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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
一章:招かれざる『転生者』
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第2話 第一現地人

side テーレ


 現世用の肉体よし、バックパックよし、そして出現地点よし。

 この世界での旅人が一般的に着用するレンジャー装備と、ギリギリ大人を名乗って通用する15歳相当まで調節した肉体、そして人目がない街の近郊の森。降臨の座標は人間の生存域の中でランダムだから不安もあったけれど、とりあえず想定の範囲内。全部予定通り、準備した通りだ。


 どうにか首尾良く転生者に同行することができた。

 けれど、問題はこれから。

 私はこの人間をコントロールして、思い通りに動かせるようにしなければいけない。


「すーはー、空気がキレイで助かりました。それにちゃんと適度な酸素が含まれているようです。植物は地球の針葉樹によく似ていますね。重力がほぼ同じで星の大きさも近しいとすると、少々寒いのは比較的高緯度だからだとすれば環境は一致しそうです。外気が汚染されている世界や空気の組成が違う星という可能性もあったのですが生存が易しい世界で安心しました」


「なんでその可能性を踏まえた上でいきなり深呼吸できるの?」


 確信を持って言える。

 この転生者は外れだ。強力な能力を要求してきたり、傲慢にも神に文句を言って転生の条件を良くしようとしてくる人間なら、むしろこちらにとっては扱いやすい。

 だけど、こういう何するかわからないやつ。それも、自分の安全や安定を望まない人間は動きが予測できない。


 自分本位な人間でも、力を持たせて放り込めば生きやすくするために勝手に何か信仰に繋がることをしてくれるのだ。それが神の手の平の上とも気付かずに。


「……って、何してんの? 片眼をつぶって指を前後して」


「お気になさらず。少々盲点を確認しているだけですので。ふむ、盲点の存在を確認。全く法則の違う世界の情報を認識しやすい視覚や聴覚に置き換えている可能性を考えましたが、どうやら実際に眼球を使って光学的に『視て』いるようですね。魂だけの世界であったならおそらく普段から認識外にある盲点などありませんし。そこまで再現されている場合は私にとって普遍的な物理法則が通じていると認識しても問題ないでしょう」


「いや、そんな想定をしなくても並行世界みたいなもんだからね。異世界転生して最初にすることが盲点の確認って……」


 こいつ、何を考えてるかわからないというか、一周回って何も考えてないんじゃないだろうか。

 というか、経歴の概要を見た限りではそれなりにフィクションも見てきたはずなのに、それを見習う気はないんだろうか。


 転生者が思い通りの動きをするように現世で流行させた『転生もの』も、言わば転生者の行動にテンプレートを作って誘導しやすくするための転生者マニュアル。

 適当にハーレムでも作ってくれれば世界に愛着が湧いて勝手に奉仕してくれる。そうすれば、自然と信仰を集めるのに利用できるのに。


 問題は……


「ふむふむ、そういえば年齢も服装もそのままのタイプでしたか。主観的には転生というより異世界トリップに近い感覚ですが、あちらの世界での私の身体は列車に轢かれてバラバラになっているはずなので作り直していただいたということでしょう。女神ディーレの慈悲に感謝です。あ、テーレ先輩は少し大きくなってますし、翼も光輪もなくなって世俗に馴染む服装になっていますね。お美しいですよ」


 こいつが、どうにもその転生者のセオリーに合わない性格をしていることだ。

 転生を拒否しかけ、チート能力も望まない。無欲と言えば聞こえは良いけど、価値観がよくわからないのは怖い。物で釣ることができないどころか、何を考えてるかわからない。


 この転生者の育成は、成功させなければいけない。

 何故なら、この転生はディーレ様を陥れてその名声に傷を付けようとする他の女神たちの陰謀だからだ。


 ディーレ様は純粋で心優しい欠点らしい欠点のない処女神。

 その反面、ディーレ様はその精神的純粋さを保ったまま女神になってしまったがために、策略や悪意に疎い神として完成してしまった。だからこそ、善意と幸運を司るに相応しい人格だと主神様に認められたらしいけど、そのことで他の女神たちには嫌われてしまっている。

 特に力や軍事を司る女神たちには頻繁に嫌がらせをされている。


 この転生も、嫌がらせの一つとして押しつけられたものだ。

 幸運の女神であるディーレ様には、直接的な危害を加えることが難しい。けれど、現世において神の代行者となる転生者にはそこまでの加護はない。

 押しつけられた仕事とはいえ、ディーレ様の神威を示す手段として送り込んだ転生者を陥れることで、ディーレ様の評判を落とそうとする卑劣な策略だ。


 この男が転生者として選ばれたのも、女神たちが転生向きの性格をした人間を予め不適格としてリストから除外した結果。本来は環境順応性の高い十代後半の人間が普通なのに制限ギリギリの大学卒業直前だったこいつが転生者になったのもそのためだ。


 努力して保証されていたはずの未来を突然異世界へと繋ぎ換えられたことに理不尽を感じているのは間違いないだろうし、口ではどう言っていても転生させた神様への反感もあるはずだ。

 放置しておけば問題行動を起こしディーレ様の名前に傷を付けるだろう。


 その前に手を打つべきだ。この男を立派な転生者に仕立て上げ、この世界からのディーレ様への信仰を増幅させられれば女神たちの鼻を明かすことができる。


 この世界の基本的な情報は既に私の頭の中にある。見せ札と伏せ札を上手く使い分ければ、何も知らないこいつの行動を誘導することなど容易いだろう。


「どうも初めまして。私はこの世界に来たばかりで大変世間知らずなのでほんの少しばかりお時間とご協力を頂いてもよろしいですか? とりあえず言語が通じるかの確認をしたいのですが」


「ガルル……」


 こんな、初対面の森の怪物(モンスター)に対して丁寧に挨拶をしているアホな男なんて……


「って何やってんの!?」


「あ、いえ。とりあえず発見した第一現地住民の方とコミュニケーションをと思いまして」


「いやどうみても逃げるべき場面でしょうが!」


 即断即決天使キック!

 今にも襲いかかろうとしていた怪物(モンスター)はボウリングの球のように転がって樹にぶつかって気絶。


「なんで普通に会話を試みてるの!? 見るからに狂暴な怪物(モンスター)だったよね!? コボルト! あなたの世界で言う狼男みたいな姿だったよね!?」


「テーレ先輩、他人(ひと)を見た目で判断してはいけません。最初から敵だと決めつけていたら友情は築けませんよ。それに二足歩行してたので、もし言葉が通じなくてもなんとなくジェスチャーくらいはできるかなと」


「思いっきり食べ物を見る目で見られてたし! 他人(ひと)以前に(ヒト)じゃないし! とりあえずこの世界は危険なモンスターとか普通にいるから人間以外の大型動物が二足歩行していたら敵だと思って!」


「なるほど、モンスターは人間の敵。そういった常識のある世界ですか。では、モンスターは問答無用で敵対的だと認識すべき、ということですか?」


「まあその理解でいいよ。一般人が殺せるかどうかはともかく、人間を脅かすからできるだけ見つけたら殺すことになってるし。勝てない相手に無理をする必要はないけど、確実に倒せるなら抹殺する。変に同情したり無駄に甚振ったりしたら逆にやられかねないから」


 『抹殺』という言葉選びは物騒だけど、不用心に仲良くしようとして殺されるよりはいいだろう。

 あまり褒められたことじゃないけど、能力をもらった転生者が名声稼ぎのために害獣として知られるモンスターを大量殺戮するというのはよくあることだし。


 こいつに関してはそもそも戦闘系の能力があるわけでも特別に力が強いわけでもないし、積極的に狩りをされたところで大したことにはならないはずだ。


「ではまず、そこのコボルトさんから始めましょう」


 さっきまで友好的に接しようとしていた相手にいきなりトドメを刺すつもりらしい。

 まあ、気絶させただけなのも早さを優先したからであって生かしておく必要があるわけでもないから構わないんだけど。少し手間にはなるけど肉や皮を街で売ればお金になるし初手としては悪くないかな。


「……って、何やってんの?」


「いえ、最初は呼吸の仕方や心拍数、体温などを調べています。こればかりは殺してしまってからだとわからなくなってしまうので」


「いや、そうじゃなくて、そんなこと調べる必要ある? 勘違いしてるかもしれないけど、『モンスター』っていっても魔力で生態が変わっただけの獣だから特殊な武器や魔法じゃないと殺せないなんてことないからね? 刃物がいるなら短剣くらい貸すよ?」


「短剣などなくともそこらの折った枝や石で十分なのはわかっています。しかし、それではこの一個体を殺せるだけでしょう?」


「そりゃその通りだけど、それがどうかしたの?」


「確実に、効率的に『コボルト』を抹殺するにはまず彼らへの理解が必要です。どのように呼吸し、何を食べ、どこに住み、どのように増え、何色が見えどの程度の音が聞こえどの程度の知恵があるのかをまず調べます。失礼、やはり短剣はお借りします。この後は胃の中の物を調べなければいけませんでした」


「え、いや、貸すのはいいけど、何するつもり?」


「そうですね。まずは可能な限り死体を調べた後、毛皮や頭部を囮に使い同族のコボルトさんを罠にかけます。そして知能や危機察知能力を推測し、彼らが回避できない罠を研究しましょう。また、何体か捕獲できたら彼らに効く毒物を特定して毒餌に食いつくようならばらまきましょう。天敵となる生物がいるならそれを放ちましょう。そうそう、まだこの世界の人間社会がどのようなものかはわかりませんが、技術的に私の知識が新しい価値を持つならコボルトさんの死体からこの世界で有用な商業品を開発し乱獲を誘発することも期待できるでしょう。それでも全てを駆逐するまでは年単位の時間がかかるかもしれませんが……」


「待ってまってまってまって! 大量殺戮どころか駆逐!? 抹殺ってそういう解釈!? なんでそうなったの!?」


「テーレ先輩の言葉はディーレ様の言葉。ディーレ様が敵だと言えばそれはつまり神敵ということ。本来は二足歩行する人間以外の大型生物は全てこの世界から除去すべきですが、どれだけの種類が存在するかもわからないのでまずは目の前のコボルトから始めることにしました」


「その極端な理論展開やめて! 生態系変わるようなことされたらディーレ様が主神様から怒られるから! あくまで自衛の範囲内での話だから!」


 前言撤回。

 この男は外れ転生者なんかじゃない。


 こいつは『大外れ』だ。

 ダブル主人公のまともな方担当(従者だけど従順とは言っていない)

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[良い点] 異世界転生して最初にすることが盲点の確認 素晴らしすぎる!! ほんと、数多の転生者が描かれている中、肉体構造とか組成とか、なんでそんなに地球と同じような世界と信じられるんだろう?ってず…
[良い点] 頭おかしいで検索して見つけました。 とてもいい感じの主人公ですね!応援してます!
[気になる点] テーレがコボルトとしか教えていないのに主人公が自分からホブコボルトと呼んでいます。 次話ではテーレも独白でホブコボルトと呼んでいるのでホブコボルトが正しいのでしょうか?
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