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転生したので狂信します  作者: 枝無つづく
八章:『彼/彼女』は何を欲するか

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第264話 母の笑顔

side レイン・バルトマン


 まず、戦闘するにあたり念頭に置くべきこと。

 それは、元々のリィエル様には戦闘能力の類はないということ。


「では、参ります」


 外套に隠れていた右腕、手先の凄まじい速度での挙動を感知すると同時に横方向に跳んで回避運動。

 その直後、背後の家屋の石壁に上がる火花と鋭い破砕音。

 やはり、そういうこと。


「劣化ウラン弾の拳銃に消音装置、加えて腕関節にも何か特定動作用のサポーターのような物が付いていますね。『誰でもお手軽抜き撃ち暗殺セット』というところですか?」


 またも繰り返される銃撃を左右に回避。

 遮蔽物に隠れるのもありと言えばあり。しかし、狂信者様が受けたものと同じであれば下手な盾は貫通しますしリスクが高い。それならば狙わせてから引き金を弾くまでに避けた方がマシ。

 この距離なら命中率もそこまでではない。


「一般兵相手に戦わないからといって、無力だとは思っていませんよ。異世界では、孤児に武器を持たせて言葉より先に撃ち方を憶えさせて戦場に送り込むことすらあると聞きます。そういう世界の武器なら、あなたでも人を殺せるでしょう」


 リィエル様には戦闘能力も、そのセンスもなかった。

 それは才能云々というよりも、彼女自身が人を傷付けることそのものを心の奥底から嫌い、怖がっていた側面もある。


 そんな彼女が『戦う』とすれば、それは転生者の与えた武器しかない。

 意識の強さが関わるマジックアイテムや悪魔の憑依でなければ、おそらくは科学の産物たる異世界の『現代兵器』の類が中心。


 そして、その設計理念は聞く限りでは防御力より殺傷力、指一本の動きで遠距離の相手を射貫くというのが基本的な思想。『操作用端末(リモコン)』だろうと拳銃だろうと手榴弾だろうと変わらない。

 つまり、無力化するには指一本動かせない状態にする……可能なら意識を落としたいところだけれど、防御面が薄いとわかっていて詳細が不明というのはとてもやり難い。


「『地球』という世界の方々は何を考えているのでしょうね。それを防ぐ盾も作らず殺すための武器ばかり作るなんて。それでは戦えば必ず死人が出て、怨みが深まるばかりでしょうに」


 殺せばいいというのなら、最大限の攻撃を注ぎ込めばいい話なのですが、生け捕りを目標とするのならそうはいかない。

 リィエル様の防御面がそのままであるパターンから威力を上げていき、昏倒と致命傷の間にある丁度いいダメージを見定める必要がある。


 とすれば……これ、だろうか。


「【標的固定(ターゲット)】【威力(チャージ)10】……【追尾斥力弾(ホーミングショット)】」


 片目で照準を合わせ、そのサークルが収束するようなイメージで斥力場を発射。

 不可視の弾が胴体に命中したリィエル様は多少は揺らいだものの、倒れるまでは行かず。


 私が今使ったのは、テーレ様がマジックアイテムを通して使っている魔法。

 実弾のように火薬や弾の質量に依存せず術式で威力を調整できる攻撃魔法。テーレ様は消耗リソースの効率から調整を行っているものを、私は魔力量にさほど困ってはいないので少々改造して使っている。


「威力10でこれなら15は安全圏ですかね。防具で弾かれている割合がわからないと蓄積ダメージの目安も取れませんか」


 最初に撃ったものは、防具を着けておらず訓練も受けていない一般人を安全に昏倒させる程度の威力。

 しかし、これで揺らぐ程度であるならそれは防具で衝撃を防いだか、あるいは強力な薬物などで『倒れにくく』されているか、あるいは両方か。


 できれば前者であってほしいところだけれど、希望的観測ばかりでは倒せるものも倒せない。

 リスクは覚悟して、直接触れてみるしかない。


「リィエル様、お身体に触りますよ」


 弾丸を避けつつ、危険なときは魔法で斥力場を展開しながら接近。突貫術式による瞬間的な展開で真正面から受け止めるには強度が足りないのを角度を付けて受け流すように防ぎつつ、建物の壁や街灯の柱を利用して立体的に接近。

 そして……


「ハアッ!」


 高速で鈍器のように横に振られ、私のガードした腕に命中する拳銃という金属の塊。その動きはそれまでの動作からは独立した、『敵に接近されたらこう動く』と抜き撃ちと同じように設定されていたもの。

 その膂力、衝撃も機械仕掛けの強力なもの……けれど……


「想定通り、そして力の計測も完了です」


 衝撃をガードの腕から肩へ、さらに反対の腕へ伝導させ、そのままそれを私自身の動作に乗せる。

 荒野様は結界で力を操作しているけれど、こうして自分の身体を通した方が威力の調整もしやすく柔軟に攻撃に移れる。


「失礼っ!」


 手刀に力場を纏わせ、鋭さを増して外套を切断。

 その下の生身と、そこに装備された防具を露わにする。

 防具は所々に爆弾らしきものが付属していて貫通するような攻撃は危険。しかし、形状はベスト状。肩は手薄。

 ならば……


「少し痛みますよ!」


 手刀で消費しきらなかった衝撃を踏み込んだ足から地面へ、そしてその反作用により生じた衝撃を脊椎を通して足から両肩、その先の両腕へ伝導。

 肩の守りは薄い。ならばこれで。


「【威力(チャージ)25】【斥力集中(インパクト)】っ!」


 両肩を『外す』ための衝撃。

 今度は最悪骨折で済むのを考慮して、魔法を上乗せして戦士職に通用する威力。これで腕が使えなくなれば、肉体の強度がわかり取り押さえるのも難しくなくなる。

 けれど……


「グッ、ガアッ!」


 骨は砕けず、関節は外れるに至らず。

 返しに無理やり跳ね上げられた蹴り足に腹を押し込まれ空中へと飛ばされる。

 ダメージも……軽くない。

 腹部に鋭い痛み。内臓にもダメージ。

 強化素材の布地で衝撃は緩和されているけれど……靴に、何か殺傷力を上げる仕掛けが入っている。おそらく、蹴りで当たった瞬間に出るスパイクのようなもの。


「くっ!」


「ガァア!」


 腕を上げて銃を空中の私に向けようとしているのが見える。

 けれど、力が入らないのか動きが定まらない。

 そこでその手は乱雑に胸に取り付けられていた爆弾を手の甲で引き剥がして飛ばす。至近距離、低威力だろうとお互いに無傷では済まない距離で。

 リィエル様の身体は肩を大きく振っている……おそらく、あの外套に防爆効果がある。けれど、私が切り裂いた分面積が足りない。大怪我をしても取り押さえられるよりはという判断。


「くっ、【美味しい火ですよ お食べなさい】!」


 私のスカートの裾から飛び出す白い砂……いえ、火の消えきった灰の集まり。それは、生き物のように手榴弾に殺到し……爆発の内の『爆炎』を取り込み、飛散しようとする破片を灰の翼で受け止める。

 そして、私が手を翳すと巨鳥が獲物をさらうように私を引っ張って屋根の上に下ろす。


「はあ……うっ、火炎と飛来物は防げても衝撃自体は防ぎにくいのが難点ですね……」


 火炎を防ぐには火の精霊に捕食させて取り込ませるのが最善。

 しかし、火の精霊は維持が難しいため常備が厳しく、不意打ちのような爆発などには弱い。

 そこで作ってみたのがこの『火と灰の精霊』……灰の精霊に自動で炎熱と可燃物を取り込んで自身を増やす習性を与えて、生きている火と燃え尽きた灰が共生し、新たな火を求めるサイクルまでを一つの生態としてプログラムした携帯用精霊。


 安全な灰の休眠状態で持ち歩いて火炎を吸収させて防げるのは便利なものの、元々燃えてはいないので爆発の衝撃に爆発を返して相殺するようなことができないのが難点。


「ライエル様の暗殺対策に常備してもらうにはまだ改良が必要そうですね……これは、思ったより効きました」


「ライ……エル……そう、よ……ライエルに、言いたいこと……」


「リィエル様、今の痛みで少しだけ意識が戻りましたか? 言伝ならば承りますが」


 まだ拳銃の狙いが付くほど腕に力が入るとは思えない。

 本当は今が攻め時かもしれないけれど、こちらも少しだけ時間が欲しい。呼吸を整える時間と、考える時間。

 肩への攻撃での手応えと、その時の反応……そこから、肉体の物理的な強度と、痛みに対する感覚の強度を推測する。

 それと同時に……攻撃力も。


 腕の横振りによる殴打は機械仕掛けの速度と威力。

 対して蹴り上げは感覚からして生身の速度と威力。

 その強さと『荒さ』と合わせて、リィエル様が『何をされているか』を推し量る。


「お別れなどならお断りします。心配ならばご無用と答えます。恨み言ならば……私が聞きましょう」


 まず、生身部分の膂力と耐久力から考えて、装備によるサポートだけでなく人体的な確実に何かをされている。


 腕の横振りは精度があったものの蹴り上げは雑、仕掛けがなければ衝撃を逃がしてダメージは防げた。つまり、リィエル様自身に与えられたものは戦闘技術ではなく単純な身体強化……否、それ以上に悪質な肉体の安全を度外視した『狂戦士(バーサーカー)』の暴走に近いもの。


 肩が砕けなかったことから肉体の耐久も上がってはいるようではあるけれど、健全に鍛えられたものにしては痛みへの反応も大きく膂力との釣り合いが悪い。

 むしろ、欲しい膂力を実現するため……おそらくは、この街で活動を始める際に装備させていた全ての武器弾薬を持ち運んで衛兵から逃げられるだけの身体強化を実現するために、元々の肉体では安全を度外視しても足りなかった分を補うために肉体の質を強化したもの。


 だとすれば……


「ライエル……ああっ! どうして!」


「っ! やはりですかっ!」


 屋根の上へ一足で跳び上がってきたリィエル様。

 この街でテロ行為を、爆破を繰り返すことで減少した『重荷』の分だけ速くなっている。報告されてきた動きより速く動くのも当然と言えば当然。ダメージを受けて何かの制限(リミッター)が外れたか……


 無理やり狙いも定かでないままに発射される弾丸。

 危険な軌道のものは精霊が受け、灰で逸らそうとするも……弾が重い。突き抜ける……っ!


「【部位指定(パーツセレクト)】【過剰再生(オーバーリジェネレイト)】!」


 右肩に被弾し、大質量で肉を破砕し、その直径を優に超える大穴を空けようとする弾丸が布地を貫く直前から回復を開始し、肉が飛び散るのを防ぐ。

 破壊と同時の再生で激痛が走るけれど、そのまま受けたら右腕が落ちる。ダメージは最小限に留められたと見るべき。


「どうして、どうして母さんは……!」


「……知っています! 女性に生まれたあなたはレイネス様に関心を持たれなかった! 後継者としての資格も与えられなかった! やっぱり、根に持っていたんですか!」


 精神的にも何かをされていることは明らかだ。

 けれど、悪魔の気配のようなものはしない。つまり、少なくとも今この場では取り憑かれてはいない(取り付けられているだけなら浄化でどうにかできたのだけれど)。


 だとすれば、本来のリィエル様なら絶対にしないようなこの街への、ライエル様への攻撃行為を行わせるために、何かの憎悪や憤怒といった感情を捕まっている間に刺激され続けて増幅させられている可能性がある。

 魔法というよりも『癒し手』の暗示や催眠といった類に近いけれど、それなら感情を吐き出させるのは弱体化に繋がるかもしれない。

 それに……


「リィエル様は、一度くらい不満を口にしてもいいと思っていたのです。ライエル様には言えなくとも、私には何を言ってもいいんですから」


 さすがに、乱雑に振るわれる手脚や弾丸を受けるわけにはいかないけれど。

 言葉だけなら、受け止めてあげたいと思うのは差し出がましいだろうか。

 曲がりなりにも従姉妹として、ちゃんとそういうことを聞いておきたいというのはダメなのだろうか。


「……なんて、仕事に感傷を持ち込むのはよくありませんね。戦術ですよ、戦術。それでもよければ、なんでも言ってください」


 『先代のお役目を担ったレイネス・バルトマンが大領主様から寵愛を受けて生まれた喜ぶべきバルトマン家の末裔』?

 そんなもの、家の事情でしかない。

 綺麗に言い繕っても、相手がどんなに高貴だろうと、女の従者にとって『主人からの強引な手付け』というのは相手に心底惚れてでもいない限り、恐怖であり屈辱だ。それが愛人にすらなれないただの『気まぐれ』だったとしたら容易に耐えられるものではない。

 私がそうなったとしたら、父親が見向きもせず愛しもしない子供を、自分一人で真っ直ぐに愛せる自信はない。


 先代の大領主様が使用人に手を付けて生まれたというだけで、どれだけ肩身の狭い思いをしたか、噂を聞くだけでわかった。


 押し潰されるような環境と歪な期待の中、お二人が亡くなられた『母親』からどのような育て方をされていたか、見ただけでわかった。


 本当は、バルトマン家に身を寄せることすら躊躇っていた……けれど、他にどうしようもなくて門戸を叩いたであろうことなんて、語られなくても察せた。


 立場が弱く、その生まれに不満でも洩らそうものなら『寵愛を与えた大領主様への恩知らずな言葉』と言われて攻撃材料にされかねない、文句も言えない境遇。

 それに……


「ええ、わかっています。私たちは従姉妹ですが、本当は『血縁のない関係』であることも。あなた方が唯一頼ることのできた我が家さえ、本当は薄氷の上だったことも」


 私の母の世代、姉妹であった私の母とライエル様、リィエル様の母が子供の頃に何かがあった。

 おそらくは、お二人の母……レイネス様、『レイネス・バルトマン』という一人の女性の同一性について、何かが起きたのでしょう。


 私が気付いたのは、お二人とその母の指の形……指紋が、バルトマン家に色濃く遺伝する特徴を全く持っていないことくらい。遺品を調べてみたけれど、『レイネス・バルトマン』という女性はある時期から指紋が大きく違っていることからすると、幼少の頃は間違いなく私の伯母にあたる人物だった時期があるのだろう。それが、どこかで別の誰か、バルトマン家の血縁者ではない少女とすり替わった。

 気付いたのは私だけだったようだけれど、どこから洩れてもお二人の立場が危なくなるため口に出したことはない。


 ライエル様が大領主になった後も……関係が壊れるのが嫌で、口にしなかったことだ。

 けれど、ライエル様とリィエル様がどこかでそれを知ったことは何となく態度でわかっている。


「私も長年の秘密を明かしたのです、今度こそ腹を割って話しましょう。さあ、何が『どうして』なのですか? あなたは何をそんなに怒っているのです」


 攻撃を避け、精霊のサポートを受けながら屋根を渡り付かず離れずの距離を取る。

 自壊を気にせず狂乱状態で暴れている今は下手に動きを押さえると自分で自分の手足を折りかねない。拳を砕かせたりしないよう、外れた攻撃が石壁などに当たらないように受け流し続ける。


「どうして……どうして……ライエルだけ……」


 乱れるリィエル様の眦には……光る滴が浮かんでいた。


「どうして……母さんの笑顔を……知ってるの……」


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