第249話 蓬と小さな騎士➁
side 日暮蓬
テーレさんは、作業台の上の『折り紙の騎士』を一通り調べ終えて、小さく息をついた。
「間違いないわ。これ、転生者が能力で作った神器の一種……それも、珍しい『生きた神器』ってタイプね」
隠れ家の屋敷の中、テーレさん専用の工房になっている部屋で魔法陣の上に乗せられた小さな騎士は、まるで長い逃亡生活で疲れ果てたかのように眠っているように見える。
さっきまでは単なる魔法のおもちゃかと思っていたけど、よくよく見れば確かに眠っているはずなのに時折見せる細かな動きからは『生命』が感じられる。
「転生者の能力ってことは……もしかして、この隠れ家を探すために『研究施設』が?」
「いいえ。私もそれは考えたけど、蓬の見た双子の天使……『スプラ』と『ヒルト』のことを考えたら、明らかに別件だと見ていいでしょうね。全く、あいつらから逃げてきて偶然でここに飛んでくるなんて、私の経験的にも中々ないことよ」
そう言ってため息をつくテーレさん。
狂信者さんからテーレさんが不幸を集めやすい体質だっていうのは聞いてるけど、そのテーレさんにしてもこれはかなりのレアケースらしい。
「双子の天使って……やっぱり天使だったんだ。見た目でそれっぽい気はしてたけど」
「そう。それも、私みたいに人間体の制限が付いてない天界業務で動いてる状態……その任務は、状況から見て十中八九『神器の回収』よ。転生者に手出しするのはダメだから一旦退いたんだろうけど、こいつがいる限り絶対にまた来るわ」
「それって、つまり……」
狂信者さんと馬車の中で話してたときに、テーレさんについての話で『天使』の仕事について聞いた憶えがある。
『天使』の主な仕事は、人知れず悪霊や悪魔になりつつある魂を浄化すること……そして、時々見つかるという『未回収の神器』を天界へ持ち帰ること。
『神器』というのはその名の通りに天界の神様が作ったアイテムで、天界が転生者というシステムを使うようになるまでは地上の人間に恩恵として与えられることがあったらしいけど、あまりに悪用されることが多かったせいでほぼ廃止されたらしい。
けど、アイテムの代わりに転生者が送られてくるようになった今でも生まれる『神器』がある。
それが、転生者に与えられた転生特典の武器だったり、アトリさんみたいな『物を作るタイプ』の転生者が作り出した特殊なアイテム……だけど、それが天界から『回収』されるのは……
「……ハッキリ言うわ。こいつの作り手はもう死んでる。転生者の命と引き換えに作るような特殊なものじゃなければ、転生特典の力が残留してる物品は『未回収の神器』として扱われて、基本的には担当神の眷族に回収されることになるわ」
「じゃあ、さっきの天使二人は……」
「スプラとヒルト、あの二人は確か『美の女神』の派閥の『建築神』の所に所属してたわね。三大女神やディーレ様ほどの神格はないけど、一応はれっきとした神の直属天使よ。あいつら素行も性格も悪いからそうは見えなかっただろうけど、一応は真面目に仕事としてこいつを捕まえようとしてたわけ」
頭の輪とか背中の翼とかを見て、そんな気はしてた。
けど、なんか私をオモチャにするとか言ってたし……
「全然真面目には見えなかったけど」
「あいつらは根が不真面目なのよ。現世任務中に地上の人間に『仕事の邪魔をした』って難癖を付けて遊んだりとかってのが目立つくらいに。こいつがここまで逃げてこられたのも、楽な仕事が終わらないようにわざと追い回して楽しんでたんでしょうね。まさか、自分たちが手出しできない転生者の所に逃げ込まれるなんて思わなかっただろうけど」
これも、狂信者さんから聞いた話。
この世界の天使は、テーレさんみたいに転生特典の従者として降りてきたりしていない限りは転生者に過度に干渉できないことになっているらしい。つまり、私が転生者じゃなくて普通に喋る折り紙を見つけた町娘とかだったらあのまま『オモチャ』にされていたということだろう。
「天使って相手がこの世界の人ならそんな好き勝手していいの?」
「いいえ、普通はダメよ。けど、あいつらは建築神の眷属として、二人合わせて『再構築』の権能を持ってる。スプラの金槌で変化させたものをヒルトの木槌で直すと、変化前の欠陥とか持病とかが消えるっていうね。そのおかげで、人間を黄金像に変えようが粘土にして怯えさせようが最終的に直しておけば『現世の人間に祝福を与える過程で対象が勝手にビックリしただけ』って言い訳ができちゃうのよ。天使との接触についての記憶は光輪の機能で消せるし、結果的には二人がちょっと仕事を楽しんだだけで誰も嫌なことは憶えてないってわけよ」
「やだ、なにそれたち悪い」
「そう、たちが悪いのよあいつら。オマケに美の女神の派閥だからってディーレ様のこと馬鹿にしてる虎の威を借る狐だし。脳筋の単純思考だから天界では悪魔退治の模擬戦で散々罠に嵌めてやったわけだけど……この屋敷をよく観察していれば私の気配に気付いてもおかしくないし、この機になんかの形で仕返ししてくるかも」
理屈としては、テーレさんも狂信者さんという転生者の従者なのだからあちらから手出しはできないはずだ。
けど、テーレさんの表情を見るに、楽観視はできない相手らしい。直接危害を加えられなくても、何かを仕掛けることはできる……少なくともテーレさんには、既にその方法のいくつかは思い浮かんでいるのかもしれない。
「一番簡単なのは、私がこいつを天界に送還してやること。マスターがいないから儀式に多少の時間はかかるけど、そうすればあっちがこの屋敷に構う口実もなくなる。まあ、いっそのこと素直に引き渡すのもありと言えばありなんだけど……担当神とは無関係な私が送還すればあの二人の面子は丸潰れになるし、私が処理すれば蓬にも確実に『奉納者』の称号が与えられる。戦力の充実にはそれがおすすめだけど……」
テーレさんがそう提案したところで……
「待って…………ほしいので、あります」
作業台の上、折り紙の騎士が身を起こして、そう言った。
私たちに向けて、請願するように頭を垂れて、真剣な声音で。
「拙者の命を差し出すことは構わないのであります。しかし、その前にどうしても……拙者には主君から与えられた使命があるのであります。どうか、それだけは果たさせてほしいのであります」
その様子を見て、小さく嘆息するテーレさん。
目覚めているのがわかっていてさっきのような話をしていたのか、躊躇いなく厳しい言葉を投げかける。
「あんたを作った『主君』は死んでるわよ。それでもその使命なんてものを果たすつもりなの? そのボロボロの身体で」
「もちろんであります! だからどうか! こんな身で何もお返しできないことはわかっているのであります! けれど、恥を忍んでお願い申し上げるのであります! 拙者の使命に協力してほしいのであります!」
小さな騎士は、両手を作業台の天板について土下座をした。
激しく動けば崩れてしまいそうなほどボロボロの身体で、私たちに……私に向かって。
「……あんたを拾ったのは私じゃなくて蓬よ。任せるわ」
「え……いいの?」
「素性の知れない折り紙の頼みなんて突っぱねてもよし、まずは話だけでも聞いてみるもよし。私は面倒ごとを好き好んで引き受ける義理はないと思うけど、善意の女神の眷属として助けたいと思うんならそれを否定する立場でもない。何より『マスターならこうする』みたいなことを押しつける気もないわ。私やアトリに判断を投げるって言うんならそれもまた選択だけどね」
その口調は、私にこの件に関わった責任を取れと言っているようには聞こえない。
私の意思を尊重してくれている。
最初に神器を拾った者として……いや、『彼』と出会った人間として。知り合った人の頼みを聞くかどうかを、私に任せてくれている。
それなら、私は……
「わかった……折り紙さん、あなたのことを教えて。何かを手伝うにしても、知らないと何もできないから」
まず、ちゃんと『知り合い』になる。
ちゃんと考えて決めるために、相手のことをちゃんと知る。それが最低限必要なことだと思ったから。
「私は日暮蓬。あなたのことを教えてくれる?」
side ???
昔々……と言うほど昔でもない、つい最近の話。
あるところに、一人の転生者がいた。
彼には子供の頃から胸に秘めた夢があった。
『巨大ロボットを造りたい』
幼い頃、テレビ画面の向こうで巨大化怪人と戦う正義の味方の合体ロボットが、彼の心に強く刻まれた憧憬の的だった。
成長するにつれ、現実を知るにつれ、その夢は大きな声で言えないものとなり、彼が設計の道を進んだ後もその動機として語られることはなかったが、彼の心の中ではいつでもその夢が熱を持っていた。
そして、それは彼が不幸にも事故で命を落としたその瞬間ですら変わることのないものだった。
そんな彼の魂が建築神に拾われ、転生特典として『設計したものが命を持つ』という能力を手にしたのは必然と言えば必然だった。
けれど、転生した彼は最期まで『巨大ロボット』を造ることはなかった。
それは、夢が叶うべくもない不相応なものだったから……ではない。
彼は転生した世界で愛すべき女性を見つけて、下町の技師として地味であるが確かな幸せと平穏な生活を手に入れたのだ。
彼はその能力を荒事に使うことはなく、精密作業のための機械の腕や道具を作ることだけに使い、転生者として有名になることもなく妻と娘一人を守る父親としての人生を全うした。
そう……彼は、最期まで『巨大ロボット』を造ることはなかったのだ。
それは、その夢が叶うべくもないものだったからではなく……むしろ、叶えられてしまうものだったにも関わらず、彼は自分の意志で最期までその設計図に線を入れることはなかった。
彼が、その能力を嗅ぎつけた領主によって監禁され、破壊兵器の製造のためにその能力を使うことを強要されてから、檻の中で息を引き取るまで頑としてその要求に応えることはなかったのだ。
彼はその能力を家族を逃がすことだけに使い、殺人兵器には絶対に使わせなかった。従っていれば巨万の富を与えると言われても、従わなければ水も食事も与えないと脅されても、絶対に。
そんな彼が……最期まで懐に隠していた、一枚の設計図。
それは、次の娘の誕生日に贈ると約束していた彼の手作りの人形。
約束を守れないことを悟った彼は、最期にその設計図を丁寧に折り、形を作った。
その折り目こそが設計図として機能し、自ら形を変えて歩く命を持った人形として、『彼』を窓の鉄格子から押し出し、命令を与えたのだ。
「どうか、娘に届けてくれ。私はいつでも側にいる」
それから、非力で小さな『彼』の長い旅が始まった。
そして、どんな偶然か、あるいは奇縁か。
『彼』は天使に追われながらも、ここへ辿り着いた……ということらしい。
「ニャハハ……って、笑うことでもないかニャ。要するに、ワタシにその折紙騎士の設計図の通りに娘さんへの遺作を完成させろとニャ?」
「ごめんなさい、私じゃどうしても技術が足りないしテーレさんは天使対策で手が離せなくて……」
「ニャハァ……まあ、同じ『作り手』として興味が湧かないわけじゃないけどニャ。明らかに見返りのない案件……代わりの報酬はヨモギちゃんが身体で払ってくれるってことでいいかにゃ?」
「うっ……お手柔らかにお願いします」
「ニャハハ、本気みたいだニャア」
目の前で折紙騎士と一緒に頭を下げているヨモギちゃん。
ワタシに『お願い』をしたら何を要求されるかわかっていて覚悟を決めてきたあたり、天使に狙われている小さな騎士を本気で助けたいらしい。
「使命を与えられたその子はともかく、ヨモギちゃんはなんでそんなに真剣に協力する気になったのかニャ? 狂ちゃんなら理由いらないかもしれないけど、ヨモギちゃんはそこまで真面目に善人やってないニャ。そこだけ聞かせてほしいニャ」
聞く限り、確かにいい話ではある。
それこそ、狂ちゃんなら『最期まで自分の意志を貫いた見も知らぬ転生者への敬意』とか言って引き受けそうな厄介事ではあるけど、ヨモギちゃんはそこまでじゃない。
こういう言い方は聞こえが悪いかもしれないけど、この子は自分の中で『身内』だと認識した相手以外は結構どうでもいいタイプだ。それこそ、正当防衛だと思っていれば焼き殺した相手のことなんて次の日には忘れてるくらいに。
今回のことにしたって、わざわざ折紙騎士が動いている内に人形を作らなくても設計図の写しか何かを作ればいい話ではある。後はテーレか街の職人にでも頼んで、その娘さんの所へ届くように手配すればいい。
話を聞いておいて何もしないのを良心が咎めるというのならそれで十分なはず。
それをどうしても彼の目の前で完成させてあげたいというのは、そう……死にゆく彼の忠義に『誠意』を払おうとしている、そういう見方もできる。
もしそうだとすれば何がこの子の琴線に触れたのかはちょっと詳しく知りたいところ。
「えっと、理由……なんだけどね。すごい変なこと言っていいかな? 実は……」
そう言ってヨモギちゃんが口にしたのは……少し、思っていたのとは違う答えだった。
そして、それは……
「なるほどなるほど、ニャハハ。それは興味深い理由ニャ」
ワタシにちょっとやる気を出させるには十分なものだった。
実はテーレの回想にも出てきたことのある双子天使。
ちなみに名前の由来は『スクラップ・アンド・ビルド』から『スプラとヒルト』なので某人気ゲームとも北欧神話とも関係ありません。




