第246話 盗賊連合会談➄
それは決して、『生まれ持っての才能』などという綺麗なものでなく……
side ライエル
クロヌス出立の数日前のことだった。
「そういえば、何故ライエルさんは『名君』になろうとするのですか? あまり、功名心や名誉欲の強い方ではないように思うのですが」
突発的に隠れ家で流行った『アビスの箱庭』をしている最中、対戦相手をしていた狂信者がふと疑問に思ったようにそんなことを聞いてきた。
俺としては、その質問は中々に内心穏やかでいられないものであったが、表面は平静を取り繕いながら駒を動かして答える。
「何故そう思う? 俺の功名心や名誉欲が強くはないと」
「だってライエルさん、盤面の運びが病的なまでに堅実ですから。悪いことではありませんが、今回のことのように『悪の組織を倒したお手柄で一発逆転』というようなギャンブルが好きなようには思えなくて」
「それで言えば狂信者、お前は異様に功名心や名誉欲が強いことになるが。というか、なんだそのギャンブルじみた予備兵力の編成は。相性依存にも程があるぞ」
「私のは実験的な意味合いですので。ライエルさんはこういう予備兵力を見せられたら次はこれを意識した編成をしてくるか……いえ、きっと先程と変わらないバランス型なのだろうなーと」
「代わり映えのしない打ち方で悪かったな」
立ち振る舞いは繕えても盤上の打ち筋まではそう簡単にごまかせるものではない。
そこから人間性を推察されたというのは……まあ、それ以前にこの男とは同じ屋敷で生活しているのだ。城で一日の様子を隠れて見られていたこともあるというし、隠し通せることでもないだろう。
初対面の時にはなめられないようにと大物らしく見せる工夫などもしたが、こいつが俺の実体に落胆するようなタイプでないことはさすがにわかっている。
「俺が『民を苦しめる悪党を懲らしめるためだ』などと言ってみたらどう思う?」
「私は『嘘』は嫌いなので仮定の話だとしておきますが、まあ『似合わないな』と思いますね。確かにライエルさんはいい君主であるとは思いますが、そこまで正義漢というわけでもないでしょう。本当に動機がそれなら自分よりもそういった仕事に向いた人を見つけて援助に留まると思います」
「ずいぶんな評価だな」
「いえいえ、『誰かが悪を倒すことを期待して何もしない』というのならともかく、資金援助はしてくれるだろうというのはそれなりにいい評価のつもりで言っていますよ。傷付いたのなら謝りますが」
「構わん。では、そうさな……『より大きな地位と名誉を得て美女や美酒に酔いしれたいからだ』という答えはどうだ? 失望するか?」
「その方法として選ぶ手段が人を不幸にしないものであれば悪くないと思いますが、まあ『ご冗談を』というところですかね。ライエルさんがそんな人なら、この屋敷ももっと豪華に改装していますよ。メイドさんもレインさん一人ではなくもっと大勢いてもいいでしょう。リスクを下げるために質素な生活を甘んじて受け入れる実質主義なライエルさんは、財力や権力という点では今の状態でも満足しているように見えます。むしろこれ以上は面倒が増えて困るくらいに」
まあ、否定はしない。
俺は生まれのせいか幼少期の生活基準がさほど良くも悪くもなかった。安物では我慢ならんということもなし、貧乏生活の反動でやたら金を使いたがる性格になったわけでもない。権力に関しても、地方の大領主というのは人類圏の維持と開拓を進めていれば中央からはさほど口出しされないお山の大将だ。
ある意味、今のこの状態が一番性にあっていると言えばその通りだろう。
「ライエルさんは清貧の良さがわかる人だと思います。だからこそ、ああやって城を奇襲されて大きな被害を出しながらも『研究施設』から手を引こうとしないのが少々不思議に思ったのです。やろうと思えば、別の大貴族に丸投げだってできたでしょう?」
「……ああ、そうさな。だが、俺はこの案件を手放す気はない。本来は中央政府が総力を挙げて対処してもおかしくない案件が、政治的理由で本来対処すべき大御所の手から離れてこのクロヌスという田舎の領主へと押し付けられた……これは、千載一遇の好機だ。この件を解決すれば、俺は中央に対して大きな発言力を持つことができる」
「何故ですか? そこまでしてやりたい改革などがあったりとか?」
「だとしたら、ただの転生者であるお前には言えんだろう。よりにもよって、嘘も言えないお前には」
「はっはっはっ、確かにそれはごもっともです。私も隠し事はしたくない、隠さないためには元から知らないのが一番です」
「いけしゃあしゃあと、こいつ……」
駒が並び、新たなゲームが始まる。
今の所、俺がこいつに負けたことはない。
だが……
「そろそろ、本気で勝ちにきたらどうだ?」
「毎回、勝つつもりでやっているつもりですが」
「その場その場の手の選び方に関してはな。だが、陣の作りといい、予備兵力の定石のなさといい、明らかに戦法を変え続けているせいで強くならんだけだ。一つに絞ればそれなりに強くなるだろうに、そうしないのは打ち筋から本心を読まれるのを嫌ってのことか?」
「いえいえ、私はこのゲームの遊び方をいろいろと模索しているだけですよ。どんな戦法が自分にしっくりくるのかをまだ探している段階です」
「そのせいで強さが毎回違うな。まるで自分の才能を探して手当たり次第に新しい手習いに挑んでいるようだ……そう思うと、昔を思い出すな」
「昔、というとライエルさんのですか?」
「ああ。俺の母親は……まあ、世間一般から見ていい母親だとは言えなかっただろうが、俺に対しての教育の熱心さだけは世界一だったろうよ。何せ、使用人の分際で大領主の子を孕み、その子供が才覚を認められれば次の大領主を生んだ女になれたのだからな」
本当に……まるで、そうなれなければ殺されると思っているのではないかというくらいに、俺への教育は厳しく激しかった。
俺は母親の立場と知識で教えられる限りのことを幼少期から教え込まされた。
だが……
「だが、俺には何をやっても凡人を超える才能がなかった。特別な得手も不得手もなく、最初はある程度憶えが良くとも二流で止まる。一通りの武器や武術なども訓練を受けさせられたが、最近それを教え始めた荒野にはもうほとんど越されている始末だ」
「あれはあの人の戦闘センスが飛びぬけているだけでは?」
「それは言うな、この異才共。誰にでも何らかの才能はあるという理屈も聞いたことがあるが、俺に関してはそういったものはない。少なくとも、大領主の地位を得るために役立ちそうなものは皆無だった」
「ふむ……もしかしたら、ライエルさんはこの世界にはまだない概念に関しての才能を持っているのかもしれませんよ?」
「ほう?」
「こういう言い方はあまり好きではありませんが、この世界には私の前世の世界にあった多くのものがありません。まあ、逆に言えばこちらには前世の世界になかったものがいくらでもあるのですが。ライエルさんの才能がそれこそコンピューターやプログラミングなどであったならこちらの世界で表面化しないのも無理からぬこと。逆に、魔法の才能というものは私の前世ではあまり意味をなさないもの……だったかもしれません」
「ふん、話に聞いたことはあるが確かにわからんな。その手のものは触ったこともない……だが、少なくとも世間一般の評価として、俺は大領主という地位にはふさわしくないであろう凡人だ。この地位に就けてしまったのも、才覚や努力以上にただ幸運に恵まれて掠め取ったようなものだ」
「いいではありませんか。『幸運』に恵まれたということは、女神ディーレのご加護があったということ。ライエルさんの普段の行いがライエルさん自身を救ったのですよ」
「お前はそういうやつだったな……だが、多くの者はそうは思っていない。俺の兄弟姉妹の中には、俺よりもずっと優れた才の持ち主がいくらでもいた。なにより、俺の実母は先代大領主に仕えていた使用人……立場をわきまえず、先代の気まぐれで手を付けただけの卑しい生まれと言われていた。いや、今でも俺のことを気に入らない者はまず最初にそれを口にするだろう。俺の最も突きやすい、否定できない隙だ。どんなに善政を敷こうが、変わることのない事実だろう」
子供は親を選べない。
それに、生来の才能も子供が望んで得ることはない。
それを望み、叶えることができるとすればそれは親の側……そして、貴族社会というのは建前の部分もあるがそうやって『優秀な人間』が自分と同等に才覚ある人間と結びつき、その才能を保存していくためのものでもある。
そんな中に混じった卑しい生まれの人間が、明らかに才能的に劣りながら何故か本当に才能があった兄弟姉妹を出し抜いて大領主の地位を継いでしまったというのは、血統主義の貴族から見れば明らかな『間違い』と呼ぶべき案件だろう。
だからこそ……だ。
「だからこそ、俺は上を目指す。生まれつき恵まれた地位や才能にかまけたやつらを踏み越えて、上から『選ばれた人間というのはこの程度のものなのか』と言ってやる。誰も『卑しい女の腹から生まれた』などと言えないほどに……どんな者でも考えを改めなければならないと思うほどに『名君』としての名を挙げ、刻んでやる……そう言ったら、どうだ? ありきたりだろ?」
「……いいと思いますよ。とっても……素晴らしい動機だと思います。自らの人生を尽くした『才能主義』『血統主義』への反証実験なんて、並みの覚悟でできるものではありません! だというのなら、むしろ才能に偏りがなく平凡凡庸凡人凡夫だというライエルさんがその実証者にふさわしいというのも合理的を極めたものです」
「おい、さすがにそこまで自分を卑下して言った覚えはないぞ」
「いえいえ、むしろ誉め言葉ですよ。何しろライエルさんは既に、『大領主の座』という疑いようのない実験成功の証拠を持っているのですから。他の兄弟姉妹の中に才能でも血統でもライエルさんよりも優れた人がいくらでもいたというのなら、それはすなわちライエルさんがそれらの優位を覆したという事実を確固たるものとさせるべき情報になるでしょう」
「……他の者には言うなよ?」
「え、何故ですか?」
「お前のやたらと肯定する姿勢はどうにもな……お前が他のものに伝えればどんな伝わり方をするかわからん」
「そうですか……しかし、手遅れかもしれません」
「なんだと?」
狂信者の視線の先を見ると、そこには間食でも探しに来たらしき荒野が扉の前でこちらを見ていた。
いつから聞いていたのか……背けられた顔から読み取れる若干気まずそうな表情からすると、どうやら『何も聞いていない』ということはないらしい。
「あー、なんじゃあ……ライエル。いろいろと苦労してきたんじゃなぁ」
「おいこらお前ら、頼むから忘れろ。絶対に広めるなよ?」
「じゃあ、このゲームでライエルさんが勝ったら誰にも言わないと約束しましょう」
「おし、わいもそれに付き合ってやるから本気だせ狂信者。勝ったら遠慮せず暴露じゃ。こんな面白い話、秘密にしておくのはもったいないじゃろ」
「荒野! 貴様もか!?」
そのゲームにおいて俺は初めて狂信者との戦績において黒星を刻むことになった。
俺には特別な才能と呼べるものはない。
今この期に及んで、追い詰められて覚醒するようなものもない。
「ぐっ、こんだけ力集めても倒れんとかバケモンじゃな……」
「そういうそちらはよく耐えたものだ。筋もいい、十年も鍛えれば一つくらいは極みに迫れるかもしれんな」
膝をつく荒野と、傷を負いながらも揺らぐことなく立つ首領リオン。
荒野が弱かったというわけではない。
むしろ、超強化されたリオンに対して、ここまで耐え抜いたことが大健闘と言う他ないだろう。
だが、それでも目の前の相手を超えるには至らない。
「強いていうなら、これが百人単位の集団戦だったことか。これが数千単位の集団戦だったのなら、こうはいかなかっただろうがな」
荒野の能力は味方の数で強さが顕著に変わる。
首領リオンの言うとおり、これがより大規模な合戦だったのなら荒野に集まる力もより多かっただろう。
だが、そんな仮定は意味がない。重要なのは目の前の結果だけだ。
「さあ……幕を引くとしよう。もはや、指揮官を守る者はいない。降伏を受け入れてもいいが……貴族は殴れるときに殴ることに決めている。気を抜いて死ぬなよ」
俺が剣を抜こうが、到底このような規格外の存在には叶わない。俺の強さは一般兵と同等か多少上回る程度。鎧袖一触だろう。
「全く……この世界は、本当に理不尽なものだ。俺が一生努力しようが、お前のような『選ばれし者』の足下にも及ばない」
「……選ばれたくて選ばれたわけではないぞ」
「ああ、そうだろう。それもわかる、生まれたときから兄弟姉妹で殺し合うことが決まっていたからな……見る者によっては、俺もまた『選ばれた者』なのだろう。だが……それがわかった上で、嫉妬するよ」
俺には才能なんてものはない。
あるとすれば嫉妬と劣等感。何をやっても二流で成長が止まる俺には、その壁を越えるのに必要なものが見えてしまう。そして、それが自分の中にはないことを理解してしまう。
そう、俺は常にコンプレックスを感じている……城に仕えるメイドにも、一兵卒の兵士にも、街で目にする職人にも、常に嫉妬している。
「だが……こんな俺にも、できることがあるとすれば……やはり指示を出すことだろう。自分にできないことを他人にやらせる、それだけだ。軍の指揮すらも拙くてうんざりするくらいだ」
戦況は、完全に決まっている。
荒野が倒れたのは、荒野自身へのダメージばかりが問題ではない。兵たちを見れば、二十人近い特級戦力をどうにかほぼ脱落させながらも数を減らし、大きく疲弊している。
そして、あちらの本陣からは残されたまだ疲弊していない軍勢が迫っている。この首領の奇襲だけでなく、戦場全隊の戦術的にも追い詰められている。
それはつまり、俺の指揮能力の敗北を意味するのだろう。
「ミヤ婆が攻めを命じたか。守銭奴のミヤ婆からすれば、ここで『完勝』すれば金を余分にふっかけられるからな。そちらの面子は丸潰れだろうが」
「ああ、全くその通りだ。本当に……」
その瞬間、『盗賊連合』の本陣で爆発が起こる。
宙に舞うのはその占拠を示す旗。
リオンはそれを見て判定が下る前に俺へと迫ったが……それは、俺の眼前に展開されていた荒野の結界により歪められた、位置のずれた虚像を貫く。
そして……審判から『終戦』を告げる合図が発された。
「『レイン・バルトマン』。仮にも従妹だというのに、何をやっても、俺が十人いても勝てない程に上達する天才なのだから立つ瀬がないというものだ」
俺には才能はないが、この劣等感が単なる短所ではないというのなら。
他人を見てすぐに、それが自分よりどれだけ優れた才能の持ち主か、何がどこまで伸びるかがわかるこの嫉妬の瞳が人の上に立つのに有利な使い方ができるというのなら、その嫉妬心から目を逸らさず向き合うしかあるまい。
兵を百人連れて来いというのなら、どんな状況にも対応できるよう百通りの作戦を実行できる才能を揃えるしかあるまい。
俺がこの交渉のために選んだ部下の中に、俺よりも絶対的に劣る者など一人もいない。そのどれもが俺が嫉妬した俺以上の才能の持ち主……二流を超えてなんらかの一流に至る才覚の持ち主だ。
才能を見出した者にそれを学ぶ機会を与え、その技術を活かす才能を持つ者に指揮権を与える。
俺は、それ『だけ』で大領主の座を手にした男だ。何かに馬鹿みたいに秀でてそれ以外の才能を十把一絡げに『凡人』としか識別できない巨人が足下で動き回る蟻の区別が付かないのも無理はない。
戦闘の天才から見れば政治の天才も小狡いだけの『凡人』でしかなく、逆に政治の天才から見た戦闘の天才も争いにしか能のない『凡人』なのだ。
自分の道を最初から知る者には、他の道を進む者の困難を肌で知る機会などない。認識の礎となる価値観に置かれるのは自らが最も信じられる視点、自分を『価値ある者』だと認識できるその才能を軸とした世界観なのだ。
あらゆる才能を見上げることのできる者は、それらに手を伸ばしそれがいかに難しい道かを体感したことのある挫折者しかあるまい。
「『凡人』を舐めるでないぞ、この野郎」
相手が格上での無茶など嫌になるほどやり慣れておるわ、天才共が。




