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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
第十章:残酷なる『巫女姫』

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第339話 完璧すぎる偽物

side ユキコ


 あの日、私は遠い砂漠を見つめていた。


 晴れた日に山頂近くの湖で汚れた身体を清めていると、緑の山々の間から見えるオレンジ色の砂漠。


 東へ東へと逃げてきた私の知らない、さらに東の世界。

 この世界に居場所のない私が受け入れられる楽園が、私を受け入れてくれる神様が、お母さんも知らなかった東の砂漠にいるかもしれない。

 そうやって、自分にとっての無知の中にある世界に希望を見出すことで、なんとか生きる気力を保つ。


 そうやって妄想しながら虚しいお祈りを続ける。

 それが、私の日課だった。

 けれど……あの日、あの瞬間だけは、その祈りが虚しいものになることはなかった。


 砂漠の中に、黒い点が見えた。

 動かない、遠すぎて大きさも形もよくわからないただの黒点。

 いつもほとんど変わらない砂漠の中、一つだけ違うその黒点は自然と私の視線を惹きつけた。


 それが私の環境に、大きな変化をもたらすものだとは……彼と、『目が合った』というだけのことが、私のどうしようもないと思っていた人生を変えるとは……思っていなかったのだ。







 この村は、小さな世界ではあるけれど、その中に一つのお堅い社会構造がある。


 小さく孤立した世界だからこそ頑強で、よっぽどのことがなければ変わらない……そして、それは合理性よりもひたすら秩序を優先したもので、既に強い発言力を持った人がその位置を保ち続けることが至上となる構造。


 要するに、老人会の独裁みたいなものだ。

 自分たちがこの村を作ったという功績を強調して、少しでも後から来た人や子供世代には年長者を軽んじるなと怒鳴り立てる。


 ……こうして、大きな『何か』があれば村長の家に集まって会議があるというのも、この村ではもう暗黙の了解みたいなもの。

 少し前までは、私が発言権を持ってここに座っていることなんてありえなかった。けど、今でも発言権があったところで、発言力が強いとはとても言えない。


「あの冒険者を名乗る他所者共、どうする?」


「噂に聞けば冒険者とは怪物のような怪力を持ち、モンスターの屍肉を貪る野蛮人と聞く。今は大人しくしているがなんの気紛れを起こすか……」


「しかもやつらは何かを探しているといっておる。形や姿は違うが、『神体様』に関わることと見て間違いなかろう」


 だから、ある意味この場でこの聞くに耐えない会話を真面目に聞かなきゃいけないというのはむしろ何かの罰かと思う。

 けど、聞かないというのは許してくれないのだろう。


「もしも『神体様』をこの村から持ち去ろうと言うのであれば何としてでもやつらをどうにかせねばならん」


「じゃが、あの大声で他の村にも『冒険者がこの村に来た』ということは知れたじゃろう……やつらをどうにかしたところで、知らぬ存ぜぬではやり過ごせまい。領主に村を調べられても面倒じゃ」


「勝てるかはわからんが、村の者で囲んで……というのはできんか。事故には見えん傷跡が残る」


 確認を取るまでもなく、会議の方針が『この村のために冒険者たちを排除する』という方向に固まっている。

 言い方をぼかしてはいるが、やろうとしていることは明らかに人殺し。それも、自分たちが脅かされているからじゃない。

 『偶然に手に入れた都合のいいものを失いたくない』というそれだけだ。


 この老人会の面々は、村の今の状態を保つためにそれだけのことをしていいと思っている。

 けど、私はそうは思えない。


「彼らの話では……『神体様』の力が、本来はここにいないモンスターを引き寄せている可能性があると。実際に、この近くで取れたというワイバーンの身体の一部も見せてもらいましたし、本当かも……」


「それがどうしたというんじゃ! それこそ『神体様』が村にあるのならモンスターなど恐れることはないじゃろが!」


「しかし今日明日は知らぬで通せても、長くなればこの村だけ無事であると怪しまれるやも……」


 この村以外にも、この周辺にはいくつも小さな村がある。

 鉄道が通る前は山の中の歩きやすいルートを通って遠回りで何日もかけて鉱山まで行っていたから、その中継地点として作られた村が他にもあるのだ。

 けど……きっと、その中にもこの村よりも醜悪な場所はないのだろう。


「やつらがモンスターと遭ったのが偶然だというのなら、『神体様』との……この村との関係にはまだ他の者は気付いていないやもしれん。であれば、今の内にやつらを消してしまえばしばらくの間は……」


「しかし、どうする。化け物のように強いという冒険者が相手じゃ。不自然のない方法でとなると……」


「それこそ、『神体様』の出番じゃろう。この豪雨、そして雷じゃ。村の中にあったとしても、怪物のような冒険者だろうと、起こり得る『事故』はいくらでもある。それこそ、眠っている間に土砂崩れで泊まった家ごと……というのも、な」


 直接的な言葉は少ないけど、その意味は私でもわかる。

 あの二人を『消す』……それも、この村だけが『彼』を独占するために、『彼』の力で。

 そんなこと……


「そ、そんなことできません! 『神体様』に、そんなこと……」


「なんじゃユキコ! この村を守るためじゃぞ! 行き場のないお前が生きて来られたのはこの村が厄介者でありながらお前を受け入れたからだというのを忘れたか!」


「小娘、『巫女様』と持ち上げられていい気になっとらんかえ?」


 私の立場なんて、こんなものだ。

 私は、『彼』にお願いができるという立場があって『巫女様』としてここにいるだけであって、発言や意見を求められてはいない。

 だけど、むきになってもどうにもならないのは……経験で知っている。


「ち、違います……『神体様』は、そういう力の使い方に慣れてないから……そういうことを頼むと、冒険者たちのいる場所だけでなく、この村そのものまで巻き込む危険があります。だから……それを言おうとした、だけです」


「うーむ、そうか……確かに、あの土嚢もあそこまで増やしてくださるとは思わなかったしのお。すまなんだな。おぬしが分を弁えないで文句を言ったと思ってしまった」


「いえ……どうぞ、続きを」


 私の立場で意見ができるのは、『神体様』への『お願い』の仕方に関してだけ。

 それ以上のことに関しては、『分を弁えない発言』として聞いてはもらえない。

 私は……この老人たちに、逆らえない。こうして少し意見するだけでも、震えている。


「いや、『神体様』を使わなくても方法はある。この雨じゃ、それに最近は『神体様』のおかげで水を汲みだす必要もなかったおかげで堤防はいっぱいじゃ。あやつらの眠る家のすぐ傍の水路を夜中に壊し、溜まりに溜まった水を放てば……」


「おおっ! なるほど! あの位置であればひとたまりもあるまい!」


「ふふっ、なに。最初からいざという時のことを考えてあの空き家を選んでおいたのじゃ。地の利というやつじゃのぉ」


 夜中に……あの家に向けて水を流す?

 どんどん強まるこの豪雨、そうでなくても堤防(ダム)の水はとんでもない量だ。

 それを一度に解き放てば……彼らが冒険者と言えど、本当に……


 私がその妙案とでもいうように提示された『人殺し』の計画に戦慄を隠すのに必死になっていると……急に、雨で締め切られていた戸が開いて、村の大人の一人がずぶ濡れのまま叫ぶ。


「おい! 爺さん婆さんがた!! うちの弟を知らないか!? 畑の様子を見てくるって行ったきり帰って来ねえ! それに見張り台のヤスもいつの間にかいなくなってる!」


「なに!? それは本当か!? この雨の中で人がいなくなるとは……」


「それだけじゃねえ! ここに来るまでに他の家でも聞いてきたが何人か外へ行って帰ってこないやつや家が空になってるところがある! 偶然にしちゃあ……」


 報告に騒然となる老人会。

 いなくなっている人間には自分たちの子供や孫も含まれているのだから、当然と言えば当然なのかもしれない。だけど、会話になっているかも怪しい騒ぎの中、その意思は根拠なく一つの方向へと集まっていく。


「今までこんなことはなかったぞ!」

「一大事じゃ! どうしてこんなことが起きている!」

「そんなもの決まっている!」

「そうじゃ、やつらが来たと思ったらこれじゃ!」

「やつらが雨に乗じて先に動き始めたんじゃ!」

「やはり一刻でも早く消しておくべきじゃった!」

「今からでも遅くない! 夜中まで待てるか! 『神体様』じゃ、『神体様』を使うんじゃ!」


 そこには理屈なんてものはなく、さっきまで話していたリスクのことも頭になく。

 ただただ、自分たちの世界に入って来た不安要素を消せば全てが解決するという謎の確信に従うかのような感情の激流。

 そして、それはその感情を実現する『手段』である私へと向かい、詰め寄ってくる。


「さあ、役目を果たせ!」

「『巫女様』として『神体様』に願いをかけに行くぞ!」

「何を呆けておる! さ、立つんじゃ!」


 手、手、手。

 壁際の私を囲む、皴だらけの無数の手。

 『その考え方は何かがおかしい』、そう言いたいのに、喉がうまく声を出してくれない。


 冒険者の彼らが今日、そんなことをする必要なんてないのだ。

 狂信者を名乗るあの男の人は『明日まで待つ』と言っていた。それが、今日こんなことをするとは思えない。それに、『神体様』のことを知っているのなら……私たちの不安を煽るようなことをすれば、私たちが『神体様』を使って攻撃してくるというのも考えられるはずなのに。


「ま、まって……落ち着いて、考えて……」


「うるさい! 『神体様』の祠へ向かうぞ!」

「こんな時に嫌がるな!」

「そっちを持て、連れていくぞ!」


 いや、やめて……この村で起きてることは、きっとそんな決めつけじゃ解決しないことなのに……

 ああ……やっぱり、いつもこうだ。

 私の言葉なんて、誰も聞いてくれない。







side 狂信者


 さて、こちらはお貸しいただいた空き家とは別の家にお邪魔しているわけですが。


 人によっては、こういうの……『金貨でいっぱいのプール』とか憧れるのですかね?

 私は硬くて痛そうなので、これよりも生きた毛皮のクッションとかそっちの方が好きなんですが。この世界に来てから魔獣巨獣怪獣の類とは結構頻繁に遭遇していますし結構現実的ですしね。

 まあ、それはともかく……


「『商会』の方では徹底的に真贋鑑定を進めて徹底的に排除したそうですが、久しぶりですね偽金(ダミーコイン)。それも、床から膝の高さまで金貨が部屋にぎっしりとは」


「これで大方確定したわね……『研究施設』で能力を使って金貨を増やしてたやつ、あの『ウスノロ』って肉人形がこの村にいるわ。懲りずに同じようなことやって、今度はそれで欲に目を奪われた村人を支配してるってことね」


 金貨一枚の価値が、日本円の感覚からすれば大体十万円程度。

 この部屋の金貨の価値は少なく見積もっても何十億はくだらないでしょう。下手をすれば数百億円かもしれません。

 この小さな村の資産としては不自然に大きく、そして、それがこんな形で保管されているのも明らかにおかしなことです。

 というかこ、これだけ作ったはいいものの、このような小さな村からこれだけのお金が出れば明らかにおかしいと思われることを危惧して使えないからここに押し込んであるという感じなのですかね。

 しかし……


「テーレさん、どうやら前と『全く一緒』というわけではなさそうですよ」


「ていうと、その金貨、前と違うの? 能力の質が上がったとか?」


「ええ、それに近いですね。しかし……能力の質が上がった、という程度では済まされないかもしれません」


 以前、コインズの街でアルバイトとして鑑定仕分けの作業をしていた時に飽きるほど見てきた偽金(ダミーコイン)……『万物鑑定』で見てきたそれらに宿った思念の色から感じられたのは、お金というものに真の価値を感じていない軽薄な能力者の残留思念でした。

 だからこそ、私にとってはごくごく簡単に見分けのつくものでしたが……


「今回のこれは、下手をすると私でも区別できないくらい『完璧』です。それこそ、こうして『全く同じ思念』を持つものが複数積みあがっていなければ、一枚だけ他の金貨の中に紛れ込んでいてもわからない」


 製造から全く同じ経路をたどり、同じ思いを込めて取引に用いられ、同じ思念を宿す金貨というのはまずないでしょう。それを考えれば、ここにあるものは『完全に同一』という点で見て明らかに不自然な代物。偽金と見て間違いないはずです。

 しかし、それ以外の点についてこれらには『本物の金貨』との違いが全くない……込められた魂まで、あらゆる点について、間違いなく『本物』なのです。


「『完璧』な偽物……? そんなもの、あるわけないでしょ? だって、何かを作ろうとすれば、そこに必ずその意思が介入する。全く違う人間が同じ風景を絵にしようとすれば、互いのことを全く知らずに偶然全く同じ魂のこもった絵を描くこともあるかもしれないけど、芸術品じゃなくて『金貨』よ? どうやっても、複製しようとすれば『欲』が入る」


「ええ、完全に無心で物を複製できる神業級の達人でもなければ、その『欲』を複製品の金貨に残さないようにするのは不可能に近い難行でしょう。そして、金貨に宿るこれまでの持ち主たちの思念の『残り香』まで再現できるとなれば……それこそ『神の手』と呼ばれるレベルの離れ業です」


「だけど……そこまでできるやつが、『全く同じ金貨』をこれだけ作るってことはおかしい。込められた思念まで理解できるのに、それが不自然になるのがわからないなんて……」


 それこそ、『できること』に対してそれだけのことができるような人間が備えているべき経験や理念、信念が伴っていない。

 この不自然さを説明できる可能性があるとすれば……


「『ウスノロ』と呼ばれた彼は……一度は思考力を喪失し、肉体が消滅して然るべきエネルギーを受けてもなお『能力』だけは確実に残るという彼は今、どんな『存在』になっているのでしょう?」


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