第236話 修道女不審死事件④
side ラクタ
にいちゃんの言いつけ通りに修道女のねえちゃんやらオバサンやらの話を真面目に聞いて、思ったことがある。
やっぱり、オレには修道女とか似合わねえ!
出してくれた茶菓子とかはうまかったけどな!
そもそも、文字すらまだ苦手なオレが学院なんかに行けたのは戦士職の才能のおかげだってのに、そのオレにこんな隠居生活みたいなことさせて何になるんだって話だ。
学院での課題ってことだけど、それにしたってわざわざ護衛に冒険者のにいちゃんを呼んだりあのドレイクって役人と一緒に来る必要はねえ。
だったら、そもそもなんでにいちゃんやら役人やらがここに本当の理由も言わずに来たか……オレにはわかってんだぜ。
ズバリ、本当の理由を言えねえやましいこと……つまり、盗み以外にねえだろ!
何せ来る途中で聞いちまったんだぜ……にいちゃんとあの役人が、一緒に隠れて怪しいもんを探すとかっていう算段を立ててるのを。
役人がいて、なんかを探してて、しかもコソコソしなきゃならねえ……そんでもって、この修道院に怪しいもんがある。
わかっちまったっぜ……この修道院は『ダツゼイ』してるんだってな!
そんでもって、あの役人はそれをにいちゃんと一緒にこっそり盗んで自分のもんにしようとしてるに違いねえ。ダツゼイして貯めた金は盗まれても何も言わねえって父ちゃんの友達が教えてくれたからな。
にいちゃんとオレを一緒に連れてきたのは、にいちゃんのワルの才能とオレの盗みの才能を見込んでのことだぜ。
にいちゃんがいれば、もし盗みがバレても火事にしてウヤムヤにしちまえるからな!
まだオレに盗みのことを話してないのは、きっと『作戦』ってやつだ。
『敵を倒すにはまず味方から』だったか? オレが何も知らずに大人しく説明を聞いてれば何か盗まれるとは思わずに大事なものの場所とかも教えてくれるかもしれねえしな! あ、味方倒しちゃダメじゃね?
とにかくだ、ちょっと退屈だったけど、頑張って説明聞いたら案の定だぜ。
『絶対に近づいちゃいけない場所』とか、もうなんか隠してるって言ってるようなもんだろ。
用を足すって言ってこっそり抜け出して、宿舎の奥の『入るな』って意味で結ばれた目印の縄をくぐって、いくつかある最近使われてないらしい部屋に忍び込む。
この前まで使われてたみたいだけど、なんでか放置されてるらしい。
曰く付きだか事故物件だか知らねえけど、こういう場所は物を隠すのに好都合なんだ。
オレ知ってんだぜ、だってそういう噂を流しておけば無関係な奴らやら自分が大事な役人やらは近づかねえし、噂を流した側のやつからしてみればどんな不気味な話もただのデマだからな。
ま、部屋の主が出て行ったか何だか知らないが、それはそれで何かなくなってても誰もわかんねえしな。目立つもんならまだしも、隠されてるもんとか盗られてもオレが持ち歩いてても本人が見ない限りわからねえしな。
ラタ市じゃ基本やってたのはスリだったけど、どうしてもいい獲物がいなくて飢え死にしそうになったときは空き巣やらもやって生きてきたからな。新人冒険者とかは結構不用心だったりすんだぜ。
人が他人に見つかりたくないものをどこに隠すか、そういうのは結構決まってんだ。
あんまり出すのに手間がかかると痕跡が残るし、自分がそれを出して確かめたい時に面倒くさい。それと、自分の近くにあるってだけで見えなくても安心できる。
鍵穴でもあればめっけもんだ。そこらの鍵なら簡単に開けるぜ。
「さーて、お宝お宝……にいちゃんたちが盗む前にちょろまかした分はオレがもらってもいいよなー……ん? なんだこれ?」
ベッドの下の隙間を手で探っていると、さっそく何かにぶち当たる。
こんな簡単な場所にあるもんじゃ大したことはないものかもしれねえけど……なんかの封筒に入ってるな。なら、それだけ大事なものってことだ。
引っ張り出してみると、その表に書かれてたのは……
「えっと……これ、なんて読むんだ?」
……しまった、字体が崩れすぎてて読めねーやこれ。
にいちゃんの言ったとおり、盗みをするにも勉強って大事だよな、まったく。
side ドレイク
情報整理と称して狂信者が書いた白線の隣に……ご丁寧に俺が書き加えるために空けてあったらしきスペースに、新しい文字を付け加える。ここまでがわかっている情報の列挙だとすれば、ここからは情報の発展だ。
この修道院で起きた三人の修道女の不審死において、一番に考えるべきは『誰がやったのか』だ。
どうやってやったか、いつやったか、どうしてやったか、そんなものは『犯人』が見つかった後から聞き出せばはっきりする。修道女の不審死が『同一犯』のものなら、事件の一つでも解ければそいつから他の殺しについても聞き出せばいい。中央に戻って『専門家』に任せれば心内くらいはすぐに割れる。
それで別の犯人がいたならそれはそれ、他のやつに引き継げばいい。
俺にとっての最重要案件は、一人でも容疑者を持ち帰ること……もっと言えば、このいけ好かない転生者のいう所の『修道女B』についての犯人を挙げることだ。
「一人目……死人の名前をろくに覚えられなそうなオマエのために修道女Aと呼んでやるが、こいつに関してはやろうと思えば誰でもできる。それほど流れの激しくない川辺ならなんかに乗せた死体を運ぶのは難しくねえし、最後に目撃されてから死体が見つかるまでの時間も十分に長い。修道女全員、その間ずっと閉じこもっていたやつもいねえし、服を着た女を川に突き落とすだけで事足りる。事件から時間も経ちすぎてて『こいつだ』と断定できる証拠もない」
「対して、修道女Cさんに関しても長らく病気で臥せっていたとされていて、毒というのも運び込む水や食事に混ぜれば他の人物が誤飲誤食服毒発症する危険もありませんからね。やろうと思えばちょっと何か……それこそ静電気や虫でびっくりさせるような簡単な仕掛けでも止めを刺せてしまうかもしれません。その証拠も回収することは難しくない。残るは、第二の犠牲者Bさんであると」
「……少なくとも、明確に死亡のタイミングがわかるのはこいつだけだ。オマエには何も期待なんてしてねえが、この件の犯人が分かったってんなら聞いてやるよ」
修道女Bは階段を上がっている間に死んだ。
直前に、隔離されていた宿舎一階の端、隣部屋の修道女Cが部屋の前を通る姿を見たという証言が取れている。
目的としては、おそらく部屋にまともに開く窓がなかったために、二階の窓から外の風を浴びようとしたのだと思われている。隔離スペースと宿舎の構造的な話だ。
下階の外窓は開いていると修道女が部屋を抜け出すのに使うことがあるから小さくしか開かないようになっている。
だが、風を浴びることは叶わなかった。
修道女Bは、階段の中程で突然死を遂げ、その落下音が派手に響いたことで近くにいて驚いた修道女二人が急いで修道院長に報告。修道院長がその二人と同時に様子を見に来て、その死体を確認した。
一階側は修道女Cの部屋の前を通らなければ階段へは行けず、二階側はその時修道女二人の目があった。そして、どちらも怪しい人間が通ったというのを認識していない。修道女Cの方に関しては床の軋みがあって扉の小窓から見えないように屈んで通っても気付かれないのは難しい。
……まあ、俺みたいな特殊な訓練を受けた工作員やらスカウト系の冒険者なら話は別だが、その時点でそう言った人間が修道院にいた記録はない。
「ふむ、聞く限りでは隔離というのはそれなりに徹底されていたようですね。音がしたにも関わらずすぐに助けに行かず修道院長に許可を求めてから入っているとは。当時はお二人の衰弱は病気と考えられていたのでしたっけ? まあ、感染症を警戒するなら接触者を限定して万一の拡大を防ぐのは適切な対処と言えますが」
「ああ、医者を呼んでいる最中だった。この狭い修道院、応急手当ならともかく専門の知識を持つ医術者を常駐させているわけでもない。いや……いたにはいたが……」
「いたが、その時点では配備されていなかった……ああ、なるほど。Aさんが一番の医術知識保有者であったのですか。一番に回復役が落ちてしまうと悲惨なものですね、いえ、彼女が無事であっても手の施しようはなかったかもしれませんが」
「毒を盛った側からすれば、そこが狙い目だった可能性はある。あるいは、逆にそのために先に修道女Aを始末したとかな」
「何か待ち合わせなどを行い、Aさんを下流に呼び出した上で罠にかけて溺死させ、事故死に見せかけるためそれを元の場所まで運ぼうとしてうっかり罠よりも上流へ持ってきてしまった。いえ、逆に上流で罠にかけて、死体はそのまま流れていくだろうと思ったら魚取りの罠より上流で引っかかってしまい、それが誤算となった。アリバイトリックの失敗の結果がAさんの死体の場所の謎に繋がっているやもしれませんねえ」
「おい、そんな誰でもできる修道女Aの殺人はどうでもいい。問題は修道女Bだ、オマエはどうやって殺したと考えてる?」
「そうですね。毒が致死量以上であったなら、ゼラチンやカプセルを作って消化中に内側の毒物が流出して時間差で、というのが定番なのですが、毒が微量というのが難点です。むしろ毒が見つからず詳しく調べてもいないというのならその可能性をもっと深掘りしてもいいのですが」
「……オマエが考えてるやつかどうかは知らないが、『テトロドトキシン』……オマエらが言うところの『フグ毒』と『毒草』の中和を利用した時間差致死やら死後に検出されにくい毒やらに関しても一通り調べられている。その上での検死結果だ」
「ほう、フグ毒とトリカブトを同時に使った場合の結果まで考慮されているとは、失礼。この世界の検死技術をちょっと甘く見ていました」
「テメエら転生者の中には『知ってる化学物質を創造する』なんてやつらもいるからな。分析技術が雑なままじゃそいつらが完全犯罪し放題になんだろうが」
「それはごもっとも。では、とりあえず直接の死因として毒物は一度考慮から外すことにしましょう。ドレイクさんの言葉を信用して」
ハッ、俺の言葉を『信用』と来たか。
転生者にいいようにさせないために確立された技術が転生者の推理に利用されるとは皮肉な話だ。腹が立つのが、それを皮肉で言ってる俺の言葉をすんなり受け流して利用する気でいるこいつの態度だがな。
「しかし、そうなると直接手を出さないで即死させるというのは結構な難易度になりますね。やりやすいのは階段に電気的トラップを仕掛けておいてのショック死辺りですが、この修道院は電源の類がないようですし。もはやファンタジーというか、呪殺の類…………あっ」
指をパチンと鳴らしながら、そこに幻炎を発生させる狂信者。
魔力希薄なせいか幻炎はすぐに空中に霧散するように消えるが、今のに何の意味があったんだよ……まさか、転生者が言うところの『マンガ的表現』とやらのセルフか。電球の代わりかそれ。いらねえんだよそういうの。
「あー、しかしだとすると、えー……いえ、一応考慮しておくべき可能性ですか。そうなると…………あの、ドレイクさん?」
「あ? なんだよ、もったいぶらずに早く言え。なんか思いついたんだろ」
「まあ、はい。すごく根本的なことと言いますか、認識を一致させておくべきことであると思うのですが」
回りくどく、外堀を埋めるように言葉を選んでいる気配がある。こいつは噓をつかないとよく言っているらしいが、その分だけどうやって本当のことを言わないように話せるか言葉を選ぶように。
そして、狂信者はその笑みに苦笑に近いものを混ぜながら、首を傾げて言った。
「これ……その『犯人さん』が既にこの世にいない場合、どうしたらいいんでしょうか? ドレイクさん、もしかして立場的に誰かを捕まえないと困ったりします?」
実を言えば、俺は修道院に足を踏み入れる前にこの事件の犯人にはほぼ見当を付けている。
というよりも、ここに来て修道院を一通り見て回れば『犯人』を特定できる自信がある。だが、転生者まで巻き込んで入念に捜査やら推理やらをやろうというのは対外的な問題のためだ。
こいつの言うところの修道女B、二人目の死者はそれなりに有力な中央貴族の娘だ。政略結婚での価値を上げるため、身を清く保たせるためにどこぞの男に引っかかる可能性のある学院ではなくこの修道院に住まわせていた。本来ここは、その正確な場所を知る人間がそもそもかなり少ない、安全な修養施設なはずだった。
だが、貴族社会の血筋には基本的に絶対に安全な組織というのはない。
派閥抗争の脅迫や取り引きのために暗殺されたり誘拐されたりというのはいつでも起こり得るし、起これば心当たりはいくらでも出てくる。
場合によっては直接的な関係のない地方貴族の屋敷がその後ろ盾となっている大貴族の敵対派閥からの『宣戦布告』のために夜盗の仕業と見せて皆殺しにされる、なんてこともないわけじゃないくらいだ。
比較的安全率の高いこの修道院も、そういうのから完全に隔離された場所じゃない。
調べてみれば、この修道院の運営維持のために送られている金の流れに不自然な部分があった。このユリナ修道院は施設そのものの歴史的価値の保全のために修養施設として人間を住ませている側面があるが、他に特産物の類はない。それなのに、この規模の生産性の低い修道院の運営資金として手配される額としては明らかに多くの金が動いていた。
おそらく、これは政治的な思惑から発生した現実的な犠牲。
この修道院の運営費のために後援している貴族の指示なら直接的な恨みがなくてもやるだろう。
だから、この件に関しては『なんでやったか』を考えることに意味がない。俺の仕事は、実行犯を特定して連行し、中央で誰の差し金かを吐かせることだ。
原因、目的が『修道女B』だとしたら後の二人は捜査の攪乱か巻き添え、あるいはついで。殺されるほどの恨みを買っていたわけではないだろう。特に修道女Aに関しては生きていれば犯行が失敗しかねないのだから先に始末しておくのは確実性を上げるのに必要な手だろう。そして、それが事故として処理されて警戒が解けた一ヶ月後に本命とカモフラージュの三人目を仕留めた。
何にせよ、たとえ修道女Aと修道女Cを殺したのが別の人間だとしても、俺の立場としては修道女Bを仕留めた実行犯さえ見つけられればそれでいい。
だが、その犯人が既にこの世にいないというのなら……それこそ、人なんて殺せないと思わせるほど衰弱していると思われていた修道女Cの容態が実は演技で、修道女Bを殺した後その衰弱を本当だったと思わせるために自殺していたとしたら……
「証拠があればそれでもいい。確実な、頭の固い老人共でも納得できるような有無を言わせない証拠さえあればな」
逆に言えば、証拠なしに推理だけで済ませるわけにはいかない。
仮に犯人が証拠も全て処分して自殺していたとしたら……
「だが、証拠がなければ俺は一番怪しいやつを連行する。俺が目を付けている容疑者をな」
それはもはや、中央貴族の面子の問題だが、『私掠盗賊免状』を持つ中央政府の汚れ役であり使いパシりでしかない俺はその仕事をこなすしかない。
「ハッキリ言っておく、俺はそいつが冤罪だろうと、一番疑わしいものを連行するつもりだ。それが嫌なら……オマエが止めてみろ。俺が反論できないような証拠を見せて、俺を説き伏せてみろ」
俺は自分を善だとは思わないし、そう振る舞うつもりもない。
俺は正義の味方でも何でもない……政府の犬に成り下がろうが、転生者を殺すことのできるこの立場を手放すつもりがないだけだ。
だから……これは、『転生者殺し』である俺の前で頑なに善人を装うこいつへの、その在り方への宣戦布告だ。
その在り方が命よりも大事だというのなら……俺はそれを否定する。
「止めてみろよ偽善者。テメエが本当に俺とも仲良くしたいってんなら……俺が汚い仕事をするのを防いでみろ」
ここで完全に否定してやる。
テメエと俺は、相容れない存在だと。




