第319話 VS ヒトシ&アヤメ➂
side ベラミィ・ノーツ
ヤバいヤバいヤバいヤバイ!
とにかくめっちゃヤバイ!
「ドタバタで本隊がどっか行っちまった! トヌラン! デレク! あんたらだけは離れんじゃないよ!」
「あねさん! 本隊から離れたのはおれらとあねさんの方ですぜ!」
「ンダンダ! 『まだその時ではない』とかばっかり言ってたからこうなったと思うンダ!」
だって仕方ないだろうさ!
敵側から出てくるやつらが揃いも揃って転生者とかその兵隊とか剣ぶっさしても死なない鎧とかおっそろしいやつらばっかりだったんだから!
『こいつは相手が悪いからもっと弱そうなやつが出てきた時に真面目に戦おう』って思うじゃないか! 戦場をウロウロして時間稼ぎしたいじゃないか!
それが、まともな人間の兵隊が全然でて来ない内に最後の決戦みたいな気配になってここでちゃんと戦わないと戦果ゼロとかいきなり言われても困るだろう!?
「ああもうこんなになるんだったら稼ぎを見越した借金なんて作るんじゃなかった! 死ぬか稼ぐかの二択だとばっかり思ってたのに!」
最初から最後まで逃げ回って『役立たず』として生き延びることはできなくはない気配だったけど、あたしたちは勝手にやらかした略奪の罰則と賠償のおかげで完全に目を付けられてる。ここで逃げ回りながら『実は勇敢に戦っていました』なんて報告しても他の十把一絡げの奴らと違って証拠の一つもなきゃ絶対に信用されない。そこらの鎧の残骸なんかを拾っていってもすぐにばれる。
かといって『役立たず』のまま終わると戦役での報酬がほとんどないどころか言い渡された賠償金のせいで大赤字だ。借金と合わせて人生お先真っ暗になる。
だから、なんとかあたしらで倒せそうな弱い相手を探して(といっても変に膨れ上がった猛獣やら半端で不気味な鎧悪魔やらばっかりなんだけど)、ヤバそうなやつから逃げ回っているうちに本隊とはぐれて孤立しちまった。いまじゃ自分たちがどこら辺にいるかもわからねえ。
「あねさん! もしかしておれら、敵のアジトのど真ん中の方に来てるんじゃないですかい!? あの建物、山の上から見えてたあれじゃないですかい!?」
「ンダァア! 強そうなやつとか居そうな場所ダ!」
「そんな強そうなやつから逃げてるうちにどんどん強いやつのところに入り込んでるとか冗談でも笑えないよ!! まだ生き残ってる転生者とか幹部みたいなのにぶつかったらどうすんだい! 口は災いのもとだよ!」
「あ、あねさんあそこ! 誰かいますぜ!」
「ンダ!」
言われて見てみると、そこには確かに誰かがいた。
こっちの兵士や盗賊連中とは違う、女と……たくさんの子供?
戦場には場違いの集団が、あちらもこちらを見つけたみたいで子供連中に何かを言いつけた女が、こっちへ向かってくる。武器の類は持っているように見えないけど、それが逆に恐い。武器も持たずに戦場をうろつくのは転生者か死にたがりくらいだ。
「と、止まりな! な、何者だい! ま、まさか『研究施設』の幹部とかじゃないだろうね! 違う、よね?」
「え、あ、違います。私、ルビア・ショコラティエという『学院』の学生で……あ、専門は魔法知性学です。魔法知性学というのはマイナーな学問なんですけど……」
「そ、その魔法何とかってのはどうでもいいだよ! 『学院』の学生がなんだってこんなところに……『学院』?」
そういえば……説明でなんか言っていた気がする。
『研究施設』が『学院』の人間を人質にしているから、見つけたら絶対に傷つけてはいけないだとか、なんとかかんとか。
人質なら、確かに武器もなんも持ってないことにはうなずけるけど……
「その子らはなんだい!? そいつらも『学院』の人間かい!?」
「あ、いえ、この子たちは実験台として捕まっていた子で、一緒に施設を抜け出して来て保護をお願いしたかったんですけど……」
「そ、そんな話は聞いてないよ! あたしたちはただ、傭兵として雇われただけで……」
「でも、保護してもらわないと困るんです! あの、狂信者さんに話を通してもらえればたぶん……」
「きょ、『狂信者』!? あ、あ、あの転生者が、ど、どういう関係があるって言うんだい!?」
あたしの返答に何かを考えたらしき女は、懐に手を入れた後、取り出したそれをこちらに向ける。
こちらに見せるようにはしているけれど、手は握ったままだ。
「実は、私は狂信者さんから頼まれたことがあってここにいたんです。その証拠がここに……ちょっと、近くで見てもらえませんか? あんまりたくさんの人に見せるものでもないので、どなたか一人だけ」
「ひ、一人だけって……」
トヌランとデレクの方に目を向けるけど、二人は首を横に振る。
二人とも、ガタイは良くても頭がいいわけじゃない。というか、あたし以外は数字以外の文字すらまともに読めない。
何かを見せられても、それが理解できるのはあたしだけかもしれない。
意を決しておそるおそる、ナイフをいつでも抜けるように警戒しながら女に近づく。
そして、その握られた手を覗き込む。
「落とすと困るので、手をお願いしますね」
「こ、こうかい?」
もしかしたら砂のような小さなものなのか、女の握る手の下に手を広げるように促され、あたしの広げたての下に女のもう片方の手が触れる。
そして……
「……ごめんなさい」
「え……?」
約一分後。
「……よぉしっ! トヌラン!! デレク!! あたしはこの女を信じることにした!! さあ、命懸けでクロヌス軍まで送り届けるよ!」
「え、あねさん! マジですかい!?」
「ンダ! 何を見せられたンダ!?」
「何を見せられたかだって? そんなもん、あんたらに話しても理解できないもんさ! けど、あたしは心から信用できるって確信したんだよ!」
あたしにもどんなものを見たかっていうのはよく説明できないけど、確かに『これなら信用できる』って思うものを見せられたっていう『記憶』がある。
何せ、それを見ただけであたしはこの『ルビア』が狂信者の送り込んだスパイだってわかったんだ。それに、狂信者のスパイをこっちで保護するっていう重大な仕事をしたって報告すればちゃんとこの戦場で活躍したってことになるし、この機会を逃すことなんてありえない。
自分でもこんな一瞬で状況を打開するアイデアを思い浮かべるなんてびっくりだけど、これも潜在能力ってもんなんだろうさ!
「さあ、ついてきな!」
「あ、待ってください! 安全なルートはそっちじゃなくてあっちです!」
「よおしっ! ルビアを信じてついていくよ!!」
「あねさん、なんかおかしくねえかい!?」
「ンダンダ! 命懸けでとか言うのはじめてな気がするンダ!」
あたしがおかしいって?
こいつらはいったい何言ってんだろうねえ。
あたしはおかしくなった覚えなんてないってのに。
side 和平等
正直に言ってしまえば、自分がこれほどまでに動揺していることに驚いている。
この世界に転生して、『魔法』や『神』というようなファンタジーに触れた時にはある種の驚きはあったが、異世界でならまだ未解明の物理現象や存在する次元の違う生物がそんな形で解釈されているのだろうと考えていた。
地球にはない未知の物質、あるいは『神』と呼ばれる人類の未だ届かない領域の科学技術を持つ知的生命の影響で発達した、この世界独自の技術体系だろうと考えてきた。
だからこそ、俺にとってこの世界で科学技術を再現することはその確認であり、それ自体がここが確かな現実であること証明するための行為だった。
転生者たちが『ゲームの中の世界観そのもの』だというこの世界で、神々なんて理不尽なまでの力を持つ存在の駒という立場で、死んだはずの自分たちが今ここにいるという事実がたちの悪い冗談ではないことを、自分が『実在』するということを確信してきた。
『魔法』という虚構を『科学』の一部として認識することで、自分に言い聞かせてきた。
『結局はこの世界にも魔法なんてばかげたものはない、ここも前世の世界も本質は全く同じで、自分が生きていることは間違いない』……そう、考えてきたはずだった。
だからこそ、『地球にも魔法が実在していた』などという事実には、動揺せずにはいられなかった。
前世を生きていた世界までもが、実はファンタジーだったなどと。
『神』なんて高度な知的生命体もいない、この世界で存在を推定されている『魔力』と呼ばれる浮遊粒子もない、あのコンクリートと金属の世界に『魔法』が成立するなどと……『現実』というのが、そこまで曖昧なものだったなどと、信じることは出来ない。
そうでなければ、『魔法の存在しない世界』と『魔法の存在する世界』の違いを始点にこの世界を変えようとしてきた俺の認識が、この世界ならあちらのような世界にならずに済むはずだと信じてきた、俺の中の学説が前提から覆りかねない。
僅かばかりの科学者としての誇りも捨て、『魔法』なんて呼ばれるオーバーテクノロジーに頼ってでも世界を変えようとしたことが、どうしようもなかったあの世界になかったものがあるからこそ、この世界は救えるはずだという俺の研究の始点が、揺らいでいる。
ルビアの言っていたとおりに……俺の中の『世界』が変わってしまった。
だが……今なら、もうあと一歩で世界を変える手段を実証できる段階まで至った今なら、どうにか立ち直れる。
「ッ……右腕は、駄目か……」
狂信者は、俺の『お前は地球の魔法使いか』という言葉に対して、『誰でもできること』だと答えた。
それが挑発のつもりでないのなら、やつはおそらく本当に自覚がない。
やつの持つ『魔法』は、確かに実在する力として俺の能力行使を阻害した。これはもはや否定しようもない。だが、やつが他の人間と自分の違いを理解していないということは、その『魔法』というのは本当に客観的に見ることのできない程度のものだということだ。
俺が何をしようとも叩き潰せるような絶対的な兵器でもなければ、俺と戦わずに目的を達せるような便利なものでもない。
ただ、ほんの少し、気に留めておくべき特性をやつに付与しているだけ。
俺の能力が効かない、今考えるべきはそれだけだ。
そして……
「楽に『無力化』できれば一番良かったんだが……ウスノロ『五番』だっ!」
跳び下がりながら、射出されるように手元へ飛び込んでくる超硬合金の獲物を左手で掴み、そのまま狂信者の奇襲を弾く。
射程や攻撃力への転化を前提に過剰な強度で設計した長棒が、狂信者の異様な怪力で悲鳴を上げる。
「さあ、再開といきましょう。一つの目論見が外れたからと言って、まだ降参というわけでもないのでしょう?」
「チッ! 『射程』を『破壊力』に、『棒術』を『杖術』に!」
俺は両利きだ。左手でも右手と同じだけの動きができる。
だが、それでも『片手が潰された』というのはこいつ相手にかなり致命的だ。
元々圧倒的な物理力の差を技術力で埋めていたのに、その技術を発揮する上で大きなハンデを持たされた状態。攻撃を真っ向から受け止めることはできず、片腕では完全な受け流しなんてものも思い通りにはできず、盾代わりに衝撃を受けさせている獲物とそれを支える左手が悲鳴を上げている。狂信者が妙な呪紋でも使っているのか、中がぎっしり詰まっているはずの金属棒の内側から何かが破裂するような振動が伝わってくる。
このままでは、時間まで耐えられない。
「ヒトシさん!」
「おっと、もう休憩は終わりですか? 思ったより早いですよ」
俺が後退を余儀なくされている場面でのアヤメの乱入、俺の使えない片手を補ってあまりある剣戟が狂信者の石化手刀をはじき返し、状態は拮抗まで押し戻される。
俺とアヤメの二人で攻め立て、どうにか狂信者の攻勢を抑え込んだ。
だが、それは一度目の戦いで一対一で狂信者を抑えていたアヤメが、俺の本格的な加勢があっても攻めきれない状態にあることを示している。
「ハッ、ハッ、ハッ!」
浅く速い息、予定よりも休憩に費やせた時間がかなり短い。体力がまだ回復していない。
それも当然と言えば当然のことではある。俺はアヤメの回復を待たずに勝負をかけることで『ここでは攻めてこないだろう』というあちらの虚を突いた。実際イレギュラーさえなければ無力化に成功していたはずだ。
俺自身改造スキルでの持久戦には無理があったとはいえ、『無力化』にこだわり勝負を急ぎ過ぎた。
「クッ、仕方ねえ!」
もう、能力が効かない以上は『無力化』にこだわる余裕はない。
戦闘が可能な技能を封印し、生きたまま脅威を取り除くなどと言っていられない。
こういう手は使いたくなかった……だが、強靭な肉体を持つ冒険者相手には殺傷力のない生半可な無力化手段はほとんど意味がない。こいつなら、毒物だろうが束縛だろうが摩擦軽減や粘着物といった搦め手だろうが身体強化で押し切ってくる。
それに……
「マスター!」
「はい! そのままテーレさんは『撃てる状態』で待機を!」
退いて右腕を治すというような選択はやつの従者がさせてくれない。
この密着状態で援護射撃ができないのを逆手に取り、こちらに高威力の一発を充填したまま維持してプレッシャーをかけ続けている。このギリギリの白兵戦が続く状況だと治療に必要なスキルに能力を割り当てる時間も余力もない。こちらが逃げられない状況で狂信者は攻勢を強めている。
このままだとこちらの体力が尽きる。
「『七番』『九番』起動!」
タイミングを見計らい、攻撃には使えないはずだと思わせておいた俺の右手……正確には右の袖口から発射されるのは、音声入力を合図に発射された小型爆弾とスリング式のダーツ。
爆弾は安っぽいロケット花火程度、ブーメランも片手で隠せる程度のサイズだが、殺傷力を強化したこれらは見た目に反した一撃必殺の暗器として十分に機能する。
どちらも狙いは狂信者の顔面、ただし軌道と速度は全く違う。
狂信者も俺がここに来てこんなものを出すと思っていなかったのか、とっさに手を出すが止められたのは小型爆弾だけ、ダーツは空力的な設計通りに空気の『壁』に沿って指の間を抜ける。
「ここだっ!」
タイミングを合わせての爆発。
爆弾を手で受け止めようが強化された爆炎は指をすり抜けて顔面を焼く、それが致命にならなくても爆風に煽られ加速したダーツがその目に穿孔を空けるはずだった。
だが……
「喝っ!!」
信じられないことに、狂信者の手はその『爆発』自体を握り潰し、固い拳となると同時に石化した手の中から籠った爆発音が響く。これは単なる握撃ではなく『魔法』だ。だが、もう一方のダーツは狂信者を貫いたはずだった。
しかし、握った手を顔の前から避けた狂信者は……その顔の半面を『石化』させ、ダーツを眼球の表面で受け止めていた。
「この手の奇襲については死都で嫌になるほど予習したんですよ。さあ、お返しです! ゼットさん!」
狂信者の懐から射出されるように空中に飛び出したのは……表面に呪紋の刻まれた賽子が三つ。
これは……狂信者がレクザルやクロヌス近辺の戦場で使ったという、効果がランダムに決定される投擲法具! 魔力を注ぎ込む気配を感じなかったということは、奇襲用の改良版か!
この至近距離で、こちらの回復まであり得るような何が起こるかわからないものを、このタイミングで!
効果の種類は六、それが三個で起こり得る事象は二百十六通り!
「クッ! アヤメ……!?」
「あっ、ヒトシさん……!?」
その瞬間、俺は致命的な『失敗』に気付いた。
アヤメは、三つの賽子のことを全く一顧だにせずに狂信者へと意識を向けていた。
俺は、とっさに何が起こるかわからない賽子の対処法へと意識を割いた。
『剣神』としての戦術的直観で動いているアヤメが、目の前のこんなあからさまな『脅威』を無視するはずはないのだ。
俺がとっさに思考した三つの賽子の位置と発動効果からの二百十六通りの事象……だが、それは全て外れ。狂信者の情報を持っている俺に対するブラフ。実際はどの賽子にも魔法は込められていない、ただの小道具。
だが、俺はそれが奇襲用に造られた魔法の隠蔽処理までされたものだと深読みし、対応策に思案を巡らせた。魔力の気配を全く感じさせない奇襲法具などこの世界ではあり得ないとしても、『自分なら作れる』という認識が敵もそうできるのではないかと、ただの木箱の中の存在しないカラクリを強引に考察する隙となってしまった。
そして、なまじその効果の中に回復が含まれることが単純な『発動前に処理すればいい』という選択すら鈍らせた。
その全ては、とっさに直感で動くであろうアヤメと知識で動くであろう俺の呼吸にずれを生じさせるためのフェイク。
二人で呼吸を合わせることで狂信者の猛攻に拮抗していた俺たちの足並みがずれた。
三つの賽子……その存在によってほんの半歩分だが俺とアヤメの間で保たれていた相対位置から配置が動いた。アヤメが突出し、俺が後退した。
そして、その連携崩壊を招いた狂信者がそれを見逃すはずはなかった。
「アヤメさん、悪しからず」
そこには、躊躇いはなかった。
この戦場で子供として、少女として扱われるにはアヤメは強すぎて、脅威過ぎた。
『爆発』という現象そのものすらも握りつぶす狂信者の手が、剣でのガードを跳ね上げられたアヤメの首元から肩に渡る骨と肉を毟り取って通り過ぎて行った。
さながら、俺がこの世界で何千と造ってきた弾丸に吹き飛ばされた何百というの人間と同じように、血肉をまき散らしながら。
噴き出る血飛沫が、俺の視界に赤い斑点をばら撒いた。




