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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか

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第273話 火に油

side 日暮蓬


 アオザクラは語りかけてくる。

 攻撃の熱意は一切見せず、言葉だけを投げかける。


「はっきり言おう。『研究施設』はそちらの想定を上回る戦力を持っている。キミの能力が頑強だとしても、それを破りキミを殺し得る手段は用意できる。こちらの防衛戦、かつ全面対決の構図となれば、こちらは戦術目標としてキミを集中的に狙うだろう」


 言っていることは、たぶん正しい。

 私は確かに戦場でも強いだろう。けれど、相手にとってもそれだけ脅威、優先的に狙うべき対象になる。

 特に、巨大で目立つ『魔人』は攻撃の的になりやすい。砲撃や魔法は真っ先に私を狙う。


「防御機能が常時働く能力だからと、『何があっても自分だけは痛い思いをしなくていい』と思っていないか? 『自分は大人の言うことを聞いていただけだから殺されたりしない』と甘えていないか? 本物の戦場では、そんなことはあり得ない。僕たちにとって、この世界の人間にとって、『転生者』は子供だろうと指一本で人を殺しかねない存在だ。絶対に子供だろうと手加減はしない、むしろ死に物狂いで殺しにかかる」


「…………」


「転生者の中には、ゲーム感覚で戦場に現れる者もいる。だが……確かに、彼らは『転生特典』という強力な武器を持っているが故に強い。それに、味方の軍も戦術兵器であり味方の士気に大きくかかわる転生者を援護し護ろうとする。実際、彼らが戦場で能力以上の生存率を誇ることは事実だ。だが、それでも死ぬものは死ぬ」


「………………」


「傷を負い、痛みに叫びをあげてからようやく、戦場が本物の生き死にの世界だと実感する。中には、凱旋してから殺人という行為の実感に押しつぶされ酒や薬物に溺れ、そのまま破滅する者もいる。本当にこの世界の戦士と同等以上に英雄然として最期まで戦い抜き、後悔せずに天に還る転生者は特別……ごく稀だ。キミは、自分がそのごく稀な転生者の一人だと思うか?」


 ごく稀……それは、当然と言えば当然なのだろう。

 今、この世界に来る転生者の多くは、生前に信仰的な立場が中立で『引き取る神様』のいなかった人間……そのほとんどが、転生というものをフィクションで理解している日本人らしい。治安がよくて戦争から遠い国で生まれ育って、その倫理観をすり込まれた転生者にとっては『本物の戦場』というのはリアリティに欠けるものだ。

 そんな中、戦場に順応できるのは本当にごく一部……こればかりは、転生者としての強力な能力があったところで、心までどうにかなるというものでもないのだろう。


 けれど……


「……私は、もう何十人か殺してるよ。この世界に来てから」


「ああ、情報は手に入れている。だが、それはどれも『正当防衛』だろう? 自分の命を守るという大義があった。だが、『研究施設』との戦いはキミにとって本当にそれと同等の大義があるか? こちらに付けとは言わない。だが、キミが戦わないのならこちらはキミに手出ししようとは思わない」


「……要するに、戦力的に厄介な私を戦わずにリタイアさせるために来たのね。で、それで私にメリットはあるの? まさか、クロヌスから逃げて後は勝手に隠れて暮らせとか言わないよね?」


「ああ、もちろんそうさ。まあ、逃亡先なり手筈なりは後にしよう。メリットの提示……になるかどうかはわからないが、キミが喜びそうなものは用意がある」


 そう言ってアオザクラが懐から取り出したのは、小瓶に入った錠剤のようなもの。

 彼の手の大きさと比べてかなり小さい、十粒も入っていない薬だ。


「前に見た時から思っていたけれど……キミの前世での『死因』は病気、それも何年も寝たきりになった末での衰弱死じゃないかい?」


「……っ! どうして……」


「何人かの転生者を知っていれば推測できることだよ。顔つきから人種的には転生者としての一般的な黄色人種(コーカソイド)だとわかるのに、肌は妙に白い。まるで何年も日の光をまともに浴びなかったみたいにね。他にも、肉付きや歩き方なんかにも少し不自然さが残っている。なのに、今の時点で行動的な不都合や病気の気配がまるでない。これは転生の時に『衰弱』までを『死因』として修正された転生者の特徴だ」


「それが……それが、どうしたってのよ。それ、治ってるのがわかってる病気につける薬?」


「ああ、確かにキミは治っている。だけど……さっきまでキミがいた家の女の子、彼女はどうだい?」


「っ!」


「窓から少しだけ覗かせてもらったけど、よく咳をしていたし、やつれ方からして一過性の風邪なんかじゃない。あれは、重篤な呼吸器系の病気だろう? 一人娘で家もそこまで貧困に苦しんでいるわけでもない、虐待されているわけでもないのに治癒されていないということは……『不治の病』だ。違うかい?」


 ……正解だ。

 この世界の人間は魔力のおかげで強健だけど、それでも魔法に天才的な適性がある人間が現れるのと同じように、中には体質的に魔力の恩恵を受けにくくて『病弱』になってしまう人もいる。私の友達となった彼女もその一人……だからこそ、『元病弱』だった私との共通点があったからこそ、友達になった。


「異世界において『癌』と呼ばれている種類の病気。こちらの世界でも魔法による治療の難しいものだ。特に肺の病は魔力循環を乱して自然治癒力も下がる。あの子があのまま大人になることは難しいだろうな」


「それが……なんなのよ」


「この世界の医療技術は魔法の通じない病気に対して弱い。発展の方向性は楽な方へと向かうからな。魔法を使わず、一から純粋な科学による治療技術が発展し、あの子を治せるようになるまでには途方のない時間がかかるだろう……『(はじめ)』から、ならな」


 アオザクラは、手に持った小瓶を軽く振る。

 ガラスの中で錠剤の跳ね回る小さな音が、その実在を示している。


「『中央政府』というのは公益よりも秩序のためのシステムだ。電気技術だけでなく、異世界から取り込まれながら市場や現体制の維持のために秘匿されている技術は数多く、それら全てが再現できるわけでもない。研究すること自体に大きな制限がかかっているくらいだ……けれど、『研究施設』は違う。再現を超えて、魔法との融合などにもよって異世界を超えた発明すらある。その一つ、試作品がこれだ」


「まさか……癌の特効薬、とでも言うつもり?」


「その通り。まあ、これに関してはまだ転生者の能力を製造に使わなければならないから量産品としての完成には遠いそうだけど、一人や二人治すだけなら十分なものだ。今回は見せに来ただけのつもりだったが……こちらの条件を飲んでくれるのなら、すぐに渡してもいい。どうかな?」


「……友達一人のために、戦争を起こそうとしてるあなたたちを見逃すのが、あなたの言う『大義』?」


「まさか、これは試作品と言ったはずだ。『研究施設』は、いずれ転生者が直接関わらなくてもこれと同等のものを造れるようになる。つまり、魔法治療における不治の病の治療法が確立する。他にも『研究施設』は様々な疾患、障害、感染症についての研究を押し進めている……なにも、戦争のための兵器ばかり造ってるわけじゃない。むしろ、本来の目的は平和的な技術の方だ」


「…………」


「もっとわかりやすく言おうか。『研究施設』を潰すということは、近い未来に生まれる治療法で救われるはずの多くの命、そして今現在も不治の病で苦しんでいるキミの友達のような子供の命を奪うことになる。いくつもの治療法が確立されれば、将来的に救われる人間は紛争で死ぬ人間よりも遥かに大きくなる。それが、キミが戦わないことで得られる『大義』だ」


 私の……私の死因である免疫不全は前世において、実質的に根治の難しい不治の病に近いものだった。

 他にも、たくさんの不治の病と呼ばれるものがあった。

 病名を告げられるだけで絶望して、治れば奇跡と騒がれるような病気もいくつもあった。

 それらが根絶されるとしたら、それは本当に大偉業だ。ノーベル賞どころの話ではないくらいに。

 けれど……


「『研究施設』は、人を殺してる……私が言えたことじゃないけど、何人も、何十人もでしょ?」


「必要な犠牲だ。今のこの世界の大勢では、貴族連中の利権を危うくする急激な発展は潰される。だから、資金を得るために兵器を造って売ることもあれば秘密を守るために手を汚すこともある。だけれど、好きで犠牲を出しているわけじゃない」


「……『大義』のため?」


「ああ、その通り。そして、不治の病で苦しむ子供たちのためでもある。少なくとも、戦いで死ぬ人間の多くは兵士や戦士だ。覚悟はできてるし、手を汚したことのある人間も多いだろう。けれど、子供たちは単に運悪く病気になってしまっただけの可哀相な被害者だ。彼らの不幸な人生の結末を、幸せな未来へ繋げられるのなら必要な犠牲だと言える。そう思わないか?」


 彼の言葉に、嘘の気配は感じられない。

 完璧な精度とは言えないけど、私を騙そうとする偽物の熱意はない。彼の言っていることは本当のことで、『研究施設』が単なる『悪の組織』と言えない部分を持っているのは事実なのだろう。


 地球でも、人が救われるための技術の発展に人命が払われることはある。

 資金の問題だったり、実験的なことや失敗だったり、それこそ宗教的な偏見での迫害だったり。抗生物質とかってものが戦争で生まれたみたいに、医療の発展がいくつもの屍の上に成り立つものだって言うのは正しいことなのだろう。


 私はしばらくの間……たぶん、何分かの間、何も言えなかった。

 ただ、黙って、考えて、言うべき言葉をまとめるので精一杯だった。

 そして……


「あの子は……私の友達は、つい最近、お父さんが死んじゃってお母さんと二人きりになったの。自分が力仕事できないからお母さん一人で大変だし、私が手伝うのも見てることしかできなくて辛いって……そう言ってたよ」


 彼は、俯いた私の言葉を黙って聞いている。

 だから、私は邪魔されることなく、言葉を続ける。


「お父さんが死んじゃったのも、自分が病気だから、少しでも美味しいものを食べて暖かい家で暮らせるように、危ない仕事に就いたからだって……自分が病気でさえなかったらって、お母さんにも言えないことを私に話してくれて……本当は、もっとお父さんと一緒にいたかった、一緒に年越ししたかったって……」


 ああ、ダメだ。

 やっぱり、ダメだ。

 いけないのに、こんな所で、簡単にやっちゃいけないことなのに……抑えられそうに、ない。


「私は、それを聞いて…………改めて、決心が着いたんだよ」


 『怒り』が、抑えられない。

 目の前の『大義』を口にする男に、こみ上げる感情を制御できそうにない。

 髪留めを外す。街を壊すつもりはないけど、とても『手加減』なんてする気はない。



「あんたは下調べしてなかったようだから教えてあげる……あの子の名前は『コハル・ゴーバック』……あんたらが城を襲撃したときに死んだ兵士の一人の娘だよ!!」



 私の抱え込んでいた熱量が爆発する。

 『魔人』が膨れ上がっていく。


「父親を勝手に奪っておいて『キミを救うのに必要な犠牲だった』とでも言うつもり!? ふざけないで!!」


 周囲の薄い雪が溶けて蒸発する。

 辛うじて周りの建物は燃えないようにしているけれど、それでも周囲はサウナよりも熱いだろう。アオザクラの顔にも汗が浮かび始めている。

 けど、私の激情は収まらない。


「他人の苦悩を自分の殺しの正当化に利用すんな!! そこにあったささやかな幸せを壊しておいて『可哀相な被害者』とか『不幸な人生の結末』とか語ってんなっ!! こっちは人生短いなりに覚悟してその分だけ手の届く大事なもんを、恩返しもろくにできないことを心苦しく思いながら健康に恵まれたあんたらよりもずっと大事に抱えて生きてんの!! 怒りたいときも恨み言をぶつけちゃうときもあるけど、できることなら許される限りの時間を大事なみんなと笑って過ごしたいの!! それをあんたは、私たちの気持ちを何だと思ってんの!! 『キミの大好きなお父さんを殺して作ったこの薬を飲めば百年生きられるよ』なんて言われてもなんにも嬉しくないわ!! 私も家族が死ぬか自分が死ぬか選ぶんなら自分が死ぬのを選ぶし、私の両親や弟が私を治すために誰かを殺すって言ったんなら死んでも止める!! それくらいなら最期の瞬間まで少しでも自分と向き合って欲しいって願う!! 病人の立場をいいことに他人に『殺し合って死んでほしい』とか、自分さえ生きられればいいなんて思わない!! 私たちにもそれくらいの尊厳とプライドはある!! あんたはそれを踏み躙った!! あんたが『大義』を語るのは勝手にすればいい!! だけど、『大義のためだから赦せ』なんて言葉で犠牲にされた側が納得すると思うな!! 有耶無耶にしてしまえるなんて考えるな!! あんたが自分で生んだ怒りだ!! やり過ごそうとせずに自分で受け止めろ!! 社会や他人のせいにすんな!!」


 焼く、燃やす、灰も残さない。

 これが挑発だろうが何だろうが知ったことか。

 なんだろうと焼き尽くしてやる。


 この『怒り』がそうさせる。

 私自身のものだけじゃない、こいつが受け止めるべき無数の妄執が、私自身の怒りに呼応するように『魔人』に熱量となって流れ込む。


「一番あんたを殴りたいのに身体が弱くて殴れないコハルの代わりに私があんたを殴る! あんたを殴りたくて仕方ないのに目の前に立つことのできないやつも、握る拳がないやつも山ほどいる! 私があんたらと戦うのに大義が必要なら答えてやる! あんたを殴れないみんなの分まで怒りを込めて、この拳でぶん殴ってやる! 歯ぁ食い縛れっ!!」





 本気で自分の運命に向き合って生きている人間に『可哀想』は禁句。

 親切心だとしても本人には聞こえないと思っていてもリアルにガチ切れ案件なのでご注意を。


 ……『可哀想』よりも、そうやって生きるための努力や覚悟を『尊敬』しているという言葉をかける方が互いによっぽどいいことだと思います。

 ……作者個人の意見ではありますが。


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[良い点] ヨモギちゃん日常回可愛いし今回カッコいいしめっちゃ好きだ [気になる点] 初登場時、不運ポンコツキャラかと思ってたのに誰がこんな熱い子になると予想出来ただろうか。 [一言] 今更ながら一話…
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