第280話 『研究施設』の幹部会
『悪の組織』でよくある回。
プラスおまけ。
side ドラゴンライダー
『研究施設』は実力ある転生者の集団。
煩わしいこの世界の政府や常識を気にする必要もないだけの強さと高い意識を持った個性の集団だ。
当然、仲良しこよしなんてあるはずもない。
他人と馴れ合わなければ生きていけないような弱い人間じゃないのだから当たり前だ。ここにいるのは俺を含め、互いの能力を自分の目的のために有効活用してやろうっていうやつばかり。
つまりは、利害の集団だ。
子供向けのアニメやマンガみたいに友情だの愛だの言ってる幼稚な連中とは違う、大人の集まりってやつだ。
「ヒトシ、あれはどうなっている? クロヌスの雑魚共が来るまでに完成するのか?」
「ギリギリ間に合うかどうか、だな。パターン抽出に手間取ってる。半端に使えるものでもない、防衛戦の戦力には考えない方がいい」
「そうか……ふむ、まあよい、チート技で開幕決着ではつまらんからな」
やけに豪奢な、成金貴族の屋敷の一室のような煌びやかな装飾とデカいテーブルのある部屋。
クロヌスから軍が動き始めたという情報が入り、幹部を集めて確認を兼ねた会食を行っているが、空気は楽しげなものとは言えない。
敵が迫っているプレッシャーから沈鬱な雰囲気になっている……わけではない。
「ファアッハッハッハ! お前たちにはこの俺の鍛え上げられた将才を見せてやろう! これはまず手始め、ここから地方領諸国を打ち倒し、ガロムを制圧するのだ! あれが完成してからでは俺の戦略眼を見せてやる機会もないかもしれんしなあ!」
一人勝手に盛り上がって調度品みたいなグラスで酒を呷る、トランプのKの絵みたいな容姿をした出資担当の幹部『アレクセイ・フォン・ノーラン』。
同じ転生者、同じ日本人のはずだが、本名を聞いたことはない。
能力をどう使ったんだか単純に脅しをかけたのかは知らないが、俺たちが今いるこのノーラン地方領の大領主の地位に収まっていて、この『研究施設』の元手になっている資金を出しているのもこいつだ。
その上、直接戦闘でも『研究施設』……いや、転生者の中でもかなり強い方だろう。俺はその頃を知らないが、土蜘蛛のやつが来るまでは出資担当というだけでなく武力ナンバーワンということもあってアレクセイの天下だったそうだ。知ったことじゃないが。
今、何よりも重要なのは、アレクセイの防衛力だ。
アレクセイの拠点防衛力は桁外れだ。
何しろ……
「さあ、せっかくここに俺の『城』を呼んでやったのだ! 多少は楽しませてくれんとなあ!」
ここは、アレクセイが一夜にして出現させた『城砦』の中だ。
城の中には兵隊NPCも掃いて捨てるほどいるし、もちろん城自体の耐久力もハリボテじゃない。数多の転生者がいても、高い直接戦闘力を持った上で城まで生み出せる転生者は他にいないだろう。
腹立たしいが、アレクセイは無敵に近い最強クラスの転生者だ。
陸路で現れた軍はどうやっても『研究施設』の前にアレクセイの城と正面から対面することになる。
つまり、アレクセイが倒されなければ『研究施設』が攻め込まれることはない。その時点でこちらの勝ちは決まっている。
「やつらが海から現れたときは精々全滅させんように追い返してやってくれよ! 特にあのライエルとか言う生意気な男、あれは俺が殺すのだ!」
「へえへえ、わかってるっての。海路なんて使わせねえよ」
半面が海に面した『研究施設』の本部、地形的に攻め込むことの困難な海からの進入への対策は万全だ。
俺とニドラがいる以上、船で近付こうが……たとえ現代の戦艦だろうが、突破は不可能。何しろ、ニドラは単に力で戦う獣のようなドラゴンとは違う、俺の指示に忠実に従って魔法や複数種類のブレスを使いこなす最強の使役獣だ。
ここらの海は岩礁も多くて大きな船が何十何百と通れるような場所じゃない。戦力を分けて安全に通れるルートを選ぶならそれぞれの船団は精々五艦かそこら、各個撃破は簡単だ。
「陸路ならアレクセイ、海路なら俺のニドラ。仮にあっちがなんかの手段で空を飛んできたとしても、この世界の技術じゃ飛行船かワイバーンだったか? たかが竜の偽物との空中戦でニドラが負けるわけはないし、飛行船程度の速度なら砲の餌食だ。仮に転生者の能力で飛べるやつがいたとして、元から空中での機動に長けた使役獣のニドラより上はあり得ねえ」
「情報によれば、敵の軍備は基本に忠実に陸路からの包囲作戦を想定したものらしい。まあ、ワイバーン騎士は適性を持つ人間が少なく運用維持が難しい兵種だ。そのことを考えれば、伝令役や遊撃がせいぜいで突破戦力にはならないだろう」
「ヒホホ、あちらも転生者、こちらも転生者! 空からの攻撃が奇策にならないことくらい互いにお見通しというわけダネ! ヒホホホホ!」
そうやってやたら上機嫌に笑うのは、食事時でも派手な化粧を落とさないピエロの旦那。
ふざけた口調と格好をしてはいるが、暗殺に関してはこの中で最強クラスだ。旦那もそれなりに昔から『研究施設』に関わっている古株で、新しい人材を勧誘する役割を担当すると同時に、『研究施設』の存在を嗅ぎつけて邪魔をしてきた転生者を何人も葬ってきている。
気配もなく、本人も気付かない内に首をかき切る暗殺者。敵だったらこれほど恐ろしいものも他にないだろう。
だが、そんなのは序の口だ。
旦那の一番恐ろしい所はそこじゃない。
「ヒホッ! ヒトシさんヒトシさん、もしもあの女の子、あのヨモギちゃんが捕虜になったら、好きにしちゃっていいんだヨネ?」
「ああ、だが完全に無力化できたら……の話だ。俺が能力に手を加えるまでは油断できない」
「ヒホホッ、ピエロさんはヨモギちゃんと『お友達』になりたいのサ! 楽しみだネ!」
ピエロの旦那は冷徹で完璧な暗殺者じゃない。
むしろ真逆、旦那はその能力で誰にも気付かれない内に虫も殺さないような女子供を攫って自分好みに洗脳し、最後には喜んで自殺したり互いに殺し合うように仕向ける変態殺人鬼ピエロだ。
しかも、人殺しとしてよくできた奴隷には仕上げとして決まって『儀式』として元の肉親や家族を殺させると言うんだから趣味が悪い。
正直、なんで仮にも俺らのボスかつ常識人枠であるヒトシが旦那のやってることに何も言わないのか、たまに疑問に思うが……まあ、実力はあるしこの『研究施設』にとってなくてはならない存在だ。そういうもんなんだろう。
ピエロの旦那は今、この間勧誘しようとして邪魔された(俺もニドラから落ちて酷い目にあった)あの小娘に痛くご執心らしい。
最初からの人殺しじゃ旦那の趣味には合わない気がするが、旦那なりの基準があるんだろう。
代わりに城で攫ってきて遊んでたババア(クロヌス大領主の秘書だかなんだったか?)も他に攫ってきたやつとの殺し合いまで済ませて言うことを聞くようになったところで飽きてアレクセイに譲っちまったくらいだ。
旦那の要求通りになれば、ヒトシに能力を封じられてただの無力な子供になった小娘がどんな目に合うのかは……ハッ、いい気味だ。
あんな生意気にも俺が育て上げたニドラを引っ張り落としてコケにするようなやつは自分も同じ目に合えばいい。
「あの……ヒトシさん、ヒトシさんだけでも事前に安全な場所へ避難しておくっていうのは……」
「……却下だ。仮に俺のいる奥まで対処できない敵が押し寄せてくることがあったなら、その時はこの施設がほぼ制圧されていることになる。ここの設備はまるごと動かせるものでもないし、この世界では替えの利かないものが多すぎる。ここを失えばゼロからの再起は困難だ。あちらが俺の位置を割り出す手段を得る可能性を考えれば、堂々と防衛体制を強化できるここから急拵えの準備しかできないアジトへ移るリスクは高い」
自信なさげに弱気なことを言ってヒトシに却下されオドオドと引き下がるのは、ヒトシの懐刀アヤメ。
日本なら小学校に通っているくらいの幼さにも関わらず『剣神』の称号を手にするほどの剣の使い手で、ヒトシからの信頼も厚い。護衛ということもあって席もヒトシのすぐ隣だ。
あいつは転生者じゃない。
話じゃ元は奴隷だったか低層民だったか、とにかく現地人(NPC)の中でも特に低レベルの雑魚の一人だったがヒトシに才能を見出されて、能力で剣の天才にしてもらってから心酔してるっていうか惚れてるっていうか……ま、俺には関係ない話だ。
「ヒトシ様、『研究生』の方々についてはどうなさいますか? 現在は問題ありませんが、軟禁状態に疑問を抱き始めている方も……ごく少数ですが」
「強引に抜け出そうとしない限りは『賓客』として扱っておけ。中央政府に対する抑止力だ。傷は付けずに……」
「あくまで『学術的な研究の自由獲得のためのストライキ、そのために協力しているノーラン地方領』という構図を信じ続けてもらう、ですね。では、そのように取り計らいます。アレクセイ様、雑事は全て私に任せ、存分に軍略に集中してください」
アレクセイの女秘書リリア。
アレクセイの目の前では猫を被ってるが、底の知れない女だ。こいつもアヤメと同じくこの世界の人間だが、アヤメのようにアレクセイに心酔して仕えているわけじゃないらしい。
なまじ能力が強力で暴君気質のアレクセイの手綱を握り、政治やら財政やらの実権を握りながら周りとの調整をしている。
アレクセイはどういうわけだか自分が担がれていることに全く気付いていないし、俺たちはリリアの手綱がなければどうなるかわからないアレクセイの暴走を危惧してそれを指摘しないようにしている。
今の会話も、最後には『アレクセイが憂いなく戦えるようにする』というような形にしているが、実際の所は『アレクセイが大事な人質に手を出さないように隔離しておく』という意味合いだ。
ノーランの政治や財政に詳しくない転生者のアレクセイに代わって実権を握っている分、公費や権力を自分のいいように使っているという噂もあるが、ノーランの大領主の正体が今まで中央政府に露見しなかったことを考えれば小狡いだけではなくそういった情報の隠蔽ができるだけの仕事をしてきたということだ。
底知れなくはあるが、リリアは有能だ。
転生者のような能力はないからこの世界の現地人(NPC)としてはという意味ではあるが、いなくなれば困る人材でこそあれ暗躍していようと害のあるやつじゃない……というより、アレクセイの前で猫を被っているのだから腹黒い部分は隠してもらわないと困る。リリアもさすがにアレクセイに殺意を向けられれば生きてはいられないのだから、表立って告発されるようなことはしないだろつ。
それ以外の面では……まあ、それこそアレクセイのいる場で考えることでもない。顔に出て突っかかられても面倒くせえ。
あと、転生者じゃない幹部と言えば……
「ヒトシ、最後の一人……アーリンの居所の方はまだ掴めないか?」
「ああ、防衛の準備に時間と人手を取られているしな。本格的な捜索ができるのはあれが調節を終えてからだろう。そうなれば、もはや見つける必要もないかもしれないが……」
「いいや……あいつは必ずこっちに向かって挑んでくる。決着は必ずつける」
一人だけ、肉抜きの別メニューを食べている線の細い男。
植物マニアのアオザクラ。
この中で一番ヒトシとの付き合いが長い、『研究施設』という枠組みができる前からのメンバーだ。
『森の民』とかいう少数民族だか宗教だかの復興のために動いていて、それを弾圧する中央政府に反抗しようとヒトシに出資し、見返りとして知恵と能力を借りている。
『世界征服』と『復興』という違いはあれ、ヒトシとの関係性はアレクセイに近い。だが大きく違うのは、アレクセイが力で強引にヒトシに協力関係を結ばせたのと違い、アオザクラとヒトシの間にはそれなりの信頼関係が見えることか。
大領主の立場を持つアレクセイの参入から資金面ではお役御免になっているはずのアオザクラだが、『森の民』の専門技術を提供しているというだけでなく、ヒトシがアオザクラの目的をベースに『研究施設』の舵を取っている。
転生者には敵わないにしろ、時間をかければ今この『研究施設』の周りを囲みながら成長を続ける木々の『結界』を造ることができる技術力はこの世界の現地人基準では相当なものなのだろう。
そのアオザクラ本人は今、何よりも『アーリン』という同じ森の民の女を探すことに御執心らしいが。
その目的が惚れた腫れたとかじゃなく殺すため……森の民の復興のために、同じ森の民の女を殺すってんだから、腕の良さとは別にどっかいかれてるのかもしれねえ。
私情は勝手にすりゃいいが、その分仕事だけはちゃんとしてくれると助かるんだがな。
そして、私情と言えば……
「そういや、話は変わるが……ニドラに餌やって来た時に見たんだが、あいつはいつから屋上にいるんだ? 下に降りてきたところをしばらく見てない気がすんだが」
「……土蜘蛛は、一度も降りてきていない。ひたすら待ち続けるつもりらしい」
「……ケッ、飲まず食わずで雪の中でもへっちゃらとは、化け物ぶりを見せつけてくれるぜ」
『土蜘蛛』。
『研究施設』の転生者の中で最強の個にして、人間をやめた怪物。
あいつは誰にも従わされることはなく、かといって全てを従わせているわけでもない。そもそも、あいつを従わせられるような存在はいないし、あいつは他人を従わせるまでもなくその桁外れの『力』だけで全てが手に入る。
正真正銘、社会というものに存在を想定されてないレベルの怪物だ。あいつがその気になれば、この『研究施設』も数分と保たずに全ての施設が瓦礫の山に変わるだろう。
そして、それが味方だと断言できるのなら心強いと言えるだろうが、生憎とそんなうまい話はない。
『土蜘蛛』は近い内に始まる防衛戦において戦力として数えられていない、むしろ下手に暴れさせないためのマニュアルが行き渡っているような『脅威』だ。
あれは、以前幹部としてこの『研究施設』のメンバーに席を連ねていた収納能力の男……いけ好かないやつで名前は憶えていなかったが、今では『ウスノロ』と呼ばれている肉人形の元になったやつと戦闘になり、最終的に瀕死に追い込んでこの『研究施設』に自ら現れた。
そして、ヒトシを脅すようにして更なる力を手にして、完全に人間からかけ離れた姿になったのだそうだ。
俺はその瞬間を見ていないが、いけ好かないにしても当時の『研究施設』ではアレクセイを除けば最強格だったやつを仕留めたというのだからヒトシの能力なしでも相当な化け物だったのだろう。
『土蜘蛛』について、俺は詳しいことは知らない。
だが、やつがやって来てしばらくは、ヒトシがやつを言いくるめて純粋な利害関係を構築していたらしい。その力を利用して、『研究施設』にとって不都合な転生者を潰させることもあったとかって話だ。
戦闘向きの能力じゃないヒトシがアレクセイを差し置いてこの『研究施設』のトップの位置を占めているのもやつを制御できるだけの頭脳を示したからというのが大きい。
しかし、それも昔の話だ。
今では、やつはただ一人……『狂信者』と呼ばれる男にしか興味を見せなくなった。やつの意識は、もはやヒトシが唆して戦わせるなどということもできない領域にある。
『土蜘蛛』が未だにこの『研究施設』に留まっているのは、単に『狂信者』と戦うため……そいつが『研究施設』と戦うことを確約したから、ここにいれば必ず『狂信者』と戦えるからというだけの話なのだ。
結局の所、この『研究施設』の幹部の中に人質として招き入れてある貴族のガキ共の思っているような『研究の自由』なんて大義を持ってるのはヒトシくらいしかいない。
他の幹部は単にヒトシの持つ転生者としての能力を弄れる能力と現代兵器を造れる頭脳を利用する見返りとして、その環境と身柄を護ろうとしているに過ぎない。それがこの『研究施設』の実体だ。
かく言う俺も、研究の自由やらこの世界の発展やらに興味はない。むしろ、防空兵器やらミサイルやらがバカバカ撃たれるようになったら困るとすら思っている。
だが、転生特典の強化と調整にはヒトシの能力が必要だし、維持のための餌代も馬鹿にならない。そのために運び屋みたいな地味な仕事を手伝ってやってるんだ。
結局、転生者同士の関係なんてもんはそんな感じだ。
互いに強力な力を持って牽制し合い、利用し合う関係。能力を使えば生きていくには困らないこの世界で勝手をやって行く中で唯一脅威となる互いを警戒して、利害関係が結べればこうやって一緒に食事なんかもするが、それ以上の付き合いはない。
アレクセイだけでなく、他のやつらもフルネームは知らないし、本名かどうかも知らない。
第一、こんな人間が死にやすい世界で他人のことを深く知ろうとも信じようとも思わない。
よく知った相手が死ねば、その辛さが大きくなるだけだ。
自分よりも弱いやつを守ろうとすれば、それだけ自分が弱くなる。
誰かを信じれば、そいつに裏切られる危険が増える。
一人でも十分生きていける俺たち転生者が他人に弱みを見せるなんて、人間的に弱くなることに他ならない。
弱いやつは死ぬ。弱肉強食、それがこの世界のルールだ。
最後まで信じられるのは自分だけ。
俺が信じるのは俺自身とニドラだけだ。
人はどうせ、仲間だなんだのと言っていようが、瀬戸際になれば簡単に強い方、自分の得になる方に寝返るんだ。
他人なんて信じられるか。
「ケッ、高い酒だってのに。毎日飲んでると飽きて来やがんな」
必要事項の確認が済んだ後は、アレクセイが城の自慢話を自分勝手に進める以外は特に会話もなく、品は豪華な癖に妙に味気ない食事が続くだけだった。
side 狂信者
「いやはや、やはり運動の後のお水は美味しいですねえ。キンキンに冷えていて最高です……特に日暮さんとの熱いやり取りの後だと」
「ははっ、そりゃそれだけ汗だくになってたらね」
先程まで行われていたテーレさん謹製の武装の試運転を兼ねた日暮さんとの模擬戦闘。
私も『恩師の加護』を発動しての掛け値なしの全力でしたが、結果としては辛勝といったところ。
まあ、武装に負担のかかる機能は当然制限していましたし、日暮さんにしても軍の中での立ち回りを想定した放熱を抑えた戦闘法でしたので実際に『本気の全力』であったのならまた別の展開になったのでしょうが、私も土蜘蛛さんの相手を想定しているのですから物理攻撃に全振りした日暮さんに勝てなければ意味がありません。
「さて、もう一組み手くらい……」
「はーい、やめやめ。ドクターストップ、結界でダメージなしだったにしても疲労はあるんだし今日はここまで。回復に専念しなさいっての」
「そうじゃ、狂信者。おのれの回復も皆から借りてる力から出してるってのも忘れんなや」
「おっと……そうですね、申し訳ない。テーレさん、荒野さん」
通常なら使った後は三日ほど筋肉痛で戦闘に支障を来す『恩師の加護』ですが、こうしてクロヌス軍と『盗賊連合』が合流し荒野さんの結界リソースに余裕ができたことで、回復を補助してもらっています。
それだけでなく、模擬戦中に怪我をしないようにもしてもらっていますし。でなければ日暮さんが相手と言えども全力で武器を振るうことなどできません。まあ、仮にダメージなしだとわかっていても一般兵の方を相手に全力を出せる気もしませんが。
「このような模擬戦が毎日のようにできるのも、荒野さんと日暮さん、そしてこの武器を作ってくださったテーレさん……加えて、結界にご協力いただいている皆さんのおかげです! 今日もありがとうございました!」
声を上げると、四方から返ってくる歓声に近い声。
この模擬戦、最初は必要なメンバーだけでやっていたのですが、いつからか噂を聞きつけた軍や盗賊の方々が見物に来るようになってしまったのです。
荒野さんの結界的にはその方が『協力』に無意識の同意が得られてエネルギー効率がいいので助かるのですが。
「転生者同士の戦闘なんて、そうそう見られるものではない……ということなんですかね。やたらと喜ばれてしまっていますが」
「当たり前よ。何せ、命を預ける味方の主力なんだから。『味方が強い』ってことは、それだけで安心できるでしょ?」
「なるほど、それもそうですか。私も荒野さんと日暮さんを信頼しているからこそ全力で打ち込めるわけですし、テーレさんのくださった武器なら勝てると信じているからこそこれ一本に絞って戦術を極められるわけです。であれば皆さんも、私たちなら勝てると信じてくれるからこそサポートを頑張ってくれるというわけですね」
「そ、そうよ……それ以上の武器は用意できないって力作なんだから、あんたはひたすら信じてぶん回せばいいのよ」
「クックッ、テーレさんも日暮さんの熱気に当てられましたか? 顔真っ赤ですよ。冷たいお水飲みます?」
「ふ、ふんっ! あ、あんたがそう言うなら、別に同じカップだからって大して気にしないし」
「あ、これは失礼。そうでしたね、誰か、もう一つ新しいカップをお願いします!」
「あっ……」
「あー、余計なこと言わなければよかったのにー」
模擬戦の巻き添えで受けた熱気の文句の代わりか日暮さんをどこからか取り出したピコピコハンマーで叩きまくるテーレさん。
それを見ておかしそうに笑う観客の皆さんに、私に向けて苦笑を向けてくる荒野さん。
戦争を間近に控えた束の間の日常ではありますが、だからといってこうやって笑って過ごしてならないということはないでしょう。
立場や理由は違えど、互いに命を預ける家族のようなもの。
確かに失うのが辛くなるかもしれませんが、失いたくないと思うからこそ出せる力というものもあるはずです。裏切られれば致命的かもしれませんが、信じ合わなければできないこともあるはずです。
何より、全てを拒んで疑いながら生きるなんて……味気なくて、もったいないでしょう。
「さあ、そろそろ夕食の頃合いです! 豪華なディナーとはいきませんがお代わりはありますので、明日の行軍のためにも英気を養うことといたしましょう!」
全ての日々に心からの安心と幸福を求めること。
それはどんな些細なことにも喜びや悲しみを抱ける私たちに与えられた、『善く生きる』という権利そのものなのですから。
なお、ドラゴンライダーは『実際戦ったら上から一方的に攻撃できる自分が実質無敵で最強』と思っているが、実の所は……




