、本格的……」
三人の好感触を受けながら、他にも紅茶やお茶菓子を並べて、何気ない話をする。
私が転生した後の日本の話とか、こっちの生活の話とか、男の子組との交流の話とか。
そして……
「それでね、先生……ふぁー……あれ? なんか、ちょっと眠く……」
「そういえば、わたくしも……」
「おかしいなぁ……」
チーズケーキを完食してほどなくすると、三人の瞼が重くなり始める。不思議そうにしてるけど、それを深く考えるだけの力もない様子で。
「そう、きっとお腹いっぱいになっちゃったのね。片付けは私がするから、安心してお眠りなさい。後で起こしてあげるから」
そう言って食器とかを片付けてスペースを空けると、テーブルに突っ伏して動かなくなる三人。
どうやら、ちゃんと上手くいったらしい。
「……ごめんね、あなたたちと戦いたくなかったの」
エプロンを外し、キッチンに隠してあったロープを取り出す。
ここからは、私の本来の仕事だ。
「次に起きたら全然別のところだけど、怖がらなくていいからね」
私はこの『旧都』を占領している軍団……自称『独立軍』に雇われた傭兵転生者だ。
だけど、破格の報酬に目が眩んで話を受けたわけじゃない。
明らかに中央政府に敵対するクーデターのための軍……この世界にある程度住んで国のシステムや世情を理解した転生者ならまず味方しない『賊軍』に、転生したばかりの子供たちが引き込まれているという情報を手に入れたからだ。
私も、転生者の中でも転生時期が低年齢な方だったからそうやって利用されかけた経験がある。
この世界の政治的な事情、一般的な正義と悪の区別がまだ付かない転生者に最初に接触した『悪賢い大人』がその力を利用して、気付いた頃には後戻りできないところまで罪を重ねさせてしまう。
私の時は偶然、取り返しのつかなくなる前に出会った他の転生者の人のおかげで本当に後戻りできないようなことをすることはなかったけど、そうならなかった子もたくさんいる。
今では平気で人を殺すような横暴な転生者になってしまったけど、その始まりはそういう躓きだったって場合も多い。
だから、私はこうすることを選んだ。
今回は組織が大きいし情報の封鎖は無理かもしれないけど、今後の傭兵転生者としての信用を失ってでも、このクーデター軍に潜入して、子供たちの警戒を解いて、戦うことなく安全に薬で眠らせて中央政府の正規軍に連れていく。そのために準備してきた。
私の能力は言ってしまえば『強い魔法少女に変身する』という単純なものでしかないけど、その副産物として能力を知る人間が『変身していない私』に対して警戒しにくいという利点がある。乱用はできない手だけど、今回は久しぶりにその封を切った。
私ならきっとこの子たちと戦って勝つこともできるけど、可能なら子供は傷付けたくないから。
だから、こうして眠っている内に捕縛して、ここから一緒に抜け出す。
「さすがに男の子組も合わせて飛んだら逃げきれない。ごめんね、後で痛くないようにするから、まずはこの子たちだけ」
私の魔法少女としての力には飛行能力がついてるけど、あんまり大きなものや重いものを運ぶのには向かないし、安全な運び方を考えるとこの三人がギリギリだ。
だから、とにかくまずはこの子たちだけでも連れていく。そうすればクーデター軍の戦力も落ちて戦闘の激しさが緩和されるし、上手く行けば転生者の子たちを戦力として当てにしているクーデター軍がそのまま降参するかもしれない。
万が一運んでる途中に起きて暴れられたりしたら危ないから、痕がつかない範囲でしっかり縛らないと……女の子の肌はデリケートだもんね。
「まずは、夕子さんかな……着物だから時間かかるかも……」
腕を枕にしてテーブルに突っ伏しているレイコちゃんの腕を後ろ手にしようと手を伸ばした……その時。
横合いから伸びた手が、ガッチリと私の手を掴んだ。
「えっ……」
「先生……勝手に変な薬を入れるなんて、よくないんだよ?」
「美玲さん……痛っ!」
掴まれた手首に刺すような痛み。
反射的に振り払おうとしたけど、予想以上の力で握られていて外れない。大人の私よりも、男の人よりも強い力だ。
「くっ!」
「あれっ?」
軽い関節技の応用で掴まれた手首を拘束から引き抜く。
軍の友達から習った技術だけど、力で勝っていて逃げられるとは思わなかったのかキョトンとしている隙に首筋に手刀を入れようとして、背後からの殺気に反応して反射的にテーブルから離れる。
そして、その直後にテーブルを割って生える闇色の刃。
それは直前まで私がいた場所を貫くように伸びていて……その根本は、着物の子の裾に繋がっていた。
「あら、レイさんったらせっかちですよ。私が一番近かったのに」
「えへ、ごめーん。ついつい」
二人とも、薬が効いていない。
聞いていた転生特典が正しければ、どちらも食べ物に仕込まれたものに対処できるタイプではなかったはずだ。
つまり……
「最初から、私のことなんて信じてなかったってこと?」
警戒する私の前で、最後に残った一人も顔を上げ、伸びをする。
三人とも……か。素人の演技に騙されるほど素人じゃないと思ってたんだけど、誤算だったか。弱ったな。
「ふぁ~……レイ、起こすの遅い。やつ逃げてんじゃん」
「ちゃんと早めに打ったよ? よーこちゃんには効きが遅かったかもしれないけど。個人差かな」
たぶん、私が聞いていた転生特典の内容はデタラメ。
着物の子……夕子さんの能力は『黒い武器を作る』ってものだと聞いていたし見せてもらったけど、今の生き物じみた動き方を見る限り、以前に見せてもらったのも能力の応用か何かでしかないから当てにならない。
つまり、新米とはいえ能力不明の転生者三人相手……相性と情報で勝敗が大きく分かれる転生者の戦闘において私の方がかなり不利。変身しなくてもある程度戦える自信はあるけど、相手が素人でも転生特典を使ってくるなら心許ない。
逃げるにしてもいつどこで変身するか……っ!
「痺れが……毒かっ!」
さっき掴まれていた手首に虫刺されのような小さな傷がある。
体内に何か入れられてる。このままだとすぐ動けなくなるのが感覚でわかる。
タイミングを選んでいられる時間がない。
「【ホワイトブルーム】!」
二秒に満たないけど、変身のために絶対に必要な儀式。
決められた動きを強制される、瞬間的な行動不能時間。
生身に受けた毒や傷も関係のない戦闘体へと瞬時に移行できる『魔法少女』という能力のリスク。距離を取っている今、あちらが即座に攻撃してきたら到達までに変身完了が間に合うかは五分五分。
間に合え……間に合え!
「そこだ!」
ポーズの終わり間際、光が視界を包む。
そして……光が消えた時、そこには『誰もいなかった』。
さっきまでと変わらない部屋、女の子三人だけが姿形を残さず消えている。
姿を消す能力?
私の変身に危機感を覚えて転移系能力で逃げた?
いや……
(『変身』が……終わらない! 完了直前のポーズのまま、動けない!)
まるで時間が止まったみたいに、変身の時に周りに現れるカラフルな光帯ごと身体が止まっている。
五秒経っても、十秒経っても、何一つ変化しない。
変身していてもしているはずの呼吸すらしていないのに、苦しさもない。
初めての現象に、唯一動かせる視線だけで周りを見回す。
そうしていると、声が響いた。
『へえ、変身途中ってこんな感じになってたんだ。そんな若返って目だけキョロキョロしてると、ほんとに怯えてる子供みたい』
正面の空中に、縦長のガラス板のような『窓』が出現する。
その向こうに見えてるのは、さっき消えたはずの三人……それも、そのままの大きさじゃなくて、巨人にでもなったみたいな……いや、違う。
その後ろの部屋は、『この部屋』だ。
三人がいなくなったんじゃなくて、私が……
『やっほー、先生見えてる? 実はね、私が能力で先生のことずっと見てたから、ケーキにペンダントの中の粉入れたのも知ってたんだよ? 残念だったね、いい作戦だったのに』
(美玲さんの未知の能力で作戦を気取られた……いや、疑われてたのはずっと前から。私は、勝手にこの子たちの心を掴めたと思い込んでいた)
『いつも美味しいお菓子をありがとうございました。本当に、仲良くできたらいいな、とは思っていたんですよ? こうなってしまった今、そんなことを言っても無意味かもしれませんけど』
私は、三人の私への不信に気付かなかった。
まだ転生してきて日も浅くて、真剣勝負の経験もないただの子供たちの演技で騙される自分じゃないと思ってた。
けど……ああ、そうか。やっとわかった。
遅すぎるけど、理解できてしまった。
この子たちは三人とも、目の前の『大人』への敵意を隠して笑うのに慣れすぎてしまっている。
無害で好意的で、大人に『なめてもらえる』振る舞いが染み付いてしまっている。
転生してから辛いことがあって性格が歪んでしまったとか、そんな経緯なんて必要なかったんだ。
『なんで疑ってたか、だっけ? 知りたいんなら教えてやる。最初から信じられなかったよ、バーカ。騙すため以外で他人に優しくする大人なんて現実にいるわけねえだろーが』
私の間違いは、この子たちを騙そうと思ってしまったこと。
大人として、得た信頼を利用しようとした……利用するための信頼を得ようとしてしまったこと。
この子たちを傷付けまいとしたことでも、それが一番この子たちを傷付ける行為だった。
大人からの優しさという概念そのものを信じられなくなってしまうような一生を終えて、救いのなかったと結論付けてしまえるような人生を体験して転生してきた子たちには、一番やってはいけないことだったのだ。
少なくとも、子供の夢を守るべき『魔法少女』なら、絶対にやっちゃいけなかった。
私のことを『裏切り者の大人』としか見ることのできなくなった子供たちは、窓の向こうでこちらを無視して話を続ける。
まるで、いらなくなった物の処分を話し合うように。
『さて、外に出すわけにもいかないしどうすっか。ま、こんな腹黒で危ないやつ大事に生かして持っておいてもしかたないか。いくら丈夫でもこのまま火か水のところにでも置いて時間経過にしておけはいつか死ぬかな?』
『あ、待ってよーこちゃん。いらないんだったら私にくれない? 私、結構先生のこと好きだったしさ。お菓子もだけど、匂いとかもね』
『レイ? くれないって言ったって、出したら暴れ出すでしょ。どうやってよ?』
『ほら、そのまんまの静止モードで合成できるんでしょ? だから、私のストックのところにさ』
『なるほど……レイさん、なかなかエグいこと考えますね。もしかして、裏切られたこと地味に怒ってます?』
『どうだろうねー?』
『よし、それに決定。じゃあ、動けないだろうけど聞こえてるはずだから、一応教えてあげるよ。その状態なら何があっても見た目が変わるようなこと、傷付いたり死んだりすることは絶対にないから、安心してよ。死んだ方がマシかもしれないけど。対象指定して「切り取り」っと』
三人の中心、私に何かをしたのであろう曜子さんが窓に指で数回触れると、周囲の空間が一瞬にして変容する。
新しく私の周りに現れたのは、森の中に深く掘られた縦穴の上。空気の感じもジメジメとしていて部屋の中と違う。
私は同じポーズのまま、周りの光帯と一緒に穴の上に停止している。さっきまでと変わらず、表情すら変わらないまま、いつもの自分で飛んでいる感覚とは違う、そのまま床に立っているような感覚で宙に浮いている。
下から、何かが蠢く気配がする。
視線を下に向けると……っ!
『せっかくだから対象のスケール比を最小の1/16に設定して、落下設定を「オン」と……レイ、これでいい?』
『うん! 先生、魔法少女のまま小さくなってフィギュアみたいで可愛いよ』
『うわぁ、その笑顔が一番怖いです』
下には……地面に掘られた穴の底を埋め尽くす『蟲』がいた。
ムカデや、ゴキブリや、ミミズやクモ。命のない物体みたいに止まってる私と違って、生きて絶え間なく蠢きながら、自分たちの上に現れた私を待ち構えるように首をもたげている。しかも、いつしかこちらが縮んだのか、そのどれもが普通の蟲よりもずっと大きくなったように見える。
(いやっ……やだ、やめて! お願い、謝るから! やだやだやだやだっ! お願い! 私の話を聞いて!)
たった一つ動かせる目で必死に訴える。
けど、窓の向こうの少女たちは、そんな私の様子を残酷な笑みで見守るだけ。
窓の中央に、曜子さんの指が迫る。
(やめて! 聞こえないの!? それだけは──)
『じゃ、そのままで「保存」しておくから、大好きな魔法少女のまま、その中でずぅっと停止してなよ……「確定」っと』
(いやぁぁああああああ!!)
私を支えていた見えない力が消えて、穴の中へと落下が始まる。
奇しくも、変身ポーズで伸ばした手が助けを求めるように上へと向けられたまま、今の私にとっては奈落の底のように深い穴へと落ちていく。
そして、窓は消え……私は穴の底に、蠢く蟲地獄に落ちて、そのままだった。
全身で感じるものはどこまでもリアルなまま、なのに身体は非現実的なくらい不変で、叫ぶことも表情を変えることも、震えることすらできない、時の止まったままの姿だった。
まるで、子供の頃に部屋で眺めていた、魔法少女の人形のように。
転生者紹介『吉岡美森』
転生時13歳、登場時29歳。
『魔法少女』への変身による自己強化能力を持ち、傭兵転生者『魔法少女ホワイトブルーム』として活動している。
あらゆる攻撃が『非殺傷』となる(ショックで気絶はする)代わりに並みの自己強化能力者よりも強化率が高く、飛行能力や変身時の身体能力増幅と常時防御力、高レベルの精神耐性などからバランスがよく正攻法で強い転生者として有名。
一般的には報酬額が高く性格が扱いづらい代わりに戦闘力は確かであり、『魔法少女らしからぬ戦い方』さえ要求されなければ比較的容易に提示された『大義』に従って世間的に見た賊軍にも簡単に協力してしまう『利用されやすいヒーロー』として認知されており、何度も反政府活動に協力して罰則を受けながらペナルティ代わりの社会奉仕(犯罪者鎮圧)活動で免責を受けているベテラン転生者屈指の問題児。
……と、思われている。
しかし、機密情報ではあるが、転生者では唯一の正式な『私掠盗賊免状』の保持者である。
反政府組織に『騙されたふり』をして潜入し、内部で諜報活動や破壊工作を行うのが定石という潜入型工作員。
変身解除状態では転生特典の恩恵は一切受けられないが自力で修得した技術により一般的な武装工作員に近いレベルの薬学、諜報、戦闘能力を持つ。
普段は田舎の小さな村で町へ卸す刺繍を作りながら静かに暮らしているが、有事には政府からの活動要請を受けて潜入先の反政府組織からの傭兵依頼を受領している。
彼女も低年齢転生者の例にもれず、転生初期には新しい世界の価値観を理解しきる前に出会った人間に唆され、そうとは認識せずに犯罪行為やその資金集めのためにその力を振るっていたが、冒険者をしていたとある転生者に自身が『悪党』に与していることを気付かされ、生き方を改めた。
しかし、その後の文化や政府についての学習の末、敢えて騙された過去を利用し『改心しても騙されやすさは変わらない魔法少女』として犯罪組織に潜入し、内側からの活動で流血を減らす方針を決め、自主的な諜報活動と情報提供の実績から転生者では特例として『私掠盗賊免状』を与えられる。
その活動の性質上、他の転生者や政府の一般層からは酷評されがちだが、それでも魔法少女としてのキャラクター性と彼女の戦闘では死傷者がほとんど出ないこと、そして毎回『償い』として(実際にはその分の報酬を受け取っているが)無償で大量の犯罪者を捕まえていることなどから『自分で考えさせるとダメな魔法少女』として大目に見られてる部分がある。
ちなみに、仕事中は諜報目的くらいでしか変身解除しないので常時魔法少女状態の転生者として認識している者も多いが、魔法少女状態では振る舞いや性格が諜報活動に向かないこと、そして何より『強すぎる』せいで味方からも警戒されることから魔法少女状態では一切探りを入れず、敢えて『信用していると思わせたい相手』の前での変身解除により油断を誘う手を取っている。
非変身時の性格は実年齢相応。
情報を得やすくするため敢えて『細かいことを気にせず気ままに能力を使う生き方を楽しんでいる転生者』を装っているが、実は意外と神経質で計画的。
工作員としての活動で得た膨大な資金は転生初期に迷惑をかけた人々や地域への支援金として寄付することで個人的な償いとしている。
正道を外れた生き方で得た悪評もそれによる田舎暮らしも特に気にしていないが、色恋なく隠居に近い生活に入ってしまい婚期を逃したことだけが後悔。
前世の死因はガス給湯器の不良によるガス中毒。
家の中で意識が朦朧とし始めた時点で一人で脱出することを選べば生き延びられる位置にいたのだが、寝室にいた両親を起こしに行き、その結果両親は助かったが美森自身は吸入量が致死量を越えて手遅れとなり、救急車での搬送中に死亡。
本人は『両親を見捨てるなんて元から選択はなかったしあの死に方は仕方ない』と思っている。
ちなみに、変身状態では飛躍的に精神耐性が向上するが副作用により変身状態ではハイテンションになり別人のような性格になってしまう……と本人は思っているのだが、実際には変身能力にそのような機能はない。
強力な思い込みにより一時的に自然適性職の『祈り手』から『信仰:《正義》』の『狂信者』に転職しているだけで、それに応じた精神耐性の上昇も性格の変化も共に彼女の自前のものである。
彼女の転生特典に自身への精神影響は一切ないのだが、十六年間本人を含めてそれに気付いた者は誰もいなかった。




