第341話 一生の不覚
side テーレ
この世界において『ゴーレム』というのは、基本的には『魔法で遠隔操縦できるように造られた人形』の総称だ。
稀に操縦者が中に入って動かせるものもあるにはあるけど、そういうのは特殊な鎧と呼ばれる場合が多い。『研究施設』がやってた『鎧悪魔』みたいに人間を材料として組み込むみたいな外道行為がない限りは、ゴーレムというのは基本的に『中の人』がいない。
そもそもとして、ゴーレムは夜間の警備とか危険作業とかに人間が関わらずに仕事を進めるためのものだ。
その動力源が『森の民』の得意な精霊魔法だったり、死霊術者の与えた死霊だったり、通信用のマジックアイテムを改造した受信機で動く動力アイテムだったりと種類はあるけど、基本構造はそうやって規定の動きをする『芯』の周りに強度を補強するパーツを付けている。
そうでないと精密性が必要な『芯』の部分がどこか破損すれば簡単に動作不良を起こすからだ。
そして、それは戦闘用として用いられるゴーレムの基本的な大きさの上限にも繋がる。
ゴーレムを大きくすればそれだけ『芯』を護るための装甲部分が重くなり、それは『芯』の大きさの増大に対してさらに割合が大きい。特定作業に特化した重機のような扱いならともかく、極端に弱いところがあればそこを狙われる戦闘目的のゴーレムならば保つべき最低限の強度があるから、転生者の改造能力でもなければそこはまず曲げられない。
それはある意味、この世界でドラゴンライダーや蓬のような単純な物理力で猛威を振るう転生者が戦場で幅を利かせている理由でもあるし、自らの肉体を鍛え武器を手にして戦う兵士や冒険者が主戦力として戦場で活躍している理由でもある。
使い手の質に関係なく扱える『自動兵器』の品質に技術的な上限がある。だからこそ、『研究施設』はその解決のために人間を利用した『鎧悪魔』というものを造ったのだろうし、蓬対策で用意された巨大ゴーレムも対策外の一般兵との連携で破壊することができた。
だからこそ、今戦っている相手が『尋常な手段』で生まれたものではないことが明らかだと言える。
ちょっとした小屋よりも大きな図体で、人間大のゴーレムと変わらない動きのよさ、そして核を抉り出さなければ止まらない耐久性。この世界において、今の人類の魔法技術で造れるものじゃない。造れたとしても、こんな数が実戦に出てくることは……それこそ、転生者の能力でもなければあり得ないことだ。
しかも……
「『閃光杖・改二』、ほとんど効果なしです!」
「見りゃわかるわよ! 相手が鎧悪魔でもない単なるゴーレムならマスターと私の敵じゃないってのに!」
神官系の魔法使いが得意な『浄化の光』は、平たく言えば魔力によって歪んだ現実を均して基本状態に戻す力。
神々の定めた世界の本来の基本法則に対して『不自然』な状態にあるものの現状を保つ歪力を中和して『自然』な状態に戻す。
だから、神々の定めた魂の循環に反して現世に留まる死霊や悪霊、そして悪魔の類は存在力を削られてダメージを受けるし、生まれつき呪いが根深すぎてその状態を標準化してる私なんかもバランスが崩れて苦痛を感じる。
マスターがやる空間そのものの環境値への干渉でもなければ、『浄化の光』の中では思念波の影響も弱まり魔法で無から生み出された事物の消滅も早まる。
当然、魔法による動力で生き物のように動くゴーレムは、『不自然の塊』だ。
そもそもの命令が遠隔であれば思念波頼り、動力は現実歪力の変換だ。『浄化の光』はゴーレムの機能を低下させるのに有効、マスターが『閃光杖・改二』で照射した出力ならその瞬間に崩れ去ってもおかしくない。
なのに、『浄化の光』にほとんど効果がない。
まず、遠隔操作ではないのは動きを見ても間違いない。信じられないくらいの運動精度だけど、こいつらは与えられた命令を果たすために、その目的達成のために必要な動きを小さな『核』の中で選択している。
そして、その動力の原理が、単なる死霊術や精霊魔法とは全く違う……それこそ、まるで権能のように。
与えられた『結果』を結実させるための過程として土塊や木片の塊が勝手に動いている。神の権能の代理発動権が人間に付与された擬似権能である転生特典と同じように、その『結果』を定めた側が、それだけの影響を世界に与えることを認められている。どういうわけか天使も現れないし事象への介入もない、天界が違法として認識しない種類の力だ。
「やっぱり『祭壇』由来のエネルギーね。どういうわけか攻撃性は低いけど……」
「私たちを体内に取り込もうとしてくるのは困りものですね。一応無傷では済むかもしれませんが、下手をすれば窒息しちゃいますよ」
「暴れる相手を傷付けずに拘束して運ぶとか、地味に難しいからね。そこまで頭の良くないゴーレムに自己判断で捕虜とかを運ばせるってなったら絞め殺さないように『檻に入れて運ぶ』とかって安全のためのプログラムを入れておくのは基本なんだけど……」
「まあ、その手の定石というのは『知識』ですからね。偉大なる先人たちの成功失敗を知らねば、どんな大天才だろうと思わぬところで最適解を外れるものです。うおっと! さ、次行きます! テーレさん!」
「わかってる! 【斥力弾】!」
また一体、マスターが核を露出させたゴーレムを魔法で撃ち抜く。
助かるのは、このゴーレムたちがさして強くないことだ。
確かに図体の割には速いし複雑な動きもする。人間の一人や二人を捕まえるのはわけないだろう。けど、それは『普通の人間』を相手にする場合の話。
材料があり合わせなせいもあるだろうけど、大きさの割に耐久力も低くてこっちの動きへの対応も鈍い。
冒険者の戦闘時の反応速度を想定していない。マスターは『恩師の加護』を使っていない素の状態だけど、それでも十分に勝てる。
逆に、もしもこれが冒険者の強さをちゃんと認識した上で創られたものだったら……おそらくは、十分な『脅威』だろう。
もうゴーレムの数もかなり減っているし残りは消化戦みたいなものだけど、もしも第二波が来たらどうなるかはわからない。
その前に手を打たないと……ん?
「テーレさん、あれを」
「私にも見えた。あれは……ちょっと面倒かもね」
マスターと共に向けた視線の先。
遠くで生成されたのか遅れてきた木材ゴーレムの上にしがみつく、中年の村人夫婦。それは操縦者というふうでも騎乗しているというふうでもなく……
「助けてくれー! そこの冒険者様ー!」
「おれたちの家がいきなり怪物になったんだよー! 下ろしてくれー!」
ゴーレムの頭の高さは、小屋の天井くらい。
私たちなら、楽に飛び降りられる高さだけど、一般人からしたら下手をすれば怪我をするくらいの高所だ。あの怖がり方は嘘ではないだろう。
「ふむ……丁度いい。彼らに村について詳しい話を聞かせてもらいましょうか。もちろん、救出作業を行いながら」
「『さっさと助けて欲しければ』ってわけね。はいはい、ゆっくり丁寧に助けてあげますか」
溺れる者は藁でも掴むってね……たとえそれが、有料だとしても。
数十分後。
救出作業で色々と、焦らしながら聞きだした話は、かなり重大な情報だった。
雨の音も酷かったから一旦ゴーレムを粗方掃討し、中年夫婦を雨宿りのできる林の中へ連れてきて熱めのスープを渡しておいて、確認のためにマスターと二人で離れた木陰で話を整理する。
昼間の案内の際に聞いた話では、村の人間が崇めているのは『巫女様』の立場と権威ということになっていたけれど、それはギリギリ嘘ではない程度の不完全な説明。
こっちの予想通り、そこには単なる慣習的な崇拝とは別に、物質的な『御利益』としての需要があった。
『巫女様』が『奇跡』を扱い始めたのがこの一ヶ月と少し前。
時期的にはこちらの『祭壇』の移動の後、発見までのタイムラグがあったとれば十分一致する。
ここまでは、話は予想通りでそこまで不自然はない。
けれど……問題は、その『奇跡』の内容について。
『巫女様』と崇められるようになったユキコの行っていることは、彼女だけが扱える『神体様』と呼ばれるものが収められた洞窟の奥の祠へ赴き、『願い』をかけるという行為。
そう、『神体様』は洞窟の奥の祠に『収められた』状態で、自発的に行動することがまずないらしい。
水路を補強する土囊に関しても、先程のゴーレム軍団の核と同じように、水路の周りに印として線を引かれた場所へと舞い降りた光が実体を持った『増えた土囊』になったらしい。
その『神体様』に近付くことが許されているのは村の老人会と『巫女様』という一部の人間だけだというけど、この村人夫婦も一度だけ直接見たことがあるという記憶によれば……それは、文化的な人間というよりかは『獣のような野生人』に近かったらしい。
そして、その『神体様』は自ら動きを見せることはなかった。
つまりは……
「『収納』の転生者が記憶喪失か何かで心神喪失してる? いや、『祭壇』を込みにしても能力から変わってるってことは……」
『神体様』と呼ばれているものは、『ウスノロ』と呼ばれていた肉人形とは既に完全な別物と呼ぶべき存在になっている。
おそらく、以前の『物を増やす』という能力の使い方から影響を受けているようではあるから全く関係のないものではないけれど、その能力を使っていた転生者の精神的要素は何一つ残っていない。
その肉体でさえも最初の予想の通り木っ端微塵になっているべきエネルギーを受けて……自分自身の能力で再構築し直して、元の部分は全て喪失している。記憶や人格どころか、一個の生物としての同一性すらない器としての輪郭だけの粗悪なコピーだ。
言うなれば……
「『能力』が……転生特典の収納能力で創られた『空間』が独立した存在になった?」
本来ならば、収納系の能力を持つ転生者が死ねばその転生特典は天界に返還され、その空間内にあったものはその場で実体化するか消滅するかのどちらかの過程を経て、収納空間自体は消滅する。
……いや、厳密には『何も内包せず、誰にもアクセスできない意味のない空間』になる。
元々、転生特典によって『物体が送り込まれる』ことで存在が確立する仮定の存在だ。本当に実在する何もない『無の空間』に物体を送り込めば、大抵の物は環境の差で破損する。マスターが【神のものは 神の手に】の詠唱でやってる周囲の現実性変動で起こる現象みたいに、あるものが『実在する』という事象はそれほど確固としたものじゃない。
収納したものが劣化せず時間も経過しないみたいな『都合のいい収納能力』を実現するには、実際に物理的な空間を用意するよりも、『収納した』という事象に対して『変化させずに取り出せる』という事象を確定させてその間に『都合のいい収納空間』の実在を仮定させた方が合理的だ。
当然、それは『収納されたもの』が全てなくなれば『収納空間』の存在も無意味になる。仮定の存在である以上、前提が崩れれば実在もしなくなる。
けれど……『実在する』という事象が確固としたものではないのと同じように『実在しない』という事象も絶対的なものじゃない。
それこそ……そこに、無尽蔵の『無色のエネルギー』があったのなら……何もない空間がなんらかの指向性をもって、それこそ、さっきまで戦っていたゴーレムたちみたいにエネルギーが起こす現象の過程を一番近くの物質を介して実現させようとするように……その『器』ごと実在化することもあり得る?
本当に奇跡みたいな確率だけど、『虚無』に意味を与える神格でも干渉しないと起こらないようなことのはずだけど。起きてしまっていることに解釈を与えるならそれしかない。
いや、実在化どころか、外界からの刺激に反応して出力を見せるって言うんなら、それはもう……
「あー……テーレさん。私のミスです、大変なことをやらかしてしまいました。わりと本気で一生の不覚レベルのことをやってしまったかもしれません」
また、何かを『察した』のか、本当に気まずそうに手を上げるマスター。
マスターが自覚するレベルのやらかしって……
「あんた、なにやった?」
「ユキコさんに、『祭壇』を回収することが目的だと交渉を……しかし、今の『神体様』というのが『祭壇』を所有した何者かではなく、本当に不可分の生命として存在するとしたら、あの時の彼女の反応の意味が変わって……」
その時だった。
雨音が酷く感知が遅れたけど、周囲の木々の間を近付いてくる人の気配を感じる。助けた中年夫婦じゃない……六人、いや、八人いる。
「マスター! 話は後!」
「ええ……村人さんたち、ではなさそうですね」
ゴーレムと戦ったすぐ後ってこともあってほぼ戦闘態勢だった私たちが身構えていると、木々の陰から姿を見せたのは……装備を黒で統一した男たち。
体格や身のこなしは兵士というよりも傭兵に近いけど……装備や空気も踏まえると、傭兵の中でも特に『真っ黒』な部類の匂いがする。表の組織表には部隊名すら載っていない特殊な部隊特有の濃い血の匂いだ。
そして、その中から一人、代表のように前へ出てきたのは……
「旅の冒険者……いや、最近名を上げた『狂信者』だったか。こんなところでかち合うってのは奇遇だな」
『狂信者』というのは、マスターに最近付けられた新しい二つ名。
偉業認定を受けたことと、先月に新しく『狂信者』の職業になった冒険者が一人現れたことで本当につい最近ギルドの方で認可された呼び名だ。
そんなギルドの最新情報を知る人間がこのアルミナ地方領に多くいるとは思えないし、空気も相まってどう考えても『中央』の関係者だ。
それに……代表者は顔を出しているけど、その容姿は……
「こっちは抵抗しない人間に荒っぽいことをする気はない。うちの部隊長が仕事を終えるまで、邪魔しないでいてさえくれたらな。だから、そう身構えずにまずは話をしようや……転生者同士で争うのもお互い嫌だろ?」
『巫女様』としてこの村で崇められるユキコと同じ『日本人』の容貌……それも、顔付きや仕草にこの世界で生まれ育った人間にはない特徴のあるわかりやすいもの。
それでいて、転生したばかりの転生者が持つ隙の多い姿勢や能力頼りの慢心の見られない……この世界で、何年も戦いに身を置いた人間だけが持つ『歴戦』の風格を持つ男だった。
『無限に増えるチョコ』があった。
それを氷の壺に入れたら『無限にチョコが噴き出す氷の噴水』になった。
氷が溶けたら『無限にチョコが噴き出すチョコの噴水』が残った。




