第25話 少年『小柳宗太』➁
side 小柳宗太
「宗太、遊んでないで勉強しなさい」
「宗太、悪い友達とは手を切りなさい」
「小柳く~ん、ちょっと財布忘れたんだわ。少しでいいからさあ、貸してくんね?」
「小柳くん! ちょっと頼みがあるんだけど、聞いてくれるよね?」
「小柳宗太、推薦は君だけだ。学級委員、しっかり頼むぞ」
「小柳さあ、うぜえから口出しすんのやめてくんない? 俺たちは楽しくやってるだけだしよ」
「小柳さん、早く能力を使ってくださいよ」
うるさい……僕の名前を呼ぶな。
僕に、命令するな。
いつもそうだ。
僕の名前が呼ばれるのは、誰かが何かをさせようとする時だけだ。
いつもいつもいつもいつもいつもいつもいつもいつも……どいつもこいつも、馬鹿ばっかりなくせに。
どうして僕が従わなきゃならない。
どうして僕は従ってる?
頼んでもないのにこの世に産んだ恩を着せて。
仲良くもないのに、暴力をちらつかせて仲のいいふりをさせて。
断って騒ぎ立てれば周りが当たり前に味方する女って立場を利用して。
ふざけんな。
僕は僕自身のものだ。俺はおまえらのものなんかじゃない。
いつかは見返してやろうと思ってた。
馬鹿どもに成績だけは負けないように必死に勉強した……それなのに、突然理不尽に死んだ。学校や塾なんかで勉強してきたことなんて意味のないこんな世界に放り込まれた。
ならせめて、これからの人生は好き勝手に生きていいだろ!
こんな能力まで与えられたのはそういうことだろ!
それなのにどいつもこいつも!
この世界でも僕を、俺を、支配しようとするな!
『殺せ! こいつらを全員殺せ!』
『そうだ、殺すんだ! 殺せば俺を支配しようとするやつはいなくなる!』
『殺せ! 皆殺しだ!』
side 狂信者
さて、これは困ったことになりましたね。
「うおわっ! あぶっな!」
先程まで優勢に戦っていたアーリンさんが冒険者二人に押されてこちらに飛んできました。
洗脳が解けた盗賊の方々も不利になってきている様子です。
「ちょ、狂信者! これどうなってんの! 作戦通りにあいつの喉潰したんでしょ!?」
「はあ、それ自体には成功したのですが……」
『殺せ殺せ殺せ! 身体が壊れるくらいに暴れろ! 死んでも殺せ! 全員ぶっ殺せ!!!』
「音の魔法……ですね。先程までは口にした声を特定の相手に届けるか、意味を込めない大音量を出す、あるいは特定の相手の周りの音を遮断するといった単純なものでしたが……今は、大気を振るわせて喉を使わずに自身の声を合成していますね。大したものです」
辛うじて聞こえた彼自身の口から出た『命令』は自分自身を対象としたものでした。
これは予想外です。
『命令』で全力を発揮するように強制することで、集中力を無理やり底上げして魔法の出力と精度を上げています。しかも、それは他人へ向けての命令の強制力をも強化している様子。
おかげで自身の肉体が壊れるのも厭わないいわゆる火事場の馬鹿力で暴れているため、固まっていた形勢が覆されつつあります。
「しかし、あの能力はかけられた者が自主的に解くことはできない、というより解く気にならない類の能力だと思いますが、彼は私たちを殺しつくした後は出遭う人間全てを殺し続けるつもりでしょうか。ここで止められなければ少なくともこの街は全滅でしょうね」
「たくっ! こんなことなら不意打ちで殺せるときに殺しておくんだった!」
実際、アーリンさんならできたのでしょう。
私がテーレさんを確実に取り戻すために手加減を頼んだのですが、これは想定外です。
『バリアン・クレバール! 降りて来い! 俺を守りながらやつらを殺せ!』
盗賊の方々と戦っていた盗賊の一人、それも元々の体格がおそらく最も大きかった男性が、まるで赤鬼のように真っ赤になりながら身体をさらに膨らませ、二階の高さから楽に着地します。
「グルォォオォオ」
「彼は大鬼の血でも引いているのでしょうか。肉体が変異し始めているように見えますが……」
「いや、多分純正の人間だと思う。だけど、魔力の過剰吸収で魂の歪みが肉体に影響してきてる。さすがは盗賊団のボス、普通に冒険者やっても一流の戦士になれる才能あるよあれ」
もはや身長が3mを超えてもはやちょっとした怪物のような姿になった盗賊団のボス……バリアン氏が、腰の剣を抜きます。
そして、その傍らに小柳くんの取り巻きの魔術師、騎士、聖職者の女性三人が集まり、簡易な陣形を取ります。
魔術師の女性冒険者はアーリンさんに殴りつけられ気絶していたはずですが、はっきりとしない表情のままフラフラと立っています。
「『死んでも殺せ』という命令が自身への負担を無視した行動を強制しているようですね。できれば操られているだけの方は傷つけたくはありませんが、これでは物理的に行動不能になるまで立ち上がりそうです」
「面倒だね。もういっそ殺して楽にしちゃった方が楽じゃない?」
「いえ、できれば短時間でも動きを止めていただきたいです。そうすれば呪紋を刻んで無力化できますから……というか、アーリンさんも呪紋を使えばいいのでは?」
「言っておくけどあれそんな簡単に解けるやつじゃないから! 私がやっても三重くらいにしないと止まらないよ!」
おや、いつの間にか師の技を超えてしまっていたご様子。
まあ、一つの技だけですし、直接戦闘を主体としているアーリンさんなら戦闘前の準備段階で万全にできる程度の練度で十分なのでしょう。
しかし、このような戦闘中で相手に刻まなければならない状況では三重の呪紋は難易度が高いでしょう。
「では、アーリンさんは彼らの動きを止めてください。私はルーンを刻むのに専念しましょう」
指先に魔力を集中させ、実体のない火を灯します。
【点火】という最も簡単な基礎として教わった魔法ですが、物理的な殺傷力はなくとも触れた相手に高熱を感じさせることができるこの火は、相手を傷付けることなく錯覚による軽度の火傷で呪紋を刻むのに丁度いいのです。
慣れてはきましたが、自分自身の指が非常に熱く感じるのが欠点ですか。
「いや何それ。教えた憶えないんだけどその技」
「いえ、少し出力を上げているだけで最初に教えてもらった指に火を灯す魔法ですよ。アーリンさんのレッスンで全身火傷しかけた時に思いつきました。錯覚の熱でも過去のトラウマなどにより火傷や蚯蚓腫れができるというのは有名な話ですが、これならトラウマなどなくても、たとえ服の上からでも痕がつけられます」
「いや、それ普通は少し温かいだけで火傷はしないから」
もしや私は才能がないのかもしれません。
細かな出力調節はまだ苦手です。
「でも、流石に至近距離でしか使えないよねそれ。多分、普通に近付いたら危ない感じ?」
「はい、他の盗賊の方は煙の中でこっそりと刻めましたが、真正面から行けば描ききる前にバッサリ斬られますね。こちらも死ぬ気でやればカウンターで描けそうではありますが」
実際、彼らもそれを警戒して攻め込んで来れないようです。
死ぬのは怖くなくても、偽りの愛を失う方が怖いのかもしれませんね。致命傷を受けても『相手を殺す』という命令は実行できますが、呪紋を刻まれては実行不可能になりますしね。
「私が一人押さえても、描いてる間に他の三人にやられるってことね。じゃあどうすんの。私、作戦考えるの苦手なんだけど」
「そうですねえ……では、鎧の女性を最初に行動不能にしてください。流石にあれは呪紋を刻むのが難しそうなので。他は何とかしてみます」
「何とかってなによ」
「彼らも知能がないわけではないので口にするのは少々はばかられます。とにかく、鎧の方をお願いします」
「あいよ、わかった!」
アーリンさんはかなり直感的なご様子。返答を聞くやすぐに飛び込んでいきました。しかも、走り出しながら自信に身体能力強化の魔法をかけてどんどん加速していきます。
そして、虚を突かれたのは敵陣の方々。鎧の騎士を狙いに来たと見せかけたフェイントの一撃……に見せかけた本命の大打撃が、腰の鎧のつなぎ目に痛烈にヒットしました。
「ぐあっ!?」
「背骨折ったから、誰かに治癒してもらわないとしばらく動けないよ」
「了解です」
私も、このチャンスを逃すわけにはいきません。
しかし、さすがに呪紋を一筆描けるほどの隙はありませんね。とっさに跳び下がるクレバール氏に遅れた二人は視線をこちらに向けてきます。
しかし、アーリンさんが跳ね飛ばした騎士に目が向けられた一瞬があれば、近寄って触れるだけなら十分です。
「失礼、タッチです」
「っ!?」「な!?」
場所を選んでいる暇がなかったので、皮膚が露出していた腕と胸元に掌を押し付けました。
後は、指先に火を灯すのと同じ要領で着火するだけです……私の両手に描いておいた、呪紋の形の火傷に。
「キャァア!」
「アッヅヅ!」
火を灯す魔法はその箇所に意識さえ集中できれば全身どこからでも発動可能な魔法です。魔力を集中するだけですから。
そして、呪紋は魔法を発動させるための記号のようなもの。
熟練すれば図を引かなくてもその順路に正確に魔力を流せるそうですが、まだ私はそこまではできないので図形が必要なのですがね。
別に、図形さえあればそれを書き順に沿ってなぞる必要はありません。
他の方には指で描きながら魔力を流させていただきましたが、今回はスタンプのように図を一度に刻んでから魔力を通させていただきました。
アーリンさんと会話しながら、敵の能力が魔眼などだったときのためにギルドで失敬して袖口に仕込んであった鏡の破片で傷をつけるのは地味に大変でしたがね。
洗脳の解けたお二人は、アーリンさんとの戦闘のために限界を超えた動きをしていた反動か倒れて気絶してしまいました。
これで残るは盗賊団の首領、クレバール氏だけです。
「さて……アーリンさん、彼の相手をお任せしても?」
「……え?」
「私は元を断ってきます。奥の手も使ってしまったので、恐らくはもう触れることすらさせてもらえないと思いますし。あと、おそらくあのパワーで殴られたら私一撃で死にますので。千切れ飛びますので」
「……ま、できなくはないよ。つまり、足止めできればそれでいいんだね?」
「はい、私が小柳さんの所まで行くのを邪魔されなければ」
「まったく……転生者はどいつもこいつも人使いが荒いのかしら」
「返す言葉もございません」
文句を言いながらもこちらの作戦に乗ってくれるアーリンさん、本当にいい人です。
お礼は高く付きそうですが、今は借りまくるとしましょう。
side アーリン
最初は正直、共倒れになってくれればいいと思っていた。
転生者が現れる気配があるっていうのは、一部の異名持ちの間では噂されていたし、派手に動いているやつとそうじゃないやつがいるっていうのもなんとなくわかっていた。
正直に言えば、転生者と会ったら過程はどうあれ殺すつもりだったし、迷うことも変えることもないと思っていた。
なのにこんなことになってるのは、あの瞬間、そんな気分じゃなくなってしまったからだ。
「転生者は……やっぱりこうじゃなきゃ」
悪い人間ばかりだと聞かされていた。
実際、二番目に会ったやつは最低だった。変装して操られてる女のふりをしてたけど、あれはひどかった。
少なくとも私はあんな器の小さな男に欲情しない。正直、何度か隙を狙って首をへし折ってやろうかと思った。わりと本気で。
多分、会った順番が違ったなら『ドゲザ』されても殺してたと思う。
「あんたも、先に狂信者と会えばよかったのに」
誠心誠意の謝罪なんて予想してなかった。
まさか、本当に胸がすっとするなんて思わなかった。
それと同時に、私が見たかったのはあれだと感じた。
私は、転生者をぶちのめして、屈伏させて、跪かせてやるつもりだった。でも、多分本当にそうしていてもあそこまですっとすることはなかったと思う。
毒気を抜かれてしまったのは、あの謝罪が本物だったから。そして、彼が私の怒りに『共感』していたから。
あいつは私に頭を下げながら、私の先祖を襲った転生者達に本気で怒りを感じていた。
だからこそ、私の行き場のない怒りを救おうとして、頭を下げていた。本人達がもう謝罪なんてできないから、代わりに罪を贖った。
魂の動きを見れば、ただ生き延びるために謝る演技をしているのか、本当に心を込めているのかくらいは見分けがつく。あれは本心だった。
彼は身勝手な転生者に、本気で怒りを感じ、その行いを同じ転生者として恥じていた。
『狂信者』を名乗り信仰に殉じる者として、信仰を踏みにじられたドルイドの私たちに本気で頭を下げていた。
私は直感した。
この人間とは『敵じゃない何か』になれる。
今はまだ弱くて、世間知らずで、頼られてばかりだけれど……彼が強くなれば、いつかきっと、この世界の何かを変える。他の転生者とは違う形で、大きな変化のきっかけになる。
だからこそ、この縁は決して逃したくない。
そして……
「悪いけど、できるだけ苦戦して恩を売りたいんだよね。だから……バリアン・クレバール。あなたを『無傷』で捕まえることにするわ。それが一番手間がかかりそうだから」
私が転生者を探すもう一つの目的のために。
いつか、彼が十分に強くなった時、私の探し求める最高の強敵として相対するときのために。




