第351話 『旧都』への進軍
『旧都追撃戦』開幕します。
side アシハラ
『研究施設』と呼ばれる違法組織がクロヌス軍との激戦の末、崩壊という結末を迎えたのが二ヶ月近く前のこと。
それに連鎖する形で武装勢力が『旧都』に集合して周囲一帯を占拠したのはつい先日のことだ。
いつも思うけれど、自分の知る世界とはかけ離れた世界だ。
多くの『転生者』が現れ、持ち込まれた知識や技術。そして、この世界では自分の知る世界以上にありふれすぎた魔法の恩恵。
すぐにでも遠くを知り、すぐにでも遠くへ伝えることができる技術があれば、敵味方が書状を送り合って戦争の日時や場所を擦り合わせる時間もほとんどかからない。
戦争のきっかけとなる出来事を起きた次の日には知ることができ、互いが『先手』を打とうとして最短で戦支度が整い、いつしかもう本当に戦う以外にないという空気ができてしまう。
僕の知る世界では、『戦争』なんてものはいつか起きるかもしれないしそうならないかもしれない、そんなものだった気がする。
少なくとも、そういう噂が流れてからしばらくは『戦争なんて嫌だなぁ』って空気が漂い続けるくらいの猶予があったはずだ。
こっちでは、社会の動きが早過ぎる。
戦争のきっかけから血が流れ始めるまでが短すぎる。
途中の儀礼や手続きが円滑になったというより、お互いが先手を急ぐあまり本当に争うまでの流れが短絡的になっているような気がしてしまう。
これは本当に必要な戦いなのだろうか……そう思ってしまうのは、僕が弱いからなのだろうか。
「どしたのアシハラくん。車酔い?」
「あ、いえ。大丈夫です、坂居さん……ちょっと緊張しちゃって」
「そういや、いつものチームメンバー以外とは初陣だったっけ。カッカッ、いいねぇ若い子は。戦場でも初々しくてかわいいもんだよ」
戦場……そう、『戦場』だ。
僕は今、この人たちと……この、五人の『転生者』の冒険者パーティーの人たちと一緒に、戦場へ向かって移動している。
移動に使っているこの馬車とは違う鋼鉄の箱……『装甲車』というのも、その転生者の人の能力で目の前に現れたものだ。
僕は、ベテランの転生者が何人も必要な大きな作戦のためにチームから派遣されてここにいる。
正直言って役者不足だ、荷が重すぎる。でも、能力的に僕しかできない仕事だ。
「けど、その顔色で大丈夫かい? 心配しなくても、第二位冒険者のチームメンバーだからって戦力求めたりしないよ。なにせ、アシハラくんの仕事はオッサンたちが真面目に仕事しなかったら天下の虎ちゃんにチクることだもんなー」
「ビクゥ!? い、いえ、そんなことは……なくはないけど、その!」
「おい坂居! いい歳のオッサンが新人をいじって遊ぶな!」
「さくらちゃーん、こわーい。さくらちゃんはジジ専なんだから幼気な少年よりもオッサンの味方してよー」
「うっさい飲んべえの中年! 私の好みはただの爺様ではなく熟練された達人だけ……いやっ! それも決して変な意味ではなく尊敬と崇拝の対象というだけだぞ! 誰がジジ専だ!?」
今、目の前で言い争いをしているのはこのパーティーのリーダーである坂居さんと、パーティーの若い女性メンバー夢川さん。
他にも、パーティーメンバーはこの装甲車を運転している男の人と、向かい側で地図を再確認している大柄の男の人と小柄な女の人のコンビが僕と同じ空間にいる。
今回のパーティーはいつも固定で組んでいるものじゃなくて、この作戦のために臨時で必要な能力を持つ転生者が招集を受けたものらしく、全員が知り合いってわけじゃなかったから数日前の集合の時に僕も交えて自己紹介があったけど、みんな冒険者として数年以上は活躍している人だ。
単純な活動年数ならこの世界での生業として子供の時から叩き上げでベテランになった冒険者よりも短いけど、強力な能力を持つ転生者なら数年でもその能力の使い方は熟練されたプロと言っていい経歴だ。
「ほらほら、俺んところの酒はうまいぞぉ? 虎ちゃんのところにも卸してるから知ってんだろ?」
ちょっとお酒の匂いがする坂居さんは転生してもう二十年以上というベテラン。
冒険者と兼業してお酒を造る仕事をしているけれど、そのお酒の評判もよくて、僕が普段住んでる虎井様の街でもよく仕入れている。その評判もあって顔も広く、転生者としては少し珍しく軍の人たちとも仲がいい。
ボトルをいくつも付けられるように改造した軍服を着た上で大きなリュックサックを背負っているけど、その荷物のほとんどはいろんな種類の『お酒』という、本当に無類のお酒好き。
だけど、ここ数日で見ている限り人に迷惑をかけたりするような酔い方をしているのを見たことはないし、そこら辺はちゃんとベテランの冒険者だ。素面でこういう絡みをしてくるのがちょっと苦手ではあるけど。
「だからやめろ、坂居。こういう気弱な子見てると前世の弟を思い出すから。あんましつこいと本気でしばくぞ」
パーティーリーダーの坂居さんの行動に物申すのが、髪を後ろでまとめた剣士の夢川さん。
転生してから四年目で、確か今は十八歳だったと思う。
女性だけどすごい剣士で、転生前からやっていた剣術の腕を磨き続けてこの世界で子供の頃から剣をやっている大人の兵士の人を転生者としての能力なしで倒せるくらいに強くなったらしい。
綺麗な上に真面目すぎるくらいに真面目で、悪いことをする転生者がいれば討伐作戦に必ず立候補するくらい正義感のある人で、修行のために軍の訓練に自分から参加したりもするそうで坂居さんと初めて知り合ったのも軍関係の施設。
その真っ直ぐさと容姿もあって人望が厚い。
彼女を応援する人たちから贈られた、彼女の前世の戦闘服である『剣道着』をモチーフにした特注の軽装鎧はその戦姿のトレードマークのようになっている。
「坂居様、あなたのお酒が絶品であることは認めますが、それを安易に車内で未成年に勧めるのは遠慮いただきたい。自分、まだあなたが以前リバースしたときのことを忘れてはいませんからね?」
「寺井ぃ~、その時のことはちゃんと謝ったし弁償したよね俺? めっちゃとんでもな額だったけどちゃんと全額払ったはずだよね?」
「弁償していただいたことと再発を許容するか否かは別の問題です。アシハラ様、戦場で不安になるのは仕方ありません。しかし、自分のお客様として乗車なさっている間は、自分が責任を持って皆様の安全をお守りしますので。どうか安心して旅をお楽しみください」
この装甲車を運転している寺井さん。
トレードマークの黒い制服をキッチリと着て、話しながらも前方から目を離さない。その姿を見ているだけで何故だか安心できる大人の男の人。
彼は一応冒険者ではあるけど、特定の種類の依頼についての専門冒険者みたいな活動をしている。そして、その依頼の種類というのが『転生者の護送』。
真正面の戦闘や準備のできている作戦ではすごい戦果を上げる転生者が苦手な移動中の不意打ちとか罠で敵にやられるのを防ぐために、現場までの移動と帰還を担当する、それに特化した専門の冒険者だ。
物腰が丁寧で、安心感のある護送に評判がある人。
転生者相手の依頼ばかりだからとこの世界の人を差別しているわけでもなく、その上で転生者が安心できるようにと工夫しているいい人だ。
今回も、この転生者パーティーが安全に戦場まで行って帰れるように依頼を受けて作戦に参加してくれている。
「おまえら、安心って言っても一応敵地だからな。あんまり気を緩め過ぎんなよ」
「んあぁ、おれも気を付ける」
「奥田はいいんだよ、駄弁ってなかったんだから」
向かいの席の二人、軽田さんと奥田さんが呆れ顔で他のメンバーの会話に一言挟む。
軽田さんは僕の外見年齢と同じ十代前半に見えるくらいの小柄な人だけど、転生して八年で夢川さんよりも年上の立派な大人の女の人。
この世界で戦う人の中では珍しくピストルを使うけど、基本的にはあんまり直接戦わずに能力でサポートするタイプだから身体付きも戦士って感じには見えない。それがよりいっそう子供に見間違えやすいのだけど、子供扱いしたら怒るからと事前に注意されたときの目はちょっと本気で怖かった。
見た目はかわいくても冒険者の世界で生きてきた勝ち気で気丈な人だ。
そして、最後の一人である奥田さんは、この中で一番……いや、体格のいい軍の人の中にいてもあんまりいないくらいの大柄な男の人だ。それほど太っているわけではないけど横幅が広くて、『逞しい大男』という表現が似合うかもしれない。
彼はこの中でも一番軽装で薄い布地の服だけを身に付けていて、いかにも『その肉体が武器』という感じを出しているけど、乱暴な印象はない大人しい感じの人。大型の草食動物みたいなイメージが近いかもしれない。
二人に目を向けてみれば、奥田さんはごく自然に軽田さんを片方の太股の上に座らせて一緒に地図を見ている。
数日前からいつ見ても二人の距離感はこんな感じ。移動の時もなんにも言わずに軽田さんを抱き上げたり肩に乗せたりしていて、体格差のせいか二人の態度のせいかそれが自然に思えてくる。
あの二人は固定パーティーとして数年前から活動していて、それ以前はほとんど無名だったのに一気に冒険者ランキングを駆け上がったコンビだ。
能力の相性の良さもあるけど、大人しくマイペースな奥田さんと彼にキリキリと指図して行動を決める軽田さんは性格的にも噛み合いやすいらしくて、普段から本当にほとんど離れないような生活をしている。
その距離感について訊けば一人だと危ないサポート型の軽田さんを奥田さんがガードしているっていうようなことを言うらしいけど……みんな、それだけじゃないんだろうなって思ってるのは公然の秘密というやつだ。
坂居さん、夢川さん、寺井さん、軽田さん、奥田さん。
この転生者五人が一緒に移動しているのは、その力が今回の作戦に必要だから。つまり、今回のことはそれだけの一大事だ。
そう……『戦争』なのだから。
「まあ、あれだ。軽田の言うとおり、移動ばっかりで気が緩んできてる頃合いか。そろそろ、もう一度今回の仕事について確認しておくかぁ? 一応、裏付けの取れた情報とかも増えたらしいし、確定情報としてな」
戦場の経験が少ない僕の緊張感を察して、空気を合わせてくれたのか、坂居さんが少し真剣な声音を交えてそう確認する。
みんな、年単位の経験のある冒険者だ。作戦直前での再確認の大事さはよく知っている。
車内が静かになって、坂居さんが車内のケースに入れてあった資料を取り出して読み始める。
「まず、第一に今回の『依頼主』と『依頼内容』の確認だ。依頼主はガロム正規軍……まあ、『中央政府』からの公式依頼と言ってもいい。で、大雑把な依頼内容は『非公認武装集団の鎮圧』。ここまではいいな」
全員、無言の首肯。
坂居さんは全員の反応を見てから話を続ける。
「武装集団の推定代表者は『アントニオ・ノーラン』……例の『研究施設』に深く関わっていたノーラン地方領政府の重鎮、アレクセイ・フォン・ノーランの書類上の叔父、つまり前大領主の弟に当たる。調査の結果によると、転生者がアレクセイに成り代わった際に本物のアレクセイとその父親である大領主は殺されているが、その際にアントニオは転生者に降伏しそのまま地方領政府の統治を受け持った……それだけなら、生き延びるために仕方なかったと言えるんだがな」
「問題は、その悪事に便乗したこと。仮にもノーランの『王家』でありながら……」
「相変わらずさくらちゃんはそういうとこ敏感だなぁ~。まあ、その通りだ。アントニオは大領主に成り代わった転生者が政治や財政に関する技術を持たなかったこと、そして運営の監査なんかを全部人任せにしていたことをいいことに、転生者の前では忠臣ぶっておべっかを使う傍ら、得た権限で私腹を肥やしていた……それこそ、本来の大領主が居た頃よりも好き勝手にやっている。やってたこと読み上げてもいいけど、さくらちゃんもう十分温まってるからこれ以上油を注ぐのはやめておこうか」
「……すまんな、坂居。こういう不器用な性分で」
「ははっ、みんなさくらちゃんのそういうところ好きだから問題ないと思うよ、おじさんは。で、だ……まあ、そういう感じで『研究施設』が検挙されて詳しいことがわかってみれば、各地で便乗して悪いことしてた偉い人が芋づる式に見つかっちゃったわけだよ」
その周辺の話は、たぶん坂居さんの資料よりも虎井様から裏事情を聞いている僕の方が詳しいはずだ。公にできないことも入ってるし口にはできないけれど。
元々、『研究施設』の転生者は異世界の兵器をこの世界に合わせて改良して量産したりして、派手なクーデターを起こそうとしていた。そして、それは当然『研究施設』の中の戦力だけで起こすものじゃなくて、ノーラン地方領や他の地方の貴族勢力も巻き込んで規模を膨らませていく予定だった。
『アレクセイ』を名乗った転生者自身はそういう計画力があったかはわからないけれど、その周りにいた人間は実際にそれを実行しうる能力があり、その下準備は進んでいた。
偽物の貨幣、人身売買、そして試供品としての兵器提供……そういった形で各地に作った『共犯者』がノーランの蜂起に呼応して各地で行動を起こし、合流して巨大戦力になる。そういう流れが計画されていた。
けど、『研究施設』が崩壊したことでその計画は破綻。
今の立場や政治体制、そして中央政府に不満を持ちクーデターを準備していた貴族たちはその叛逆の罪状を背負うことになった。
その裏付けと規模、そして自分たちの住む領地を治める貴族たちがそんな計画をしていたということへの表社会の混乱を抑えるために複雑な手続きを踏みながら着々と逮捕の準備が進んでいた……今回の事件が起きたのは、その最中のことだ。
「代表はアントニオ・ノーランだけど、他にも『研究施設』との癒着が発覚してどうやっても処分を免れなかった連中が私軍や財産を持てるだけ持って逃亡した先が……もうすぐ俺たちからも見える距離になる『旧都』の周辺地域だよ。ここら辺は俺たち冒険者というか転生者にはあんまり馴染みがなくて難しい話になるんだけど、ここらは『どこの領地』ってのが歴史的な事情やら民族問題やらで曖昧になっててね。逃亡したやつらは大胆なことに、この『旧都』を先祖の地としている『森の民』の独立を支援して自治政府を立ち上げると声高に叫んでいる」
坂居さんが濁したのは、いわゆる『中央政府の闇』の一つ。
『森の民』への領土や文化の侵害問題。
元々、戦乱の前まで違う文明圏に近い形で独立していた『森の民』はいわゆる貴族社会を作っている『ガロム人』とは文化や生活様式が全く違った。
『ガロム人』は人間にとって脅威といえる強さを持つ魔獣を追い出すか根絶することで自然を開拓して自分たちの『領地』と定義してきたけど、『森の民』は自然をそのままにそこに住む魔獣を含めた生物と縄張りを測りながら、時には気候や季節、生物の移動に合わせて小規模な集落を移動させることで森と共存してきた。
つまり、『ガロム人』から見た『森の民』は『領地を持たない人々』。
文字通り未開の地の原住民であって、モンスターの危険と隣り合って生きることを良しとする理解の難しい人種だった。
そして、それだけならまだ問題は少なかった。
戦乱前は彼らの住む森へと開拓を進めないことで住み分けはできていた。けど、戦乱が彼らの住む地域を巻き込んだことでその問題は大きく複雑化する。
森でモンスターと共生できるといっても、戦火に追われたモンスターが狭くなった森の奥へと追い詰められれば住みにくくなるのは当然だけど、それ以上に彼らの聖地である『旧都』が使えなくなったことが大きな問題の発端になった。
移動生活をする彼らにとって数少ない固定された文明都市。
十二の部族が交流する上でも重要なその都市が邪神復活で彼らも楽には住めない『森』に呑まれてしまった。戦争の中で『ガロム人』によって多くの『森の民』が殺され、占領された後でのことだったと言われている。
そして、問題は戦乱が終わった後もさらに複雑化した。
移動生活を基本とする『森の民』にとっては、それが聖都であっても住めない環境になれば一時的に手放すのは当然と言えば当然のこと。戦争が終わったなら、たとえそこが『森』に呑まれていても自分たちの場所だというのに間違いはない。
けど、『ガロム人』の感覚からしてみれば、それは一度占領されて失われた権利。そして、『旧都』はもう人の住めない『遺跡』でありそこにあるものは持っていった者勝ちのお宝。
戦後の混乱期から冒険者を中心に遺産の持ち出しが横行して、その過程で遺跡も大きく破壊されたりして見る影もない。
『森の民』の自治領をちゃんと定めようって動きもあるにはあるけど、そうなると中心になる『旧都』から持ち出された品々の返還とか賠償も必要になって膨大な時間とお金がかかる。
『森の民』の方も『旧都』に近付く冒険者を攻撃したり持ち出されて売買された遺産を取り返そうと強硬手段に出たりという事件が散発的に起きていて中央政府からの印象も悪い。
そうやって問題がどんどん複雑になっていく間、中央政府は『森の民』に正式な代表者がいないことを理由にして曖昧な返答を繰り返して問題を先送りにし続けてきた。
その結果、『ガロム中央会議連盟』という国の中にできた『中央政府の法律の届かない土地』に、国中から居場所を失った人間が集まった。
「さて、ここまでは建前の話だ。表向き『独立支援』を唱ってはいるが、実際は亡命できるような『隣国』がないこの世界で自治政府を名乗ることで逮捕を逃れようとしてるだけって感じだな。集まった連中は『支援』の対象であるはずの、『旧都』の周りにいくつも村や町を作って暮らしていた『森の民』を労働力扱い……いや、奴隷みたく扱って防衛設備の建設に駆り出しているらしい。一部の貴族からの『森の民』への偏見はかなり酷いからな……場合によっては、人間扱いしていない可能性まである」
「そういう『貴族様』への愚痴はまた今度にしなさいっての。日本人の価値観で批判しだしたらきりがないんだから」
「ま、軽田ちゃんの言うとおりなんだがなぁ? ここの説明スルーしたらスルーしたで現場を見てショック受けるかもしんないでしょうが。覚悟は大事よ? どうすんの、ガチの奴隷牧場みたいなのできてて初心な子たちがフリーズしたら」
「冒険者やってりゃ普段からそんくらいの覚悟しておくべきでしょ……まあ、いいわ。話の腰折ってごめん」
「いいっていいって。そんじゃ説明続けるよ? まあ、そういうわけでここら辺の地域は政治的にどこの地方領のものとも言えないし、勝手に国作りみたいなの始められても領土侵犯とか侵略とかって理由で軍隊が動きにくいわけよ。だけど、そうやって放置してる間に本格的に防衛準備整えられるとそれはそれで後々面倒になるわけ。だから、とりあえず『非公認武装集団』ってところに焦点を当てて、こうやって中央政府から軍隊が派遣されたの。オーケー?」
「すまん、確認だ坂居。私たちの具体的な役割は? その部分については確定情報が出るのを待っていたはずだ」
「さくらちゃんナーイス! そうだね、じゃあ具体的なお仕事だけど……さくらちゃんの大好きな『悪人退治』、ちゃんと入ってるよ。切り捨て御免も上の承諾済み」
「人をそんな快楽殺人者みたいに言うな、人聞きの悪い」
「相手が悪人でもそんなにスパスパ斬れる転生者ってあんまりいないはずなんだけどねぇ。ま、それはさておき、基本的には軍人さんらにほとんど丸投げしちゃってもいいってことになってるよ。この手の事件は公にならないけどわりと頻繁に起きてるから対応策は確立されてるからね。あっちは守りを固めてるって言っても明らかに逆賊で士気も上がりにくいし、単純な兵力比でほとんど勝ちは決まってるようなもんだよ」
僕たちのいる装甲車がいるのは、数万単位の大軍隊の中。
『旧都』へ向かう中央政府からの派遣軍は大義名分があって後ろ盾もしっかりしているだけあって、堂々と国道を通って万全の状態でこの戦場まで行軍し続けてきた。
半ば夜逃げみたいな形で領地を抜けてきた貴族や、いろんなしがらみでそれについてきた兵士たちとでは質も量も違う。
「俺たちの役目は『転生者が複数来てる』ってプレッシャーを与えることと、貴族たちがいなくなるのと一緒に姿を消した数人の転生者の対策かな。軽田ちゃんと奥田くんは派手なのが得意だから、軍人さんらが一当たりしてあっちの出方を確認したらぶっぱして敵の戦意を削いでもらう役。それが上手く行けば余計な血が流れずに済むからしっかりね」
「おぅ、まかせろ」
「作戦通りに行けば楽で助かるってもんだね」
「俺とさくらちゃんは実質ぶっぱ組の護衛兼、敵の転生者対策ね。最初の方はあっちが動かない限り目立つ仕事はあんまないけど、一段落ついて安全確保できたらさくらちゃんには能力であっちの陣営『視て』もらって逃げそうな貴族とか転生者の位置とか捕捉してもらうからそのつもりで。寺井はもちろん非常時の脱出で足やってもらう役、アシハラくんは……俺たちがちゃーんと仕事したってのを見届けて虎ちゃんに報告してくれればそれでよし。そだよね」
「は、はい……何かあったら報告しなきゃいけないので、何事もなく終わってくれると助かります」
「じゃあ、役割は大体よしとして地形とか作戦ポイントの確認に入ろうか。軽田ちゃん、その地図ちょっとこっちくれる?」
「ほい」
車内の簡易テーブルの上に地図が広げられて具体的な移動経路とかを含めた確認が始まる。
みんな冒険者を何年もやっているだけあって、その手際はスムーズで迷いがない。運転に集中している寺井さんも地形は頭の中に入っているのか、地図が見えていないはずなのに時折こちらが見えているかのように確認の言葉を挟んでくる。
そんな中……僕はひそかに、自分の心臓の高鳴りと小さな罪悪感を覚えていた。
さっきの確認で、僕は坂居さんの言葉に肯定の言葉を返したけど、実を言えばその肯定は半分嘘だ。
僕には、虎井様から受けた、秘密の仕事がもう一つある。
『私の転生を担当した女神様……戦の女神アービスから、神託があったの。あなたには、その神託にあった「黒い祭壇」と今起きてる「旧都」の事件の関係を調べてきてほしいの』
そして、神託はこう告げた……『どんな手を使ってでも「黒い祭壇」を手に入れ、私に捧げなさい。そうすれば、今よりも大きな力をあげる』と。
天界の神々は、たとえ担当した本人であっても転生者に対して何かを強要することはできない。
けれど、その自由意思に対して強制力のない語りかけをすることはできる……特例的な部分もあるけど、大きな功績を上げた場合や何かの手違いで損害を受けた転生者に対して褒賞や補償を与えることもできなくはない。
虎井様は冒険者ギルドのランキングで第二位、戦の女神の担当している転生者の中では最強戦力だといっていいだろうけど、あまり信心深い方ではないというのは自他ともに認める性分だ。
虎井様は、おそらく神託は自分個人に向けて発されたものではなくて、『戦の女神の担当転生者』全体へと発されたものだろうと予想していた。実際、交流のある他の転生者からも同じような報告があったらしい。
戦の女神は、目的は不明だけど何が何でも『黒い祭壇』というものを手に入れようとしている。
そして、『黒い祭壇』は『研究施設』の一件で行方不明になっているけど、元々は『旧都』から持ち出された遺産の一つ。この時期に神託と同時に起きた『旧都』の占拠という大事件との関係を調べて報告する、それが僕の最重要任務だ。
作戦が予定通りに進んであちらの人間を全員捕縛できたらそこから聞き出せばいい。
けど、それができないときには……戦闘能力のない僕は、坂居さんたちを巻き込んででも情報を探さなきゃいけないかもしれない。彼らの冒険者としての仕事の中には僕の護衛も含まれているから、僕が無理にでも調査に動けば自然とそうなるはずだ。
戦の女神の神託については、まだ公になっていない。
この世界の『神様』が直々に加護をちらつかせてまで求める神器があるという情報が広まれば、転生者以外でも血眼になって動き出す人がいるかもしれないから。
もしかしたら、この事件の裏にもそういう人間が関わっているのかもしれない。もしも、そこに何か重要な『秘密』があるのなら、僕が虎井様に報告しなきゃいけない。
この一件は、敵も味方もどれだけ裏の裏があるかわからない。
きっと、坂居さんが言っているような『よくある事件』の一つでは済まない。
そんな予感と共に、僕たちと軍は森の奥、より狭い道へと進んでいくのだった。




